第18部 海賊島のクリスマス 【5】
会場で、ダンサー達が目まぐるしく踊っているのをぼうっと見ていたショーンは、隣でマックスと話しているジュードに話しかけた。
「なぁ。教官達、随分遅いと思わないか?」
「着替えに手間取ってるんだろ?」
ジュードが軽く答えた。
「着替えって水着か?」
「やった!教官のハイレグ水着姿、初めて見るぜ。いつもウェットか、首、肩、太ももばっちり隠れる水着だもんな」
後ろからサムとピートが自分を覗き込んで言ったので、ジュードは真っ赤になって叫んだ。
「バカ!こんな場所で水着審査なんてあるわけ無いだろ!それにもし、そんな事になったら・・・そんな事に・・・」
ジュードが真っ赤になったままうつむいたので、ピートの隣に座っているレクターも会話に参戦した。
「もしそんな事になったら、ばっちり写真を撮っておいてやるよ。500フィート潜っても使える、この最新型デジタルカメラでね」
「バ…バカヤロウ!もしそんな事になったら、お前ら全員目を閉じてろ!いいか、絶対だぞ!目を開けている奴はぶん殴るからな!」
以前、そのデジカメのせいでエバとキャシーにひどい目に遭わされたジュードは、今までの中で一番真っ赤な顔をして叫んだ。頬だけでなく鼻先まで膨らませて席に座ったジュードを見ながら、仲間達はニヤニヤとほくそ笑んだ。
サムやピートは、ジュードがシェランの水着姿を見られたくないので怒っているのかと思っていたが、ジュードにはそんな事よりシェランが緊張と高い靴のせいで、この大観衆の面前でこけるのではないかと思うと、気が気ではなかったのだ。
それでなくてもハイレグの水着を着るのをあんなにも嫌がっていたのに、それを着てたくさんの人々の前でみっともなくこけ、笑いものになったりしたら・・・。しかも、それを自分の生徒に見られていたとしたら、シェランはきっと一生消えない傷を心に負って、益々人前に出るのを嫌がる事になるだろう。
― 頼むから、水着審査だけは勘弁してくれよ・・・ ―
ジュードは祈るような気持ちで、舞台を見下ろした。すると突然、舞台の上で踊っていたダンサー達が叫び声を上げて踊るのをやめ、両脇に逃げ始めたので、観客達は何事が起こったのかと身を乗り出した。
さっきプリンセスの控え室に現れた海賊バッカスが、10人余りの手下を従えて舞台の上に乗り込んで来た。彼の後ろには5人のプリンセス候補が両手首を前に縛られた状態で、手下どもに囲まれながら連れて来られている。ダンサー達は少々大げさに見える程おびえて、舞台の脇の方に固まるように座り込んだ。
「ほう、なかなか凝った演出だなぁ」
ザックが珍しく先に口を開いた。
「近頃はこの位やらないと受けないんだよ」
サミーも笑顔で答えたが、彼らの前に座っていたAチームは一斉に立ち上がり、文句を言い始めた。
「こら!俺達の教官に何やってるんだ!」
「縄で縛るなんて反則だぞ!」
ヘンリーが周りの目を気にして、「お前ら座れよ。どう見たってあれは演出だろうが」と言いつつ、彼らの後ろから肩を押さえつけて座らせようとしている。
「ふむ。命を狙われたり、ゲリラに人質になった仲間を救出しに行ったような奴らは、危機意識が違うな」
「あいつらも苦労人だよね・・・」
他人事ではあるが、ザックとサミーはAチームに同情していた。
やっと席に着いてくれたAチームを見て、シェランはホッとしたように溜息を付いた。実は海賊バッカスを名乗る男が現れた後、彼女達にはちゃんと説明があったのだ。これは舞台の演出で、決して候補者の女性を傷つけるものでは無かった。だから彼女達を縛る縄も、ゲリラに捕まった時のようにきつく縛られてはいなかったのだ。
シェランの隣に立っているエリーナが、チラッとシェランを見てバカにするように笑った。
