第13部 消えた巡洋艦 【1】
フロリダ半島南端及びメキシコのユカタン半島東からベネズエラの北西部沿岸にかけ、7,000もの島々と岩礁、珊瑚礁がカーブを描くように連なるカリブ海諸島。避寒地として毎年多くのアメリカ人が訪れるこの地だが、意外にもアメリカ領より独立国や英国、オランダ、フランスなどの領土が目立つ。
そのカリブ海諸島の終着点、南米ベネズエラ共和国の北にある小さな島々は、この中で唯一のベネズエラ領で、ラスアベス諸島、ロスロケス諸島、オルチラ島、マルガリータ島など、200以上の島々がベネズエラの近海に並んでいた。
その夜、ラスアベス諸島から少し離れた小さな島の入り江に、一隻のボートが到着した。乗っているのは身なりのいい紳士だ。およそこんな誰も居ないような小さな島に夜遅くやって来るには、似つかわしくないような男であった。
その小さな入り江からゆっくりとボートを進めると、その先は巨大な洞窟になっていて、まるで水路のように海が中まで続いていた。良く見ると周囲300メートル四方のこの島は、殆どが洞窟で成り立っており、海の上にまるで楕円形の皿をかぶせたようであった。
紳士が自ら舵を取るボートは水路をそのまま突き進み、やがて小さな船着場に到着した。彼は身軽にボートから飛び降りると、靴音の響く鉄の板の上を歩いて更に奥へと進んだ。岩の間に取り付けられた重い鉄の扉を押し開けると、そこは島の中とは思えないほど広いホールになっていた。
天井を支える沢山の鉄の梁に付けられたライトが、そのホールの中央に据えられているアーモンド形の巨大な魚雷のような物体を照らし出していた。
「どうやら間に合ったようだな。アッサン」
出迎えに出てきたアッサンという男は、彼と同じ黒髪で浅黒い肌をした男だったが、彼とは比べ物にならないほど野卑で鋭い目をしていた。
「俺は約束は守る、ガロッディ。だが相手がたがえた時は・・・」
「そう血に逸るものでは無い。これからパーティだぞ。もっと楽しめ」
彼はアッサンの後ろに居る、更に冷たい目をした男の前を何食わぬ顔で通り過ぎると、その黒く輝く鉄の塊に手をやった。伝わってくる冷たい感触は、何故か彼の心を熱く駆り立てた。
「これが自国の軍事工場で作られたと知ったら、彼等はどんな顔をするだろうな・・・・」
3月になった。入学して半年経つと、1年生もやっと集団生活に馴染んでくる頃である。そして2年生は次第に強くなる日差しの中で、砂まみれになりながら実地訓練に励んでいた。
今日は砂の上で行なうライフセービング競技の一つ、ビーチフラッグを行なっていた。20メートル先に立てられた小さなフラッグを何人かの人間が取り合うというものである。
ライフセービング競技は元々、人命救助を行なう人間がその能力や日頃の訓練の成果を競うという所から始まったもので、潜水課は同じくライフセービング競技のパドルボードをやっていた。
パドルボードというボードに乗って手で水を掻いて沖のブイを回り、帰ってくる早さを競う競技だ。パドルボードではブイが要救助者、ビーチフラッグの場合、フラッグがライフプレサーバー(救命道具の総称)を指している。
機動課は一般と合同でビーチフラッグに挑戦である。ビーチにフラッグに対して後ろ向きに伏せた状態からスタートする。『ヘッドダウン』という声が『用意』を意味し、後は審判の吹く笛の音に合わせて起き上がり、灼熱の砂の上を一直線にフラッグを目指す。集中力と勘、そして機敏さが要求される競技だ。
5人ずつが一組になって二本の旗を目指す。28人しか居ないので、最後の3人は二本の旗を3人で取り合う事になり、少しお得だ。そのお得な組にショーンは入った。
(本当のビーチフラッグ競技では全ての条件を同じにするので、こんなお得な組は生まれない)
旗を取ったものだけが次のラウンドに進め、最後に残った1人が優勝するとあって、訓練生達は大盛り上がりであった。
ジュードと一緒に走るのはBチーム機動のロバート・メイヤン、同じくBチーム一般のトーマス・ミラー。Cチーム一般のレミー・キャッスル、一番右がAチーム一般のダグラス・ホーマーで、それぞれのチームから彼等の名を呼ぶ声援が響き渡った。
「ジュード!Aチームの実力を見せてやれ!」
「行けーっ、ロバート!」
「トーマス、一般の意地を見せろ!」
「ライフセービングで負けるなよ、レミー!」
「ダグラス、勝てよ!俺が見てるぜ!(サムの声)」
本人達より周りの白熱ぶりに、ジュードは苦笑いをして隣のロバートを見たが、彼は挑戦的に白い歯をむき出してニッと笑った。そっちがその気ならこちらも本気を出すぞ。
「ヘッドダウン!」
ロビーの声にジュードは頭を下げた。笛の音に神経を尖らせる。
『ピッ!』
鋭い音と共に5人が一斉に立ち上がった。他の訓練生達も全員立ち上がって拳を握り締めながら応援する。ジュードとロバートは互角だ。後ろでレミーが砂に足を取られてすっころんだ。トーマスとダグラスが右手を出して同時に右側の旗に飛び込む。ジュードが掴みかけた左側のフラッグをロバートが奪いに来た。
― させるか・・・! ―
ジュードは素早くフラッグを掴み、左側へ身体をひねって逃れた後、フラッグを上に掲げ立ち上がった。右側の旗はトーマスか?ダグラスか?
