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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第17部 鉄人競技会 【2】

 そしていよいよ、SLS中が楽しみにしている鉄人競技会が開幕した。


 技術研修館で学んでいる操船課や航空機課、及び技術装備課と海洋情報研究課の30名は、10人ごとに別れ3つのチームを応援する。自分の応援したチームが優勝すると、その10名も旅行費用の半額を出してもらって参加できるとあって、彼等も朝早くから競技会の準備を手伝ったり、AやBと書かれた大きな横断幕を掲げたりと大忙しだ。


 これは、同じSLSで学んでいる彼等をのけ者にしない為の校長の配慮であった。




 午前9時、訓練生代表ジーン・ハリスの「ただ今よりSLS鉄人競技会を開催する!」という宣言の後、『ウォオオオオー!』という全員の気合の入った叫び声と共に、技術研修館の応援軍団からも楽器を打ち鳴らしたり、チームの名を叫んだりする歓声が上がった。


 午前中はプールでの10種目を行い、午後から海岸に出て12種目が争われる。


 最初の種目は100mマネキンレスキューで、点数はそんなに高く無いが一番目の種目ということもあって選手達は皆、緊張した面持ちで登場した。


 3年のダグラスは1年生のレックと2年のトーマスと対戦する。


 A、B、Cチームから1人ずつ出てコースに並ぶと、プールの周りを所狭しと取り囲んだギャラリーから声援が上がった。


「行っけー!ダグラス!」

「B!B!B!」

「レック!1年Cチームの実力を見せろー!」



― ピッッ! ―


 室内中に響き渡る合図の笛の音と共に、彼らは一斉に飛び込んだ。


「ダグラス!ダグラス!」

「トーマスー!」

「レック!レック!」


 仲間の声援を受けて彼らの周りには激しい水しぶきが上がっている。最初に水底に沈んでいるマネキンにたどり着いたのは2年のトーマスだった。機動課でもチームのリーダーに選ばれただけはある。Bチームから歓声や口笛を吹く音が鳴り響いた。


 だが彼はマネキンを引き上げる時あせって手を滑らせた。トーマスが落としかけたマネキンをもう一度抱え直している間に、ダグラスとレックがマネキンを拾い上げ、残りの25mを泳ぎ始めた。


「ダグラス!行けー!」

「ゴー、ゴー!レック!」


 だがレックは潜水課とはいえ、まだダグラスの敵ではなかった。あっという間に彼を引き離すと、プールの壁にタッチ、Aチームに先取点を与えた。


「ワーオ!やったぜー、ダグラス先輩、カッコイイ!渋い!海の男!」

「A!A!A!」

「さすが15の時から付き合ってる幼馴染の女の子と遠距離恋愛してるだけあるぜーっ!」


 先取点を取ったという余りの嬉しさに、大沸きに沸いているAチームであった。 


 しかし2組目と3組目はBチームとCチームに取り返され、全チームが5ポイントで並んだ。 


 その後の50mマネキンレスキューを制したのは、1組目が1年Cチームのマーキー・ペイソンであった。これにはほとんど1年生しか参加していないので、新入生達の腕試しといった所だろう。2組目がBチーム、3組目もBチームだった為、あっという間にAとCはBチームに点数を覆された。


 プールの端には大きな電光掲示板があって、それぞれの点数が入るごとにオレンジ色のランプが点灯し、その度に訓練生の間から歓声が上がった。



 次は100mレスキューメドレーだ。50mを自由形で泳ぎ、続けて20mを潜水し、水底に沈むマネキンを引き上げ残りの30mをマネキンを抱えて泳ぐ。この競技だけ長い潜水があるので出場する選手は皆、潜水課の生徒ばかりであった。    


 その競技の3組目、3年生ばかりの組にキャシーは入った。対戦するのはBチームがハリー・マザック、Cチームが副リーダーのアーリーでどちらも実力者だ。この競技では女子は20mの潜水を15mに減らすハンディが貰えるが、“男になんか絶対負けない”が持論のキャシーは、そのハンディを断った。




