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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第2部 試練 【1】

 入校式の次の日からジュード達1年生には、昨日まで素人だったという言い訳など、全く通用しないような厳しい授業が待ち受けていた。入学説明会の後、それぞれのチームで行なわれたミーティングでは、訓練生一人一人に個人別のカリキュラムが手渡された。


 ジュードのようなまだ何の資格も持っていない訓練生には、救急救命士、潜水士(実技ではなく筆記上の試験)、高気圧障害、救急再圧員、送気員などの様々な資格を得る為の授業が、月曜から土曜の朝8時から16時10分までびっしりと組み込まれていた。


 チームは同じでも課が違うと、授業内容も殆ど変わってくる。SLSの方式は一つのチームに機動救難士5名以上、潜水士5名以上が理想とされていて、それ以外は一般のライフセーバーとして任務に就き、救助及び機動と潜水の補助をすることになっている。ただし、全員が救急救命技能を持つことが条件であった。




 ミーティングの後、カリキュラムを見ながら溜息を付くジュードの手元を覗いて、ジェイミーのように救急救命士の資格を持っている者達は思わず声を上げた。


「びっしり詰まってるな。まあ、俺達も似たようなもんだ。同室のマーク先輩に聞いたけど、2年生もそんなに変わらないって」

「大体2年かけて取る資格を、半年や1年で取ろうって言うんだから大変だよな」


 2年専門学校に通って救急救命士の資格を取ったネルソンが言った。


 きっと3年になっても変わらないのだろう。高校(ハイスクール)の時でも14時30分には授業が終わっていたのに・・・。

 

 ジュードは少々うんざりしたが、無論それは覚悟の上である。




 Aチームでジュードと同じ機動課に入ったのは、身長190cm近い元消防レスキューのマックス・アレン。彼は今年23歳でチームの中では最年長だ。


 さらさらの黒髪とチョコレートキャンディのようなくりくりとした瞳のジェイミー・パレスは21歳。


 SLSに来てすぐに仲良くなれたジュードと同じ年のショーン・ウェイン。彼はエバと同じカリフォルニアの出身で、明るい笑顔が印象的だ。


 そしてグレーの瞳が涼しげなネルソン・パーカー。彼は専門学校で救急医療について学んでいたらしく、知識も豊富でマックスの一つ下の22歳である。




 潜水課はジュードやショーンと同じ、今年18歳になるケイ・アズマ。彼は大都会ボストンの出身だ。


 今年20歳になるキャサリン・リプス。


 小さい頃からダイビングが趣味だったというピート・マコーウェルはキャシーと同じ20歳。


 今年21歳のブレード・ウィンタスは救急救命士の資格を持っている。


 無資格だがやる気満々のレクター・シーバスは19歳だがそれより少し若く見えた。




 一般課の5人は21歳のハーディ・エアー以外は全員20歳であった。


 少しそばかすの残ったサム・コールディングはジョークが大好きで、いつも一般課のみんなを笑わせている。


 すらっと背が高いダグラス・ホーマーは以前故郷の病院で看護師をしていた。通信機器やコンピューターに詳しいノース・セイン。そして勝気な瞳のエバ・クライストンである。


 ハーディとノースは2人とも救急救命士の資格を持っていて、エバは二等航海士(セコンドッサー)(三級海技士)の免許を持っていた。




「所でジュードは何で機動救難士になろうと思ったんだ?お前なら一番ハードな潜水士になると思っていたよ」


 仲間の意見にジュードはにっこり微笑んだ。


「オレは別に潜水士をライフセーバーの中で一番とは思っていない。何たってリベリング降下は機動救難士だけに許された特権だからな」

「そうだよな。やっぱり一番カッコいいのは機動救難士だよな!」


 ジュードが機動の仲間達と楽しそうに歩いていると、潜水課のアズマが彼をギロッと睨み付けながら通り過ぎた。ジュードがとっさに眉をしかめたので、ジェイミーが「どうかしたのか?」と訪ねた。


「初めて会った時、日本人?って聞いたのが気に入らなかったみたいでさ。ずっと怒ってるんだ」

ジュードが答えるとネルソンが「ああ、そうだろうな」と言いながら頷いた。


「ああいう奴はいつも日本人(ジャパニーズ)?とか中国人(チャイニーズ)?とかって聞かれてる。多分国籍はアメリカなんだろうが、複雑なんだろうな。外見も中身も日本人なのにアメリカ人ってのも・・・」


 ネルソンに言われて、ジュードはやっと彼の気持ちが分かった気がした。確かに初めて会った人に、いちいちそんなことを聞かれていたら煩わしいだろう。これから集団生活をするのだから、言葉には気をつけようと反省するジュードであった。

 





