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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第12部 分裂 【2】

 満ち潮になり、波がすぐ側まで押し寄せるノースビーチの砂浜で、ジュードはただじっと暗い海を見つめていた。以前シェランが何かある度にここに座って海を眺めていたが、今日はジュードが代わりに彼女の指定席を独占していた。


 シェランは何を思っていつも夕日に染まる海を見ていたのだろう。今日はもう日も沈んでしまって、ただ静かな波の音が響き渡るだけだったが、その優しい響きも彼の心を癒してはくれなかった。


 


 ジュードを追って寮を飛び出してきたショーンは、やっとの事でジュードを見つけた。闇に溶け込む彼の髪は、このノースビーチの岩陰と同じで見分けが付かなかったのだ。ショーンは暗い瞳で海を見つめるジュードに声もかけられず、黙って彼の横に座った。



 ジュードがショーンの屈託の無い明るい性格を好きなように、ショーンはジュードが自分の為ではなく、他人の為に一生懸命な所がとても好きだった。今までショーンの周りにそんな人間は誰一人として居なかったからだ。




 ショーンは裕福すぎるほど裕福な家で何不自由なく育てられ、幼い頃から金持ちの子供しか通わないミッション系のお坊ちゃん学校に通っていた。当然そんな学校に居る子供達は自分の幸福を当たり前だと思っていたし、世の中はみんなそんな幸福な人ばかりだと思っている。



 18歳で生まれて初めて自分が今まで生きてきた世界とは違う世界の人間が集まるこの訓練校に来て、やっと世の中には悲しみや辛い思いを乗り越えて、必死に生きている人たちが居る事を知った。シェランやマックス、ランディもそうだ。そして、それを最初に教えてくれたのは、他ならぬ親友のジュードだったのである。



 だからショーンはジュードが他人の為に何かをしようとする時、できる限りの力で協力したいと思っていた。冬休みにジュードがマックスの為にシカゴに行くと言った時も、どうすれば彼が自分のカンパを受け取ってくれるかを考えた。


 この頑固なほど男の誇りを失わない男は、友から施しを受けるのを決して良しとしないのだ。




「オレ・・・いい気になっているように見えるかな・・・・」


 小さな声でぽそっと呟いたジュードの顔を、ショーンは驚いたように見つめた。


 あんの、バカブレード!そんな言葉をジュードに吐いたのか?


 実の所、ショーンはジュードが出てきた時の様子で彼が酷く傷ついている事は分かったが、ドアが閉まっていたのと沢山の野次馬が居たのとで、中で彼等がどんな会話をしていたのかまでは分からなかったのだ。ドアの前は他のチームのリーダー達に占領されていて、彼等は寄せ付けてもらえなかった。


「そ、そんなわけ無いだろ?誰もそんな事、思ってないぞ」

「でもブレードは・・・いくら潜れても、お前になんか何も分からない。1年にちょっと人気があるからって、いい気になるなって・・・」

「はあ?」


 ショーンは思わず大口を開けて叫んでしまった。

 何を言っているんだ?あの大、大、大バカ男は!それってジュードが一番傷つくセリフだって分かんないのか?


 ショーンは今すぐブレードを探し出して、ぶん殴ってやりたい衝動に駆られた。いや、そんなものでは済まされない。あの大バカヤロウは、カーゴスリングで吊り下げたまま大西洋一周位してやらないと。

(カーゴスリング:ヘリの機体下部にある物質吊り下げ装置。機内に収容できないものを機外に吊り下げ空輸する)



「そんなの、つい言ってしまっただけで、ブレードも潜水の奴等もそんな風に思っている奴は誰も居ないよ」

「だけど、つい口から出てしまうのは、いつも心の中で思っているからだろ?」

「そ・・れは・・・」


 ショーンは言葉に詰まった。

 全くあいつ等は根暗なんだから。機動に負けたから何だって言うんだ?いくら深く沈むのが仕事だからって、何でも重たく考え過ぎなんだ。


 ショーンは普段余り動かさない頭をフル回転して考えた。このままではきっとジュードの心は675フィートより深く沈んだままになってしまう。それ程彼は辛そうにひざを抱えたままうつむいていた。


