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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第19部 I Wish  ―願い― 【1】

長い間続いていたSLSも、いよいよあと2部になりました。


最後までお付き合いくださいね。

― ニューヨーク、ウォール街 ―       




 世界中の誰もが知るこの金融の街では、普通の人々が歩く数倍の速さで闊歩するビジネスエリート達を見る事が出来る。この街の人々は空を見上げる事がほとんど無いのだろうと思える程、巨大なビル郡に空は分断され、晴れでも曇りでもそう大差は無いようだ。


 そんな数ある高層ビルの中でもひときわ異彩を放つビルが、その街の中心にあった。そのビルの全壁面は太陽の光を反射するスモークガラスで覆われ、40階建てのビルの頂上はガラス張りの突き出たサンルームの様な造りになっており、このビルのオーナールームになっている。


 下からビルの頂上を見上げると、まるで古のピラミッドか、はたまた神に近づこうとした人間が作ったと言われるバベルの塔を思わせるが如く、少し細くなりながら天へ聳え立っていた。



 そのビルはニューヨーカーの間で、本当の名前の他にもう一つの名前で呼ばれていた。『グレート・サンゴッド・タワー(偉大なる太陽神の塔)』と呼ばれる由縁は、このビルのオーナーの名に由来するとも、そのオーナーの偉業によるものとも言われている。


 彼の名は、サン・ジュスト・メネディス。ウォール街の金融の流れを左右する程のこの男は、ファンドマネージャーの育成から、航空、衛星通信、果ては宇宙開発事業に関してまで、その手腕を発揮していた。





 ウォール街の日曜日。それは意外と閑散としている。いつもはビジネススーツ姿のまま、近頃流行の小麦入り健康飲料を飲みながら歩く人々の群れも無く、静まり返ったままの街が静かに存在するだけだった。


 その街の中をダークスーツに身を包んだ男が、背後の気配を窺いながら歩いていた。流れるような黒髪の彼は、グレート・サンゴッド・タワーの前でもう一度自分の周りに怪しい気配がないか確認すると、その中に消えるように入っていった。ビルの入り口に居るガードマンと軽く挨拶を交わし、彼はその奥のガラス張りのドアにある小さなセキュリティチェックボックスに社員証であるカードキーを通した。


 ドアが開くとその向こうに長い廊下があり、それも通り過ぎると、エレベーターホールに入る。エレベーターは左右に4台ずつ、合計8台並んでいた。しかし彼はそれには乗らずに更に奥に進んだ。


 その先は何も無いように思われるが、漆黒の扉があり、そこでは又特別なカードが必要となる。なぜならその先には、頂上のオーナールームへ直行するエレベーターがあるからだ。



 彼がカードを差し込むと、ドアは左右に開き彼に道を示した。そのエレベーターのドアは扉と同じく黒に金の縁飾りがあり、エレベーターの中のデザインも暗い配色とシックなライトに照らし出されていた。


 普通ビルの一番端にあるエレベーターなら外の風景を見られるようにガラス張りになっているものだが、このボックスの中は決して外からは見えなかった。40階に到着するまでずっと同じまま、静かに登っていくだけだ。


 “狙撃にでも配慮しているのかな・・・”と元軍人の彼は思った。




 オーナールームへ至るエレベーターは暗い雰囲気だが、いざオーナーの居る部屋に到着すると、その雰囲気はガラッと一変する。360度、このウォール街を見渡す事の出来るガラスのサンルームのような部屋だ。ビルの屋上全てを使っているので、その広さはこのビルのオフィスフロアーを8個分は集めたような広さであった。


 部屋は会議用の机や椅子、大事な賓客をもてなす用のリビング、社長としての彼が全ての命令を指示するデスク、世界中の金融の情報が入ってくる巨大なシステムコンピューターなどの各部分に分かれていたが、それは全て明確な壁では仕切られておらず、自由な空間に広がっていた。



 エレベーターを降りるとすぐに彼の社長室に入っていく事になっているのは、何故だか不思議な感じがする。そう思いつつその明るい部屋の中に足を踏み入れると、このビルのオーナーであり、『シーズ・ザ・スロウン・カンパニー』の社長であるサン・ジュストが明るい日差しを背に、来客用の白いソファに座って彼に笑いかけていた。


