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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第13部 消えた巡洋艦 【5】

 うっすらと開いた目に、赤い電球がぼんやりと映っている。アレックは倒れたまま、目の前に見える自分の手をゆっくりと動かしてみた。徐々に感覚が戻ってくるに従って、頭の痛みもはっきりしてきた。


「いてててて・・・」


 彼は後頭部を押さえながら起き上がって周りを見た。敵の姿は無かった。


「死ななかったんだな」


 頭を強打された時、てっきりもう駄目だと思った。何度も危険な目に遭ってきたというのに、相手があのカルディーノだったので完全に油断していたのだ。


「俺はどれくらいここに倒れていたんだ?」


 時計を見ると朝の7時を過ぎていた。本来なら艦は、大西洋からカリブ海へ抜け航行中のはずだ。なのにまるで死んだように静かで、動いている気配が無かった。アレックはまだズキズキする頭を抱え込んで、一体この艦に何が起こったのか考えた。


― パーティに忍び込んでいたネズミ ― 

― いきなり殴りつけてきたパーティの主催者 ―

― 動かなくなった船 ―


「こりゃ、最悪の構図だな」


 自分が殺されなかったのが不思議なくらいだと思った。襟元の通信機で連絡を取ってみたが、誰からの返答も無かった。チーム4で一番若手であるアレックにとって、それは恐怖にも値する沈黙だった。


 SEALは通常、二人一組で作戦を遂行する。その作戦の規模によって4人、6人と2人ずつ人員を増やしていくのだ。だからアレックは今まで全ての指示系統を失い、たった一人で行動する事など皆無であった。


「大佐・・・・」


 アレックは一番怖くて、一番頼りになる上官の名を呟いた。もし彼女が死んでいたら、他の仲間も誰一人生きてはいないだろう。


 赤黒いライトの灯りを見ていると、悪い想像ばかりが浮かんできた。もしかしたらこの艦の乗組員は全員殺されていて、まるで幽霊船のように大西洋をさまよっているのではないだろうか。たった一人の生存者も忘れて・・・・。


 

 背中に走る冷たい感覚にぶるっと肩を震わせると、全てを打ち消すように彼は髪をかきむしった。


『俺たちゃNavy(ネイビー)。US Navy。誰より強い海の男。凪ぎも嵐も俺たちゃ一緒。船に乗ったらそこが家・・・』


 アレックはアナポリス海軍兵学校時代、校内を移動する際に組む、ミッドシップメン・パレードと呼ばれる隊列の時に、皆で口ずさんでいた歌を歌いながら立ち上がった。


「SEALチーム4、アレック・ハワード。只今より任務を遂行いたします!」






 周りを屈強な兵に囲まれて艦の狭い廊下を歩きながら、シェランはまだ自分の腕を掴んだまま歩いているアッサンに言った。


「ちょっと、あなた。私はね、高い靴を履いているの。凄く歩きにくいんだから、もっとゆっくり歩いてちょうだい」


 さっきから何度もこけそうになっていたわけがやっと分かったアッサンは、チラッとシェランを見ると、いきなり彼女を肩にかつぎ上げた。


「キャアアアッ、何するの、失礼ね。下ろしなさい。女性を何だと思っているの!」


 彼は立ち止まると、ムッとしながらシェランを下ろした。


「歩けないと言うからかついでやったのに、文句の多い女だ」

「私は荷物じゃないのよ。もういいわ。全ての元凶はこの靴なのよ」


 シェランはその場で靴を脱ぐと、それを廊下の端に投げ捨てた。


「ああ、スッキリした。さあ、参りましょう」


 強気なシェランにハラハラしながら、エバとキャシーは彼女の後を追った。



 やがて彼等は艦の外へ出てびっくりする事になった。空が無いのだ。てっきり外は太陽の光が降り注いでいる朝だと思っていたのに、周りは全て岩壁に囲まれていた。その岩か土か分からない壁は、まるでドームのような骨組の鉄の柱で支えられていた。あちこちにライトが点いているので決して暗くはなく、歩くのに不自由は無かった。ここが海の上でなければ、広い体育館のようにも見える。



 息を呑みながら上を見上げていたシェラン達は、兵に背中を押されて再び前へ歩き出した。船着場から鉄の床の上に降りた彼女達は、更にその奥へと進んだ。重そうな扉を開けると、そこも広場のようになっていて、所々にクレーンやリフトがあり、何か巨大なものを乗せていたような台が4つ、中央に並んでいた。


