17
アキは扉を押して部屋に入る。中には立派なソファーが向かい合わせで2脚おいてあり、その正面のソファーに長い銀色の髪をした女性が座っている。先ほど見たエスペラルド王国の王女だ。王の髪色が白っぽく見えたのは、白髪というより銀髪だったのだろう。エレンの銀髪よりは薄く、限りなく白に近いので、白髪と見間違えるのも無理はない。ただ間違いなく銀だ。王女の美しい銀髪がそれを物語っている。髪の長さは、ミルナ程ではないが、ロングで胸の辺りまである。髪色と同じ銀の美しい瞳をしており、その神秘的な美しさについ見惚れてしまう。服はベアトップ型のダークブルーのロングドレス。首元に赤いリボンをつけていて、全体的にとても清楚な雰囲気だ。装飾品はほとんどつけていない。
「王女殿下、お招き頂き大変嬉しく思います。又、貴重なお時間を私の為に作って頂きお礼申し上げます。私、アキと申します。冒険者故、王族の方々への礼儀などを存じておりません。失礼な振る舞いがあるかと思いますが何卒ご容赦頂ければ幸いです。」
アキは深く一礼する。跪くのが正しいのかもしれないが、慣れない事をやっても意味がない。アキが知っている敬意を最大に示す方法で挨拶するのが一番だと思った。
「いえ、むしろ私の方こそお疲れのところ申し訳ありません。私はエスペラルド王国第一王女、アイリーンベル・エスペラルドと申します。以後お見知りおきを。」
王女がわざわざ立ち上がり、軽くドレスを摘まんでカーテシーで返礼してくれる。
「あとこの場はプライベートですので王家は関係ございません。気にしないでお気軽に話してくださいね。」
そう言ってアイリーンベルは優しく微笑む。彼女の微笑みは美しく、気品がある。さすが王女、所作一つ一つが美しいと感心する。
「ご配慮ありがとうございます、アイリーンベル王女殿下。それで私に御用がおありとお伺いしましたが。」
「ベル。」
「はい?」
「ベルって呼んでください。」
この王女なんてことを要求してきやがる。王女様を渾名で呼んだ上に呼び捨てなんて、王家を敵に回すどころではない。というよりうちの子達に真っ先に殺される。
「いえ、さすがにそれは。」
「大丈夫ですよ。アキさんは使い分けがお上手でしょう?2人の時はベルで、それ以外はアイリーンベルで結構ですよ?」
アキはアイリーンベルの目を見る。そして諦める。あの目、あれは頑固で自分の要求を絶対曲げる気のない目だ。そしておそらくこれを承諾しないと話は一向に進まないだろう。
「わかりました、ベル王女殿下。」
「敬語もダメです。あとベル。『王女殿下」はいらない。あと『様』もダメ。」
この王女、何が目的だ?
「わかった、ベル。これでいい?」
「はい!アキさん!」
そう言ってベルは嬉しそうに微笑む。
「それにしてもいきなり王女が男と2人きりで面会なんて不用心じゃないか?俺がベルを襲うかもしれないんだぞ?」
気になっていた疑問をぶつけてみる。
「ふふ、アキさんがそんな事をしない人なのはわかっていますもの。」
なるほど、つまりこれは例外的な対談ということらしい。彼女の発言からすると、普段は側仕えや護衛がいると考えられる。それにアキの事をある程度知っているから2人きりでも問題ないと判断したようだ。
「俺の事を知っているような口ぶりだね。」
ベルが座るように促して来たので、対面のソファーに腰掛ける。
「ええ、闘技大会で拝見しました。」
「違う、それ以前から知っているんだろ?」
闘技大会だけだったらアキの性格まではわからないはずだ。あの目をすればアキが諦めて「ベル」と呼ぶことも敬語を使わなくなることもこの子は見抜いている。それをわかった上であの目でアキに要求したのだ。それに闘技大会を見ただけで2人きりで対談するのを提案するわけがない。アキの事を詳しく知っているからこそだ。
「うふふ、さすがです。だからこそ今日お話ししたかったんです。」
「どういうこと?」
「単刀直入に言います。アキさんは閲覧禁止図書を読みたいのでしょう?」
