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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
56/113

第13部 消えた巡洋艦 【10】

― アトランティック・フィッシュ号 ― 



 それは勿論シェランの事であろう。彼女と同じように、この船も素晴らしいスピードを誇っていた。エダース校長とAチームの訓練生を乗せた船は、4日目の深夜にはジュードが信号を発信している付近まで来ていた。


「本当にこの辺りなのか?ノース」


 ネルソンの質問にノースはお手製通信機に連結したコンピューターのキーを叩きながら口を尖らせた。


「もう少し待ってくれよ。微調整の最中なんだ」




 船の舳先では筋骨隆々とした腕を組み、じっと海を見つめるウォルターの姿があった。


「校長先生、もう近くまで来ているみたいですよ。それにしても凄い早さですね。この船・・・」


 サムが声を掛けると、ウォルターは舳先から降りて訓練生達の側にやって来た。


「ハッハッハッ、そうだろう。ライフシップなら倍は掛かっているぞ」



 レクターは校長室でウォルターにきつく外出禁止を言い渡された時、思わず反抗してしまった事をとても後悔していた。ウォルターはこの船に乗ってから、ずっと不機嫌そうな顔で考え事をしていたようだが、やっと機嫌を直してくれたようだ。謝るなら今がチャンスである。



「校長先生。あの・・・すみませんでした。俺、偉そうな事を言って。校長がこんなに話の分かる人だって思わなくて・・・」


「別に謝ることも感謝する必要も無いぞ。俺はな、ただ単に俺の可愛い娘・・・もとい、俺の可愛い親友の娘とその娘が大切にしている子供達を、海軍のバカ共に任せておけるかと思っただけだからな」


 どうやら校長は海軍嫌いらしい。彼が「それにな・・・」と言いつつ、側にある椅子に腰を掛けた時、舵を取っていたダグラスが真っ青な顔をしてデッキに登ってきた。


「こ・・・校長先生。あの・・・俺の思い過ごしかもしれませんが・・・」


 彼はごくっとつばを呑み込むと、周りにいる仲間の顔を見回してから校長の耳元で囁いた。

「あの、燃料計がレッドゾーンを指していて・・・。ちゃんと補助タンクとかありますよね?」


 ウォルターは腕と足を組んで椅子の背にもたれかかると、ダグラスと同じように青くなっている訓練生を見てニヤッと笑った。


「つまりこういう事だ。こいつは足は速いが大食らいでな。燃料は行きの分しかなかった。感謝する必要は無いだろう?Aチームの諸君」



 一体何を考えているんだ?それではジュード達を助けても戻って来れないではないか。


「はっはっはっは。まあ何とかなるさ」


 開いた口を閉じることが出来ない生徒達に向かって彼は豪快に笑った。





 それからすぐにノースが仲間を呼び集めた。目標とする位置が定まったのだ。


「間違いない。あの島だ」


 彼が指差す先には確かに小さな島が見えるが、月の光が薄暗く、遠目には島の全景も分からなかった。


「巡洋艦がいる雰囲気なんて無いぞ」

「でも間違いないよ。ジュードのD・Cの信号はあそこから来ているんだ」



 言い張るノースを信用して、ネルソン達はどうやってあの島の周辺に行き、教官や仲間を助け出すか相談を始めた。多分犯人達はいつ敵がやってくるか分からない為、周囲を警戒しているはずだ。いくら夜目に目立ちにくい黒塗りの船体でも、近付けばすぐに見つかってしまうだろう。多分それは船に積んである小さなボートでも変わりは無いに違いない。



 ネルソン達が額を寄せ合って話し合っている横をアクアラングを担いだウォルターが通り過ぎていった。彼はすでにドライスーツを着込んでいる。


「校長先生?」


 訓練生達は驚いた顔で彼の側までやって来た。


「何をボサボサやっているんだ。潜るぞ。さっさと準備しろ」

「潜るって、この距離をですか?」

「自信の無い奴は付いて来なくていいぞ」


 校長の言葉にアズをはじめとする潜水課の者達はすぐに潜る準備を始めた。勿論、機動も一般も彼らに負けじと後を追いかけて行った。

 








