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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
50/113

第13部 消えた巡洋艦 【4】

― 2200時 ―  




 ヴェラガルフの通信室は定時の連絡をノーフォーク海軍基地に発信中であった。


「こちらCG72。只今、ポイント2601地点通過。All Good(全て良好)」

『こちらノーフォーク。諒解。Good Luck(幸運を祈る)』 


(CG72:イージス巡洋艦26番艦ヴェラガルフの艦種記号。CGはタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦につける略号)



 基地との通信を終え、3人の通信士がホッと互いの顔を見合わせた瞬間、いきなりドアが開いて武装した男達に銃を向けられた。彼等は抵抗する間もなく、撃ち殺された。


「こちらAT-5。通信室を占拠した」





 小さな小船の上でじっとヴェラガルフを見つめているアッサンの所に、次々と部下から連絡が入ってきた。


『DE-1。SPYコンピューター破壊。BMD使用不可』

『AR-6。ALL Set(順備完了)指示を待つ』


 全ての準備は整った。アッサンは船の上に立ち上がると、通信機のスイッチを入れた。


「SU-1から4。サブマリンエンジン始動。DE-2、出番だ。8万馬力のガスタービンを吹き飛ばしてやれ!」


 サブマリンエンジンと彼が呼んだのは、巨大な洞窟のある無人島の中にあった4つの黒い魚雷のような形をした潜水艇の事である。ヴェラガルフの追尾レーダーが探知できない距離を保ちながら、それらは海の中を突き進んできた。今やっと隊長の指示を得て、彼等はヴェラガルフに向かって動き始めたのである。






 1時間待っても連絡をよこさない部下に業を煮やして、ヘレンはダートン大尉を呼び出した。しかし、ダートンからは何の返事も返って来なかった。


― くそ、ネズミは一匹じゃ無かったか ―



 走り出そうとするヘレンをジュードは呼び止めた。彼はずっとここに忍び込んだ男の事が気になって、ヘレンの事を注意して見ていたのである。


「何かあったんですか?オレも行きます!」

「バカ者!お前はシェランに付いていろ!決して離れるな!」


 ヘレンの顔色にジュードは言い知れない危険を察知した。


 マックスとエバは何処だ?ショーンとキャシーは・・・?ジュードはシェランの元へ走りながら仲間の姿を探したが、人ごみに紛れて彼等の姿を見つけられなかった。



 出入り口のドアに手を掛けたヘレンは、突然鳴り響いた爆発音と艦の揺れに、驚いたように立ち止まった。振り返るとその音を合図に、厨房の方から手にマシンガンを携えた十数人の男達が飛び出してきて、爆発音に驚いて大騒ぎになっている人々の周りを取り囲んでいった。


「くそっ!」


 ヘレンはすぐに銃を取り出し、男達に向かって構えた。


「銃を下ろすんだ。全ては終わった」


 まるで凍りつくような男の声が後ろから響き、冷たい銃口が自分の頭に押し付けられるのを感じた。


― 全ては終わっただと? ―


 ゆっくりと右手を下ろしていく途中で、ヘレンは頭をその何者かに殴られ意識を失った。






 ヴェラガルフの甲板の上を走り抜けながら、ダスティン・アラードは荒い息を繰り返し、後ろを振り返った。追手は2人。きっと又どこからか狙ってくる。両肩の痛みは敵に上から切りつけられた時のものだ。


 決して油断していたわけではなかった。何かが起こりそうな予感に艦の上に出て海を見ていた。しかし、何かが起こりそうではなく、既に起こっていたのである。



 遠くに黒い影が浮かんでいる。鯨のような形をしているが、やけにでかい。確かにこの辺りは島の多い場所だが、あんな方向に島があっただろうか・・・。良く見ていると、島がどんどん大きくなってきた。まるでこの艦を追いかけてくるようだ。


「そんなバカな・・・」


 呟きと共に彼は頭上から降ってくる殺気に気付いて、とっさに身をかわした。


 2人の男がヘリコプター格納庫の上から襲いかかってきたのだ。身はかわしたが、両肩を鋭い刃物で切り裂かれた。銃を取り出した瞬間、男に足で蹴り上げられ、それはくるくると回転しながら海へ落ちていった。もう片方の男が再びナイフで襲い掛かってくるのを両手で受け止め、その男を投げ飛ばし、ディーは後ろも振り返らずに走り出した。