 プール脇には教官達が座る席が用意されていたが、そこに座っているのは、あくまで中立の立場を取る校長のウォルターと技術研修館の教官達で、他の教官は全員自分のチームの所に行って訓練生と一緒に応援したり、チームの選手が勝つたびに彼らと一緒になって手を叩き合ったり、まるで訓練生時代に戻ったように大騒ぎをしていた。


 シェランもそんな中に混じって、隣に居るエバと必死にキャシーを応援していた。


「キャシー、頑張って!いつもの調子でいいのよ!ああ、ケーリー、リー教官も応援してあげて。あの子ハンディ無しなのよ。キャシィィィー!」


 まるで娘の初めての競技会を応援しているママの様なシェランであった。そんなシェランに、にっこり笑って手を振るとキャシーは台の上に立ち、プールの中ほどに沈んでいる黄色いマネキンを見つめた。


「レディ(用意)・・・」


 3人が腰をかがめる。


― ピィッッ! ―  


 静まり返っていた場内は、一斉に彼らを応援する声や音に沸きかえった。最初に50m先の壁にタッチしたのはBチームのハリー、彼はすぐさま反転して水底に潜った。次にCチームのアーリー、キャシーは一番最後だ。


「キャシィィィー!!」

 エバが叫ぶ。


 シェランは祈るように両手を胸の前で組んだ。だが、キャシーが壁にタッチしてその姿が水底に沈んだ瞬間、彼女はまるで魚雷のように一気に前の2人を追い抜かした。


「GO!キャシー!GO!」


 みんなの声援がキャシーの耳に届いた。


 水の中では誰にも負けない・・・。キャシーは素早くマネキンを拾い上げると浮上し、それを抱えて泳ぎ始めた。後の2人が徐々に追いついてくる。


「キャシー、後10mだ!」

「キャシー先輩!!」

 

 テリーとミルズがゴール際に駆け寄った。


「行け!ハリー!」

「アーリー!十分抜けるぞ!」


 アーリーが追いついてキャシーと並んだ。


― 絶対負けられない。教官の為にも・・・! ―


 キャシーは歯を食いしばると、これが溺者ならきっと溺れた為では無く、呼吸困難に陥って死んでしまっているだろう、という程強くマネキンを抱きしめ、残った手足で力の限り水を掻いた。


― もうすぐ・・・ ―


 キャシーは隣のコースから水しぶきを上げて自分を追い抜かそうと迫ってくるアーリーの存在を感じながら、前方に手を伸ばした。


「キャシィーッ!」


 シェランの必死の声がキャシーの耳に届いた時、彼女はプールの壁に手をついていた。ほぼ同時にアーリーも壁に手をつき、2人はハァハァと息を切らしながら互いを見た後、プール際でじっと彼らの手を見ているジャッジのノイス・ベーカーを見つめた。


 彼はおもむろに立ち上がると、左手に3本持った旗のうちの一つを右手でさっと上に掲げた。白い旗の上には『A』と記されていた。


 静まり返った場内に『ワーッッ!!』と歓声が上がり、電光掲示板の数字がAチームの所だけパッと変わった。トップを走っているBチームと2点差だ。


「追い着いたぞー!」


 Aチームの中から歓声が上がった。キャシーはホッとして溜息をついたあと、テリーとミルズがプールの上から同時に手を差し出しているのに気が付き、にっこり微笑みながら両手を差し出した。


 

 そんなAチームの様子を見ながら両腕を組んで、クリスは不敵な笑いを浮かべた。


「まだまだ、これからさ。なぁサミー」

「ええ。僕の立てた“競技会必勝計画”に手抜かりはありません」


 そしてCチームのライルやロビーも、選手の士気を上げる事にぬかりは無かった。


「まだまだ、3種目終わっただけだぞ。勝負はこれからだ!!」

「勝つのは俺達だー!」


 ロビーの叫び声に、Cチームから大きな歓声が上がった。




 その後の競技もどのチームからも優勝者が出て、抜きつ抜かれつを保っていた。現在の所トップはBチーム。だがほとんどどのチームも僅差であった。



 エリザベスはアセスメントテスト(4人1組で1分30秒の間にプール内の溺者を救助、応急手当を行う。正確さと速さを審判の採点により競う)に挑戦であった。彼女はおずおずとAチームの中に入ってくると、シェランの前に立ち、潤んだ目で彼女を見上げた。