 掃除をしながらシェランは自分を見張っている兵が居なくなるのを待っていた。彼女が掃除に熱中している間、物陰から見張っている男は食事を取りに、時々居なくなる事をシェランは知っていた。昨日まではその隙に柱の影で仮眠を取っていたのだが、今日は寝ている暇は無かった。明日の朝には艦が沈められるのだ。


 何とかエバとキャシーに会わなければ・・・。


 ほうきを動かしながら狭い通路に差し掛かったシェランは、見張りの男の気配が消えたことに気が付いた。今ならエバ達の居る厨房に行けるかもしれない。そう思って辺りを窺いつつ歩いていると、急に物陰から腕を引っ張られ、狭い暗がりに引き込まれた。


 人間2人が丁度入るだけの小さな空間で、誰かに後ろから羽交い絞めにされたのだ。驚いてその手を振り払おうともがいたが、耳元で囁く声に聞き覚えがあった。


「アフロディテ、怖がらないで。私です」


 びっくりして振り返ると、透き通るような瞳がすぐ目の前にあった。ダスティン・アラードである。


「アラード中佐。ご無事だったんですね!」

「少し会っただけなのに、覚えていてくれたんですね」


 彼は微笑みながらシェランに答えたが、息は乱れ、顔色も悪かった。離れてみると、彼の身体には鋭いナイフでえぐったような傷痕がいくつも付いていた。シェランはびっくりして自分のドレスの裾を破いて止血をしようとしたが、ディーはシェランの手を押さえて首を振った。


「ドレスを破ると、けが人に接触したのが分かってしまう。あなたは今、アッサン・メルガードに見張られている。そうでしょう?」


「構いません。止血をしますから今すぐ逃げてください。この船は明日の朝には沈められてしまうのです」

「あなたは逃げないのですか?あなたなら一番近くにある島まで何とか泳げるでしょう」


 シェランはディーが止めるのも聞かずドレスを破ると、彼の身体に巻きつけた。


「生徒を置いては行けません。私の肩に摑まってください。ここからなら何とか外へ出られますわ」



 いきなり大の男を支えて立とうとしたシェランの口をふさいで、彼は「シッ」と小さく叫んだ。スペイン語で話しながら兵が2人やって来る。シェランとディーはじっと息を殺して、柱の影の小さな空間に身を隠し、敵が通り過ぎるのを待った。


 彼等の話し声よりも靴音のほうが耳に響いてくる。シェランはジャケットの袖を両手でぎゅっと握り締めた。男達の足と肩からぶら下げた銃の銃床だけが目の前を通り過ぎていくのが見えた。


― 早く・・・早く行って・・・ ― 


 シェランは祈りながら目を閉じた。



 彼らが通り過ぎた後、ホッとしたように溜息を付いたシェランの肩をディーが握り締めた。


「私にもまだやり残したことがある。いいですか?シェルリーヌ。アッサンがもしあなたを連れて行こうとしたら共に行きなさい。それ以外に助かる術は無い。・・・と言っても、あなたは又生徒を置いては行けないと首を振るんでしょうね」


 ディーはにっこり微笑んだシェランに苦笑いを返した。


「では行きなさい。あなたの大切な人達の下へ・・・。あいつが来る前に・・・」



 あいつとはコメルネ・タラトのことである。逃げても逃げても追ってくる敵・・・。


 あいつのナイフと刺し違える覚悟で懐へ飛び込んだ。男が倒れたのでやっとここまで逃げてこれたが、致命傷ではなかった。きっと又俺の血の臭いを嗅ぎ付け、やってくるに違いない。飢えた野獣のように・・・。


 シェランは自分をじっと見つめるディーの手を握り締めた。


「どうぞ、ご無事で。アラード中佐。必ずもう一度生きてお会いしましょう」


 身をかがめながらこの穴蔵のような場所から出て行くシェランに、ディーはもう一度声を掛けた。


「アフロディテ。私はみんなにディーと呼ばれている」

「私はシェランですわ。ディー中佐」


 ジュードの言ったように、SLSでは呼称の前にあだ名を付けるのが決まりらしい。ディーは刃が少し欠け落ちているナイフを取り出すとニヤッと笑った。


「ディー中佐か。なかなかいい響きだ・・・」







 ディーと別れた後、シェランは驚いて手放してしまったほうきを拾い上げ、身を隠しながらエバやキャシーがいる厨房へと向かった。運良く途中誰にも見つかることなく見覚えのある厨房の入り口までやって来られたが、思った通り、表には2人の兵が見張りに付いていた。