 1対2、しかも武器無しでは今は逃げるしかない。ナイフで襲ってきた事を考えると、ゲリラ部隊に間違いないだろう。銃声を聞かれれば、彼等には不利だ。


 

 一説にはゲリラに対抗するには、その十倍の人数が必要だと言われている。彼等は神出鬼没で自分の有利な時期、場所を選択でき、少ない人数で多大な打撃を与えられるのだ。


 この艦には今300人以上の海軍兵が居る。敵の部隊は何人だ?



 考えながら走っている彼の足元から爆発音が聞こえ、艦が激しく揺さぶられた。今まで聞こえていたヴェラガルフの心音(ガスタービンの音)が停止したのである。



 大きな船ほどエンジンを切っても暫くは惰性で進み続けるが、その爆発の後、先程まで遠くに見えていた島が、急にスピードを上げてヴェラガルフの後ろまでやって来た。まるで巨大な鯨が大口を開けて海水ごと小さな魚を何万匹も呑み込むように、その島はあっという間にヴェラガルフをその口の中に呑み込んだ。


 ディーは固まったように上を見上げて船が洞窟の中へ入っていくのを見つめていたが、追っ手の気配に気付いて再び走り出した。





 

 ヘレンが目を覚ました時、先程の男の声が悪夢ではなかった事を示す状況になっていた。会場の客達は全て両手を縛られ、出入り口と厨房の入り口をはずした壁際の三箇所に集められていた。


 ヘレンが居るのは入り口から一番離れたグループで、会場の一番奥の隅に集められていた。すぐ近くにジュード以外のSLSの訓練生が居て、どうやら両手を縛られながらも自分を介抱してくれたらしい。エバの隣に、さっき彼女と踊っていたカルディーノの姿もあった。


 シェランとジュードはヘレン達と対角線上の隅に居るグループの前列に座らされていた。ヘレンが気付いたのを知った2人が、ホッとしたように自分に笑いかけたのが妙に悔しかった。



― あの嫌味な男は何をしとるんだ ―


 ヘレンが見るとウォルフは厨房に一番近い3番目のグループに居たが、どうやら抵抗したらしく、敵に散々殴られたのだろう。頭や口から血を流しながら、恨めしそうに自分達を取り囲んでいる兵士を見上げていた。



 ヘレンは知り合いの生死を確認すると、周囲の状況に目を配らせた。それぞれのグループには3人ずつ、計9人の兵が銃を構えて見張っている。会場の出入り口には兵が2人、厨房の出入り口は使えないように、扉の取っ手を針金で幾重にも縛り付けてあった。



 それにしてもヘレンはなぜ自分やウォルフが生かされているのか不思議だった。ヘレンはすぐ気絶したからいいもののウォルフは抵抗したのだとしたら、すぐ殺されていてもおかしくはないはずだ。だが、ここに居る海軍関係者は艦長以下、誰も殺されてはいない。


 私やウォルフなど、一番先に消えてもらいたいはずだが・・・・。何か別の目的があるにせよ、随分統率の取れた軍のように見える。一体何者だ・・・?



 ヘレンがあれこれ思案していると、入り口から10人余りの部下を従えて、1人の男が入って来た。どうやらこの部隊の隊長のようだ。彼は計画の成功を噛み締めるように人質をぐるりと見回した後、ニヤリと笑った。


 その時、何かが艦にぶつかったような感じがして、わずかにヴェラガルフが艦体を震わした。その振動に気付いた者はわずかだったが、確かに艦は揺れたのだ。


 何だ?一体何をした、この男・・・・。ヘレンは訝しげに男を見つめた。そしてジュードとシェランもそれに気付いていた。


「シェラン、今の・・・」

「何かが艦にぶつかったわ。前後左右、4箇所よ」



 始めにこの艦に潜入していたIN-1が、隊長らしき男の前に出て来て、手に持った白い紙を読み上げ始めた。


「今から名前を呼ぶ者は前に出て来い。言っておくが躊躇していると周りに居るものが死ぬぞ。ウィリアム・デンゼル・バート、ジョン・ハリス、メイスン・コナー、アラーム・デルラドーラ・・・・」