「ホントに。ライフセーバーって頼もしいわねぇ・・・」
シェランはムッとしたが、何も言わずに顔を上げて真っ直ぐ前を見つめていた。
バッカスは右手に剣ならぬマイクを持って会場中に響き渡る大声で笑うと、舞台の一番前にやって来た。
「クリスマス・プリンセスを救出する騎士、クリスマス・ナイトに早速名乗りを上げていただいて、恐悦至極に存じ上げる。見ての通り、クリスマス・プリンセスの候補者達はこの海賊バッカスが確保いたした。
この5人の中で真のクリスマス・プリンセスはただ一人。さあ、会場に居る紳士諸君。愛と勇気と知恵。その全てを兼ね備えたクリスマス・ナイトに我こそはふさわしいと思うなら名乗りを上げられよ。1人のプリンセスに付き3人までの騎士候補を認めよう。
その中で、クリスマス・ナイトの称号を得たものが助けたプリンセスこそが、真のクリスマス・プリンセスだ。この5人の中で、この人こそが真のクリスマス・プリンセスだと思う女性を助けるが良い」
会場のあちこちからざわめきが起こった。
「つまり教官がクリスマス・プリンセスになれるかどうかは、クリスマス・ナイトとやらにかかってるんだな」
「知り合いでなくても参戦できるって事か。もしかしてお目当ての彼女を助けたら、そこで恋が芽生えるかも・・・」
「という事でジュード、お前行け」
「はぁ?」
後ろで何やら言っていると思ったら、又こいつらは・・・。ジュードは口を尖らせて答えた。
「嫌だね。クリスマス・ナイトなんて恥ずかしい名前、欲しくないよ」
「名前の問題じゃない。シェラン教官を何処の馬の骨とも分からん奴に助け出されて平気なのか?恋が芽生えたらどうするんだ」
「だから何でいつもそこに話が行くんだよ!」
あちこちでそんな会話がなされているようだが、誰も名乗りを上げてこないので、バッカスは次の手段に出た。
「全く情けない。この海に真の男は居ないのか?仕方ない。人質の女性達に助けを求めてもらおう」
バッカスが後ろを向いて合図をすると、手下の一人が赤いドレスのエリーナをつれてバッカスの横までやって来て彼女の手首にまかれている縄を解いた。
「エリーナ嬢。あなたを助ける騎士を、この会場の中から探し出していただけないかな?」
エリーナはやっと本領を発揮できると思ったのか、にっこり微笑んで、部下の差し出したマイクに向かった。
「残念だわ。誰も私を助けて下さる方が居ないなんて。もし私がクリスマス・プリンセスに選ばれたなら、その方に感謝のキスを捧げる予定ですのに・・・」
途端に会場のあちこちから男性が立ち上がり、名乗りを上げた。早いもの順という事で、バッカスがその中から3人の騎士候補を選び出した。エリーナは満足したように微笑むと、勝ち誇ったような顔をして元居た場所まで戻ってきた。
次は青いドレスのメリッサだ。彼女はにっこり微笑むと、同僚達が居る席を見上げた。
「機長。名乗りを上げて下さらないなら、この間のプロポーズ、白紙に戻させて頂きますわよ」
会場中が笑いに包まれる中、この上も無い脅し文句に恥ずかしそうな赤い顔をして、金髪のハンサムな男性が立ち上がった。
「ジョージ、君も来てくれないか?」
彼は一人で出て行くのが余程恥ずかしかったのか、隣に座っていた副機長に助けを求めた。
メリッサが戻ってくると、ラナが「素敵な彼じゃない?」と片目を閉じて彼女に笑いかけた。そのラナは一緒に来ている友人達に呼びかけ、パトリシアは父と兄と弟を騎士候補に選んだ。
そしてバッカスは最後の候補者であるシェランに手を差し出した。
「どうぞ、シェルリーヌ嬢。あなたの候補者は一番多そうですな」
シェランは不安げにドレスの裾を持ち上げるとゆっくり歩き出した。
