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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第18部 海賊島のクリスマス 【9】

 昨日のイブに行われたクリスマス・デイ・パレードが大盛況だったので、パレードの主催者は大喜びでプリンセスと2人のナイトを出迎えた。


 ジュードはやはりあのロングヘアーは気に入らないらしいが、パレードで皆が盛り上がってくれるのは嬉しいらしく ―元々彼もお祭り好きなのだった― ジュリーと一緒に勝手なパフォーマンスをやってくれるので、シェランはパレードの間中、赤い顔をしていなければならなかった。化粧が厚くて赤くなった頬がジュードにバレないのだけが救いであった。



 ドリーミィ・ワールドで過ごす最後の夜は、ナイト&ナイトタウンのレストランバー、“ティムティム”という店の一角を借り切ってAチームだけで騒ごうと予定していた。


 シェランはどんな店か分からなかったので、とりあえずフォーマルな黒のシフォンブラウスとシャンパンゴールドのスカートに着替えると、エバとキャシーが来るのを待っていた。


 彼女達との待ち合わせの30分も前に呼び出しのインターフォンがなったので、シェランは少し早いなと思いつつもバックを持ってドアを開けた。しかしそこに立っていたのはエバでもキャシーでもなく、淡いブルーのスーツに身を包んだクリスだった。


「まぁ、クリス。どうしたの?」


 彼のスーツの胸には紺色のチーフが入っていて、首元にもおそろいのスカーフが巻かれていた。まるで大切な人と会う時のようにシェランには思えた。いや、クリスにとっては、まさに今日がその時なのだ。この島で過ごす最後の日、クリスは自分にとって誰よりも大切な人であるシェランに会いに来たのだ。


「シェラン・・・今夜は僕に付き合ってくれないか?」


 いつもより真剣な彼の口ぶりに、シェランは少し戸惑いながら彼の瞳を見上げた。


「あの、クリス・・・とても嬉しいのだけど、私今夜はAチームのみんなと約束があって・・・」

「それって、どうしてもはずせない用事?ほんの少しでも僕の事を考える余裕も無い程?」



 こんな風にクリスが無理を言うのをシェランは初めて聞いた。いつだって彼は用事があると言えば『じゃあ、仕方ないね』と笑って許してくれた。なのに今日はどうしてだろう。もしかして、クリスにとって何かとても大変な事でも起きたのだろうか。シェランの頭の中にはジュードやAチームの生徒達の顔が浮かんでは消えていった。





 大人の町、ナイト&ナイトタウンには20以上ものレストランバーがあり、夕方5時の開園と同時にそれらの店も営業を開始する。全ての店では豊富な種類の酒とそれにあった料理が提供され、次の日の朝5時まで大人達で賑わうのだ。


 “ティムティム”はその町の一番端にあるレストランで、町の中にある大きな湖に面したところに30名ほどが座れる張り出しデッキを設けた湖畔のリゾートレストランを模していた。


