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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第14部 殺人者 ―助けられない罪― 【1】

 夏を迎えると、フロリダには大きなハリケーンがやって来る。ジュード達が入学した年も大きな台風がやって来て、マイアミ周辺は無事だったが、訓練生全員、隣の州に借り出されて本部やテキサス支部の隊員達が救助活動をする補佐をしたり、救難テントで食料の配給をしたりするのを手伝った。


 過去の記録では規模の大きなハリケーンが来た時マイアミビーチもかなりの被害を受け、訓練生も寮や学校から脱出した事があったらしい。


 そういった事情もあって6月も後半になると、訓練校の談話室に置いてある大型テレビが殆ど天気予報の画面を映し出すが、今年は大きなハリケーンが発生する可能性は低いようだ。というわけで、訓練生達は相変わらず照りつける日差しの中、毎日訓練に励んでいた。



 

 そんな中、エバとキャシーには楽しみにしているイベントがあった。シェランの誕生日パーティである。去年はハリケーンが2つも7月にやって来て、彼等は初体験のボランティアに明け暮れることになったのだが、今年こそは実行できそうだ。


 チームを上げてのパーティなので、当然チームのリーダーに一番に話を通しておくべきだろう。そこでエバとキャシーは揃ってジュードの所にやって来た。シェランの事が好きなジュードなら、先頭きってパーティの順備に取り掛かるだろうと思っていたのに、何故か彼は難しい顔をした。



「悪いけど、それは賛成できない」

「何それ!どういう意味?」


 エバとキャシーはびっくりして同時に叫んだ。


「理由は言えないけど駄目なんだ。シェランにとって、その日は思い出したくない日なんだよ。だからシェランにも誕生日の話はしないでくれ」


 そう言うとジュードは逃げるように背中を向けて行ってしまった。




 7月5日・・・。その日はシェランの両親が大西洋で事故に遭い、亡くなった日である。その日からシェランは誕生日を祝わなくなった。その事をエバとキャシーに話せば当然2人なら分かってくれるだろが、そんな重大な事を本人の了承も得ずに、ジュードの口からは言えなかった。



 しかし納得がいかないのはエバとキャシーである。2人は同じ潜水や一般の仲間を集めると(機動を呼ぶとジュードの味方をするに決まっているので、彼等は除外された)事の顛末を興奮しながら話した。



「大体何?思い出したくない日なんて、自分の誕生日を思い出したくない人が居る?勝手に決め付けてるんじゃないの?あいつは。それに理由は言えないなんて、私達に隠し事をするなんてあんまりじゃない!」


「そうよ!普段は仲間だとか何だとか一番に言うくせに。それに教官の事をシェラン、シェランって呼び捨てにし過ぎじゃないの?」



 何だか怒っている理由が違う所にいっているようだが、とにかくエバとキャシーの怒りは頂点に達していた。何しろ、普段楽しみの少ない彼等のパーティ計画を頭から否定されたのだ。


「まあまあ、あいつが教官の事を呼び捨てにするのは昔からだし」

「そうそう。あれは自己主張なんだよ。いつまでも子ども扱いするなっていうね。あいつは大佐に男として認められたいのさ」

「だから何よ!!」


 ピートとサムがなだめようとしたが、2人は彼等がジュードの肩を持っていると思って余計腹を立てた。


「どうして教官の誕生パーティをすることがいけないことなの?シェラン教官だってきっと喜んでくれるのに!」

「まさか、あいつ。誕生日には教官を独り占めにしようなんて思ってるんじゃないでしょうね?」


 エバの目がギロッと光って男達を見回すと、有り得ない話ではないと思った彼等は何も言えなくなってしまった。



「はっ、ばかばかしい!」


 仲間の一番後ろで腕を組んで座っていたアズが、そのままの姿で立ち上がった。


「お前等、自分達のリーダーがそんな小さな男だと思っていたのか?理由は言えないと言うのなら、何か余程の事情があるんだろう。お前らこそ仲間だなんだと言うんだったら、それくらいのこと察してやれ」


 普段は全く非協力的だが、ここぞという時に良い事を言うアズに、男達はみな心の中で拍手を送っていたが、エバとキャシーはどうも納得できないような顔で側の椅子に座った。



「とにかくさ、どんな理由があるにせよ、教官の誕生日パーティは良い計画に決まっている。だからエバとキャシーは準備を進めておいてくれよ。後は俺達がちゃんと理由を聞いて、あいつを説得するからさ」


