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異世界の観察者  作者: 天霧 翔
第七章 闘技大会
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 休日2日目。今日はミルナとエレンとお出掛けだ。昨日と同じように2人に連れられて街へと繰り出す。そう昨日と全く同じように。


「だからなんでこんな朝っぱらに叩き起こすんだ。」

「エレンが!」

「ミルナでしょ!」


 とりあえず2人の頬を引っ張る。


はきさん!(アキさん!)ひゃめてー!(やめてー!)

ひゃいひゃい!(痛い痛い!)

「昨日の2人は正直に白状したけど、ミルナとエレンは相変わらずいい度胸だな。」


 しばらく引っ張ってから放してやる。


「ごめんなさい……いっぱい遊びたかったんですの。」


 ミルナが頬をさすりながら答える。


「そうよ!……わ、悪い?」


 エレンも一応悪いと思っているのか言葉尻が弱い。そして上目遣いでごめんと目で言ってくる。これは可愛い。アキとしても怒るに怒れなくなってしまう。


「そうやって正直に言えばいいんだって。で、これからどうするの?」

「昨日はガランさんところに行ったんですよね?アキさんは行きたいところあります?」


 昨日また遅くまで女子会をしていたようなので、レオとソフィーから色々聞いているのだろう。ミルナとエレンも交互に行きたいところを言うのでそれに付き合って欲しいとのこと。どうやらソフィーとレオの行動を真似するようだ。


「うーん、じゃあ今日は爺ちゃんところに顔だして時間潰すか。」

「いいわよ。」

「はい、構いませんわよ。」


 とりあえず同じ住宅地区内のエスタートの屋敷の方へと歩みを向ける。最近爺ちゃんには情報関連で色々世話になったし祖父孝行でもしたほうがいいだろう。





 程なくしてエスタートの屋敷へ到着する。呼び鈴を鳴らすと爺さんのメイドが出迎えてくれた。


「アキ様、いらっしゃいませ。エスタート様はまだお休みですがお待ちになられますか?」

「そうだね、客間にでも通してもらえると助かるかな。」

「かしこまりました。ではミルナミア様とエレイナ様もどうぞこちらへ。」


 メイドに案内され客間へと向かう。すれ違うメイドが全員アキに笑顔で挨拶してくれる。よく来ているので顔を覚えられたというのもあるが、爺さんの依頼で彼女達に料理を教えたりしたのですっかり仲良くなった。ただ爺さんとこのメイドは全員美人だから若干納得のいってない子達がいる。


「アキさん、全員連れてきたら許しませんわよ?」

「1人連れてきてもお仕置きよ!」


 美人のメイドは爺さんの趣味なだけであってアキは関係ない。とアキは思うのだが、きっと言い訳しても無駄な気がするので適当に彼女達を宥めておく。


 暫くして客間に到着する。相変わらず広い屋敷だ。


「では、こちらでお待ちください。私はこれで失礼致します。」

「待って、イリアナさん。爺ちゃんの朝ごはんってメイドさんが用意してるの?」


 このメイドはイリアナと言って、アリステールに爺さんの付き添いで来ていたメイドの1人だ。王都までの旅路でも当然一緒だったので、メイドの中でも特に仲良くしてもらっている。


「はい。昼食、夕食になりますと専属の料理人が参りますが、エスタート様は朝までそんな事をする必要はないと。ですので朝食はメイドで用意しております。」


 それにメイドとしては料理の勉強をするいい機会なので助かっているとアキに告げる。多分爺ちゃんのことだからその辺まで織り込み済みで料理人を朝は呼んでないのだろう。


「なるほど。イリアナさん達の仕事を奪う形になって申し訳ないけど、今日は俺が作ってもいいかな?世話になってる爺ちゃんへのお礼ということで。」

「は、はい!それは構いませんが本当によろしいんでしょうか……。」

「俺がやりたいんだからいいんだって。」

「わかりました。では厨房にご案内させて頂きます。あの……私を含めた数人のメイドも後学の為に立ち会わせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「かまわないよ。ミルナとエレンもくる?」