砂の中から倒れたままのダグラスが、フラッグを持った腕を空に向けて差し上げた。
歓声がAチームから上がり、B、Cチームからは拍手が起こった。ジュードが笑いながら倒れたままのダグラスに手を差し出すと、彼はニヤッと笑いながら立ち上がり、ジュードと同じ黒い瞳を輝かせた。
第2ラウンドは残った12人で競われる。Aチームは機動のジュード、ジェイミー、ネルソン(マックスはCチーム機動のチャック・ギブソンに負け、授業の最初に散々走り回らされたショーンはわざとこけた)一般はダグラス・ホーマーのみである。
今度は三人一組で一本のフラッグを奪い合う。ジュードはBチーム機動のジャン・ホールデンとCチーム一般のエネミー・テスの間に挟まれた。2人共かなり身長があるので、両側から圧迫感を感じた。
「気をつけろ、ジュード。両側から挟み撃ちにされるぞ!」
仲間が心配して叫んでいるが、ジャンとエネミーの視線はジュードの頭の上を通り越して互いに絡み合っていた。
2人で潰し合ってくれればかなり有利になる。それともジャンは足のリーチを生かして左側から突っ込んでくるかな?一般のエネミーに関しては殆ど話した事がないので全く分からない。とりあえず真っ直ぐ突っ込むか。
ジュードが方針を決めた途端、ピッと笛が鳴った。
しかし予想に反して、彼等はわざと距離を縮めてジュードの行く手を塞いだ。どうやら先にジュードを潰すつもりらしい。まるでアメフトの選手のように身をかがめて、二つの巨体が両側から迫ってくる。
ジュードはとっさにジャンの肩に手を掛け、彼等の上を飛び越えた。そのまま砂の中に立てられた赤いフラッグに向かって飛び下りる。砂の上を2回転してジュードはフラッグを持った手を掲げた。
ジャンは「くそっ」と叫んだ後、ジュードの拳を笑いながら叩き、エネミーは溜息を付いて砂浜に座り込んだ。
昼前に終わったビーチフラッグ競技を制したのは、Aチーム一般のダグラスだった。まさか一般が優勝するとは思ってなかった機動のメンバーは少々悔しかったが、みんなで彼に最高の拍手を送った。
そして一般課にとって、それはまるで自分の事のように嬉しい出来事であった。機動や潜水に比べて目立たない彼等にとって、ダグラスの優勝は一般課のライフセービングの技能が決して他の課に劣っていない事を示していたからだ。まるで英雄のように一般の仲間に賛辞を送られたダグラスは、今日22歳の誕生日を迎えたところで、良いバースディプレゼントになった。
ランチを食べに食堂に行くと、既に潜水課は戻っていてビーチフラッグの結果を聞いてきた。ダグラスが優勝した事を告げるとみんな驚いたように彼に賛辞を送り、再びダグラスは赤い顔をして嬉しそうに笑った。
そんなダグラスと友人達をニコニコして見ているジュードの側にやって来たブレードが、ニヤッと笑って尋ねた。
「所で、お前はどうだったんだ?」
「あ、オレ?準決勝まで行ったんだけど、笛が鳴った途端にこけちゃってさ。顔を上げた時にはBチームのフィリップに旗を採られてたんだ。砂が鼻の中に入って大変だったよ」
「あははははっ、お前らしいな」
レクターとピートも豪快に笑った。
潜水課のパドルボードを制したのはCチームリーダーのジーンだった。何でも一番が大好きな彼は、その巨大な手と長い腕を最大限に生かして、まるでモーターボートのようなスピードだったらしい。そして残念ながら最下位はキャシーであった。
彼女が最下位と聞いて、男に負けるのが大嫌いな彼女はさぞかし不機嫌な顔をしているだろうと思っていたら、いつものようにエバと楽しそうに大好物のジェリービーンズを分け合って食べている。
シェランはパドルボードの優勝者と最下位の者に賞品を用意していたのだ。優勝者にはパドルボードをかたどったバッチ。最下位は多分キャシーだと思ったので、彼女の好きなジェリービーンズ。
当然普段からライフセービング競技の訓練もしているので、その度に渡してはいないが、久しぶりに競技会形式にして順位も競わせたので、何か記念になるものをと用意したのだ。勿論、最下位になった時のキャシーのイライラと八つ当たりが、Aチームの男子諸君に行かないように配慮したのも確かであった。
そしてジーンは「こんなもの貰っても、ちっとも嬉しくない」と言いつつ、ツナギの胸にパドルボードのバッチを付けて、そのまま食事もしていた。素直でない男である。
食事を取っていると1年のアンディやミシェルがやって来た。彼等は口々に午後からの授業が全て合同訓練に振り替えられたのを話していたが、実は競技の結果を話すのに夢中になっていて、2年生はまだ食堂脇にある掲示板を見ていなかった。
食事の後、掲示板を見に行くと、確かに午後からは全て合同訓練になっていた。1年の頃は良く授業の変更があったが、2年になってからは久しぶりであった。これは又、シェランが何かを思いついてわがままを言ったのでは・・・。ふとジュードは思った。
集合場所はSLS専用港になっていたので、ジュード達は1年のAチームを連れて港を訪れた。Bチームは駐車場に集合で、クリスの運転するバスに乗ってロック・クライミングに行くらしい。Cチームは運動場に集合というのは見たが、Cチームのメンバーと話す暇が無かったので、何処に行くかまでは聞けなかった。
いずれにせよ、遠出するのには変わりは無いだろう。つまり今日は遠足なのである。シェランは何かを思いつくとすぐに実行したがるタイプだし、クリスはお祭り好きですぐやろうと言う。ロビーは何故かこの2人には逆らえないという構図が出来上がっているのだ。
遠足といえば去年の夏、すっかり騙されて船舶火災の訓練をやらされた記憶があった。ジュードはライフシップの前で訓練生が乗船するのを見ているシェランの側に立って言った。
