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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第18部 海賊島のクリスマス 【1】

 鉄人運動会は最後の表彰式で、3年Aチームのリーダー、ジュード・マクゴナガルが『TEAM A』と書かれた金色のメダルと商品の目録を受け取り、盛況の内に幕を閉じたが、腹の虫が収まらないのはアダムスであった。彼は「こうなったら自腹で行ってやる!」と断言し、それを聞いたクリスも「ああ、そういう手がありましたね」と賛成した。


 アダムスは孫に自分がSLSの教官である事を見せたかったのだ。だから何が何でも訓練生と共に行かなければならなかった。


 そしてクリスは、ジュードが表彰台に上がってメダルを受け取った時、一番にシェランに笑いかけたのを見て、―もちろんシェランもにっこりと微笑み返した― 彼らを2人で旅行に行かせてなるものか、と思ったらしい。


「卒業旅行だ。オレ達も行こうぜ」

「先輩が行くなら僕達も行こうか」

と話が進んでいって、実家にどうしても帰らなければならない訓練生以外は自腹で参加することになり、又もやSLS訓練校挙げての一大イベントになってしまった。


 

 こういう計画にもってこいなのがシェランとクリスなので、この旅行のマネージメントは彼らに任せると決まった。(それが決まった時、クリスは思惑通りの結果に、にんまりと笑った。)ドリーミィ・ワールドもクリスマスに向けて色々な行事が目白押しになっているらしいので、25日が最終日になるようにして12月20日にSLSを出発し、26日に戻ってくるという計画を立てた。



 クリスにとってこの旅行は、絶好のチャンスであった。旅行の話し合いという事で人目を気にせずシェランに会うことが出来るし、何よりシェランもこの旅行にはとても乗り気で、その話し合いの為なら夜遅くの呼び出しにも応じてくれる。


 しかも美しい南海の島で迎えるクリスマスなんてプロポーズには・・・(いや、それはちょっと早いか・・・とクリスはくすっと笑った)とにかく今までずっと心に秘めてきた思いを打ち明けるには、ぴったりのロケーションだ。


 そう、今こそ『チャンス到来』なのだ。旅行までの1ヶ月余りの間にシェランとの関係をいい雰囲気に持っていき、クリスマスの当日に一気に恋人まで行ってしまおう。クリスは旅行の計画よりも先に、そちらの計画を立て、実行に移すことにした。



 こういう事は何よりも、さりげなさが肝心だ。放課後クリスは「早めに旅行会社を決定しておきたいんだけど・・・」と言ってシェランを呼び出した。せっかくだから夕食を一緒に食べようとさりげなく誘い、彼らはダウンタウンにある、近頃人気のダイニングバーにやって来た。


「素敵なお店ね」


 シェランはいい顔をしている。当然だ。僕がチョイスした店に間違いなど無い。クリスは「気に入ってもらえて嬉しいよ」と言いつつ彼女のために店のドアを開けた。



 2人は席に着くと、早速メニューを開いた。たくさんの多国籍料理が並んでいる。シェランはタイ料理のソムタムタイ(青いパパイヤのサラダ)とプーパッポンカリー(渡り蟹のカレー炒め)そして、インドのナンを注文した。


 クリスは韓国料理のナクチポックン(足長蛸の炒め物)、ニュージーランド産ラム肉のステーキ、インドネシア料理のガドガド(ゆで野菜のピーナッツソース)を選んだ。


 テーブルの上に並んだ料理を見て「まるで、世界旅行をしているみたいね」と笑うシェランを見て、出足は好調とクリスは確信した。




 その日、授業を終えたジュードは、ウキウキ気分でマイアミに向かって自転車を走らせていた。今日は夜からリーダーミーティングがあるのでバイトは休んでいるのだが、月に一度の給料日なのだ。普通は銀行振り込みなのだが、こちらの銀行に口座を持っていないジュードは、いつも手渡しで貰っていた。


 色々忙しいので2年の頃と比べてバイト料は減ったが、その分時給も上げてくれたので助かっている。今回の旅行も旅行費用は訓練校持ちだが、向うで遊ぶ金は当然本人が出さねばならないからだ。


