第17部 鉄人競技会 【1】
10月に入ると、時折大陸の空を渡ってやって来るスコール以外は晴天続きで、うだるような暑さからも少しは解放される。砂浜をウェーディングしながら要救助者を引き上げる訓練をしている訓練生を、校長室の窓から見下ろして、ウォルター・エダースはふと呟いた。
「訓練ばかりでは飽きてしまうだろうなぁ・・・。おお、そうだ。いい事を思いついたぞ・・・」
(ウェーディング:波打ち際を走る時や沖に向かって走る時、水の抵抗を少なくする為に腿をあげて内股で飛ぶように歩くこと。救助の際、すばやく行動する事が出来る)
10月といえば、新2年生にとって重大な決定がなされる時期である。いよいよ彼等の中からチームの中心的存在となるリーダーと、それを補佐する副リーダーが決定されるのだ。
リーダーが決定し、チームが安定するまで2年の教官達は皆、憂鬱な日々を送らなければならない。シェランのチームのように全員一致ですぐに決まったチームと違って、去年初めてそれを経験したクリスには、リーやハンス、ディックの心中は十分に察する事が出来た。
そしてそれは、チームのメンバーに選んでもらえてとても嬉しかったジュードや、逆にメンバーの猛反対に悩んでいたサミーにとっても思い出深い日々であった。
そんなジュードが談話室で、サミーと1年前のリーダー選出の思い出話に花を咲かせていると、アンディとミシェルが同じく2年Bチームのトーマス・ブライストンとシドニー・バーンズと共にやって来た。トーマスは潜水課、シドニーは機動課である。
4人とも何故か妙に緊張して、歩いているのか走っているのか良く分からないような歩き方で顔が真っ赤であった。心は早く走りたいのに、夢心地でふらふらしながら何とかここまでやって来た、という感じであった。それを見てジュードとサミーはピーンときてニヤッと笑い合った。
「ジュード先輩!き・・・決りました!」
「決ったんです!」
ジュードは笑いをこらえて真面目な顔で答えた。
「へえ、それで?アンディがリーダーで、ミシェルが副リーダーか?それともミシェルがリーダーなのかな?」
2人はポカンとした顔でジュードを見上げた。
「は、はい。僕がリーダーで、ミシェルが副リーダーですけど、あの、何で分かったんですか?」
ジュードはここぞとばかりに、かわいい後輩に対して用意した最高の誉め言葉を述べた。
「分かるさ。リー教官は正しい判断をする人だ。オレは必ずお前達が、こうやって知らせに来るって分かっていたよ」
アンディとミシェルはさっきの倍ほど真っ赤な顔になると、ジュードの胸に飛び込んでわーわー泣き始めた。
思えば1年前、ジュードもこうやってアラミスとテッドの所へサミーやマックスと共に報告に行ったのだった。さすがに胸に飛び込んで泣く事は無かったが・・・。
その時アラミスは、まるで自分の事のように嬉しそうな顔をして「おめでとう、ジュード。俺はお前がリーダーに選ばれるって信じてたよ」と言ったので、ジュードも泣きそうになったのは確かであった。
Aチームのあまりの盛り上がりにあっけに取られているトーマスとシドニーに、サミーはにこにこしながら問い掛けた。
「じゃあ、君達も選ばれたんだね?どっちがリーダー?」
「はい、僕がリーダーで、シドニーが副です。Cチームはカート・リーゼンスがリーダーでエリス・パーキーが副です」
「そうか。おめでとう、トーマス。リーダーは厳しいぞ。今の嬉しい気持ちなんか忘れてしまいたくなる時もある。だけど副リーダーと協力して頑張れば、きっと乗り越えられる。シドニー、しっかりリーダーを補佐してやってくれ」
「はいっ!」
サミーの前でぴしっと敬礼しているBチームの新リーダー達とは対照的に、ジュードに肩を叩かれながら涙を拭き取っている、ちょっと頼りない新リーダー達の誕生であった。
リーダーが決定し、2年の教官達がやっと重い肩の荷を降ろした頃、3学年全ての教官は、昼食を取った後すぐに校長室まで来るよう召集を掛けられた。
ウォルターが校長になって以来、全ての教官が集められたのは1度しかなかった。ジュード達が乗り越えた最終試験を行う是非を問う会議だったが、アダムス・ゲインやロビー、リー・ヤンセン等の反対をもろともせず、校長はその権限を行使して自分の計画を実行に移した。