「又オレ達を騙すつもりじゃないだろうな」
「あら、嫌だわ。ジュードじゃあるまいし。二度も同じ手は使わないわよ。もっと楽しみな事が待っているわ」
どんな楽しみな事が待っているのか知らないが、シェランはとても嬉しそうである。
海へ出て2時間、普段余り通らない北へ向かう航路を通り外洋に出る。それから更に30分後、遠くからでもはっきりとその外観が分かる巨大な船が見えてきた。
まるで戦車のように窓は殆どなく、灰色の装甲で覆われた船体。船首甲板から空に向けて長く伸びた主砲口。船の中心から空に伸びるレーダー塔には前後左右に目を光らせるように4つの白いレーダーが付いていた。
それを見て、以前ウェイブ・ボートに行ったメンバーの背中に寒いものが走った。
「どう見ても、アメリカ海軍だよな・・・」
「という事は・・・・」
海軍と聞いて1年生達は沸き立った。
「じゃ、あれって空母ですか?」
「良く見ろ。飛行甲板が無いだろ?あれは巡洋艦だよ」
アメリカ海軍の誇るミサイル巡洋艦ヴェラガルフは、ノーフォーク(バージニア州に在る世界最大の海軍基地。アメリカ東海岸の主要港)を出港し、一路カリフォルニアを目指していた。その巨大な艦の中にあるキャビンの一室で、ヘレン・シュレイダー大佐は不快な表情を浮かべながら、部下のアレック・ハワードが運んできたコーヒーに手を伸ばした。
「全く・・・。たかだかサンディエゴに行くくらいで、こんなに華々しく送ってもらわなくても良かったのだ」
(サンディエゴ海軍基地:カリフォルニアに在る主要基地。アメリカ西海岸の主要港)
苦々しい顔でコーヒーを飲んでいるヘレンの顔をアレックはチラッと見た。いつも機嫌が悪いとコーヒーが苦いだの薄いだの文句を付けるが、今日はコーヒーの味に付いては何も言わないので合格という事だろう。
“シュレイダー大佐のコーヒーをうまく入れられるようになったら昇進も近いぞ”と以前アスレー中尉に言われたので(たぶんウソだろうが)以来、彼女に持っていくコーヒーには特に気を遣っている。
「宜しいではないですか。こちらも丁度向かう所だったようですし。それに“泣く子も黙るイージス艦に、重艦鬼神と呼ばれるシュレイダー大佐をお招きできて大変光栄です”と艦長も喜んでおられましたし・・・」
「フン!そんな世辞はいらん!」
ヘレンの機嫌が悪いのは、単にこの艦に乗船しなければならなくなった為ばかりでは無いだろう。実は今回の移動は任務がらみであった。今夜ここで20ヶ国に組織を持つ『世界テロ被災者救済事業団』という慈善団体が主催するチャリティ・パーティがあるのだ。
チャリティ・パーティと巡洋艦の組み合わせは、いまひとつしっくり来ないように思われるが、テロの脅威に対するアメリカの防衛力を認識してもらうという目的と、何よりその慈善団体に協賛する人々が、各国の政財界の主要人物なので彼等を護衛するという任務もあったのだ。
イージスシステムを導入した巡洋艦は索敵能力とミサイル運用能力に優れ、対空、対艦、対潜の3つの攻撃力を持つ、いわば海上の要塞である。要人を守るのに、これほど安全な場所は無いであろう。
しかしヘレンにはそんな事はどうでもいい事であった。SEALとは偵察、破壊工作、諜報戦などを最も得意とし、支援潜水艦による海上からの隠密潜入はSEALのみで行なわれている。
つまりへレンにとってSEALは秘密特殊工作部隊であり、大佐となった今も部下と共に前線に出ている彼女は、そのような要人の集まる華々しい場所に余り顔を出したくないというのが本音であった。
しかも今回は“テロ被災者救済”という名目だけあって、SEALのカウンターテロ担当『DEVGRU』(Develoment Group:以前はSEALチーム6であったが、今は独立してDEVGRUと呼ばれている)が来ている。
DEVGRUと呼ぶのは面倒なので他のチーム ―SEALにはチーム1~5、DEVGRU、チーム8の7つのチームがある。ちなみにヘレンが所属しているのはアメリカ本土担当チーム4である― は今でもチーム6と呼んでいるが、彼等の前では禁句だ。
DEVGRUの隊員選抜は勿論SEAL隊員の中からだが、彼等は以前ソ連の情報機関から存在を隠す為に便宜上チーム6を名乗っていただけで、元々独立した部隊である。しかも特出したカウンターテロ部隊という事もあり、人一倍誇りも高いのだ。
彼等が来るという事は間違いなくDEVGRUのウォルフ・バトラー大佐も、ヘレンと同じように数人の部下を連れてやってくるはずだ。どうせあいつの事だから、派手にコマンチにでも乗ってやって来るに違いない。
(RAH-66コマンチ:ボーイング社とシコルスキー社が共同で開発したステルス性を備えた次世代戦闘ヘリ。2006年配備)
ウォルフ・バトラーの顔を思い浮かべながら、苦虫を噛み潰したような顔でコーヒーを飲んでいるヘレンの心中を察して、アレックは何か気分を良くする会話は無いかと考えた。
「でも近頃の大佐は働き詰めであられましたし、たまにはのんびりされるのも宜しいのではありませんか?それにもしかしたら海でアフロディテに会えるかも・・・」
「アフロディテ・・・・?」
目つきの変わったヘレンに、アレックはびくっと肩を震わせて言葉を切った。そうだ。シェランに会いたいのは自分達であってヘレンでは無いのだ。
「しっ、失礼致しました!」
アレックは敬礼すると、まるで軍隊が並んで行進をしているように両手を振りながらキャビンを出て行った。
「フン、バカ者・・・」
ヘレンは音を立ててソファの背にもたれかかると、遠い目をしてキャビンの低い天井を見上げた。アレックは働き詰めだったと言ったが、別に忙しかったわけでは無い。働いていなければ思い出してしまうからだ。いつも自分の隣にいたあの男を・・・・。
