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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
68/113

第15部 オレゴン・サマー 【6】

 次の日、ジュードとシェランは、昨夜残ったキノコスープに少し堅くなったパンを浸して食べた後、テントをたたんで再び出発した。昨日と同じように、ワナを仕掛けてありそうな場所を調べていくのだ。


 ジュードの予想は的確で、密猟者達の仕掛けた罠を次々と暴いていった。途中捕らわれたウサギと鹿を見つけた。鹿の方は罠をはずすとすぐに逃げてしまったが、ウサギはシェランが押さえている間にジュードが消毒と包帯を施した。


 猿も捕まっていた。・・・と言っても、猿っぽくない顔なので、猿なのかどうか判断はつきかねた。


「猿かな?キーッキーッ言ってるから猿だろう」

「でも見かけはコアラかナマケモノみたい」


「コアラはオーストラリアだし、ナマケモノは南か中央アメリカの熱帯林にしか居ないしなぁ・・・。マーモセット属じゃないかな?いや、マーモセットはブラジルだったかな?とにかくバナナとリンゴにつられてきたんだから猿だ。それに何たって、顔が赤いし」


 物知り博士のジュードも良く分からないようで、とにかく救助しようと話は決まった。ジュードがシェランに下がっているように言うと、彼女は素直に「はい」と答えた。今回の命令には従うと判断したらしい。


 ジュードが扉を開けると、猿のような謎の生物はキーッキーッと声を上げながら飛び出して、そのままシェランの居る方向へ走り出した。


「シェラン!逃げろっ!」


 だがシェランが行動を起こす前に、猿が彼女に向かって飛びかかった。


「キャッ!」

「シェラン!」


 ジュードが必死に駆けつけると、猿は固まったように立っているシェランの肩の上に乗っかって、まるでジュードをバカにするように歯をむき出し、キーッと声を上げた。


「こいつ!シェランから離れろ!」


 ジュードは猿を捕まえようとしたが、相手の動きは全くジュードの敵ではなかった。彼の手をスルリスルリとかわし、シェランの右肩から左肩、背中へと縦横無尽に逃げ回り、あげくシェランの胸に抱きついて、勝ち誇ったようにジュードを振り返り、金切り声を上げた。


「こ・の・ヤ・ローッ・・・・」


 もう完全に切れた。シェランの胸に抱きつくなんて、この極悪ザルめ!


 ジュードは絶対に猿を逃がさないよう、体ごと猿にダイビングした。いや、猿・・・というより、シェランに向かって・・・。


 自分にタックルしてきた人間をするりとかわして、何とかジュードの突撃を堪えていたシェランの頭を後ろに軽く蹴り、猿はそのままそばの木の上に逃れた。


「うわっ!」

「キャッ!」


 余りに勢い良く突進してしまったので、ジュードは身体を交わしてシェランの下に回る事が出来なかった。とっさにシェランの頭を両腕でかばったすぐ後、彼等はそのまま地面に倒れこんだ。


「だ、大丈夫?頭ぶつけなかったか?」


 ジュードはすぐさま彼女の体から起き上がり、顔を覗きこんだ。頭に手をやって傷を確認した。


「う、うん・・・。大丈夫。ジュードがかばってくれたから・・・・」


 シェランは硬直したように身体を堅くしたまま、真っ赤になって応えた。


「はあぁぁっ、良かったぁ・・・」


 ジュードは溜息を付いた後、まだ木の上でキーッキーッと騒いでいる猿を見上げて「この恩知らず!」と叫んだが、ふと思いとどまった。


― もしかして、これはあいつ流の恩返しなのか? ―


 そう思って再び下を向いてジュードはドキッとした。


 傷を確認しようとしたジュードの指でかき乱されて、いつもは真っ直ぐに整った金色の髪が、ビロードのように滑らかな苔の絨毯の上に流れている。赤く高潮した頬と波打つような息遣いを聞いていると、今までずっと押さえ込んできた思いがあふれ出してきそうだった。


