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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第15部 オレゴン・サマー 【1】

 7月31日はSLS恒例の卒業式典がある。雨天の時は本館一階の大ホールで行なわれるが、大抵この日は良い天気に恵まれるので、SLS専用港で全てのライフシップと消防艇が浮かんだ海をバックに行なわれるのだ。


 ライフセーバーをサポートする課である操船課、航空機課、技術・装備課、海洋情報研究課も2年間の研修期間を終え卒業するが、彼等はライフセーバーのように華々しい卒業式典は行なわず、7月30日に本館の大ホールで卒業式を行なう。それでも訓練生全員が参加して彼等の新しい門出を祝い、次の日には訓練生の旅立ちを祝うことになっていた。



 SLSの訓練生にとって、この日は特別な日であった。3年間の厳しい訓練や様々な問題をくぐり抜け、やっと正式隊員、つまりプロのライフセーバーとして認められる日でもあるのだ。


 


 残念な事に今の3年生はジュード達が入学してくる前、まだ1年生の時、1人の仲間を失っていた。チャック・ベーリーというBチームの潜水課の生徒だったが、訓練中に水中に置かれた機材に足を挟まれゲインや仲間の助けで何とか逃れたが、足が少し不自由になってしまった。


 この時はさすがのゲインも辞職を覚悟したが、チャックは何とか立ち直って技術・装備課に編入し、何よりチャックがゲインを退職させないように校長に進言した事もあって、ゲインは教官職を続ける事になったのだ。


 そのチャックも去年2年間の技術課程を終え、今はニュージャージー州の支部で技術管理部員として働いている。ジュード達と同じように今の3年生も様々な問題を乗り越えここまでやって来たのだ。




 そしてジュード達2年生にとっても、3年生の卒業は感慨深いものがあった。たった二年間だったが、彼等はいつだってジュード達の良い目標であった。その3年生が居なくなると自分達が最高学年になり学校の外に出て、いよいよ本部隊員との合同訓練も始まる。これからはジュード達が新1年生、2年生の手本になり、彼らを引っ張っていかなければならないのだ。



 だがその卒業式の前にジュード達には大切なイベントがあった。3年生との最後の合同訓練である。どうせなら機動、潜水、一般、全て合同でやろうという事になり、2学年挙げての一大イベントになってしまった。


 そうなると大変なのは教官達である。他の船舶の邪魔にならないような場所や時間を想定し、要救助船の順備やどのような状況下での救助にするのか、企画もしなければならない。大掛かりになるほど人員の配置をしっかりしなければ、ヘリやライフシップ同士で接触事故も起こしかねないのだ。



 シェラン達は連日3年の教官達と会議を開いた。時間が余り無いので深夜まで話し合うこともあったが、誰も文句を言う者は居なかった。アダムス・ゲインでさえ、これは機動の合同訓練の仕切り直しなのだからと、3年の潜水課に要救助者をやらせてもいいと提案してくれた。皆今の3年生にいい思い出を残してやりたいのだ。




 教官達が毎日遅くまで合同訓練の企画をしているので、さぞかし大々的な訓練になるだろうという噂が訓練生達の間で流れていた。そうなるとプレッシャーを感じるのがシェランやクリスのようなまだ新米の教官である。


 彼らが談話室でコーヒーを飲んでいると、2年生が入れ替わり立ち代りやって来ては合同訓練の話をしていく。特に2年の機動は気合が入っているらしく「俺達、もうめちゃくちゃ頑張りますから、いい企画立てて下さいね!」などと言ってくるものだから、シェランは休憩をとった気になれなかった。



「全く、生徒の方は楽しみだけでいいわね」


 シェランが口を尖らせて呟くと、クリスはにっこり微笑んだ。


「たまには息抜きにでも行く?今日は3年の教官会議があるから合同訓練の会議は休みだし・・・」

「そうね。イタリア料理なんてどう?食後に濃いエスプレッソが飲みたいわ」

「いいね。ダウンタウンにいい店があるよ」


 





