第16部 新入生 【2】
潜水課は大抵海に潜っているのと機材などの片付けに時間が掛かる為、他の課よりも夕食をとるのが遅くなるが、エバはキャシーがやってくるまで、いつも食堂で彼女を待っていた。
「ごめーん、エバ。お腹空いたでしょう?」
シャワーを浴び終わったキャシーが、まだ半分しか乾いてない髪のまま走ってきた。急がなくていいとエバはいつも言っているのだが、キャシーは人を待たせるのが嫌いなようだ。
いつものように2人がそれぞれのトレイに好きなメニューを取り揃えて食べ始めると、入り口からエリザベスが他の1年生の男子に囲まれながら入ってきた。エバとキャシーが思わずムッとした顔になった。エリザベスはそんな2人をチラッと見ると、夕食のトレイを持って彼女達から二つ先にあるテーブルに付いた。
途端に誰がリズの隣に座るかで男子達が言い争いを始めた。特に白熱しているのはリズと同じ一般のニール・カルバンとトムズ・リーゼントだ。彼らはどちらもリズに付き合いを申し込んでいるらしいが、明確な回答を彼女から貰っていなかった。
エバやキャシーの他にも2年、3年生達が少し遅い夕食を食べていたが、彼らはもうこの後輩達のくだらない揉め事に興味が無いらしく、知らん顔をしていた。しかしエバは益々ムッとした顔をすると「あーっ、うるさい。ホント目障りだわ!」と言いつつ、フォークでウィンナーをグサッと突き刺した。キャシーも黙ってはいたが、眉を吊り上げて黙々と野菜サラダを食べている。
白熱しているニールとトムズの間に入って他の男子も激しく言い争い始めた。
「リズの隣に座るのはいつもお前らばっかりじゃないか!今日は俺が座るぞ!」
「何言ってるんだ!お前なんかお呼びじゃないんだよ!」
「フン!二ールもトムズもリズに振られたくせに!」
「まだ断られたわけじゃない!」
「同じ事だ!」
「何ぃ!?」
突然両手で激しく机を叩く音がして、皆びっくりして黙り込んだ。テーブルの中央に座っていたリズがムッとした顔をして立ち上がると、回りの男子をねめつけた。
「いい加減にして!うんざりだわ!あなた達って本当に子供ね。ここに居る先輩達はね、毎日立派なライフセーバーになる為に必死に努力しているのよ。それをあなた達ときたら・・・。女の子と付き合いたいんなら、ちゃんとプロのライフセーバーになってから申し込むのね!」
リズは食事のトレイを持つと、びっくりして固まっている男子の間を知らん顔で通り抜けた。
「なかなか言うじゃない、あの子。あのチビ1年男子よりよっぽど男らしいわね」
エバはすっかりエリザベスの事を見直したようであったが、キャシーの方は眉を吊り上げたままだった。その見事な啖呵を切ったエリザベスは、エバとキャシーのテーブルまでやって来ると「こんにちは、先輩。ここで一緒に食事をしていいですか?」と聞いてきた。エバは「もちろんよ、リズ。どうぞ」と椅子を勧めたが、キャシーは何も言わなかった。
それからエリザベスは時々エバとキャシーの部屋に遊びに来るようになった。だがキャシーはまだエリザベスの事が受け入れられないのか、彼女が部屋に居る時は何となく表情が硬い。エリザベスの方もそれに気付いているのかキャシーには少し遠慮しているようだった。
「ねぇ、キャシー。あんたの気持ちは分かるけど、あの子、自分以外は全員男子の中で1人で頑張ってるのよ。私達は2人だったから色々相談したり愚痴も言えたけど、そんな同輩が居ないんだもの。私達が相談に乗ったり助けたりしてあげなきゃいけないでしょ?」
ある夜、寮の部屋で、ついにエバはキャシーに切り出した。
「私は潜水だもの。関係ないわ」
「関係ないなんて・・・。同じSLSの後輩じゃない。それにあの子は一般なんだし、シェラン教官ともほとんど接触は無いのよ。ねえ、もういい加減すねるのはやめなさいよ」
“すねる”という言葉にキャシーはカチンと来た。エバは私が心の狭い人間だと思っている。そう思うと、いつも出した事の無い大声が出てしまった。
「すねる?私の何処がすねてるって言うの?」
「すねてるじゃない。入校式でちょっとシェラン教官がリズにいい顔をしたからって!」
キャシーの大声にエバも思わず大声を出した。キャシーは唇を噛み締めるとエバを睨み付けた。
「エバはあの子と同じ一般だものね。後輩がかわいいんでしょ?でもね、あの子は私達が助けてあげなきゃならないほど、弱い女じゃないわよ」
「そんな事どうして分かるのよ。あんたはただ単にあの子にやきもちを焼いているだけじゃない!」
今まで自分の一番の理解者だと思っていたエバの痛烈な言葉に、キャシーはただ「エバのバカ!」と叫んで部屋を飛び出すしかなかった。
部屋を出てすぐ隣の部屋から出てきたエリザベスと鉢合わせしたキャシーは、涙のにじんだ目で彼女をにらみつけてそのまま走り去った。
「キャシー先輩!」
後ろでエリザベスが叫んでいるが、絶対振り向いてなどやるものか!
