第18部 海賊島のクリスマス 【8】
アダムス・ゲインは朝からご機嫌だった。孫の手を引いてどこかに行く度に、色々な人達からジュリーを賞賛する声を掛けられるからだ。
「まぁ、かわいいナイトさんね」
「メリークリスマス、ナイトさん。今日のパレード、楽しみにしているよ」
そう言われる度にジュリーはそのかわいい顔でにっこりと笑みを返し、ゲインは更にジュリーが自慢に思えた。
昼食を食べようと思ったが、ジュリーが「おじいちゃん、僕疲れちゃった。ホテルに戻りたい」と言うので、すぐタクシーを拾って戻ってきた。
ジュリーの気分が悪くなったりしたら娘に申し訳ないと思ったゲインは、すぐジュリーの両親が居る部屋へ向かおうとしたが、ジュリーはゲインが自分の部屋の鍵をフロントから返してもらっていると急に「用を思い出したから先に行くね」と言ってエレベーターの方へ駆け出して行ってしまった。
ゲインは母親が恋しくなって少しでも早く彼らの部屋に戻りたかったのだろうと思っていたが、ジュリーは母の居る25階には向かわずに18階でエレベーターを降りた。
その頃、1802号室の中でシェランは、昼食に出るための服の選別に忙しかった。
「これはちょっと派手かしら。これはフォーマルすぎるし、これは昨日着ちゃったし・・・」
シェランは昨日着ていた紺色のブラウスを持ち上げて、にっこり微笑んだ。まさかおまじないが利いてジュードに会えるとは思っていなかった。
昨日2人は夕日が落ちて辺りが真っ暗になった後、星の光を頼りに元来た道を帰った。
ジュードが「砂に足を取られるといけないから・・・」と言いつつ手を引いてくれた。いつもなら「ライフセーバーが砂に足を取られてこける訳ないじゃない」などと言ってしまっただろうが、この時はとても嬉しくて声が出なかった。
その後、ナイト&ナイトタウンに行って、夜のパレードを見ながらハンバーガーを食べた。ジュードは2人でいる時、決してシェランに金を払わそうとしないので、なるべく安いものを選んだのだ。
ミッドナイト・パレードはとても綺麗だった。たくさんのカラフルな色の電飾に飾られた海賊船や大きな馬車が、海賊のテーマソングと共にゆっくり動いていく。
その中や船上では、これも又、電球の一杯ついた衣装をまとって、海賊と昔の海軍が乗っていたり、馬車の中から、骸骨の覆面を被ったレディが手を振っていたり ―よく見ると、その馬車の御者も骸骨だった― それを見たジュードは「幽霊船ならぬ幽霊馬車か。あれだったら顔が見えないからやってもいいな」と言ってシェランを笑わせた。
クリスマスなので、もちろんサンタクロースもいる。だがここのサンタはソリではなくて、小舟に乗っていた。舟の曳き手は首にピンクのベルが付いたイルカで、舟の帆は赤と緑の電飾が輝き、それが音楽に合わせて左右に揺れていた。
「色んな思い出が一杯出来ちゃうね・・・」
シェランはぽそっと呟いた。
たくさんの思い出だけを残して、彼は去っていく。青春の全てを注いでもなりたかったライフセーバーになって・・・・。
私はジュードが行ってしまった後、彼を忘れる事が出来るのだろうか・・・。
シェランはきゅっと唇を噛み締めると“忘れられなくてもいい”と心の中で呟いた。
― こんなにもたくさんの、きらめくような思い出をくれた人・・・・ ―
シェランはレゼッタに買ってもらった別の服を取り出すと「さあ、今日もおまじないをしましょう」と言って、その赤い服を抱きしめた。
「今日もジュードに会えますように・・・・」
1802号室のインターフォンが鳴ったのは、シェランが丁度その服に着替えた頃だった。シェランはエバかキャシーが来たのかと思ってすぐドアを開けたが、誰もいない。不思議そうな顔で左右を見回していると、下の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「シェラン、ここだよ、ここ。もしかしてワザとやってる?」
「まぁ、ジュリー、ごめんなさい。生徒かと思って・・・」
シェランが言い訳をしている間に、ジュリーはシェランの脇をすり抜け部屋に入って来て、ぐるりと周りを見回した。