「当然いきますわ。メイドさんを落とさないよう見張っておかないといけません。」

「当たり前よ!名前まで憶えているなんてこの変態!」


 ミルナとエレンが間違った方向に気合をいれているので、頭を叩く。


「アキさん……痛いですわ……。」

「……痛い……アキ、なにするのよ!」

「努力する方向が違う。料理するところを見て『私も出来るようになろう』って方向に気合をいれなさい。見張るとかじゃなく。だから女子力低いとかアリアに言われるんだろうが。少しは反省しろ。」


 痛いところを突かれた上、その発想を思いつかなかった自分達にミルナとエレンは絶望の表情を浮かべている。


「ふふ、慕われてますね?もし私達に乗り換えるならいつでも大歓迎ですよ?」


 イリアナが囁いてくる。


「冗談でもやめなさい、いちいち火種落とすのは。」


 最近は爺さんのメイド達が大分フランクに接してくれるようになった。始めは礼儀正しくて居心地が悪かったのだが、段々とアキの態度に感化されたのか冗談まで言ってくるようになってしまった。むしろ少々フランク過ぎて頭が痛い。


「意外に本気かもしれませんよ?」

「それはそれで光栄だけどね……。とりあえず行こうか。」


 絶望の淵にいたミルナとエレンを正気に返して厨房へと向かう。


「アキさん!私料理覚えますわ!」

「私もよ!今度作ってあげるから感謝しなさい!」


 ソフィーの時も思ったが、やっぱりうちの子達は無駄にメンタルが強い。そこが尊敬できる部分でもあるし、可愛いところでもあるのだが。ともかく気合が入ったのはいい事なので期待しておこう。





 イリアナに確認したところ、爺さんは朝食を大抵軽めにパンや卵で済ますらしい。それを聞いてアキは和食で行こうと決める。日本米とは種類が違うが、米の存在は確認済みなので問題ない。というより、アリステールでも、王都に来てからも、ミルナ達の食事は基本アキが全て作っている。だからどんな食材がこの世界にあるのかは大体把握出来ているし、色々試作済みだ。ミルナ達はアキのご飯が大好きなので、アキも彼女達を喜ばせる為に色んな食材で色んな料理を作って試行錯誤しているのだ。


「本格和食にしてもいいけど……どれくらいで用意しないといけないの?」


 メイド達に訪ねる。


「えっと……9時くらいに食卓に並んでいれば大丈夫ですよ!」


 イリアナとは違う別のメイドさんが教えてくれる。


 しかし立ち会うのは数人程っていってなかったか?屋敷の全メイドがいるんじゃないかってくらい人がいるだが。それにこんなに集まって屋敷の仕事は大丈夫なのかと思ってしまう。そんなことを考えているとイリアナが申し訳なさそうに口を開く。


「申し訳ありません。アキさんが作るって言ったらみんなが見たいというので……。」

「いや、それは別にいいんだけど。」


 それよりこの人数が平気で入れる厨房のでかさの方が驚きだ。


「あのジジイ、やっぱり屋敷でかすぎるだろうに。燃やすか?」

「半分くらい燃やしますか?お手伝いしますよ。」


 今度はメイド長が会話に入ってくる。あんたはそれ言っちゃ駄目だろうと思うが、メイド長曰く、屋敷が広くて掃除が大変なのだそうだ。他のメイド達も口を揃えて手伝いますと言ってくれる。そのうち爺さんの屋敷がメイド達によって本当に燃やされそうな気がする。しかしメイド達がみんな懇意にしてくれるのは嬉しいが、ミルナとエレンの不機嫌さが増すから今日はあまり話しかけないで欲しい。