 夕食を終えるとジュードはバイトに行く準備をして寮を出た。ここに戻ってからジュードは以前のスポーツクラブでのバイトを再開していた。アズとピートが出て行った彼を探しに行った時、クラブの人事課の男性が「彼が戻って来たら、ここにも戻るように伝えてくれ」と言ってくれたからだ。



 寮の前に止めてある自転車に乗っていざ出ようとした時、エバとキャシーがニヤニヤ笑いながらやって来た。


「あら、ジュード。今からアルバイト?」

「バイトなんか行ってていいのかしら」


 相変わらず含みのある言い方だ。ジュードはどうせ又2人で自分をからかいに来たのだろうと相手にしないことにした。


「悪いけど急いでるんだ。遅刻したら信用失くすだろ?」

「へえ、そう。まあ、別にいいけど・・・。あっ、マイアミに行くんなら、ダウンタウンの方へは行かない方がいいわよ」

「?・・・何でだ?」


 エバとキャシーはお互いを見つめてニヤッと笑うと同時に答えた。


「今日、シェラン教官とクリスはダウンタウンのイタリア料理店でデートなんですって!」


― デート!? ―



 ジュードは思わず、持っていた鞄を落としそうになったがぐっと堪えた。ここで動揺しているのを見られたくない。だがエバとキャシーにはジュードが内心冷や汗をかいているのは分かっていた。2人は更に追い込みを掛けるようにしゃべり始めた。


「オシャレなイタリアンレストランでワインなんか飲みながら、今日こそクリスはシェラン教官にプロポーズするわよ」


『シェラン、僕と結婚してくれるかい?』

『もちろんいいわよ、クリス。愛しているわ』


 エバとキャシーはクリスとシェランの声色を真似て、これみよがしに手を握り合い見つめあった。



「な、な、なんでいきなり結婚なんだよ!まだ付き合ってもいないのに!」

「あら・・・」


 エバはキャシーの手を離してジュードの前にある自転車のサドルに手をついた。


「教官、この間24歳になったのよ。クリスは27歳。丁度いい年頃じゃない?2人とも」

 


 ジュードはエバを見つめたまま、何も答えられなかった。確かに彼女の言う通りなのだ。まだ19歳の訓練生に比べたら2人とも立派な大人なのである。


「クリスがプロポーズしたら、シェラン教官受けると思う?キャシー」


「そりゃあもちろん受けるわよ。クリスはハンサムだし、優しいし、何をやったってサマになるし・・・それにお金も持っていそうだしね」


「そうよねえ。第一ジュードが本部隊員になってフロリダに戻ってくるのを待っていたら、シェラン教官、おばあちゃんになっちゃうわ」


 エバがチラッと自分の方を見て言ったので、ジュードはむっとした。


「何でオレが出て来るんだよ。オレは関係ないだろ?」


 怒ったように自転車のペダルを踏んで去っていくジュードの後姿を見つつ、エバとキャシーはにやりと笑い合った。



 何だよ、シェランてば。オレはシェランと旅行に行く為にバイトに精を出しているってのに・・・!


 

 実はジュードには、シェランに威張って言えるほどの蓄えは無かったのだ。だがシェランに金の面で世話になるのだけは絶対にいやだった。






 マイアミの町まで続く、やしの木の生えた道路を自転車で走りぬけながら、ジュードは黙々とペダルを踏み続けた。昼間のむせ返るような暑さも夕方は少し下がって髪をなでる風が心地よい。


 長い坂道を重いペダルを踏み込みながら登りきると、左にカーブする気持ちのいい下り坂だ。ジュードはペダルの上に立ち上がって風を切った。



 さっきのエバとキャシーの話を、ジュードはいつだって考えずには居られなかった。いつかそんな日が来るかも知れないとずっと思っていた。


 夜ベッドに入ってから時々考える。



 もしシェランがクリスと結婚する事になったら、オレは祝ってやれるんだろうか?きっと物凄く動揺して2人の顔も見れなくなってしまうだろう。その事を考えるだけで、こんなにも嫌な気分になって眠れなくなるのに・・・。



 だからジュードは考えない事にした。そんな事より今を大事にしよう。大好きな人と大好きな仲間に囲まれて過ごせる訓練生時代。プロのライフセーバーになれば、楽しい事よりも辛い事の方が多くなるかもしれない。