一方部屋の中に取り残されたエバもひどく心が痛んでいた。
― どうしてあんな言い方をしてしまったんだろう・・・ ―
キャシーとは2年間同じ部屋に居ても、一度だって喧嘩した事はなかった。私達はこの学年でたった2人だけの女子だ。だから何時だって助け合って励まし合って、うまくやって来られたのに・・・・。
「エバ先輩、ごめんなさい。私のせいで・・・」
エバとキャシーの言い争う声が聞こえていたのか、エリザベスが心配して声を掛けた。エバは後ろを向いたまま、目ににじんでいた涙をさっと拭き取ると、笑顔で彼女の方を振り返った。
「あなたのせいだなんて、とんでもないわ。心配しないで。ちょっと喧嘩しただけだから」
「でも、キャシー先輩、泣いてたし・・・」
親友を泣かせてしまったと思ったエバの心は再び痛んだ。キャシーは確かに泣き虫だが、エバの言葉で泣いた事など一度も無かった。
「大丈夫よ。ちょっと外を走るか、ひと泳ぎしたら笑って戻って来るわ。大丈夫よ」
エバはまるで自分に言い聞かせるように言うと、彼女を部屋の出口へ送った。キャシーが戻って来た時、エリザベスが部屋に居るのはやはり良くないだろうと思ったからだ。
ドアを閉めた後、エバは溜息を付いてキャシーのベッドの端に座った。彼女が戻って来たら何と言えばいいだろう。そして閉じられたドアの向こうでエリザベスは再び謎めいた笑みを浮かべ呟いた。
「チャンス到来・・・・」
シェランがやっと仕事を終えて自宅へ戻って来たのは、もう深夜0時を回った頃だった。車を車庫に入れる気力も無かったので、玄関の前に車を停めておく事にした。どうせこの辺りの敷地は全てミューラー家のものだし、次の朝(もう次の日だが)も早めに出勤するつもりだった。
疲れた顔で玄関までの階段を上った時、ドアの前に茶色い髪の女の子がうずくまっているのを見てびっくりした。
「キャ、キャシー?」
彼女はシェランを見上げると、急に泣き出して胸に飛び込んできた。驚いて事情を尋ねてみたが、キャシーは首を振るばかりで何も言わなかったので、とりあえず自分の部屋に連れて来た。
「とにかく今日はもう遅いし寝ましょう。ここに居てあげるから」
シェランは優しくキャシーに微笑みかけると、ベッドの上に置いてある小さなペンギンのぬいぐるみを渡した。
「子供みたいだけどね、この子を抱いて寝ると悲しい事とか辛い事を忘れさせてくれるの。これは本当よ」
キャシーが灰色の小さなペンギンを抱きしめて眠りに付いたのを見ると、シェランはホッとしたように彼女の髪の毛を撫で、少し疲れた顔で呟いた。
「問題のよく起きるAチームか・・・・」
リーダーの仕事は山のようにあるが、授業の際、訓練に使う備品などの点検も中心になって行わなければならない。幸いな事に3年生は全部の課にリーダー、副リーダーが揃っているので、彼らが中心となって指導に当たっていた。
機動のジュードとマックスは鉄塔やヘリ内部のライフプレサーバー等を。潜水のジーン、アーリー、ヘンリー、ザックはドライスーツ、ウェットスーツ、アクアラング、ライフプレサーバー全般。一般のサミーは防火衣、消防艇の消化設備などを仲間の中心になって点検するのだ。
特にジュードはジェイミーが鉄塔から落ちてから(あれは事故ではなくコリンの仕業だったが)毎朝鉄塔を使う前に必ず点検をしている。今日は昼からその鉄塔を使ってのレスキュー訓練があるので、ジュードは早めに昼食を済ませて鉄塔に向かう事にした。
一緒に居たAチームの機動メンバーも手伝うと言ってくれたので、共にやって来た。今日の訓練は上部のクレーンに吊り下げられたまま、鉄塔の内部に居る人間を救出するというもので非常に危険を伴う。ジェイミーは一度落ちた経験からクレーンに関しては神経質になっていた。ネルソンも以前ヘリから落ちた経験があるので、最近少し高所恐怖症気味である。ジュードは彼等の為にも機材が万全である事を確認しておきたかった。
鉄塔の下でジュードは人員の配置を確認した。
「じゃあ、ジェイミーはマックスと2人でクレーン上部を。ショーンは全ての梯子。ネルソンは吊り下げ装置とブリッジを見てくれ」