 ピートの言葉にエバとキャシーはにやりと笑った。


「本当ね?信じていいのね?」

「もちろん信じていいわよ、エバ。だってもし出来なかったら・・・・」


 ―もし出来なかったら・・・― その後のセリフを考えると、男達は凍りついたように固まってしまった。






 そんな計画や話し合いが仲間達の間で交わされているのも知らず、ジュード達機動のメンバーは、今日の午後から行なわれるヘリでの実地訓練に向けて準備を始めていた。


 2年生の彼等にとって、今日は特別な実地訓練であった。3年生になると1、2年の時のように他の学年との合同訓練は殆ど行なわれなくなる。代わりに彼等は本部隊員との合同訓練を行なって、よりプロのライフセーバーへと成長していくのだ。


 その3年生も7月の初旬には、それぞれ何処の支部になるか配属を決められ、7月31日にある恒例の卒業式でこの訓練校を巣立っていく。その3年生と今日は最後になるかもしれない合同訓練の日だったのだ。


 ジュード達が1年生の時は当時の3年生と殆ど接触はなかったが、一つ上の先輩達は訓練以外でも色々世話になってきた。ついこの間も巡洋艦に捕らわれた仲間を助ける為に、ネルソン達に協力してくれたのだ。


 だから今日は彼等にとって特別な日なのである。そこでジュード達は昼食もそこそこに済ませると、卒業していく先輩に、1年前よりこんなに成長したのかと言ってもらえるよう、準備を始めたのだ。もちろんBやCチームの機動メンバーも来ていた。



「おい、先輩のヘリもきっちり準備しておけよ」

「ああっ、ネルソン。又ロープ忘れてるぞ!」

「悪い、ジェイミー、乗せておいてくれ」

「バカ、お前がやれ。だから忘れるんだ!」


 6機のヘリの前で後輩達が騒がしく準備を整えている姿を、リーダーのアラミスは他のチームの機動のメンバーとにっこり笑って見ていた。




 今日は風も無く、絶好の飛行日和である。本日最初の訓練は、操船課の生徒が動かすライフシップの上にリベリング降下し、下に居る要救助者にCPR(心肺蘇生法)を行った後、彼等を連れてヘリまで戻ってくるというものだ。いかに早く正確、安全に救助できるかが勝負だ。


 要救助者の役も操船課の生徒がやってくれるのだが、いつも船の中に居る彼らにとっては、訓練生に抱えられて空中を飛ぶヘリに運ばれるのは結構命がけの協力であった。



 ジュードはローター音がやかましく鳴り響くヘリの中から、青い海の上に浮かぶ真っ白なライフシップを見下ろした。きっと今頃、潜水課や一般課も潜ったり、消防艇で放水訓練をしたりして、3年の先輩達と最後の合同訓練をやっているだろう。そう思いつつ彼は4人の仲間を見回した。


「さあ、みんな。3年の先輩に思い切りイイところ見せようぜ!」

「オーッ!」



 後方に飛んでいるヘリを見ると、中からアラミスが大きく手を振り上げ手話で話しかけていた。


“腕前を見せてもらうぞ、2年生。まずはマックス、ショーン、お前達だ”


 一番手が苦手なショーンだったが、ご指名とあらば仕方がない。彼等はヘリの両側に四箇所付いているリベリング装置の内、前方の二箇所に手を掛けると、ヘリの外に体を乗り出して準備をした。


降下(ダウン)!」


 ジュードの合図と共に、彼等は滑るように降下を開始した。船の上に到着すると要救助者に心配蘇生法を施し、ホイストによって収容、再びヘリに戻って来た。


 初めて要救助者役を演じた操船課の1年生は少々気分が優れないようだったが、マックスとショーンは、3年の先輩がヘリの中から拍手を送ってくれたので大変自慢げであった。


“次、ネルソン、ジェイミー!”