 その湖が見える店の一角で、ジュード達はすでに運ばれ始めた料理に手を付けながら、もうすぐ来るであろう教官と2人の仲間を待っていた。



「3人ともやけに遅いな」

「準備に時間が掛かってるんだろ?女は何かと大変だからな」


 ジェイミーにチキンを頬張りながらネルソンが軽く答えた。


「でも教官もあいつらも、時間にはいつも正確なんだけどなぁ・・・」


 ダグラスが心配そうに言うと、ジュードも少し不安になってレストランの入り口を見た。


「マックス、様子を見に行ってこよう。事故にでも巻き込まれてたら大変だ」

「心配症だなぁ、リーダーは。この街で事故になんか遭うはず無いだろ?」


 マックスは食べ物から目も離さず答えたが、ジュードは彼の耳を引っ張って「いいから来い!」と言って食事から引き離した。


「俺も行くよ」


 ショーンが立ち上がった時、レストランの入り口が勢いよく開いて、エバとキャシーが息を切らせて飛び込んできた。


「ほら、大丈夫だったろ?」


 だがニヤッと笑ったマックスを押しのけて、キャシーはその隣に居るジュードに詰め寄った。


「バカ!あんたがいつまでもぐずぐずしているから、教官が・・・教官が・・・・!」


 キャシーはそのまま泣き出してしまったので話にならなかったが、エバは至極冷静にジュードに言った。


「どうするの?ジュード。教官、クリスと一緒に行っちゃったわよ」


 それでもジュードはただ押し黙っていた。


「何で教官は俺達と約束していたのに、クリスを選んだんだ?」

 代わりにピートが聞いた。


「そんな事、私達に分かるわけ無いじゃない。だけどクリスがどうしてもってお願いしたら、シェラン教官は断れるような人じゃないわよね」


 確かにその通りだろう。男子達がジュードと同じように押し黙ってしまったので、更にエバが彼を問い正した。


「ジュード、確かに又明日になれば教官に会えるかもしれない。でも、今日は私達が教官と過ごせる最後のクリスマスなんだよ?それをクリスなんかに邪魔されて、あんたそれでもいいの?それでも・・・」

「それでも・・・」


 やっとジュードが口を開いたが、彼の顔は暗く沈み込んでいた。



「それでも、教官がそう決めたんなら、オレ達に口を挟む権利は無い」


 ジュードは驚いたような顔をしている仲間の方を振り向くと「マックス、みんな、始めよう」と言って彼らの間をすり抜けて行った。



「ジュード・・・」


 ショーンはキャシーが怒りを通り越して、悲しげに涙をぽろぽろとこぼしているのに気が付いた。しかし、ショーンがポケットからシルクのハンカチーフを取り出す前に、キャシーは叫んだのだ。


「ジュードのバカ!!まだ分からないの?教官はね、あなたに見てもらいたいから、あの服を着てきたんだよ!」


 この時、鈍すぎるAチームの男子達にも、やっとすべてが理解できた。やっぱり教官が好きなのは・・・。



 ジュードはキャシーの言葉に、ぴたりと立ち止まった。


 そうだ。あのマイアミの多国籍料理の店でもシェランはクリスと会うのに訓練校で見るようなシックなスーツを着ていた。レゼッタに買ってもらった服を着たのは、きっとオレに見せる為だったんだ。あの人はそういう人だった。きっと、『あなたのお母さんに買ってもらった服をちゃんと着ているわよ』という意思表示だったのだ。