だからヘレンはウェイブ・ボートから戻った後、一度も休みを取らずに働いた。つい後ろを振り返って「なぁ、ルイス。そうだろ?」と言ってしまいそうになる自分が嫌だった。
家に居て1人でぼうっとしていると、何故彼が自分を裏切ったのか、いつもそこに考えがいってしまう。どんなに考えても、彼の心の奥底を計り知ることが出来ない自分が惨めで、このヒマラヤ山脈のようにプライドの高い女大佐にはそれが耐えられなかった。
ヘレンが放心したように空になったコーヒーカップを見つめていると、ドアをノックして今度はウェイ・ダートン大尉が入って来た。彼は非常に急いでいたのか息を乱していたが、ヘレンのキャビンに入ってくる時には、きちんと息を整えてから入室してきた。
「何かあったか?ウェイ。さてはチーム6のウォルフ・バトラーがコマンチにでも乗って到着したか」
ニヤッと笑ったヘレンに、ダートンはいつもの無表情を崩さずに答えた。
「いいえ。もっと招かれざる客です」
その頃、ジュード達を乗せたライフシップは、灰色の巡洋艦の全容がはっきりと見える位置にまで来ていた。
「教官、まずいですよ!警告がきています。これ以上接近したら攻撃するって!」
「大丈夫よ。SLSのライフシップに手出しが出来る者は誰も居ないわ」
「それは教官だけの法ですぅ・・・」
生徒達がどんなに説得しても、シェランは聞く耳を持っていなかった。
先程ヴェラガルフから停船命令が来ていたのに、無視して突き進んできた結果がこれである。シェランはヘレンが乗っているから大丈夫と言っているが、向こうはこちらの存在に気付いても居ないだろう。
ジュードはミサイル巡洋艦に向かって、ヘレンの名を呼びながら手を振っているシェランを見て小さく溜息を付いた。
「ジュード、止めろよ。絶対まずいって」
「大丈夫だよ。威嚇攻撃くらいはしてくるかも知れないけど、そしたら船の中に居るシュレイダー大佐も気付いてくれるだろう」
威嚇攻撃と聞いただけで、マックスは気が遠くなりそうだった。彼は聞く耳を持たない教官とリーダーの事は放っておいてブリッジまで下りると、システムの前で嬉しそうに舵を握っているエバに叫んだ。
「船を止めろ!攻撃されたいのか?」
舵を取っていた操船課の生徒は、最初の警告が来た段階でとっくに放棄したのに、エバが船を動かしていたのだ。
「あらあ、いいじゃない。スリルがあって。それに海に沈んだ所をSEALの隊員に助けてもらうのも素敵でしょ?」
このエリート好きめ。助けてもらう前にミサイルで木っ端微塵にされたらどうするんだよ!
マックスはもう天を仰いで祈るしかなかった。
彼の祈りが通じたのか、ヘレンは小型ボートを下ろさせるとウェイ・ダートン大尉と共に乗り込んだ。アスレー中尉や他の部下が一緒に行こうとやって来たが、さっきのアレックのセリフといい、シェランがこんな所に現れた経緯を考えると、この部下達が一枚かんでいるに違いない。
ヘレンは「お前達は残っていろ」と叫ぶと、しゅんと沈んだ顔をしている部下を残してSLSのライフシップに向かった。
自分の言った通りヘレンがやって来たのでシェランは自慢げであったが、ヘレンの方は額に青筋を何本も立てて激高していた。
「このバカ娘がぁ!MK45の的になりたいのかっ!」
(MK45Mod4:62口径127mm単装艦載砲のこと)
ブリッジ中に響き渡った声に訓練生達はびくっと肩を縮ませたが、シェランは一向に引く様子は無かった。
「まあ!天下の海難救助隊を攻撃すると言うの?そんな事をしたら、もしあの船が火事になったって助けてあげないから」
「なあにが天下だ。イージス艦は無敵だぞ。どんな攻撃も合衆国が開発したイージスシステムによって5メートルの精度で迎撃できる。火事になどなるわけ無いわ」
「外からの攻撃には、でしょ。もし8万馬力のガスタービンが爆発したらどうするの?」
「そんな事例は今まで一度も無い。第一火事になったとしても、民間人の助けなどいらんわ。それより、どうしてここに私が居ると分かった?」
「分かるわけないでしょ?通りかかっただけよ。今日はみんなで遠足に来たの。ねえ、みんな?」
何が遠足だ。このごまかし方は間違いなく知っていたに違いない。ヘレンは残れと言った時の残念そうな部下の顔を思い浮かべた。
まさかあのバカ共。シェランに会いたいが為に、軍のコンピューターを使ってメールでも出しているんじゃないだろうな。もしそんな事をしていたら、この間手に入れた最新型のサブマシンガンで体中穴だらけにしてやる。
「それより、この間助けてくれたお礼に送ったクッキー、食べてくれた?ヘレンったら家の住所を教えてくれないからノーフォークの方に送ったけど、ちゃんと届いていた?」
「ああ、爆弾や細菌兵器検疫を散々受けてやってきた、あの大量のクッキーか。全部食べたら2キロ太ったよ。どうもありがとう」
ヘレンはニヤッと笑って嫌味たっぷりに言った。
「まあ、1人で食べちゃったの?他の人の分もあったのに」
「バカ者。全員で食べて、全員で食中毒になったらどうする。私が毒見をしてやったのだ」
どうやらシェランのクッキーはおいしかったらしい。
「で?一体海軍の艦に何の用だ?私が乗っていた事を知らないと言うのなら、ちゃんとした理由があるんだろうな」
「いいえ。別に用なんて無いわよ。遠足って言ったでしょ?巡洋艦を近くで見る機会なんて滅多に無いし、この子達に見せてあげようと思って・・・」
その答えにヘレンの怒りのボルテージは頂点に達した。ガキ共に巡洋艦を近くで見せたかっただけだと?艦の中ではテロの襲撃に備えて、厳戒態勢を取っていたというのに・・・!
