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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第18部 海賊島のクリスマス 【4】

 次の日、朝早くから目を覚ましたシェランは一人で朝食を済ませると、部屋に戻って身支度を整えた。レゼッタに買ってもらったお気に入りの服にやっと袖を通したシェランは、部屋にある全身が映る鏡の前に立ってにっこり微笑んだ。


 ジュードは覚えているだろうか。他にもたくさん買って貰ったから覚えていないだろうか。それでも今日は久しぶりに彼と話をする事が出来る。シェランはもう一度髪にブラシを通すとバックを持ってドアを出た。



 ホテルからカリビアン・ドリーミィ・ワールドへのバスは、ひっきりなしに出ている。9時に出発するアトラクションゾーン行きのバスがあるので、ロビーに8時50分に集合することになっていた。


 シェランやエバ、キャシーの部屋は18階のフロアーにあった。まだ8時30分だというのに、エバ達の部屋の前で、シェランはソワソワしながら歩き回った。


 エバは部屋のドアを少しだけ開けて廊下を覗くと、クスクス笑いながらキャシーに言った。


「教官。早く行きたくて、もう出て来ているわよ」


 キャシーもエバの下側から覗き込んで微笑んだ。


「リズには『今日はCチームと過ごすこと』って至上命令を出しておいたし、クリスも今日はBチームとどこかへ行くみたいだから、もう安心ね」



 これ以上シェランを待たせるのもかわいそうなので、2人は部屋から出て行こうとしたが、廊下の向こう側からいつものさわやかな笑顔でシェランに手を振りつつやってくる人物を見て、エバはドアを開けるのをやめた。


「お早う、シェラン。今朝は早いんだね」

「ええ。今日はみんなでアトラクションゾーンに行くの」


 シェランは幸せいっぱいの笑顔で答えた。


「へえ?偶然だなぁ。僕もBチームの生徒に誘われてね。9時のバスで今から行くところなんだ」



― 何が偶然よ! ― 


 エバとキャシーは顔を見合わせた。きっと昨日ハーディやダグラスの話を聞いていたBチームの誰かが、クリスに言ったに違いない。それにクリスの部屋は21階だ。下のロビーでBチームと待ち合わせをしているのなら、18階に立ち寄るのは不自然だった。


「教官が出てくるのを見越して待っていたんだわ」

 キャシーがエバに囁いた。


 クリスは「エバとキャシーを待ってるから」と言っているシェランを「9時のバスだろ?そのうち降りて来るよ」と言って連れて行ってしまった。





 少し時間をずらしてエバとキャシーが1階のロビーに降りて行くと、案の定クリスはシェランを独占していて、周りにはケーリーやマイケル、アレックスまで居る。教官達に囲まれている為に、シェランの側には訓練生は誰も居なかった。


「やってくれるじゃない、クリス。シェラン教官をジュードと2人にしない為に、自分の生徒や他の教官まで使うなんてね」


 キャシーとエバが憤然とした顔でクリスを見ていると、サムやピート達がやって来た。


「おい、どーなってるんだよ。何でクリスが又居るんだ?」

「知らないわよ、私達よりあっちのほうが上手だったって事ね」


 エバが吐き捨てる様に言った。


「可哀相にジュード。完全に落ち込んじゃってるぞ」


 ジェイミーの言う通り、マックスやショーンと共に立っているジュードは、シェランから顔を逸らしてうつむいていた。



 ジュードにとってはシェランがクリスと一緒にやって来たのもショックだったが、彼女がレゼッタの買った服を着ていた方がもっとショックだった。何もクリスと会うのに、自分の母が買った服を着なくてもいいだろうと思ったが、シェランに買った服をシェランがどう使おうと彼女の勝手だと思い直した。


 それでも、2人が仲良く並んで立っている所など見たくも無かったので、彼らから目を逸らしていたのだ。




 9時になると時間通りにバスは『アトラクティブ・カリビアン』と呼ばれるアトラクションゾーンに向けて出発した。クリスマス・プリンセスの選考は午後からなので、訓練生達はそれまで思い思いのアトラクションに行く事にした。