 厨房の入り口からは明かりが漏れていて、きっとキャシーもエバもアメリアと共に仲間や夫の所へ戻ることも許されず、軟禁されているのだ。そう思うと胸が締め付けられるようだった。



 シェランはそっと暗がりから2人の兵の様子を窺った。どちらも肩からマシンガンを、腰には短銃やたくさんのナイフの入ったホルダーをぶら下げている。シェランはぐっと息を吸い込むと、ほうきを持った手に力を込めた。



「Hola!」(スペイン語でやあ、こんにちはの意味)


 シェランは思わず銃を構えた兵に向かってニコニコしながら手に持ったほうきを掲げた。


「Margen de limpieza llamado en el capitan」(隊長に掃除をしろと言われたのよ)


 シェランは何食わぬ顔でそう言うと、兵達の前を通り過ぎようとしたが、急に腕を摑まれ振り返った。


「Espera! Verifica la si verdad si mentira」(待て!本当か嘘か確かめてやる)


「Oh,Puedo decir tal una cosa? Soy un favorito de los capitan」(あら、そんな事言っていいの?私は隊長のお気に入りなのよ)



 兵は疑わしそうにシェランを見た後、額を寄せ合ってヒソヒソ話していたが、やがてシェランを引き止めた男が顎で部屋に入るように指示した。


 彼等のやり取りをどうなることかと見守っていたエバとキャシーは、懐かしい教官の顔を見ると泣きながら飛びついてきた。強く見せてはいても、やはり心細かったのだろう。3人の若い女性達が再会を喜び合うのを優しい瞳で見ていたアメリアに、シェランはエバとキャシーを見守ってくれた礼を述べた。


「あなたこそご無事で何よりですわ。2人とも本当に心配していましたから・・・」



 優しく包み込むような瞳で微笑みかけたアメリアを見て、この気丈な人ならば、今から自分が言う恐ろしい事実も取り乱さずに受け止めてくれるかもしれない、とシェランは思った。だが本当に言ってもいいのだろうか。ここから逃げる術は誰にも無い。明日の朝、艦が沈められるというのは、明日の朝、あなた達は死ぬというのと同じなのだ。



 シェランはエバとキャシーの手を握り締めると、じっと2人の顔を見つめた。ずっと妹のように思ってきた私の大切な人達・・・。シェランは一つ一つの言葉を噛み締めるように、ゆっくりと話し始めた。


「エバ、キャシー。例え明日何が起こっても、私はあなた達の側にいる。決して離れないから・・・。だから勇気を持って行動して。最後の最後まで諦めないで。仲間がいれば、きっと乗り越えられるから・・・」


 その時、キャシーにはシェランが何を言おうとしているのか全て分かってしまった。



― 明日・・・何が起こっても・・・ ― 



 それは明日、艦が沈められるという事だ。キャシーは隣に居るエバの顔を思わず見た。彼女はただ微笑んでシェランの言葉に頷いている。


 心に沸き起こった動揺をじっと押さえながら、キャシーはもう一度最後の最後の瞬間を思い浮かべてみた。きっとその言葉通り、教官はその時まで私の側に居て見つめてくれるだろう。それだけできっと私は・・・・。




「おい!お前!」


 突然後ろから男の声がして、ここに居る見張りの兵とは違う男が入って来た。シェランを見張っていた男が食事を終えて戻ってみると彼女が居なくなっていたので、慌てて探しにきたのだ。


「他の人質と接触するなと言われただろう!」


 男は強引にシェランの腕を掴むと、無理やり引っ張り出した。


「教官!」

「キャシー!みんなをお願い!いつも私が言っている事を忘れないで!」


 罪人のように引っ立てられて行くシェランを見ながら、キャシーはぎゅっとエバの肩を握り締めた。


「はい、教官・・・」









 アッサンやカルディスが仕掛けた、身代金を受け渡す為の準備は滞りなく進んでいた。全ての家は既に指定しただけの金をそろえて、今か今かと犯人からの連絡を待っているだろう。だがまだ早い。政府や軍の犬どもをうまく撒く為には、ギリギリまで連絡を入れるなとアッサンはカルディスに言われていた。