 マックスが隣に居るショーンの耳にこそっと囁いた。


「きっとこの中でも更に金持ちの人間だぜ」


 そして最後にカルディーノ・ガロッディの名が呼ばれると、彼はハッとしたように立ち上がった。


「カルディーノ・・・・」


 心配そうに自分の名を呼んだエバに「大丈夫。金を払えばすぐ返してもらえる」と笑い掛けると、彼は真っ直ぐ前に歩いて行った。



「そりゃあ、あの人達は身代金を払えば帰してもらえるだろうけど、俺達はどうなるのかな?」

「さあ。銃殺刑は嫌だな。痛そうだから」


 ショーンは他人事のように呟いた後、ジュードを見た。


 彼は顔をうつむき加減にしていたが、その目はじっと辺りの様子をうかがっていた。あれは何かのチャンスを待っている目だ。大丈夫。あいつはまだ諦めていない。


 ショーンの瞳に気付いたのか、ジュードも顔を上げて彼を見た。そして手を縛られていたので、指先だけを見張りの兵に気付かれないよう小さく動かした。


― 大丈夫。きっとあいつ等が助けに来てくれる・・・・ ―


 ジュードには一つの確信があったのだ。



 へレンがタラトの一撃で気絶させられた後、会場を襲ったAR部隊は、あっという間に会場を制圧し、人々を縛り上げた。銃を取り出すことも叶わなかったウォルフは縛られる際、暴れて3人の男から暴行を受け、今はおとなしく座っている。


 彼等はまず人質になった人々の所持品を全て没収した。外への通信手段をシャットアウトする為である。当然へレンやウォルフの制服についている無線も奪い取られ、全て彼等の目の前で破壊された。


 だが幸いな事にジュードが腕にはめていたD・C(ダイビング・コンピューター)だけは無事だった。時計機能も付いているのでジュードはずっとそれを代わりに使っていたのだが、ゲリラには少々大きめの腕時計にしか見えなかったらしく難を逃れたのだ。


 このD・Cにはケーブルを繋いで、相手の通信機の周波数に合わせてボタンを押せば、通話が可能になるというシステムが付加されている。会話が出来るケーブルまでは持って来ていないが、信号だけは送信する事が出来るのだ。



 ジュードは何とか見張りの兵に気付かれないよう、右手の指を左手首に伸ばしてみたが、両手はきっちりと縛られていて、全く届きそうに無かった。しかも信号を発信するには、まずデジタル画面の下にある通信ボタンを押し、画面にテンキーが現れてからその周波数の数字を入力しなければならない。非常に小さな画面なので爪の先か、先の尖った何かで押さなければ入力できなかった。


 しかもジュードが座っているのは人質グループの一番前列で、目の前にいつもマシンガンを構えた兵が立っている。妙な動きをして気付かれたら、最後の希望が取り上げられてしまうだろう。



 ジュードはじっと何かいい方法がないか考えていた。きっと何かあるはずだ。辛抱強く探せばきっと希望は見つかるんだ。その時ジュードは、じっと自分を見ているショーンに気が付いた。ジュードが手話を送ると彼も笑って頷いてくれたのだった。





「さて、助けを待っているところ悪いが、君達はもうすぐこの海から消え去る事になる」


 まるでジュードとショーンの手話を見ていたかのように、アッサンが口を開いた。名前を呼ばれずに残った人々の間に動揺が走った。中には身代金を支払うから帰してくれと叫ぶ者も居たが、アッサンは立ち上がろうとした2人の男性の頭を、無表情なまま銃で撃ちぬいた。


 人々の叫び声が上がる中、キャシーとエバも声を上げて叫びながら頭を下げた。彼等の身体が崩れ落ちていくのを、同じグループに居たウォルフは何も出来ずに、ただ歯を噛み締めて見つめた。死んだ男達の側にいた人々は恐怖の余りがたがたと震え、声も出せずに床にへたり込んだ。


