第18部 海賊島のクリスマス 【2】
シェランが家に入るとすぐにいくつものセンサーライトが点いて、玄関からリビングに至る廊下を照らし出してくれる。彼女はひっそりと静まり返ったリビングを通り抜け、その更に奥にある自分の部屋へと急いだ。
しかし、ドアを開け電気を点けたシェランは、ホッとする所かうんざりとした顔をして部屋を見回した。ベッドの上からソファーに至るまで、あらゆる所に服が散乱している。近頃放課後も、休みの日もずっと旅行の話し合いで忙しく、その合間を縫って旅行の準備をしていたのだが、持っていく服の選定に時間がかかって、なかなか部屋を片付けられないのだ。
彼女はふっと溜息をつくと、ベッドの上に並べられた服のひとつを取り上げた。オレゴンに行った時レゼッタに買ってもらった服のひとつで、胸元にピンクのリボンが何個も縫い付けてある白いカットソーだ。生まれて初めて履いた、ピンクのレース飾りが一杯付いたジーンズに良く似合う。
シェランはこれが特にお気に入りだった。他にもレゼッタに買ってもらった服はどれもシェランが今まで余り着た事の無いキュートさを備えていて、見ているだけで彼女を幸せな気分にしてくれた。
だが、どの服も買ってもらってから一度も袖を通した事が無かった。SLSには当然スーツで行くし、クリスと会うのにレゼッタに買ってもらった服を着ていくのは、なんだかジュードに対して悪いような気がする。かといって毎日忙しいシェランは、女友達と出かける暇も無く、どんなにお気に入りの服でも着る機会が無かったのだ。
だから今回の旅行では着て行きたかった。だが、いくらプレゼントの旅行とはいえ、生徒と一緒に行くのにはどうも向いていないような気がする。だから服以外の旅行の順備は全て出来ているのに、部屋の中はずっとこのままなのだ。
シェランはそのお気に入りの服を持って、開けっ放しになっているクローゼットのドアに付いた鏡の前に立った。
「やっぱり、少し子供っぽいかなぁ・・・」
この国の女性達は、いかに自分をセクシーに見せられるかという服選びに夢中だと言うのに、いつまでも少女のような服が好きなのもおかしいかもしれない。
「でも、ジュードは可愛いって言ってくれたし・・・・」
それはレゼッタの手前、そう言ってくれたのだろうが、今回の旅行は訓練校の行事の一環だ。ジュードは良くても他の教官達が、渋い顔をするかもしれない。
「やっぱり、余り華美にならない普通の服がいいわよね」
シェランはちょっと寂しそうに呟くと、ベッドの上に散らばった洋服を片付け始めた。
19日には旅行に参加する訓練生達が続々と帰ってきた。3年Cチーム潜水のローディ・アズリードと2年Aチーム一般のカーティ・アズリードは兄弟で参加である。弟が無料参加するので自分も行きたいと言ったら、両親はすぐに旅行費用を送金してくれたらしい。彼らの親は北米有数の航空会社を経営していた。
ローディが同じCチームのチャーリー・デインに「ハワイよりは小ぶりだが、楽しめそうだ」とドリーミィ・ワールドのパンフレットを見ながら言うと、チャーリーも「君の所はハワイか。僕の家のバケーションはパラオかモルディブの別荘で過ごしていたからな。パラオは深くて流れが速いが、モルディブは潜り放題で楽しいぞ」と答えた。
チャーリーの父はオクラホマでいくつもの大農場を経営し、母は無農薬の材料を使った化粧品会社を立ち上げ、順調に売上を伸ばしているらしい。
そんな会話を聞いたキャシーは「さすがにお金持ちのお坊ちゃんは違うわね。行こうと思ったら自腹でも行っちゃうんだもの」と、ちょっと僻みっぽく言った。確かに優勝商品としてのカリブ旅行のありがたみは薄れるが、Aチームだけタダで行ける事に変わりは無い。
ジュードは仲間が帰ってくる頃には元気を取り戻していた。いつまでもぐちぐち悩んでいても埒は明かないのだ。それより、楽しい思い出を作る方を選ぼうと思った。それでも、AとB、2つのチームが一緒に乗っているとはいえ、空港に向かうバスの中でもずっと一緒に居るシェランとクリスを見ると、やっと取り戻した元気を失ってしまうジュードであった。
そんなジュードを見て、ショーンは通路の向こう側に座ったマックスやジェイミーに視線を送った。彼らにもジュードがずっと元気が無かったのは分かっていたのだ。マックスが頷いて、後ろに座ったネルソンにサインを送ると、彼はさらに後ろに座ったサムとダグラスに、サインを送った。