 身体中の血が熱く逆流してくるような感覚に、ジュードは自分でも驚いて、急いで彼女から離れた。


「ご、ごめん。痛くなかった・・・?」

「う・・・うん・・・・」


 シェランも立ち上がった。まるで猿のように真っ赤になったまま、互いを見る事が出来ないでいる2人を見下ろして、逃げた猿は笑っていたかもしれない。





 猿を捕まえていた檻を壊した後、ジュードとシェランは少し早めの昼食をとることにした。今日はもうレゼッタの作ってくれた物は何もないので、自分達で食料を調達しなければならないからだ。


 ジュードは流れの緩やかな川原に下りて、早速魚を獲る準備を始めた。


「魚って、まさか釣るの?」


 彼の釣りの腕前は良く知らないが、釣れるまで待っていたら、なかなか食事にありつけないだろう。


 ジュードはまさか・・・という顔をしつつ、デイバッグから30センチくらいの棒を取り出した。その棒は中から次々に棒が出てきて延びるようになっている。棒が延びきると、節々で固定できるよう、小さな留め金が付いていた。最後に小さな皮袋の中から先の尖った金具を取り出しその棒の先に取り付けると、魚を獲る時に使うモリが完成した。


「すごい!携帯用モリね!」

シェランが嬉しそうに叫んだ。



 ジュードが川の中に入ってモリを構えつつ、じっと水面を見つめているのを、シェランは火の番をしながら見守っていた。パチンッ・・・と炎の中で木がはじけた瞬間、ジュードは鋭い勢いで水中にモリを突き立てた。