「なんて事を・・・・」


 シェランが小さく呟いて顔を伏せた。ジュードはただじっと、名も知らぬ、この組織の長である男を見つめた。


 滅多に泣かないエバが、キャシーの胸で「嫌・・・嫌・・・」と小さな声で呟きながら泣きじゃくっている。キャシーは縛られた両手で彼女の手を握り締めながら、さっきショーンが言っていた夢の話を思い出していた。



 ジュードと同じ機動救難士になって、一緒にヘリで飛んで、一緒に人を助けて、一緒にメシを食う・・・・。それはついさっきまで、当然のようにやって来る未来だった。あと一年半で叶うはずの夢・・・。なのにそれが今、自分の夢と同じように叶うはずのない夢に変わろうとしている。


― こんな事って・・・ ―


 キャシーは悔しさに唇を噛み締めた。




 人質がざわめいているので、うるさそうにアッサンは手を上げた。


「少し静かにしてくれないか。まだ自己紹介もしていないというのに・・・。俺の名はアッサン。アッサン・メルガード。この部隊の隊長だ」


「アッサン・メルガード?FARCのか」


 思わずヘレンが叫んだ。


「さすがSEALの大佐殿は良くご存知であられる。俺がFARCに居たのは随分昔の話だがな・・・」


 恐怖に静まり返った会場の中を、アッサンはゆっくりと靴音を響かせながらヘレンの側まで行くと、黒く縁取られたその瞳で彼女を見下ろした。


「キューバに亡命して傭兵部隊を作り上げたと聞いたが・・・。いや、傭兵というより殺人部隊か・・・?」


「傭兵も近頃めっきり用無しでな。戦争の形態は近年すっかり変わっちまった。あんた達はまるでゲームでもするようにミサイルを正確に撃ち込めばいいと思ってる。くだらない戦争だ」


「だからテロリストに転職か?それともキューバの英雄チェ・ゲバラに習って、革命でも起こす気か?」


「革命か・・・。いい響きだな」


 計画の成功に酔いしれたように呟いたアッサンを、ヘレンは鼻で笑い飛ばした。


「知らないようだから教えてやろう。チェ・ゲバラと共にキューバ独立の為に戦った現国家元首フィデル・カストロは元弁護士だ。チェ・ゲバラは元医者。分かるか?理想だけでは革命は成功せんぞ」


 ヘレンの言い方は、学の無いアッサンをいかにも見下すような言い方だった。彼は暗い瞳を細めてヘレンを見つめると、彼女の左頬を銃の銃床で思い切りぶん殴った。


「ヘレン!」


 シェランの叫び声が響いた後、彼は唇の端に血の流れたヘレンの襟首を掴んで顔を近付けた。


「ここに居る者はみな海に沈む。その時の恐怖をお前等にも味合わせてやろうと思ったがやめた。お前だけは先にこの手で殺してやる」



「そう血にはやるなと言っただろう?アッサン。それにこれは革命では無い。これこそが本当の戦争だよ、ヘレン・シュレイダー大佐」



 いつの間にかドアを開けて入ってきた男が、アッサンの後ろから現れた。命の危険を感じながら捕らわれの身になっている人々は、皆息を飲んでその男を見つめた。濃紺のスーツに金の縁取りの付いたブラウスという華やかな衣装に着替えた彼は、先程ここで捕らわれていたとは思えないほど余裕のある顔で笑っていた。


「カルディーノ?」  


 信じられない表情で小さくエバが呟いた。


 アッサンがヘレンを突き放してカルディーノの居る会場の中央に戻ってきた。


「ネズミが何匹か残っているぞ。君のAT部隊から逃れたとは、大したものだな」


 アッサンは何も答えずに、すぐ後ろに居るコメルネ・タラトに目配せをした。無言のままタラトは10人余りの部下を伴って消えるように出て行った。


 





 大小さまざまな太さの配管が周りを取り囲む、わずか50センチほどの高さしかない空間を、まるで這うようにしてデニス・アスレーはダートンの元へと戻って来た。船の空調や配管を通している場所は、普通の建物のそれに比べてはるかに狭かった。ダートンは20センチ以上ある太いパイプの間に顔を埋めるようにして上の様子を窺っていた。