「ジュード、ジュード」
ぼうっとバスの窓から外の景色を見ていたジュードは、自分を呼ぶ声に振り返った。バスが動いているというのに、ショーンの座っている通路側には仲間達が集まっている。
「ジュード、向うに着いたら自由行動だからな。夜中じゅう遊んだって教官は何も言わないぞ」
「1、2年の奴らも誘って、遊びまくろうぜ」
「もちろんシェラン教官も一緒にな」
仲間達の気遣いが分かって、ジュードは「もちろんさ」と答えると、にっこり微笑んだ。
マイアミ空港からドリーミィ・ワールドへの直行便は出ていないので、一旦、大アンティル諸島のアメリカ領プエルトリコを経由して小型機で向かう。小さな島だが、ちゃんと空港や港は整備されているのだ。
普通空港というのは整然としていて周りに何も無いのが特徴だが、ここはカリビアン・リゾートの為にだけある空港である。建物のあちこちに南国のリゾート地を感じさせる、赤や黄色の花々や、大きな濃い緑の熱帯樹林が植えられ、中にある免税店やショップも、出入り口をたくさんの木や葉で飾りつけ、その雰囲気を盛り立てていた。
そして飛行場の外に出た訓練生達は、さらに顔を輝かせて「わーっ」と叫んだ。美しい空と海に囲まれた、この島中で咲き誇る花々、生い茂る木々、遠くに霞むように見える滝の流れる絶壁、港にはカリブ海クルーズに出る真っ白な帆を掲げた帆船が所狭しと並んでいた。
島の東側は大西洋、西側がカリブ海に面し、近くには160もの火山性の島と岩礁から成り立つヴァージン諸島がある。美しい海岸線に沿って、高層ホテルやリゾートマンション、そして、世界中のブランド製品を集めたショッピングモールや魚介類をメインにしたレストランが立ち並び、内側はアトラクションやプール等の7つのゾーンに分けられている。
そして、島の中央にはこのドリーミィ・ワールドのシンボルである、硬い岩の城壁に守られた海賊の隠れ家があり、その岩壁にドクロのマークが掘り込まれ、遠くからでもそのシンボルを見ることが出来た。
「教官!教官!素晴らしいですわ!まるで私達の為に有るような夢のリゾート島ですわね!」
「はぁ?あなた、たかが遊園地って言ってたくせに付いて来たの?」
空港の出口でシェランを挟んで、リズとキャシーが言い合っている。どうやら飛行機を降りた途端、クリスからシェランを奪回したらしい。
「ほほほ、当然ですわ。シェラン教官の行く所にリズも居るんですのよ」
最近1年生の間でもリズは男に全く興味がないという事が分かったらしく、あれほど騒いでいたCチームの男子達も近頃ではおとなしくなったので、リズの態度はあからさまである。
― そうだな。せっかく無料で来たんだ。楽しまなきゃ・・・ ―
ジュードはくすっと笑って彼女達を見た後、元気良く叫んだ。
「よーし、ショーン。一番乗りだ!」
「おうっ」
小さな島・・・といっても、空港からカリビアン・ドリーミィ・ワールドの入り口まではバスで30分程かかることになっていた。まずこれから1週間泊まる予定の海沿いに建つリゾートホテルに立ち寄って荷物を下ろした後、ホテルから出ているバスに乗り、ワクワク顔の訓練生達はとうとうやって来たのだ。
「カリビアン・ドリーミィ・ワールドだぁ!!」
彼らは旅行会社の手配で既に手に入れている入場券を握り締めると、団体入場の入り口に向かって走り出した。
「あなた達!いくら自由行動といっても、余り遅くなってはいけないわよ!それから他の人の迷惑にならないようにね!」
返事もそぞろに中へ入っていく訓練生を見つつシェランは、「もう、ちっとも聞いてないんだから・・・」と頬を膨らませた。
「大丈夫ですよ、あいつらも子供じゃないし。それより教官、私達も行きましょう!」
「早く!早く!」
どうやらエバやキャシー、そしてリズも駆け出して行きたかったようだ。シェランもにっこり笑うと「うん!」と答えた。4人はまるで仲のいい友達のようにはしゃぎながら、ドリーミィ・ワールドのゲートをくぐった。