マックス達がいつものように了解と言おうとしたが、運動場を走ってきた人物が、機動以外は立ち入り禁止のこの敷地内に、何の躊躇も無く入ってきたのを見て思わず黙り込んだ。
「ジュードせんぱーい!」
泣きながらジュードに抱きついてきたのは、エリザベスだった。ジュードはびっくりして彼女を引き離そうとしたが、エリザベスの腕はがっしりと彼の身体にしがみついていた。
「ヒュー、お安くないな、ジュード」
ネルソンがニヤニヤしながら片目を閉じた。
「いつの間にSLSのマドンナと知り合いになったんだ?」
さすがマックス。言い方が古い。
「それも抱き合うほどに」
「確かに抱き合っているな」
ショーンとジェイミーがひそひそ話す振りをした。そんな仲間達のからかいに真っ赤になってジュードは叫んだ。
「バッバカ!何を言ってるんだ!ちょっと以前、迷子になってた所を助けただけだ!」
「ほうっ、迷子になって不安がっている後輩を口説いたのか」
「それで人前で堂々と抱きあうまでになったと・・・・」
「違うって言ってるだろう!!」
ジュードはこんな風にからかわれるのは慣れているが、誤解をされるのは困るのだ。妙な噂が立てば、必ずシェランの耳に入る。もちろん仲間達はジュードがそれを一番気にしていると分かって言っているのだが・・・。
ジュードはまだ自分に抱きついたまま泣いているリズの肩に手を置いて落ち着かせると、ニヤニヤ笑って自分を見ている仲間に“お前らは作業をしろ”と手で合図を送って、彼女を金網の外に連れ出した。校庭の隅にあるほとんど誰も使う事の無いベンチに彼女を先に座らせ、ジュードは彼女から少し離れた場所に座った。
「それで、何か問題でも起きたのかい?」
リズは手で涙をぬぐうと、何度もしゃくり上げながら事情を説明した。
「わ・・・私のせいで、エバ先輩とキャシー先輩が昨日大喧嘩をしたんです」
「喧嘩?あの2人が?」
珍しい事もあるものだ。この2年間、彼女達が仲たがいをしている所など見た事は無かった。
「それがどうして君のせいなんだい?」
リズは言いにくそうにうつむいた後、再び涙を浮かべた。
「キャシー先輩は多分・・・私の事が嫌いなんです。それをエバ先輩が咎めて・・・。そしたらキャシー先輩、怒って出て行ってしまって・・・昨日は帰って来なかったんです」
「え?」
鉄塔の上で吊り下げ装置の確認をしながら、ネルソンはクレーンを調べているマックスとジェイミーに言った。
「しかしあいつはガードが固いねえ。俺ならあんなかわいい子が泣きついてきたら、すぐに抱きしめちゃうね」
「俺も多分そうするな」
ジェイミーも笑いながら答えた。
「あいつはリーダーとしての責任を誰より自覚している。3年のリーダーが1年の女子に手を出したら不味いだろ?それでなくても俺達は問題が多いって言うか、よく事件に巻き込まれるから、あいつはそれを気にしているんだよ」
誰よりもリーダーの側で補佐をしているマックスには、ジュードの立場や考えは良く分かっていた。
「どうして?マジならいいじゃないか。あの子もジュードのこと好きじゃなかったら、あんな事はしないだろ?」
ネルソンの意見にジェイミーも頷いた。
「俺もそう思う。シェラン教官は確かに魅力的な人だけど、いつまでも片思いじゃジュードがかわいそうだ」
そこへ梯子を点検しながら上ってきたショーンが会話に加わった。
「僕はあの子は好きになれないな。行動に意図的なものを感じる」
ネルソンが呆れたようにショーンの肩を軽く2回叩いた。
「お前さぁ、ジュードにまでやきもち焼いてどうするんだ?そんなんだから妹に『お兄様なんか大嫌い!』って言われるんだぞ」
「わあっ、それを言うなぁ!!」
鉄塔の上で仲間が点検 ―ほとんど騒いでいるだけだったが・・・― をしている間、ジュードは頭を巡らせていた。確かにキャシーが外泊したとなるとかなりの問題だが、考えてみればこのマイアミでそんな状態の彼女が行く場所は1つしかない。
今朝、普通にレクターやピートと訓練に出て行くキャシーの姿を見たから、昨日の夜はシェランの所に泊まったのは間違いないだろう。そしてシェランがばれないうちに朝早く送ってきたのだ。