「シェラン。3つほど指摘するけど、まず誰が来たかも確かめずにドアを開けるなんて考えがなさすぎる。本当にあの危険なマイアミに住んでる人?それから服が散らかり過ぎてる。ちゃんと片付けておかないと突然ジュードがやって来たらどうするんだい?それから・・・」
「ジュリー、あなた一体いくつなの?」
最後の3つ目まで聞きたくなかったシェランは彼の言葉をさえぎった。
「6歳だよ」
― 6歳!? ―
シェランは思わず心の中で反芻した。こんな生意気な6歳児がこの世に存在したなんて、世界はやっぱり広いのだ。だが大人である自分がこんな子供に負けるわけにはいかなかった。
「ジュリ-、あなたこそ『どうぞ』も言われていない女性の部屋にいきなり入り込むなんて紳士じゃないわね。ジュードならそんな事、絶対しないわ」
「当たり前だろ?ボクは子供なんだから、そんな言葉を待つ必要は無い。どんな部屋も『わーい、お部屋の中見せてねー』の一言で顔パスだ」
シェランはもうあっけにとられて何も言えなかった。もしかしてこの子はロボットで、頭の中には20歳程度の知能でも埋め込まれているのかと真剣に思った。
「それで?ジュリー。私の部屋に何の御用?」
シェランは腰に手をやってジュリーを見た。彼をもう子供とは思わない事にしたのだ。
「ああ、そうそう。シェラン、パレードに出るのを断ったんだってね。どうして?」
「どうしてって、出たくなかったからよ」
「何で?ジュードと一緒に着飾って馬車に乗れたのに・・・」
― それが嫌だったのよ! ―
シェランは心の中で叫んだ。
「ジュードも私もそんな事に興味は無いの。ライフセーバーは地道な生き物なのよ。お爺様もおっしゃらなかった?」
「グランパはボクがクリスマス・ナイトに選ばれてとても喜んでいるよ。今日の午後からのパレードをとても楽しみにしている。でもせっかく彼が見に来てもクリスマス・ナイトがボクだけじゃ、全然サマにならないじゃないか。やっぱり両側に本物のクリスマス・プリンセスとナイトが揃ってこそ、ボクのかわいさも引き立つってものだろう?」
この期に及んでまだ自分を“かわいい”とはっきり言えるジュリーの精神を、シェランは尊敬に値すると思った。やはりこういう尊大なところはアダムスの血を継いでいるのかもしれない。
「あなたとジュードがなんとなく似ていると思ったけれど、大きな間違いだったわ。ジュードは目上の人には敬意をはらうわよ」
シェランは嫌味で言ったが、ジュリーは彼女の服が散らばったベッドの上にちょこんと腰を掛けると、しらっとした顔で返した。
「そうそう、そのジュードにも言ってきてよ。私と一緒にパレードに出てって。言っとくけど“私と一緒に”って言わなきゃ駄目だよ。プリンセスはシェランしか居ないんだから」
「な、何で私がそんな事を・・・。ジュードだって出たくないから断ったのよ」
「シェラン。君はボクが子供で自分は大人だから、負ける筈は無いと思っているだろう。だけど、すでに出発地点で、シェランはボクには逆らえないんだよ」
ジュリーはニヤッと笑うと、固まったように立っているシェランの所へ行って、彼女の冷たくなった両手を握り、又あの黒く深い瞳でシェランを見上げた。
「もしもシェランがジュードと一緒にパレードに出ないならボク、ジュードに言っちゃおうかなぁ。あのクイズの時ジュードを助けたのは、シェランがジュードに勝って欲しかったからだって。あっ、こんな回りくどい言い方じゃ、あの人鈍そうだから気付かないよね。じゃ、もうはっきり言っちゃおう。シェランはジュードの事を愛してるって」
その瞬間、シェランはジュリーの手を振り解いて、外に飛び出して行った。
ジュードの部屋は一つ下の17階なので、階段で降りた方が早いのだろうが、シェランの部屋からエレベーターまですぐだったので、彼女はエレベーターホールに向かった。
下に降りるエレベーターを待っていると、1階から登ってきたエレベーターが止まったのでふとそちらの方を振り向くと、ジュードが降りてきて、彼も驚いた顔でシェランを見た。
「シェラン・・・!」
「ジュード!」
2人は走り寄ってくると勢いに任せてすぐ本題に入った。
「オレと・・・」
「私と・・・」
『一緒にパレードに・・・!』
2人で同時に同じ事を言ってしまったので、彼らは驚いたように顔を見合わせた。