― 今回も一体何を言い出すのやら・・・ ―
アダムスは憂鬱な気持ちで校長室のドアを開けた。校長室のデスクの前には、上等な皮で作られた焦げ茶色のソファーセットがあり、その更に向こう側の窓に面して、会議なども出来るように15人ほどが座れる会議用の円卓があった。
「失礼します」
アダムスがぐるりと校長室の中を見回すと、潜水課のディックとシェランが遅れているようで、他は皆、円卓に腰掛けていた。そしてウォルターはというと、じっと窓際に立って背中を向けたまま、大西洋を眺めていた。
アダムスから少し遅れてシェランとディックが「遅れて申し訳ありません」と言いながら、―この時アダムスは自分も遅れて到着したのも忘れて、2人を非難するような眼差しを送った― 校長室に入って、他の教官と同じように席に着いた。
しかし、全員が揃っても、校長はじっと海を見つめている。
― やはり何かあるな・・・ -
アダムスがムッとした顔で彼の背中を見た時、ウォルターがまるで独り言を呟くように海に向かったまましゃべり始めた。
「いい天気だなぁ・・・。暑さも少し和らいだような気もするし・・・。こういう時は何だね。訓練だけではなく、イベントのようなものがあってもいいと思わないかい?例えば、そう・・・、競技会なんかいいと思うなぁ・・・」
― 競技会・・・? ―
教官達はあっけに取られた様な顔で、ウォルターの背中を見つめた。
― 全く何を言い出すのかと思ったら、競技会だって・・・? ―
アダムスは益々ムッとした顔をしたが、シェランとクリスは嬉しそうに顔を見合わせた。
「競技会とは、つまり・・・鉄人レースのようなものですか?」
ニコニコして尋ねたケーリー・アイベックもどうやら賛成派らしい。
鉄人レース(アイアンマンレース)とはライフセービング競技の一つで、120、160、200メートル沖合いに設置したブイをスイム、パドルボード、サーフスキーでそれぞれ往復するものである。ライフセービング競技の中でも、最もハードな部類に入る競技であった。
「いやいや君達。ここに居るのは、全米から選りすぐったライフセーバーの卵達だよ。彼らの競技会で、たかだか鉄人レースだけを行うなんてもったいないじゃないか。やはりここは日頃の訓練の成果を見せて貰う為にも、ライフセービング競技、全てを行なって貰うというのはどうかね?」
この言葉には、さすがのシェランとクリスも顔を見合わせた。
ライフセービング競技は、浜と海で行なう競技が12種目、プールで行なうものが10種目あり、どれも体力、気力、精神力を使う大変な競技ばかりだ。その全てを一時にこなすのは、いくら鍛え上げている人間でもかなり無理がある。この競技を専門にしているプロでさえ、大抵はひとつの競技を専門にこなしているのだ。
「それはとてもいいアイディアだと思いますが、1人で22種目もの競技をこなすのは無理があると思いますが・・・」
どうやらロビーも同意見らしい。それを聞いてウォルターはやっと彼らの方を振り返った。
「もちろんそんな事をさせるつもりは無い。各チームからそれぞれの種目に対して代表を決め、競技に参加させるんだ。15人だから1人が2種目出場することもあるが、それくらいだったら我が校の生徒なら楽々こなせるだろう?」
ウォルターが円卓に座っている教官達の顔を見回すと、まだまだ不服そうな顔をしている教官の方が多かった。毎日の訓練だけでもくたくたなのに、この上何をやらせるんだ、という不満顔である。無論、ウォルターの掌中には反対意見など述べさせないだけの切り札があった。
「各学年のA、B、C三つのチームを合体させて3学年全員が入った連合チームを作るんだ。それぞれのチームに競技を競わせて、どのチームが一番になるかを競う。そうだな。優勝した連合チームには学校からのクリスマスプレゼントとして、教官共々クリスマス休暇にカリブ海一のリゾート、カリビアン・ドリーミィ・ワールドに一週間ご招待っていうのはどうだい?」
途端に教官達の目の色が変わったのを、ウォルターは見逃さなかった。
