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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第八章 真実
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10

「大事な事忘れてた、エリス。」


 抱き着いているエリスを引き剥がす。少し寂しそうな表情を浮かべるが、すぐにいつもの笑顔で尋ねてくる。


「どうしたのだ?」

「うん、ちょっと待ってて。」


 アキはリビングを出て一旦自室に戻り、エリスの為に用意していたプレゼントを取ってくる。


「きっとエリスはずっと俺について来ると思ったからこれも用意しておいた。受け取れ。」


 プレゼントはガランに頼んで作らせたエリス専用の直剣だ。先日ガランの工房に顔を出したときに依頼しておいた。


「あ……ありがとう。見てもいいか?」

「ああ。」


 エリスが剣を鞘から抜く。眩しい輝きを放つ綺麗な刀身が姿を現す。その美しさにエリスは見惚れているようだ。彼女が使っていた剣はアキの太刀と同じくらいの長さだったが、日本刀の様に反りはなく直剣だった。だからガランに頼んで日本刀と同じ製法で直剣を特別に打ってもらった。勿論素材は玉鋼だ。


「い、いいのか?お金だけじゃなくこんな剣まで……。」

「俺と同じ素材の剣だ。俺の騎士になるならそれ持たないと駄目だよ?」

「う、うん……わかった!大事にするのだ!」


 エリスが嬉しそうに新しい剣を見つめている。


「アキ!この剣の名前はなんだ!」

「名前?」

「ああ、こんな素晴らしい剣なのだ、名前はあるべきだろう!」


 確かに地球でも名刀と言われる刀には名前がついていた。いい機会だから剣の名称を決めてもいいかもしれない。先ずは自分の太刀からだ。


「考えてなかったけど、俺の太刀にも名前をあげるか。」


 アキは自分の太刀を抜く。その美しい刀身を見て、頭に浮かんだ言葉を口にする。


「俺の剣は月時雨。」


 太刀は湾曲しているので三日月。つまり血の雨を降らせる月の剣ということで月時雨。安直な名前だが、悪くはないと思う。


「綺麗な名だ、私のも決めてくれ!」


 どうやらアキのネーミングセンスは不評ではないようだ。


 続いてはエリスの剣だ。アキの剣と同じ長さと素材、そして製作者は同一人物なのでいわゆる姉妹刀と言える。


「エリスのは時雨月。」


 アキの太刀と姉妹だから単純に時雨と月を組み替えてみた。


「いい名だ。アキありがとう。」


 センスの欠片もない名前だと個人的には思うが、エリスはご満悦なのでよしとしよう。そもそもそんなセンスをアキに求めるのが間違いだ。自覚はしている。


「素敵な剣。国宝級と言われてもおかしくないです。アキさんの知識は素晴らしいですね。」


 ベルが褒めてくれるが、凄いのはアキではなく剣の製作者であるガランだ。アキは知識を提供しただけ。何も凄くない。


「謙遜は美徳。というやつですか?」


 ベルがうふふと笑う。この王女様には何を言っても暖簾に腕押しな気がするので、アキは話題を変える。


「意地悪言うとベルにはあげないよ?羨ましそうにしていたのは知っていたから一応護身用兼お守りに短剣を用意したんだけど……?」


 間違いなくベルも欲しがると思い、短剣を一対ガランから貰っておいた。何でも短剣は鍛冶の練習に良いらしく、太刀を打つ際の試し打ちとしてよく造っているんだとか。果たして本当に短剣が練習にいいのかアキにはよくわからないが、ガランそう言うのならそうなんだろう。とりあえず彼の工房に山ほど積みあがっていた短剣の中からもっとも出来の良い物をベルの為に貰ってきた。


「ご、ごめんなさい……!意地悪言わないのでください……。」


 ベルがこの世の終わりのような表情を浮かべている。


「冗談だからそんな悲しそうな顔するな。はい、これがベルの。王女様に短剣なんて贈るのはおかしい気がするけど。」


 1対の短剣をベルに渡す。ミルナやソフィーにあげた短剣と同じ物だ。ちなみにエレンの短剣だけは少し形が違う。何故なら短剣は彼女の主要武器だ。だから形状や長尺が特殊で、エレン専用に造られている。


「綺麗……今までの贈り物で一番嬉しいかも……。」

「王女ならもっといい物いくらでも貰ってるだろ?」

「金額にしたらそうかもしれません、でも私が嬉しいと思うかは別です。」


 ベルが「これが一番です」と嬉しそうに笑う。


「この短剣、名前はありますか?」


 首を傾げながら聞いてくる。当然名前は無い。だがベルが欲しそうにしているので、何か考えるかと頭を捻る。


「じゃあ、山茶花。ベルにぴったりだしね。」

「素敵な響き。でもぴったりとは?」

「山茶花は俺の世界にある花だ。そして俺の世界では花言葉っていうのがあってね。花が言葉を表すんだ。山茶花の花言葉は『困難に打ち克つ』『ひたむきさ』、他には『貴女がもっとも美しい』かな?」