「シェラン教官。私、初めての競技でとても緊張してしまって・・・。(うそつき、あんたが緊張なんてするはず無いじゃない。とシェランの隣でキャシーは思った)私はCチームですけど、励ましてもらえませんか?」

「まぁ、リズ・・・」


 シェランは優しくリズの頭を抱きしめた。


「大丈夫よ。アセスメントは落ち着いてやればきっと高得点になるわ。応援してるわよ、リズ」

「ありがとうございます。シェラン教官」


 相変わらずの女優ぶりにキャシーとエバが呆れ顔で見ていると、リズがシェランの腕の中からまるで勝ち誇ったようにキャシーを見た。


「あ・ん・のぉぉぉっ」


 腕を捲り上げて今にも向かっていきそうなキャシーを、エバが押しとどめた。




「おっほっほっほっほ、勝つのは私ですわ!」


 シェランに励まされ、3人の男を従えたリズに、もはや敵は居なかった。アセスメントはポイントが低いので、どのチームも1年生の一般課が出場していたが、リズは男子4人のチームでさえ蹴散らして、一番に溺者にたどり着くと、ほとんど1人で救助、完璧な応急手当を施した。1位に躍り出たCチームの電光掲示板の前で、高笑いをしているリズを見て、キャシーは憎々しげに「フン!」と鼻を鳴らした。



 その後の4つの競技も盛況のうちに幕を閉じ、Cチームがトップを保ったまま、前半戦は終了となった。腹ペコの訓練生達は一気に食堂になだれ込むと、昼食もそこそこに取った後、それぞれのチームに分かれてミーティングを始めた。もちろん、“競技会、何が何でも勝ってやるミーティング”である。



「前半の感じを見ていると、Bチームはほとんど1年生を充ててきたな。後半2年と3年で固めて、勝負に出るぞ」

「Cチームもそうだ。実力のある奴はまだ余り出ていない。後半に温存しているんだ」


 ピートとジェイミーが言った。


「うちは1年を3年がフォローする形で平均的に出ているからなぁ。いまさら人選の変更は出来ないし・・・」


 競技の割り当て表を見つつマックスが溜息をついたので、ジュードは立ち上がってこぶしを握り締めた。


「大丈夫だ。どの作戦が功を奏するかは分からないけど、オレ達の武器は何処のチームより結束が強い所だ。みんなが一致団結して助け合えば必ず勝てる。それこそが本当のSLSの精神だ。だからこそオレ達は最強なんだ!」


「うおおおおっ!そうだ、勝つのは俺達だー!」

「ついて行きます!ジュードせんぱーい!」


 さすがSLS命の男は言うことが違う。何の根拠も無い自信だが、とりあえず1、2年生達には励ましになったようだ。


「全く、あいつには負けるよ」

「何たって、教官と一緒に行ける無料旅行が懸かってるからな」

 

 マックスとネルソンは顔を見合わせてくすくす笑い合った。





 後半戦は午後1時半から開幕した。最初はパドルボードレースだ。パドルボードで250m沖の3つのブイを回って帰ってくるのだ。パドリングの速さだけでなく、波や風の影響を受けるので、コンディションの悪い海では実力の差が明らかになる。


 Aチームは2年生のテリーとアーサー、3年のハーディが選手だ。1組目のアーサーは「レディ」の合図ですぐボードを持ってスタートしてしまった。どうやら随分緊張している様だ。


「アーサー、しっかりしろー!」

「頑張れ!」


 フライングしてしまった事で更に緊張してしまったアーサーは、仲間達の声援も耳に入ってこなかった。


― ど…どうしよう。1年生なんかに負けたら、みんなに何て言われるか・・・ ―


 アーサーの心臓は早鐘のようにドクドクと彼の耳にまでその音を響き渡らせた。2回目のスタートはちゃんと「GO!」の合図で走り出したアーサーだったが、何とボードを持たずに走って行ってしまった。