 なのにオレは、クリスに会う為にシェランが着飾っているなんて思い込んで・・・。



 ジュードはぐっと息を吸い込むと顔を上げ、黙ったまま自分達のリーダーの言葉を待っている仲間を振り返った。


「ハーディ、この島のレンタカー会社は一つだけだったな。電話してクリスが車を借りたかどうか調べてくれ」

「了解!」


 ハーディの返事の後、サムが彼の側までやってきて耳元でささやいた。


「やっとやる気になったか?リーダーさん」


 ジュードは憤然とした顔で答えた。


「シェランはオレ達と過ごす最後のクリスマスを楽しみにしてたんだ。それをあいつが邪魔する権利なんてあるわけ無い。絶対に!」


 全員がニヤッと笑い、キャシーも笑いながら涙をふき取った。彼らが話している間にハーディがレンタカー会社に電話を入れた所、クリスはレンタカーを借りていなかった。


「マックス、地図だ」

「おうっ!」


 マックスはポケットからこの島全体の地図を取り出すと、近くのテーブルの上に広げた。


「レンタカーを借りていないという事は、歩いて行ける範囲にまだ居るはずだ。クリスの行きそうな所に心当たりは?」


 ジュードはまず詳しそうなサムとピートに尋ねた。


「十中八九、ハーバーゾ-ンだね。カリブ海やヴァージン諸島に出る帆船が並んでいて最高のロケーションだ」

 サムが自信ありげに答えた。


「だが今居るナイト&ナイトタウンもはずせないぞ。人は多いが、あいつが好みそうないい雰囲気の店がたくさんある」

 ピートも自信ありげだ。


「いや、俺なら人気の少ない海岸なんかに誘うね。どう思う?恋愛経験の長いダグラス」


 レクターが片目を閉じると、ダグラスは苦笑いしながら頷いた。


「よし。機動、潜水、一般の3組に分かれてそれぞれをあたるぞ。ノースは通信手段があるから人気のない海岸。そうだな、ここからならこの辺りだ」


 ジュードはこの間シェランと二人で行った海岸を指差した。


「潜水はハーバーゾーンを。エバとキャシーはここでみんなからの連絡係を務めてくれ。オレ達は人数が一人多いから、このナイトタウンをあたる」


 皆は頷いたが、いつも口出しをしないアズが珍しく口を開いた。


「一つ聞くが、ジュード。もしシェラン教官を見つけても、クリスが教官の権限で拒否したらどうするんだ?」


 ジュードは奥歯を噛み締めてアズを見た後、全員を見回した。


「その時はオレが行く。あいつが何を言おうと必ずシェランは連れ戻す。彼女はオレ達の教官だ」


 サムがニヤッと笑って「よーし、行くぞ!」と声を張り上げると皆『オーッ!!』と答えてそれぞれの仲間と共に走り出した。




 ハーバーゾーンはナイト&ナイトタウンから一番離れていたので、潜水のメンバーは足の速いピートを先頭にとにかく走った。ジュード達がこのタウン内にある20以上ある店をしらみつぶしにあたっている間、近くの海岸に散った一般のハーディから、この辺りには教官達は居ないと“ティムティム”で待つエバとキャシーの元に連絡があった。


「じゃあ、ハーディ達は2手に分かれて潜水と機動のフォローを!」

「了解!」






 海賊の島の夜は、リゾート地で名高いマイアミの夜にも劣らない美しい夜景を見る事ができる。その夜景を見る為に、夜はハーバーゾーンからカジノやホテルなどのある歓楽街の夜景を楽しむ、豪華なディナー付きのナイト・クルージングを行う船が出港する事になっていた。



 クリスの真剣さに、生徒達との約束を破ってまで彼に着いて来たシェランであったが、クリスがそのナイト・クルージングに出港する船に乗り込もうとするのを見て、思わず彼の腕を掴んで立ち止まった。


「クリス、この船に乗るの?」

「そうだよ。今日はクリスマスだろ?ディナーの予約を取ってあるんだ。君と2人で食べようと思ってね」

「それは・・・嬉しいけど・・・」


 シェランは思わず口ごもった。彼女はクリスとの話が終わったら、ジュード達の所へ向かうつもりだったのだ。だがこんな船に乗ってしまえば2、3時間は帰って来れなくなるだろう。Aチームのパーティに間に合わなくなってしまう。



「あの・・・クリス、さっき大事な話があるって言っていたわよね。その話は船に乗らなければ聞けない話?私は出来ればここで・・・」

「そうして君はAチームの所へ行くつもりなんだろう?君にとって、僕は彼らよりも下に位置する存在なんだね」


 シェランはびっくりしたように首を振った。やっぱり今日の彼は少しおかしい。いつもならこんな子供のようなわがままを言ったりする人ではないはずだ。


「違うわ、クリス。どうしてそんな事を言うの?あなたはとても大切な友達よ。あなたが居たから私はSLSの訓練校にもすぐ馴染めたし、あの事件の時もすごく力になってくれた・・・。私が本部隊員を辞めた時も、あなたまで辞める事は無かったのに、あなたは・・・。私がどれ程あなたに感謝してるか、どれ程心の支えにしているか・・・あなたは分かってくれていると思っていたわ」



 シェランの真剣なまなざしをクリスも真正面からじっと見つめた。彼はシェランの両腕を握り締めると、その瞳をシェランの顔に近づけた。


「じゃあ今日一日、僕の為に使ってくれないか?僕が君にこんなわがままを言ったことがあるかい?」



 シェランは首を小さく横に振った。そう、いつだって彼は私の事を一番に考えてくれたような気がする。本部隊員時代の辛い経験を乗り越えることが出来たのも、レイモンドやウォルターの支えと、彼の深い友情があったからなのだ。


 その彼が今日一日だけ自分のわがままを聞いてくれと言っている。それを自分がAチームのみんなと過ごしたいからというだけで、断る事は出来なかった。


 シェランは一瞬浮かんだジュードの顔をぎゅっと心の中に押し込むと、笑顔でクリスを見上げた。


「海から見るこの島の夜景ってとても素敵でしょうね。クリスマス・ディナーも楽しみだわ」


 シェランは彼の差し出した手に自分の手を添えると、船に乗る為の鉄製の階段を登り始めた。





 シェランがクリスと乗船する少し前に、潜水のメンバー達はハーバーゾーンに到着していた。感のいいレクターがナイト・クルージングに出港する船に目をつけて、たくさんの船が停泊しているポート・ステーションまでやってきた時、彼らは目指す教官の姿を発見したのだった。