カリビアン・ドリーミィ・ワールドというのは、カリブ海のリーワード諸島にある島を丸ごと巨大なテーマ・パークとして一大リゾート島に造り上げたもので、老若男女全ての世代が楽しめるような施設になっている。ここに居る教官の中で行った者はほとんど居らず、ましてや家族が居る人間なら、自分の分がタダなら家族を連れて行きやすいというものだ。
「はっはっはっはっ、大変素晴らしい計画ですな。きっと生徒も喜ぶでしょう。普段訓練にばかり明け暮れて、楽しみも少ないですからなぁ」
そう言いつつ立ち上がったのは、意外にもアダムス・ゲインであった。一番うるさい男の口を封じてしまえば後は簡単である。ウォルターは1週間もかけて経理課の事務局長、ロナルド・コールマンを説得しただけはあったと思った。
「では、後の準備は君達に任せよう。3年生の教官を中心に、楽しいイベントになるよう頑張ってくれたまえ」
その日の午後、さっそく掲示板に張り出された競技会は、鉄人レースにちなんで『鉄人競技会』と命名され、SLS中の生徒達を歓喜に溢れさせた。ジーンはその日の放課後には、1、2、3年の全Cチームを集め、集会を行なった。
「おいっお前ら!勝つのはどのチームだー!?」
ジーンが拳を振り上げて叫ぶと、全員から「C!C!C!」というコールが上がった。
もちろんBチームも負けてはいない。“スマートな生き方こそ我が人生”という持論を持っているクリスはシェランと同じチームでないのは非常に残念だったが、彼女の前で無様な負け方などするわけにはいかなかった。
彼は天才の頭脳を目覚めさせたサミーと共に、絶対負けない人員配置を考え、どのチームよりも早く、誰がどの競技に参加するのかを決定し、それぞれに与えられた競技について徹底的に訓練をするように命じた。
もちろん潜水のアダムスや、機動のハンス・デリーも全面的にバックアップする予定である。
のんびり者の揃っている3年Aチームも訓練校中の盛り上がりに触発されないわけは無く、ジュードやマックスが中心になって、それぞれ得意な競技を申し出てもらい、人員を振り分けていった。
競技会の詳しい日程はまだ決まっていないが、どのチームも絶対優勝を狙っている為に普段よりも授業に熱が入るのは当然であり、授業中もそれぞれのチームがライバル心を剥き出しにして競い合った。
SLS訓練校は今や、訓練の時も食事も放課後も休日も、全て競技会一色に染まり、いつもは仲の良い違うチームの友人同士も、チームごとに別れて「勝つのは俺たちのチームだ」が合言葉になっていた。
「おっほっほっほっほ。嫌ですわ、たかだか遊園地に招待される位で大騒ぎして。どうせ勝つのはCチームですのに」
相変わらずのエリザベスの暴言にキャシーも負けてはいない。
「あらら?この間入学したばかりのひよっ子訓練生が、ピーピー何を言っているのかと思ったら・・・。勝つのはAチームに決まっているでしょう。ねぇ、テリー、ミルズ?」
「もちろんですとも、キャシー先輩。このテリーが居る限り、Aチームは絶対安泰です」
「ビーチフラッグの優勝決定の赤旗は、キャシー先輩に捧げましょう」
仲がいいのか悪いのか分からない彼らも、今回だけは一致団結しているようである。
一方教官達も、自分のチームの面目を懸けて、そして、カリビアン・ドリィーミィ・ワールド・リゾートへの切符を懸けて、一歩も引かない体制である。
何事にも熱くならず、表情も変えない リー・ヤンセンが、ドリーミィ・ワールドのシンボルである海賊船が表紙に載った雑誌を小脇に抱え、海賊のテーマ・ソングを口ずさみながら歩いている姿を見て、ケーリーとシェランは顔を見合わせてほくそ笑んだ。
「アダムス教官も随分張り切っているみたいよ。毎朝5時に起きて、生徒を訓練してるんですって」
「彼には特別可愛がっている孫が居るんだ。その子と一緒に行きたいのさ」
シェランはアダムスに孫が居るなんて知らなかった。そういえば彼も今年50歳になる。孫の1人や2人居てもおかしくは無いだろう。
彼のあの難しい顔も、孫の前ではきっと緩みっぱなしになるのかと思うと、シェランは少しだけアダムスに親しみを覚えるのだった。
「おいおい、シェラン。いくらゲインにかわいい孫が居るからって、同情して手を抜かないでくれよ」
ケーリーが心配そうに言った。どんな時でも一番の要になるのは3年の教官なのだ。