 今は色々な問題や様々な危険から学校や教官が守ってくれている。だが外に出れば、全てを判断し、責任を取るのは自分自身なのだ。それはどれ程重い責務だろうか。


 その重責をシェランもクリスも背負い、乗り切ってきた。そんな2人にプロの世界など何も知らない自分が彼等のする事に何かを言えるはずは無いのだ。





 ジュードが働いているジムにも沢山の背の高いヤシの木が植えられ、広い駐車場の周りも取り囲んでいる。駐車場から建物を見上げると、ガラス越しにランニングマシーンに乗って走っている人やエアロバイクをこいでいる人々の姿が目につく。


 ジュードはそんな人達の見える建物の前を通り抜け、裏側に向かった。こちら側には従業員専用の駐車場があるのだ。


 彼は駐車場の奥に在る駐輪場に自転車を止めると、係員専用の重い鉄製のドアを開けた。廊下のすぐ右側にあるロッカー室を開けると、元水泳選手でインストラクターのカーク・ウィザリーが着替えていた。


「やあ、カーク。今日はもう終わり?」

「ああ。今からダウンタウンで友人と待ち合わせなんだ。久しぶりに飲みに行くのさ」


 カークは右手の親指を立てて、片目を閉じた。


 ダウンタウン・・・。カークは良く行くのだろうか。



「カーク。ダウンタウンにイタリア料理店ってどの位あるか知ってる?」

「イタリア料理?」


 カークはイタリア料理など余り食べに行った事がないのか、ちょっと眉をひそめて考えていた。


「せいぜい2、3件ってところじゃないのか?なんだ、ジュード。彼女に連れて行ってってせがまれたか?」

「そんなんじゃないよ」


 ジュードは笑って答えると、ロッカー室を出て行くカークに手を振った。


 ロッカーを開けていつものように水着に着替えると、上から赤いメッシュ状のベストをかぶる。ベストは監視員が必ず着るもので、胸の部分に白い字で『Lifeライフ Guardガード』という文字と大きな十字が描かれていた。



 50メートルプールの方に行くと、いつものようにクラブ会員達が優雅に泳いでいた。奥の4コースは会員用、手前の3コースは水泳教室に通う生徒用である。


 ジュードはプールの脇に置いてある監視員用の椅子には座らずに、ゆっくりとプールの周囲を歩き始めた。殆ど毎日泳ぎに来るような会員の人達はもうすっかり顔馴染みで、ジュードが側に行くと手を振って挨拶をしてくれる。


「こんにちわ、ローダーさん。今日の調子はいかがですか?」

「まあまあだ。もう2時間も泳いでるんだぜ」


 世の中には泳ぐ事が好きな人がいるものだ。ここの会員の中には1日3時間以上泳いでいる人も居る。その人はもう62歳なのに凄い体力だなぁとジュードは感心したものだった。だがシェランほど、泳ぐ事が好きな人間は居ないだろう。彼女のは“泳ぐ”と言うより“潜る”なのだが・・・・。



― きっと今頃シェランは、クリスとワインでも乾杯してるんだろうなぁ・・・・ -






 一杯くらいなら構わないだろ?と勧められて、シェランはクリスと赤いイタリアンワインを乾杯した。久しぶりに飲んだワインは身体中を熱くする。少し頬を赤く染めながら、シェランはクリスお勧めの子牛のチーズカツレツにナイフを入れた。


「おいしい!チーズがとろけるみたい」

「だろ?ここのペスカトーレもいけるよ。取ってみる?」


 シェランはそんなに食べられないと首を振ったが、クリスは「大丈夫。きっと食べられるよ。おいしいから」と言って注文した。


 今日、クリスはシェランに絶対聞かなければならない事があった。彼女の夏休みの予定である。断られるのは覚悟の上で、旅行に誘ってみるつもりだった。本当は実家に連れて帰って、両親や親戚一同に紹介したいのは山々だったが・・・。


 クリスの注文したペスカトーレがテーブルの上に置かれた時、彼が急に夏休みの予定を聞いてきたので、シェランはびっくりして「ええっ!?」と声をあげてしまい、あわてて周りを見回した。