ゲートを抜けた先には、この島のシンボルである海賊の帆が付いた巨大な帆船が目の前の広場にどーんと居座っていた。クリスマスという事もあって、帆船のマストにはクリスマスカラーの赤と緑のモールがきらびやかに飾り付けられている。その周りは大きな噴水の池になっており、水が噴き出すたびに光をうけて、七色の虹が海賊船を彩った。
ゲートの右側にある発券所で、シェラン達はフリーパスカードを買った。発券機の前に立って写真を撮ると、その写真が右上に映し出されたパスカードが出てくる。それで1週間はどの乗り物も乗り放題になり、どんなアトラクションも見放題だ。女性にはサービスで、パスカードを入れるビニールケースの周りに小さなハイビスカスの花飾りがデコレーションされていた。
シェランはエバ、キャシー、リズの順に顔を見回すと、右手を振り上げて叫んだ。
「さあ、目一杯遊ぶわよ!」
走り出した時、彼女はもう教官ではなかった。これからの1週間、何か素敵な事が起こる予感に胸を躍らせている、一人の女の子になっていたのだ。
飛行機やバスなどを乗り継いでやって来た所だったので、乗り物の多い遊園地へは明日行く事にして、シェラン達はアトラクションゾーンに向かった。ここでは海賊に関係のあるものは何でもやっている。見るだけではなく体験アトラクション等も用意されていて、興味があったのでまずそれを見学に行ってみた。
ゲート前に並んでいる人々の中にアダムスが5歳位の小さな男の子と、その母親らしき女性と一緒に並んでいるのにシェランは気が付いた。きっと、アダムスの連れて来たがっていた孫と彼の娘だろう。2人ともアダムスと同じ濃いブラウンの髪だったが、男の子の大きな瞳はアダムスや淡いブルーの瞳の母とは違い、父親に似たのか、しっかりとした黒い瞳だった。
シェランが微笑ましく見ていると、アダムスが彼女の視線に気がついたのか、照れたような、ムッとしたような顔をしてシェランから目を逸らした。シェランはくすくす笑っていたが、リズやエバに「ほら、教官。始まりますよ」と言われつつ、手を引っ張られてゲートをくぐった。
中は雨でも上演できるように大きな張り出しテントが付いた舞台が中央にあり、それを囲むようにしてたくさんの席が見やすいように階段状に並んでいた。一番上からだと随分と舞台が遠くなるので、なるべく前の方の席を探し、4人並んで座った。
舞台の内容は完全オリジナルストーリーで、季節ごとに演目は変わるらしい。今日の演目は『The Key Of DHIRA』(ディラの鍵)という題名で、16世紀のカリブ海が舞台だった。
“カリブの吸血鬼”と呼ばれた海賊バッカス・ドレージー(いかにも悪そうな名前だ)は3艘の海賊船団を率いてカリブ海から大西洋に抜ける途中、嵐に襲われ、3つの船と120人の手下と共に海に沈んだ。
しかし、海の魔人シーゲイルが、沈んできた彼とある盟約を交わす。
千年もの昔、あちこちの海で嵐を起こし、船を沈めてたくさんの人間を殺していたシーゲイルは、海神ネプチューンにとうとう咎められ、彼との戦いに敗れた後、ネプチューンの魔力でこの海の中に永遠に閉じ込められる事となった。
彼はその足を見えない水の鎖に繋がれていて、そこには同じく水の鍵が付いている。その鍵を開けられるのが、ネプチューンが人間の女性との間に儲けた子供が持つ“ディラの鍵”と呼ばれる鍵だけだった。
シーゲイルはその“ディラの鍵”を取って来ると約束すれば、お前をこの海から助け、永遠の命も与えよう、と言った。
魔人の力を得て海から戻ったバッカス。ネプチューンの息子とは知らず、常人以上の力を持つ青年ウィリー。こういう話に絶対不可欠な美しい貴族の娘エレオノーラ。そして、一般参加の少年少女数名(彼らの役柄は、もちろんウィリーに協力して一緒にバッカスを倒す役だ)が繰り広げる壮大なストーリーに、観客達は大きな拍手や歓声を上げた。
生の舞台だというのに上から大量の水が流れてきたり、最後に倒すシーゲイルとの戦闘シーンではセットの船が爆発したりと、迫力満点だった。一般参加の少年少女達も頑張った。海賊との戦闘シーンでは、多少下手ではあったが、ちゃんと剣を握って戦っていたし、見事に相手を打ち倒した。(もちろん斬られ役の人達がうまいのだが・・・・)
同じ年頃の子供が格好良く活躍していると、自分も参加したいと思うものだ。周りに居る子供達も「僕も参加したい」「私もウィリーと一緒に戦う」等と親にねだっている子供がたくさん居た。