「ジュード!あれ、あれに乗ろうぜ!」


 ショーンが指差した先にある楕円形の建物には、白い帆の帆船が嵐に飲み込まれそうになっている絵が前面に書かれてあった。『カリビアン・タイフーン』と命名されている通り、帆船で嵐に遭った状態を体験出来るらしい。



「生徒は元気だなぁ。嵐の中の船なんか、任務で十分過ぎるくらい乗ったから、もういいよ」


 ケーリーが両手を挙げて苦笑いした。


「本当だね。僕達はおとなしく映画でも見ようか。シェランも来るだろ?」


 ジュードがAチームの仲間と去っていくのを見ていたシェランは、クリスの質問に驚いたように振り返った。


「え、ええ、そうね・・・」


 本当は彼等と共に行きたかったが、シェランには出来なかった。





 まだ時間が早いのか、ほとんど並ばずにジュード達は館内に入る事が出来た。暗い建物の廊下の両側には、嵐に遭う帆船の映像がひっきりなしに流れていて、今から乗ることになる『カリビアン・タイフーン』がどんな物か興味をそそられるようになっていた。


 そんな映像を見ながらどんどん暗い廊下を進んでいくと、その先から人々の叫び声と激しい波の音が聞こえてきて、近付く程に大きくなっていった。


「何だか凄まじそうだな・・・」


 マックスが呟いた通り、中にある大きなプールは、嵐を見慣れているライフセーバーもびっくりするような波を逆巻かせ、周りを取り囲んだ壁からも水が溢れ出していた。多分水中から大きな機械で揺らしているのだろう、船も大揺れに揺れ、中に居る人々は船上に備え付けられた椅子に座っているのだが、水をかぶりながら船が揺れる度に大声を張り上げていた。


 しかしそんな中でたった一人立ち上がり、激しく揺れる帆船のマストに捕まりながら、楽しそうに笑い声を上げている人物が居た。


「ハッハッハッハッハッ。アーッハッハッハッハッハッ!」 


 黒光りするたくましい腕と聞きなれた高笑いに、訓練生達は目を細くして呟いた。


「校長先生、楽しそうだな・・・」





 10分後・・・。


 カリビアン・タイフーンから出てきた訓練生達は皆、一様に気分が悪かった。特にライフシップに乗る回数の少ない機動の訓練生は完全に船酔い状態で、ジュードも吐きそうになるのを抑えるのが精一杯だった。


― 校長先生って、確か機動だったはずだよな・・・ ―


 訓練生達は又、ウォルター・エダースという人間の奥深さを知った。





 シェランがクリス達とやって来たのは3Dシアターであった。入り口のところで3D専用のメガネを渡され、それを掛けて映画を見ると、画面が立体的に浮かび上がって見えるのだ。


 内容はカリブ海に出没する幽霊船を巡って、海賊や海軍が繰り広げるアクションホラーだった。幽霊がいきなりすうっとこちらに寄って来たりすると、本当にすぐ側までやってくるように見えて、女性は皆「きゃあ!」と叫び声を上げたり、男性でも思わず身を反らしてしまうほど迫力があった。


 最初はAチームと一緒に行けなかったので、落ち込んでいたシェランも、映画館を出てくる頃にはすっかり元気になっていた。外に出てからも3D用のメガネを付けて外を見たり「すごい迫力だったわね!」と楽しそうにクリスに話しかけた。




 午前中はそんな風にして、アトラクションを見たり体験したりして過ごした後、昼食を取って彼らはクリスマス・プリンセスの選考が行なわれる会場に集まった。


 昨日『ディラの鍵』を見に来た時よりも、たくさんの人々で会場が埋め尽くされている。クリスマス・プリンセスは、このカリビアン・ドリーミィ・ワールドの目玉なのだろう。



 大勢の人々で埋め尽くされている中、やっとシェランはクリスとケーリーとで席に着くことが出来た。マイケルとアレックスも何とかシェラン達の前に席を見つけた。


 シェランがクリス等と座った席はAチームがまとまって座っている席よりかなり離れていた。先に来ていた彼らは席を選べたのだろうが、ギリギリになったシェラン達は席を選ぶ事が出来なかったのだ。