「はいっ!」


 彼等は後ろのヘリに聞こえるような大きな声で返事をすると、今度はヘリの後方にあるリベリング装置に手を掛けた。その時ふとネルソンは手に違和感を覚えて、一瞬ヘリから出るのを躊躇(ためら)った。


「どうした?ネルソン」


 マックスの声に彼はハッとしたように振り替えると、笑いながら首を振った。外側に背を向け、リベリングに体重を掛けた。


― カチン・・・ ―



 その微かな音がジュードの耳に届いたのは、彼が『降下』の合図をかける、ほんの一瞬前だった。外に居たネルソンの体がヘリから離れた瞬間、ジュードは走り出した。滑り込むようにして床に寝そべり、ドアの外に手を差し出したが、ネルソンの手を捉えることは出来なかった。


「ネルソンッッ!!」



 ジュードの目の前で、ヘリからはずれたリベリング装置と共に恐怖に目を見開いたネルソンが、自分の方に手を差し出したまま落ちていく姿が見えた。ジュードはすぐに立ち上がると、さっきマックスが使っていた手前のリベリングに手を掛けたが、ショーンにその手を押さえられた。


「待て、ジュード。さっきは大丈夫でも二回目は駄目かもしれない。リベリングは使うな」


 下を見下ろすとネルソンが船の甲板に落ちている姿が見えた。周りを操船課の生徒が取り囲んでいるが、彼等はライフセーバーの訓練や授業は受けていないので、どうしたらいいか分からずオロオロしているようだ。


「デリー!海へ出て出来るだけ高度を下げてくれ!」


 ジュードはヘリのパイロットに叫ぶと、ライフベストをすばやく着込んだ。


「マックス、後は頼む!」


 仲間達が頷くのを見る前に、彼は5メートル程に高度が下がったヘリから飛び降りた。ライフシップまで泳ぐと急いで甲板へ駆け上がった。



 ネルソンの側には既に3年生がリベリングで降りてきていた。アラミスに抱えられたネルソンの顔を覗き込むと、完全に意識を失っており、左肩から腕にかけての骨が折れているようだ。すぐに3年生のヘリが着陸したので、ジュードも彼らと共にネルソンに付き添ってマイアミの病院へ向かった。








 病院に着いたネルソンは、すぐに看護師の手で手術室に運ばれていった。3年生はSLSに事故の報告をする為に戻って行ったが、機動の担当教官であるロビーとジュードは病院に残った。



 彼らが無言のまま手術室の前に置いてある椅子に座っていると、残りのAチームのメンバーとシェランが息を切らしながらやってきた。


「すまん、シェラン。俺が付いていながら・・・」

「いいのよ、ロビー。あとは私が居るわ。あなたは戻って休んで」


 シェランは疲れ果てたようなロビーに気を遣って言ったが、彼は責任を感じてここに残ると言い張った。


「ロビー、Cチームにも動揺が走っているわ。帰ってあげて。みんなあなたを待っているわ」


 シェランに促されて、彼はうなだれたまま病院を出て行った。


 教官2人がそんなやり取りをしている間、Aチームもジュードを囲んでネルソンの状態を聞いたが、彼もまだ詳しい説明を聞いていなかった。



「ごめん、みんな・・・オレのミスだ」

「何言ってるんだ、ジュード。悪いのは俺だ。ネルソンはヘリの外へ出る時、妙な顔をしたんだ。それなのに俺は、一番側に居たのに・・・」


「もうやめろよ、マックスもジュードも。誰のせいでもないだろ?リベリング装置は俺達みんなで点検したんじゃないか」



 ジェイミーの言う通り、Aチームの乗るヘリと先輩の乗るヘリの2機とも、5人で装備の点検を行なった。特にリベリング装置やホイストは今日の主役になるものだから、念入りに点検したはずだった。その時、装置に傷や破損等があれば、誰かが気付くはずだ。だが誰も気付かなかった。いや、そんな傷など無かったと断言できるほど、彼等は念入りに調べていた。


 では何故・・・どうしてリベリング装置はヘリから外れたのだ?




 重苦しい空気の流れる中、廊下の奥にある手術室の扉が開いた。訓練生達はすぐにネルソンの側に駆け寄って、眠ったままの彼の様子を覗き込んだ。彼らがベッドの後ろに付いて病室に向かって行った後、シェランは最後に出てきた医者にネルソンの状態を尋ねた。



 ネルソンは気を失う瞬間まで体制をうまく保ち続け、頭から落ちるのを避けた。その分下になった左側の肩、腕、肋骨の一部と腰等の骨は16箇所に亘って複雑骨折していたらしい。


「全く奇跡です。10メートルも上から船のデッキに落ちて助かったんですからね。折れた骨が肺や内臓を傷付けていないか心配しましたが、それも大丈夫です。さすがSLSの訓練生だ。鍛えられた人間でなければ全身打撲で助からなかったでしょう」