「いや・・・あの・・・せめてデイ・パレードには出なきゃ子供達が残念がるぞってサムやピートに言われてさ」
「え、ええ。私もジュリーに、僕一人で出るのは寂しいって言われて・・・」
「ああ、そ、そうだよね。やっぱりジュリーや他の子供達の為にも、ここは恥なんかかなぐり捨てて頑張らなきゃな。そういうのもライフセーバーの基本的精神っていうか・・・」
「ええ、本当に、その通りだわ。ジュード、さすが3年生ね」
『あはははははははっ・・・・』
なんとなく白々しいかな、と思いつつ笑いでごまかした2人であったが、思いのほか事がうまく運んだのには違いないようである。
その頃ジュリーはシェランの部屋の中で散らばった服をながめつつ、彼女からの成功報告を待っていた。
「全く。女ってのはどうして好きな男に会う為に、いちいち服を散らかすんだろう」
その辺の心理は、この大人びた少年にも分からないようであった。
デイ・パレードは午後3時からだったので、ジュードとシェランは急いで昼食を済ませた。パレードには実行委員会なるものがちゃんとあって、その事務局の方に2人が姿を現すと、すぐ着替えと化粧をしますと言ってスタッフが彼らを別々の部屋に連れて行った。
シェランが連れて行かれた部屋は、両側にずらっと衣装が並んだ長細い部屋で、右側の服と服の間に7台の化粧台が並んでいた。
「本当に良かったわ。今年はクリスマス・プリンセスの衣装を使えないのかと思ってがっかりしていたの」
そう言いつつ女性のスタッフが差し出した衣装は、純白に金の飾り模様が付いた華やかなドレスで、まさに中世の王女様が着るにふさわしいようなドレスだった。前にプリンセス選考の時身につけた、上半身を締め付ける息苦しいコルセットを締めドレスに着替えると、スタッフは思わず溜息をついた。
「まぁ、何て良くお似合いなのかしら。私が見た中で一番美しいプリンセスだわ」
きっと彼女は毎年同じセリフを言って、クリスマス・プリンセスに選ばれた女性を喜ばせているのだろうと思ったが、それでもシェランは頬を赤く染めて微笑んだ。
それから、鏡の前に座ってメイクをする。シェランは他人にメイクをしてもらった事など一度も無かったので、何だか女優になったような気がしてドキドキした。
「つけまつげが乾くまで、しばらく眼を閉じていてね」
スタッフに言われるまましばらく眼を閉じていると、その間に彼女はクリスマス・プリンセス用のかつらをシェランの頭に付け始めた。
かなり重い。おまけに内側にある留め金でずれないように頭に固定するので、途中で頭痛がしてこないか心配になった。それからスタッフがもう一度メイクの仕上げをして、後ろからネックレスをシェランの首に掛けると、彼女の肩に手を置いて「はい、もう目をあけていいわよ」と言った。
生まれて初めて付けた付けまつげに、かなり違和感を覚えながら目を開けたシェランは、鏡の中の自分を見て別人が映っているのかと思ってしまった。
縦に巻かれたブロンドの髪にはクリスマス・プリンセスらしく、金や銀のヒイラギやリボンが飾られ、この間写真を撮る時に付けたより、もっと豪華な金とラインストーンで飾られたティアラが輝いている。
イヤリングとネックレスもおそろいの金とラインストーンで、鏡についているライトに照らされて、シェランの顔の周りは光が溢れているようだった。しかも普通にするよりもずっとチークや口紅の色も濃いし、付けまつげに至っては、まばたきをする度に風が起こりそうだ。
アイシャドウも金色、きつく引かれたアイラインで、大きな目が更に大きく見えた。
「肌が綺麗だからメイクのしがいがあったわ」
スタッフが自分のメイクの仕上がりを見て満足げに微笑んだ。
「あ・・・あの、でも、ちょっと派手じゃないかしら」
「このくらいでないと遠くに居る観客には良く見えないのよ。大丈夫、他の出演者のメークも同じだから一緒に居たら慣れるわ」
彼女は軽く答えるとシェランの手を取って立たせた。
「さあ、行きましょう。2人のナイトがあなたを待ってるわよ」
シェランが歩き始めると、ドレスの裾が汚れないようにスタッフが後ろから裾を持ち上げてくれた。シェランも裾を踏んでこけないように前から持ち上げて長い廊下を抜けると、頭上に大きなテントが張り巡らされた倉庫のような場所に出た。