「久しぶりだね、ルイス。しばらく地下にもぐっていたんじゃなかったのかい?」

「地下の方もFBIがうるさく嗅ぎ回って来るものでしてね。そろそろ出てきてもいい頃かなと思いまして・・・」

「それで日曜のウォール街を闊歩してきたのか。CIAに声をかけられなかったかい?」


 ルイスはあまり意味のない会話を仕掛けてくる彼に、苦笑いを返しながらソファーに座った。


「CIAだけじゃなくSVR(ロシア対外情報局)やらBND(ドイツ連邦情報局)やらはこのニューヨークの何処を歩いてもごろごろしていますよ。でもあなたならどうせ、SIS(通称MI6、UKの秘密情報局)とかDGSE(フランス対外保安総管理局)にもお知り合いがいらっしゃるんじゃありませんか?」


 サン・ジュストはその質問には答えず、ソファに腰掛けたままにっこり微笑んだ。


「わざわざ君がここへ来たんだ。もうそろそろ静かにしているのは飽きたようだね」


 ルイス・アーヴェンは元軍人らしく、引き締まった顔で奥歯を噛み締めながら、ガラス越しに見える空を見渡した。


「俺にはこんな明るい空は似合わないので・・・・」

「では『私』は又、アーロンに電話をかけなくてはいけないのかな?」



 サン・ジュストは相変わらず微笑んでいたが、その瞳はSEALで馴らした彼も、ぞっとするほどの寒気を帯びていた。その瞳を見るたび、ルイスの心はまるで宇宙空間にたった一人で放り出されたような孤独と恐怖に覆われる。しかしそれと同時に、この地球のコア(核)に触れたような、一瞬で全てを焼き尽くすような熱も感じるのだ。


 全てを造り出し、全てを破壊する程のエネルギー。それを彼の中に見出した瞬間から、ルイスの人生は変わった。彼は生涯忠誠を誓った国家よりも、何よりも慈しんだ仲間よりも彼を選んだのだ。否、彼ではなく彼の理想ともいうべき野望を・・・。


「いいえ、その必要はありませんよ。アルガロンには沈んでもらうつもりですので・・・」

「ほう、君のかわいいアフロディテにも・・・かね?」

「彼女は私の挑戦を受けるでしょう。そして、私の愛しい女大佐も、未来のライフセーバーを夢見る彼もね・・・・」






 新学期が始まってすぐ、クリスはやっとシェランと約束していた資料を完成させる事が出来た。旅行の企画に追われていて、なかなか進まなかったが、やっとの思いで頭の中から引っ張り出した、一般課訓練生の成長記録の集大成であった。


 これを完成させた時、彼は自宅のコンピューターの前で、青黒いクマの出来た顔に満足げな笑いを浮かべ、「パーフェクトだ・・・」と呟いた。


 その資料の入ったクリップドライブを持って意気揚々とSLS訓練所に出勤したクリスは、朝一番に会ったシェランに朝の挨拶よりも先に、いつでも教官会議で報告会を行える準備が出来た事を告げた。


「じゃあ、次の会議でどう?」

「OK、あさってだね。ロビーにも伝えておくよ」


 クリスはやっと天の受難から開放されたように足取りも軽く、ロビーの教官室に向かった。


 しかしロビーは、あさっての教官会議は3月に行われるSLS本部との合同訓練の打ち合わせをしたいから別の日に時間を取ろうと言ってきた。それを聞いた時、クリスの心の中にピリッと電流が走ったような気がした。


― 本部隊員との合同訓練 ―



 訓練生にとっては、入学してからずっと待ち望んできた訓練だった。だがクリスとシェランにとってそれは、できれば避けたい訓練に他ならなかった。


 合同訓練と聞いて急に沈んだ顔になったクリスに、ロビーが冗談っぽく聞いた。


「何だ。昔の仲間に会いたくないのか?」

「僕は別に構わないけどね・・・」


 するとロビーも急に真剣な顔になって、クリスの肩をそのごつごつとした手で握った。


「シェランの事は俺も知っている。だが教官になった以上は本部との合同訓練は避けられない道だ。それは彼女も分かっているだろう」

「ああ、そうだ。だがロビー、君は何を知っているというんだ?ウソで塗り固められ歪曲した事実か、それともたった一つしかない真実か?」


 いつもの冷静さも失って詰め寄ってきた若い後輩に、今年40歳を迎えるロビーは静かに答えた。


「クリス、俺はお前のように側で見ていた訳じゃない。だから俺が知っているのは、噂として流れてくる事件の概要だけに過ぎん。だがな、クリス・・・」



 ロビーはクリスから離れ、デスクの上にある彼が今まで卒業を見送ってきた訓練生の写真をじっと見つめた。彼の教官生活は今年9年目を迎える。その間に2回の卒業生を送り出した。その卒業生と写った写真は、後1年足らずでもう1つ増えるのだ。