「シェラン!」


 ジュードが揚げたモリの先には、銀色の魚が身を何度もよじらせながら捕らえられていた。



 自分達で食べる分だけの魚を獲った後、調理をするのはシェランの役目だ。彼女は携帯用のナイフの背で上手に魚のうろこを取り、塩を刷り込むと、魚を串に刺して焼き始めた。


 魚が焼けてきて、ポタポタと油が落ち始めると、シェランは待ちきれなくなって聞いた。


「ねぇ、ジュード。もう焼けてる?」

「そうだなぁ・・・」


 ジュードは一番火の通っている魚の串を抜き取ってもう一度火にかざすと「これはもう出来ていると思うよ。食べてごらん?」と差し出した。


 生まれて初めて川原で獲ったばかりの魚を食べたシェランは、一口だけで口が聞けないほど感動した。


「すごい!なんておいしいの。5つ星ホテルのレストランで食べた魚よりおいしい!」


 シェランの言葉に満足そうに微笑むと、ジュードも焼けごろの魚に手を伸ばした。






 満腹になるとジュードは眠たくなってきた。昨日の夜、火の番をしながら地図を見て、罠のある場所を予測していたので殆ど眠っていないのだ。


 レジャーシートの上で横になったジュードを微笑んでみた後、シェランものんびりと空を見上げた。


 柔らかな午後の日差しと、せせらぎの音。次第に深くなっていくジュードの寝息・・・。何もかもが穏やかで優しく感じられた。ずっとこんな日が続いたらいいのに・・・・。


 だがシェランのまどろみは、茂みの動く音に突然かき消された。何かが居る。しかもその何かは確実に自分達に近付いていた。


「ジュード、ジュード、起きて!何かが来るわ!」


 シェランに揺さぶられてジュードは飛び起きた。そして彼も茂みを揺らす何かに気が付いた。草木の揺れの大きさからして熊の可能性が高い。


― くそっ、魚の匂いに釣られてやってきたか・・・・! ―


「シェラン、逃げろ。今ならまだ逃げ切れる」

「ジュードはどうするの?」

「オレは奴が姿を見せてから反対方向に逃げる」


 ジュードは自分が囮になるつもりなのだ。


「駄目よ。そんなの、絶対駄目!」

「いいから早く行け!」

「絶対に嫌!」

「シェラン!」

「嫌!」


 そうこうする内に熊はすぐ側までやって来た。近くの茂みが揺れている。


― くそっ・・・・ ―



 ジュードはシェランの手を握り締めた。こうなったら熊が魚の残骸に気をとられている間に、ゆっくり後退して逃げるしかない。



「やあやあ。こんな所で可愛い小鹿を二頭発見したぞぉ!」


 急に熊が声を張り上げたので、彼等はびっくりして固まった。


「君達、こんな深い山の中でキャンプは危険だ。送ってあげるからすぐに帰りなさい」


 どうやら熊だと思っていたのは人間で、しかも森林保護局の局員らしい。彼の着ているオリーブグリーンのジャケットがそれを示していた。


 ジュードはびっくりした顔のまま、男のブラウンがかった金色の髪と少しとがった鼻先を見つめていたが、急に懐かしそうに叫んだ。


「バーリー!バーリーだろ?オレだよ。ジュード・マクゴナガルだ!」


 バ-リーはきょとんとした顔でジュードの黒い瞳を見つめた後、大声で叫んだ。


「ジュード?ロバートの息子か?お前、大きくなっちまいやがって!ああそうだ。そのくりくりのくせっ毛。間違いなくジュードだ!」


 彼等は驚いて目を見開いているシェランの前で肩を叩き合い、再会を喜んだ。


「ああ、シェラン、紹介するよ。森林局で父さんの後輩だったバーリー・エイムズだ。バーリー、彼女はシェランだ」


 バーリーはシェランが自己紹介をする前に、ジュードの背中を力一杯叩いて、再び大きな声で叫んだ。


「お安くないな、ジュード。いつこんな美人の嫁さんを貰ったんだ?」

「よ、嫁・・・?」


 幾らなんでも、恋人を飛ばしていきなり妻を貰ったと言われたジュードは、びっくりして言葉を詰まらせた。


「違うよ、バーリー。彼女は友人だ。同じS・・・えーと、学校の・・・」


 同じ学校の友人・・・。確かに嘘は言ってないわね。


 シェランは内心くすっと笑いながら自己紹介をして、バーリーと握手を交わした。


 


 暫く彼等は川原に座り、近況などを話していたが、ジュードはバーリーにきちんと話さなければならない事があった。密猟者の存在である。バーリーもその事は気付いていて、それでよく見回りをしているのだと言った。


「だがいかんせん俺1人じゃなぁ。森林局も何かと忙しくて手が足りないんだ。なんて言ってもここは広域過ぎる。お前の親父なら1人で全てを見れただろうが・・・」


「そんな事ないよ。バーリーももうベテランだもの。ところで密猟者に会った事はある?」

「いや・・・。まだ一度もないな。奴等の仕掛けた罠なら何度か見かけたが・・・。奴等が何人居るとか、どんな組織なのかもまだ分からないんだ」


 組織・・・。そこまではジュードも考えていなかった。もし大掛かりな密猟グループが関わっているのだとしたら、とてもではないが太刀打ちできないだろう。


「罠はいつぐらいから張られていたんだ?」

「そうだな。3、4ヶ月・・・いや、もう半年くらいになるかな?」


 半年・・・。あのビーバーのように一体何匹の動物が犠牲になったのだろう。ジュードの脳裏に小さな身体を寄せ合いながら死んでいた、ビーバーの子供達の姿が浮かんだ。



 ジュードは罠の仕掛けられていた場所を示した地図をバーリーに見せた。


「結構な数だな。これ全部、お前が見つけたのか・・・?たった2日で?そりゃ凄い。俺の半年分はあるぜ」


 バーリーは感心しながら言った後、森林局に報告して調査してもらうよう要請すると約束してくれた。別れ際にバーリーは危険だから帰った方がいいと言ってくれたが、ジュードはもう少し調べたいからと言って彼と別れた。





 バーリーはジュード達と別れた後、地図上で示されていた罠の仕掛けてあった場所を調べに行った。小さな罠は取り外され、動物をおびき寄せる為に置いてあった餌も、もう何かの動物が食べてしまったのだろう。すっかり無くなっていた。


 熊や猿を捕まえる為の大型の檻は全て壊され、二度と使えなくなっている。


 バーリーはぐにゃっと折れ曲がった鉄格子に触れて、ニヤッと笑った。


「全く・・・やってくれるよロバート、あんたの息子は・・・・。獣道を調べて3年がかりで仕掛けた罠なんだぜ・・・?」


 彼は憎しみを込めて檻を蹴り上げた後、森の外れに止めておいたジープに乗り込み、近くの街に向かった。





 午後からジュード達は更に上流に向かったが、この辺りの森には密猟者の仕掛けた罠は見られなかった。


 途中の道々で夕食の食材に使う木の実やキノコ ―シェランはあの赤いキノコが気に入ったらしく、しきりにタマゴダケない?と聞いた― を探しながら、次の目的地である山小屋を目指した。