 部下の乗った潜水艇は既にこの人工島を出発し、それぞれの受け渡しに指定する場所へと向かった。指定の場所に着いたら部下から連絡があるはずだが、小型の潜水艇では到着するのは夜になるだろう。


 

 アッサンがカルディスや自らの立てた計画の全容をもう一度頭の中で再確認していると、外の廊下からシェランの叫び声が聞こえてきた。


「もう、放してったら!本当に無礼な人ね。一人で歩けるって言っているでしょ?」


 アッサンは強引に腕を掴んでいる兵とシェランを見て、目を細めた。


「この女、厨房に居る女どもと会っていました」



 兵が報告すると、彼は立ち上がって近付いて来た。アッサンが手を振り上げたので、てっきり頬を叩かれると思いシェランは目を閉じたが、彼はシェランの腕を掴んでいた兵の手を振り払った。


「ちゃんと見張っていろと言ったはずだが・・・?」

「す、すみません。ちょっと目を離した隙に・・・」


 見張りを言いつかっていた兵はまだ若く、うろたえながら目を逸らした。


「言い訳はいい。行け・・・」


 逃げるように兵は部屋から出て行った。アッサンは何も言わずに机の椅子に座ったが、何故何も言わないのか、シェランには分からなかった。彼の命令を無視したのに・・・。


「何も言わないの?」

「殴って欲しかったのか?」


 彼はくるりと椅子を回してシェランを見ると、立ち上がって再び彼女の側にやって来た。無表情な中の彼の鋭い瞳は、もはや勝利を確信しているのだろうか。いつもよりさらにギラギラと光って見えた。


「お前は全てを知っているんだろう?だから何が何でも生徒の所へ戻りたかった」



 彼は分かっていたのだ。決定的な言葉を聞いて、私がどうするかを。全てを知っていて、私を彼等から再び引き離したのだ。



 シェランは悔しくて涙がにじみ出てきた。何故こんな酷い仕打ちをするのだろう。昨日“母は銃の手入れをするのがうまかった”と彼が言った時、ほんの少しだけ期待したのだ。もしかするとこの人の中にもまだ優しい気持ちが残っているのかもしれないと。



 亡くなった母を思い出して、人が死ぬ事がどれ程悲しい事か理解できれば、人質をこのまま逃がしてくれるかもしれない。


 だがそんな事はシェランが望んだ甘い望みでしかなかった。彼は彼女が大切なものを守ろうと必死にあがいている姿を笑って見ていたのだ。シェランは血が噴き出すほど強く唇を噛み締めた。



― どんな事があっても、この男に屈服などするものか ―



 シェランはずっとその思いでアッサンの前に立ってきた。恐怖の為に何度も崩れそうになる誇りを立て直して。だがもういい。そんなに私がみっともなく哀願する姿が見たいのなら見ればいい。彼は私が自分の前に跪く姿が見たいのだ。それで私を征服したと思って興味を失くすだろう。誇りより何より、シェランは生徒達の側に行かなければならなかった。


 シェランは唇を噛み締め、アッサンの両腕を強く握り締めた。


「お願いよ。人質を助けて。これ以上必要のない犠牲を出すのはやめて。私の生徒を殺さないで。お願い」

「証拠は全て消す。それが鉄則だ」


「あなたなら逃げ切れるわ。まだ誰にもこの場所は知られて無いのでしょう?お金を持って何処へでも好きな所へ行けばいい。艦はこのまま置いていけば、それでいいでしょう?」


 必死の眼差しで自分を見つめるシェランを、彼は冷たく見据えたまま答えた。


「艦は沈む。これは決まったことだ」

「いいえ!あなたの心一つで変わることよ。あなたは隊長なんだもの。そうでしょう?」

「ガロッディが許さない。彼はこの為に全てを捨てたのだ」



 ガロッディ・・・。 ―シェランは未だにそれが、カルディーノの事だと思っていたが― アッサンはカルディスの思いの全てを知る由もなかったが、それでも双子の兄を殺しても何かを成し遂げようとしている事は分かっていた。