「俺はシェランがこの訓練校に入ってきた時から知っている。彼女は俺の受け持ったチームではなかったが、SLS中から注目されていたのでよく知っているよ。あの頃に比べると今は少し雰囲気が柔らかくなった気がするな。まあ、それ以外は今も昔も彼女はそんなに変わっていない。昔からあの子は曲がった事が大嫌いで、いつでも、どんな時でも一直線に体当たりだ」


 ロビーは写真立てから顔を上げると、黙って自分の話を聞いているクリスに笑い掛けた。


「だから俺はどんな噂が耳に入って来ようと、自分の見ているものしか信じん。そしてそれがきっと・・・お前の言う真実なんだろう」


 クリスはつい興奮してしまった事を恥じるように苦笑いすると、頼りがいのあるその大きな顔を見上げた。


「ロビー、新人教官の僕達が頼れるのは君しか居ない。頼む。合同訓練の時、シェランを見守ってやって欲しい。僕もできるだけ気をつけるけど、初めての本部との合同訓練だ。自分の生徒で手一杯になってしまうかもしれない。だから・・・」


 心配そうにうつむいたクリスにロビーは明るく答えた。


「俺はな、あまりシェランの事は心配しとらんのだ。あの子には煩わしいほど心配してくれる15人の子供達が居る。それにシェランがタッグを組むのはレイモンドのAチームだ」


 ハッとしたようにクリスは顔を上げた。


「そう、心配なのはお前の方だよ、クリス。お前が組むのはシェランが元居たBチームだ。いいか、決して気を抜くな。さっきみたいに冷静さを失ってもいかん。そして何より用心しろ。Bチームのリーダー、ニコラス・エマーソンにな・・・・・・」






 教官達が本部との合同訓練の打ち合わせを始める頃、3年の訓練生の会話もその事で持ちきりになる。SLSの頂点に立つ3つのチームとはどんなチームなのだろう。ウェイブ・ボートで少しだけ接触のあったジュードやマックスも、あの時は潜水士としか会ってなかったので、プロの機動救難士に会えるのを楽しみにしていた。


 時々、隣の本部側のヘリポートから、白と青のツートンカラーに紺色のSLSの文字が機体に描かれたヘリが飛び立って行く度、機動救難士候補生は胸を弾ませてそれを見送ったものだ。そして彼らはもうすぐ、その憧れのヘリと共に、実際の救助現場に行けるのである。



「卒業したマーク先輩に聞いたんだけど、1回目の合同訓練で認めて貰えたら、次から本当の救助現場に連れて行って貰えるんだって」


 ジェイミーが夕食のフィッシュフライを頬張りながら、以前同室だったマークから聞いた話をした。彼の卒業後、ジェイミーは1年生のチャーリー・ヘインストンと同室になっている。


「へえっ、それで1回で認められる確率は?」


 ネルソンの質問にジェイミーは「かなり難しいって・・・。でも俺達なら大丈夫だよな、ジュード!」と笑いつつジュードの背中をばしっと叩いた。ジュードはびっくりしたのと、喉にマッシュポテトが詰まったのとで、思いっきりむせ返りながら“一体、どこからその自信は沸いて来るんだ?”と思った。




 授業の後、クリスは気が進まなかったが、あさっての会議は本部との合同訓練の打ち合わせになる事をシェランに伝えに来た。西日の当たる教室で、意外にもシェランは嬉しそうに「そう、いよいよね。楽しみだわ」と答えたので、クリスはホッと肩をおろした。


「だから、報告会は別の日にしないといけないんだけど、都合はどう?」

「私はいつでもOKよ」

「じゃあ5日後にどうだい?ちょうど土曜日の晩だし」

「ええ、いいわ」



 シェランの快い返事を貰って、クリスは自分の教官室に引き上げた。彼が去った後、シェランは西日が眩しいので窓のブラインドを降ろしに行った。カシャッと鋭い音を立ててブラインドを締め切ると、急に部屋が薄暗くなった。そして、シェランの表情も・・・。


「大丈夫、もう何も起こったりしない。大丈夫よ、シェラン・・・・」







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