 

 ジュードは事務所に寄って給料の入った袋を貰うと、礼を言って出てきた。これで旅行の日まで頑張れば十分余裕が出来るはずだ。ジュードはにっこり微笑んで給料袋を胸ポケットにしまった。


「よお、ジュード。給料はたくさん貰ったか?」


 顔を上げると元水泳選手でここのコーチをしているフレッド・レヴィルが、同じコーチ仲間のベティ・シンプソンとコーネル・デリーと一緒に歩いてきた。ジュードは苦笑いをしつつ、親指と人差し指で1cmくらいの隙間を作って「少しね」と答えた。


「私達、今からダウンタウンに行くのよ。ジュードも来ない?」


 ベティがくりくりとした黒い瞳を輝かせて誘ってくれたが、ジュードは首を振った。


「ごめん、ベティ。これは旅行費用なんだ。だから使えないんだよ」


 するとフレッドとコーネルがくすくす笑って彼の両肩に腕をかけた。


「そんなこと分かってるって。苦学生に金を出せなんて言わないさ」

「ジュードはクリスマスも彼女と旅行に行くんだよな」

「え?」


 ジュードはびっくりして2人を見上げた。


― 彼女って誰のことだ? ―


「ち・・・違うよ。これは学校の旅行で・・・」

「ごまかすなよ。この夏も一緒に行ってたんだろ?」

「で、どっちがステディなの?ブルネットの美人?それともブラウンヘアーの可愛い子?」

 

 もしかしてエバとキャシーの事を誤解しているのか?そういえば以前一度、ブレードとレクターと一緒に彼女達もここに泳ぎに来た事があった。


「ち、違うよ。あれは学校の友達で・・・」


 首を振ってもジュードが照れていると思っているのか、フレッド達は「いいから、いいから」と言いつつ、ジュードを連れ出していった。



 スポーツジムからフレッドの車でダウンタウンの中心街に向かった。ジュードが3人のコーチと連れ立ってやって来た店は『i Bien hecho!|(ビエネッチョ!)』という名で、スペイン語で『おみごと!』という意味らしい。


 店に入ると、店員達が揃って『i Bienvenido!(ビエンベニード!)』(ようこそ!)と叫んで出迎えてくれる。広くて清潔感のある店内は客で一杯だった。紺と白のストライプ柄のマリンスタイルのシャツを着た店員がやって来て、彼等を奥の席に案内してくれるようだ。



 ジュード達が店に入った頃、シェランとクリスは旅行会社も決定し、次の休みに2人で申し込みに行こうと約束を交わした所だった。


「良かった。これで私達の仕事は、半分終わりかしら・・・」


 ホッとしてうつむいたシェランは、テーブルの上に置いた自分の手の上にクリスが手を重ねてきたので、びっくりしたように彼を見た。


「シェラン。どうせなら飛び切り楽しい旅行にしたいと思わないかい?」

「え?」


 シェランはどぎまぎしたように、自分の手の上に置かれた彼の手と顔を交互に見つめた。


「3年生にとっては訓練生としての最後のクリスマスだろ?あいつらにいい思い出を残してやりたいんだ。僕達2人で企画を考えて、あいつらをびっくりさせてやらないか?」



 ジュードは今、目の前にある信じられない光景を見ながら、ただ呆然と立っていた。ベティやフレッドが自分の名を呼んでいるが、それに答える事も出来ない。


― 何でこんな所で、彼らが一緒のところを見なきゃいけないんだ? ―



 人ごみの向こうに座っているクリスとシェランは、テーブルの上の手を握り合って、互いを見つめている。2人が以前にも何度かデートしている事は、エバやキャシーから聞いて知っていたが、まさかそれをこんな所で目撃する事になるとは思ってもみなかった。



 以前、彼女達がふざけて、クリスがシェランにプロポーズしているシーンを演じたことがあった。それは確かに有り得る話だが、考えないようにしていたのに、まさか目の前で本当にそんな話になっていたなんて・・・・。