「うふふ、尚更素敵。気に入りました。山茶花大事にします。ありがとうございます。」


 ベルは丁寧にカーテシーをする。いつも思うが、王女である彼女の所作には気品が溢れ出ていて、とても美しい。ある意味本当にベルにぴったりの名前だったなと満足する。


「アキさん?次に何をしなければいけないか、わかっていらっしゃいますわね?」


 ミルナが優しい微笑みを浮かべている。いや、真っ黒なの間違いかもしれない。


 ベルとのやり取りをうちの子達が当然黙って見ているはずがない。だが王女様に文句を言う訳にもいかないので、愚痴の矛先が全部アキに向かってくる。今の状況から察するに、ミルナは「私達の剣の名前も考えろ」と言いたいのだろう。そして納得する名前を与えるまで拘束されるのは間違いない。


「さすがアキさん、よくお分かりで。」

「まったく……。ミルナの短剣はカトレア。花言葉は魅惑的。」

「うふふ、許しますわ。」


 ミルナには及第点をもらった。残るは3人。


「ソフィーの短剣はコスモスにしよう。花言葉は乙女の真心。」

「可愛い名前です!さすがアキさんですー!」


 ソフィーも気に入ってくれたようなので一安心だ。


「リオナは大剣だから花じゃないけど許してね。」

「うん、僕もアキのと似たような感じがいいな。」

「ツキシロ。リオナの大剣は月白。」


 言葉の意味は「月が昇る際に空が明るく白んでいく」だが、名付けに深い理由はない。なんとなくレオのイメージに合っていたというだけだ。彼女もアキの太刀と似たような名前がいいと言っていたので、月に関連する言葉を考えたら思いついた。


「つきしろ……うん。僕は好き。」


 レオが嬉しそうに微笑む。


「よし、終わった終わった。」


 アキはわざとらしく伸びをする。


「だから私がまだでしょうが!あんた絶対わざとやってるわね!」

「エレンも短剣に名前欲しいの?」

「べ、別にどっちでもいいわよ!でもアキが、その、つけたいなら別に好きにしていいわ!」


 エレン語を翻訳すると、「私も短剣に名前が欲しい。つけて?」ってことなのはここに居る全員がわかっている。相変わらず素直じゃないエレンだ。一応ちゃんと考えておいたので発表する。


「せっかくだし、つけたいかな。」

「な、なに?何にするの?」

「絶壁。ぴったり、素晴らしい、決定。」


 まさにエレンにぴったりなので間違いなく気に入ってくれるだろう。


「なんでそれが名前なのよ!それにぴったりとかいうな!今すぐ死ねー!」


 いつものようにエレンが怒ってアキに飛びかかってくる。とりあえず抱きしめて膝の上においてやる。これだけでこの銀髪ツインテールのツンデレ少女は直ぐに大人しくなるから扱いやすい。


「毎度毎度同じやり取りをしてほんとよく飽きませんわね……。」


 ミルナが呆れた表情で見つめてくる。


「だってエレンが毎回律儀に反応してくれるからな。」

「まあ……否定はしませんわ。」

「う、うるさい!ばーかばーか!」


 膝の上で子供のように喚くエレン。


「エレンの短剣は朧月。」


 改めて短剣の名前をエレンに呟く。彼女は動きが素早いので、敵がぼんやりとしかエレンの姿を捉えられない事から取った。


「うん、ありがと。」


 気に入ったようで、エレンは素直にお礼を言ってくれる。


「じゃあ今度こそ話は終わりかな。長くなってごめんね、ベル。」

「いえ、楽しい時間を過ごせました。ありがとうございます。ではそろそろ私は失礼します。アキさんに用事があるときは使いを出しますね。依頼の件についてはまた後日詳細な打ち合わせをしましょう。」


 ベルはそれだけ言うと、ソファーから立ち上がり玄関へと向かう。


「そうだね、よろしく。じゃあ俺達は夕飯にしようか。今日はケーキも作ってやるから楽しみにしておけ。」

「やったのだー!」


 エリスが大喜びしている。まあエリスだけじゃなく、うちの女性陣は全員食い意地が張っているので困ったものだ。アキはやれやれと苦笑しつつキッチンへ向かおうとするが、いつの間にかベルがまたソファーに座っているのに気づく。


「ベル、今帰ろうとしてなかった?」

「アキさん。私おなかすいたー。」


 ベルはそっぽを向きながら言う。どうやらこの王女様も夕飯に居座る気らしい。別に1人くらい増えても手間は変わらないのでいいが、王女様が毒見もなしに勝手に食事を取ってもいいのだろうか。まあ、本人がいいならいいんだろうと深くは考えない事にする。


「わかりました、アイリーンベル王女殿下。」

「べる!べーる!」


 口を膨らませて文句を言うベル。まったく、手のかかる可愛らしい王女様だと苦笑いする。

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