 実はシェランの頭の中は、常に夏休みの事で一杯だった。どんなに忙しくても、その事が頭のどこかにあって離れないのだ。


「えーと・・・そ、そ、そうね。夏休みはその・・・友達と旅行にでも行こうかな?って思っているの。ええ、まだ思っているだけで、別に行くって決めたわけではないんだけど・・・・」


 シェランはなぜか言い訳がましく説明した。


「行くって決めたわけじゃないなら、予定はまだ未定?良かったら僕とその旅行に行かないか?」


 シェランは一瞬、時間が止まったようにクリスの顔を見た。それは2人きりで、という意味だろうか・・・。いくら同僚で友人でも、2人きりというのはその範囲を超えてしまう事だとシェランは思った。クリスはそのつもりで言っているのだろうか・・・・。



 何故だかシェランは、ジュードと旅行に行く話をした時よりずっと罪悪感を覚えた。


「クリス・・・。ごめんなさい。本当はちゃんと約束をしているの・・・。決めたわけではないなんて言ってごめんなさい」

「謝らないで、シェラン。別に構わないよ。ちょっと言ってみただけだから・・・」


 クリスは残念な気持ちを押し隠して微笑んだ。シェランはとても居心地が悪そうにうつむいている。



 勇気を出して言わなければ何も始まらないと分かっているが、シェランにこんな表情をさせるくらいなら、黙っている方がずっといいと思ってしまう。だからもうこんなに長い間そばに居るのに、抱きしめる事さえ出来ないのだ。


「僕もなるべくなら実家に帰ったほうがいいしね。なんてったって僕は親戚のおばさま方の人気者だから」


 シェランがやっと顔を上げて笑ってくれたのでホッとすると、クリスはワインを一気に飲み干した。


― あーあ、こんなんだからジュードなんかにやきもちを焼かなきゃならないんだよな・・・・ ―






 次の日ジュードが談話室で缶コーヒーを買っていると、再びエバとキャシーがニコニコしながらやって来た。


「お早う、ジュード。昨日はダウンタウンに行った?」

「行くわけ無いだろ」


 ジュードは煩わしそうに2人の方を振り返らずに答えた。


「あら、どうして?心配じゃなかったの?」

「なんで教官がイタリア料理を食べに行くくらいで、いちいちオレが心配しなきゃならないんだ?」


 ムッとしながら振り向いたジュードは、彼女達の後ろにシェランが立っているのを見てびっくりした。


「なあに?イタリア料理がどうかしたの?」

「教官。昨日おいしかったですか?イタリア料理」

「まあ、情報通ね、エバ。ええ、おいしかったわよ。良かったら今度一緒に行きましょうか?」


「わあ、嬉しい!・・・でぇ、クリス教官。何か言ってましたぁ?」

「クリス?いいえ、別に何も言ってなかったようだけど・・・?」


“だって、良かったわね、ジュード”


 エバが耳元で囁いたが、ジュードは益々ムッとした顔をして缶コーヒーを持ったまま、驚いたような顔をしているシェランに背を向け談話室を出て行った。そしてそのまま寮の部屋へ戻りドアを閉めると、その前で力が抜けたように座り込んだ。


「良かった・・・。何も無くて・・・・」






 2年生の、特に機動課が楽しみにしている3年生との最後の合同訓練の日程が7月20日に決定した。2年、3年の教官達が安全対策を考え、練りに練った企画が出来上がったのである。訓練の内容は以下の通りであった。


 大西洋沖で航行中の海洋調査船から救難信号が届く。船は何らかの事故により、炎上しているらしい。すぐさまライフシップと消防艇が出動。


 調査船からの連絡では、3隻の海中探査艇が海上の船が火災の為、戻れなくなっているとの事。


 一般はすぐに消火及び船内に取り残されている要救助者の救助を機動と共に行なう。要救助者は少なくとも各船に30名。潜水課はそれぞれ2年、3年のチームに分かれて水中にある3つの探査艇まで行き、内部を確認。同じく要救助者を救助しつつ、調査船と探査艇をつなぐウィンチを切り離し、探査艇を海上に浮上させる。