劇が終わると、全ての登場人物が出てきて、舞台上で挨拶をした。映像でしか出てこなかったシーゲイルも、彼らの後ろのバックスクリーンから青い顔をほころばせて、手を振っている。初めて舞台に立った少年達も誇らしげに手を振った後、みんなで手を繋いで頭を下げた。
観客達の拍手の後、ウィリー役の青年がマイクを持って、舞台中央から観客に呼びかけた。
『ディラの鍵に参加されたい方は、明日の午前10時にこの会場でオーディションを行います。もちろん大人の方の参加もお待ちしております』
この時エバが周りの男の子達の様に「えーっ、私も出たーい!」と叫んだ。どうやら主人公のウィリー役の青年が気に入ったようだ。
「あらあら、エバ先輩なら海賊の手下の役がふさわしいんじゃありません?」
「あたしが海賊の手下なら、あんたは海賊バッカスそのものが似合うんじゃない?」
リズのイヤミにエバも負けじと言い返した。
『そして会場にいらっしゃる女性の方々にお知らせです。いよいよ今年もクリスマス・プリンセスを決定する時期がやって来ました!』
その言葉で会場に居る全ての女性の話し声が止んだ。言い争っていたエバとリズもぴたっと話を止めて、彼の方を振り返った。
『クリスマス・プリンセスのオーディションは、あさって、12月22日の10時から、同じくこの会場で行ないます。クリスマス・プリンセスが選ばれるのは年に一度、たった一人だけです。このカリビアン・ドリーミィ・ワールドのシンボルである海賊城の中に、選ばれた女性の写真は永久保存され、23日から始まる新しいショー“クリスマス・メモリー・ナイト”に主役で参加。
その他、プレジャー・グラウンド(遊園地ゾーン)の海賊の行進や、眠らない街、ナイト&ナイトタウン(夜中も営業している大人の為の町ゾーン)のブラックナイト・フェスティバルにもクリスマス・プリンセスとして参加していただきます。我こそはクリスマス・プリンセスにふさわしいと思われる美しき女性の皆様の参加を、心よりお待ち申し上げております!』
青年が右手を上げて手を振ると、他の出演者達も舞台の袖に引き上げ観客からは拍手が上がった。周りに居る女の子達がクリスマス・プリンセスの話題に盛り上がっている中、シェランはさっさと立ち上がった。
「じゃあみんな、次のアトラクションに行きましょう」
だが、エバとリズはそんなシェランを引き止めた。
「教官、もちろん参加するでしょう?」
「は?何に?」
「クリスマス・プリンセスですわ!シェランお姉様なら間違いなくプリンセスに選ばれますもの!」
シェランはびっくりして、リズが自分の事をお姉様と呼んだことにも気付かなかった。
「何がお姉様よ、教官と呼びなさい」
エバがシェランの代わりに注意したが、リズはしらっとして「よろしいじゃ有りませんか、旅行の間くらいお姉様って呼んだって」と答えた後、再び同じ質問をした。
「もちろん、参加されますわよね?シェランお姉様?」
シェランはこの予想外の言葉にどう答えていいのか、心の中で葛藤していた。
さっきあのウィリー役の青年が言った言葉は、シェランにとって“冗談じゃ無いわ!”と叫びたくなるような内容だったのだ。
高校のミスコンに出るのさえ嫌だったのに、何が嬉しくてこんな知らない人が一杯居る中で大きな舞台に立ち、歩いたり笑ったりポーズを決めたりしなければならないのか・・・。
しかもせっかくみんなと遊びに来たのに自分だけ車に乗って、したくも無い愛想笑いをしながら手を振り続け、更に注目を浴びる。
しかも最大級に嫌だったのが、海賊城の中に自分の写真が永久に保存されるという事だった。シェランにとって、それこそ晒し者以外の何者でもなかった。本人はどんどん年を取っていくのに、写真だけはいつまでもそのままで知らない人々の目に映るのだ。そんな事はシェランにとって名誉でも何でも無かった。
シェランは「嫌!絶対嫌よ!」と叫び出しそうになるのをぐっと押さえて、教官らしくにっこり微笑み、期待に目を輝かせている女生徒達を見回した。
「私なんかが出るより、あなた達が出た方が絶対素敵だわ。エバもキャシーもリズもかわいいから、きっと貴婦人のドレスも良く似合うもの」