パレードが始まるのを待っているたくさんの出演者達の向こうには出口があって、出番待ちの本物の馬が引く馬車や色とりどりのモールで飾られた車などが止まっている。きっとここからパレードに出発するのだろう。
シェランが歩きにくさとドレスの重みで溜息をついた時、「シェラン!」と自分を呼ぶジュリーの声がして、彼がバッカスの扮装をした男と共にやって来るのが見えた。バッカス役の男性は、昨日の舞台で司会をしていた男性とは別のようだ。
ジュリーの服はサンタクロースのように真っ赤な衣装で白いマントと金の縁取りの入った帽子、金色のベルトに同じく金色の剣が腰から下がっていた。
走り寄って来たジュリーはくるっと一回転してポーズを決めるとニッコリ笑った。
「どう、シェラン。ボク、かわいい?」
シェランも“やっぱり6歳ね”と思いつつ、ほほえましく彼を見つめると「ええ。とってもかわいいわよ」と、答えた。
バッカス役の男性は昨日司会をした男より少し若く、付け髭が今一つ馴染んでいなかった。彼はもう一度事故に巻き込んでしまった謝罪をし、心からお2人の参加を喜んでいますと言った。やはりクリスマス・プリンセスとナイトが居ないと今一つ盛り上がりに欠けるのだろう。
「あの、所でジュード・・・もう一人のナイトは・・・」
シェランに問われて彼は少し困ったように頭をかいた。
「あ・・・はあ、少々衣装やメイクがお気に召さなかったようで・・・」
言いにくそうに答えた彼の言葉を、ジュリーが補足した。
「ジュードはね、日に焼けすぎているから白く塗ろうとしたんだけど、『男が化粧なんか出来るか』ってあくまで抵抗したんだ。だからメイクの女の人が『じゃ黒い肌にも合うようにしますわ』って言って頑張ったんだよ。それなのに2回もリップを勝手にふき取っちゃったものだから彼女に『今度ふき取ったら真っ赤な口紅を塗りますよ!』って怒られちゃったんだ」
子供達の為に頑張ると言っていたが、やはり彼は嫌だったのだろう。ジュリーがジュードは向こうの柱の影でふてくされて立っていると教えてくれたので、シェランはそちらの方へ歩いていった。
太い柱の向こうに足元まで延びた純白のマントが見えたので、シェランはすぐに彼だと気が付いた。
「ジュード・・・?」
シェランの声に彼はぴくっと肩を震わせると、そのまま黙って立っていた。どうしてもシェランに見られたくないらしい。
「ジュード・・・私だって自分では気持ち悪いくらいのメイクをされてるの。まるで自分じゃないみたい。だけど周りを見るとみんな同じような感じよ。それでも私を見たらきっとジュード、びっくりしちゃうわよね。すごく派手だから・・・」
しばらく返事がなかったが、やがて小さな声で答えが返ってきた。
「・・・シェラン・・・・笑わない?」
「笑ったりしないわ。ジュードこそ私を見て笑わないでね」
決意をしたジュードが一歩柱の影から歩み出た時、腰まである長い黒髪がさらりと揺れるのを見てシェランはハッとした。
うつむいた彼がゆっくりとシェランの方を振り向くと、頬に掛かった黒髪から覗く瞳が、いつもよりずっと神秘的に見えた。頭に巻いている皮紐には日に焼けた肌に似合うよう、ターコイズブルーの石が飾られた南国風のトップが付いていて、それが額で揺れるたび、彼の端正な顔立ちを引き立てていた。
衣装はシェランのドレスとあわせる為に白と金だが彼女のドレスほどきらびやかではなく、白いベルトには銀色の剣が下がっていた。
「くせ毛の人間にとってはストレートって憧れなんだけど、何もこんなにロングヘヤーにしなくてもいいのに・・・」
ジュードはシェランの顔も見ることが出来ずに呟いた。
「そんな事・・・ないわ。とっても似合ってるわ、ジュード。とても素敵よ」
シェランはどぎまぎしながら答えた。本当に素敵だと思ったのだ。オレゴンに行った時、彼の父の写真を見て、とても綺麗な顔立ちをした人だと思った。ジュードは髪や瞳の色こそ母似だが、それ以外は父のロバートにそっくりだったのだ。
ジュードはまだ照れくさそうにチラッとシェランの顔を見て微笑んだ。
「シェランも・・・女優みたいだ」
「うん・・・ジュードもハリウッドスターみたい」
