1月(後編) 学校
1月8日(月)
「クー、ちゃんとママの言うことを聞いて、おとなしくしてなきゃダメよ」
わたしはそう言い残して家を出た。今日から学校だ。久しぶりの学校。ちょっと緊張する。それに、家に残したクーが、本当におとなしくしてくれるのか、心配だった。
「おはよう」
教室に入ると、懐かしい顔がたくさんあった。みんな、冬休みの出来事を話している。そして、教壇ではクラスのガキ大将の加藤君を中心にして、男子がワイワイがやがや騒いでいる。わたしはさっちゃんの席のところに行った。
「これが小学校最後の学期なんだね」
さっちゃんはしみじみと言う。やっぱり、学校にいる時とそれ以外とでは、さっちゃんの雰囲気が何か違う。何が違うんだろう。
先生が入ってきた。それから今日は始業式だから、すぐに体育館に移動するように言った。
「こら、そこ、うるさいぞ」
ずっと話していたわたしたちに先生の注意の声が飛んできた。
今日は始業式と、ホームルームだけで終わった。わたしの一番好きな半日だった。だから、帰ってご飯を食べたら、一緒に遊ぼうと、さっちゃんと約束をして帰って来た。
1月9日(火)
朝、クーにつつかれて目が覚めた。まだ五時だった。
「うるさいなぁ、なに」
ぼーっとした頭のまま、クーにキレ気味で言った。
クー。
どうやら、お腹が空いているらしい。でも、まだ朝早い。どう考えても食事の時間ではない。
「まだ早いから寝てなさい」
わたしはそう言って布団を頭からかぶった。でも、クーはそれでは収まらない。強引に布団をはがしにかかってきた。すごい力だった。
しばらく、布団のとりあいみたいなものが続いた。結局わたしが折れることになってしまった。
「わかった、わかった。魚をあげればいいんでしょ」
しぶしぶ冷蔵庫に向かった。そして扉を開けたところで、わたしは猛烈に腹が立ってきた。だって、よく考えてみたら、クーはしょっちゅう冷蔵庫を勝手に開けてはママに怒られていたんだもの。わざわざわたしを起こさなくても、自分でできるではないか。
クー。
満足そうに喉を鳴らすクー。いったいこの子は何を考えているんだか。飼い主のわたしにも、さっぱり分からない。
結局、それから眠ることができず、わたしは寝不足のまま学校に行った。だから授業中は眠くて眠くて仕方がなかった。なんどか、別世界に飛び立ってしまいそうになって、となりに座っている加藤君にこっそりつつかれた。おかげで、なんとか先生には気付かれずに済んだけど、なんとなく気分が悪い。クーのやつ・・・。
1月16日(火)
面倒くさくて、書いてなかったから、これで一週間ぶりの日記ということになる。その間、わたしはクーの世話と学校の勉強で、めまぐるしい毎日を送っていた。今どきの小学生は、楽じゃない。もっとも、わたしの場合はほかの子と違って習い事も特にしていないから、少しは楽なのかもしれないけど。
1月17日(水)
今日、家に帰ってくると、クーがママにすごく怒られていた。暴れすぎて、窓ガラスを割ってしまったらしい。クーらしいといえばクーらしいけど、今回ばかりは笑ってばかりもいられない。もちろん、わたしもクーの後からとばっちりを受けてしまった。
1月20日(土)
今日も朝からクーに引っ張りまわされた。
「ちょっと、あんた今日は学校が休みなんだから、クーを散歩に連れて行って」
という、ママの命令が出るや否やクーは勢い込んでわたしを引っ張って外に連れ出す。わたしも、別に散歩に行くのは嫌じゃない。でも、クーと一緒に行くのは嫌だ。なぜって、クーは全然わたしの言うことを聞いてくれないんだもの。いつも、自分勝手な行動をして、わたしを困らせるんだから。
今日もそうだ。勝手にどんどん歩いていって、川まで来てしまった。
「こら、待ちなさい!」
そこで、クーは突然ビクッとしたように立ち止まった。棒立ちという表現がぴったりな姿だ。ようやくわたしの言うことを聞いてくれるようになったのだと思って、少し微笑ましい気持ちで見ていると、やがて向きを変え、こっちに逆走してきた。一体全体どうしたというのか、さっぱり分からない。
「あれ、斉藤じゃん。おまえ、ペンギンなんて飼ってたの?」
どこかで聞いたような声だと思って前を見ると、加藤君が犬を連れて立っていた。クーは、加藤君の犬を恐がって、立ち止まっただけだったのだと分かった。
わたしがコクリとうなずくと、加藤君は、頑張れよとだけ言って、走っていってしまった。何を頑張るのだろう、今日のわたしは、疑問に思うことがいつもよりも多い気がする。
1月23日(火)
学校で、さっちゃんと重大な相談をした。クーを学校に連れてきてみようと言う相談だ。もちろん、こっそりと。どこまで隠し通せるか分からないけど、何となくおもしろそうなので、さっちゃんの提案に賛成することにした。
ちょっと、このことを詳しく書くと、朝、教室に入ったときに、「なっちゃん。ちょっと、ちょっと」とさっちゃんに手招きをされ、クーを連れてこないかと言われたのだ。
「多分、先生がダメって言うよ。ペンギンだよ、ペンギン。亀や金魚とはわけが違うんだから」
「そんなん、こっそり連れてくるに決まってるよ。これは、わたしとなっちゃんだけの秘密にするんだから」
そう言って、さっちゃんは悪戯っぽく笑った。それならおもしろいかも、とわたしも一緒になって思わず頬が緩んでしまった。