「アーサー!ボード!ボード!」


 仲間の声にやっと我に返った彼は、慌ててパドルボードを取りに帰った。


「あんの・・・バカ!」


 2組目のテリーがハーディの横でぎりぎりと歯をかみ締めた。


 だが、バドルボードに乗ってからの彼は凄まじかった。まるで腕がパドル(サーフスキーで使うオール)になってしまったが如く、波を掻き分け2位のルーディに追いつくと、3つ目のブイの所で彼を追い抜かした。後250mもその調子を保ち続け、腰の深さまでやってくると、ボードを持ってジャッジの所まで5mの距離を走りぬける。


 新しいCチームの副リーダー、エリスは追いつかれまいと必死にボードを抱えると走り出した。アーサーもボードを抱える。


「行けぇ!アーサー!」

「突っ込めー!」


 さっき歯を噛み締めて怒っていたテリーも、拳を振り上げて彼を応援した。ゴールまで走り抜けたアーサーは、パドルボードと一緒にこけて砂浜に埋もれてしまった。残念ながら2位だったが、Aチームも他のチームも彼の健闘に拍手を送った。


― ま…負けちゃった・・・ ―

 砂に埋もれたまま、彼は思った。


― やっぱり僕なんか出なきゃ良かったんだ。そしたらこんな恥をかいたり、みんなに迷惑を掛けたりする事も無かったのに・・・ ―


 だが、涙目で顔を上げたアーサーは、目の前で微笑みながら手を差し出すテリーとハーディを見あげて、砂まみれの顔をほころばせた。



 2組目のテリーは、自分の横に立った人物を見て、非常に不利な立場に立たされたと思った。2メートル近い身長、鍛え上げられた肉体は、もはやプロのライフセーバーといってもおかしくはないだろう。Cチームのリーダー、ジーン・ハリスの登場であった。


 彼は2年生のテリーなど全く眼中には無く、同じく3年の潜水課、ジェイムズ・ケリーをちろっと横目で見ると、挑発するようにニヤリと笑った。


 身長だけならジーンに劣らないジェイムズも負けじと笑い返す。テリーは自分を無視してこの身体の大きな先輩達が睨み合っているのが、ものすごく気に入らなかった。


― このテリー様の実力を分かってないな ―


 彼はムッとして彼らを見た後、笛の音に耳を済ませた。


「レディ・・・」


 鋭い笛の音と共に、テリーはボードを持って猛然と海に向かって走り出した。


「テリー!」

「ジェイムズ!ジェイムズ!」

「ジーンせんぱーい!!」


 皆の声が水を掻き分ける音で聞こえない程だ。


「うおおおおおっ」


 ジーンは雄たけびを上げながら、まるでモーターボートのように波の上を滑っていく。


「負けるかぁぁぁ!!」


 テリーも叫ぶ。彼に追いつかれたジェイムスが更にスピードを上げた。


「くおぉぉぉぉ!」


 テリーは自分の腕がつってくるのを感じたが、それでも波を掻くのを止めなかった。ジャッジングまであと30m。ジーンのボードの後ろに付いた。


― このまま抜かしてやる! ― 


 テリーは筋肉のきしむ音を聞きながら歯を食いしばった。


「させるかぁ!」


 浜に着いたジーンはボードを振り上げジャッジングゲートに走りこんだ。そのすぐ後でテリーとジェイムスが走りこむ。


― 負けた・・・ ―


 ボードを持つ手から力が抜けていくのを感じながら、テリーはよろめいた。


「テリー!最後まで走れ!フィニッシュはここだ!」


 5m先のゴールでハーディが両手を握り締めて叫んでいる。


― ああ、そうだ。いつだって途中で諦めていたから僕はダメだったんだ ― 


 彼は腕の中から滑り落ちていくボードをもう一度掴んだ。息が切れる。腕が痛い。カッコ悪い。でも行かなきゃ・・・。彼はジェイムズに抜かされて、ふらつきながらも、ゴールを目指した。



