3月 お子様卒業〜新しいわたしへ〜
2月28日(水)
今日で2月も終わり。卒業式まで、あと一ヶ月もない。信じられない。もう中学生になってしまうんだ。ちょっぴり寂しいけど、中学校の制服にもあこがれるから、微妙な気分。今日はこれでおしまい。なんか、すごく眠い。おやすみなさい。って、わたし、誰に向かって書いてんだろう。
3月1日(木)
夜、パパが妙に真剣な顔をして話しかけてきた。
「なつみ、ちょっと話があるんだ」
「なに?」
「来年からパパ、転勤になるんだ」
そんなこと突然言われても、何のことか、さっぱりだ。
「テンキン?」
「そう、つまりだね、引っ越さなきゃならないってことなんだ」
シーン・・・。
わたしが何も言わないでいると、パパは重ねて言った。
「分かるね、中学校はみんなと同じところには行けないんだ」
そんなことって、ありだろうか。ずっと、みんなと同じ中学に行くものとばかり思っていたのだから、青天の何とかって、このことを言うんだろう。わたしはパパの言葉に思いっきり頭を殴られた。痛かった。
「なんで?」
「ごめんな、お仕事なんだ」
謝られて済む問題ではない。でも、わたしにはどうしようもないこと。ただ、そのときだけは一人になりたかった。
わたしはクーを連れて自分の部屋に閉じこもった。
クー。
まるで励ましてくれるようにクーが鳴いている。でも、わたしは相手になる気にもなれなかった。ひざを抱えて、頭をその間に突っ込んで。どんどんテンションが下がっていく。
3月5日(月)
卒業式まであと10日。
今日から毎日、この日記で卒業式までのカウントダウンをしようと思う。これがみんなとの一生のお別れになってしまうかもしれないから。
だけど、今日は特に何もなかった。
3月6日(火)
卒業式まであと9日。
クーが珍しくあんまり給食を食べなかった。こういうのを空前絶後とかいうのかな。
「なっちゃん、最近、クーの元気があまりないみたいだけど、大丈夫?」とさっちゃんが心配そうに言ってた。わたしはうなずいておいたけど、なんとなく不安になった。クーがあまりご飯を食べないのは、それくらい珍しいことなのだ。
3月7日(水)
卒業式まであと8日。
午後、卒業式の練習があった。どうしてそんなことの練習をしなきゃいけないのか、わたしにはさっぱり分からない。先生たちは、小学校最後の日を最高のものにするためとかなんとか言ってるけど、本当のところは果たしてどうやら・・・。なんだか、見せものにされてるような気がする。嫌だな。しかも、今日から毎日、この練習があるというのだから、すごく憂鬱。
3月8日(木)
卒業式まであと7日。
昼放課、さっちゃんたちとなわとびをして遊んだ。さっちゃんはわたしより上手で、わたしのできない、はやぶさとかもできちゃうのだから、すごい。
ちなみに、わたしたちの間で今なわとびが静かなブームなのだ。
3月9日(金)
卒業式まであと6日。
今日が給食終了日だった。月曜日からは半日。だから小学校で経験する昼放課も今日でおしまい。昨日と同じように、今日もなわとびをした。そのとき、クーが体を摺り寄せてきた。
「クーのバカ。あんたのせいでひっかかちゃったじゃない。どうしてくれるのよ」
もう少しのところで二重飛びの新記録が出そうなところで引っかかったので、思わずクーにあたってしまった。クーはしょんぼりとして、ペタペタ離れて行った。後姿が、ちょっとかわいそうだった。さすがのわたしも反省して、
「ごめんね。こっちおいで」
わたしの所に戻ってきたクーは、あまり元気がなかった。
3月13日(火)
卒業式まであと2日。
また日記を書くの忘れてた。いよいよ明後日で小学校生活も終わりを迎えると考えると、ちょっぴり寂しい。ちょっぴり?すごく寂しい。だって、わたしの場合、引っ越しちゃうんだもの。今日はクラスでお別れ会をした。わたしは加藤君の隣に座ることになった。
