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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第七章 闘技大会
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 ミルナ達と下らない雑談に興じていたら、闘技大会運営委員からSランク戦の準備が整ったと声が掛かる。アキ達は指示に従い闘技場のステージへと向かう。


 いよいよSランク戦だ。ステージにあがり闘技場を見渡すが、観客はほとんど帰っていない。むしろ増えたような気さえする。


 そしてステージ上にはアキ達以外に3人の人物が立っている。


「エリス、結局どうなったんだ。」


 その中の1人であるエリスに声をかける。


「すまん……アキ……もうすぐわかるのだ。」


 エリスが複雑な表情で告げる。そしてほぼ同時に実況者からアナウンスがはいる。


「みなさん、お待たせしました!いよいよSランク戦、闘技大会のメインイベント!今年はトーナメントが早く終わり過ぎたからこそ、この戦いの注目度も高いぞ!さらに今年は特別だー!説明はこの人にしてもらいます!」


 実況者はそう言って別の人物にバトンタッチする。


「王都エスペラルド冒険者協会支部長のエステルだ。説明させて頂く。優勝したメルシアおめでとう。そしてSランク戦だが……全てのSランクと戦ってもらう。」


 観客からどよめきがあがる。アキはどうせそんなことだろうとステージに上がった時に思ったので別段驚きはしない。ただミルナ達は目を見開いているようだ。ちなみにエリスは不満そうに横を向いており、残りのSランク2人は不敵な笑みを浮かべてアキを見ている。


「静かにしてくれ。実はSランク全員が戦いたいと言いだして、結局決着がつかなかったのだ。前代未聞だがな……。で、この際もう3人とも出ればいいだろうと協会が決めた。勿論優勝者にもメリットがあるので聞いて欲しい。」


 エステルは最後に意味深な事を言って言葉を切る。話を聞かせる為には有効な手法だ。大事な事を言うと宣言する事により、皆耳を傾ける。


「3人のSランクを相手にしなければならないメルシアには申し訳ないと思う。だが逆に、Sランク3人が立候補するという事は、既にメルシアを認めている事にほかならない。だからSランク(仮)は確定ということでいいだろう。さらに特例としてSランク3人に勝ったら初依頼を免除、この場で即Sランクと認定する。一応依頼はするが受けるかは自由だ。受けてもらえると助かるがね。いかがかな、メルシアの諸君。」


 エステルは「初依頼は免除、受けるのは自由」と言っているが、依頼はどうせ受けさせられる。断れないように手を回してくるだろうから考えるだけ無駄だ。だがこれは悪い提案ではない。勝ったら即Sランク認定はメリットが大きい。Sランク特権がすぐに受けられ、時間を無駄にする事なくイリアを追える。アキはちらっとミルナ達を見る。4人とも「アキの望みのままに」と合図してくれる。


「やれやれ、こういうことかエリス。」

「うむ……そうなのだ!どうしてこうなった!」


 エリスが頭を抱える。


「いや、どう考えてもエリスのせいだろ。」

「なんだと!アキ、どいういうことなのだ!」

「どうせエリスの事だから観客席で『Sランク戦楽しみだー!』とか大騒ぎしてたんだろ?その言葉でそこの2人が興味を持った。」

「なんだって!そうなのか……!」

「エリスが黙ってればいつものように碌に闘技大会なんて見てなかったんじゃないか?それならSランク戦に出るのはエリスになってたと思うよ?」

「私のせい……なんということだ!」


 エリスはがっくりと項垂れる。あほの子だなーと呆れるアキ。でもこの素直さが彼女のいいところだと思うし、別にこの件について攻める気はない。


「くくく、さすがの洞察力。本当にその通りだな。俺はバルトだ。エリスの嬢ちゃんのおかげでやる気になっちまったよ。」

「そうそう、私も興味を持ってしまいましてね、ひひひ。私はルーカス。よろしくお願いしますよ。」


 バルトとルーカスがアキに向かって不気味に笑う。話し方や武器を見る限りエリスの言っていた剣士がバルトで、オールラウンダーがルーカスだろうと。とりあえずまずはエステルに提案の返事をするのが先だ。アキは軽く手をあげて了承の意を示す。


