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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第16部 新入生 【8】

 日曜日に向けてエバとキャシーに余念はなかった。もうシェランにあの映像を見られてしまったのだから、ジュードにリズとデートする義務はなかったが、何としても日曜日は行ってもらわなければならない。


 キャシーが今回の一件をジュードに謝りに行くと、彼は「もういいよ」とすぐ許してくれた。もちろんシェランと仲直りできたジュードがすぐに許してくれるのは分かっていた。



「ホントにごめんね、ジュード。リズは何も知らないし、せっかく楽しみにしているのをこちらの都合で断るのも可哀相だけど、しょうがないわね。ジュードはもともと行きたくなかったんだもの」


 そんな風にしおらしく言われると、確かに悪い事をしているような気がしてきた。


― リズには辛い時、励ましてもらったしなぁ・・・・ ―



「分かったよ。今度の日曜日は約束だから行くよ」

「え?いいの?」


 キャシーはいかにも申し訳なさそうに言った。


「ちょっとマイアミを案内して、適当に夕食でも食べて帰ってきたらいいだろ?暗くなるまでには女子寮に送るから」


「ありがとう、ジュード。私の大切な後輩なの。頼むわね」


 嬉しそうに手を振って帰っていくキャシーを見て、ジュードは不思議な気持ちだった。


「ついこの間まで毛嫌いしていたくせに、今度は私の大切な後輩なの、だもんな。やっぱり女の子は良く分からないよ」




 キャシーが女子寮に戻って暫くすると、エバが疲れた様子で帰ってきた。


「教官の家の庭ってなんて広いの?何処からどこまでが庭なのか、さっぱり分からないわ」

「多分全部よ。東側のビーチもプライベートビーチですもの」


「すごい!大豪邸ね。まあSLSにはショーン(ハリウッド映画の制作会社社長の息子)とかヘンリー(各国に支社を持つ大会社の社長の息子)とかサミー(空軍将軍の息子)とか訳わかんないのが一杯居るけどね。そういえばリズの親も外交官だったっけ・・・」


 そう言うエバの実家も初めて夏休みに行った時、凄いと思ったものだ。サンフランシスコの高台に建つ家には、大きなプールとジャグジー付きの風呂が2つもあり、キャシーが泊めてもらった客間はまるで高級ホテルだった。


 聞けば、エバの父は弁護士で母は裁判官、6歳上の兄は検察官という、なんとも凄い法律一家なのだ。そんな家でエバのような自由奔放な娘が良く育ったものだとキャシーは驚いた。



「で、どうなの?ちゃんと全部にいてくれた?強力成長剤」

 キャシーは誰も居ないのに声をひそめた。


「もちろん全部にね。2日もすれば効果が出るわ。何たってひまわりが3倍の大きさに成長するんですもの」


 エバの言葉にキャシーはニヤッと笑って頷くと、ベッドの端にゆっくり座って足を組んだ。


「さて、彼に選んでいただきましょうか。リズか教官か、どちらかを・・・・・」





― 日曜日 ―


 シェランはその日の朝から気分が悪かった。休みの日なのに妙に朝早くから目が覚めるし、そういえば夢の中で、抜いても抜いても雑草がはびこり、その内その雑草に押しつぶされて息が出来なくなるという、不気味な夢を見た。おかげで息苦しくて、朝早くに目が覚めてしまったのだ。


 もう一度寝なおそうかとも思ったが、又さっきのような夢を見そうなので、ベッドの上に座りなおした。


 何故こんなに気分が悪いのか、どうして寝つきが悪いのかも全部分かっていた。今日はジュードがリズとマイアミでデートする日なのだ。そう考えただけで胸がムカムカして吐きそうになる。


「嫌な私・・・・」


 シェランは薄暗い部屋の中で呟いた。生徒に対してこんなやきもちを焼くなんてどうかしている。でも胸の中が悲しみで一杯になるのは、どうしても止められなかった。



 以前一度、ジュードとマイアミに行った事がある。あれはチームのみんなへのプレゼントを一緒に選んでもらった時だった。ソーグラズミルズで聞いた震えるような太鼓の音は今でも耳に残っている。それから可愛いエンペラーペンギンの赤ちゃん、生まれて始めて触れたペンギンの羽毛・・・・。


 シェランはベッドの上に置いた2羽のペンギンのぬいぐるみを一緒に抱きしめた。お金がないのにジュードは買ってくれたのだ。私が気に入ってたからって・・・・。


 でもジュードはもう決心しているに違いない。今日彼はリズに付き合ってくれとはっきり言うだろう。彼はそういう人だ。そしてリズも嬉しそうにデートの話をしていたから、彼の事が好きなんだろうな・・・・。