「嫌だわ、ケーリー。私がみんなをがっかりさせる様な事をすると思う?」
にっこり笑ってシェランがジャケットのポケットから取り出したのは、“カリビアン・ドリーミィ・ワールド・リゾートへの旅”と書かれたパンフレットだった。
1週間も経つ頃には、誰がどの競技に出場するのかほとんど決定し、教官達も普通に授業を行ないながらも、自分のチームの生徒には感情移入してしまっているようだ。アダムスなどは全く悪びれることなく、徹底的にBチームだけを鍛え上げた。
そして、新しい週の始めには、やっと競技会の日程が決まり、再び食堂前の掲示板の前は生徒の山で埋め尽くされた。
「11月1日だって、あと2週間だ!」
「よーし、勝つぞー!」
あちこちで色々な声が上がった。
競技会の日程の下には、競技の規定が記されていた。まず、各競技について3名の選手を選ぶこと。そしてそれぞれの競技の重軽度に応じてポイントが定められていた。
例えばCPR(心肺蘇生法)コンテスト等のあまり体力を使わない ―実際の現場では1時間以上もCPRを続けることもあり体力も必要だが、競技では2人1組でレサシアン(心肺蘇生訓練用人形)に人工呼吸と心臓マッサージを行い、3分間でどれだけ正確に出来たかを審査する― 競技は3ポイント。
プールで行なう50mマネキンレスキュー(25mを自由形で泳ぎ、後の25mをライフセービング用マネキンを抱えて泳ぐ)などは5ポイント。反対に高得点はラン・スイム・ランの15ポイント。一番厳しいアイアンマンレース(鉄人レース)は20ポイントである。
これを見て、各自一種目の競技しか定めてなかったチームは、もう一度人選をやり直すことになった。22種目に3人参加するということは、1人1種目以上出なければならない人間が出てくるのだ。特に点数の高い競技には、信頼性のある人選をしないと、いくら前半でよい点数を取っていても、いきなり逆転負けを喫することもある。
その日の夕方、3年のAチームは談話室に集まり、新しくリーダーと副リーダーになったアンディとミシェルを交えて『競技会必勝ミーティング』を開いた。
「とりあえず10ポイント以上は見直しだな」
マックスがメンバーの名前と競技を定めた表を、難しい顔で見ながら言った。
「10ポイントはパドルボードレース(パドルボードで250m沖の3つのブイを回って帰る)、サーフスキーレース(サーフスキーで300m沖の3つのブイをパドルを漕いで回りゴールする)、ビーチフラッグスとビーチリレー、リレーはもう4人決まってるからいいか。
15ポイントがラン・スイム・ラン、2Kmビーチラン(海岸で500mのコースを2往復する)、プールの200m自由形障害物レース、そして20ポイントのアイアンマンレースか。こいつが一番問題だな」
ジェイミーがノートに競技名とポイントを書き込みながら言った。
とりあえずもう一度立候補を募っている時間など無いので、3年生がこれと思う人間を選んでいこうという事になり、10ポイントと15ポイントの人選はすぐに決まった。
しかし、アイアンマンレースだけは最後まで決まらず揉めた。これで負けたら後は無い。余りにも責任が重いということで、1年も2年もポイントが発表された時点で全員が辞退してきていたのだ。
「アズは最初っから決まってるからいいな。Cチームはたぶん身体の大きなジーンとエネミー・テスかな?・・・と来れば、Bチームはヘンリーとジャン・ホールデンあたりだな。という事で、オレ達も出来るだけ体格のいい・・・」
ジュードが目に付いた体格のいいネルソンの顔を見ると、彼はいきなり目を逸らした。
「俺はもうタップリンリレーとレスキューチューブに出るからダメだぞ」
仕方がないので彼の次に体格のいいダグラスを見ると、彼は大きな白い前歯を突き出してニッと笑った。
「ジュード。わかってると思うけど、俺は一般だ。50mマネキンレスキューとビーチフラッグだけでも結構負担なんだがな」
普段一般課に「一般のくせに」なんて事を言うと大喧嘩になるのだが、こういう時には一般課という事を彼等は武器にする。だがジュードは確かにそうかもしれない、と思った。彼には以前ビーチフラッグで優勝した経験があるから、これには絶対出てもらわなければならないし、無理は言えなかった。