 エステルはアキの返事を確認し、話を続ける。


「メルシアも問題無いようなので、始めよう。尚、この件は各国も了承済みとだけ補足しておく。それではよき戦いを。楽しみにしてるぞ。」


 エステルが話を締めくくり、実況者が再度進行を引き継ぐ。


「それでは始めましょう!両者準備をしてください!」


 アキはミルナ達に指示を伝える。


「エレンはルーカス、レオはバルトを抑えろ。そしてミルナがエレン、ソフィーがレオのフォローだ。5分持たせろ。その間に2人を観察する。だが無理はするな、怪我しそうならすぐにリタイアしろ。エリスは俺が抑える。」


 ミルナ達4人が頷く。彼女達はアキの指示に質問はするが、基本的に反対しないし逆らわない。それだけアキを信用してくれているという事だろう。


 アキ達は戦闘位置について開始の合図を待つ。


「では、Sランク戦……はじめ!」


 開始の宣言と同時にエレンはルーカス、レオはバルトに突っ込む。ソフィーとミルナも即座に2人のフォローに回る。


 バルトは金髪で細身の剣士だ。エリスがスピード重視と言っていたし、おそらく筋肉をつけすぎないようにしているのだろう。装備も軽装の革鎧を装着しているだけで、移動重視なのがわかる。話し方だけ見ると、ガタイのいい筋肉質な男の感じがするのだが、人間わからないものだ。言葉は乱暴で豪快だが、剣は素早く繊細という事か。見た目と戦闘スタイルを真逆にする事で相手を騙しているのかもしれない。


 ルーカスは外套のような物を頭まで被っており、顔はよく見えない。前髪から髪は黒だというのがわかるくらいだ。体格は外套の上からでも細身と言うのがわかる。実際に外套で隠しているのは、体格ではなく自分の得物だろう。相手が自分の得物を察知出来ない様にしていると思われる。確かに化かし合い、騙し合いが好きそうな感じだ。武器も複数持ってそうだし、相手によって持ち替えるのだろう。


 ミルナ達に指示した際、2人の特徴は伝えてあるので騙されることはないはずだ。横目で見ている限り、ちゃんと2人1組で抑えている。ルーカスの武器は、今は短剣。バルトは腰に下げていた剣を振っている。ただSランクもまだまだ本気じゃないだろう。今の状態をどれだけ引っ張れるかはミルナ達にかかっている。


「エリス、そろそろやろっか?」

「こら!もうやってるだろうが!全くアキは!」


 ミルナ達の様子を見つつ、エリスには既に氷刃と氷矢、そして火球も交えて飛ばしている。彼女はそれを必死に避けている。やはり視認性が低い氷刃があるだけで相当やりにくそうだ。


「エリス。」

「なんだ!」


 エリスが避けながらも返事をしてくれる。


「その格好、似合ってる。凄く可愛いね。」


 エリスは以前の長袖長ズボンと外套ではなく、青と白のトップスを着ている。後ろ側が長めのフィッシュテールになっており、美しく風に靡いている。そして青色のミニスカートに黒のサイハイソックス。足には白のショートブーツを履いていて、とても女の子らしい格好をしている。