 船内で要救助者を救助する以外の機動は、上空で待機。探査艇の浮上と共にリベリングで降下し、カーゴスリングにウィンチを連結。そのまま陸まで運ぶ。



 この企画書を見た時、3年のリーダー達は「うーん」とうなった。簡単そうに書いてあるが、これは大変難しい作業だ。


 なにしろ要救助者の人数が多すぎる。90名の要救助者を2年、3年の一般と機動、59名で救助するわけだが、消防艇に残る一般と探査艇を引き上げる機動の人数を確保すると、要救助者を救助に行けるのは約35名。


 潜水課は既に海底に潜っているので、彼等のフォローは期待できないし、彼等自身も一般のフォロー無しで要救助者を救助しなければならない。



「これは・・・大型船舶並みの救助だな」

アラミスが困ったように鼻の頭をかいた。


「中は90名で、外は何人くらいの要救助者が居るんだろ」

「どうでもいいけど、探査艇なんて吊り下げられるのか?」


 BとCチームのリーダー、テッドとジョンも不安げに呟いた。彼等はすぐに2年生のリーダー、副リーダーを集めその企画書を見せたが、全員押し黙ったまま顔を見合わせた後、3年生の方を振り向いた。


「先輩、これはいわゆる・・・卒業試験ってやつですね」

ジュードが真剣な顔でアラミスを見上げた。


「じゃあ、全員救助できなかったら落第、すなわち退学って事ですか?」

「おいおい、よせよ」


 サミーの言葉にCチームの副リーダー、サンディが首をすくめた。


「機動の事だからどうでもいいですが、リベリングで降下しても着地できるだけの地積が確保できませんね」

 ジーンはあくまで冷静だ。



 2年の各チームリーダーの反応は3年のリーダーとほぼ同じであった。だが不可能を可能にするのがSLSだ。今度は2年、3年のリーダー、副リーダー達が暇を見ては集まり、話し合う事になった。


「まず、探査艇が1,600Kg以内か確認しないと」

「そこは教官が考えてるだろ?」


「とりあえず、消火は一般に任せて、ヘリの消火バケットやドロップタンクは空にしよう」


「リベリングで着地が出来ないなら、ホイストで吊り下げたまま作業するのはどうでしょう」

「その方が難しいぞ。ダウンウォッシュでサーバイバー・スリングが絡んだりするしな」


 ジュードはアルバイトと掛け持ちなので、バイトのある日は意見書をマックスに持って行ってもらったり、帰ってきてから決定事項に目を通したりと大変だった。時々アズが夜中に目を覚ますと、暗い部屋の中で机の電灯だけを灯し、決定した企画書を見ながらAチームの人員配置を考えているジュードの姿があった。






 そしていよいよ、最後の合同訓練が行なわれる7月20日がやって来た。ジュード達は前日から念入りにライフシップ、消防艇、救助ヘリの点検を行い、もう準備は万端である。


 朝10時。既に強い日差しが照りつける中、2年、3年の訓練生全員が1艘の消防艇とヘリを載せた3艘のライフシップの前に集合した。それぞれのチームのリーダーがメンバーの人数を確認した後、チームの前方に並んで立った。


「只今より2年、3年生による合同訓練を開始する!」


 アラミス・マグワイヤの掛け声で、全員がそれぞれのライフシップと消防艇に乗船した。シェランも3年Aチームの教官、ケーリー・アイベックと共に2つのAチームが居るライフシップに乗り込んだ。




 白い波を掻き分け、4艘の船が出港し、今日訓練を行なうポイントに向かった。海洋調査船ではなかったが、かなり大きな船舶が用意してあった。しかも本当に燃えている。教官達もかなり力が入っているなぁと思いつつ、一般課と機動課の消火班は早速、消火作業と中に居る要救助者を救助する為に防火服を着込み、要救助船に乗り込んだ。


 3年生を先頭に、二人一組で中に居る要救助者に見立てた人形を担いで運び出していく。潜水課もすぐにウェットスーツに身をつつみ、酸素ボンベの酸素量を確認。3年生の合図と共にそれぞれの船から水中に飛び込んだ。2年のBチームだけ7人居るので、全部で32人分の水しぶきが各ボートから上がった。