 著名な政治家の息子で、いつだって世間に甘やかされて、誰もが彼に調子の良い事ばかり言ってくる。でも所詮次男で、まだ十代の彼に家での発言力なんて無かった。いつもテリーは偉そうに誰にでも命令口調で話す父や、その後継者で、これもまた市長選などに出ている兄に子供扱いされてきたのだ。


 僕には実力がある。本当の僕を見せてやる。そう思って入ったSLSは教官や、先輩、後輩の区別が厳しく、いつだって一番下の1年坊主だった。やっと2年になって、リーダー選出で我こそはと思っていたら、リー教官はアンディとミシェルを選んだ。 


― あいつらの何処に僕より実力があるっていうんだ? ― 


 ものすごく腹が立って、同室のジョン・ミッチェルに当り散らしたりもした。だが最近になってやっとアズ先輩の言っていた言葉の意味が分かってきた。


― リーダーは例え自分が危険だと分かっていても、俺達の前を走らなきゃならないんだ ―


 それは自己犠牲の精神だ。そんなもの、僕には在るはずもない。いつだって1番大切なのは自分なんだから・・・。ここはそんな小さくてつまらない僕の心を教えてくれた場所だ。だから、今度こそ最後まで、自分のことだけでもいい。やり遂げるんだ。どんな事でも・・・。



 やっとハーディの所に辿り着いた時、テリーの意識は朦朧としていた。自分の顔を見て崩れ落ちていく後輩を彼は受け止めると「良くやった。2位だぞ、テリー」と耳元で言った。周りから湧き上がる拍手の中、彼は悔しげにハーディの顔を見上げた。


「ハーディ先輩、勝ってください。勝ってください」

「まかせておけ。3年Aチームの一般課は凄いんだぞ」


 ハーディは、駆けつけた救護班に連れて行かれながらも「ハーディ先輩、勝ってください」と力の無い声で言いつづけているテリーの姿を見送りながら立ちあがった。


「仕方ないな。久しぶりに燃えるか・・・」


 3組目、Bチームは副リーダーのヘンリーを出してきた。手強い相手だ。Cチームは機動のチャック・ギブソン。どちらも一般の彼にとっては強敵である。



 ハーディは技術研修館で機関課の授業も取っているので、彼と共に学んでいる技術装備課の仲間が彼を応援する為に集まってきた。・・・と言っても機関課は、わずか5名なのだが・・・。彼等は他のチームの応援をしていたが、ハーディの時だけ裏切り者になるつもりらしい。


「ハーディ、頑張れよ!」

「これで1位になったらチェンジャー(機関長:機関部総責任者)も近いぞ!」


 それとこれとは訳が違うだろうが、浜にヘンリーやチャックと共に立ったハーディは、にまっと笑った。


「チェンジャーね。悪くないな」

「ほお?まさか一般のくせに俺達に勝てるつもりか?」


 機動のチャックが馬鹿にするように目を細めた。ヘンリーも鋭い瞳を向けている。


「一般、一般って・・・一般の助けがなけりゃあ、何も出来ないんじゃなかったかね?お2人さん」

「なにぃ?」


 彼の言葉はヘンリーとチャックの闘争心に火を点けた。2人は両側からギロリと彼を睨みつけると、笛の音と共にボードを掴みあげ、猛然と海に向かっていった。3人同時にボードに乗ると、波しぶきを上げ始めた。


「行け!ハーディ、ぶっ飛ばせぇっ!」


 一般の仲間の中からノースが拳を振り上げながら飛び上がった。いつも冷静なザックも「ヘンリー!負けたら承知せんぞぉ!」と叫んでいる。さっき勝ったジーンは余裕の表情だ。


 1つ目のブイに差し掛かったあたりで、チャックのボードが揺らいだ。


「くそおっ!」


 体制を立て直そうとしたが、そのまま海に飲み込まれた。


「ああー!」

 