 シェランは元気を全て吸い尽くされたように、生気のない顔で立ち上がった。ドレッサーの上に置いたジュードへのプレゼントを寂しそうな顔で拾い上げると、それを持ってリビングの方へ歩いて行った。



 広いリビングを通り抜けると、ガラスとステンレスで構成された近代的なキッチンがある。シェランはキッチンを取り囲むガラスのカウンターの上に、彼の為に買ったプレゼントを置いたが、ふと嫌な感じがして窓を振り返った。


「な・・・何なの?これは・・・・」


 いつもなら丘の上に建つこの家のリビングからは、明るい太陽に照らし出された美しい大西洋が窓一面に広がっているはずだ。だが今目に映っているのは、まるでリビングの窓を覆い尽くさんばかりに茂っている雑草だった。


「信じられない。この間、業者の人に来てもらったところなのに・・・・」


 シェランが窓を開けて外に出て見ると、あちこちで成長した雑草が生い茂っている。暫く忙しくて帰ってくるのがいつも夜中だった為、外の様子まで気が付かなかったのだ。シェランはムッとした顔をすると、部屋に戻って服を着替え始めた。このムカムカする気持ちを、あの憎たらしい雑草にぶつけてやろうと思ったのだ。



 彼女は地下室から父しか使った事のない、大きな草刈機を持って出てくると、燃料を入れ庭へまわった。使った事がなかったので、なかなかエンジンをかける事が出来ず、動き出すまでに随分時間が掛かってしまった。それでも何とかブルルルルッと草刈機がうなり始めたので、重い機械を持ち上げ、強力栄養剤を貰って元気一杯、ムキムキと成長した草の根元にギザギザの回転する刃を押し当てた。


 途端にガラガラッと凄まじい音がして、木っ端微塵になった草の欠片がシェランの顔に直撃してきた。


「きゃあっ!」


 彼女はびっくりして引っくり返り、草刈機はぐるぐる回転しながら草の生い茂る中へ突っ込んでいった。痛いと思ったら、顔や首筋、腕などにもたくさん怪我をしていて血も出ている。顔に流れる血をぬぐってそれを見た途端、急に悲しくなって泣きそうになってしまったが、ぎゅっと唇を噛み締め立ち上がった。


「何よ、こんな傷。海に潜ればすぐに治っちゃうわ」


 シェランは強がりを言うと、草刈機を拾いに行った。それは草の生い茂っている中で、ブルンブルンとあたりに響き渡る音を発しながらその場に留まっていた。とりあえずエンジンを止め、シェランはもう一度家に戻った。そういえば父が草刈をする時はいつも透明の眼鏡をかけて、完全武装でやっていたのを思い出した。



 地下室に降りて防具めがねを探したが見つからなかったので、潜る時に使うマスクと水中眼鏡を顔に付けた。幸いこの間ジュードと寒いオレゴンに行った時に買った防寒着が沢山あったので、少し薄手の物を着込み、手には軍手をはめた。


「よぉーし。再開よ!」


 再び草刈機のエンジンを回し、草を刈り始めた。今度は何が飛んできても大丈夫だ。



 慣れてくると結構気分の良いもので、シェランは時間が経つのも忘れて、楽しそうに草刈の刃を振り回した。しかし、1時間も経たないうちに草刈機の音はだんだん元気を失っていった。燃料が切れてしまったのである。草刈機の燃料は車のガソリンとは違うという事だけは知っていたので、車から取るわけにもいかなかった。


「それならそれで・・・・」


 シェランは何が何でもこのジャングルになってしまった庭を元に戻すつもりであった。そうしていれば、この嫌な日曜日がいつの間にか終わってしまうだろう。ジュードとリズが2人で何処に行ったんだろうとか、何をしゃべっているんだろうとか考えずに済むのだ。



 次にシェランは地下室から50センチほどの長い柄の付いた枝切りバサミを持ってくると、雑草の根元から刈る為に、しゃがんでジャキジャキやり始めた。これは非常に疲れる作業であった。明日にはきっと身体中の筋肉が悲鳴を上げるかも知れないが、そんな事は今のシェランにはどうでも良かった。





「やってる、やってる・・・・」


 顔に双眼鏡を当てながら、エバはシェランの家の庭をのぞき見て呟いた。


「さすがキャシーね。教官の事は全部分かっちゃってるんだから」


 