「アキさん……やはり女たらしなのですわ……お話、お話をしなければ。」

「しかもアキがうちに来いっていったら全員来そうなのがやっかいよ。帰ったらみんなと相談よ。」


 2人がこそこそと話しているが全部聞こえている。今日の夜は女子会じゃなく長い長い「お話」になりそうだ。爺さんの屋敷に来たのは間違いだったかもしれない。


「それより朝食だ。2時間くらいあるからちょっとだけ手の込んだの作るか。」


 早速準備に取り掛かる。タブレットからレシピを引っ張り出して献立を考える。夕食じゃないし、前菜、焼き物、御飯物と止め椀でいいだろう。前菜はほうれん草と豆のぬた和え、焼き物はあっさりとした川魚を塩焼きに、御飯物はキノコ類と出汁で炊いた炊き込みご飯。止め椀にはつみれと貝のお吸い物。とは言ってもあくまでそれに似たような物だ。さすがに地球と同じ食材ではないのでそれに近い食材を使って調理する。調味料は爺ちゃんがやはり速攻で揃えたそうだ。財力で作った物もあるらしい。さすが金持ち。


 「まずここで塩を足す。味を整えるのは最後でいい。」


 メイド達が覚えたいと言っていたし、ミルナ達も覚えたいと言っていたので説明しながら調理を進めている。メイド達はメモ取ったり、質問したりと勉強熱心なのだが、うちの子達は何が何やらさっぱりでちょっと涙目になっている。多分何を質問していいのかすらわからないのだろう。


「アキさんは料理が出来て凄いですね。」


 手際よく進めるアキに隣から声を掛けてくるイリアナ。


「別に誰でも出来るよ。書いてある通りにやれば問題ない。」


 料理の切る、煮る、焼くなどの基本工程さえ覚えてしまえば料理なんて誰にでも出来るものだとアキは思っている。何をどれだけ入れて、どうやって調理するかまで書いてあるレシピという便利なものが世の中にはあるのだから料理が出来るのは別に凄い事ではない。料理は「出来る出来ない」ではなくて、「するしない」だとアキは思う。最初は簡単な工程を覚える必要があるが、母親を見てれば自然と覚えるし、地球だったらいざとなればネットでいくらでも調べられる。


 実際の料理人が凄いのは、料理の技術レベルが高いというより、自分自身で新しい料理やレシピを0から考えられるところだと思う。どの調味料や材料を使えば味がどう変わるのか把握していないと出来ない芸当だ。当然アキには出来ない。アキが出来るのはプロが作ったレシピをなぞるだけ。だから別に褒められた事でもない。


「ミルナ、エレン。2人でも簡単に出来るから。今度一緒に料理しようね。」


 一応彼女達の為に、切るなどの工程も細かく説明しておいた。それくらいなら自分達でも出来そうと思ったらしく、すっかりやる気が戻ったようだ。


「は、はい!」

「うん、やる!」


 2人は嬉しそうに返事をする。


 皆と話しながら調理していたら何時の間にか結構な時間が過ぎていたようだ。料理も気づいたら完成していた。


「勉強になりました。今度私達メイドで作ってみますので試食していただけますか?」

「いいよ。楽しみにしておく。」


 イリアナ達であればすぐに作れるだろう。爺さんとこのメイドが全員優秀なのは知っている。料理の配膳はメイド達がやってくれるというので任せる事にした。アキ達は先に食堂へ行ってエスタートを待つことにする。





「アキ、こんな朝っぱらからどうしたのじゃ?」


 数分でエスタートは姿を現し、アキが居る事に少し驚いたようだ。


「休みだよ休み。明日くらいまではのんびり体を休めようと思ってね。」

「ほほほ、なるほどの。でもあまり早朝から嬢さん達を連れまわすもんじゃないぞ?」

「わかってるよ。けど少しでも長く居たかったからな、叩き起こした。」


 このやりとり昨日もやったなとデジャブを感じるアキ。そしてソフィー達と同じように悲しそうな目をするミルナとエレンを宥める。


「ふっ、アキは女性の立て方がよくわかっておるの。」

「うるせえジジイ、余計な事いわなくていいから。」


 さすがに爺さんには本当に叩き起こしたのがどちらなのか今のやり取りでバレたらしい。ただそれを言うのは無粋なのでアキはミルナとエレンに気付かれる前に話題を切り替える。丁度そのタイミングでイリアナを含めた数人のメイドが朝食を運んで来てくれた。