 コロンビアで反政府ゲリラとして生きてきた彼には、すぐ隣の国であるベネズエラが今どんな状態にあるのか、そして何処に進もうとしているのか知っていた。




 ベネズエラの正式な国名はベネズエラ・ボリバル共和国。南米諸国をスペインの支配から独立させた英雄、シモン・ボリバルの名を持つこの国は今、彼と同じように祖国の完全な独立を求めて、ボリバル主義(ボリバル革命)という社会主義路線を歩んでいる。例えそれが世界一の国家を敵に回す危険な行為だと分かっていても・・・。



 カルディスと組んだ時から、彼の支援を受けると決めた時から、カルディスの望みを叶えることがアッサンの信条となった。彼が戦う場所をアッサンに与えたのだから・・・。



「どうしても駄目なの?艦を沈めるの?あの子達を・・・殺すの?」


 アッサンは痛いほど自分の腕を掴んだシェランの手を引き離すと、今度は彼女の両手首をぐいっと握った。


「お前は言ったな。ライフセーバーとは、ただ人を救う為だけに存在する愚かな生き物だと。ではもし、お前の愛しい者達を殺した男が崖の下から手を差し出したら、お前はその手を取ることが出来るか?それとも復讐の為にその手を踏みにじるか?」



 身動きも出来ずにシェランはアッサンを見つめた。たくさんの人々が水の中でもがき苦しみながら死んでいく姿が脳裏に浮かんでくる。本部のライフセーバー時代、目の前に居たのに助けることが出来なかった人々のように、息ができない苦しみの為に首をかきむしり、手を差し出し、助けを求めている。


 アメリアも彼女の夫もヘレンもウォルフ・バトラーも、そして他の全ての乗客達が何故助けてくれないんだという目で自分を見ている。その中にジュードやマックス、ショーン、エバ、キャシーが“教官、助けて・・・”と口を動かしているのだ。


 アッサンの顔も見えないほど涙が溢れて、シェランは身体中の力が抜けていくような気がした。


「もし・・・あの子達を殺したら・・・・」


― あなたも殺すわ・・・ ― 


 そう言いかけて唇を噛み、目を閉じた。そんな思いで死んでも、きっと彼らは言うのだ。


― どんなに罪を侵した人間であっても、命の重さに変わりは無い。そう教えてくれたのは、あなたでしょう?教官 ― 


― シェラン、手を取るんだ・・・! ―



 ジュードの声にシェランは閉じた目を見開いた。


「勿論・・・助けるわ。私は・・私達は、ライフセーバーですもの」

「やっぱり、愚かな生き物だな」


 アッサンがシェランの手首を離すと、彼女はソファーの上に力なく座り込んだ。


「アッサン・・・・」


 シェランはうつむいたまま、もう一度彼に呼びかけた。


「水だけでいい。飲ませてあげて。最後の夜なのでしょう?」


アッサンは黙ったまま出て行った。









 夕食の準備をしながら、キャシーはエバに明日の事を伝えるべきかどうか迷っていた。同じライフセーバーを目指すものとして伝えておくべきだと思う。しかし親友としては事件が起きてからのエバの様子を見る限り、伝えるべきではないと思った。


 エバはここではただ一人の一般である。きっと仲間の中で自分が最初に死ぬのではないかという恐怖と戦っているに違いないのだ。


 ではマックスとショーンには?どちらにせよジュードには何とかして伝えなければならない。彼ならきっと適切な判断を下してくれるはずだ。キャシーは全ての判断をジュードに委ねることにした。







 アッサンはシェランの願いどおり、最後にもう一杯だけ人質に水を配ることを許可した。たくさんの水のカップをトレイに乗せてやって来たキャシーの顔が緊張していたので、ジュードはすぐに何か話があるのだと判った。キャシーはジュードの近くに居る人間に会話を聞かれるといけないので、一番重要な部分はトレイの下から手話で話した。


“明日、船が沈められる・・・・”


 ジュードは一瞬顔を曇らせたが、すぐにいつもの表情に戻ってひざの中に隠した手で答えた。


“いつだ?”

“不明、でも時間は無いと思う”

“エバには?”