「あのさ」
いつも声の大きい加藤君が小声で話しかけてきた。なんだか、すごく緊張してるみたい。
「俺、ずっと・・・」
「ずっと何?」
加藤君がつばを飲み込む音が聞こえた。好きだったんだ。ますます声が小さくなって、しかも急に早口になったから、うまく聞き取れなかった。
「え?」
「お前のことが好きだったんだ」
わたしはほっぺたが熱くなった。信じられなかった。嘘だと思った。聞き間違いだと思った。でも、加藤君は赤くなってうつむいている。珍しいこともあるものだ。
わたしは何て答えていいか見当もつかなかった。そのあとは二人ともじっと黙りこんでしまった。
3月14日(水)
いよいよ明日で卒業。6年間は、長かったような短かったような、不思議な長さだった。でも今から振り返ってみると、あっという間だったような気がする。いろんなことがあった。
今日は学校ではずっと明日の練習。
事件が起きたのは夜のことだった。クーがいなくなってしまったのだ。
「クー、ご飯だよ」
いつものクーなら部屋のどこで何をしていようと、すぐにペタペタと駆け寄ってくるのに、今日ばかりは全然反応がなかった。
「ママ、クーがいない。どこ行っちゃったんだろう」
わたしはそう言いながらクーを探し回った。でも見つからない。どこにもいない。
「本当にいなくなっちゃったよぉ」
「ちゃんと探したの?」
ママがイライラとした声を出す。
「探したもん」とわたしは口をとがらせる。そして
「ちょっと外探してくる」
わたしは必死に探した。さっちゃんの所にも電話して聞いてみた。クーが行ってないかどうか。でも、いなかった。
クーが家に来たとき、初めて行った川にも行ってみた。それでもいない。わたしにはクーがどこにいるのか、さっぱり分からない。結局、見つからず、一度帰ることにした。
ご飯を食べてから、今度は家族総出で探した。あっちこっち探しまわった。交番にも行った。けれども、やっぱりいない。
どうしよう。クーがいないと落ち着いて眠れやしない。こんな気持ちになったの、初めてかも。
「なつみ、もう遅いから、あんたは帰って寝なさい。明日は卒業式なんだし。寝坊できないでしょ」
ママに強い口調で言われて、わたしは渋々家に帰った。パパが一緒に帰ってくれた。
3月15日(木)
「いってきまぁす」
寝ぼけ眼をこすりながら、家を出た。結局クーはどこにもいなかったそうだ。どうして突然いなくなってしまったんだろう。謎だ。
教室に入ると、みんなすごくおしゃれな格好をしてきている。さすがに記念すべき最後の日だけあって、教室の中も雰囲気が違う。
「クーは見つかった?」
さっちゃんが言った。わたしは首を横に振る。
「どこ行っちゃったんだろうね」
やがて先生が入ってきた。黒いスーツに身を包んでいた。
体育館はひんやりとして、肌寒かった。明日からこの学校に通わなくなるのだと思うと、信じられない。ちょっぴり寂しい。
式は順調に進んだ。最後に、みんなで歌いなれた校歌と「仰げば尊し」を歌った。歌ってるとき胸が詰まった。うつむいたら水の雫が体育館シューズの上に落ちた。涙だった。
クー。
ふと、目を上げるとクーがいた。でも、すぐに消えてしまった。幻だったのだろうか、だけど、たしかに声が聞こえた気がする。
こうして、わたしの長くて短い小学校生活が終わった。
3月22日(木)
あれから一週間がたった。クーは遂に行方不明のまま、帰ってくることがなかった。わたしはまた一人になった。
だけど今日、ママの口からびっくりするようなニュースを聞いた。
「なつみ、あんた、お姉ちゃんになるのよ。ママのお腹の中に赤ちゃんができたの」