 医者が去って行った後、シェランは両手で顔を覆って深い溜息を付いた。





 今日はもう面会は許可されなかったので、シェラン達はマイアミビーチ行きのバスに乗って戻ることにした。バスは空いていたので15人全員で座ることが出来た。


「又、教官会議ですか?」


 浮かない顔でバスの窓から外を見ているシェランにキャシーが尋ねた。丁度その事を考えていたのだ。以前シェランが責任を追及された時のように、今度はロビーが追及されるのである。


「ええ。でも絶対彼を辞めさせたりしないわ」

「そうですよ。事故の度に教官が辞職していたら、SLSから教官が居なくなってしまう」

「ま、アダムス・ゲインの奴が又何か言ったら、俺達全員で退学届けを書きますよ」


 シェランの前に座っていたサムとダグラスが立ち上がって左胸のポケットから封筒を出すふりをすると、他のメンバーも同じように右手を掲げたので、やっとシェランは微笑んだ。








 ネルソンの事故でAチームの男子達はすっかり忘れているようだが、エバとキャシーはシェランのバースディ・パーティを諦めてはいなかった。こうなったらサプライズ・パーティにはならないが、シェランに直接言って約束を取り付けてしまおう。ネルソンは参加できないが、彼には退院祝いを派手にやってあげればいい。


 エバとキャシーはジュードの警告もすっかり忘れ、授業が終わった後、シェランの教官室までやって来た。




 シェランは毎日授業が終わった後、必ず今日の授業での生徒の様子や問題点をまとめるようにしている。それはレクターの事故以来ずっと続けている事で、それによって生徒の成長や欠点がすぐに分かるようになったし、シェラン自身が教官として成長するのに役に立っていた。



 ノックがした後、エバとキャシーが入ってきたので、シェランはキーボードを打つ手を止めた。


「まあ、どうしたの?2人揃って・・・」


 彼女達はちょっと照れたように顔を見合わせた。


「あの・・・もうすぐ7月ですよね」

「ええそうね。今年はハリケーンも大きなものが来ないようで良かったわね」

「ええ、そうなんです。それでぇ・・・」


 そこでエバはキャシーを見て、あなたから言ってよと目配せをした。


「教官、7月5日誕生日ですよね。私達Aチームみんなでお祝いしたいなって思っているんです」


「・・・え?」



 一瞬、体中の血がザアッと音を立てて引いていくような気がした。7月5日・・・。忘れもしないその日は・・・。


 キーボードの上に置いている手がわずかに震えているのを悟られないようにぎゅっと手を握り締めると、シェランは立ち上がって嬉しそうに叫んだ。


「まあ、私のバースディ・パーティをしてくれるの?嬉しいわ!」


 何も知らないエバやキャシーに気付かせてはならない。私を包み込んでいた優しい世界が、全て崩れ去ったあの日の事を・・・。


 そして彼女達はシェランの言葉をそのまま受け取った。


「じゃあ、いいんですね?教官」

「もちろんよ。楽しみだわ」


 満足げに微笑んだエバとキャシーが出て行った後、シェランは椅子に座ることも忘れて立ちすくんでいた。


 両親の命日の日に自分の誕生日を祝えるはずはなかった。だが今更、理由も言わずに断ることも出来ない。


「どうしよう・・・・」


 シェランは途方にくれたように呟いた。

 








 ネルソンが事故に遭ったので、完全な整備が出来るまでヘリの使用は禁じられた。そのため機動の授業もいつもの鉄塔の昇降訓練に逆戻りであった。しかし彼らにとってはその事よりも、せっかく先輩にいい所を見せたかったのに、最悪の結果を招いてしまったことが一番ショックだった。


「あーあ、アラミス先輩達・・・あきれちゃった・・・だろうなぁ」


 鉄塔の下で順備体操をしながらジェイミーが溜息を付いた。


「そんな事は無いさ・・・あれは・・・事故だったんだし」


 ジュードも腹筋を繰り返しながら答えた。


「だけど・・・どうして分かんなかったんだろうな・・・ちゃんと・・・」



 腹筋のスピードが落ちたAチームにロビーの怒号が飛んだ。


「こら、そこ!何をしゃべっているんだ!ジェイミー。お前から登れ。次はジュード、マックス、ショーンだ。但し、ジュード。ジェイミーが鉄塔を登りきるまで腹筋をやってろ!」