ヘレンは思わずシェランの頭の上から怒鳴り散らしてやろうと思ったが、ふと思いとどまった。このわがまま天然ボケ娘には、最もきついお仕置きをくれてやる。
「おお、そうだ。今夜あの艦で、世界中のVIPを招いてチャリティ・パーティが行なわれるのだ。どうせなら外からだけでなく、中からも見てみたいと思わないか?」
ヘレンの提案に1年生は歓声を上げたが、ウェイブ・ボートに行った2年生と彼等の話を聞いていたチームメイトはゆっくりと後ろに下がって行った。この傲慢な女大佐に係わり合いにならない方が身の為だ。ジュードとアズは死んでもおかしくない状況だったのだから。
「だが、さすがに全員は招待できないなぁ・・・」
ヘレンはぐるりと訓練生を見回すと、目を輝かせてご指名を待っているエバと、その隣に居るキャシーを指差した。
「まず、そこの2人の女の子。無論シェランも来るだろう?保護者の居ない一訓練生を招待するわけには行かないからね」
「わ、私は・・・」
パーティなんてごめんよ、と叫ぼうとしたが、エバのすがるような目を見ると何も言えなくなってしまった。
ヘレンはニヤッと笑うと、絶対選ばれないように顔を逸らしている2年生の中からマックスとショーンを指差した。
「君達、ウェイブ・ボートにも来ていたね。勇気のある子達だ。お礼に招待しよう」
マックスはずっと首を横に振っていたが、ヘレンはお構い無しに決めてしまった。
「それから・・・ミスター・マクゴナガル」
ヘレンはぐるっと身体を回すと、反対側に1人立っているジュードを見た。
「君も参加しなさい」
「え?オレ?でもオレ、今夜はバイトが・・・」
ヘレンは靴音を響かせてジュードの側に行くと、威圧的に上から彼を見下ろした。
「休め。命令だ」
「オレには生活が掛かってるんです!」
命令と言われてジュードはムッとして答えた。かなり所帯じみた反論だったが・・・。
「ほおっ、いいのか?」
今度はシェランの所にきびすを返すと彼女の腕を掴んだ。
「君はシェラン専属のダンスパートナーだったな。もし君が来なかったら、彼女はSEALの隊員全員と踊った後、金と地位が何より自慢のじじい共に、何十人目かの愛人にならないかと口説かれながら一晩中踊る事になるぞ」
今度はシェランのすがるような瞳を見てジュードが「Yes,Sir」と答える番だった。
「1700時に迎えのヘリをよこす。服は全てこちらで用意するから何も持ってこなくていいぞ」
ヘレンは相手の意向など全くお構い無しに決めて、さっさと引き上げようとした。
「ヘレン、胸が開いた服は嫌よ。背中の開いたのも嫌」
「それと10センチ以上のヒールも駄目です」
ジュードが付け加えた。
「承知した」
ヘレンはまるで含むようにニヤリと笑った。
「あの、それからダートン大尉・・・」
ヘレンの後ろに付いて去っていこうとしたダートンを呼び止めると、シェランは1年生の潜水課を連れてやって来た。
「この子達、今年入学した潜水士候補生なんです。SEALの潜水士であるあなたから、何か言葉を掛けてやっていただけませんか?」
ダートンは黙ってシェランの顔を見つめていたが、やがてテリー、ミルズ、ディッキー、アーサー、ケビンの順にじっくりと彼等の顔を見た。
「シェルリーヌ殿に教わっているとはうらやましい限りです。将来はきっと私など、足元にも及ばないような潜水士になられるでしょう」
ニコリともせずに背中を向けて去って行くダートンに、シェランは「ありがとう。ダートン大尉」と呼びかけた。
「良かったわね。彼は潜水士としても人間としても立派な人よ。彼がそう言うなら、あなた達は間違いなくすばらしい潜水士になれるわ」
「はい、教官!」
潜水課の様子がうらやましかったのか、他の課の1年生も彼等の周りに集まってきた。
「シェラン教官、俺達も立派な機動救難士になれますか?」
ミシェルが叫ぶと一般のアンジー・ウィルソンも叫んだ。
「俺達はどうですかぁ?」
皆が口々に同じような事を叫ぶのでシェランは慌てて答えた。
「勿論よ。あなた達には立派なリー教官や、沢山の先輩達が付いているのよ。3年後にはみんながびっくりするような救難士になっているわ。ええ。もう絶対よ!」
どうやらシェランの目的はこれだったようである。1年生を励ますだけにしては随分遠い遠足だったなぁ・・・と2年生達は苦笑いをしながら顔を見合わせた。
帰る道すがら、どうしても今夜のパーティに行きたくないマックスは、1年生なら代わってくれるだろうと思い、政治家の息子だと聞いていたテリーとミルズに頼み込んだ。
「それはもう、僕達はあらゆるパーティに連れて行かれましたからねぇ。例えアメリカ大統領が来ても臆する事はありませんね」
ミルズはさらさらの黒髪を掻き揚げながら自慢げに言った。
「じゃあ、俺の代わりに行ってくれよ。何ならテリーも一緒にどうだ?お前達なら俺もショーンも安心して任せられるよ」
「そう言って下さるのは嬉しいのですが・・・・」
今度はテリーが、まるでタキシードの襟を正すようにツナギの襟を持ち上げながら答えた。
「実は僕達の親は政敵でして、もし一緒の学校に通っている事が知られると、退学させられるという事態にも陥りかねません」
いくら先輩でもさすがに退学になるとなれば、これ以上のゴリ押しも出来なかった。
「それに僕達、もうパーティなんか飽きちゃって。マックス先輩もそういう場所に少し慣れておくのもいいかもしれませんよ」