2人が微笑みあうのを待っていたように、入口近くにいる男性スタッフから集合の合図が掛かった。
プリンセス達の乗る馬車は2頭立ての馬車で、プリンセスやナイトの姿が良く見えるように、上部が全てはずされたオープンタイプの馬車だった。白と金で飾られた馬車と同じように馬にも金色の房飾りが頭の部分に付けられている。
ジュードが「馬車よりも、馬に乗りたいな」と言うと、スタッフの男性に「それは駄目です」とにっこり笑って否定された。
「ナイトはプリンスではないのですから、プリンセスの前や横に立つことは許されないものなんですよ。ナイトはあくまでナイト。常にプリンセスの後ろに居て、彼女を守るのが仕事なのです」
ジュードは彼の言葉にドキッとした。ナイトはあくまでナイト・・・。それはまるで・・・。
「えー、じゃあボク、シェランの横には立てないのぉ?」
ジュリーが甘えた声を出すと、彼はにっこり笑って腰をかがめジュリーに顔を近づけた。
「そんな事はないよ。ただ、プリンセスの横に立つ時は、腰をかがめて彼女の手の甲にキスをする。そうすると観客は更に盛り上がるんだ。両側からすると実に映えるだろうねぇ」
それはつまり、『やれ』と言う意味だな、とジュードは考え、げんなりした。
出演者達が船をかたどった車や馬車などに乗り込むと、ゆっくりと乗り物が動き始めた。気取った姿の御者が馬のたずなを持ち、プリンセス達の乗った馬車が動き始めると、シェランもジュードも緊張した面持ちで前を見つめた。
地味なテントの内側と外側は別世界だった。リズミカルで楽しげな音楽が園内中に鳴り響き、パレードを見る為に集まったたくさんの人々で、コースの周りは埋め尽くされていた。色とりどりの紙吹雪や虹色に輝くシャボン玉が空を舞い、先頭の海賊船の上からは海賊の扮装をした人々が観客にキャンディを投げている。
パレードはちょうど中央広場で最高潮を向かえ、そこをターンして元のテントに戻るらしい。故に中央広場のほうには乗り物を見る為に更に多くの人々が集まっていた。
SLSの訓練生達もみんなシェランとジュードの雄姿(?)を見る為にそこに集まっていた。
「ジュード達、まだかなぁ・・・」
「おっ、先頭が見えてきたぞ」
『海賊船からみなさんに、キャンディのプレゼントです!』
中央広場に先頭車が到達すると、スピーカーから女性のアナウンスが流れた。
先頭の海賊船から撒き散らされるキャンディの量も更に増量している。人々は両手を差し上げてキャンディを受け止めた。
「おい、あれじゃないのか?」
白と金の装飾で飾られた、きらびやかな馬車が遠くから近付いて来るのを見て、訓練生達は全員身を乗り出した。
いよいよ中央広場に近付いた時、ジュリーが隣に居るジュードの手を握り、彼の顔を見てにっこり微笑んだ。
「ジュードお兄ちゃん、そろそろ行くよ」
「え・・・そろそろって・・・本当にやるのかい?」
「だってそうしないとプリンセスの横に並べないでしょ?このままじゃボクたち目立たないし・・・」
「べ、別に目立たなくてもいいんじゃないかなぁ・・・。いや、このままでも充分目立ってるし・・・」
ジュードは出来ればさっきスタッフが言っていた事を実行したくなかった。きっと中央広場には1年から3年生まで、SLSの仲間が全員集まっているに違いないのだ。
― こうやって立って手を振ってるだけでも充分恥ずかしいっていうのに、あいつらの前でそんな真似できるか・・・ ―
ジュリーに手を引っ張られても、ジュードの足は動かなかった。
「そんな、困るよ。おじいちゃんがボクの雄姿を楽しみにして見てるっていうのに・・・。ジュードはおじいちゃんの教え子なのに協力してくれないんだ」
ジュリーにべそをかかれると、もはやジュードには選択の余地は無かった。
『さあ、いよいよ今年のクリスマス・プリンセスとクリスマス・ナイトの登場です!』
何をどうしたら良いか判らないジュードは名案を思いついた。
― そうだ。こういう時こそクリスの真似をすればいいんじゃないか・・・ ―
馬車が広場に差し掛かった時、ジュードはにっこり笑って観客を見回した。周りに居る女性達はざわめくと急に歓声を上げ始めた。
「ウソーッ、あれ、昨日の男の子?」