「チェッ、ロビーの奴、教官会議でお咎め無しだったもんだから調子いいよな」


 ジェイミーは隣のジュードにボソッと囁くと鉄塔まで走っていった。



 いつものようにロープを右手で掴んでから深呼吸をする。


― よーし。今日こそジュードより速く昇るぞ ― 



 これはジェイミーがいつも鉄塔を登る前自分に言い聞かせる言葉で、まだ叶ったことはないが彼の目標だった。


 大きく息を吸い込むと、両腕に力をこめて登り始める。ギシッギシッというロープがしなる音を聞きながら、少しずつ鉄塔の頂上に張り出した台に近付いて来た。いつもなら向こう側にあるロープを、先に登った誰かが滑り降りていく様子が見えるのだが、今日一番に登るジェイミー以外、誰もこの鉄塔を使っていないのは気分が良かった。


― よし、いいタイムだ ―


 ジェイミーの頭がやっと張り出し台まで来た時だった。一瞬自分の体が、がくんと下がって、彼はびっくりしたように上を見上げた。ロープは張り出し台の更に上から、クレーンのような鉄の腕によって吊り下げられている。ジェイミーの体に付けられた命綱も同じ場所だ。そのロープを支えている装置が何故か、体を支えきれずに折れ曲がっていくのが見えた。


「ジュード!!」


 友の名を叫んだ瞬間、ピーンと張ったロープがその力を失い、クレーンの端についた吊り下げ装置ごと落ちてきた。ジェイミーは必死で張り出し台を掴もうとしたが、その指先がほんの一瞬、台の先に触れただけで、何も掴むことは出来なかった。


「ジェイミー!!」


 仲間達がびっくりして叫ぶ中、ジュードは走った。もうすぐ自分の番なので立ち上がって様子を見ていたのだ。必死に差し出した両腕と肩に重い衝撃がのしかかり、ジュードの体はジェイミーの体に押さえつけられるように地面に叩きつけられた。


「ジュード!ジェイミー!」


 仲間の声が遠くで聞こえる。マックスが「ジュード、しっかりしろ!」と叫びながら駆け寄ってくる姿がうっすらと見えたのを最後に、ジュードは目を閉じた。








 ジュードが医務室のベッドの上で目を覚ますと、すぐ側に涙を一杯目に浮かべたシェランが居た。彼女は生徒の前では決して泣かないようにしているので、これは夢だろう。ジュードが不思議そうに瞬きをしている間に、シェランは涙を拭いて彼に微笑みかけた。


「ジュード、気が付いた?」

「ジェイミーは・・・?」

「あなたの隣のベッドで寝ているわ。彼は大丈夫よ。脳震盪を起こしただけだから。あなたの方が重傷だわ。左肩を脱臼していたのよ」


 道理で左側全体がズキズキ痛むはずである。それでもジェイミーが無事でよかったと思ったが、シェランは辛そうにぐっと唇を噛み締めるとうつむいた。


「どうしてAチームばかりこんな事が起きるのかしら。ジュードの肩が脱臼したのだって、巡洋艦で落ちてきた私を受け止めたからでしょう?あの時から肩を痛めていたのでしょう?」


 ジュードは困った顔をして彼女から目を逸らした。実はシェランの言う通りなのである。だが誰にも心配を掛けたくなかったので痛くないふりをしていたのだ。


「やっぱり私のせいなのね。どうしてこうなのかしら。生徒を守らなきゃいけない立場なのに、いつもみんなに迷惑をかけて・・・教官失格だわ」

「何言ってるんだ?」


 シェランが泣きそうな顔をしたので、ジュードはびっくりして体を起こした。まだ体中が痛むが、そんな事はどうでも良かった。


「こんなの偶然が重なっただけだ。巡洋艦が襲われて人質になったのだって、シェランのせいじゃない。偶然オレ達がそこに居合わせただけじゃないか」

「でも・・・私がヘレンに会いに行ったりしたから・・・」





 シェランはあの事件以来、ずっとジュード達に対して負い目を持っていた。ゲリラに摑まって人質にされるなど、普通の生活を送っていた彼らにとって、どれ程の恐怖だっただろう。それは全て生徒を連れて行った自分の責任なのだ。


 そしてジュードはそんなシェランの心が何となく分かっていた。あれから時々へレンのことを尋ねてみたが、シェランは“連絡もないし、全く分からない”と答えるだけだった。多分彼女は、もう二度と自分の生徒を海軍とは関わらせたくないのだ。