 火曜日に全ての犯人がリズだと知ったキャシーは計画を練り直した。まずシェランに、自分達があの映像を撮る為にやってしまった事を知られずに、ジュードへの誤解を解いてもらうこと。これは水曜の夕方には全面解決した。


 リズがなぜ執拗なまでにジュードとデートしたがるのか、本当の狙いを知ること。もしそれがジュードと付き合いたいと言う単純な理由だけなら、徹底的に卒業まで邪魔してやると心から誓った。


 どんなに好きな人を手に入れたいからと言っても、やっていい事と悪い事がある。キャシーはあの映像をシェランに見せて彼女を傷つけた事だけは絶対に許せなかった。




 昼の12時を回る頃、シェランはやっとリビングの周りだけ刈り取りを終わった。しかし、彼女の広い庭からすれば、それはほんの一部に過ぎなかったが・・・・。


「はあぁぁぁぁ~・・・・」


 シェランは長い溜息を付き、我が物顔に生い茂った草を見つめた。もう既に腰や太ももにひどい負担がかかっているのが分かる。益々高く上がってきた太陽は、じりじりとシェランの頭の上から熱い光線を浴びせかけ、長袖のシャツの下から汗がじわじわと噴出していた。


「なんのこれしき!負けるもんですか!」


 シェランは自分を震え立たせると、既に力を失っている両腕で刈り取った草をまとめ上げ、さっきより更に重みを増した枝切りバサミを再び手に取った。


― ジャキッ! ―


 はさみを入れて草が倒れるごとに、自分の中の嫌な自分が消えていくような気がする。


「これでいいんだわ・・・・」

 シェランは自分の心に言い聞かせた。


 オレゴンでジュードの過去をキッグスから聞いた時、誓ったではないか。私はやり直す為に教官になったのだ。だから最後まで教官として生きよう。彼を最高のライフセーバーに育て上げ、教官として彼の卒業を見送るのだと・・・・。


― ジャキッ! ―


 彼が誰と付き合おうと、誰を好きになろうと関係ない。私は彼の教官なのだ。シェランは額に流れ落ちてくる汗を袖口で拭きながら、太陽を見上げた。


「これでいいのよ・・・・・」





 午後1時10分前に、ジュードは約束通り、警備員室の前でリズを待っていた。やはり10分前に来るのが礼儀だろう。リズも5分前には姿を現した。


「ジュード先輩、今日はありがとうございます」


 にっこり笑ってリズが言った。彼女自慢の巻き髪も、今日は特別丁寧に巻き上げられている。


「どこか行きたい所はある?」


 ジュードの問いに、リズは首を振って「ジュード先輩となら何処でもいいです」と答えた。


「じゃ、とりあえずダウンタウンの方へ行ってみようか」

「はい」


 2人は揃って訓練校を出て行った。いつもは潮風のさわやかな海岸通りが今日はやけに蒸し暑かった。ジュードは車を持ってきていないので、ここから大通りまで出て、そこからバスに乗りマイアミへ向かうのだ。






 もう1時を回った頃だろうか・・・。


 シェランはぼうっとした頭で考えた。のどがカラカラで気分が悪い。その時やっと朝から食事どころか、水分も摂らずに草刈に夢中になっていた事を思い出した。少し休もうと思って立ち上がった時だった。急に吐き気とめまいが襲ってきて、その場に座り込んだ。


― いけない、このままじゃ・・・・ ―


 意識が遠のきそうな危険を感知して、何とかはいずるように家の影までやって来た。壁にもたれてゆっくりと深呼吸したが、どうも力が出ないので、しばらく座っている事にした。


「熱い・・・な・・・・」


 ぼうっとする目でシェランは太陽を見上げた。ふっと意識が遠のく中で、夕日の中、見詰め合って座っているリズとジュードの姿が目に浮かんだ。


「ジュ・・・ド・・・」


 その後、シェランは自分の周りが全て真っ白な光に覆われた気がしたまま眠るように意識を失った。





「まずい・・・まずいわ!」


 ハラハラしながら、シェランの様子を見守っていたエバは慌てて携帯を取り出した。


「キャシー!緊急事態よ!」


 



