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物置

僕は、テングなのかもしれない

作者: 檸檬 絵郎


 僕は、テングなのかもしれない。



 彼はそんなことを思った。

 普通、テングという言葉には、威張りくさっているとか滑稽だとかいう邪魔な観念がつきまとうものだが、彼は純粋に、まるで先ほど見て覚えたばかりの名も知らない花に(たと)えるかのように、自身をテングという生物に喩えた。



 なぜか……。


 彼は、森のなかを歩いていたのだ。





 どこにいるのかも忘れていまい、香る花々や、さえずる鳥の名も知らず、それらの音や様子を表すありふれたカタカナの響きさえも、彼の頭には浮かばなかった。

 そんなとき、遠い昔に絵本で見たような、真っ赤な顔をしたテングの姿を思い浮かべた。黄色い木洩(こも)れ日、青い木の影、そのなかに真っ赤な顔のテングがいて、団扇うちわを振るうと風が起こる……。明るく鮮やかな色彩のなかに、彼はふと、そんな空想を広げたのだ。



 僕は、テングなんだ……。





 目の前に熊が現れた。ものすごい形相でにらみつけてくる。目玉は輝き、鋭い(きば)()いている。黒い体毛を見ると獲物の血が(にじ)んでおり、爪の下には川のような水溜(みずた)まりができていて、まるで野を()けていく馬の(ひづめ)のように、その前足を動かしていた。

 低いうなり声を聴き、視線をふたたび相手の顔へと戻す。熊はサーモンをくわえていた。


 サーモンを飲み込んだ熊は、ふたたび鋭い目玉と牙をこちらへ向けてきた。

 ここでテングが団扇を振るうと、黒い雨雲が空を覆いつくす。そして、熊の目の前に真っ白な稲光いなびかりが見えたかと思うと、あまりの迫力に驚いた熊は、横向きに倒れて呆然としていた。


 雨雲が消えるとテングは微笑(ほほえ)み、彼はテングにありがとうと言った。

 テングは颯爽(さっそう)とどこかへ飛んでいき、彼は一人、森の地面に残されていた。



 一人……?





 真夏のあつい日差しを受けて、彼はいつの間にか、目の前に光る水溜まりを眺めていた。

 彼は身体を横たえていて、腕は黒く、その内には銀色のサーモンを抱えていた。





 はちみつが恋しいなあ……。


 彼の身体は浮かび上がり、ミツバチとなって飛んでいった。


























「聞いているのか、田中」


 気がつくと、彼の目の前には、真っ赤な顔をしたテング……ではなく、テングのように真っ赤な顔をした顧問の姿があった。


「おい田中、お前の(しゃべ)るセリフには、脈絡みゃくらくってものがないんだ。そもそもお前、俺の脚本にこめられた寓意ぐういがよくわかってないんじゃないか、え? 読み込みが甘いぞ、田中」


「あ、僕ですか」

「田中はお前しかいないだろう、田中」



 そう、タナカタナカって言わないでくれよ……。


 僕は……。



「さあ、もっかい初めから。『やあ初めまして、転校生くん。名前は?』はい、ようい……」


 顧問が両手を打ち鳴らし、田中は芝居を再開した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 現実と夢想の淡いが、うまく表現されていると思います。 [気になる点] テングは慣用的な比喩ではないとの事ですが、物語の構成は、慣用的な比喩を思わせるものになっています。 特にタイトルと結末…
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