「どうだ?中尉」

「駄目ですね。通信室もコンピューター室も、ご丁寧にこの艦のガスタービンまで全て綺麗に破壊してありましたよ」


 ダートンは何もつかめなかったのか、配管の間から顔を引っ込めて難しい顔をした。


「それにしては艦が動いているぞ」

「それがびっくりですよ。この艦は今、島の腹の中に居るんです」

「何?どういう事だ」



 デニスは手短に、現在自分達が置かれている状況について説明した。



 敵の数は50から60名。艦内を警備していた海軍兵及びSEALのメンバーは殆ど殲滅されたと見ていいだろう。敵は二人一組で背後や物陰から兵を1人ずつ襲っていった。現在の所、敵の正体や侵入方法は不明。だが、かなりゲリラ戦に長けた部隊だと思われる。



 攻撃部隊が殆どの兵を倒した後、メインコンピューター、通信装置、艦の心臓部であるガスタービンなどを破壊する部隊が艦の機能を全て停止させ、ほぼ同時にチャリティ・パーティの行なわれている会場を別の部隊が制圧した。その後、動力を破壊された艦の後方から、大口を開けた島が近付いて来てヴェラガルフをすっぽり呑み込んでしまったのだ。



「島が近付いて来たという事は島が自ら動いているという事か?」

「私にはそう見えました。実際今我々が居るのはその島の洞窟の中で、前後左右4箇所を巨大なストッパーで捕捉された状態で島と共に動いているのであります」

「ふむ・・・・」



 ダートンは目を細めたまま、じっと動かずに考えた。それはこの無表情な男が益々無表情になる時で、彼はいつも考え事をする時にはこの状態になる。当然部下は彼が次に口を開くまで、じっと待っているのであった。


「つまりこの周りを取り囲んでいるのは人工島で、何かの動力によって動いているという事だ。随分と金の手間のかかる大掛かりな仕掛けを作ったものだな」


 デニスは同意見です、と言わんばかりに笑って頷いた。頭が固いだけの男だと思っていたダートンが、この突拍子もない報告を信じてくれるかどうか不安だったが、意外にも自分達の置かれている立場を柔軟に受け入れてくれたようだ。



「カリブ海諸島には少なくとも7,000もの島が存在する。船を隠すより島を島の中に紛れさせた方が分からないという事か」


「そうですね。例えこの艦をシージャックしても、すぐにF-15やF-22がやって来て、空に気を取られている間に海中からSEALの精鋭部隊に侵入され、全員死ぬのがおちだ。だが艦が何処にあるのか分からなければ誰も手出しは出来ない。それに通信も途絶えれば、海軍は我々が何者かに攻撃され、一瞬で海に沈んだと思うかも知れません」



― くそっ、いまいましい奴等だ ―


 ダートンは再び目を細めて黙り込んだ。この艦には300人以上の海兵が居たんだぞ?それをたった50人余りのゲリラ部隊が制圧したと言うのか?“SEALの精鋭部隊・・・・”それは正にここに居る自分達の事ではないか・・・。なのにまるでネズミのようにこんなダクトの中で様子を窺うしか出来ないとは・・・。



「大佐はどうしている?」


 ダートンは逃げる途中で通信機を失っていた。


「分かりません。ですがパーティ会場は完全に奴等の手に落ちています。多分もう・・・・」

「そうか・・・・」



 チーム4にとって、ヘレンはまるで剣と盾を併せ持ったような上官だった。彼女の的確な判断力と低劣度脅威下での行動力は、いつもチームのメンバーにとって大きな心の支えになっていた。SEALの全隊員2,500名の中でも、彼女に匹敵する人間は数少ないだろう。



 ヘレンは誰に対しても厳しかったが、自分に対してはもっと厳しい人間だった。それでも重艦鬼神と呼ばれた彼女が、旧友であるルイス・アーヴェンと共に居る時だけは、人間らしい表情で笑っていたのをダートンは知っている。彼女は心の底から彼を信頼し、友として愛していたのだ。