「まさにナイトって雰囲気ね!」
仲間の訓練生達も目を丸くして、ジュードの変貌振りを見ていた。
「おい、あれはジュードか?」
ネルソンに問われても、マックスは言葉も出なかった。
「すごい・・・。プロに掛かると、唯の少年も王子様に変身するのね」
「すずめが白鳥になったってやつかしら・・・」
エバとキャシーに、リズがブスッとして付け加えた。
「おまけに、嫌だ嫌だと言っていたわりには、随分と調子に乗ってませんこと?」
ジュードは長い前髪をさらりとかき上げると(よくクリスがする仕草だ)ジュリーと共にシェランの脇に跪いた。後ろの会話を聞いていたシェランは、狡猾なジュリーにうまく言い含められているジュードに同情しつつ、両手を差し出した。
ジュードがシェランの手の甲にキスをした瞬間リズは「ああーっっ!!」と大声を張り上げたが、周りの女性達の「キャーッ!!」という黄色い歓声にかき消された。
出発前に男性スタッフが言っていた通り、確かにすごい盛り上がりだ。あまりにも周りが盛り上がっているので、ジュードはだんだん面白くなってきた。
「ジュリー、広場をターンしたら次にこんなのはどうだ?」
ジュードは後ろに戻ってきたジュリーの耳に囁いた。
「うん、いいよ。失敗しないでね。ジュード」
「もちろん、まかせておけ」
ゆっくりと馬車が広場を回っていく間、ジュード達はにこやかに観客に向かって手を振っていたが、広場の出口に向かっていく時、再びジュードとジュリーが自分の隣にやって来たので、シェランはびっくりしたようにジュードの顔を見た。
シェランが両手を差し出そうかどうしようか迷っていると、ジュードとジュリーは彼女の両側に跪いて礼をとった。ジュリーが腰に掛かった金色の剣をさっと引き抜くと、ジュードがいきなりシェランを抱き上げたのだ。
シェランはびっくりして声も上げられなかったが、観客達は大いに盛り上がっていた。もちろんリズは怒り狂って「何をやってるんですのよ、あのおバカせんぱいはぁぁぁ!?」と恨めしそうに叫び、エバも「あのバカ、調子乗りすぎ・・・」と呟いてキャシーと共にうつむいた。
しかし他の男子訓練生達は、ピーッピーッと口笛を吹き鳴らしたり、後輩達がジュードの名前を呼んだりと、大盛り上がりであった。ただ、3年Bチームのメンバーだけは、ここにクリスが来て居ない事に胸をなでおろしていたが・・・。
そうして、盛況のうちにデイ・パレードは終了し、シェランはやっときつく苦しいコルセットを脱いでホッとした。しかしまだ、もう一日残っていると思うと、どっと疲れが出てくるシェランであった。
「それというのも、ジュードが調子に乗ってあんな事をするからだわ」
シェランは口を尖らせつつ着替えていたが、他の出演者達が皆口を揃えて「良かったわよ。特にあのナイトの青年、とっても素敵だったわ。あなたの彼?」などと言ってくれるので、シェランは真っ赤になって首を振りつつも、何だかとても嬉しかった。
― 本当に素敵だったな、ジュード・・・・ ―
シェランは心の中で呟いた。きっと訓練校を卒業してプロのライフセーバーになったら、もっともっと彼は素敵になっていくだろう。彼の父親のように・・・。そしてジュードの事をとても好きになる人が現れて、ジュードもその人の事を好きになったら、もうレゼッタの事も“レゼッタママ”と、呼んではいけないんだろうな・・・。
シェランがそんな事を考えつつ部屋を出てくると、ジュードがドアから少し離れた廊下に立っていた。くせっ毛の少年のようないつもの彼に戻ったのを見て、何故かシェランはホッとしたような気がした。
「お腹空かない?シェラン。良かったら、夕食一緒に食べないか?」
シェランはにっこり笑って彼を見つめた。
― いつかは離れていってしまう人・・・・ ―
「いいわよ、今日はホットドックにする?」
「いや、今夜は熱帯樹林ゾーン(キャンプ場やスポーツ施設がある)でバーベキューの食べ放題をやってるんだ。誰が一番食べるか全員で競争するんだぜ。シェランも参加するだろ?」
― それでも、今は一緒に居てくれる・・・。彼の仲間と共に・・・・ ―
シェランは右手をぐっと握り締めると「もちろんよ。マックスにだって負けないからね」と言って片目を閉じた。