テリーの最後のセリフは庶民のマックスを多少バカにしていたので、マックスは彼等に頼んだ事を後悔した。
「往生際が悪いぞ。観念して生まれて初めてのタキシードを着ろよ」
ショーンに肩を叩かれてもマックスは嫌なものは嫌だった。
「お前、何とも思わないのか?あの強面の女大佐がにっこり笑って、服も迎えのヘリも用意するなんて。絶対何かある。俺にはわかる」
「何かあるんだったら、なおさら俺達が行かなきゃ。シェラン教官はジュードが守るとして、エバとキャシーはどうするんだ?1年生なんかに任せてはおけないだろ?」
当然の事を当然のように言われると、もはや反論の仕様がない。やっぱりこいつはジュードの親友だなぁ・・・とマックスは思った。
寮の部屋に戻るとジュードはすぐにバイト先に電話をした。シカゴに行っていた間も随分長く休んで迷惑をかけたので、休みはなるべく取りたくなかったが仕方がない。ジュードは本当に申し訳無さそうにスポーツジムの上司に謝罪すると、溜息を付きながら電話を切った。
「余り休むと信用が無くなるからなぁ・・・」
13歳の頃から働いているジュードには、仕事の厳しさは良く分かっていた。以前、母が病気で入院した時、長期で休んで仕事を首になったことがある。マイアミのような都会ならまだしも、アストリアのような田舎ではなかなか見つからない高額のバイトだったので、当時の彼には相当な痛手だった。
今行っているプールの監視員も賃金は割高だし、一緒に働いている人に元水泳の選手などがいて、話も合うし楽しい。ジュードは訓練に支障が出ない限り、今のバイトを続けたかった。
沈んだ顔で出かける準備を始めたジュードを見て、アズはパソコンを打つ手を止めた。寮生の部屋にはコンピューターは置いていないが、自分で持ち込めば使用は可能だ。アズのノートパソコンは、この間久しぶりに実家に帰った時に2人の姉から送られたクリスマスプレゼントだった。
「もしどうしても休めないなら、俺が代わりに行ってやってもいいぞ」
アズの口から出た信じられないような優しい言葉に、ジュードはびっくりして石のように固まったまま彼を見つめた。
「べ、別にお前の為では無いぞ。この間、姉達がお前と教官には宜しく伝えてくれと言っていたからだ」
「宜しく・・・?オレ、アズの姉さん達に何かしたっけ。一度話をしただけだと思うんだけど・・・」
どうやらジュードには、ウェイブ・ボートの危機を救ったという自覚が無いらしい。それならそれで構わないが、一応話を切り出した限りは進めなければならない。
「ええい。出て欲しいのか、欲しくないのかどっちなんだ」
いつものアズの言い方に戻ったのでジュードはホッとしたように微笑んだ。
「ありがとう。でも今日はもう断ったから大丈夫だ。心配させて悪かったな」
「誰も心配などしとらん。そろそろ迎えが来るんだろ?とっとと行け」
ジュードは笑いながら立ち上がるとドアのノブに手を掛けたが、ふと思い出したようにアズを振り返った。彼は椅子に座ったままだったが、パソコンに目を戻さずに自分を見送ってくれている。
「アズはいつも、オレが落ち込んでいる時にいい言葉をくれる。アズが同室で良かった」
アズは恥ずかしいやらびっくりしたのやらで、真っ赤になりながら叫んだ。
「な、な、何を気持ち悪い事を言ってるんだ。とっとと下りろ。教官が待っているぞ!」
だがその時、ドアを出て行くジュードの背中を見て、アズは何か冷たいものが胸の中を走っていった様な気がした。彼は自分でも気付かぬ内に立ち上がってドアに走り寄った。
「ジュード!」
振り返った彼は不思議そうな顔で自分を見ている。なんだ?どうして俺はこいつを追いかけたんだ?
「今夜は・・・遅くなっても帰って来るんだな?」
「勿論さ。明日も授業があるし。じゃ、行って来るよ、アズ」
ジュードは片目を閉じていつものように笑い掛けると、手を振って階段を下りて行った。
だがその夜も次の日になっても、1人の教官と5人の訓練生は誰一人戻って来なかった。そしてそれは彼等だけではなかった。巡洋艦ヴェラガルフは360人の乗員乗客を乗せたまま、忽然と大西洋上から消え去ったのである。
勿論次の日、SLS訓練校とアメリカ海軍基地は大騒ぎになった。巨大な巡洋艦が突然、煙のように海上から消え去るなど、ありえない事件である。だが事実、夜の2200時にノーフォークに入った定時連絡以降、ヴェラガルフからの通信はぷっつりと途絶え、朝一番に飛ばした偵察ヘリもその姿を発見する事は出来なかったのだ。
その日から海軍とSLS本部隊員による大掛かりな捜索が開始された。ヴェラガルフが最後の連絡を入れてきた周辺から、半径500キロメートルに亘って無数の捜索ヘリが飛び交った。それでも全く足跡を見出せず、バハマ諸島まで捜索範囲を広げたが、ヴェラガルフのような巨大な船が立ち寄った形跡は皆無だった。
無論この事件は全米のみならず、世界中を騒がせる大事件となった。新聞やニュースではこぞってこの事件を取り上げ『消えた巡洋艦の謎』『アトランティスの悲劇』等と題名を付け、この時とばかりにアトランティス大陸やバミューダ海域の研究者達がコメンテイターとして登場し、巡洋艦はアトランティスと同じように海に沈んだのだと騒ぎ立てた。
当然SLSや海軍本部にも新聞やニュースの取材が押し寄せ、それでなくても動揺の走っている二つの施設はその対応に追われることになった。