 シェランが周りを見回すと、昨日のアトラクションでは家族連れなどが多かったが、今日は若いカップルや男性の姿の方が多く見えるように思った。


― もしかして、水着審査があるのかしら・・・ ―


 ふと思ったシェランが人ごみの向こう側に居るAチームを見ると、ジュードが周りに居る仲間達と楽しそうに話をしているのが見えた。


― ジュードもやっぱり男の子だから、そういうのを楽しみにしているのかな・・・ ―


 そう考えると何だかムッとして、自然に頬が膨らんでくるシェランだった。



 しばらくすると、広い舞台の上にマイクを持った一人の男性が現れた。大きな羽の付いた帽子と赤いマントを羽織った騎士の姿だ。彼は帽子を取って一礼すると、再び帽子を被ってぎっしりと会場を埋め尽くした観客を見回した。


「レディースエンドジェントルメン!本日はカリビアン・ドリーミィ・ワールドのアトラクティブ・カリビアンにようこそ!ただ今から本年度のクリスマス・プリンセスを決定いたします。例年を上回るたくさんのご応募があり、麗しきご婦人方の応募総数は1,275名に上りました」


 ケーリーの前に座ったマイケルが「1,275名とはすごいなぁ。さぞかしここには美人が沢山来てるんだろうぜ」と片目を閉じて、隣のアレックスに言った。


 Aチームの端の方でキャシーと共に座っているエバは1,275名という応募者数を聞いて、応募しなくて良かったと思った。


― 大体、写真と簡単な書類審査だけで、このエバ様の魅力が分かるはずはないわね・・・ ―


 舞台の上の騎士は会場から聞こえる溜息交じりのざわめきににっこり笑うと、舞台の上を少しずつ移動しながら話を続けた。


「我々スタッフと致しましても、出来れば全ての応募者の方々にお会いしたかったのですが、いかんせん時間が足りません。そこで誠に勝手ではありますが、厳選なる審査の上、今日ここに5名のプリンセス候補の方をお呼びいたします」


 自分の知り合いが出る訳でもないのに、こういう時は何故か緊張してしまうものだ。シェランも高校の時、メリーアンがミスコンに出るのを応援する為に行った事があるが、どんな人が出るのか見る側は楽しみだった。


 女の自分でさえそうなのだから、男の子達が楽しみにしても仕方ないと思って再びジュードを見たが、彼は舞台を見もせずにショーン等と話し続けている。彼にとってここは休憩に立ち寄っただけのようだった。


 シェランが不思議そうな顔でAチームの方ばかり見ているので、クリスに「どうかしたのかい?」と尋ねられ、シェランは首を振って笑った。


「ではただ今から1,275名の中から選ばれた、クリスマス・プリンセス候補者の方々をお呼び致します。まず、ロサンゼルスで銀行員をなさっているミス・エリーナ・ギブソン!」


 会場の右側から波打つように豊かな金髪のスタイルのいい女性が立ち上がった。身体にフィットする真っ赤なワンピースが強調するくびれた腰に手を当て、自信にあふれた笑顔で周りを見回した。その女性も団体で来ているのだろう。彼女を応援する声に送られ、ゆっくりと舞台に向かって階段を下りていった。


「ようこそ、エリーナ」


 舞台の上の騎士は彼女の手を取って出迎えると「今の気分は?」とエリーナに聞いた。


「まさか1,275人も応募があったなんて知らなかったわ。その中の5名に残ったなんて、とてもハッピーな気分よ」


 騎士は「ありがとう、エリーナ」と言うと次の候補者に呼びかけた。


「次はこのドリーミィ・ワールドへもやって来る、ジェネラル航空のスチュワーデス、ミス・メリッサ・クリスティ!」


 つやつやとした黒髪を後ろにきゅっと束ねた、背の高いすらりとした女性が立ち上がった。グリーングレーの瞳がとても印象的な小顔美人である。


「きれいな人ねぇ・・・」

 キャシーが溜息混じりに隣のエバに呟いた。


「でも、職業を言われるなんて嫌だわ。せめてライフセーバーになってからでないと・・・」


 プリンセス候補者に選ばれたわけでもないのに(第一応募もしていない)そんな事を言うのは、きっとエバは出場したかったのだろうとキャシーは思った。



 3番目のラナ・シーゲルは健康的なスポーツウーマンという感じで、プリンセスのイメージとは少し離れていたが、ニューヨークでデザイナーをしているだけあって、この海賊島にふさわしい、緑とオレンジ色のシフォンのレースを巻きつけた個性的でファンタジックな衣装を着ていた。


