21
コンコン。
考え事を打ち切り、タブレットに入っている小説を読み始めた辺りで扉がノックされる。アリアかセシルだろう。この屋敷でノックするのはその2人だけだ。ミルナ達にはノックするという概念なんて存在しないらしく、とりあえず扉をあけて突撃してくるのがデフォだ。何回も説教したが治らないので諦めた。当然エリスもそんな常識持ち合わせていない。
「アリアか?勝手に入っ来て。」
アキは扉に向かって返事すると、扉が開く。メイド服の裾が目の端に見えたので、やっぱりアリアかと思い、アキはタブレットに目を落としたまま彼女に問いかける。
「アリア、どうしたの?」
「ご、ご主人様、失礼します。」
アリアの声じゃないと思い、顔を上げる。
「ソフィー?」
メイド服を着たソフィーが顔を赤くして立っていた。アリアの物とは少しデザインが違うロングスカートのメイド服。カチューシャを付ける為か、いつものサイドポニーを後ろ結びにしている。先日買ったメイド服だろう。ソフィーの美しい金髪や翠色の瞳とメイド服の相性はよく、とても可愛らしい。
「へ、変でしょうか……?」
「いや、可愛い。似合ってる。」
「や、やった。」
ソフィーが小さく呟く。いつもより露出は少ないのに、何をそんなに照れているのかわからない。着なれないメイド服、いわゆるコスプレ、だからだろうか。
「ソフィー、ちょっと来て。」
それより彼女にどうしても言っておきたいことがある。
「は、はい!なんでしょう!ご、ご主人様!」
たどたどしい口調でメイドを装うソフィー。多分アリアの見様見真似だろう。だがそんなことはどうでもよく、アキは近付いて来たソフィーの頬を思いっきり抓る。
「ひゃはに!ひゃひさん!」
「今ノックしたよな?ノック出来るんだな?じゃあ何でいつもしないで突撃してくるのかな?」
ソフィーが涙目になってきたので一旦離してやる。
「そ、それはそのー……えっと……。」
「怒らないから言ってみなさい。」
アキが促すと、ソフィーは目を大きく見開いて力強く宣言する。
「急に開けたらアキさんの無防備な姿を見られるかと思っ……っ……痛いですー!」
頭をおもいっきり引っ叩く。相変わらず碌な事を考えない駄エルフだ。
「怒らないっていいました!」
「怒ってないよ?叩いただけだ。」
「むぅ……アキさんのばかー!」
ソフィーはぷいとそっぽを向く。
「で、どうしたの。」
アキが尋ねると、ソフィーは再び顔を赤くする。そして両手を握りしめてもじもじし始める。
「えっと……そのですね……。」
急かしてもしょうがないかとアキはソファーに座り、ソフィーの言葉をのんびり待つことにする。わざわざメイド服を着てきたのだから、多分それに何か関係する事なのだろう。
「頑張れ、頑張るの、私!」
自分に言い聞かせるように気合を入れるソフィー。
「凄い気合だな。気楽に言うといい。」
アキが声を掛けると、ソフィーは意を決したように後ろに手を回し、メイド服を脱ぎ捨てた。メイド服は何も関係なかったらしい。さすがのアキも驚いて彼女を見つめる。そこには黒の下着をつけたソフィーが立っていた。きめ細やかな白い肌。胸も程々にある。体はひきしまっていて、出ているところは出ている。足も筋肉が程よくついていて、芸術品のようにすらっとしていた。ついつい見てしまったが、とても綺麗だ。
「よし、とりあえず何をしているのか言え。」
深呼吸をして自分を落ち着かせてソフィーに問う。さすが恥ずかしいのだろう。下着を必死に隠しながら顔を真っ赤にしている。
「あ、あきさーん!」
ソフィーが抱き着いてくる。彼女の柔肌が心地よい。
「理由、早く理由を言え。」
それによって説教するのか、どうするか行動が決まる。さすがに予想外の行動過ぎて予測と判断が追い付かない。
「ご……ご褒美です!わ、私を好きにしてくださいー!」