軍の立場としては、乗っていた乗客が世界的にも有名な資産家が多かったので、出来ればこの事件を極秘に解決したかった。しかしマスコミに嗅ぎ付けられた以上、次にすべき事は、あること無いこと書かれる前にきちっとした対応をしてマスコミの口をなるべく塞がなければならない事を彼等は良く知っていた。
すぐに編成されたヴェラガルフ捜索隊の指揮を執る、大西洋艦隊第2潜水郡司令部グロトン海軍基地のエネミー・ゴールマン大佐が、彼等の対応も引き受ける事となった。彼は全米でも名前の通っている二つの新聞社のみ取材を受ける事にし、そこから派遣されてくる特派員は一社に付き2名までと決め、通達した。
そして何の進展も無いまま迎えた2日目の朝刊に、エネミー・ゴールマン大佐が二つの新聞社を通して公表した捜索状況を知らせる記事が掲載された。
― 『現在我々は、捜索範囲を北大西洋全域に広げ、懸命なる捜索を続けておりますが、現在何の手がかりも得られておりません。目下の所、テロや武装勢力による犯行声明などは一切出ておらず、ただ行方不明としか申し上げられません』とエネミー・ゴールマン大佐は語った。
この公表に対して記者は以下の質問をした。
『何らかの攻撃を受けて、海底に沈んだという事は無いのですか?』
『在り得ません。イージスシステムは空から来る戦闘機やミサイル、同じく海上の艦、そして潜水艦からの、あらゆる攻撃を迎撃する事が出来る。よしんばミサイル等の攻撃で艦を破壊したとしても、海上に全く何の形跡も残さず消し去る事は不可能です』
『では正に巡洋艦は煙のように消え去ったのですね。バミューダ・トライアングルに迷い込んだかのように・・・』
(バミューダ・トライアングル:マイアミ、プエルトリコ、バミューダ島を結ぶ魔の三角海域。100年以上前から船舶や航空機が数多く姿を消している。現在でも年間100隻程度の船が行方不明になると言われている)
この質問にゴールマン大佐はじっと筆者の顔を見た後、静かに答えた。
『バミューダ海域で起こる消失事件に関しては、私も多くの事例を聞いています。しかし世間に出回るのは、歪曲された事実や誇張された表現で、いかにも人々の興味を煽るように捏造されたものも数多くある。我々はいかなる時も真実を追い求め、突き止めなければならないのです。その為に昼夜を問わず探し続けているのですから・・・』
ゴールマン大佐の言葉を聞いた筆者は、必ずや世界最強と謳われるわが国の海軍が、360名の乗員乗客を見つけ出してくれる事を祈らずには居られないのである ―
「何が真実だ!」
訓練校の5階にあるオフィスで読んでいた新聞を机の上に投げ捨てると、エダース校長は椅子に音を立てて座った。胸の奥に決して忘れる事の出来ない8年前の一日が、まるで岩壁に激しく打ち付ける荒波のように沸き立ってくる。
あの日はシェランの誕生日だった。
『夕方から内輪だけでパーティをするからお前も来てくれ』
そうアルフォートに言われて、シェランの為に花束とプレゼントを持って彼の家を訪れた。しかし何故かいつも静かな高台に立つ家の周りを、沢山の人間が取り囲んでいる。マイクやカメラを持っているところを見ると、どうやら報道関係者のようだ。
こんな所に何故マスコミが居るのか不審に思いながらも近付いていくと、今度はウォルターが報道陣に囲まれてしまった。
「あなたは?ミスター」
「私はミューラーの友人だ。一体なんだね、君達は」
「ご存じないのですか?ミューラー夫妻は今日の午後、大西洋上で何らかの研究をされている最中に事故にあって遭難したのですよ」
「何だって?」
ウォルターは報道陣を掻き分け、何かあった時にと渡されていた合鍵でドアを開けると、質問を繰り返すマスコミ連中を追い出しドアを閉めた。
「シェラン!」
彼女の名を呼んでみたが、返事は無かった。急いで家の中に入って行くと、長い廊下の先にあるリビングのソファーに、シェランはただ1人で座っていた。まるで全ての生気が抜け落ちてしまったかのように、力の無い目でぼうっと前を見ていた。ウォルターは前に跪いて、下から彼女を見上げた。
「シェラン、何があったんだ?アルとセリーは?」
ウォルターに両腕を捕まれ揺り動かされると、やっとシェランは小さな声で語り始めた。
「今日は誕生日だから、ケーキを焼いて待っているって・・・。だから学校が終わってすぐに戻ってきたのに・・・」
シェランはウォルターを見ると大粒の涙をぽろぽろこぼし始めた。
「でも、誰も居ないの。パパもママも・・・。ケーキも無いのよ。どうして?約束したのに・・・・」
ウォルターは思わずシェランを抱きしめた。これ以上こんな状態の彼女に聞くのは酷かもしれないと思ったが、聞かずには居られなかった。
「2人は何故海に出たんだ?今日は何の予定も入れてなかったんだろう?」
「分からない。でもパパとママの事を知らせてきたのは海軍だった。パパとママは2人乗りの潜水函に乗って海に下ろされたらしいの。でも1,500フィートを越えた辺りで急に海流が乱れて、船と函を繋いでいたウィンチが切れたんですって。今探しているからって・・・。
私も一緒に行かせてって言ったのに、場所は誰にも教えられないから駄目だって。何の為に海に行ったかも教えてくれない。ねぇ、ウォルター、どうして?私のパパとママなのに、どうして何も教えてくれないの?どうして行っちゃ駄目なの?ねぇ、どうして?」
海軍だと?何故あの2人が海軍に関わるんだ?