舞台の中央部まで来ると小さな溜息を付いた後、いつも授業をしている時と同じ、きりっとした顔で訓練生が居る席を見上げた。
「訓練生は全員その場で待機していなさい。いついかなる時もあなた方が救助しなければならないのは、教官ではなく要救助者です。私は自力で脱出できる。いいですね。これは命令です」
あっけにとられている会場の人々に背を向けると、シェランはドレスの裾を翻し、後ろに下がってきた。
「いいの?シェルリーヌ。誰も助けに来なかったら、プリンセスには選ばれないわよ」
ラナがびっくりしたような顔で聞いた。
「もちろんよ。私はライフセーバーだもの。誰かに助けられるなんて真っ平だわ」
シェランはせいせいしたように答えた。元々プリンセスにはなりたくなかったのだから当然である。
「いや、凄いね、うちの人魚姫は。プリンセスというより女王陛下だ」
マイケルとアレックスが大声で笑い出した。
「で?SLSのプリンス殿はクイーンを助けに行かないのかな?」
ケーリーが片手で頭を抱え込んでいるクリスに笑いかけた。
「助けに行きたいのは山々なんだけどね」
クリスは顔を覆った指の隙間から訓練生の居る方を見て、小さな声で呟いた。
「僕が出ると、あいつも出てくるからな・・・」
「あなたが行かないなら私が参りますわよ、クリス教官」
クリスがびっくりして振り返ると、通路側にエリザベスが一人立っていて、彼が何か言う前に手を振り上げて名乗り出た。
「ほおっほほほほ。シェランお姉さまをお助けするのは、このエリザベス・オーエンだけですわ!」
やっと願いが叶ったのだ。私が助けに行ったらお姉さまは・・・。
「残念ですが、女性は駄目です」
バッカス役の男性は驚いたのか、すっかり普通の司会者に戻って言った。せっかくの夢の世界を邪魔されて、リズは憤然としながら席に戻って行った。
「あのバカ娘!来ちゃ駄目って言ったのに!」
キャシーが恥ずかしそうに叫んだ。
「はっはっはっはっは。ここはやはり、私が出る他は無いようだね」
今度はウォルターが立ち上がった。
「又ややこしいのが出てきたぞ」
「ジュード、どうするんだ?校長だけに任せておいていいのか?」
サムやピートに加えて他のメンバーまでジュードの側にやって来た。
「全く、もう・・・」
ジュードは大きくため息を付くと、立ち上がった。そして彼らは同時に叫んだのだ。
『シェランはオレが「僕が」助ける!』
ジュードとクリスは互いに相手を睨みすえると、先に降りていた校長の後ろから階段を降り始めた。
舞台に上がってきたジュードをシェランは“何故来たの?”というような顔で見たが、何も言わなかった。
ナイト候補が全員揃うと、舞台の右側から3人の男の子と2人の女の子が出てきた。明日から始まる“クリスマス・メモリー・ナイト”という劇に出演する為、今日の朝10時に行なわれたオーディションで選ばれた子供達だ。
その子供の中に、シェランは見覚えのある子供の姿を見つけた。祖父と同じブラウンの髪、期待に見開かれた大きな黒い瞳、アダムスの孫だ。
シェランがその男の子に笑いかけると、彼は彼女の側にやって来た。プリンセス候補の女性達はその子供達に付き添われて、舞台の袖に下がる事になっていたのだ。
プリンセス候補者が3人の男の子と2人の女の子、それぞれ一人ずつ手を繋いで舞台の袖に姿を消した後、バッカスは「ではまずエリーナ嬢のナイト候補のお名前を伺いましょう」と言って、最初に舞台に上がって来た赤毛の大男にマイクを向けた。
「マッド・ベリーだ」
「今日はどなたと来られたんですか?」
「友人3人とアイダホから来た」
どう見てもナイトという雰囲気ではない大男である。2人目のベン・ホールデンはもう一人のローガン・ワッツと共にエリーナの職場の友人で2人とも銀行員らしく、どちらもマッドとは全く正反対の都会のビジネスマンだった。