なるほど……そういう事かと溜息を吐く。据え膳食わぬはというが、さすがにまだ手は出せない。とりあえず近くに置いてあったストールのような物をソフィーに羽織らせてやる。
「な、なんで!私、私じゃイヤなんですか?」
ソフィーが涙目で聞いてくる。
「嫌じゃない。ソフィーみたいな綺麗な子に言われたら嬉しいよ。俺だって男だしな。でもまだ恋人でもなければ、目標を達成したわけでもないだろ?」
出来るだけ優しく伝える。心の中では手を出してもいいと囁いている声もあるが、ダメだろう。というより女性経験のないアキにそんな積極性を求めても無駄だ。でもいつか手を出させられそうだ、いやむしろ襲われる、と思う。だから覚悟はしておくべきかもしれない。それまでにタブレットの奥底にパスワード付きで隠してあるそっち系の本で勉強しておくかとたった今決意した。
「でも!でも!」
「ソフィーは俺に抱かれたいのか?」
彼女に確認する。
「アキさんだったらいいんですー!」
「ありがとう。でもそうじゃなくて、ソフィーがそうしたいの?俺だったらいいとかじゃなく。ソフィーが今すぐに抱かれたいのか?」
「あ、あの……それは……。」
やはり今すぐ抱かれたいとかそういう理由で来たわけじゃなさそうだ。それならばいくらでも説得はできる。むしろそうでないのに抱くとかは彼女に対して悪い……と理性で感情を抑え込む。
「そうじゃないなら、俺は嫌だ。目的を達成して、ちゃんと恋人になって、もしそういう時がきたら言って欲しい。それまではダメ。」
ソフィーに伝える。
「確かに……アキさんの言う通りかもです。ごめんなさい……。」
大丈夫だからと腕の中にいるソフィーを撫でてやる。
「早めにしないとダメだと思ったのに……。違うのかな……?」
ソフィーが小さく呟いたのをアキは聞き逃さなかった。
「え、なんで?」
聞かれていると思わなかったのか、質問されて焦るソフィー。
「え、あの……その……きせーじじつを作ればいいと思って……!」
まさかの理由に一瞬固まる。
「一応聞くが、既成事実ってそんな言葉どこで覚えた?」
「えっと……この前、アリアさんとイリアナさんが『既成事実を作ってしまえばこっちのもんだ』って話しているのを聞いて……。」
あの毒舌腹黒メイド共か……と頭を抱えるアキ。イリアナは爺さんの連絡係として時折屋敷に来る。おそらくその時だろう。
「あいつら今度殺す。」
「ええええ、アキさんダメですー!」
ソフィーがそんな汚れた言葉を知っているわけがない。余計な事ばっかりソフィーに吹き込みやがって。彼女を頭ごなしに怒るわけにもいかなくなった。
「そ、それに……アキさんはその……そういうことしたいんですよね?それなら私でって思って……。」
「え、なんで?」
ソフィー達にそんな素振りは1回も見せていないはずだ。
「アキさんのそれにそういう本が入ってたから……。わ、私、頑張って全部読みました!」
ソフィーが電子タブレットを指差しながら言う。とりあえず彼女の頭を一発叩く。まさかの展開だ。さすがにあれが見られているとは考えていなかった。確かにソフィーはタブレットでよく音楽を聴いていた。操作も覚えて、表示される日本語をちょっとずつ覚えたと言っていた。そして地球の小説も読んでみたいからタブレットを貸してと言っていたのは覚えている。でもあれ系の本はタブレットのフォルダ最下層。さらにパスワード保護までしてある。パスワードなんて概念がないこの世界の人間に解除できるものではないはずだ。
「いや、待て。見つけた事は凄いと思う。でもパスワードがかけてあっただろう。」
「ぱすわーど?なんか数字とかいれないと見れないやつです?」
「そう、それ。」
「解除しましたー!」
「すんな!見られたくないからかけてあるんだろうが!」
思いっきりソフィーをぶっ叩く。
「ひゃん……痛いです……。」
「そもそもソフィーで解除できるレベルのじゃないと思うが。」