 4人目の女性は、SLSのあるマイアミでフラワー・アーティストをしているパトリシア・トッドという女性だ。全体に小さな花のブーケが一杯付いた白いワンピースを着ており、彼女自身も花のように柔らかな雰囲気をまとっていた。


「フラワー・アーティストとはどんな職業なんですか?」


 騎士がパトリシアにマイクを向けた。


「そうですね。主にパーティ会場などを花で飾ったりするのが仕事です。最近の依頼としてはジャクソンビルの市長婦人の晩餐会の会場を3,000本の白バラで飾りましたわ。市長婦人は白バラがお好きですの」

「あなた自身も白バラのような方ですね。どうぞパトリシア、こちらへ」


 騎士がパトリシアをラナの横に案内した。



「何だかすごいわね。女性の憧れの職業って言うか・・・。もしかして選考基準に華やかな職業っていう規定があるのかしら」


 キャシーがさっきからじっと押し黙っているエバに話しかけた。


「だとしたら絶対ライフセーバーなんて選ばれないわね。どう考えたってライフセーバーのイメージって、汗と泥にまみれた男の職業だもの」


 エバが肩をすくめて答えた。



 仲間達の後ろの方に座っているショーンはわくわくしながら、隣でつまらなそうな顔をしているジュードと、ジュースを片手に山盛りに入ったポテトフライを頬張っているマックスに話しかけた。


「銀行員、スチュワーデス、デザイナー、フラワーなんとかってきたら、次は何だと思う?」

「さあ、さっぱり分かんないな」


 ジュードは興味なさそうに答えた。


「お前は何だと思うんだ?」


 マックスの質問にショーンは自信ありげに答えた。


「モデルだよ、モデル。間違いないね」

「ああ、俺もそう思う。うん、間違いない」



 会場を埋め尽くした人々の間で、こんな会話がされていた。司会の騎士が舞台中央に戻って片手を挙げながら、「さあ、最後のプリンセス候補をお呼びしましょう!」と会場に向かって呼びかけると、応募をしていた女性達はもとより、観客の間にも緊張が走った。


「最後の一人は・・・SLS、特殊海難救助隊の訓練所で、未来のライフセーバーを育てる教官、ミス・シェルリーヌ・ミューラーです!」




 自分を知る全ての人々の目が集まっている事に気づくのに、シェランは少し時間が掛かった。自分の名が何故こんな大きな会場で呼ばれたのか、彼女にはさっぱり分からなかった。ただ、ジュードが遠くから自分を心配そうに見ているのだけが目に入って、ケーリーに「シェラン、呼ばれているよ」と言われるまで、全ての音が消えてしまったようだった。


「何だ、シェラン。出ないって言ってたくせに、ちゃっかり応募してたんだな」


 マイケルに言われて、初めてシェランは唇を動かした。


「し・・・知らない。私、応募なんかしてないわ」

「でも、確かに君を呼んでたぜ」

「シェラン、みんなが待ってる。行かなきゃ」


 アレックスもシェランをせかしたが、彼女は立ち上がることも出来なかった。



「ミス シェルリーヌ・ミューラー?居られませんか?シェルリーヌ。どうか恥ずかしがらずに出てきて下さい。あなたは1,275名の中から選ばれたんですよ」


 司会の騎士が呼びかけても、シェランは首を振るばかりだった。


「知らない。私、知らないわ。応募なんて・・・」

「シェラン・・・」


 クリスが心配そうにシェランの手を握り締めた。


「クリス、私、本当に出していないの。本当よ」

「シェラン、落ち着いて」


 反対側からケーリーが彼女の肩を握り締めた。


「何も怖がることは無いよ。いつも生徒を教えている時みたいにしていればいいんだ。いいかい?どうして君の名が出たのか分からないが、SLSの名が出たって事は、君はSLSの代表だ。この会場にいるたくさんの人達に、SLSのライフセーバーがどんなものか教えてやればいい」