メリッサのナイト候補は機長で恋人のリチャード・クロスと副機長のジョージ・マカンス。二人ともなかなかの美丈夫である。
ラナのナイト候補は一緒に遊びに来た友人で、ダン・マクガホンとピーター・シーゲル。パトリシアの父と兄、弟は、それぞれカーター、ビクター、セインと名乗った。
そしてジュード達の番になった。最初にマイクを向けられたのはウォルターで、彼は堂々とSLS訓練校の校長である事を名乗り、クリスもプリンスさながらの笑顔で挨拶をした。
しかしジュードは、シェランがこんな舞台に立つのをあんなにも嫌がった理由がやっと分かったのだった。数え切れない人々の好奇の目が自分に向けられているのが心地よい人間もいれば、そうでない人間も居るという事だ。ジュードはどうやら後者の方だったらしい。
彼が小さな声で「SLS訓練生のジュード・マクゴナガルです」と答えたので、サムやピートは「しっかりしろよ、ジュード」と心配げに呟いた。
「ここでクリスに負けたら、教官はずっとあいつに奪われっぱなしだぞ」
ショーンも拳を握り締めて親友を応援していた。
舞台の上に一列に並んだクリスマス・ナイトの候補者の前に立つと、バッカスは会場中に響き渡る声で叫んだ。
「プリンセスとナイトの候補が揃い、全ての準備が整った。それでは決めていただこう。ただ一人のクリスマス・プリンセスを!」
彼が右手を挙げると、彼らの後ろの壁が大きな音を立てて動き始め、ゆっくりと両側に開き始めた。中から現れたのは巨大な岩壁で、あちこちから火が噴き出している。
6mほどの高さがある岩壁のセットの上に、プリンセス候補者の女性達が一緒に登ってきた子供達と2mおきに立って並んでいた。ジュードが上を見上げるとシェランは高さに緊張しているのか、ゲインの孫の手をぎゅっと握ったまま立ち尽くしている。本当に早く助けてやりたい状態だが、ジュードも早くこの舞台から降りたい気分であった。
そんなシェランやジュードの気持ちなどお構い無しに、海賊の手下達はナイト候補を岩壁の下に付けられた人間一人が乗り込める囲いの中に一人ずつ押し込んだ。その後ろには壁に沿ってレールが付いており、そのまま上まで上がって行けるようになっている。
全員が乗り込むと、壁のあちこちで燃えていた炎が消え、バッカスは嬉しそうに叫んだ。
「『愛』、『勇気』、『知恵』。この3つを有する者がクリスマス・ナイトとなり、その者が選んだプリンセスが真のクリスマス・プリンセスになるのだ。さあ、ナイト達よ!この3つの試練を乗り越えよ。まずは『知恵』の試練!」
バッカスが合図すると、手下の中から女性が出てきていきなり叫んだ。
「カリビアン・ワールドクイズ、第一問!」
― クイズ? ―
面食らったようにジュードとクリスはライバル同士顔を見合わせた後、ムッとして目を逸らした。
「カリビアン・ドリーミィ・ワールドは今年で創立何周年になるか?」
「創立何周年かだって?」
ジュードが頭を抱えている間に、ローガンがゴンドラの前についている大きな赤いボタンを押した。途端にローガンの頭上にあるランプに灯りがつき、それがキラキラと金色の光を振りまくように回転した。
「創立7周年だ!」
「正解です!」
女性がマイクを持っていない方の手を挙げると、ローガンのエレベーターが一段上がった。
― そうだ!門をくぐった所にあった海賊船の上に“7th Anniversary Christmas(7周年記念クリスマス)”って書いてあったじゃないか! ―
ジュードが後悔している間にも、矢継ぎ早に質問が投げ出された。
「カリブ海の名は何にちなんで付けられた?」
「はいっ!この海域の島々に定住していたカリブ族の名にちなんで付けられた!」
クリスがいち早くボタンを押して叫んだ。