 キャシーは小さく首を横に振った。ジュードは水のカップを差し出したキャシーの耳に囁いた。


「それでいい。エバにはギリギリまで言うな。いざとなったらキャシー、君がエバともう一人の女性を守れ。マックスとショーンには頃合いを見てオレから言う」

「了解」



 とっさのことで、ジュードにはそれが正しい判断なのかどうか確信はなかった。しかしゲリラがいつも自分を監視しているようで、キャシーとは水をもらう、このわずかな時間しか話す余裕は無かったのだ。



 ジュードは周りの様子を窺いつつ水を口に運んだ。きっとゲリラ達は乗客をここに残して行くだろう。アッサンがヘレンに言った言葉や、今までの状況を考えると、彼らは相当アメリカや軍を憎んでいるようだから、艦を沈めるにしてもゆっくりと沈めるはずだ。だから爆破は最小限に留めるに違いない。だとすればまだ逃げる手段はある。



 まず力の残っている人間で厨房のドアを開ける。きっとまだ中には包丁やナイフが残っているだろうから、それで全ての人質の縄を切り、厨房の外へ出る。マックスとショーンに先導させ、脱出口から外に出る。


 だが艦が沈みきるまでにうまく脱出口を見つけられるだろうか。運が良ければ、途中酸素ボンベのある場所を通れるかもしれないが、もし無ければ近くの島まで何人の人間が泳げるか。


 いくらオレ達でも島まで要救助者を抱えて泳ぐのは無理だろう。ゲリラが見つかりやすい島の近くに隠れ家を作るはずはないからだ。




 ジュードはマックス等に人質を任せて、シェランやエバ達を探しに行くつもりだったが、ずっと捕らわれの身だった彼には彼女達の居場所の見当さえ付かなかった。しかもシェランはアッサン・メルガードと共に来て彼と去っていった。彼はシェランをどうするつもりなんだろうか。あの男の所へ行ってシェランを取り戻すことが出来るのだろうか。第一、生きて彼女の元に辿り着けるかどうかも判らないのに・・・。



 

 ジュードはやっとありつけた水を味わうように飲んでいるマックスとショーンを見つめた。明日オレ達は沈められるんだ。それを知ったら彼らはどうするだろうか。ここに捕らわれた最初の頃のように助かる手段を探してくれるだろうか。


 この4日間で彼らは随分元気を失くしてしまっている。ここに居る人々全員が追い詰められている。ジュード自身も暗雲のように立ち込める絶望感が、彼の未来や夢を消し去っていくような気がした。



 後一日あれば、通信クラスで授業が行なわれるはずだった。だがノースがジュードの通信に気付く頃、彼らは暗い海の底に沈んでいるのだ。きっともうシェランにも会うことは叶わない。仲間達は心の支えを失って落胆し切っている。どう考えたって誰も助かる見込みなんかないんだ。



― くそっ・・・! ―



 ジュードはギリッと歯を噛み締めると、カップの底に残った水滴をぐいっと飲み干した。


 まだだ。まだみんな生きている。シェランに会える可能性が消えたわけじゃないんだ。マックスもショーンもエバもキャシーも、みんな最後まで諦めたりするものか。あんな男に、あんな人殺しにオレ達の夢や未来を壊す権利なんか何処にも無いんだ。


 もう一度戻るんだ。明日を信じ、夢見たあの場所へ。仲間の元へ。わざわざ追いかけてきて、戻ってくるんだな?と聞いたあいつの所に・・・。シェランとオレと、みんなで帰るんだ。絶対に・・・!




 ジュードは両手を握り締めると、水を飲み終えてホッとしたような顔をしているマックスとショーンを見つめた。彼らがふと彼の視線に気付いて顔を上げた時、ジュードは彼らに手話を送った。



― 艦は明日沈む。ここから脱出するぞ・・・! ―





 感想を下さった方、本当にありがとうございました。

これからも貴重なご意見を参考に、良い作品のを書き続けたいと思っております。


 ところでフィートとメートルはどのように使い分けているのでしょうか?と言う質問の答えですが、海外の海洋関係の作品を読んでいると、大抵、海の深さを表す単位をフィートと表示してありますので、海の深さを表す時だけ、フィートを使っております。それ以外の地上で使う単位はメートルであらわすようにしております。


 1フィートは約0.3048Mなので、675Fは約205.74Mになります。


 これからも頑張りますので、応援して下さいね(^^)/



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