 ジュードはシェランがクリスに笑いかけたのを最後に目を伏せた。まるで盗み見をしている様で、ふと自分が嫌になったのだ。


「ジュード、どうしたの?」


 ベティが心配して戻ってきたが、彼は今とてもではないが平気な顔をして、この場所で食事をするなんて出来なかった。


「ごめん、ベティ、せっかく誘ってくれたのに・・・。今日リーダーミーティングがあるって事、すっかり忘れてた。オレ、戻らなきゃ・・・」


 ミーティングまではまだ2時間以上あったが、ジュードはくるっと背を向けると出口に向かって走り出した。


「ちょっと、ジュード。だったら送ってあげるわよ!」

「いいんだ。ありがとう、ベティ」



 一瞬、喧騒の中から“ジュード”という声が聞こえてきたような気がして、シェランは周りを見回した。


「シェラン?」

 クリスが不思議そうな顔をして、彼女の顔を覗き込んだ。


「あ・・・、え、ええそうね。それはとっても素敵な計画だと思うわ。それで、どんな企画を考えてるの?」


 クリスはにっこり微笑むとシェランの手の上から自分の手を離した。


「それはこれから僕達2人で考えるのさ」





 例年、クリスマス休暇は12月の頭から始まる。20日に旅行に出る訓練生は、19日に戻ってくる予定で皆帰郷した。


 ジュードはみんなの前では元気に振舞っていたが、ショーンやマックス、そして同室のアズも居なくなると、急に元気が無くなってしまった。


 休みの直前までシェランは、旅行の話し合いでずっとクリスと行動を共にしていた。休憩時間も談話室で2人は額を寄せ合って熱心に話し込んでいるし、たまに廊下で見かけてもいつも彼と一緒だ。リーダーとしての用事で彼女と会う時も、いつもクリスが居るので遠慮して話さなければならなかった。


 チームの仲間もジュードの前では決して口には出さなかったが、いよいよこの期にクリスがシェランを口説き落とそうとしているとひそかに噂をしていたのだった。



 休みに入ると本館の鍵は閉ざされ、たまに寮長であるロビーや本館の管理を任されているケーリーがやって来る以外には、ジュードはこの学校内で一人きりになる。きっと今もシェランはあのレストランで見た時のように、クリスを見上げて微笑んでいるのかと思うと、あまりにもやるせなくて、彼はバイトに精を出す他は無かった。


 もちろん自分が頑張ったのはシェラン一人の為だけではなかったが、彼女に喜んで欲しいと思ったのは間違い無い。だがそれが結果的にクリスとシェランを近づける事になるとは思ってもみなかった。



 夜遅く、誰も居ない寮の部屋に戻ってきたジュードは、ふと思い出したように机の一番上の引出しを開けた。家を出る時母から託された金のネックレスは、初めてここに来た時と同じ状態で、引出しの奥にティッシュで包み込まれたまま眠っていた。


 レゼッタにはこれをシェランに渡すように言われたが、きっとそんな日は来ないだろうとジュードは思った。


 いずれここを離れて行く自分には何の権利も無い。もし彼女に自分の心を打ち明けて、それを受け止めてくれたとしても、又あの人を一人ぼっちにする事には変わりが無いのだ。


 だがクリスならそんな悲しい思いをシェランにさせる事にはならないだろう。ずっと彼女の傍に居て、辛い事があったら慰めて、もう一人ぼっちの寂しい夜を過ごす事も無くなる。何より、彼女はここでSLSの教官を続けられるのだ。それはシェランが一番望んでいる事に違いなかった。


― そうだ。分かっていた事じゃないか・・・ ―


 ジュードは自分の心に言い聞かせた。シェランはクリスではなくても、他の誰かといつかは結婚するだろう。オレはただそれを見たくないから、せめて卒業するまでこのままで居たいなんて、都合のいい事を考えているに過ぎないんだ。



 ジュードは机の上に置かれた、クリスタルガラスの写真立てを見つめた。以前誕生日プレゼントにと、シェランが贈ってくれたものだ。その時付けられていたメッセージカードには 『ジュードが世界一のライフセーバーになれます様に・・・』と書いてあった。それが今のシェランが一番望んでいる事なのだ。