「シェラン、こうは考えられないか?オレ達は確かに他のチームより問題もあったし、事故も起こしている。でもその分他のチームより経験豊富になった。それはきっとオレ達がプロのライフセーバーになった時、生かされる経験だ。オレ達はどのチームより打たれ強いし、どんな問題が起こってもみんなで協力すれば解決できる事を知っている。それって全米一のライフセーバーチームには必要な条件だろ?」


「ジュード・・・」



 にっこり笑って微笑み合う2人に背を向けて、ジェイミーはまだ固まったように眠ったふりをしなければならないようである。






 次の日、ジェイミーはすっかり元気になって授業に出ていた。ジュードも右肩から左腕を吊り下げてはいたが、基礎訓練には参加していた。



 その日の夕方、ジュードとショーンが夕食を終え食堂から出てくると、ピートとサムが廊下の向こう側からやって来て彼等に声を掛けた。


「よう、今からネルソンの見舞いに行くのか?」

「うん。ピートとサムも行かないか?あいつ退屈してると思うんだ」

「あ・・ああ、そうだな。えーと・・・」



 ピートは曖昧な返事を返すと、回りに誰も居ないか確かめるように首を回した。



「あのさ、ジュード。大佐の誕生日、7月5日って知っているよな」


 ジュードは一瞬、又その話かという顔をしたが、静かに肯定の返事をした。


「エバとキャシーが大佐の誕生日パーティをやりたがっているんだ。お前、賛成できないって言ったそうだけど、どうしてなんだ?」


 ジュードは何と答えればいいのか迷いながら口を開いた。


「それどころじゃないだろ?仲間が2人も怪我をしたのに・・・」

「だけどあの時点では、まだ誰も怪我なんかしていなかっただろ?何か他に理由があるんだったら言ってくれてもいいじゃないか」


 ジュードは困ったような顔をしてうつむいてしまった。そんな親友を見てショーンが口を挟んだ。


「ジュード、答えたくなかったら答えなくていいんだぞ。お前らも追い詰めるような言い方するなよな」



 いつもへらへらしているショーンだが、ジュードの事になると急に強くなる。だがエバとキャシーに何とかしてやると言った手前、ピートも引けなかった。


「でもさ。やっぱ隠し事って良くないだろ?特に大佐は俺達潜水課の教官でもあるわけだし。そりゃ俺は結構おしゃべりかも知れないけど、重要な事は漏らしたりしないぜ?なあ、サム」


「ああ、そうだとも、ピート」


 サムは大げさに答えた後、言いにくそうにちょっと声を低くした。


「それにさ、実は・・・エバとキャシーがもう教官にパーティをする事を言っちゃったんだよな」

「何だって!?」


ジュードは思わず大きな声を張り上げてしまったので周りを見回した。


「それで、シェラン・・・教官は何て答えたんだ?」

「嬉しいって、楽しみにしているって言ったそうだぜ」



 ジュードは力が抜けたように廊下の壁にもたれかかった。嬉しいはず無いだろう。墓参りに行く時だって、ずっと泣きそうな顔をしていたくせに・・・。


 ジュードはエバとキャシーのやった事を心の中で責めたが、彼女達の性格を考えればやりそうなことでもある。やはりちゃんと説明しておくべきだったのだろうか。彼女達なら分かってくれただろうに。



「7月5日・・・。その日はシェランの両親が、大西洋で事故に遭って亡くなった日だ。その日からシェランは一度も誕生日を祝ったことは無い。きっと一人きりで彼等の写真が一杯飾られたあの家で、両親の事を思いながら静かに過ごしているんだと思う」


 ジュードの言葉にピートとサムは言葉を忘れて立ち尽くした。誕生日が両親の命日なんて、そんな悲しい話があるだろうか?