 クリスはシェランを連れて、明るくライトが輝いている船へ向かっていた。ブレードがすぐにエバに連絡を取り、エバがハーディの携帯に連絡を入れた時、丁度ハーディはジュードと共にナイトタウンのある店から出て来たところだった。



「止めろ、今すぐに!」


 ハーディが叫び、エバがブレードの電話を持っているキャシーにその言葉を伝えたが、ブレードからの返事はすでにシェランはクリスと共にその船に乗り込んでしまったというものだった。



 ハーディが「じゃあ、お前らも乗り込め!」と再び叫んだが、クリスマス当日のディナーシップに予約無しでチケットが取れるはずもなく、全員、船の前で門前払いを食らった。


「船の出港時間は?」


 ジュードがハーディの電話を奪うようにして聞き返すと、午後8時という返事だった。


「8時って、後10分しかないじゃないか!」

 ジェイミーが叫んだ。


「タクシーを拾おう」


 ネルソンが走り始めると、皆もナイトタウンの出口に向かって走り始めた。





 船のデッキから島の夜景を見ていたクリスは、隣で海風に長い髪をなびかせているシェランを振り返った。


「シェラン、わがままを言ってごめん・・・」


 本当はこんな強引なやり方はあまり好きではなかった。でもこうでもしないと、いつまでたっても2人の関係を進展させることなど出来ないと思ったのだ。


 そうだ。もう引く事なんか出来ない。今日こそ君に言うんだ。今までずっと君が好きだったんだと・・・。クリスはそう決意していた。


 本当は今の3年生が卒業するまで、待つつもりだった。君があいつの事を、その深く蒼い瞳で追うようにならなければ・・・・・。


 

 シェランは潮風にたなびく髪を掻き揚げながらクリスに笑いかけた。


「もういいのよ。気にしないで、クリス」


 シェランがやっと笑ってくれたので、クリスは今まで飲み込んできた言葉を吐き出す決意が出来た。


「シェラン。実は今日、こんな所にまで呼び出したのは・・・」



 しかし彼がその次の言葉を言う前に、出港の合図の汽笛が『ヴォーッ』とうなりを上げ、船がゆっくりと港を離れ始めた。



『メリークリスマス。皆様、本日はカリビアン・ナイト・クルージングへようこそ。ディナーのご予約を入れておられるお客様は2階のレストラン・カリブまでおいで下さい。すばらしい夜景とクリスマスの夜にふさわしい特別な料理をご用意してお待ちしております』



 出港と同時に船の中からアナウンスが流れ始め、クリスは次の言葉を飲み込んだまま、シェランを2階のレストランへと案内した。





 ジュード達が急停車したタクシーから飛び降りるように出た時、彼らの耳にも船の出港の合図が響いてきた。もう暗くなった港の中でひときわ輝いているポート・ステーションに向かって走り出す。


「あーっ、来た来た。ジュード!こっちこっち!」


 レクターが叫んでいる。


「教官は?」


 息を切らしながらネルソンが尋ねると、ブレードがもうすでに遠くなっている船影を指差した。


「もう、行っちまったよ!くそっ、クリスの奴!」


 ジュードがぐっと唇を噛み締めてシェランが乗って行った船のとも(船の一番後ろ側)を見つめた。


「レンタルクルーザーだ!クルーザーをチャーターしろ!」


 ショーンが特別な人間しか持てないブラックカードを取り出して叫んだ。お坊ちゃまのショーンはクルーザーの一捜位、いつでも借りられるだけのポケットマネーを持っているのだ。



「よし、どこかで調達してこよう」

「もうこうなったらあくまで邪魔してやるぞ。クリスの思い通りになんかさせるか!」


 マックスとジェイミーが駆け出した時、急にジュードは彼等と反対の港の端まで走り出した。


「オレは先に行く。お前らは後から来てくれ!」


 そう叫ぶと、彼は皆がびっくりして止める間もなく海に飛び込んだ。否、誰も止めるものなど居なかった。


「よーし、行って来い!それでこそ俺達のリーダーだ!」

「頑張れよー!クリスマス・ナイトー!!」


 皆の声援を受けて、ジュードは真っ暗な海の中、船を追って泳ぎ始めた。







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