シェランの引きつった笑いを見て、3人はどうやらシェランが嫌がっている事だけは分かった。特にキャシーは、シェランがそんな華やかな式典で目立つ事をするのが嫌いだと知っていた。
それでもシェランが出れば、絶対クリスマス・プリンセスの座は彼女のものになるに違いないと確信していて、自分の敬愛する教官がスポットライトを浴びて、みんなの賞賛を受ける姿が見たいと思った。何よりシェランが16世紀頃のきらびやかな衣装を身にまとっている姿はとても綺麗だろう。
― 巡洋艦で見たドレス姿より、もっと素敵だろうなぁ・・・ ―
エバは一瞬、“シェランが出ないのなら、私にも勝てるチャンスが・・・”などと甘い夢を抱いたが、ここにはSLSの違うチームだけでなく、後輩まで来ているのだ。もし選ばれなかったら、彼らの噂話の的になる事は見えていた。
― 冗談じゃない。あいつらにバカにされるくらいなら、死んだ方がましだわ ―
リズはがっくりと肩を落とした。もしシェランが美しい姫役で出演するなら、自分は彼女を守って悪と戦うウィリーのような役か、海賊に囚われた美女を助けるナイトをやろうと思っていたのだ。(もちろんそんな役があるかどうかは定かでない)
― そして、助けに来た私の胸の中に、シェランお姉様が飛び込んで来てこう言うのよ。「ああ、待っていたわ、愛しい人!」 ―
キャシー、エバ、リズの3人がそれぞれ違う表情で溜息をついたので、シェランは不思議そうな顔で彼女達を見た。
その頃ジュードは、5台目の乗り物にチャレンジ中であった。彼らには飛行機やバスに乗りっ放しで来た事など何でも無かった。ジュードは『ナイティング・スコープ』という長いトンネルを経由して時速70Kmで突っ走る、ジェットコースターの一番前の席にショーンと陣取り、後ろに乗っているアンディやミシェルと共に両手を振り上げた。
「よーし、次は『バイキング・イン・タイフーン』だ。行くぞー!」
「おーっ!」
ジュードが10人余りの仲間と共に走っていく姿を、近くのカフェで休憩中のマックスやネルソンが見て溜息をついた。
「はぁぁーっ、元気だのう、少年達は・・・」
マックスがいかにも年寄りじみた言い方をした。
「アズが迷惑そうな顔をしつつも、付いて行ってるのが笑えるねぇ」
ネルソンがくすくす笑った。
「きっとアズが帰ろうとしたら、ジュードが連れ戻しに行くんだぜ」
ジェイミーも笑いながらアイスコーヒーを飲み干した。
「ジュードだけじゃなくって潜水の1、2年も居るからな」
「最近、アズはあいつらに人気があるんだぜ」
サムとピートが同じ潜水と一般の仲間と共にやって来ると、その辺に散らばっている白いプラスチック製の椅子をマックスやネルソンの側に持ってきて座った。
「所で・・・ちょっと目に余ると思わないか?クリスの奴・・・」
サムがムッとした様な顔で言うと、ネルソンも頷いた。
「まるっきりジュードに見せ付けているとしか思えないなぁ。授業中もあいつが一番に当てられるし、ちょっと私情を持ち込み過ぎってやつ?」
「でもそれってさ、クリスがジュードをライバルと認めてるって事じゃないか?」
ジェイミーが楽観的見解を示した。
「クリスがそう思ってても、うちの教官があれじゃあなぁ・・・」
ピートが溜息混じりに呟いた。
「そんな事はないと思うぜ。この間“ジュードも片思いのまま卒業かなぁ”ってエバに言ったら、あいつ何となーく含みのある笑いを浮かべてこう言うんだ。“あら、それは分からないわよ。最近シェラン教官、益々綺麗になったと思わない?”って。女が綺麗になるのは恋をしているからだ。間違いない」
サムが断言した。
「でも、その相手がジュードとは限らないだろ?最近の教官は随分クリスと親密な感じだぞ?」
「それはクリスがシェラン教官をこの機会に絶対モノにするつもりだからだろ?」
ノースにレクターが吐き捨てるように言うと、ブレードが赤い顔をして答えた。
「お前、表現悪いぞ。せめて恋人と言え」
「どうせクリスの頭の中じゃそんな事しか考えてないさ。顔を見ていたらわかる」
「まっ、そんな所だろうな。ハーディどう思う?」
ダグラスが隣で苦笑いを浮かべながら黙って立っている仲間の顔を見上げた。
「とにかく、やるべき事はこうじゃないのか?“あっちがその気なら・・・こっちもやってやる”」
彼の言葉に、仲間達はその瞳を細めて笑った。