「キャシーは多分信頼できる人の所に泊まっていたから大丈夫だと思う。それに喧嘩の事だけど、2人はとても互いを良く理解し合っている親友なんだ。だから心配しなくてもその内仲直りするだろう。オレもよくマックスやショーンと言い合いをしたりするけど、次の日にはみんなけろっとしているよ」
「男の人の喧嘩はそんなものかもしれません。でも女の子同士の喧嘩はそんな簡単なものじゃないんです。一度こじれちゃったら、ずっと尾を引いたりするものなんですよ。私はそれが心配なんです」
言われてみると確かにそうかもしれないとジュードは思った。高校の時の友人がそんな話をしていた。女の子に関する情報は大抵友人から聞いた知識しかないジュードは、こんな時友人としてリーダーとして、どう対処していいか良く分からなかった。
だがAチームにはシェランという力強い味方が居る。エバとキャシーに関しては彼女の方がずっと詳しいし、何かあれば必ず2人の力になるはずだ。だからジュードはそんなに心配する事は無いという見解を打ち出した。それに女の喧嘩に男がシャシャリ出るものでは無い。それは男同士の喧嘩でも言える事だ。
「リズ。多分君が思っているほど2人は子供じゃないし、その内必ず話し合いの元で解決する筈だ。だけどもし、彼女達の喧嘩が凄く根が深くて、それがチームの士気に影響を及ぼすようなら、リーダーとしてオレがちゃんと対処する。それじゃあ駄目かな?」
リズはやっと安心したようににっこり微笑むと、ジュードの顔をじっと見上げた。
「やっぱり、ジュード先輩は私の思った通りの人でした。先輩に相談してよかった」
リズは次の授業があるので行きますと言って立ち上がったが、ジュードは去って行こうとする彼女を呼び止めた。
「あまり、こういうことは言いたくないんだけど・・・」
彼は少し困ったように頭をかいた。
「人前では・・・いや、人前でなくてもあんまり男の人に抱きついたりしたら駄目だよ。何処で誰が見ているか分からないし・・・。オレは男だから構わないけど、君が妙な誤解をされたら困るだろ?」
リズは大きく瞳を見開いてじっとジュードを見ていたが、急にくすっと笑って大人びた視線を彼に向けた。
「私、ジュード先輩となら誤解されても別に構いませんけど?」
運動場を走り去っていくリズの後姿を見つつ、ジュードは呆然と立っていた。
「それって、オレを男として見ていないから構わないって意味か・・・?ちょっとショックかも・・・・」
もちろんリズは反対の意味で言ったのだが、卒業生のテッドに激ニブと称された男は本当に鈍かったようである。
昨夜、戻って来なかったキャシーを待っていたエバは、そのままキャシーのベッドの上に倒れこむようにして眠っていた。朝早くそっとドアを開けて戻って来たキャシーは、自分のベッドの上で疲れたように眠っているエバを見て、ひどく自分が悪い事をしてしまったように思った。
エバはきっと私が帰って来るのを待っていたのだ。もしかしてとても心配していたかも知れない。だが朝帰りしたキャシーは、彼女を起こして何を言えばいいのか分からないほどきまりが悪かった。キャシーはそっと今日の授業の用意を持つと、そのまま部屋を出て行ったのである。
ドアが小さく閉まる音に目を覚ましたエバは、キャシーが帰ってきたものだと思い起き上がった。しかし部屋には誰も居らず、窓から差し込んでくる朝日だけが、やわらかく彼女達の部屋の淡いグリーンの絨毯を照らし出していた。キャシーが一晩中戻ってこなかった事を知ったエバは、愕然としてしまった。
しかしその日、キャシーが普通に授業に参加していた事を知ったエバは反対にムカムカしてきた。こんなに心配して、夜中じゅう待っていた自分が凄くバカみたいで無性に腹が立った。エバは昼食も夕食もキャシーを待たずに他の一般の仲間やリズと食べると、すぐ部屋に引き上げた。
放課後キャシーはシャワーを浴びた後、急いで着替え、いつもはドライヤーで半分だけでも乾かす髪もタオルで拭くだけにして女子寮のシャワールームを飛び出し、本館一階の食堂まで走って来た。もしエバがいつものように待っていてくれたら、絶対こちらから謝ろう。今日一日キャシーはそう考えていた。