 しかし余り物事を深く考えない性質のショーンには、こんな時に親友にかける良い言葉が浮かんでこなかった。


「やっぱりオレは・・・オレなんかがリーダーになるべきじゃなかったのかも知れない・・・」


 ジュードの言葉にショーンは青ざめた。駄目だ・・・!もう1,000フィートは沈んでるよ・・・。


「そんな、そんな事無い。まだたったの4ヶ月しか経ってないんだから、不慣れな面があったって当然だろ?」

「まだ4ヶ月だからいいんだ。新しいリーダーに代わっても馴染みやすいだろ?」


 ショーンは一瞬目の前が真っ暗になったような気がして、言葉を失った。どうして誰も彼もすぐに結果を求めたがるんだ?1年生との関係もリーダーとしてのチームとの関係だって、まだ始まったばかりじゃないか。



 ショーンは小さく溜息を付くと、うつむいたまま今にも泣き出しそうな顔をしているジュードを見つめた。彼はいつでも男として強く在ろうとしていて、決して人前で涙を見せた事が無いのだろう。だけど彼の心は今、溢れんばかりの涙で一杯なんだ。きっと・・・。



「ブレードはさ。ここへ来た時から救急救命士の資格を持っていたし、潜水の能力だってみんなより一歩抜きん出ていた。ところが1年経ってみてどうだ?資格なんて持っていて当たり前、才能のある奴がどんどん前に出てきて、自分の居る場所がだんだん後ろに下がっていく。


努力しても努力しても足踏み状態の時は誰だって辛い。うまくいっている奴がうらやましく目に映る。だけど、うまくいっている奴は才能だけじゃなくってそれなりの努力をしているんだ。誰も知らない所で・・・。


そうだろ?そうやってお前は必死に努力して、今の自分を勝ち取ってきた。なのに自分の努力が足りないのを棚に上げて、人をうらやむような奴は男じゃない。そんな奴の為にお前がリーダーを辞める必要はないんだ。そうじゃないか?」



 ジュードは黙ってショーンの言葉を聞いていた。確かに彼の言う通りだろう。だがジュードはあんな事を言われても、ブレードの事を嫌いだとは思えなかった。ただ、仲間が嫌な思いをしたり、ケンカしたりして分裂する原因が自分にあるのなら辞めるべきだと思ったのだ。




 ジュードはすぐ足元まで満ちてきた潮水にそっと足を浸した。冷たい海の水は熱くなっていた心も頭も少しは冷やしてくれるかと思ったが、胸の底からあふれてくる感情までは抑えてはくれなかった。


「あの日・・・みんながオレをリーダーに選んでくれた時、本当に嬉しかったんだ。一番年下で、何の経験も無いオレなんかを選んでくれて・・・。だから強くなろうと思った。どんな困難に陥っても冷静に対処できるように。どんな危険に仲間が晒されても守っていけるように。誰よりも強く・・・強くなろうって。でもそれが、みんなにとっては余計な事だったのかもしれない」



 ショーンはひざの中に顔を沈めたジュードの肩を思わず握った。どうして彼はこんなにも他人の為に一生懸命になれるんだろう。ショーンはこのSLSに来た時こう思ったものだ。“もし最終試験に落ちたら、パパの会社に雇ってもらえばいいな。社長職は面倒くさいから嫌だけど・・・。



 つまりショーンは何にでも熱くならないタイプだった。何かを成し遂げる為に必死に努力する姿なんてみっともないと思っていた。だが、ここに居る訓練生はライフセーバーという目標に達する為に本当に一生懸命だ。特にジュードは、全てにおいて決して手を抜いたりはしない。勉強も訓練もそして友情においても・・・。


 そんなジュードの姿をショーンは一度としてみっともないとは思わなかった。そしていつしか彼と共に大空を飛ぶ為なら、今までみっともないと思っていた努力をしてみるのも悪く無いと思うようになった。


 ああ、そうだよ。俺はいつだってお前がこの空を自由に飛ぶ為の手助けをしてやるよ。お前が仲間を守っていきたいんならそうすればいい。お前の事は俺が守ってやるから・・・。



 ショーンはジュードの肩を何度も叩きながら、ひざの中に顔を沈めたままの彼に語りかけた。


「ジュード、ジュード。良く聞け。いいか?俺達はな、他のチームのリーダーを見て、一度だってお前が彼等に劣っていると思った事は無いぞ。それどころか、どう比べたって俺達のチームのリーダーが一番だって思ってる。何故だかわかるか?他のチームのリーダーは、みんな教官が決めたんだ。だけどお前は違う。お前は知らないけどな。シェラン教官が俺達に、チームのリーダーは誰がいい?って聞いた時、こうも言ったんだ」