 バス停に向かう道すがら、ジュードとリズは自分の出身地の話をして盛り上がっていた。


「へえ。リズはバージニア州なのか。あそこには世界最大のノーフォーク海軍基地があるだろう?」

「はい。基地は外側からしか見た事ないですけど、アナポリス海軍兵学校なら見に行きましたわ。あそこは誰でも見学させてもらえるんですよ」


 海軍と言えば、まんざら知り合いが居ないわけでは無い。ジュードが何度も会った事のあるSEALの隊員達もアナポリスの出身なのだ。


「中はどんな様子?訓練とかは見せてもらえるのかい?」


 ジュードは興味津々で聞いた。海軍と関わりあうのはシェランやチームの為には、なるべく避けた方がいいと思っているが、興味があるのは仕方がないだろう。


「いえ。訓練は見れなかったんです。いわゆるキャンパスとか、建物の中とか・・・・。とても整然としていましたわ。そうそう。寮なんかも見学させてもらえるんですよ」

「寮って、男子寮?」


 ジュードは驚いたように聞いた。自分の部屋を観光客に公開されるなんて、余り気分のいいものでは無い気がしたからだ。


「ええ、男子寮ですわ。でもたぶん使用していない部屋じゃないかしら。観光客用というか・・・。ここもとてもきれいですけど、狭いですわね。SLSの女子寮の方が余程広いですわ。ジュード先輩の部屋も広いでしょう?」


「うん。2人部屋だけど、充分余裕があるなぁ。オレの実家の部屋より広いよ」

「まあ。ジュード先輩ったら、冗談ばっかり・・・」


 リズは楽しそうに笑ったが、冗談ではなく本当に広いのだが・・・・。


 話の区切りが付いた頃、2人はバス停に到着した。暫く待っていると、道路の向こう側からバスがやって来た。目の前にドアの入り口を向けて止まったバスに、ジュードはリズを先に乗せようと手を差し出した。


「ジュード!!」


 高く響き渡る声・・・・。キャシーだ。


― また何を言いに来たんだ? ―


 ジュードが振り返ると、涙を一杯にためたキャシーが青い顔をして息を切らしながら走ってきた。


「ジュード、お、お願い。教官の家に、今すぐ行って!お願いよ!」

「シェランがどうかしたのか?」


 ジュードはすぐさま尋ねた。


「教官、朝からずっと庭で草刈りをやってたの。休憩も取らずに・・・。どうしよう、ジュード。教官、意識が無いみたいなの。熱中症かも・・・・」


 ジュードは黙ったまま、すぐに後ろを向いて歩き出した。


「ジュード先輩!」

 リズが叫んだ。


「ごめん、リズ。オレは行かないと・・・・」

 そのまま行こうとするジュードに、リズは再び叫んだ。


「嘘かもしれませんわ!」

 ジュードは立ち止まって振り返った。


「この間も騙されたんでしょう?エバ先輩とキャシー先輩に。又きっと嘘ですわ。先輩は私との約束より、キャシー先輩の嘘を信じるんですか?」


 ジュードはキャシーを見つめた。彼女は泣きながらジュードを見て、何度も首を横に振った。


「リズ。オレの仲間は、人の命に関わる事に関して嘘は言わない。キャシー、後は頼んだぞ」

「うん・・・・!」

 

 涙をボトボトこぼしながらキャシーが頷くと、ジュードは走り出した。彼がタクシーを拾って乗り込むのを見送った後、何処からかエバの笑い声が聞こえてきた。


「あたし達が連れて行ってあげるわよ、リズ。マイアミならあたし達の方が詳しいもの」


 リズはエバをギロッと一睨みすると、バスの入り口から降りてきた。バスが排ガスを吐き出しながら通り過ぎた後、腰に手を当てたリズがエバとキャシーに向かい合って立っていた。


「結構ですわ。マイアミなんて、ちっとも興味がありませんもの」

「そう。やっぱりジュードが狙いだったんだ。でも残念だったわね。ジュードは教官を選んだわよ」


 エバが勝ち誇ったように言ったが、リズは“だからどうしたの?”と言わんばかりに、くるくるの巻き髪に指を通しながら答えた。


「当たり前ですわ。もしシェラン教官を見捨てたりしたら、今度は私がジュード先輩をぶん殴っておりましたもの」

「え?」

 

 リズの意外な答えに、エバとキャシーは同時に声を上げた。


「まだ分かりませんの?お姉さま方。よくそれでSLSの最終試験を通り抜けられましたこと」

「お、お姉さま方・・・・?」






 シェランの家の前でタクシーを飛び降りると、ジュードは庭へまわった。


「なんだ?これは・・・・」


 あちこちに不気味に広がる雑草を見てジュードは目を丸くした。雑草を掻き分けながら進んで行くと、リビングの辺りだけがきれいに草が刈り取られ、家の壁にもたれるようにしてシェランが座り込んでいた。