 アレックやこのデニスが軍のコンピューターからシェランにメールを送っているのを知った時、本当は上官であるヘレンに言って厳しく罰してもらわなければならないと分かっていたが、彼等の送ったメールの内容を見て、ダートンは黙認してしまった。



 彼等はヘレンがルイスに裏切られてから一度も休みを取らずに働き続けていて心配だ、一度会いに来て欲しい、とメールに綴っていたのだ。無論、彼等がシェランに会いたかったのもあるだろうが、それでも彼等は平気そうに振舞っていても、時折後ろを振り向いて寂しそうな目をしているヘレンの事を思っていたに違いない。


 確かにルイスには少しつかめない所があったが、あのヘレンをあんな風に裏切るような男だったとは・・・・。




 ダートンは微動だにせず、次の指令を待っているデニスを見た。チーム4の心の支えであった大佐を失い、仲間を失い、今は自分と彼の2人・・・。この2人で、300人の海軍兵を倒した部隊に戦いを挑むのだ。


「デニス・アスレー中尉。例え生きて祖国に戻れなくても、私は君と共に戦える事を誇りに思う」

「私もであります、ウェイ・ダートン大尉。SEALに選ばれた時から、その覚悟は出来ております。どうぞご命令を」


 デニスはうつぶせになったまま敬礼した。






 ダートンとデニスは敵から逃れられたのは自分達だけだと思っていたが、ここにも1人、深手を負いながらも逃げ延びた人間が居た。ダスティン・アラードである。彼はこの艦が島に飲み込まれていくのを見た後、何とか敵の目をかいくぐって艦の中腹にある通信室にたどり着いた。多分敵は一番に通信室を破壊するだろうと思い、ここまでやって来たのだ。


 一度破壊したシステムに用は無いので、敵の目から逃れるにはもってこいである。ディーの予想通り、3人の通信士達は無残な姿で床に倒れていた。システムも銃弾の後が生々しく残され、再生は不可能だろう。


 ディーは先ほど敵に襲われた時、両肩に重傷を負っていたが、通信士の遺体を部屋の隅に引きずってきて並べた後、通信長の体の上に自分の上着を脱いでかけた。


「すまんな。少しの間、休ませてくれ・・・」



 上着を脱ぐと肩の傷からあふれ出した血が余計目立ち、まるで両肩から血のシャワーを浴びたようだ。だが不思議と痛みは感じなかった。それよりも腹の奥から湧き上がってくる怒りで、体中が熱く感じた。


 艦長と同じだけこの艦で過ごして来たディーにとって、ヴェラガルフは彼の家も同然であった。彼女は1993年から就役しているが、巡洋艦の中ではまだ新しい方でCG47、CG48の初期型と比べると何度も新しい兵装に代えられ、どんどん進化してきた。


 それはディーにとって自慢の恋人がだんだん美しくなっていく様を見るようなものであった。だからジュードがこの艦に降りた時、嬉しそうに兵器の説明をしているのが、まるで自分の恋人を褒めてもらっているようでとても気分が良かった。それで彼に声をかけたのだ。


「俺の可愛いヴェラに土足で踏み込んで、あまつさえ血で汚しやがって。何処の山猿か知らんが、こいつを征服できたなんて思っていたら大間違いだぜ」






 夜明け近く、島はやっと目的の場所に到着した。島と言っても、4箇所にサブマリンエンジンをつけた動く人工島である。


 自分の肩に何かがのしかかってくるような重圧に、マックスは目を覚ました。良く見るとエバはキャシーに、キャシーはショーンに、ショーンはマックスにもたれかかって眠っている。そして自分はと言うと、更に隣に座っているヘレンにもたれかかって眠っていたようだ。


「わっ、す、すみません」


 慌ててマックスが身を起こすと、ヘレンは一晩中微動だにしなかったせいで肩が凝ったのか、首をぐるりと一回転させた。


「構わん。巻き込んだのは私だからな」


 いつも偉そうなこの強面の大佐がこんな風に言うのも、かなり参っているからだろうか。マックスは顔を起こして、離れたグループに居るジュードとシェランを見た。シェランはジュードの肩にもたれてすやすやと眠っている。ジュードはと言うと、兵の目を盗んで何かしようと思っているのか、どうやら余り寝ていないようだ。