「そうだぞ、シェラン。いい機会じゃないか。SLSの活動を知ってもらうんだ。行っておいで」


 ケーリーの言葉をアレックスが加勢した。



― SLSの代表・・・ ― 


 

 その言葉はシェランを自然に立ち上がらせた。彼女を知らない人々の目が一斉に向けられる。シェランはぐっと唇を噛み締めると、クリスの前を通り抜けて通路に出た。もし、目の前に海があったら飛び込んで、深海の底に逃げてしまいたい程だった。


 だがSLSの名が出た以上、出ないわけには行かない。もしここで棄権などすれば、一緒に居る教官だけでなく、全ての訓練生の恥になってしまうだろう。


 まるで地獄の門をくぐるのを覚悟したかのように、シェランが階段を降りて行くのを、ジュードはどうする事も出来ずに見守った。




 こわばった顔をしてシェランが舞台の階段を上がってくるのを見て、司会の騎士は彼女がかなり緊張していると思ったのだろう。階段の途中で彼女の手を取って舞台の上に導いた。


「大丈夫?シェルリーヌ。まさか自分が選ばれるとは思っていなかった?」


 優しく微笑みながらマイクを向けられて、シェランは戸惑ったように彼を見た後、一面を埋め尽くした会場の人々を見つめた。


― しっかりしなければ。私はみんなの代表でここに居るんだから・・・ ―


 シェランはぐっと顎を上げて息を吸い込むとにっこりと微笑んだ。


「ええ、本当に・・・。前に出た人達があまりにも素敵な方たちばかりだから、絶対選ばれるはずが無いって思ってしまって、それで自分の名が呼ばれた事にも気付かなかったの。お待たせしてしまってごめんなさい」


「構いませんよ、シェルリーヌ。所で海難救助というのはとても大変な仕事だと思いますが、女性の身で辛いと思われた事はありませんか?」


「そうですね、辛くないと言えば嘘になるかもしれません。でも、たくさんの辛さを乗り越えなければならないのは、男性も女性も同じなんです。私の生徒には女性も居りますが、皆その辛さを微塵も見せずに、たくさんの男の子達と共に頑張っています。それは彼らや彼女達が、人の命の重さを知っているから・・・。そんな彼らは私の誇りです。だからどんな辛い事があっても、私は彼等と一緒なら乗り越えて行けるんです」


 そう言って彼女はAチームの訓練生が座っている座席を見上げた。



 水を打ったように静かになった会場の中で、ジュードは一人シェランを見下ろしながら微笑んだ。ケーリーが心配そうにシェランを見ているクリスに向かって笑いかけた。


「さすがSLSの鉄の女。いざとなると強いな」


 キャシーが嬉しそうに微笑みながら、エバに笑いかけると彼女は「教官も私たちの誇りね」と言って片目を閉じた。



「とても素晴らしい生徒をお持ちなんですね。ありがとう、シェルリーヌ。では後ろに並んで頂けますか?」


 シェランがパトリシアの横に並ぶと、司会の騎士が再び会場に向かって一礼をした。


「では今からプリンセス候補者達の方達には、選考用の衣装に着替える為に舞台を下がって頂きます。それまでしばらくの間、皆様にはショーをご覧になって頂きましょう」




 海賊が横行していた時代の市民の扮装をした生成りのブラウスと、黄土色の膝丈までのズボンを履いたダンサーが舞台に飛び出してきて、ビートの効いた音楽と共に踊り始めた。


 舞台の裏まで響いてくる音を聞きながら、シェランは他の候補者と共に会場の奥にある控え室までやってきた。


― もしかして、水着審査があるんじゃ・・・ ―


 ふとよぎった考えに、シェランはドキドキしながら中に入ったが、控え室に用意されていたのは、キャシーが望んだような昔の貴婦人が着るアンティークなドレスで、5人の候補者の為に5人の女性スタッフが待っていた。