アキは驚くが、顔には出さない。いつそれを知られたかと考える。閲覧禁止図書に興味があることについては誰にも言っていない。ミルナ達すら知らないのだから。アリアとセシルは知っているが、あの2人が漏らすはずはない。ということは間違いなく図書館で見られていると推測できる。ここ数週間図書館に居るのを見られていたのだとしたら、ベルがアキの事を知っているのも納得だ。それにもし、司書との会話やセシルとアリアとの会話を聞いていたのであれば、アキの性格も予測可能だ。
少し探りを入れるかとアキはベルとの会話を続ける。
「それは興味があるね、俺は読書が好きだからね。」
「そうですね、そういう事にしましょう。」
ベルはうふふと意味深な笑いを浮かべる。
「腹の探り合いは楽しい?」
「ええ、アキさんは年も近いでしょうし、楽しいです。」
ベルは17歳らしい。アキは18なので1つ下だ。
「図書館にベルもいたのか。気づかなかったよ。」
「アキさんここ数週間ずっと午前中は図書館に通っていたでしょう?私も本が好きで午前中は毎日行っているんです。王女と言っても王と王妃が健在なので公務はほとんどないので時間があるんですよ。」
アキの疑問を先読みして的確に答えてくれる。ミルナやアリアよりやり手だ。王族だからこの程度当然なのかもしれない。
「なるほど、俺が気づかないってことは閲覧禁止エリアから俺の事でも見てたのか。」
「まあ、バレてますの。」
「そこしか考えられないからね。」
今までの会話からして、この王女はアキから何かを聞きたいのだろう。閲覧禁止エリアに毎日のようにいたベル、数週間調べ物をしていたアキ。おそらくアキが読んでいた本を彼女は把握している。となるとアキの目的は多分バレている。その上でアキに接触してきた。しかも完全なプライベートで。そしてアキに「ベル」と呼ばせることを要求していることから敵対はしてないと言える。そこから導き出せる結論は……。
「アキさん……?」
しばらく黙っていたアキが気になったのかベルが声を掛けてくる。
「なるほど。ベルはこの国、いや各国の今の在り方が気に入らないんだね。」
「な、なぜ!」
ベルはアキの言葉に反応してしまい、口を両手で抑える。驚いた事でアキの推測を肯定したことになる。ミルナ達にも使った手だ。過程をだらだらと話しても驚かないが、最終結論だけ端的に言うと人は大概驚く。
「はぁ……驚いてしまった私の負けです。教えてくださいね?」
ベルが少し溜息を吐いてアキに問いかける。
「そうだね。ベルは俺に近い考えをしそうだし、話してもいいかな。」
ベルに話しても王家が敵に回る可能性は低いと判断した。自分の観察には自信があるので大丈夫だろう。これで間違っていたらアキがまだまだだという事だ。
「まず、ベルは俺が図書館で何を調べていたか知っていた。大陸の歴史。だがあれは色々と不明部分が多い。その部分があるのはおそらく閲覧禁止図書区域。そしてベルはそこで毎日書物を読んでいると推測できる。」
「ええ、そうですね。」
「そしてSランク冒険者で閲覧禁止図書を見た人はほぼいないと聞く。つまり冒険者がそれに興味を持つこと自体が珍しい。Sランクを目指している人間が図書館で調べ物をしていたらその結論には容易にたどり着ける。」
「はい、だからアキさんは興味があると思いました。」
「そして闘技大会で俺の魔法を見た。特殊な使い方なのは誰が見てもわかる。だから俺ならベルが知らない知識を知っている可能性があると考え接触してきた。そしてここからは俺の完全な推測になるが……。」
アキはベルに説明する。歴史のかけている部分から逆にわかる事もあると。ミルナ達が言っていた街の外で犯罪が無い事、爺さんやエリスの情報から推測できるSランクの存在理由と立ち入り禁止区域の事。そしてそこから導き出される結論。
「減らない戦争や犯罪。ある時立ち入り禁止区域で何かが発見される。それが魔獣の出現におそらく何か関わる。その結果、犯罪者は駆逐され、人間同士の争いもなくなる。」
以前アキが考察したことを省略してベルに説明する。ベルはアキ以上に中身を理解しているだろうから詳しく語る必要はないだろう。