「そ、そう?嬉しい……って馬鹿!今言うな!」


 照れて動きが鈍くなったエリスに魔法を叩き込んだのだが、寸前で躱された。


「アキ!卑怯だぞ!そんな言葉で油断させるなんて!」

「でも可愛いのは本当。今度その格好のエリスと遊びに行きたいな。」

「うん・・アキとならいつでも……ってだから今やるな!」


 また動きが鈍ったのでさっきの倍の数を撃ち込んだが、またすんでの所で躱された。


「ちっ……まあ、言葉遊びで倒せるほど楽なわけがないよね。」

「当たり前だ!」

「でも遊びには行こうね。どっちが勝っても恨みっこ無し。」

「ああ、もちろんだ!」

「負けられない理由もあるし、倒すよ?」


 アキはそう言って、氷矢の速度を上げる。同時に火球の速度下げる。氷刃の速度は変えず、全体的に緩急をつけていく。


「メルシアのアキ!相変わらずの無詠唱!しかもエリスを口説きながら攻撃するとはなんという策士!そしてエリスも満更じゃないぞー!」


 おい、やめろ。余計な実況するな。ミルナ達に聞こえるだろう。






「くくく、あいつ面白いな。エリスに可愛いとかいいつつ、殺す気で攻撃してんじゃねーか。」

「確かに。油断すればすぐ直撃して致命傷受けそうですわ。」


 バルトとルーカスが会話している。ミルナ達の攻撃を受けつつ反撃しているにも関わらず、まだまだ余裕があるようだ。


 レオがバルトに斬りかかる、だが彼はそれを難なく防御。次にレオはフェイントを織り交ぜて攻撃していく。当然のように全て読まれて防御される。レオはわかっていた。隙を見せた瞬間に反撃が来ることを。先程からレオの大振りの攻撃に合わせて的確に反撃してくるのが何よりの証拠だ。幸いにもソフィーが弓で牽制してくれているのでなんとか躱すことが出来ている。


 エレンもほぼ同様の状況だ。エレンの攻撃はルーカスに難なく防御される。そして隙が出来た瞬間に反撃が飛んでくる。ミルナのフォローが無ければもう終わっていたかもしれない。


 ミルナ達はわかっている。ミルナ、ソフィー、レオ、エレンの4人でエリスと互角に戦えた経験はあるが、それ以下の人数で善戦した事はないという事を。そして4人はわかっていた。バルトとルーカスが自分からはまだ一切攻撃してない事を。あくまで小手調べ程度の反撃。というより彼らはアキの方を観戦しつつ、自分達の攻撃を適当に防いでいるだけだ。


 彼女達は悔しかった。自分達が全く眼中にないことを。対人戦では確かにアキに劣る。読みの深さ、騙し合いなどでは彼に遠く及ばない。でも戦闘能力自体は格段に彼女達の方が上。アキが凄いのは読みと魔法の2点のみ。だからこそ、アキより実力が遥か上の彼女達に、Sランクが微塵も興味を示していないのが何より悔しかった。同時に悲しかった、アキの為に何もできない自分達が。いっぱい訓練して貰ったし、アドバイスも貰った。なのに対人ではSランクにもアキにも全く届かない。


「意地ですわ!ここで見せないでいつ見せるんですの!みんなわかってますわね!」


 ミルナが叫ぶ。


「はい、ミルナさん!」

「当然でしょ!」

「ミル姉こそしっかり根性みせなよ!」


 ソフィー、エレン、レオはミルナの心境を当然わかっている。ずっと一緒に戦ってきた仲間、そして恋敵でもあるからこそわかっている。


 ミルナ達は一段階速度と連携をあげてバルトとルーカスに迫る。





 ミルナ達の戦闘を横目で見つつ、アキは引き続きエリスに魔法を飛ばし続けている。魔素の残量は問題ない。この連続魔法なら半永久的に攻撃することが可能だ。


「うちの子達頑張ってるなー。エリス、リタイアしない?」

「まだまだ!リタイアなんてしないぞ!」

「えー、ケーキいっぱい作ってあげるよ?」

「ぐ……ええい!アキ!一瞬迷ったではないか!」

「いやいや、迷うなよ。」


 エリスはひたすらアキの魔法を避け続ける。だが近寄っては来ない。多分まだ打開策がないのだろう。


「思いつきそう?」

「思いついてやる!」


 どうやらまだ暫くはこのままで問題なさそうだ。


 現在、試合開始から5分程経過している。ミルナ達は約束通り5分持たせた。だがそろそろSランクも体裁があるので本気を出してくるはずだ。


「無理しちゃだめだよ。」


 アキは彼女達に向かって小さく呟く。






 ミルナ達は攻撃や連携を一段階上げたが、あまり功を奏してない。バルトとルーカスは多少本気で防御するようになった気はするが、相変わらず反撃以外の攻撃は仕掛けてこないし、まだ余裕も見える。エレンがいくら斬撃しても、きっちり防がれる。ミルナの攻撃魔法もなんなく躱される。レオの方も同じだ。