 山小屋は森林局の人間や、山歩きの人々の為にいつでも使用できるようになっている。山小屋というから小さな小屋を想像していたが、意外に大きくきれいだったので、シェランはホッとしてジュードに付いて中に入った。昨夜は生まれて初めてテントで寝たので、余り良く寝付けなかったのだ。



 山小屋の中は部屋などで仕切られておらず、毛布が何枚か部屋の隅に重ねられている以外は、何も無いガランとした木作りの部屋であった。部屋の奥には2階に上がる為のはしごが付いているが、2階と言っても物を置いたりできるよう、高い天井から少しだけ床が張り出しているだけで、手すりも何も付いていなかった。寝相の悪い人があそこで寝たら、確実に落ちるだろうなとシェランは思った。


 当然電気などは通ってないので、明かりもついていない。ジュードは暗くなった時に困らないよう、入り口付近と部屋の中央にランタンを置いた。



 小屋は川からかなり離れている為、今夜はシェランが持ってきた小麦粉でホットケーキを焼く事になった。タマゴや牛乳が無いので少々味は落ちるだろうが、道の途中で採ってきた木の実 ―ラズベリーやブルーベリーが野生でなっているのを見て、シェランは非常に感動した― を入れて、フルーツケーキにするのだ。


 シェランがケーキを焼いている間に、ジュードがキノコをアルミホイルに包んでボイル焼きを作った。今日は水が少ないのでキノコスープは作れないのだ。



 夕食は小屋の中でとることにした。ランタンの灯りを見ながら食事をしていると、ジュードが思い出したのか、ここに来て初めて父との思い出話を語り始めた。


「この小屋に初めて来た時は大雪でさ。2人とも遭難しかけだったんだ。オレはまだ小さくて途中で歩けなくなったから父さんが背負ってここまで何とか辿り着いたんだけど、殆どオレには意識が無くて、父さんが火を炊いて一晩中暖めてくれたんだ。


 おかげで助かったんだけど、こんな締め切った所で火を炊いたものだから、今度は一酸化炭素中毒になりかけてさ。父さんも慌ててたから、換気をするのをすっかり忘れてたんだ。オレが夜中に目を覚ましてドアや換気口を開けなかったら2人とも死んでたよ」


 今だから笑える話だが、かなり怖い話である。だがジュードは本当に楽しそうに父と共に経験した話をシェランに聞かせた。過去に一度だけ熊に遭遇した時の事。バーリーとは二度ほど共にキャンプした事があるらしい。



 ジュードの話は夜中まで続いたが、なぜか2人とも眠たくならなかった。いや、眠れなかったのである。ジュードはここに到着してから初めてある事に気が付いた。ここには部屋が一つしかないのだ。テントの時は各自一つずつのテントだったので気にも留めなかったが、まさか父と泊まっていた時のように横に並んで眠れるはずもなかった。


 父との思い出話に花を咲かせながら、ジュードは心の中で叫び続けていた。


― どうしたらいいんだよ!サム!ピート!ダグラス!(こんな時、機動のメンバーは頼りにならない) ―


 一方シェランは、夕食の真っ最中にその事に気が付いた。気付いてしまった途端、昼間のドキドキが再発して、平静を装うのに苦労した。そんなシェランも昨日余り眠れなかったせいか、シュラフに潜ってジュードの話を聞いていいるうち眠たくなってきて、やがて寝息をたて始めた。


 やっと眠ってくれたシェランを見て、ジュードは緊張が解けたようにホッと溜息を付いた。シェランが起きていると意識してしまうが、眠ってくれたなら後は自分も寝てしまえばいいだけだ。(眠れるかどうかは別として・・・)


 ジュードは入り口付近のランタンを残して部屋の真ん中に置いた分を消すと、シェランが冷えて風邪を引かないよう、奥に置いてあった毛布を一枚持ってきて彼女のシュラフの上から掛けてやった。


