1月(前編) 消えたお年玉
12月31日(日)
一昨日、さっちゃんにペンギンを預けた。
「ねえ、このペンギンさぁ、クーって鳴くから名前、クーでいいんじゃない?」
預けるときのさっちゃんの言葉だ。さっちゃんがそこまで考えてくれていたなんて、ちょっと不思議な気がした。だって、いつもはぼんやりとしていて、なんか頼りない感じなんだもの。この前、初めてペンギン、じゃなかった、クーをお披露目したときもそうだったけど、クーのことになると、さっちゃんは人が変わったみたいになる。
「そうだね。名案!さっちゃんがこの子の名付け親かぁ」
わたしは笑いながら言った。楽しんできてね、そう言うさっちゃんの顔は、どことなくいつもより明るかった。
さて、昨日からわたしたちはおばあちゃんの家にいる。おじいちゃんも、おばあちゃんも、わたしを見て、「なつみ、大きくなったなぁ」と言ってくれた。この感じだと、明日のお年玉はたくさんもらえそう。嬉しい。
今日は大晦日だから、みんなで「紅白」を見て、除夜の鐘が鳴らされるまで頑張って起きていて、そして年越しそばを食べる。おばあちゃんの家はおそば屋さんだから、年越しそばもおばあちゃんの手作り。実は、これは斉藤家の毎年の恒例行事なのです(笑)
1月1日(月)
今日から新しい年が始まった。昨日は、なんどもうつらうつらしながら、日付が変わるまで頑張っていた。お年玉はたくさんもらえたんだけど、わたしが持っているとすぐに使っちゃうからって、ママにほとんど取り上げられてしまった。残念。
1月4日(木)
今日、おばあちゃんの家から帰ってきた。それで、明日、さっちゃんの所にペンギンを受け取りに行く。お年玉は、一生懸命ママを説得して、ようやく二千円だけわたしが持てることになった。
1月5日(金)
さっちゃんの家にペンギンを受け取りに行った。
「お帰り。おばあちゃんの所、どうだった?」
会うなり、さっちゃんが言った。
「楽しかったよ。お年玉もたくさんもらえたし。でもさ、ほとんどはママに取られちゃって」
「それって、ひどくない?」
「まあ、取られちゃったというか、わたしが持ってるとろくなことに使わないから、とりあえず、預かるって言われてさ」
クー。
クーがさっちゃんの後ろから顔を出した。相変わらず、能天気な表情をしている。
「クー、ちゃんといい子にしてた?」
さっちゃんは、にっこりうなずいた。
「うちはさ、お父さんもお母さんも、朝早くから働きに出てるから。だから、夜だけおとなしくしてくれれば大丈夫」
クー。
いかにも、自分はいい子にしてました的な声で鳴く。やっぱり、調子のいいやつだ。
1月7日(日)
お年玉が消えた。なんとなく、財布の中に入れておくと、雰囲気が出ないから、封筒に入れて引き出しの中にしまっておいたのだけど、今朝見たら消えていた。
「ママ、ここにしまっておいたお年玉、知らない?」
「知らないわよ」
泣きたくなった。これじゃ、欲しかった筆箱が買えない。
「どこ行っちゃったのよ」
半べそをかきながら、あちこち探した。考えられる所は全て探した。でも、どうしても見つからない。
クー、クー。
クーが、途方にくれているわたしの膝に体をすり寄せてくる。
「うるさい。あっち行ってて」
クーはしょんぼりとして、ペタペタと離れて行った。もしかして、この子が取ったんじゃないかなぁ、根拠もなく、そんな疑問が浮かんだ。
「あれぇ、こんな魚、買ってたかしら」
ママの戸惑ったような声が聞こえる。わたしの中で何かがはじけた。
「クー、ちょっとこっちに来なさい」
ただならぬ気配を察したのか、クーは更に離れていく。たまらなくなって、わたしは追いかけた。でも、クーもすばしっこい。なかなか捕まらない。いたちごっこがしばらく続いた。
「こら、なつみ、うるさいぞ」
滅多に怒らないパパの怒声が響いた。
「だって、クーがわたしのお年玉を盗んで、魚を買ったんだもの」
寝室から出てきたばかりのパパも、朝食の支度をしていたママも、びっくりした顔をしてわたしの口元に注目をした。
「そんなこと、あるわけないじゃないの。どうせ、あんたが変な所に置いといたんでしょ」
ママが呆れて言う。
「それって、このペンギンが天才ってことじゃないのか?」
ペンギンに天才もくそもないだろう、それなのにパパは微かに瞳を輝かせて見当違いなことを言う。
クー。
クーは嬉しそうに鳴いた。そして、パパの方に体をすり寄せる。これがコイツなりの愛情表現で、天才と言われたことがよっぽど嬉しかったのだろう。いや、もしかしたら、もっと計算高いのかもしれない。とにかく、これではっきりしたことは、クーはとんでもないお調子者で、そしてやっぱり犯人はクーだったということ。
「わたしの筆箱、どうしてくれるのよ。ずっと欲しいと思ってたのに」
もう、無性に泣きたかった。だってまだ小学生なんだもの。
「よし、パパが買ってやろう」
ママは不快な表情をしたけど、わたしは単純に嬉しかった。