 ジュード達がSLS訓練校に入校して最初の授業は、クリス教官の臨床救急医学の授業であった。


 一年生は主に救急救命士の資格を得る為のあらゆる知識(公衆衛生学、病理学、解剖学など)と実地での訓練(心電図伝送装置の扱い方やCPR技能など)を学ぶ。クリスの授業はハイレベルで付いていくのは大変そうだったが、彼の明るい性格とユーモアを交えた授業は生徒達に人気があった。



「・・・で、君たちは必死になって要救助者を海から引き上げた。さて、これからどうする?キース」

「はい。まず呼吸の状態を確認します。そして負傷している箇所やその程度の確認を行います」


「ほぼ正しいが、呼吸の状態を確認する前に意識があるかどうか確認すべきだな。では要救助者はすぐに搬送しなければならない状態にあったとする。ケイ・アズマ。君は搬送手段として何を選ぶ?」


「え、あ・・・はい」


 アズマはコンピューターのキーを叩いていた手を止めて立ち上がった。


「俺ならヘリで搬送させます。ヘリならマイアミ市内のどの病院にも5分以内に到着するはずですから」


「そうだ。 確かに早い救護ヘリなら600Km近くのスピードが出る。だがここで問題なのは要救助者は海から上がって来たという事だ。もしその人が減圧症であった場合、ヘリには完全腸圧機構が無い為に機内を1気圧の状態に保てない。1気圧より低くなった場合、患者を更に危険な状態にしてしまう事がある。


 ヘリを使うか車を使うかを判断するのは救助者である君達の経験と知識だ。我々は医者では無い。だが可能な限り、知識を身に付け、経験を積んで救える命を助けなければならないんだ」



 クリスの説明の間、生徒たちは懸命にペンを走らせる。各自の机にはそれぞれ1台ずつコンピューターが設置されているので、キーを打つのが早い者はそれに打ち込んでいった。


「という事で、明日からはもっと専門的な医学知識も身につけてもらうからな。しっかり予習して来い」

「えーっ!」



 とにかく授業はハイスピードだった。1年生の内に全員が救急救命士などの全ての資格を得る事は2年に進級する為の最低条件。つまり取得できなければ落第なのである。落第イコール退学を意味する事は誰でも知っていた。

 





 それ以外の授業は殆ど野外での実地訓練だった。機動救難士を目指す者も最低26フィート潜れることが条件なので、もちろん潜水の授業もある。


 だがシェランは殆ど潜水課に付きっ切りで授業を行なっているので、機動課は3年の潜水課教官ディック・パワーという教官が教える事になっていた。


 ディックは黒光りするTシャツからはみ出そうな筋肉が自慢のボディビルダーのような体格で、ジュード達素人にも容赦は無く、まるで子猫のように海に放り込まれた。

 



 高さ12メートルの鉄筋の建物から垂直に降ろされたロープを登ったり降りたりする機動課の訓練は、彼等にとって毎日当然のように行なうべき訓練だ。12メートルは人間が一番恐怖を感じる高さだと言われている。


 機動救難士は殆どの場合、空中のヘリから直接リベリング装置を使って要救助者の元へ降りる。潜水士は海の深さに、機動救難士は高さに慣れなければならないのだ。



 それ以外の実地訓練では、息付く暇も無く熱い砂浜を走り回らされた。


 Cチームの担当教官であるロビーは、真面目の上に大が付くほどの生真面目な男で、休息という言葉を知らなかった。


 訓練生達はいつも彼の授業の間は息を切らしていたが、それでも時々ある2年生との合同訓練は楽しかった。


 1年生達が一定間隔に8の字結び(8の字型にロープを結ぶやり方。切断したり、ロープの端からよりが戻ったりするのを防ぐ)でこぶを作ったロープをやっと登れるようになったのに対して、先輩達は何も無いロープを腕の力だけでするすると登っていく。


 一年生はポカンと口をあけて、そんな彼等の勇姿に憧れを抱きつつ、いつか自分もそうなるんだと、新しい目標に胸が膨らんだ。




 授業が終わるとそんな先輩達を囲んで、20分間の休憩の間、いろいろな話を聞いたり話したりする。2年生も後輩が出来たのが嬉しいのか、ちょっと自慢げに、授業では教わらないロープの束ね方などを、実際に自分の腕に巻きながら「こうすれば早く巻けて、使いたい時にはすぐ解けるんだ」と教えてくれた。




 1日4つの授業を全て終えると、1年生達はくたくたになってしまう。


 夕食は午後5時から8時の間、好きな時間に行って好きな物を食べられるバイキング形式だが、大抵1年生は待ちかねたように5時になるとレストランの前に並び、友人達と今日の授業の話をしながら食事をし ―ジェイミーはよく食べながら寝ていた― そのまま部屋へと戻って、ベッドに倒れこむという状態であった。