「ジュード・・・駄目・・・・」

「ハイ?」


 突然のシェランの声に、ジュードはびっくりしてすっとんきょうな声で返事をした。


 毛布を掛けただけで、どうして駄目って言われなきゃならないんだ?しかもそんな色っぽい声で・・・・。



 一瞬、ジュードの頭の中を、卒業式の日にアラミスに言われた言葉がかすめた。


― お前がどうしても譲れないと思うんなら、時には相手の気持ちより自分の気持ちを優先してもいいんじゃないか? ―


 どうしても譲れない気持ち・・・。それがどんな気持ちなのか、ジュードには良く分からなかった。だけどもし、オレがシェランに好きだと言ってしまったら、シェランはなんと答えるだろうか。


 ジュードは無意識に彼女の髪に触れそうになって、ハッと手を引っ込めた。


「シェラン。どうかしたのか?」


 言い訳をするように答えると、シェランの顔を覗きこんだ。


「アズ・・・・」

「は?」


― どうしてここでアズが出てくるんだ? ―


 ジュードはムッとした。


「・・・もっとちゃんと潜りなさい。・・・キャシー。そんなのじゃピートに抜かされるわよ。レクターはもっと自信を持って・・・ブツブツ・・・」


 もしかしてこれは寝言か・・・?しかもさっきとはうって変わって声のドスがきいていたぞ。


 ジュードは力を失ったように床に座り込んだ。察するに潜水の授業中なんだろうが、何でオレが出てくるんだ?それになんだよ、さっきの駄目ってのは・・・。


 シェランにいつも駄目と言われるような事ばかりしているくせに、ジュードには余り自覚がなかった。


 とにかく寝よう。このままシェランの側に居ると、昼間のように自分を抑えられなくなりそうで、ジュードはなんだか怖かった。



 だが、立ち上がりかけた時、ふとある事に気が付いた。さっきまで騒がしいほど鳴り響いていた虫達の合唱がいつの間にか聞こえなくなっている。何の物音もしない静けさ。雪の降る時期ならともかく、この季節では考えられない事だった。


 それに気付いた瞬間、ジュードの肌は刺すような恐怖で逆立った。


 ジュードがシェランの肩を掴んだ時、丁度、水から出ようとするブレードの首を後ろから捕まえて水中に引き戻している夢を見ていたシェランは、ブレードではなくジュードの顔が目の前にあった事に思わず叫びそうになるほど驚いた。


「ジュ、ジュード。な、何?」

「シッ!」


 ジュードは口の前に人差し指を立ててシェランの言葉を止めると、上着を渡した。


「それを着て、すぐにここから出るんだ」

「出るって、どうして?」

「虫の音がやんだ」

「虫?」

「それも四方全部だ。囲まれてる」


― 囲まれている?何に?熊?それとも狼? ―


 シェランは恐怖に立てなくなりそうだったが、それでもジュードの後ろに付いて部屋の奥についているはしごを登り始めた。上に付くとジュードはシェランの手を引いて彼女を助け上げ、天井についている天窓を開けた。そしてベストのポケットからロープを出すと、今登ってきたはしごにくくりつけた。


 ジュードは軽々と天窓を抜け出して、下で待っているシェランに手を差し出した。


「シェラン、早く」


 だがシェランは、思わず下を見下ろした。屋根の上はきっととても高いだろう。もし下りられなくてジュードに迷惑をかけたら・・・・。


「シェラン、大丈夫だ。絶対無事にシェランを下ろすから。オレは機動だぜ。合同訓練でのオレの勇姿、見ただろ?」


 シェランはちょっと自信無さそうにジュードを見上げると、手を差し出した。


「ジュードが救命ボートの上でこける所?」


 ジュードはニヤッと笑うと、シェランの身体を屋根の上に引き上げた。




 シェランが思った通り屋根の上はとても高かったが、その高さよりもっと恐ろしいものが2人の目に映った。月明かりの中、ライフル銃を構えた男達が、小屋の周りを取り囲み、中に突入するチャンスを窺っていたのだ。


「シェラン、オレの肩に摑まれ。絶対に放すな」


 ジュードが耳元で囁くと、シェランは黙って頷いた。リーダー格の男だろう。彼が手を大きく振って合図すると、10人余りの男達は一斉に小屋の中に飛び込んだ。ジュードが入り口に置いていたランタンの灯りも消していたので、真っ暗な中、男達はジュードとシェランを捜すことになった。