「しょうがないなぁ。じゃあ、あと1人は・・・」
「何であと1人なんだ?2人だろ?」
ジェイミーが不思議そうに聞いたが、ジュードは当たり前のように答えた。
「だってAチームには、マックスっていう一番体格のいい男が居るじゃないか」
「はああ?」
突然自分の名前を出されて、マックスは驚いて立ち上がった。
「何言ってんだ、お前は!俺は体格はいいが、この中で一番年寄りなんだぞ!こんな競技は若者が出るべきだ!ジュード、お前行け!それからアンディ!お前だ。リーダーになったんだからチームの奴らにいい所を見せろ。以上。これで決定だ!」
マックスは驚き顔のジュードと、口をパクパク動かす事しか出来ないアンディに命令を下した。
この時点でジュードは2Kmビーチラン(とても疲れる)、ラン・スイム・ラン(ものすごく疲れる)、アイアンマンレース(とんでもなく疲れる)の合わせて3種目、合計ポイント50のレースに参加することになった。
やっと全てのメンバーが決まったところに、1年Aチームのメンバーが全員揃ってやってきた。彼らは口々に「聞いてください、先輩!」「あまりにも酷いんですよ!」と訴えると、潜水課のジュンとハロルドを中心に話し始めた。
「アダムスの奴、授業中だというのにBチームの奴ばっかり優遇するんです」
「ケーリー教官やライル教官は普通にしてるっていうのに、あんまりじゃありませんか?」
ジュード達はあのアダムスの事だから、有り得ない話ではないだろうと思った。
「あいつ、孫が居るものだから、その子と一緒に何が何でもドリーミィ・ワールドに行きたいんですよ」
「あの顔で抱っこしたら、いくら孫でも怖がって泣き出すよな」
機動課の1年までもが言い始めたので、ジュードはちょっと顔をしかめた。みんなで競い合うのはいい事だが、アダムスのように私情を挟むのも、訓練生達が妙にいがみ合うのも、ジュードは余りいい事だとは思えなかった。
「確かにえこひいきするのは良くないが、だからといって教官の悪口を言うのはどうかと思うぞ?」
3年の先輩に咎められて、1年生はしゅんとした顔で下を向いた。
「だがジュード、こいつらだってかわいそうだろ?勝ちたいと思ってるのは皆一緒なのに、訓練中にモロ無視されたりしたらさ」
ピートが後輩を庇って言った。
「うん。その通りだ。だからオレ達もえこひいきをしよう」
ジュードの言葉に1年生は皆、訳のわからない顔で彼を見つめた。
「今日から連合Aチーム全員で特訓だ!朝も、昼も、放課後も、もちろん休憩時間もないぞ。お前等、付いて来れるか!」
彼が呼びかけると、1年生達は元気一杯に拳を振り上げた。
「おおーっっ!!」
「マジか?休憩時間も無しなのか?」
ブレードが呟くと、マックスが答えた。
「あいつがそう言うんだからマジだろうな・・・」
3年生達はちょっと引きつった笑いを浮かべて「勝利はわがAチームにあり!」「Aチーム!Aチーム!」と叫んで盛り上がっている、ジュードと1年生を見ていた。
―言った言葉は必ず実行する― を持論に掲げるジュードは、本当にその日、その時から猛特訓を始めた。
彼はまず新リーダーになったアンディと副のミシェルに、2年生全員に水着で浜に集合するように伝えさせた。彼等が集合するまでの間に、3年生はライフセービング競技に使用される備品の持ち出し許可や訓練内容などを記した書類を整え、シェランに提出。全ての準備を整えた。
そろそろ薄暗くなってきた浜辺に、闘志をたぎらせた1年生と、何が何だか分からない顔をしている2年生が、これも又気合の入った顔の3年生の前に集合した。
「ただ今より鉄人競技会に向けて、猛特訓を始める!言っておくがこれは本日だけではない。朝は5時、昼は食事後直ぐ、放課後、それぞれの授業の合間の休憩時間にも行うものだ!ついて来られないと思うものは今の内に申し出てくれ。居ないな?よし、お前等、このSLS訓練校で最強のチームと呼ばれたいかぁー!!」
“申し出てくれ”と“居ないな”の間があまりにも短くて ―無理です― と答えられなかったテリーやミルズ他数名は「おおーっ!」「呼ばれるぞー!」と叫んでいる1年生の白熱ぶりに思わず右手を振り上げた。
「カリビアン・ドリーミィ・ワールドに無料で行きたいかぁー!」