「詳細はわからないけどね。閲覧禁止図書みればわかるんだろうけど。まあ、Sランク、オリハルコン、立ち入り禁止エリア、魔獣、犯罪が全て何か関わり合いがあることはわかるかな。」
アキはそこまで話し、一息つれて、最後に一言添える。
「ベルは理由、原因まで全部知っているはずだ。そして俺に接触してきた。つまり、現状のこのシステムの在り方に納得してない事が推測できるというわけ。オッケー?」
ベルの方をみると、驚いた表情をしながら拍手している。
「すごい!すごい!アキさんすごい!私の言葉と表情でそこまで読み取るなんて!腹の探り合いや読み合いは私も王族として叩き込まれたけど、アキさんには敵いそうにないですね!」
ベルの反応を見る限り、本当に手放しで喜んでいるようだ。
「そんなに喜ぶことかな?」
「私、察しの良い男が好きなんです。それにアキさんはなんか話しやすい。」
ベルが微笑む。ミルナと逆だなと苦笑する。
「1つだけ補足しておきます。アキさんとお話したかった理由は実はもう1つあります。闘技大会での戦闘です。1回戦で彼らを殺した時は酷い人だと思いました。でもその後は1人も殺すことなく終わらせた。おそらく最初に敢えて犠牲を出すことにより、後の犠牲を減らした。」
「人を殺す酷い男ってことだよ。」
「ふふ。どうでしょうね?でもあの考え方に感銘したのです。犠牲はしょうがないこと。これでも王女ですからそのくらいはわかっています。少しの犠牲でどれだけ多くの民を救えるか。勿論犠牲が0に越したことはないですけど。だから優しい人だなって思ったし、アキさんとお話したかったのです。それに従者の方や司書に対する態度を見て、この人なら問題ないって思いました。」
「買いかぶり過ぎだって。」
「じゃあそういう事にしておきましょう。でもアキさんと話すのは楽しいです。声を掛けてやっぱり正解でした。」
本当に嬉しそうに喜ぶベル。やはりアキの図書館での会話は聞かれていた。だからアキと2人きりでも襲われたりしないと思ったようだ。それでもベルは王女なのだから、もう少し用心したほうがいいとアキは思う。少し脅しておこう。
アキはソファーから立ち上がるとベルに近付き、彼女の座っているソファーの背もたれに手をおいて、ベルに覆いかぶさるようにして耳元で囁く。一応王女様なので触れないようには気を付ける。ただ彼女の銀髪から甘い香りがしてアキの鼻孔をくすぐる。ミルナ達に劣らない美少女にちょっとドキドキしてしまう。
「全部演技かもよ?2人きりで会うって事は襲えって言ってるんだよね?」
「え……!待って!待って……!」
急に目前に迫られて戸惑いを隠せないベル。彼女の綺麗な銀の瞳に恐怖の色が浮かんでいるのがわかる。
「ベルは綺麗だし、いい匂いするし、美味しそう。」
「いやっ……!待って、お願い。やめて。」
ベルが怯えた表情を浮かべ、両手でドレスの裾を握りしめて震えている。本当に怖いのだろう。必死に王女の威厳を保つ為、涙だけは流すまいと耐えている。さすがにこれ以上はやる必要ないと判断し、アキはベルから離れる。
「嘘。こういうこともありえるんだから注意しなさい。本当に襲われたらどうするの?」
「え……う、嘘……?」
アキが離れた事に気づいたベルが恐る恐る顔を上げる。
「演技でいい人そうに見せる事なんて簡単なんだから、もうちょっと用心した方がいいよ。ベルは王女なんだから。」
アキがそう言うとベルが顔を真っ赤にして怒る。
「ばか!なにするの!私は王女!王女なの!アキさんなんか、死刑!死刑にしてやるんだから!」
お淑やかな王女様の仮面が外れ素のベルが顔を見せる。おそらくこっちが本当の性格なのだろう。王女様もやっぱり普通の人間なのだなとアキは笑う。
「別に死刑でもいいけど。ベルの観察眼は立派だから大丈夫だとは思うけど、俺みたいに腹黒い相手だったらいつか襲われるよ?本当に気をつけなさい。」
淡々と話すアキに毒気を抜かれたのか、ベルも少し落ち着きを取り戻したようで自分の痴態を思い出し、恥ずかしそうに俯く。
「す、すいません……今のは忘れて……?」