「シェラン!」


 走り寄って呼びかけたが、彼女は目を閉じたまま荒い息を繰り返している。身体中から冷たい汗が流れ落ちていた。すぐに脈を取り、顎を上げた。顔色が無く、唇がわずかにしびれている。軽い熱中症の症状だ。


 ジュードはすぐにシェランを抱きかかえると、開け放されたままのリビングのガラスドアから中へ入り、彼女を3人がけのソファーに寝かせ、上着を脱がせた。それからキッチンに飛び込み、冷蔵庫に保管されている保冷剤を全て取り出し、近くにあったタオルに一つずつ包んで、それをシェランの頚部、脇の下、大腿の付け根部分などにあてがった。



 なんだか凄く気持ちがいいなぁ・・・・・。


 そう思いつつシェランが目を覚ますと、ジュードが携帯で救急車を呼ぼうとしているところだった。


「ジュード?」

「シェラン。気が付いたか?」





 その頃バス停では、エバとキャシーが訳の分からない顔をしてリズを見つめていた。


「全くAチームの皆さんって、どうして私の邪魔ばかりなさるのかしら。嫌になってしまいますわね」


 リズは嫌味たっぷりの瞳で2人の先輩を見つめた。


「この私が本当にジュード先輩を好きだとでも思ったんですか?」



 その言葉に、ショーンの言う通り、リズには何か他に目的があったんだとキャシーは思った。だが、その目的を知るためにシェランを危険な目に遭わせてしまった事を、キャシーはとても後悔していた。まさかシェランが全く食事もせずに草刈に夢中になるとは思っていなかったのだ。


 ジュードとリズが待ち合わせをする頃には彼女が疲れてくるだろうから、そこでさっきジュードに言ったような事を言うつもりだった。それがまさか現実になるなんて・・・・。


 シェランの事は気になったが、ジュードが行ってくれたのだ。絶対大丈夫だとキャシーは心に言い聞かせた。



「じゃあ、リズ。あなたの本当の目的をそろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

「私の目的?そんなものは最初から決まってますわ。その為に私はここへ来たんですもの」


 リズはニヤッと笑うと、遠い目をして青く澄んだフロリダの空を見上げた。


「入校式の日、私はずっと捜し求めていたものにやっと出会ったのですわ。せっかくあの方に会うために面倒くさいSLSの入学試験の数々を乗り越えて来たというのに、肝心のあの方だけが会場に来ていらっしゃらないじゃなりませんか。私はずっと探し回っておりましたのよ。そうしたら突然ぶつかって・・・出会ってしまったのです。あの方に・・・・」


 エバとキャシーはやっぱり訳の分からない顔をした。入校式に来ていなかった(遅刻した)人はリズを除いては彼女しか居ない。


「まさか・・・・あんた。シェラン教官の為だったって言うの?今までのこと、全部・・・・?」


 キャシーにはリズの言っている事がさっぱり理解できなかった。自分もシェランを追ってここまでやってきたが、だからこそシェランを傷付けるようなマネだけは絶対にしたくない。だがリズが起こした事件は全て、シェランを徹底的に傷付ける行為だった。



「本当にジュード先輩といい、お姉さま方といい、困ったものですわね。私が夜遅く残業していらっしゃるシェラン教官の元へ行こうとすると、バイトで遅くなったジュード先輩に見咎められるし、どうやらジュード先輩が最大のライバルのようなので、消防艇に誘い込んで私を襲ってもらったら、教官は呆れて彼の事が嫌いになるかと思って誘い出したのに、Aチームの一般の男共に邪魔をされるし・・・・。


 まあ、私があえて誘い込まなくても、キャシー先輩が囮になってくださいましたものね。あれは見ものでしたわぁ」


 キャシーはなんだか物凄く悔しかった。これではまるでリズの手の平で踊らされていたみたいだ。


「教官の事が好きだったら、どうしてあんな酷い事をしたの?あの映像を教官に見せるなんて・・・!」


 その質問にリズも訳が分からない顔をした。


「もちろん。教官にジュード先輩の事を嫌いになってもらう為ですわ。せっかく出会った運命の人に、妙な虫が付いていては困るでしょ?」

「み、妙な虫?」


 エバはリズの言葉にだんだんムズムズしてくるような、鳥肌が立つような感覚がしてきたが、キャシーの方は全くもってリズの事が理解できなかった。


「あなたねぇ。仮にもチームのリーダーを・・・」


「だってそうでしょ?シェラン教官の本当のお美しさが分かっているのは、私とキャシー先輩ぐらいのものですわ。だから私はあなたが憎たらしかったんですのよ。キャシー先輩ったら、いつも教官に抱きついて慰めてもらって、本当に教官に愛されているんですもの」