 ただエレンとレオに斬り傷が増えている。相手は反撃速度を上げていない、つまり自分が遅くなっているだけだ。相手の反撃に自分の体がついてこなくなっている。エリスとの模擬戦でわかってはいたが、Sランク相手に戦い続けるのは想像以上に体力を消耗する。エレンとレオは最後の意地を見せようと歯を食いしばる。


「そろそろ、本気出すぞ。」

「そうですね、あまりだらだらやるのも申し訳ない。」


 バルトとルーカスがそう宣言すると彼らの空気が変わる。ミルナ達もそれに気付く。彼等から攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろう。


「エレン、レオ。頼みますわよ!」


 ミルナは2人に檄を飛ばす。


 まずはルーカスがエレンに仕掛ける。緩急をつけた短剣での5連撃。

 エレンはそれをなんとか防ぎきる。


「大気を燃やせ、ファイヤ。」


 ルーカスの隙をついて、ミルナが最高のタイミングで火球を飛ばす。だが彼は軽快なステップで火球を躱すと同時にエレンの死角に潜り込んだ。ミルナの魔法を隠れ蓑にエレンの視界から一瞬姿を消す。エレンは戸惑い、動きが硬直する。


 当然その隙を見逃すルーカスではない。エレンの硬直を確認するや否や、火球の影から飛び出して攻撃を仕掛けてくる。エレンはそれを必死に防御しようと短剣を構えるが……それは彼が投げた短剣で、本体は逆。完全に隙をつかれたエレンに刺突が放たれる。エレンは驚異的な反応速度で体を捻るが、完全に回避する事は出来ず、右腕にルーカスの短剣が深く突き刺さる。


「くっ……まだよ!」


 苦痛に表情を歪ませつつも、まだ逆の腕があるとエレンは左手の短剣を構える。


 エレンの傷は致命傷ではないが……もう勝ち目はないだろう。

 アキはそう判断し、ミルナとエレンに指示を出す。


「エレンとミルナは棄権しろ。」

「アキ、まだ!まだ待って!」

「そうですわ!もうちょっと!」


 2人は必死に拒否する。


「エレン、ミルナ。俺に同じ事を2回言わせるな。」


 アキははっきりと命令する。


「はい。……ギブアップしますわ。」

「わ、わかったわ。ギブアップよ。」


 普段とは違う雰囲気のアキに少し怯えた表情を見せるミルナとエレン。とりあえず指示には従って棄権を宣言してくれた。


 エレンとミルナがルーカスとやり合っていた傍らで、バルトもレオに攻撃を仕掛けていた。まずレオに放たれたのはただの斬撃。当然それはなんなく凌ぎきる。だがそこからバルトの連続攻撃が続く。息の付く暇もない斬撃、レオは必死に防ぐ。


 ソフィーの矢は射っても全て弾き落される。自分の攻撃に意味があるのかわからないが、ソフィーはそれでも打ち続ける。少しでも自分に気を引けたらそれでいい一心で射る。


「ほう、なかなかやるねえ。じゃあもう1段階。」


 バルトはそう呟くと5連斬撃……と見せかけての右薙ぎを放つ。連撃全てをフェイントに使った必中の右薙ぎがレオに襲い掛かる。


「くっ……まだだよ!」


 レオは意地で横薙ぎの軌道に大剣を割り込ませる。だがバルトはその防御を見るとすぐに攻撃をキャンセルし、逆からの横薙ぎを叩き込む。レオは必死に躱すが、エレンと同じく完全には回避出来ず、脇腹辺りを深く斬られてしまう。レオから大量の血が滴り落ち、苦痛の表情を浮かべている。だが倒れまいと必死に剣を支えに立とうとするレオ。

 

 レオも致命傷ではなさそうだが、止血しないと不味いだろう。


「レオ、ソフィーもリタイア。今すぐ。」


 アキが指示を飛ばす。


「アキ、まだ!」


 レオが叫ぶ。


「早くしろ。」


 ミルナとエレンの時と同様に強めの口調で命令する。


「うん……ごめん。ギブアップ。」

「私もギブアップです。」

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