だが息を切らして覗いた食堂はいつもよりがらんとしていて、まだ他の潜水課の男子の姿も見当たらなかった。キャシーは泣きたいような気持ちで、いつもエバが自分を待っていてくれる大きな窓の側にあるテーブルを見つめた。食事を取る気力も無くしたキャシーは部屋に戻ろうとしたが、頭の上から柔らかな白いタオルが降って来たので驚いて後ろを振り返った。
「そんな濡れた髪のままじゃ風邪を引くわよ」
シェランがドアの所で優しく微笑んで立っていた。
「食事を抜いて、レクターの時のように私を心配させたいの?」
今日一日の彼女達の行動を見ていれば、昨日何があったのかシェランには大体の想像が付いていた。何が原因で2人が仲たがいをする事になったのか分からないが、キャシーが何も言わないと言う事は喧嘩の原因が自分にあると分かっているのだろう。
堪えきれずに涙を浮かべたキャシーの頭を、シェランは優しく抱きしめた。
「一緒に夕食を食べましょう。お腹が一杯になれば、次の行動を起こす元気も出てくるわ」
「はい・・・教官・・・」
そんな2人を食堂から少し離れた廊下の角でずっと見ている人物が居た。彼女は自慢の巻髪を人差し指に絡ませながらふっと呟いた。
「あらあら、これは大変・・・」
キャシーが寮の部屋に戻ると、エバはとっくに布団に潜っていた。いつもなら起きている時間だが、そんな風にしているのは、きっとキャシーに対する拒絶を表しているのだろう。今何かを言ったら自分の心とは反対の事を口走ってしまいそうで怖くなったキャシーは、エバと同じように黙ってベッドにもぐりこんで彼女に背中を向けた。
エバもキャシーもそのまま寝付けなかった。部屋の中に気まずい空気が流れているのを感じながら、キャシーは黙って目を閉じた。
翌朝キャシーが目を覚ますと、エバのベッドはとっくに空になっていて、完全に自分を避けているのだと分かった。
「私達、もうこのままななのかな・・・・」
キャシーが呟いたようにそれから一週間、2人はほとんどすれ違いの生活を送っていた。潜水と一般の合同訓練がまだ無かったので彼女達の諍いがチームに影響を及ぼすほどではなかったが、いつも一緒の2人が全く別々の行動を取っていれば、チームの人間であれば誰でも気付くものだ。
エバとキャシーの同じ課である潜水と一般の仲間は、最近彼女達の様子がおかしく又元気も無いので、レクターやブレードの時のような事故につながったりしないうちに手を打つべきではないかとジュードに進言してきた。
「だがなぁ、女の喧嘩に男が口を出すものじゃないだろ?」
マックスも彼と同じ意見のようだ。
「第一、あの2人が俺達の意見に耳を貸すと思うか?『うるさいわね!男子は黙っていてちょうだい!』なんて言われるのがオチだぞ」
ネルソンがちょっとふざけたように言ったが、ピートは彼をじろっとにらんだ。
「口を出すとかそういう問題じゃない。チームの乱れは事故に繋がると言っているんだ。それを何とかするのがリーダーと副リーダーの仕事じゃないのか?」
彼等の真剣な訴えは、キャシーの状態がチームメイトを不安にさせている事を示していた。ジュードは立ち上がると潜水と一般の仲間を見回して頷いた。
「みんなの気持ちは良く分かった。教官とも相談して最善の方法を取れるように努力する。だけど少し時間をくれないか。その間みんなで彼女達を見守ってやって欲しい」
ピート達はまだ少し不安そうであったが、納得したように立ち上がるとルームAを出て行った。
後に残った機動のメンバーは、口元に手を当てたまま考え込んでいるジュードを心配そうに見つめた。
「何とかするったって、どうするつもりなんだ?ジュード」
マックスにはさっぱり何も思いつかなかった。
「とにかく2人と話してみるよ。お互い誤解しているだけかもしれないし」
「だが、かなり根が深そうだぞ。2人とも頑固だし・・・」
ジェイミーが言いかけた時、ルームAのドアを誰かがノックする音が聞こえた。ドアの隙間から顔を出したのはリズだった。ジュードは又抱き付かれると思って一瞬身を引いたが、彼女はゆっくりと部屋に入ってくるとドアを閉め、彼等ににっこりと笑いかけた。
「実は私、エバ先輩とキャシー先輩を仲直りさせるいい方法を思い付いたんですけど、聞いていただけます?」