 そこを通り抜けて更に進むと穴をくりぬいたような部屋があちこちにあり、その中の一つにシェラン達は通された。


「食料は全て、そこの保冷庫に入っている。ナイフもあるが、妙なマネをすればどうなるか分かっているな」

「あの会場の横は厨房だったはずよ。どうしてわざわざこんな離れた場所で作らなきゃならないの?」  

 アッサンは私兵と共に調理室を出ながら、シェランに向かってニヤッと笑った。


「死体と一緒に料理をしたいなら構わんぞ」


 シェランは見張り2人を残して去って行くアッサンの後姿を、ムッとした顔で見た。新しくメンバーに加わった婦人が「ひどい男ね」と呟いた後、自己紹介をした。



 彼女はアメリア・オースティンと言って、夫はビッグセンチュリー・ワールド・エレクトリック社という航空機のジェットエンジンを作る会社を経営している。高性能、低騒音、低公害を意識したワールド・エレクトリック社のエンジンは有名で、特に小型民間輸送機用エンジンの軽量化に成功してからは、偵察・攻撃型軍用ヘリへの参入を果たし、現在躍進中の企業であった。



「夫は、大企業やVIPの集まるパーティにやっと参加したと思ったらこれだ。せっかくこれからだと言うのにって、会社の事ばかり気にしているのよ。でも今一番大切なのは、ここからどうやって生きて戻るかという事なのにね」


 シェランはこの優しさと強さを兼ね備えたような年上の婦人を見上げて深く頷いた。






 たった一つの望みが託されたノースの通信機・・・。それは彼が授業の合間に手作りで作ったもので、彼の部屋ではなく週に一度、彼が参加しているコミュニケーション(通信)クラスの授業を行なう教室に置かれていた。


 このクラスは技術研修館の中にあり、通信士を目指す者の為に開かれているが、操船課や技術装備課で通信士の免許まで取ろうという者は少なく、選択授業として存在するものであった。だから現在生徒はノースを入れて6人しか居なかった。



 シェランからD・Cを貰った時、本当に通じるのか、彼の通信機の受信ナンバーを入力して試した事があった。その時は海の中からではなく本館から技術研修館へ送信したのだが、見事に成功し、D・Cにつけたイヤホンからノースのふざけたような笑い声が返ってきた時は、周りに居たジェイミーやショーン等と喜び合った。


 そんな立派な通信機を作ってしまうような彼も、ライフセーバーを目指す者の中からこの授業を選択しようという者も無く、最初の頃はライフセーバーになれなかった時の滑り止めか?とこのクラスのメンバーに良くからかわれたものだった。だが今は、機関の三級海技士試験に合格した彼をからかう者は誰も居なかった。



 その週に一度しか開かれない扉の向こうにある通信機に、ジュードは全てを託した。彼が知っているのはノースの通信機のナンバーだけだったからだ。


 ジュードはノースでなくても通信クラスの誰かが教室を訪れて、ノースの通信機が信号を受信しているのに気付いてくれれば、彼に伝わるはずだと思った。もし誰も気付かなければ、彼等の授業が行なわれるのは木曜の午後だ。


 パーティは金曜の夜に行なわれていた。今日は土曜日で皆授業に出ているはずだ。日曜も技術研修館は開いているが、通信クラスを覗く者はまず居ないだろう。つまりまだ5日もあるのだ。


 5日・・・・。


 アッサン・メルガードはこの船と共に全員沈んでもらうと言っていた。きっと身代金の受け渡しが終わって用が済んだら、人質を生きたまま沈めるに違いない。彼がFARCだとしたら、アメリカ軍の軍人など、殺しても飽き足らないはずだ。だから彼はわざとヘレンやウォルフを生かしておいて、人質と共に生きながら海中へ沈んでいく恐怖を味あわせてやりたいのだ。



 ゆえに5日間も生かしてもらえる可能性はかなり低い。気の遠くなるような金額を要求しているのだろうが、政府が金を払わなくても、ここに居る人質の身内なら何とか用意できるに違いないからだ。


 そうして誰にも気付かれないまま、オレ達は両手両足を縛られ、苦しみもがいて死んでいく。その中で最後まで生き残るのは、シェランに違いないのだ。彼女は又、そして自分の人生の終わるその瞬間まで、己の命のように大切にしている生徒の死に様を見ながら死んでいかなければならないのか?