「全く、こんな状況で良く眠れるものだと言いたいが、眠っておいた方がいい。どうやら長引きそうだからな」


 囁くように呟いたヘレンには、これから何が起こるのか予測できるのだろう。だが何も分からないで捕らわれている乗客は、皆おびえて一睡も出来ずに夜を明かしたものが殆どだった。彼等のアジトに連れて行かれたら、この船ごと沈められるのだろうか・・・。



 俺達ってやっぱり呑気なのかな・・・。マックスはまだ眠っている仲間をチラッと見た後、気持ちよさそうに熟睡しているシェランを見た。目の前に訳の分からない男達がマシンガンを構えて立ってるというのに、やはり彼女が一番豪快なようである。


 アッサンの兵達も交代で見張っているようで、昨夜の見張りとは又違う男達に変わっていた。


 何かをしようとしているのだが、どうにもうまくいかないようで、疲れたように溜息をついたジュードが、自分の肩にもたれかかって眠っているシェランの顔を見た後、目を細めて優しく微笑みかけたのが、マックスにはとても印象的だった。




「停まったな・・・・」

ヘレンがふと呟いた。


「停まったって、奴等のアジトに着いたんですか?」

「アッサンは俺の島へ案内しようと言っていたから、多分そうだろう」


 ヘレンやパーティ会場に居る客達は、まだこの艦が島の中に隠されて移動していたのを知らなかった。




 暫くすると再びアッサンが幾人かの兵と共にやって来た。起きていた者は皆、びくっと肩を震わせ、うとうと眠っていた者も全員起きると、今はこの艦の艦長、いや支配者になった男を見上げた。


「長い船旅ご苦労だった。さて申し訳ないが、君達にはもう暫くこのままで居てもらう事になっている。ところで我々は色々多忙で、食事の用意までする余裕が無い。そこでだ。我々に食事を作ってくれる人間を募りたいが、どうだ?誰か立候補者は居ないか?」



 そんなものに手を上げる者は誰も居なかった。食事を作るのなら女性になるだろうが、ここに居る若い女性はシェラン、エバ、キャシーの3人だけで、後は夫と共にこのパーティに参加した高齢のご婦人方が数人、どう見ても料理などした事のないような身分の女性達であった。


 エバは又泣きそうな顔をして、キャシーの手を握り締めた。


「嫌、絶対嫌よ」

「エバ・・・・」


 2人の様子にマックスとショーンは顔を見合わせた。


「お、俺達が立候補するか?」

「料理できるのか?マックス」


 ショーンが嬉しそうに聞いたが、彼は顔を引きつらせて首を振った。


「やめておけ、間違いなく銃殺刑だ」


 ヘレンの言葉に彼等は首を縮めた。


「誰も居ないようだな。ではこちらで選ばせてもらおう」


 アッサンの言葉にショーン達の居るグループを見張っていた兵が2人、人質の中に割り込んできて、エバとキャシーの腕を掴んだ。


「キャアッ、何するのよ。放して!」

「いやあ!」


 ショーンとマックスが彼女達を助けようとする前に、シェランの声が響き渡った。


「おやめなさい!その子達は駄目よ。絶対駄目!私の生徒に手を出さないで!」


 シェランの駄目と言う言葉は何度も聞いてきたジュードであったが、こんな相手に通じるはずが無い。しかしいくらジュードが止めても、教官魂に溢れるシェランの耳には届くはずも無かった。


「その子達はね、まだ学生なのよ。なによ。10人でも100人でも、私が1人で作って運んであげるわよ!」


 シェランは怒りに任せて叫ぶと、勢い良く立ち上がった。しかし彼女は忘れていたのだ。自分が呪いの靴を履いていた事を・・・・。立ち上がったそのままの勢いでシェランはつまずき、前方に倒れた。