「そ、そ、それは・・・・」


 キャシーにとってシェランは姉のような存在で、別にやましい事は何もないが、あえて言われると恥ずかしいものだった。いつまでもらちの明かない2人の会話にエバが割り込んだ。


「どうでもいいけど、あんたどうしてシェラン教官の事を知っているのよ。本当に教官を追ってここに来たって言うの?」


 リズはその質問に答えるようににっこり微笑むと、大事そうにしまってあった写真入れを取り出した。それは広げると一本の帯のように並行に写真を入れられる物で、リズはそれを両手で持って広げて見せた。その写真には見覚えのあるものがいくつもあった。


 ウェイブ・ボートの飛行場でシェランがSEALから支給された黒と紺のウェットスーツを着て振り返っている写真。ウェイトマン所長とドレス姿で入場してくる所や、SLSのツナギ姿もあった。他にも巡洋艦でのドレス姿は何枚も入っていたし、ヘレン・シュレイダー大佐と話をしている写真まであったのだ。


「な、何であんたがこんな物を持っているのよ」


 リズの両親は実は外交官ではなく、CIAか何かかとエバは思った。リズは写真を大事そうに折り畳んでバッグの中にしまうと、驚いて声も出せないキャシーにうらやましいでしょ?と言わんばかりの視線を向けた。


「SEAL隊員のアレック・ハワード、ご存知でしょ?彼、私のいとこですの」

「い、いとこ?」

 

 エバとキャシーはびっくりして叫んだ。ではこの写真は全てあの、おちゃらけSEAL野郎が撮ったのか。どう見ても隠し撮りに違いない。あの男!シェラン教官の追っかけだったとは・・・・・。


「アレックの家でこの写真を見た時、本当にびっくりしましたわ。この方は正にアフロディテ。海から現れたヴィーナスだと。それなのに、それなのに、シェラン教官はジュード先輩みたいな普通の男の子に心を奪われ、既に子猫みたいに可愛がっているキャシー先輩まで居たなんて・・・・・」


 子猫・・・という表現に、キャシーは一瞬、虫唾が走った。それが何故なのかキャシーにはまだ分からなかったが、エバはこの時はっきりと確信した。


「そ、そう。ようく分かったわ。それじゃキャシー。私達は帰りましょう。じゃあね、リズ。これからも頑張って」


 キャシーは何故エバが逃げるように帰るのか、さっぱり分からなかった。


「待ってよ、エバ。私はまだ言ってやりたい事が・・・・」

「いいから帰るのよ!」


 エバは不服そうな顔をしているキャシーを引っ張るようにして引き上げた。






 シェランの家のリビングは、今かなり低い温度でクーラーがきいていたが、シェランにとっては熱い体を冷やすのに、丁度いい温度だった。ジュードは目覚めたシェランの背にクッションをあてがうと、冷蔵庫から取り出しておいたスポーツドリンクを飲ませた。


「すぐ救急車を呼ぶから」

「救急車?」


 シェランは驚いてソファーの上に起き上がった。


「そんなもの、呼ばなくていいわ」

「駄目だ。熱中症はⅠ度(軽症度)からⅢ度(重症度)に移行することもあるんだぞ」


 さすがクリスにみっちり教え込まれているだけはある。保冷剤をあてがう場所も確実だし、これではなんの反論も出来ない。それになんだか妙に顔や首筋が突っ張ると思ったら、さっき雑草の欠片で傷が出来た部分すべてに絆創膏が張られていた。きっともう消毒も済んでいるに違いない。



 シェランは困ったような顔をすると、彼が渡してくれた飲み物をもう一口飲んだ。


「本当にもう大丈夫よ。それよりジュード、どうしてここにいるの?リズは・・・?」

「リズはキャシーが案内してくれるって。別にオレじゃなくてもマイアミくらい誰でも案内できるだろ?」


 シェランは不思議そうな顔をしてジュードを見た。


「案内って・・・デートじゃなかったの?」


 ジュードはムッとした顔をすると、タオルを氷水につけてぎゅっと絞った。


「あのね、シェラン・・・」


 顔に冷たいタオルを当てられてシェランはきゅっと目を閉じた後、目が覚めたようにジュードの顔を見た。


「なんだかエバの事も誤解しているみたいだから言っておくけど、後輩とか同僚とかと食事に行くのは、ただの食事会。デートじゃないんだ。大体、リズの事はエバとキャシーにマイアミを案内してやってくれって頼まれたから仕方なしに引き受けただけだよ」