「うそだろ?何でもっと早く教えてくれなかったんだ?そしたらあいつらだって・・・!」


 ジュードに詰め寄ったサムを、ショーンが間に入って睨み上げた。


「そんな大事なこと、本人じゃなくって誰が言えるっていうんだ?ジュードの気持ちも察してやれよ!」


 そうだ。アズも同じ事を言った。それなのに俺達はエバとキャシーを止めるどころか、たきつけてしまったんだ。


「すまん、ジュード。大佐、傷ついたよな・・・」

「知らなかったんだからしょうがないよ。教官にはその内オレの方から謝っておくから。そうだな、その上でネルソンの退院祝いでも派手にやろう」


 ジュードはうなだれているピートとサムの肩を叩くと、ショーンと共にネルソンの見舞いに出かけて行った。




 ジュードから聞いたことをそのまま伝えるとエバも傷ついて泣きわめくのは分かっていたし、何よりシェランを崇拝しきっているキャシーは、彼女をひどく傷付けたことを知ればショックで自殺しようとするかもしれない。そう考えたピートとサムは、とりあえずこの件は自分達の胸に収めておき、パーティは少しだけ延期してくれるように頼んだ。


「あんた達、何か隠してるんじゃないでしょうね」


 エバの目が鋭く光って彼らを見上げた。


「な・・・何も隠してないって。たださ。どうせやるならみんな揃っていた方がいいだろ?ネルソンが退院するまで待っていてやろうよ。あいつだって参加したいに決まってるんだからさ」


― どうも、怪しい・・・ ― 


 エバとキャシーはそそくさと去っていくピートとサムの背中を見ながら口を尖らせた。






 人に謝る時はなるべく早く謝ってしまうに限る。それはジュードの持論だったが、潜水課でない限り、シェランに会う機会はほとんど無かった。そこで放課後、シェランの教官室まで行った。運よく丁度教官室から出てきたシェランが見えた。


 今日一日中どう言えばいいのか考えたが、結局いい考えは浮かばなかった。とりあえずさりげなく世間話から入ろう。彼はいつものようにシェランの名を呼ぶと側まで走っていった。


「どうしたの?何かあった?」


 チームのリーダーが走ってくるだけで不安そうな顔をするなんて、余程今回の2つの事故で心を痛めているのだろう。そう思うと何となく7月5日の事を切り出しにくくなるジュードであった。


「いや、別に何でもないんだけど・・・ちょっとお願いがあって・・・」

「お願い?」

「うん。この間の合同訓練。事故で流れちゃっただろ?出来ればもう一度、先輩達とやりたいんだ。あれで先輩とお別れなんてあんまりだって、みんな落ち込んじゃっててさ」



 合同訓練の話はシェランを暗い気持ちにさせるらしい。沈んだ瞳になったシェランを見て、ジュードは話の選択を間違えたと思った。


「気持ちは分かるけど、今校長先生が事故の原因を究明してくださっているの。それがはっきりするまでヘリも鉄塔も使えないと思うわ」

「う・・うん、そうだよね。もちろん無理にじゃないんだ。出来ればって話で・・・・」



 説得上手と言われるジュードも、今日は調子が悪いらしい。こうなったらさっさと話を付けてしまおう。でないと、どんどん悪い方へ転がっていきそうだ。



「所で、エバとキャシーが言ってた話なんだけど・・・」


 ジュードがやっと本題に入り始めた時、靴音がして誰かが3階に上がってきた。ジュードはその人物を振り返って思わずムッとした。


― なんでこんな重要な時にやって来るんだ?クリスは・・・ ―



 そのジュードのムッとした顔が小気味良かったのか、クリスはにこっと笑うと、シェランの側にやって来て、校長が彼女を呼んでいる事を告げた。シェランが「話は又今度ね」と告げて去って行った時、ジュードはさっきシェランが言った事故の原因が分かったのではないかと、ふと思った。


「ジュード」

「はい」


 クリスが呼びかけたので振り返りながら答えた。


「余り教官の事を呼び捨てにするのはどうかと思うがね」

「・・はい、申し訳ありません・・」




 近頃クリスは、以前にも増してジュードに厳しくなった。授業中は真っ先にジュードが当てられる。それも特に難しい問題の時だ。答えられなかったらBチームのサミーに順番が回る。サミーもクリスの授業でまさかウソの回答をするわけにもいかないので、きっちりとした回答をする。おかげでジュードはいい恥さらしだった。


 それでもクリスは教官である。ジュードはクリスに敬礼すると静かにその場を立ち去った。

 