「なんじゃこれは?パンではないのか?朝から米とはちと重いの。」


 いつもとは違う朝食に戸惑いを見せるエスタート。イリアナが何か言おうとしてくれたが、アキが自分で説明するからと彼女を止める。


「爺ちゃん、今日は朝食作ったの俺だから。」

「なんじゃと!アキがか!」

「最近世話になっていただろ。だからお礼に爺孝行でもしようかと。」

「うおおおおお!最高じゃ!もういつ死んでもいいわい!」

「落ち着けジジイ。まだ死ぬような歳でもないだろうに。」

「う、うむ……料理の説明はないのか?」

「米だけど食べてみて欲しい。あっさりしたものが多いからいつ死んでもおかしくないジジイでも大丈夫だ。」


 簡単に料理の説明だけして早く食べるように促す。だが先ほどのジジイ発言が気に食わなかったのか爺さんが反論してくる。


「爺扱いするな!酷い孫じゃ……。イリアナよ、酷いと思わんか!」


 いつ死んでもとか言ったのは自分だろうがと呆れるアキ。しかも自分のメイドに助けを求めるとかずるい爺さんだ。自分が雇っているメイドなのだから当然主人側につく。


「そんなことよりさっさと食べなさい、このジジイ。」


 アキの予想に反して辛辣な言葉を主人に浴びせるイリアナ。しかしアリアにしてもイリアナにしてもこの世界のメイドは毒舌がデフォなのだろうか。まあ、爺さんは堅苦しいのは嫌いなのでこういう口の利き方は大歓迎だろう。


「ぐぬぬ……最近メイドが冷たいんじゃ……何故じゃ。全員アキに懐いてるように思える。主人はわしなのに!」

「何言ってんの、嬉しいくせに。」


 アキがそう指摘すると、すぐに笑みを浮かべる爺さん。


「ふっ……そうじゃな。こういうメイドのほうがやりやすい。今までは堅苦しかった。アキが来てから大分フランクになったから感謝しておる。」

「だろうね、それより食べよう。」


 そう言ってアキは食事に手を付ける。ミルナとエレンはいつものようにアキを待っていてくれたのだろう。相変わらずこの子達は絶対にアキより先に食べようとはしない。素直じゃないところはあるが、大和撫子のような性格の子達だ。


「これは美味い!朝食はこれからもこれにしようかの。」


 エスタートは大層気に入ってくれたようだ。和食は健康的だしそれもいいかもしれない。ミルナとエレンも美味しそうに食べている。というか彼女達はアキの作ったものを不味いと言った事は一度もない。何を作っても嬉しそうに美味しそうに食べてくれる。


「どうじゃ、朝食のお礼にイリアナ連れてくか?」


 エスタートが前菜をつつきながらアキにさらっと提案してくる。


「アキさん?連れていくんですの?」

「アキ、どうなの!はっきりしなさい!」


 当然ながらうちの子達が速攻で食いついてくる。


「やめろ、ジジイ。だから余計な火種を作るなと言っているだろう。」

「なんじゃ彼女じゃ不満か。」

「イリアナさんは優秀なメイドだよ。綺麗だし、仕事も出来て頼りになる。」


 壁際に待機しているイリアナが喜んでいるのが目の端に見えるが、アキは気にせずに続ける。


「でも爺ちゃんのとこに必要だろ。それにうちにはアリアっていう優秀なメイドが既にいる。あと何よりミルナやエレンでもう十分幸せだから。俺には勿体ないくらい素敵な子達だよ。美人だし。ね、ミルナ、エレン。」

「う、うん……嬉しいですわ。」

「そ、そうなのかしら?でもアキがいうなら……。」


 ミルナとエレンが恥ずかしそうに下を向く。


「ちっ、つまらん。イリアナへの気遣いも忘れず、それでいて譲ちゃん達をイリアナ以上にしっかり褒めよるわい。ちょっとくらい隙を見せれば可愛いものを。」

「おい、やっぱりわざとかジジイ。その魚の骨でも詰まらせて死ね。」


 エスタートは酷い孫じゃと喚くが「自業自得だから死になさい」とイリアナに止めを刺されていた。


 アキ達は朝食をのんびり楽しんで時間を潰し、エスタートの屋敷を後にする。というより追い出された。ガランと同じく爺さんなりの気遣いだろう。

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