 衣装はどれも同じデザインで、赤、青、オレンジ、緑、紫の色違いであった。豪華なビロードとアンティークに見せる為、アイボリーのレースが胸元からドレスの裾まで流れている。シェランは一番奥の紫色のドレスの前に居たスタッフに迎えられた。


 エリーナは赤、スチュワーデスのメリッサは青、デザイナーのラナはオレンジ色、パトリシアは緑のドレスである。


 昔風のドレスなので肩は出ているが、そんなに胸元も開いていないデザインなのでシェランはほっとしたが、エリーナは窮屈なコルセットを締められるのがたまらないように顔を歪めながら言った。


「水着審査が無いのは残念だわ」

「水着審査・・・したかったの?」


 シェランがびっくりして思わず聞くと、エリーナは片目を閉じて自身ありげに笑った。


「もちろんだわ。そのほうが職業よりも生の自分を見てもらえるじゃない。あなただって自信あるでしょう?ライフセーバーって1年中水着だから」


 どうやらエリーナは他の候補者達のように目立った職業ではなく、普通の銀行員ということで引け目を感じているようだ。


「いいえ。私は潜る時には、ウェットかドライスーツしか着ないわ。それに水着なんかにならなくても、人間の本質というものは表面に出てくるものじゃないかしら」


 エリーナが「話にならないわ」というような顔をして肩をすくめたが、メリッサはシェランに笑いかけた。


「私もそう思うわ。ここには小さな子供達も一杯来ているし、あまりそういうのはよくないわよね」


 シェランはラナの隣に居るメリッサに笑いかけたが、後ろからスタッフにコルセットの紐をぎゅっと締められて、思わず息が止まりそうになってしまった。


「こ、こんなに本格的に衣装を着なくちゃならないの?」


 息も絶え絶えに、ラナが後ろに居るスタッフに話しかけた。普段自分の作った解放的な服ばかり着ているラナには拷問のようなものだった。


「当然ですわ。このぐらい着られなければプリンセスにはなれませんよ」


 女性スタッフはにっこり笑うと、苦しそうに壁に手を付いている候補者達のコルセットをさらに締め上げた。それが終わると次はドレスである。たくさんのレースとビロードを使った衣装は、幾重にも折り重なっていて、とても重かった。


 フラワー・アーティストのパトリシアは本人も花のようにたおやかな人らしく、苦しい下着と、重いドレスに押し潰されそうになりながら、青白い顔でつぶやいた。


「目眩がしそう。昔の人って大変だったのね」


 シェランはパトリシアの手を取ると彼女の顔を覗き込んだ。


「大丈夫?パトリシア。もし気分が悪くなったら言って。私は救急救命士の資格を持っているし、会場に居る教官も生徒もみんないつでも出動できるだけの知識と経験があるから」

「ありがとう、シェルリーヌ。ライフセーバーって頼もしいのね」


 柔らかく笑うパトリシアを見てシェランは“きっと彼女のような人がプリンセスにふさわしいんだわ”と思った。




 候補者達に着替えやメイクを施すと、女性スタッフは「しばらくここでお待ち下さい」とだけ言い残して部屋を出て行った。シェラン達は息を思い切り吸う事も出来ず、押し黙ったまま待っていたが、ノックも無しに突然ドアが開いて、皆びっくりしたようにそちらの方を見た。


 海賊の首領の様な、黒く長いジャケットと大きな羽の付いた帽子を被った男が右手に剣を引き抜いたまま立っている。彼の後ろには幾人もの海賊の手下が立っていた。


 女性達はみんなびっくりして入ってきた男達を見つめていたが、果敢にもラナが立ち上がった。


「ちょっとあんた達、勝手に入って来ないでよ。ここはプリンセスの控え室なのよ!」


 海賊の首領はにやっと笑うと、剣を鞘に入れ直し、帽子の大きな縁を掴んでそれを取ると、うやうやしく彼女達に向かって礼をした。


「もちろん心得ておりますとも。我が名は海賊バッカス・ドレージー。麗しきプリンセス候補の淑女諸君をお迎えに上がりました」







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