 一方、校長室に入ったシェランは重苦しい空気を感じて立ち止まった。ウォルターは彼女が入って来ても机の上に肘を付いたまま、じっと前を見ている。


「ウォルター?」


 シェランに呼ばれて彼はやっと顔を上げると、言いにくそうに口を開いた。


「今朝、事故の原因を調べていた本部の装備需品課から連絡があってね。まずヘリのリベリングだが・・・装置を固定しているねじが数本、削られていたそうだ」

「削られて?それは自然にそうなったのではなく、故意に、という事なの?」


「ああ、そうだ。外から見た目は全く分からないし、ちょっと引っ張ったくらいでは外れない。だが大人が全体重をかけたら外れてしまう。そんな仕掛けがされていたんだ」



 シェランは足元から、ざわざわと冷たい何かが()り上がってくるような感覚を覚えた。


「それから鉄塔のロープだが、あれはすぐに分かった。一番上のクレーンのアームに、3センチほどの深い切込みがあった。一人目か二人目辺りが必ず落ちるようにな」



 さっき足元から這い上がってきた何かが、恐怖という形になってシェランの心を襲った。偶然ではなかったのだ。全て・・・。


「私のAチームが・・・狙われているの?」


「分からん。だがヘリは大抵、一番左端から使うし、チームごとではAチームから最初に乗り込む。3年生との合同訓練なら先輩が後輩の後ろに付くのが決まりだから、一番左端は2年のAチームが当然のように使う事になる。他の全てのヘリも調べたが、細工がされていたのは一番左側のヘリだけだった。


鉄塔も大抵最初はAチームの人間から登らせていたとロビーは言っていた。君もそうするだろう?潜らせる時は大抵Aチームからだ。そういったSLSのくせのようなものは、少し観察していれば誰でも気付く」



 ウォルターの話を聞いていて、シェランには思い出すことがあった。昨日の潜水の授業の時、アズが自分の使うアクアラングの空気漏れに気が付いた。調べてみると空気が通るホースに目に見えない穴がたくさん開いているようだ。


 あの時シェランはホースの劣化だと思い、訓練所に報告はしなかったが、もしそれも故意にされたのだとしたら?その日の訓練は深海作業訓練だった。もし気付かずに深く潜っていたら大変なことになっていただろう。そしてアクアラングもAチームから順に、手前から取っていくのだ。



「昨日アズが使おうとしたアクアラングのホースに穴が開いていたの。それもその誰かの仕業なの?一体どうして・・・何故あの子達が狙われなきゃならないの?」


 ウォルターは震えるシェランの肩に手を掛けると彼女の顔を覗き込んだ。


「シェラン、落ち着いて。君には黙っていたが、事故の原因が誰かの仕業だと分かった段階で、警察に連絡しておいたんだ。生徒には気付かれないよう、私服の警官があちこちで訓練所内を見回っている。もし不審な人物が居たら、すぐに捕まえてくれるさ」



 不審な人物・・・。本当にそんな人間が居るのだろうか。シェランにはなぜAチームが狙われるのか分からなかった。本部のライフセーバーなら助けられなかった人々の遺族から、いわれの無い恨みをかったりすることもあるが、訓練生にはまだ縁の無い話だった。







 校長室を出た後、シェランはいつものように本館から車を停めてある駐車場に向かって小走りに走りながら考えた。いつも電灯の少ない男子寮と運動場の間にあるこの道は、月の光が無いと更に暗さを増す。そこを通り抜けやっと広い駐車場に出ると、シェランはホッとしたように車のドアを開けた。


― 本当に警察の人が居るのかしら・・・ ―



 広い駐車場にポツンと一台だけ停まった車の中から辺りを見回したが、人の気配は無かった。彼女はエンジンをかけると駐車場を出た。細い下り坂を下りて道路に出ると、道は左にカーブしている。その道を更に抜けると、広い幹線道路に出るのだ。


 シェランはいつものように下り坂から道路に出る前に軽くブレーキを踏んだ。だが何だか変だ。一向に車のスピードが落ちなかった。ブレーキペダルを何度も踏み込んだが、まるで手ごたえのないスポンジを踏んでいるようだ。


 シェランはとっさに左右を見回した。幸い車はどの方向からも来ていなかった。彼女の車は坂道からのスピードを保って道路に入り、そのまま左のカーブに突入した。


「お願い・・・()いて・・・」


 汗のにじんだ手でハンドルを握り締めながら何度もブレーキを踏み続けたが、車は速度を緩める事は無かった。タイヤがきしむ音を聞きながら、シェランは前方の道路を見つめた。もうすぐ車のよく通る広い幹線に出てしまう。


 シェランは決意したように奥歯を噛み締めると、右手でサイドブレーキを握り、思い切りハンドルを右へ切った。







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