― くそっ、ノース。早く見つけろよ!オレ達が沈んでから見つけたって遅いんだぞ! ―




 ジュードが考えている事は、マックスやショーンも考えている事だった。


「船が沈められるとしたら、俺達はどこかの部屋に閉じ込められて生殺しって訳だな?」


 マックスがショーンにヒソヒソ語りかけた。


「とりあえずそこから脱出できたとして、ライフプレサーバーは積んでいるのかな?」

「まさか。いいとこ酸素ボンベか浮き輪だろう」


「エバは一般だから大体2人か。俺達は合わせて20人。キャシーが1人10人くらいは行けるだろ?教官なら30人は固い」


 隣で訳の分からない計算をしている訓練生の事が気になって、ヘレンは声をかけた。


「一体何の事を言っているのだ?」


「船が沈められた時に、誰が何人助けられるか計算しているんです。とりあえず女性。次に老人。若い奴は余り居ないけど、こちらが手を貸せない分、浮き輪も渡さなきゃいけないし、もし救助ボートがあれば出さなきゃいけないし、分担を決めておかないといざって時に困るから・・・」


 ヘレンは驚いたように又相談を始めた彼等を見た。そんな出来もしないことを考えてどうするのだ?船が沈んだら、自分が助かるので精一杯なはずだ。



「お前達、そんな事よりあの女の子達の事を心配しろ。あのアッサン・メルガードはな。両親もFARCの幹部で、物心ついた時から人殺しの仕方を教えられてきたような奴だ。15歳の時には、あいつと共に世界中から指名手配されているコメルネ・タラトと政府の要人が乗った飛行機をハイジャックするグループに入っていた。


 それから10年の間にあいつが起こしたハイジャック事件は3回。その内2機は成功を収め、失敗した1機は爆破。だがあいつはタラトと共にまんまと逃げおおせた。傭兵と言ってもまともな兵じゃない。殆ど反政府ゲリラの支援部隊だ。


 さっき人質を撃った腕を見ただろう。人ごみの中に離れて立っていた人間の額をほぼ同時に正確に撃ち抜いたんだぞ。とにかくヤバイ。あの2人が殺した人間は万を超えるんだぞ」



 アッサン・メルガードのゲリラとしては輝かしい戦歴を聞いて、確かに彼等は恐ろしいとは思ったが、だからと言って今のこの状況が変わるわけではなかった。あの男達がどんな人間でどんな凄惨な半生を送ってきたとしても、自分達の命がもうあと少ししかないのだという事実しか今はない。


 大体15歳でハイジャック事件を起こすような人間の事を理解しろと言っても、普通の幸福な家庭で育ってきた彼等に出来るはずも無かった。


「彼女達の事は確かに心配してますけど、でもそれはあの2人が自分で決めた事ですから尊重してやらないと。あいつらは自分の出来る事をやり始めた。だから俺達もそうするんです。それがSLSのチームの在り方ですから」


 ショーンが言うと、マックスも答えた。


「こう見えても結構役に立つと思いますよ。海中に沈んだ船の中で水圧に押された部屋のドアを2分以内に開けて要救助者を助ける訓練もずっとやってますし」


「この間の潜水との合同訓練なんか、針金でぐるぐる巻きにされた箱に閉じ込められて海に落とされたよな。テンコー・ヒキタの脱出マジックじゃないんだからさ。無茶苦茶するよ、うちの鬼教官は」


「しかもボンベの酸素量、たった3分だし。あの時はさすがに頭が真っ白になってお花畑が見えちゃったぜ」


 妙に楽しそうに話すマックスとショーンを見ながら、そういえばSEALの資格テストでも似たような訓練をやらされた事があるのをヘレンは思い出した。


 最初の4週間に行なわれる訓練は、体力や精神力を極限まで追い詰める事が目的だ。溺死防止訓練では両手両足を縛られプールに投げ込まれる。その状態で20分間水面に浮き、その後プールの底に落ちているフェイスマスクを取ってくる。


 その後、地獄週間(ヘルウィーク)という地獄の訓練へ入り、更に何度も命を落としそうになりながら2年6ヶ月の訓練を経て、やっとSEALへの入隊が認められるのだ。その間に志願者の60パーセント以上が脱落している。


 SEALに入隊してから、様々な訓練や任務をこなして来たが、あのヘルウィークだけは二度と経験したくなかった。だが、SLSの訓練生達も同じような訓練をさせられているようだ。



 実の所、ヘレンは海難救助隊など大した事はないと(たか)をくくっていたのだ。どんな過酷な訓練をしても所詮はライフセーバー。常に死と隣り合わせの軍人に比べれば、彼等など取るに足りない存在だと思っていた。


 だが常に死と隣り合わせなのはライフセーバーも同じなのである。だからこそ彼等はこんな状況でも眠る事が出来る。常にチームの仲間を信じ、可能な限り生きる努力をする。そして他人を救う事を、何よりも優先するのだ。


 再び脱出方法の話し合いに戻ったマックスとショーンを横目で見ながら、ヘレンはフッと笑った。


― もちろん、私もこのままで終わるつもりは無いがな・・・・ -








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