 男達が小屋に突入した瞬間、シェランを肩に担いだままジュードはロープを一気に滑り降りた。毎日の鉄塔訓練の賜物だ。そしてシェランの手を強く握ると闇の中へ駆け出した。


 あの男達が何者なのか、考えなくても分かった。ジュードが罠を取り外したり、破壊した行為は、密猟者にとって挑戦状以外の何物でもなかったのだ。


― 自分の欲の為に平気で動物を犠牲に出来る奴等だ。人間だって平気で殺すかもしれない・・・・ -


 シェランの手を握り締め、必死に見えない藪の中を走りながらジュードは思った。


― 捕まるわけにはいかない。この人を連れては・・・・ -






 今日の午後、ジュード達と別れて近くの街に向かったバーリーは、街外れにある今は誰も使っていない農場の小屋で仲間と落ち合った。仲間と言っても、森林局の・・・ではない。あちこちで密猟をやっては儲けている男達で、リーダーの男はダット・ガウマン。仲間は12人ほどいた。どいつもこいつも一風変わった妙な奴ばかりで、好きにはなれない人種であったが、銃を持たせれば皆、一流のハンターだった。


 彼等とはもう3年の付き合いになる。


 バーリーが小屋に入って行くと、他の連中は街に飲みにでも行っているのだろう。ダットが1人で銃の手入れをやっていた。


 この男も変わり者で、仕事がない時でも他の仲間のように外に出たりせず、1人でこの小屋に居る。元々牛の食べる干草などを固めて蓄えておく為の小屋は今でも埃っぽく、よくこんな中で一日中過ごせるものだとバーリーは思っていた。


 ダットはちょうど銃の手入れを終えたらしく、一度銃を構えてからバーリーを見上げた。


「よお、バーリー。どうだった?罠の具合は」

「どうもこうも・・・。小さな罠ははずされてたし、檻の方はぶっ壊れてた」

「何だって?」


 ダットの表情が変わった。


「あの罠はそう簡単には見つけられない。あんたそう言ったよなぁ。森林局から誰か来たのか?」


「森林局の奴等なら俺が押さえ込んである。例え誰かがやってきても幾らでもごまかす事は出来る。だがあいつだけはごまかせない。ジュード・マクゴナガルはな」


「ジュード・マクゴ・・・・?何だって?ややこしい名前の奴だな。そいつは何なんだ?」


 バーリーはダットの前にあった椅子の埃を払って座ると、彼が今磨いていた銃を取り上げた。


「7年前、山の管理をただ1人でやっていたロバートの息子さ。あいつは父親と同じく山の全てを知っている。例え地図がなくても河の端から端まで行けるし、他人の踏み込んだ事のない小さなせせらぎも、崖下の窪みも、小さな獣達の通り道も全てがあいつのテリトリーだ。


 間違いなく2,3日でこの辺りの罠は全て撤去される。俺達の3年間はパァッて訳だ。そしてその後、森林局へ通報だ。あののんびり局長も必ず腰を上げる。ロバート・マクゴナガルの息子の言葉ならな」


「へええっ・・・」


 ダットは目を細めて呟くと、バーリーの持っている銃を取り返した。


「それじゃあ、狩るしかないわけだ」


「ああ。奴等が今夜泊まる場所は分かっている。東へ向かったからな。それから女を連れている。殺すにはもったいないような美人だが、こっちも間違いなく狩れ。遺体はコロンビア河に流せばいい。海に出てしまえば分からん」


 バーリーは早くこの埃っぽい場所から出たいのか、立ち上がるとダットに背を向けた。


「ダット、今度の獲物は逃すなよ。でないと二度と狩りは出来ん。森林局は甘くはないぜ」


 彼はダットの返事を聞かないままドアを出た。胸の中の埃を取り出すように一つ咳払いをしてから、車の乗り込みエンジンをかけた。


「悪いな、ロバート。わざわざフロリダくんだりから戻ってきたお前の息子が悪いんだぜ」





 追っ手から逃れるために暗い藪の中を選んで走ってきたジュードだったが、シェランの走る速度がだんだん落ちている事に気が付いた。


「シェラン、大丈夫か?」


 シェランは息が上がって返事も出来ないようで、激しく肩を揺らしながら何とか「うん・・・」と答えた。


 幾ら鍛え上げているといっても女性だ。しかも追っ手を撒く為にわざと歩きにくい道を選んできた。ジュードはとりあえず止まってシェランを振り返った。彼女は肩で息をしながら、あえぐように呼吸を繰り返している。


