9
Sランク席ではエリスが1回戦を今か今かと待っていた。
「今年は私がSランク戦に出るのだ!いいな!」
エリスが隣にいる2人の男に宣言する。
「エリスの嬢ちゃんが出たがるとは珍しい。俺はどっちもでいい。」
剣士らしき男が答える。エリスが以前に言っていた真面目で正義感の強いSランク剣士だ。名前をバルトと言う。
「ひひひ、私も興味ないですからねー。エリスさんが立候補してくださるなら助かりますわ。」
不気味な笑い声を上げる男がもう1人のSランクでルーカス。
「感謝する!ああ、まだか!早くやりたいのだ!」
そうしていると1回戦のアナウンスが流れ、闘技場にアキ達が姿を現す。
「アキだ!おーい!アキー!」
エリスが大声でアキに手を振る。当然聞こえるわけなどないが、アキはエリスに気付いたようで少し微笑んだように見えた。
「なんだエリスの嬢ちゃんの知り合いか。」
バルトがちょっと意外そうな顔をする。
「ひひ、エリスさん、今日は服装が女性らしくて……『全部』が普通ですものね。もしかしてそれと関係が?」
的確にアキとの関係を言い当てるルーカス。まあ、彼女の服装を見れば何があったのかはエリスを知る者であれば明白だ。
エリスは特に気にした様子もなく素直に答える。
「ああ、そうだ!彼が治してくれた!おかげで普通の服を着られるようになったのだ!それに私は彼のものなのだ!」
エリスが元々こういう性格なのは2人とも知っていたが、ここまではっきりと言い切るとは思わなかったので少し驚く。そして彼女は「私の物」ではなく「私は彼の物」と言った。他人と距離をとっていた彼女がここまで心を開く存在。つまりSランクのエリスが認める存在だということに他ならない。バルトとルーカスがアキに少し興味が沸いた瞬間だった。
そしてアキ達の1回戦開始がする。
「おお!1回戦はアキ1人でやるのか!」
「3人相手に……ふーん。」
「お手並み拝見ですね。」
過去にSランク3人がこれだけ真剣に闘技大会を見る事などまずなかった。この時点で注目を浴びるというアキの目論見は成功していると言えよう。
アキの予備動作なし、無詠唱の魔法が始まる。
「あれは避けるの大変なんだ!Aランクじゃ無理だな!」
エリスが楽しそうに大はしゃぎしている。
「まさか、無詠唱?」
「ひひひ、ですね。しかもノーモーション。発動も早い。さらに視認性の低い物も混ぜて相手の行動を制限していますね。」
実況が理解するよりも早くアキが何をしているのかに気づいたのはさすがSランクということだろう。アキへの2人の好奇心がさらに増す。
そして炎魔法からの決着。わずか数分足らず。
「くくく、エリスの嬢ちゃんが気に入るわけだ。」
「本当ですね。対人慣れしすぎだし、殺すのに躊躇なさすぎです。」
アキは対人特化しているだけで戦い慣れているわけではない。Sランクが誤解するくらいだから他の観客も全員そう思っている事だろう。地球で培ったアキの観察力、予測力と魔法の使い方でそう見えているだけだ。アキの実際の対人経験は、アリステールで冒険者にぼこぼこにされた1回とアリアが仕えていた貴族を殺した1回の計2回だけなのだから。
「Sランク戦が楽しみだ!」
エリスが再び叫ぶ。
「エリスの嬢ちゃん、気が変わった。俺がやる。」
「いやいや、私がやりますよ。ひひひ。」
バルトとルーカスが互いに立候補してきた。
「な、なんだと!さっきはいいって言ったではないか!」
「気が変わったといっただろう。」
「時間はありますし、話し合って決めましょうよ。」
Sランクの3人はアキ達が優勝すると既に疑ってないようだ。Sランクにすらアキが対人慣れしているように見えたという事は、アキの印象操作がかなり完璧だったということだろう。だが予想以上に2人の好奇心を引いてしまった事にエリスは頭を悩ませる。半分はエリスが大はしゃぎしていたせいなのだが、当然エリスがそれに気づくわけもない。