「えっと……アキさんの事ですから絶対意味のある文字列じゃないのはわかります。でも忘れないように完全ランダムな文字列でもない。なのでアキさんの家名SHINOMIYAを組み替えました。あと当然数字も入れていると思ったのでアキさんの誕生日?ってやつ。前に日付っていうのが何かを説明してくれましたよね?その時に言っていた誕生日の6月18日ってことは618ですよね?勿論そのまま使うはずがないので6+1+8の合計に618をかけて9270。で文字と組み合わせてNISOIHAMAY9270で解除しました!」
ソフィーの説明を聞いて頭を再度抱える。彼女の推測は確かに正しいが、この子の推理力に唖然とする。才能なんだろうけど使う方向性を絶対間違っている。
「組み合わせが多すぎて凄く大変だったんですから!何千回って試したんですよ!全くアキさんはもう。」
今までで最大の一撃を駄エルフの頭に叩き込む。
「ひっ……いた……痛い……本気でいたいよー……。」
涙目で自分の頭をさするソフィー。痛がっているが容赦なく頬を思いっきり引っ張る。
「そんな事に何時間を使ったんだこの暴走エルフは。そんなに暇だったのか?俺にそんなに怒られたいのか?」
「ひひゃう!ひひゃいひゃすはら!」
「今日は許さないので我慢しなさい。」
数分くらい引っ張り続ける。ソフィーが涙目で訴えてくるが辞めない。
「ふえーん、ひゅるしてー。」
そろそろ本気で泣きそうだったので離してやる。
「だ、だってー……気になったんです……。」
「なら、聞けばいいだろうが。」
「教えてくれない気がしたのです……。」
確かに教えなかったけど。この子の第六感は凄い。
「で、見たんだ?」
「はい!みんなで見て勉強した方がいいかと思ってー!」
「みんな?誰が?いつ見たの?」
手遅れなのはわかっているが一応確認する。
「みんなです!ミルナさん、レオ、エレン、アリアさん、セシルさん、エリスさん!2週間くらい前ですー!」
本当に皆だった。そういやみんなちょっと恥ずかしそうにしていた時期があった。それ自体には気づいてはいたが、自分のあのフォルダを見られたからだとはさすがに思わなかった。多分女子会でエロ系の話でもしたんだろう程度に思ったので、追及しなかった事を覚えている。エロ系の話という推測は間違っていなかった。だがそれがアキのフォルダの中身の話だったとは。どうやら油断しすぎていたようだ。自分のフォルダを見られている可能性を失念していた。
「全員お説教が必要なようだな。そしてソフィーはその元凶なわけだ。」
鋭い目でソフィーを見つめる。
「え……だってだって……。」
ソフィーが再度涙目になる。まあ十分説教したしもういいだろう。
「いいよ、ソフィー。本気で怒っているわけじゃないから。」
「き、嫌いになってない……?」
「なってない。」
「よ、よかった……。」
安堵したのかソフィーは涙を流す。泣くほどの事でもないだろうとアキは苦笑する。
「じゃあご褒美は別のもので頼む。」
「え……はい……。」
少しだけ残念そうにするソフィー。
「そうだな、じゃあ今日は一緒に寝る?隣で寝るだけならいいよ。俺へのご褒美。ソフィーの寝顔。」
「う、うん!恥ずかしいけど……アキさんならいい、アキさんだもん!」
落としどころはこんなとこだろう。女の子が頑張って夜這いに来たのに追い返すのは無粋な気がした。
さすがにメイド服では寝られないだろうし、下着だけというのも不味いので、アキのTシャツを貸した。前にミルナがしていた格好だ。アキがベッドに入ると、ソフィーが嬉しそうに抱き着いてくる。闘技大会も頑張った事だし、今日くらいは甘やかしてやろう。
「今日はごめんなさい。でもその時がきたらお願いします……です。」
ソフィーは小さく呟いてすぐに寝息を立て始める。彼女の寝顔が良く見える。とても可愛らしい。暴走している時が嘘のような満たされた寝顔。それを見て、アキも覚悟しておく必要がありそうだと、改めて自分に言い聞かせる。