 ジュードはアズマと同室になった時、いつか喧嘩になるんじゃないかと懸念していたが、幸いな事に2人ともそれどころではなかった。


 潜水の授業はとにかく疲れるらしく、ジュードが友人達と談話室で話をしてから戻ってみると殆ど彼は熟睡していたし、ジュードもベッドに倒れこむとそのまま朝まで一度も起きる事は無く、喧嘩どころか顔を合わせることも無かった。



 そんな風にして、最初の半年はあっという間に過ぎていった。




 いつものようにジュードがショーンと食堂に行くと、入り口の右側にある掲示板の前に立っていたネルソンが、今日Aチームのレクリエーションがあることを教えてくれた。


 この掲示板には教官や学校サイドからの連絡事項が貼られており、生徒は朝、昼、夕方の食事の際には必ず目を通すように言われている。大抵は教室や授業の変更、訓練校からの注意事項であったが、こうやってたまにチームごとのレクリエーションが設けられる。


「大佐のレクリエーション、久しぶりだな」


 ショーンが言うようにBチームやCチームはよく行なっていたが、シェランがレクリエーションをするのは入学説明会の後1回あったきりで、実に半年ぶりだった。


 レクリエーションは各チームごとに部屋を借りて行なわれるので、Aチームは掲示板に指定されていた、2階のミーティングルームAに集まった。


 全員が集合した頃、時間通りに現れたシェランを見て、ジュードは何故か不思議に胸が騒いだ。シェランの潜水の授業を受けていないジュードにとって、彼女の姿をまともに見るのは半年振りだったのだ。




 シェランは相変わらずライフセーバーとは思えない真っ白な素肌と、それに似合うホワイトゴールドと淡水真珠のピアスを髪の間から覗かせて、にっこり微笑みながらAチームの生徒を見回した。


「みんなどう?訓練校の生活にはすっかり慣れた?みんなが疲れているだろうと思って、私はあまりレクリエーションを開かなかったけど、これからは少し増やそうと思っているの。所で今日集まってもらったのは他でもないけど・・・」


 彼女はそう言いつつ、手に持った大きな白い封筒の中から書類を取り出した。それは救急救命士の試験の案内状で、来月の第2土曜にあるらしい。もうその資格を持っている者達はホッとしたような顔をし、まだ無い者達は、いよいよ来たか、という顔でシェランの手元にある書類を見つめた。



「普通なら2年くらい専門学校に通って取る免許ではあるけど、ここでは皆この時期に取得することになっているの。でも今までの授業で全ての知識は教えられているはずだから、自信を持って臨んでね。それにこんな所では止まっていられないわよ。これから春夏にかけて、色々な資格試験が目白押しだからね」



 ホッとしていた生徒達も急に引き締まった顔でシェランを見上げた。救急救命士の資格を持っているくらいで、安心してはいられないのだ。2年では実際に海に出る訓練が始まる。それまでに全ての資格を取っておかなければならないのだ。




 半年経って体力的にも自信が出、訓練校の生活にも慣れてきた彼等は、少々遊び心が出ていた。何と言ってもマイアミは一年中太陽の光降り注ぐ世界有数のリゾート地で、海だけでなく観光も楽しめ、大都市ならではの若者達が行きたいと思う場所は山のようにあった。


 余裕が出てくると気が緩み、寝る間も惜しんで遊びたくなるのは若者の常であろう。そして丁度その頃を見計らって、シェランはレクリエーションを開いた。


 彼女は片目を閉じて軽く「目白押しだからね」と言ったが、その言葉の裏に『諸君等に遊んでいる暇はあるのか?』という強い意味が含まれているのを彼等は感じ取った。やはり大佐と呼ばれ、他の教官から一目置かれている教官は、殆ど接していなくてもAチームの男子の考えていることなどお見通しであった。





 レクリエーションの後「あーあ、これで日曜日も遊びに出れないや」とぼやいたジェイミーにジュードは「昼間くらいなら構わないだろ?試験さえちゃんと合格すればいいんだから」と笑った。


「ジュードも行こうぜ。とりあえず救命士の試験が終わったら」

「いや、オレは・・・」


 ジュードは一瞬言葉を濁した。


「オレはまだ潜水で16フィートも潜れないんだ。日曜日は練習しようと思ってるから・・・」

「そうか、残念だな。ショーンは行くだろ?」

「ああ、もちろん行くけど・・・・」


 ショーンにはジュードが、今まで一度も仲間のそういった誘いに乗ったことが無いのが不思議だった。無論ジュードも仲間と共に行きたかったが、彼にはそんな余裕は無かったのだ。



 ジュードは12歳の時、父を事故で失ってから、ずっと母と2人で生活してきた。オレゴンの田舎町で育った彼を、母は州最大の都市であるポートランドの高校まで通わせてくれた。だからジュードはSLSに入学する為の費用は全て、中学、高校時代、勉強の合間を縫ってアルバイトした金で賄ったのだ。


 ショーンや他の訓練生のように親からの仕送りも一切受けていない彼には、遊ぶ為の金など無かったのである。






 

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