「正解です!」
クリスのゴンドラが一段上がった。
Bチームはクリスの快挙に「ワーッ」と歓声を上げたが、Aチームのメンバーは渋い顔をした。
「クリスの奴、何でそんな事知ってるんだよ!」
サムがイライラして呟いた。
「ジュード、頼むぜ」
ダグラスも祈るように右手を握り締めた。
「カリブ海にある最も深い海溝の名は?」
今度はジュードもボタンを押したが、リチャードのランプが点く方が早かった。
「キューバとジャマイカの間にあるケイマン海溝だ!」
「正解です!」
「ああ!もうジュード、何やってるのよ!」
エバが悔しげに叫んだ。
「カリブ海にあるグアテマラ共和国、公用語は何語?」
「はい、はい、はい!」
ジュードが何度もボタンを押したが、今度はウォルターに先を越されてしまった。
「はい、ミスター・エダース」
「スペイン語だ」
「正解です!」
― くそー。邪魔するなよな、校長! ―
ジュードがふくれっ面でウォルターを見たが、彼はジュードに白い歯をむき出してニヤッと笑った。
クリスでさえ強敵なのに、校長まで敵に回るとジュードにとってはかなりの痛手だ。しかも、メリッサの恋人リチャードはクイズが大好きらしく、一気に他の挑戦者を引き離してメリッサの処まで王手を掛けていた。
ジュードも何とかクリスとウォルターに行く手を阻まれながらも健闘している。
「ドミニカ共和国の中央山脈に位置する、コスタンザ地区で育ったフルーツの香りがするコーヒーの銘柄は?」
― コスタンザ?そんな所、知らないぞ・・・ ―
ジュードは再び頭を抱え込んだ。食べ物には何のこだわりも無く、何でもありがたく頂く主義のジュードには難問だった。もしリチャードが答えたら、3つの内の1つ『知恵』が彼に与えられてしまう。しかし、さすがの彼も知らないようで、この問題に答えられたのはウォルター1人だった。
「はっはっは。ブラック・パールだ」
「正解です!」
― さすが、ロイヤル何とかっていうカップに凝っているだけあって、コーヒーの銘柄にも詳しいな ―
ジュードはホッとしたように溜息を付いたが、ウォルターまでがシェランに王手を掛けてしまった。
「マズイ、マズイぞ」
ジュードを応援しているAチーム、クリスを応援しているBチーム、それぞれ苦い顔で呟いた。
「バミューダ諸島のアメリカ領、国際電話の国コードは1-441。では、バミューダ諸島のイギリス領の国コードは?」
これはパイロットのようにあちこちの国に行っている人間には、おあつらえ向きの問題である。
ノースが「ジュード、809だ。809!」と叫んでいたが、彼の耳に届くはずも無く、副機長のジョージのゴンドラにあるランプが先に点いた。
「1-246だ!」
― ブーッ!! ―
いきなりブザーが鳴ったかと思うと、ジョージの乗ったゴンドラが一番下まで降下していった。その様子を挑戦者達は目を丸くして見つめた。
問題を間違えると一気に下まで落とされるルールらしい。せっかく真ん中あたりまで昇っていたジョージはこれで又一からやり直しであった。
「バカ、ジョージ。1-246はバルバドスだ」
機長のリチャードは、最下位になってしまった同僚に溜息を付いた。
「ああ、もうジュード。あんたこういうの得意なくせに、何やってるのよ!」
イライラしているエバの横で、キャシーはずっと考え込んでいた。
「それにしても・・・教官の名前を申し込んだのって誰なのかしら」
「さあ、一番可能性の高いのはリズじゃない?クリスも教官にプリンセスの選考に出るように勧めていたみたいだし、考えてみればうちの男子も怪しいわよ。クリスと教官を何とか引き離そうと画策していたみたいだし・・・」
エバとキャシーが考え込んでいる間に次の問題が出されて、リチャードもボタンを押したが、パトリシアの兄ビクターの方が早かった。