 世界一でなくても、ジュード達がこの訓練校を立派に卒業する日を彼女は夢見ているに違いない。その為にどんなに疲れても、あの人は夜遅くまでオレ達の為に頑張っているのだから・・・。



 ジュードは苦笑いをすると、引出しの中に納まったままのネックレスを見ながら呟いた。


「お前の出番は、きっと一生来ないな・・・。」





― 卒業していく訓練生の為に、彼らがびっくりするような企画を考えよう ―



 クリスの提案はシェランにとっても嬉しい提案だった。だからどんなに疲れていても、クリスがその為の話し合いをしようと言えばそれに応じたし、話が長引いて遅くなっても、ちっとも苦にはならなかった。だが、その内容についてはとても悩んだ。訓練生達をびっくりさせるような計画など、そう簡単には思いつかなかったのだ。


 クリスの方もこれといって考えが有る訳ではなかった。彼にとってそれは、シェランと会う口実でしかなかったからだ。もし思い付かなかったとしても、ドリーミィ・ワールドにある100以上のアトラクションが彼らを満足させてくれるに違いない。


 そして訓練生が訓練生同士で盛り上がっている間に、教官は教官同士で盛り上がるのだ。もちろん、2人だけの世界に他の教官など入れるつもりは無かった。



 旅行の一日前までクリスと熱心に話し合ったが、やはりいいアイディアが浮かばないまま、シェランは夜遅く彼の車に乗って家路に着いた。


「結局、時間だけ無駄に使わせてしまったね・・・。」


 深夜、街灯もまばらな道を、シェランの家に車を走らせながらクリスが謝った。


「そんな・・・、いいのよ。あなただってみんなに素敵なクリスマスを送らせてあげたかったんですもの。私の方こそ、いつも食事をご馳走になってしまって・・・。」


 クリスはにっこり微笑むと、今まで一度も失敗したことの無い、取って置きの殺し文句をささやくように言った。


「君の為に使う気遣いや金を、惜しいと思った事は一度も無いよ」


 クリスが気付かれないように瞳の端でシェランを捉えると、彼女が照れたように頬を赤くしてうつむいたのが分かった。これで他の女性ならこのままさらってしまえるのだが、シェランに限って油断は禁物である。何しろ彼女は、心も身体もまだ少女のままなのだから・・・。



― あせりは禁物・・・ ― 


 彼女の心に入ろうとする度に、何度も滑って失敗して来たクリスではあったが、今度は多少強引でも引くつもりは無かった。


 クリスにとってシェランは深い海の底に眠る真珠のような人だった。暗く冷たい海に守られ、頑ななまでに硬い殻で自分を覆って、誰の侵入も許さない。その美しい姿を日の光の中に晒すのを、ずっと拒んできた。だが、もうすぐ君は気付くだろう。陽の光がどれ程美しいかを・・・。そして君の心を開かせて、それを君に教えるのは僕なんだ。



 左に曲がる大きなカーブを回ると、岡の上に建つ白亜の建物が見えてくる。深い色合いのコニファーが並ぶ階段の下に車が停まると、シェランはクリスの方を向いて微笑みかけた。


「どうもありがとう、クリス。明日はみんなが帰って来るから学校に顔を出すでしょう?」

「ああ、旅行のパンフレットも配らなきゃならないしね。これから益々忙しくなるぞ。大変だけど2人で頑張ろう」


 もちろんクリスは“2人で”という部分を強調して言った。


「ええ。頑張りましょうね、クリス」


 クリスはここぞとばかりにシェランの手を引っ張って、自分の方に引き寄せようとしたが、シェランは彼が自分と握手をしようとしていると思い、さっと彼の手を取った。


「みんなが卒業しても思い出してくれるような、素敵なクリスマスにしましょうね」


 その反射神経の良さに驚いたクリスは、頷くことしか出来ないまま彼女を見送った後「ハァーッ」と溜息をついてハンドルに頭をもたげた。


「今日は頬のキスだけで帰すつもりは無かったんだけどな・・・」


 それさえもかわされてしまった訳だが、彼は余裕の表情でくすっと笑うと、車を回してシェランの家から遠ざかって行った。


「まぁいいさ。時間はまだ、たっぷり有るんだから・・・」






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