 Cチームから溜息混じりの叫び声が上がった。チャックがひっくり返った時に起こった波で、あとの2人のボードも揺らいだ。


「ハーディ!」

「ヘンリー!持ちこたえろ!」


 AチームもBチームも全員立ち上がって250m先の海を見つめた。



 波間から黄色とグリーンのボードが見え隠れしている。ヘンリーが黄色のボードに、ハーディもグリーンのボードにちゃんと乗ったまま、2つ目のブイを目指していた。たちまちA、B両チームから歓声や口笛を吹き鳴らす音が響く。


 1つ目のブイから3つ目のブイを回るまで75mの距離がある。そして更にその後250mの直線距離をひたすら陸に向かって波を掻き続けるのだ。


 ヘンリーが2つ目のブイに差し掛かった時、ハーディはヘンリーのボードのすぐ後ろに居たが、彼の巻き起こす波に揺られて、ブイを超えたあたりから少しずつ遅れ始めた。


 後ろから迫っていた水音が少し遠ざかったので、ヘンリーは自分が独走態勢に入ったと感じた。彼はニヤッと笑うと、大きく息を吸い込みラストスパートに入った。


― このままぶっちぎってやる ―


 ヘンリーは遠くに見えるフィニッシュゲートとその先に待つ仲間が、必死に自分の為に手を振る姿を見つめた。


 あと、100m・・・・。


 しかしヘンリーはその時、後ろから鳴り響いてくる水音に気がついたのだ。自分が掻き立てる水の音より、はるかに早い音・・・。一瞬彼の周りから全ての音が消え、自分の左斜め後ろから近づいてくる緑の舳先と白いキャップだけが目に入った。


― くそっ、抜かさせるか! ―


 ヘンリーは再び腕を振り上げたが、彼はラストの250mを甘く見ていた事に気がついた。ラストスパートをかけるのが早すぎたのだ。


 反対に力の配分を考えながらやってきていたハーディは、後100mを期にラストスパートをかけた。猛然と波を掻き分ける腕が自分の横を通りすぎていくのを感じ、ヘンリーは叫び声を上げた。


「抜かさせるかぁぁっ!」


 ヘンリーには副リーダーとしての意地があった。何が何でもBチームに勝利をもたらせるのが自分の役目だ。


 サミーやザックは、頭が良くて回転も速い。ヘンリーはどうしたって頭脳は彼らには敵わなかったが、その分、体力と行動力でチームを導いてきた。


 だからこんなスポーツの祭典で、誰かに負ける事などあってはならないのだ。それも、機動でも潜水でもない一般の、特に目立った所の無い男なんかに・・・。


 ハーディのボードが彼のボードと並んだ時、ヘンリーはその最後の意地を懸けて、残りの50mを激走した。救助テントから彼らの様子を見ていたテリーは係員が止めるのも聞かず、飛び出していった。


「寝ている場合じゃないぞ!」


 テリーは砂浜を駆け下りゴールに立つと、まだ力の戻らない腕を振り上げ叫んだ。


「ハーディ先輩!!Get the highest score in the general section!(一般課で一番になれ!)」


 2人はほぼ同時に浜に到着すると、ボードを抱えて5m先のジャッジングゲートに向かって走り出した。彼らがゲートを越えると、ジャッジが一本の白旗をさっと揚げた。


― どっちだ? ―


 ヘンリーは立ち止まって振り返ったが、ハーディはわき目も振らずにゴールに向かっていった。


 白旗の文字を見てヘンリーが力を失ったように砂の上に崩れ落ちた。Aチームの仲間が走り寄って来る。テリーが涙を流しながらゲートの向こうで飛び上がった。ゴールを抜けたハーディを囲んで「ハーディ!ハーディ!ハーディ!」と賞賛の声をあげる仲間達。それだけでハーディは満足だった。




「見事だった」


 後ろから遅れてゴールを抜けてきたヘンリーが、右手を差し出した。


「君もな、ヘンリー」


 クールな青い目を細めてニヤッと笑った彼が妙にカッコ良く見えて、ヘンリーは“憎たらしい男だ”と思った。この時からハーディはヘンリーのライバルになったのである。








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