― 仕方なしに・・・・? ―


 その言い方に、シェランはなんだかムッとした。


「あら、そう。じゃあ教官に頼まれて買い物に付き合うのも、仕方なく引き受けたって事なのね」

「あ、あれは・・・・」


 ジュードはちょっと困ったように立ち上がり、シェランから顔を逸らした。


「あれは・・・デートだよ」

「あ、あら。どうして?」


 シェランは心の中で沸き起こった動揺を知られないように、わざとそ知らぬ顔を装った。


「オレが楽しかったからデートなんだよ。もういいだろ?病人は寝てること。まだ少し熱っぽいだろ?」


 ジュードは少し照れたように答えると、シェランの肩を押さえてもう一度寝かしつけた。



― ふーん。楽しかったんだ・・・ ―


 思わず緩みそうになった口元を閉じて、シェランはおとなしくソファーに横になった。しかしホッとしたせいか、急にお腹が空いてきて腹の虫がくぅーっと泣き声を上げた。恥ずかしくて思わずお腹を押さえたが、ジュードはその音を聞き逃さなかった。


「もしかして、何も食べずに草刈なんかやってたんじゃないだろうな」


 ジュードが怖い顔で睨んでいるので、シェランは愛想笑いを浮かべた。


「そ、そうね。そう言えば忘れていたかも・・・・」

「忘れてた・・・だぁ?」


 彼の顔に青筋が立ったのを見て、シェランは思わず目を逸らした。


「レクターが食事を抜いて、あれだけみんなが心配して大騒ぎになったってのに、教官の自分が食事をするのも忘れて、こんな炎天下の中、草刈に夢中になってもいいと思っているのか?熱中症は即死に至る事が多いんだぞ。一体シェランは訓練校で1年間、何を学んできたんだよ。救急救命士の資格を持ってる人間のやる事じゃないぞ!」


 救急救命どころか理学療法まで学んだシェランであったが、ジュードの言葉になんの反論も出来なかった。まさか、彼とリズの事が気になって他の事が手に付かなかったなんて、とても言えない。


「ごめんなさい・・・・」

 シェランは落ち込んだようにうなだれた。


「もういいよ、寝てて。何か胃に負担のかからない食事を作るから」


 胃に負担のかからない食事を作る・・・。そんなセリフは料理のレパートリーが多い人が使う言葉だ。


「ジュード、お料理できるの?」

「お袋も働きづめだったからな。外食は金がかかるし、適当に食材を買って自分で作ってたんだ。うまいかどうかは別にしてね」


 そういいつつ、ガラスカウンターまで差し掛かったジュードは、その上に銀色の包装紙に包まれたプレゼントがあるのに気付いた。


「シェラン・・・これ・・・」


 ジュードが彼宛のプレゼントを持ち上げているのを見て、シェランはとんでもない失敗をしてしまったと思った。プレゼントの包装紙と紺色のリボンの間には“ジュードへ”と書いたメッセージカードが挟み込んであったのだ。中には“Happy Birthday”の文字と共に“ジュードが世界一のライフセーバーになれるように、祈りをこめて・・・・・”というメッセージが刻まれていた。



「あ、あの、ごめんなさい。迷惑だって分かってたんだけど、つい・・・・」


 ジュードは困ったような顔をしてシェランを見た。


「迷惑なんて思ってないよ。オレはただ、授業だけでも大変なのに、オレ達の誕生日の事まで考えていたら、今日みたいにシェランが倒れるんじゃないかって気になっただけだよ」


 その言葉にシェランは涙が出そうになった。そんなに心配してくれていたのに、誤解をして彼に冷たくされたと思い込んでいたのだ。


 シェランが沈みきったように再び「ごめんなさい」と謝ったので、ジュードも再び困った顔をした。


「謝る必要なんてないよ。これ、開けてもいい?」

「うん」


 紺色のリボンを取ってメッセージを見た後 ―世界一のライフセーバーという言葉にジュードは苦笑いした― 包みを開けると、クリスタルガラスで縁取られた写真立てが出てきた。中にはもう既に写真が入っている。以前ライフシップの前でシェランとAチームのみんなで撮った写真だった。