『あなた達が一番誇れる人を選びなさい。勿論自分の名前でもいいわよ・・・』





 実はジュードをリーダーにする話は、彼が調子を崩して鉄塔から落ちる前から決まっていたのだ。ジュードだけが何も知らないで“チームの人間なら誰でもいい”と呑気な事を言っていて、メンバーは内心ほくそ笑みながら話を合わせていた。


 ショーンは今まで話した事はなかった、ジュード抜きで行なわれていた秘密のミーティングでの話を彼に聞かせ始めた。





 シェランは皆の顔をぐるりと見回し、ニコニコしながら言った。

「どう?みんな。遠慮なく言ってくれていいわよ」


 だが、リーダーの候補を挙げるどころか、声を発するものも居なかった。


「あら、どうしたの?誰も思いつかないなんて事は無いわよね」

「お言葉ですが、教官・・・・」


 ピートが半分真面目な、半分からかうような顔をして立ち上がった。


「教官のお心の中では、もう誰にするか決めておられるのでは?ここに居るべき人物が1人欠けているような気がしますが・・・」


「ああ、彼はいいの。どうせチームの人間なら誰でもいいなぁ、なんて能天気な事を思っているんだから。(良く考えれば酷い言われようだ)私はみんながこうと決めた人なら誰でもいいのよ。ピート、あなたはどう?」


「丁重にお断りいたします」

 ピートはニヤッと笑いながら座った。


「そう。じゃ、マックス、あなたは?」

「へ?俺っすか?いや、もう、俺、全然そんな気無いし・・・」


 マックスはびっくりしたように首を振った。


 すると前に座った男子生徒の後ろから、くすくすと女の子達の笑う声が聞こえた。


「もうやめましょうよ、みんな。どうせ、思っている事は一緒なんでしょう?」

エバの言葉にサムが答えた。


「そうそう。何たってあいつは面倒見がいい」

「おせっかい焼きとも言うな」

ダグラスがニヤッと笑った。


「クソ真面目でお固いが、とにかく一生懸命だ」

「何たって、SLS命の男だからな」

ハーディとノースも言った。


「それに、絶対仲間を見捨てない」

ジェイミーがマックスの顔を覗き込むと、彼は照れたように笑って頷いた。


「おかげで俺達は死にかけたけどなぁ・・・」

ネルソンがショーンの肩に手を置いて片目を閉じた。


「なんだ、みんな考えている事は一緒だったのか?」

「・・・という事で、決まりですね、教官」

 

 最後にブレードとレクターが締めくくったが、キャシーは立ち上がると、チームの群れから離れて壁にもたれながら、ふてくされたように座っているアズの前に立った。


「あんたはどうなの?嫌なら嫌って言っていいのよ」


 アズは煩わしそうにキャシーを見上げると、ぷいっと横を向いた。


「俺は別にリーダーなんて誰でもいいが・・・まっ、あいつならいいリーダーになるだろう」


 その時、Aチーム全員の歓声が上がり、シェランはにっこり微笑みながら何度も頷いた。






「・・・と言うわけなんだが、どうだ?これでもまだリーダーを辞めるなんて言うのか?」


 ジュードはひざの中に埋めた顔をやっと上げてショーンを見た。




 SLSに入学する前に通っていた学校でも勿論ジュードには親友と呼べる友が居た。だが、彼は一度としてその友人に涙を見せた事はなかった。父の葬式の時でさえ、彼は涙をこらえる母と共に、決して人前で泣く事はしなかった。


 だが、今ショーンの前で、それをこらえる必要は無いように思う。ジュードはやっと心の底から信頼できる一生の親友に出会えたような気がした。



「いいか?俺達は何より、自分が誇れる男を選んだんだ。そしてお前はそれに答えようと、必死に頑張っている。今はちょっとすねているけど、ブレードにだってちゃんと分かっているんだ。お前が誰の為に一生懸命なのかなんて、みんな分かってる。だからお前はお前のままでいいんだ。気負う事も頑張りすぎる必要も無い。お前は俺達が選んだ、リーダーなんだからな」