「頑張って。パパ、ビクター、セイン」
パトリシアはニコニコしながら、まだ最下層部に居る家族に呼びかけた。難しい問題ばかりなので、彼らはなかなか答える機会が無かった。
― 頑張って、パパ、か・・・。いいなあ、そんな風に呼びかけられる家族が居て・・・ ―
シェランは微笑みながらパトリシアを見た後、自分の為に奮闘しているジュードを見下ろした。
「このカリブ海でも良く見かける、がっしりとした体つき、背中が灰褐色、腹は白く、ところどころに赤い斑点のあるサメの名は?」
ジュードはすぐにピーンと来た。去年の夏、シェランの両親の墓参りに行く船の中で解いた問題に出てきたサンドタイガーだ。ジュードはすぐにボタンを押そうとしたが、ふと背中に視線を感じて振り返った。シェランが困ったような顔をして小さく首を振っている。
― あれ?違うのか? ―
ジュードは首をひねった。そうだ。サンドタイガーの背中は明るい茶色だった。じゃあ、灰褐色って・・・?ジュードがチラッとシェランを見ると、彼女は左手の下に隠した右手でサインを送っていた。
― 小さい・・・歯 ―
― 小さい歯?・・・スモールトゥース? ―
「あああっ!分かったぁ!スモールトゥース・サンドタイガーだ!!」
「せーい解です!」
― はあーあ、助かったぁ。ここまで来て落とされたらシャレにならないよ・・・ ―
胸をなでおろしたジュードは、これでやっとリチャードとウォルターに並んだ。
クリスが小さく舌打ちをしてジュードをチラッと見た。あと一問。3人のうち誰が答えても勝負が付くのだ。
「SLSのあの3人は強敵だな」
リチャードはニヤッと笑って、頭の上を見上げた。青いドレスの美しい恋人が、彼を見下ろしてにっこり微笑んだ。
「お姉ちゃん。あの人の事、好きなの?」
突然響いてきた声に、シェランはびっくりして自分の腰の下にある顔を見つめた。ずっと黙って立っていたゲインの孫が、シェランをじっと見上げている。
「ど、どうして・・・そんな事を言うの?」
シェランは息が止まりそうになりながら聞き返した。
「だって、今彼を助けたでしょ?ボク知ってるんだ、SLSの水中手話。グランパに教えてもらったから。さっきのサイン、スモールトゥースでしょ。お姉ちゃんは彼に勝って欲しいんだよね」
シェランはドキドキしながらジュードと同じ、彼の黒い瞳を見つめた。ウォルターやクリスには気づかれないように隠していたが、すぐ側に居る小さな存在までは気が回らなかったのだ。
― オレは全部知ってるんだぞ ―
彼の目は、ジュードがそんな顔をしている時と同じに見えた。
シェランは観念したように笑った。
「う、うん、そうかも・・・。でもお爺様には秘密にしておいてくれる?」
「いいよ」
少年はにこっと笑って、シェランの熱くなった手をぎゅっと握った。
「ボクはジュリアス・リード。でもグランパはボクの事を、賢くてかわいいジュリーって呼ぶんだ」
「私はシェルリーヌ・ミューラー、シェランよ。私もジュリーって呼んでいいかしら」
「いいよ」
目を細めてにやっと笑った彼は ―シェランは一度もアダムスが笑うところなど見たことは無いが― アダムスにそっくりだと思った。“賢くてかわいい”というより“狡猾で生意気な”という言葉に変えてやりたいような笑顔だったが、シェランは何故か少年の笑顔に親しみを覚えた。
「現在トップはジェネラル航空の機長、ミスター・クロス、SLSの校長ミスター・エダース、そして同じくSLSの訓練生、ミスター・マクゴナガル。最初にプリンセス候補に辿り着くのはこの3人のうちの誰かでしょうか。それとも他の候補の方達か。次の問題です!」
バッカスが叫ぶと、再び手下の女性が問題を出し始めた。