「シェラン、まだ走れるか?」

「うん・・・まだ・・・走れる」

「この先に小さな崖があって、下が洞穴になってるんだ。そこまで頑張れるか?」


 シェランが頷いたので、ジュードは再び彼女の手を掴んで走り出した。月明かりが木々の間から差し込んでいたおかげで、しばらくすると目的の崖の上に辿り着けた。崖と言っても2メートルほどの高さで、ジュードは下に飛び降りると、両手を差し出してシェランの身体も下ろした。


 洞穴は1.5メートルそこそこの大きさだったが、2人が姿を隠すには丁度いい大きさだった。


 ジュードはここで追っ手をやり過ごそうと考えていた。彼等が自分達を追って更に森の奥へ進んで行く間に取って返して、再び藪の中を進み、森の外へ出る。一番近い街までは7~8Kmだ。オレ達なら何とか夜明けまでに街に辿り着ける。



 ジュードがそこまで考えた時、隣に居るシェランがびくっと肩を震わせた。追手の足音が聞こえてきたのだ。それと共に、男達の荒々しい息遣いと声も入り混じって聞こえてきた。


「この辺りに小さな崖がある。その下の洞穴を探せ!」


― くそっ、どうして分かったんだ? ―


 ジュードはシェランの肩を抱き締めると、洞穴を抜け出した。このままここに居ては必ず見つかる。


 山小屋といい、洞穴といい、相当この山に詳しい奴に違いない。・・・というより、オレの行動を読んでいる?


「あっちだ!」

「見つけたぞ!」


 ジュードとシェランが落ち葉を踏む音を、密猟者達が気付いてしまった。


 2人は益々スピードを上げ、藪の中を駆け抜けた。とにかく逃げるしかなかった。イバラの鋭い棘で服が引き裂かれても、鞭のようにしなやかな蔦が顔に何度も打ち付けても、止まるわけにはいかなかった。


 追手の声や足音が次第に高まっていく。1発目の銃弾がジュードの頬をかすめた。2発目がシェランのわき腹をかすめ、上着の裾を貫通した。


 これだけ暗いのに、彼等は確実に2人の姿を捉えていた。密猟者はナイトスコープ付きの銃を使っていたが、例えそれがなくても、プロのハンターは確実に獲物の息遣いを聞く事が出来るのだ。このままではいつか必ず殺される。そう思った瞬間、ジュードは右に進路をとった。


 ダットにとってジュード達を追うのは、まるで小さなウサギを追い詰めるようなものだった。彼等が進路を変えた事に気付いたダットは、スコープから目を離してニヤリと笑った。


「バカめ。その先は滝だぞ」




 走り続ける先から、次第に河の流れる音が聞こえてきた。


― コロンビア河だわ・・・・ ―


 シェランは冷たい水音がだんだん激しくなるのを聞きながら、ジュードの後を付いて走った。


 河に行ってどうするつもりなのだろう。森を抜けるなら反対方向だったはずなのに・・・・。


 シェランは不安げに前を走るジュードの背中を見つめた後、彼が自分の手をしっかりと握っているのを見た。シェランはジュードに何も聞かなかった。彼を信じて付いていくと決めたのだから・・・・。



 ジュードの思惑通り敵は銃を撃つのを止めていた。滝の前まで行けば、もうその先に道は無い。容易に捕らえられる獲物に無駄な弾を使う必要はないからだ。


 やがて上空を覆っていた木々がさあっとなくなり、目の前が開けると、月明かりがまるで映画の大画面で見るような巨大な滝の姿を映し出した。はっきりした高さは分からないが、その水音の激しさから相当な高さに違いないとシェランは思った。