「おおーっ!!」
ジュードにとってはこの“無料”というのが非常に重要であった。
特訓の報告を受けたシェランは、次の日の朝からそれに加わっていた。ラン・スイム・ランは海岸を200メートル走り、120メートル沖にある9つのブイを泳いで回り、再び海岸を200メートル走るという、一見単純に見える競技だが、実は皆がもっともきつい競技と口を揃えて云う種目である。
昼一番からその競技の選手に選ばれた1年と2年の機動課、アントニー・カーンズとカート・ウェザリーは、時間のある限りジュードとシェランにその競技と同じ距離を走り、泳がされた。
「ジュ、ジュード・・・せんふぁい。も、もう・・・むりですぅ」
アントニーはもう歯の根も噛み合っていなかった。
「大丈夫だ、アントニー。転んだらオレが背負ってやるからな!」
(この後、本当にアントニーは力尽きたように倒れた)
カートもさっきの授業で、散々ハンス・デリーに浜辺を走り回らされた後だったので、もう限界だった。
「シェ・・・ラン教官、休憩・・・しませんか?」
息も絶え絶えに彼は懇願したが、シェランは元気一杯の笑顔で彼の背中を叩いた。
「何言ってるの。さあ!もう2往復するわよ!」
「に・・・におーふく?」
シェランが命令だけをしているのなら文句のひとつも言ってやれるのだが、彼女は潜水の授業からやって来たドライスーツのまま彼らと共に走っていたので、カートは内心「鬼教官!」とは叫んでいたが、逆らえなかった。
「レスキューチューブ!行くぞー!」
ネルソンが叫ぶと、1年のサンディ・ローマイヤーと2年のディッキー・コーン、同じく2年のカーティ・アズリードがレスキューチューブを持ったネルソンの側に走り寄った。
サンディは溺者として120m沖のブイで待機し、救助者のネルソンが浜側20m先に置かれたフィンとレスキューチューブを取り、溺者役まで泳ぐ。浜に居るアシスタント2名(ディッキーとカーティ)に合図を出した後、レスキューチューブで溺者を引き上げ、波打ち際まで戻り、アシスタントに溺者を引き継ぎ救助するのだ。
溺者をどのタイミングで引き継ぐかがポイントで、救助してきた溺者を連れて波打ち際を走る姿が、なかなか豪快な競技である。
エバはサムと一緒にCPRコンテストに出場する。これにはもう一組参加しなければならないので、1年の一般であるトーマス・ペインとスチュワート・ハリスが、なぜか参加する訳でもないのに来ているキーキー声のキャシーと、迫力満点のエバにしごかれていた。
「いい?時間は3分間よ!その間にどれだけ正確に出来たかを競うんだからね!」
「3分間、絶対気を抜くな!集中だ、集中!」
ビーチリレーやビーチスプリント、2Kmビーチランに参加する選手はそんな彼らの後ろでひたすら走り回っていた。まるでビーチフラッグに参加したように、足だけでなく頭の先まで砂まみれであった。くたくたになって、濡れた砂に足を取られて転ぶのである。止まったり倒れたりすると、たちまちケーリーの厳しい怒号が飛んできた。
「止まるんじゃないっ、走れ、走れ、走れーっ!!」
ビーチフラッグの選手、ダグラスとミルズ、1年のリディ・キングは、いつのまにかやって来ているリー・ヤンセンの吹く鋭い笛の音に何度も砂の上にうつ伏せの状態から瞬発的に立ちあがる訓練をさせられ、体中どころか耳の中まで砂まみれで、誰なのかさえ判らなかった。
「うっしゃああっ!アイアンマンレースだぁっ!」
ジュードの叫び声でビーチスプリント(海岸で90m走る)にも出場するアンディが、ひたすら走っていた軍団の中から飛び出てきた。
「うおおおおっ!行くぞ!アズ、アンディ!」
「はいっ!!」
2人は浜に置いてあったパドルボードを脇に抱えると、海に向かって突進していった。
それを見たアントニーとカートは、やっと開放されたようにその場に倒れこみ、アズは「やれやれ、熱血青春少年が又一人増えたな」と呟きつつ、パドルボードを拾い上げた。
真っ黒に日焼けした水着軍団が白い砂浜を走り回っている姿を校長室の窓から眺めながら、ウォルターはニヤッと笑って満足げに呟いた。
「ふーむ。やはり私の計画に狂いは無かった。若者が一致団結して頑張る姿は素晴らしい。11月1日が楽しみだなぁ・・・」