 要救助船の下には3本のワイヤーで吊り下げられた探査艇(本物ではなく、それに見立てたボール型の10人用救助ボートで、ウィンチをはずし操作用のひもを引くと膨らんで浮かぶようになっている)があった。


 ひもを引くと凄まじいスピードで浮上するので、ウィンチをはずした後、ひもを引く前に船の下から出さなければならない。船から20メートル離れた地点がヘリの待機地点なので、そこまで全員で協力しながら海中を移動する。巨大なボートを持って海中を平行に移動するのは、全員の息を合わせなければならない難しい作業だ。


 3年生が送る水中手話を順番に伝えながら、彼等はゆっくりと移動を始めた。


 潜水課が入水するのを見届けた後、機動もそれぞれのヘリに向かった。ネルソンはライフシップに乗船する事は許されたが、まだ左足を引きずっていて残念ながらヘリに乗る事は許可されなかったので、ライフシップから見学である。


 ヘリの前でネルソンの上げた右手をたたきながらAチームはヘリに乗り込んだ。


「ネルソン、行ってくる」

「活躍を期待してるぜ、リーダー」


 片目を閉じたネルソンにジュードが握り締めた拳を上げると、ヘリは空へ舞い上がった。



 待機地点の上空で暫くホバリング(空中停止)をして待っていると、オレンジ色の大きなボール状の救助ボートが勢いよく浮上してきた。


 リーダーミーティングでボートの上に降りるのは2名と決められていた。それぞれ3年と2年の中から代表を1名ずつ事前に決定した。3年は2年を教えながらやらなければならないので、実力者に限られる。AチームとBチームはリーダーのアラミスとテッド、そしてCチームは副リーダーのサンディ・エマーソンだ。


 2年はAチームがジュード、Bチームがフィリップ・マクバーン、Cチームはチャック・ギブソンが降下する事になっていた。


 浮上してきたボートが出来るだけ動かないように潜水課が周りを掴むと、それぞれの代表が海の中からヘリへ合図を送った。


「よし。行くぞ、ジュード」

「はい!」


 ジュードの前にマックスが立つ。彼が右手の親指を立ててOKの指示を出すとジュードはリベリングに体重をかけた。


降下ダウン!」


 3年の先輩の合図で2人は降下を開始した。


 ネルソンと共に船でシェランもじっとその様子を見守った。


― どうぞ、もう二度と事故が起こりませんように ―


 祈りながらジュードを見つめていると、ボートの上に降りた彼が足を滑らせた。


「ジュード!」


 シェランは思わず叫んで船べりに駆け寄ったが、すぐにアラミスが力強く彼の腕を掴んでいた。


「先輩!」

「ジュード、ウィンチだ。教えた通りにな」

「はい!」



 不安定なボート上でカーゴフックとウィンチを繋げる作業が始まった。救助ボートは軽いので、もろにヘリのダウンウォッシュと波の影響を受ける。潜水課も必死に押さえてくれているが、滑りやすい上にウィンチを繋ぐ場所がかなり角度があるので油断すると足を滑らせて海に落ちる危険性がある。


 失敗したらその時点で失格だ。と言われていたので、全身の力を一瞬でも緩めるわけにはいかなかった。


 やっと最後のウィンチを繋ぎ終えると、ジュードはアラミスに「完了!」と叫んだ。アラミスが上空のヘリに右手を振り上げ合図を送る。ヘリがリベリングを回収した後、巨大なボートを引き上げ陸に向かった。


「やった!Aチームが一番だ!」


 ケーリーの喜びの声に、シェランもネルソンと拳をぶつけ合った。


 それから3分遅れでCチーム、最後にBチームのヘリが飛び立った。それを見てホッとしたように溜息を付いた後、クリスはゲインが右手を差し出しているのに気が付いた。勿論、喜んで彼の手を握り返した。


 見守る教官全員の笑顔と共に、3年生にとって最後の合同訓練は無事幕を閉じた。




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