 真ん中に座っているシェランを囲んで、エバとキャシー、ジュードとショーン、マックスもみんないい笑顔で写っている。


「シェラン。これ、いいんじゃない?」

 ジュードは不思議そうな顔をしているシェランに向かって、写真立てを掲げた。


「チームのみんなに渡すプレゼント。これだったらいい思い出になるし、みんなきっと喜ぶよ」

 

 心が弾むような嬉しい言葉だった。いつか彼等が訓練校を卒業して辛い任務に就く事になっても、部屋に戻ってきた時にその写真を見て、少しは癒される事もあるだろう。


 シェランがいつもの幸せそうな笑顔を見せたので、ジュードはキッチンの中に入り、冷蔵庫を開け、適当に野菜等を取り出して刻み始めた。


― やっぱりジュードって、他の男の子とはちょっと違うなぁ・・・ ―


 シェランは安心したようにソファーに横になって目を閉じた。酸味の利いたトマトベースの良い匂いが漂い始めると、シェランのお腹の虫が再び催促をかけた。






 SLSに戻る道すがら、キャシーは何か怖いものでも見たように、どんどん歩いて行くエバを呼び止めた。


「どうしたのよ、エバ。これからあの思いあがり女の鼻をくじいてやるつもりだったのに」

「よしなさい。あんたじゃ、あの子に敵わないわ」

「どういう意味よ!」


 キャシーはムッとして答えた。


「キャシー。あんた、全然気付かないわけ?」

「何が?」


 余りにも鈍いキャシーに、エバは溜息を付いた。


「あのさ。あんたの好きとリズの好きは訳が違うのよ。教官がジュードを好きな事を一目で見抜いたのよ。私達でさえ、最近分かった所だったのに」


「それはそうだけど。だからってリズの方が私より上だって言うの?」

「そうじゃないわ。あんたは教官の事を家族のように愛してるんでしょうけど、リズは・・・・」

 

 エバはちょっと言いにくそうに間を取った。


「つまり・・・ジュードが教官を愛しているのと同じ気持ちで、教官を愛しているのよ」


 キャシーは一瞬黙り込んで目をパチパチさせた後、青い顔をして言葉を詰まらせた。


「それは・・・つまり・・・その・・・・」


「そう。あの子にとってジュードは憎い恋敵で、SLSの男共は邪魔者か、あるいは教官に近づく為の手駒でしかないって事。あんたも気をつけた方がいいわよ。あの子に可愛いって言われたんでしょう?夜中に夜這いに来るかもよ。まあ、教官が居る内は大丈夫だろうけどね」


 キャシーは思わずぶるっと身震いをした。どうも妙だと思っていたが、リズがそんな趣味だったとは・・・・・。


「じゃ、教官はどうなるの?私達が卒業した後・・・・・」

「とりあえず、2年のヤロー共によーく頼んでおくわ」

「じゃ、その後は?リズが最高学年になったら誰も止める者は居ないわよ?」

「そ、その時は・・・・」


 エバは顔をしかめた後、青い顔でキャシーを見た。


「ど、どうしよう・・・・」

「えばぁー!」


 ここに、卒業後のシェランを気遣う訓練生が、又2人増えたのだった。






「あーあ、つまんない。せっかくジュード先輩をからかって1日遊んでやろうと思っていたのに・・・」


 仕方がないのでリズは近くをぶらぶらしてから帰る事にした。


― かの美しいアフロディテの恋人になるのは私だけよ -


 それだけを胸に抱いてSLSにやって来た(もちろん、シェランに気に入られる為に人命救助もちゃんとするつもりだったが)リズだったが、ジュードは思ったよりも手強かった。


 とにかく鈍い。おまけに仲間や後輩の事は徹底的に守るものだと思っている。


― リズは15人目の味方だね ―


 そう言って笑いかけた彼の顔を見て、今まで目的の為には男なんて利用して当たり前だった、ゆるぎないリズの心にちくっと針が刺さったような気がした。だから今日はジュードに甘えて、憎い恋敵が困る顔でも見てやろうと思っていたくらいで、キャシーが仕掛けたような罠に彼を陥れる気はもう無かったのだ。


「まあ、いいわ。どうせ邪魔なAチームは、あと1年もすれば卒業なんですもの。それまでは待っていてあげましょう」


 リズは余裕の笑みで呟くと、最近マイアミでヒットしている熱いラブソングを口ずさみながら、まぶしい日差しの中を歩き始めた。








 





 

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