ウォルターはここへ来る前にSLS本部を訪れていた。しかし事故の知らせも何も無かったのだ。フロリダ沖で起こった海難事故なのに、SLSさえ海軍は無視したのだ。
あの日からシェランは海軍を憎み続けてきた。だから5THの事件が起きてシェランの居場所を聞く為に、軍が私に連絡を取ってきた時もこう言ってやったのだ。
「シェランなら、大西洋のどこかで殆ど一日中潜っているよ。あんた達に見つけ出せるかね?まあ例え見つけても、迎えに来たのが海軍だと知ったら、あの子は簡単に首を縦には振らないだろうがね」
だがシェランは何の罪も無い人々を救う為に、心ならずも彼等に協力した。そして命を懸けて970フィートもの深海に仕掛けられた爆弾を、たった一人で取り除いたのだ。あの時彼女はまだ17歳だった。
そしてウェイブ・ボート。今度は訓練生まで連れ出して、彼等を危険な目に遭わせた。もう二度と海軍には関わらせたくなかったのに、シェランはここに生徒の外出許可を取りに来た時言ったのだ。
「ヘレンはつい最近、親友以上に大切な人を失ったの。勿論彼は生きているけれど、もう二度と友として笑い合うことは無いのよ。私達を呼んだのはきっと寂しかったからだわ。だから行ってあげなきゃ」
昔からシェランの事を良く知っているウォルターは、彼女がとても優しくて愛情深い少女だと知っていた。だからシェランは守るべきものの為には自分の身を省みず守ろうとする。あんなに憎んでいたくせに、相手に同情すると行ってやらなければと思う。
それがいつか彼女の命取りになるのではないかとウェルターはずっと懸念していた。そして又その不安が現実になった。行かせるのではなかった。ウェイブ・ボートの時、もう二度と行かせるものかと思ったのに、又行かせてしまった。
その後悔が心の中でシェラン達を連れ出した海軍への憎しみとなってあふれ出し、彼はその拳で机を叩きつけた。
「お前達は俺から親友を奪っておいて、今度はその愛娘まで殺すのか・・・!」
ウォルターのやり場の無い憤りは、誰かがドアをノックする音で少し落ち着いた。彼はもう一度椅子に座り直すと息を整えていつも通りに答えた。
「入りたまえ」
ぞろぞろと入って来たのは、SLSに残っているAチームのメンバーだった。みな一様に決意したか、腹をくくったような顔をしているのを見て、ウォルターは溜息を付きたくなった。マスコミや子供を心配する生徒の親からかかってくる電話だけでもうんざりしているのに、君達まで新聞ネタになるつもりか?
「君達を捜索に参加させる事は出来ないぞ」
ウォルターは先手を打ったが、ネルソンも負けてはいなかった。
「どうしてですか?ただ探すだけなら問題は無いはずです。それとも校長先生までバミューダ海域の謎なんていう、くだらない雑誌のガセ情報を信じておられるんですか?」
「バミューダなんてどうだっていい。私はこれ以上、私の大切な生徒を海軍なんかに関わり合わせたくないだけだ」
ウォルターは回りくどい説得はやめて、本音を吐いた。
長い間、教官とそのチームの訓練生を見てきて思うのだが、何故か担当教官とそのチームのメンバーは良く似ているのが集まってくる。去年卒業したディックの3年Cチームは、皆あいつに似て身体も大きくパワフルだった。
“スマートな生き方こそ我が人生”と思っているクリスのBチームはやはり皆、失敗する事や恥をかくのが大嫌いなようだ。そして自分の身の危険を顧みず突っ走るシェランが愛するAチームも、ジュードを先頭にそんな奴ばかりが集まっている。
こんな奴等に言葉だけでどうこう言っても通じはしない。心で訴えるしかないのだ。つまり、泣き落としである。
「君達の気持ちは良く分かる。私だってこんな所でくすぶって居ないで、今すぐにでも飛んで行きたい。だが私には残った君達を守ると言う義務がある。だから耐えているんだ。頼む。もうこれ以上私を不安にさせないでくれ。君達にまで何かあったらと思うと・・・もう・・・」
ウォルターは目頭に手を当てると、言葉を詰まらせてうつむいた。校長を説得する為に色々と考えてきたメンバーであったが、それを見て何も言えなくなってしまった。彼等が反論さえ出来ずに部屋を出て行った後、ウォルター・エダース校長は長い溜息を付いて椅子の背にもたれかかった。
「無事で居てくれ。シェラン・・・・・」
校長を説得して本部隊員と共に捜索に加わるつもりだったネルソン達は皆がっくりと肩を落として授業に向かった。大体にしてあの最終試験の仕掛け人であるタヌキ親父にヒヨッコ訓練生が叶うはずはなかったのだ。
仲間達が去って行っても、アズはただ1人廊下に立っていた。あの日最後に見たジュードの背中を思い出すと、何故止めなかったのか、後悔せずには居られなかった。
行くなと言ってもあいつはきっと笑いながら行ってしまっただろう。だけどもし俺が、本当に真剣に止めていたら、あいつは残ってくれたかもしれない。
校長室の前から動こうとしないアズを心配して、ピートやブレード、レクターが戻ってきた。ピートに肩を叩かれると、アズは小さく搾り出すような声で呟いた。
「出て行く時、あいつは言ったんだ。『お前はオレが落ち込んでいる時に、いつもいい言葉をくれる。アズと同室で良かった』って・・・。そんな言葉・・・。まるで、もう会えなくなる時に言うような言葉を・・・。俺は止めなかったんだ。嫌な予感がしたのに・・・。あいつに色々貰ったのは、俺の方なのに・・・・」
ブレードは目に涙をにじませると、彼の肩をぎゅっと握った。
「例え、何処に行方不明になっても、あいつは必ず戻ってくる。教官もキャシーも他の奴等も、絶対このままで終わったりしない。いつも教官が言っているだろ?俺達はみんな揃ってライフセーバーになるんだ。あいつ等がもうこの世界から居なくなったなんて、俺は絶対に信じない。信じるもんか・・・・」