― なんて事!あれだけジュードがこけないように気を遣ってくれたのに! ―


 生徒達が自分を呼ぶ声を聞きながら、シェランは顔面を床にぶつける事を覚悟したが、誰かが二の腕を掴んで助けてくれた。


「あ、ありが・・・・」


 顔を上げて礼を言いかけたシェランだったが、助けてくれた男の顔を見て真っ青になった。アッサンが憮然とした表情のまま、自分の腕を掴んでいるのだ。こんな男に助けてもらうくらいなら、顔面から床に突っ込んで大恥をかいた方が余程マシだ。


「いい度胸だ。ではお前にも作ってもらおう」

「お前にもって、どういう意味?あの子達は駄目だといったでしょう?」

「そうだな。お前は俺の食事を運べ」

「あなたね、人の話を聞いているの?彼女達を放しなさいよ!」



 すがりつくような目でマックスとショーンがヘレンを見たが、彼女はギリギリと歯を噛み締めながら「あのバカ娘めぇ・・・」と呟いていた。命がけで殺人鬼のような男とやり合っているシェランを見て、キャシーは目に涙をにじませているエバの手をぎゅっと握り締めた。


「そうよ、エバ。泣いてたって駄目。何も解決しないわ。私達は私達の出来る事をしなきゃ。チームで認められる為に。いつだってそうして来たでしょ?」


 エバはハッとしたような顔をすると、唇を噛み締め頷いた。彼女達は腕を掴んでいる兵の手を振り払うと一歩前に出て叫んだ。


「そんなに食べたいなら、食べさせてあげるわ!」

「そうよ、覚悟なさい。あたし達の腕はプロ級なんだからね!」


 シェランはびっくりしたように2人の顔を見た。ショーンとマックスが「何言ってんだ?」「何処がプロなんだよ」と小さな声で叫んでいたが、覚悟を決めたエバは、もういつものエバに戻っていた。


「うるさいわね。教官はあたしたちが守るから、あんた達はジュードと何とか逃げる方法を見つけるのよ」

「後は頼んだわ」


 人々を掻き分け、前へ出て行くキャシーとエバの背中を彼等は呆然と見送った。



「私も参りますわ」


 その時、ウォルフの居るグループの中から52、3歳の初老の婦人が立ち上がった。髪は殆ど白だが、ブルーのドレスをセンス良く着こなしている上品な女性だ。隣に居る夫らしき男がびっくりして彼女を止めていた。


「いいえ、あなた。こんな若い人達が名乗りを上げているのに、じっと見ているだけなんて出来ませんわ。以前は家族の食事を作っていたんですもの。私だってきっと役に立ちますわ」


 アッサンが頷くと彼女もドレスの裾を持ち上げ、座っている人々の間を抜けて出てきた。



 無表情なままシェランの二の腕を掴んで連れて行こうとしたアッサンにジュードは叫んだ。


「待ってくれ!」


 すぐに周りを取り囲んでいた兵が彼に銃を向けた。


「情けを、かけてくれないか・・・」

「はあ?」

「その人に上着をかけてやりたい。そのままじゃ風邪を引きそうだろ?」


 周りの兵はニヤニヤ笑いながら「そうか?俺達はこの方が眺めがいいがなぁ」と舐めるような目でシェランを見た。泣きそうな顔でうつむいたシェランを、さっきの初老の婦人が背中で隠して兵の目から彼女を逸らした。


「死ぬ前に、人は一つだけ願いを叶えてもらえるものだろう?」


 アッサンが黙ってジュードの顔を見た後、側に居る兵に顎で命じると、兵がシェランとジュードの縄を解いた。ジュードが待ち望んでいたチャンスが巡ってきたのだ。


 彼は上着を脱ぎながらD・Cのボタンを押し、テンキーで素早くノースが使う通信機のナンバーを入力した。その後、彼はシェランの肩に上着をかけて彼女の両肩を後ろから握り締めた。シェランがジュードを振り返って微笑みかけたが、すぐに彼等は兵に肩を押されて引き離された。


 アッサンと共に会場を出て行くシェランやエバ達の後姿を見ながら、ジュードは心の底で祈った。一刻も早くノースが自分の送った信号に気付いてくれる事を・・・・・。




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