 ジュードは滝の淵まで来ると立ち止まり、後ろを振り返った。


― 最後に密猟者の顔を見てやる ―


 10人余りの男達がすぐに追いついてきて、周りを取り囲み、ジュードとシェランにライフルを向けた。誰も彼も狩りを楽しむようにギラギラとした目で2人を見据えている。姿はごろつきのようなのに、銃だけは高そうで手入れが行き届いているように見えた。


 彼等はきっと根っからのハンターなのだ。相手がなんであろうと狩る事が楽しくて仕方のない人間・・・・。


「おおっと、待った待った」


 男達の後ろから更に高そうなライフルを肩に乗せて、一人の男が現れた。髪が余りにもボサボサで、元々から灰色なのか黒い髪が白髪になったのか分からない髪だ。ピッグスキンの皮のジャンパーも擦り切れて、色がよく分からなかった。他の男達と同じようにギラギラ光る目が、焼けた肌の中から浮かび上がって見えた。


「随分とこの森にゃ詳しいようだが、残念だったな。これ以上何処にも進めん。観念するんだな。ジュード・マク・・・マク・・・マクドナルド?」

「マクゴナガルだ!」


 ジュードは名前を訂正しながら、何故この男が自分の名を知っているのか考えた。それにオレがこの森に詳しい事まで何故知っている・・・?


「ああ、そうそう。マクゴ・・・まあいい。俺はダットだ。お前達に恨みはねーが死んでもらう・・・じゃなかった!おめぇらには散々恨みがあるんだ。よくも俺達が仕掛けた罠を潰しやがったな!」


― 何なんだ?この男は。人の名前もちゃんと言えないなんて、頭が悪いのか? ―


 要領を得ない男のしゃべりに、ジュードはムッとして答えた。


「禁猟区で密猟をする方が悪いんだろ?罪の無い動物を殺して何が面白いんだ?」

「面白いし金も儲かる。何が悪いんだ?」


 男の返答にシェランはたまらなくなって叫んだ。


「小さな子供達から親を奪っておいて!それでも人間なの?」

「人間だから自然を利用する。当たり前の事じゃないか」


 シェランは悔しさに唇を噛み締めた。こんな男には何を言っても無駄なのだ。動物も人も同じ、命の尊さに何の変わりは無いのに・・・・。


 そしてジュードは相変わらず自分を舐めるように見ている男達を見た後、ダットという男を見据えた。


 昔、父のロバートは焚き火の炎を見つめながらよく言っていたものだ。


「ジュード。この地球に生きるすべての命はね、自然に生かされ守られているんだ。時に自然は俺達にその驚異を見せ付ける事もあるが、それは人に自然の偉大さを忘れさせない為なんだよ。それも分からないで我が物顔に自然を利用し傷付けていたら、必ずしっぺ返しを食らう。


 オレゴンの人々はそれをようく知ってるんだ。だから都市の発展を抑制し、自然と共に共存する道を選んだ。そうしてここの自然は、人々に限りない恵みを与えてくれる。大地を潤す雨。マウントフッドから注ぎ出る健康的な水。変化にとんだ四季の美しさ。


 俺達が自然を守っているんじゃない。人は常に自然に守られているんだ」



 そんな父の教えはジュードの心の中に、彼の思い出と共に深く息づいていた。だから何も知らないよそ者が、私欲で自然を踏み荒らすのがどうしても我慢できなかった。


「そうか。だったら好きなだけ自然を利用すればいい。だが覚えておくんだな。お前達は必ず彼等から報復を受ける。己の愚かさに気付かない限り、山も川も動物も、お前達を許しはしないぞ」


「言いたい事はそれだけか?」


 ダットがニヤッと笑って銃を構えると、他の男達も2人に再び照準を合わせた。


「いや、いや。まだあるよ。あんた達はオレ達を殺すつもりなんだろうけど、別に弾を無駄遣いする必要なんかないんだ。今から面白いものを見せてやるよ」


 そう言うとジュードはシェランの身体を片手で引き寄せ、ぎゅっと抱き締めた。そしてびっくりして目を見開いているシェランの耳に囁いた。


「シェラン、オレを信じてるか?」


 シェランは何の迷いも無く答えた。


「はい・・・・」

「オレもシェランを信じてる」


 その答えと同時にジュードはぐっと歯を噛み締め、滝の淵を蹴った。








 



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