「俺は何も聞いてない。」
アキは何事もなかったかのように話す。
「ありがとう。でも本当に死刑にしてたらどうしたんです……?」
ベルが可愛らしく首を傾げる。
「その時は頑張って逃げるかな?でもベルはしないだろ。話せばわかる。恥ずかしくて怒鳴っていただけで本当にするって口調じゃなかった。」
「だ、だから忘れてください。」
ベルは頬を染めてそっぽを向く。
「今忘れた。でも素のベル、結構好きかも。」
「ばか!」
ベルがそっぽを向いたまま怒る。
「まあ、ちょっと不用心だって注意した方がいいかなと思ってね。ごめん。」
アキの事を割と気に入ってくれているようなのでこの方法を使ってみただけだ。ベルも本当に怒ってはいないだろうが、不敬な事をしたのは事実なのでちゃんと謝る。
「はい……気を付けます。でもやっぱりアキさんは優しい人ですね。結局アキさんは襲わなかったじゃないですか。私の観察眼は間違ってなかったという事です。つまりアキさんがわざわざ身をもって注意する必要はないってことですよ?」
確かに本気で襲えたかと言われると襲えない。結局のところ、ベルの観察眼は正しいといえば正しい。そう考えるとアキのした事はあまり意味が無いのかもしれない。ベルの言う通りなのでちょっと気まずい気分になってしまう。
「じゃあ俺がベルを苛めたかったってことで。」
「あら、ひどい。なら本当に死刑にします。」
ベルがくすくすと上品に笑う。
「何卒ご容赦を、アイリーンベル王女殿下。」
わざとらしく敬語と敬称を使い謝罪する。
「その呼び方は嫌い。アキさんのばーか。」
ベルが楽しそうに軽口を叩いくる。しかしこの子と話しているとうちの子達と話している感覚になる。きっとミルナ達のように素直でいい子だからだろう。だからついついあんな意地悪をしてしまったのかもしれない。
「ベルは年の近い友達がいない、気軽に話せる友達がいない。だからきっと俺と話しているのが楽しいんだろうね。王女は苦労が多そうだ。」
アキが苦笑する。
「わかりますか?アキさんの言う通りです。でもそれだけじゃないですよ?アキさんからは下心や野心を感じませんし、観察されても悪い気になりませんわ。優しい人なんだなってわかります。さ、さっきのはちょっと驚きましたけど……。」
「腹黒いだけだって。あとさっきのは忘れてくれ。それに野心はあるよ。王城が欲しい。王にはなりたくない。天空の城だけをくれ。」
「なら私も真っ黒です。さっきの事は2人だけの秘密にしましょう。お互いの痴態という事で。あと王城はさすがにあげられません。」
そう言ってベルはふふふと楽しそうに笑う。
「で、話がかなり脱線しちゃったけど、俺に確認したいことは終わった?」
「はい。アキさんがおっしゃった通りで間違いありません。現状の国家の在り方にあまりいい感情を抱いていない。アキさんは私の知らない知識を持っている。その上で色々と相談したいんですの。でもアキさん閲覧図書の中身しらないからそれを見てからのほうがいいですね。明日から暫く、午前中だけでいいので、図書館に付き合って頂けません?」
「いいよ、うちの子達に言い訳つくから。王家の呼び出しって使っていい?」
好都合だと言わんばかりにアキも話に乗る。閲覧禁止図書の中身を知っているベルがいれば時間もかからない上、王家の協力を取り付ける事も可能だろう。
「ええ、構いません。アキさんが何故国や魔獣について調べているのか、目的などもまた教えてください。私、これでも王女なので意外と権力あるんですよ?お力になれるかもしれません。」
「あるもなにも王女以上に権力あるのは王と王妃しかいないだろうが……。でも俺も楽しかった、ベルと話すのは楽しい。」
「あら、嬉しい。仲良くしてくださいね。」
「喜んで。俺もベルの事気に入ったからね。」
アキがベルを気に入ったのは本当だ。話の分かる王女様で助かった。利害が一致しているので話もしやすい。アキは閲覧禁止図書やイリアの事が知りたい。ベルは現状のシステムが気に入らないので変えたい。これからも協力的な関係が築けて良ければいいと思う。