 嬉しいような悲しいような、複雑な顔をしながら、ジュードは何度もショーンに向かって頷いた。彼が首を振るたびに、頬をつたうしずくが、ジュードの肩に置かれたショーンの手の甲を濡らしていく。


 このフロリダの太陽のように明るく笑うショーンの顔を見ていると、いつかきっとブレードとも、こうやって笑い合える日が来るとジュードは思えるのだった。





 その日は教官達による全体会議があった。それが終了した後、シェランは自分の教官室に戻ろうと席を立ったが、1年Aチームの教官である、リー・ヤンセンに呼び止められた。


 中国系の彼はシェランとほとんど変わらない身長で、一般課の教官であったが、彼も他の1年の教官と同じく半年前卒業していった訓練生の教官であり、もう10年以上も教官職に就いているベテランである。まだ教官の任に就いて2年目のシェランにとっては大先輩にあたった。


「少しお話があるのですが、シェラン教官。宜しいですか?」


 優しい物言いであったが、彼が何を言いに来たのか想像はついていた。シェランは「ええ、構いませんわ」と答えると、今立ち上がった席にもう一度座り直した。


 リー・ヤンセンの話は予想通り、今日の合同訓練についてであった。シェランがテリー達に訓練を受けさせず、寮で自習を言いつけた事を彼等から聞いたのであろう。彼らの事だ。授業料を支払っているのに授業を受けさせないとはどういうつもりだとか、散々言っているに違いない。


 シェランはじっと彼女の返事を待つ、リーの静かな深い瞳を見つめた。彼の思慮深い瞳に、自分のような若くて経験の浅い教官はどう映っているのだろう。


 同じ一般課のクリスからは、リー・ヤンセンはその穏やかな性格に似合わず、とても英邁な頭脳の持ち主だと聞いているが、それでも自分のチームの生徒が可愛いに決まっているのだ。あの頑固一徹のロビー・フロストでさえ、Cチームの生徒にはとても甘いのだから。



「私は喧嘩両成敗をしただけですわ。だから私のチームの生徒にも授業は受けさせませんでした」

「しかし彼等は表立って喧嘩をしていたわけでは無いのでしょう?」


「リー教官。一般や機動のように地上に居る子達と違って、彼等は水の中で会話するのです。でも水の中での喧嘩は地上での喧嘩とは訳が違います。一歩間違えば命も落としかねないのです」


「それは教官であるあなたが見守るなり、止めるなりすれば宜しいのでは?あなたならそれがお出来になるはずだ。あなたの実力を知っているからこそ、ディックは合同訓練をあなたに任せたのですから」



 リーの言葉は物静かであったが、若い教官をゆっくりと追い詰める強さがあった。彼は私の教官としての資質を確かめようとしている。もしその資質がないと判断されれば、合同訓練の教官はディックに代えられるだろう。



「彼等はまだ潜水士としても人間としても未熟です。だからこそ喧嘩したり互いにけん制したりして、先輩や後輩の実力を確かめようとする。でもだからと言って教官の命令を無視したり反抗したりすれば、私は彼等を守り切る事は出来ません。勿論、絶対服従を求めるわけではありませんが、水の中はそれ程危険な場所なのだと、彼等には理解してもらわなければならないのです」




 シェランはリーの瞳をじっと見つめながら必死に訴えた。キャリアの違いはあっても、教官として訓練生に立派なライフセーバーになってもらいたいと願う気持ちに変りは無いと思ったからである。



「リー教官、あなたから見れば私も未熟な雛のような教官でしかないでしょう。でもどうかもう少しだけ、私に彼等を預らせていただけませんか?私達はプロ、アマを問わず同じ潜水士です。私達は水の中で会話し、水を通して心を通じ合える。それがSLSの潜水士なのだと私は思っています。だからいつか必ず私と彼等・・・そして先輩と後輩が心を通わせる事が出来ると、私は信じているのです」



 リーは何の迷いも無く、信じていると言った彼女の瞳を見つめ返した。リーにしてみればシェランは彼の娘と変わらぬ年であろう。そんな若い彼女を攻め立てるような真似はしたくなかったが、彼は自分のチームを任せる人間の技量と器を見抜く必要があった。


 そして彼は彼女を自分の生徒を預けられる教官だと認めた。まだ2年も経っていない教育者だが、自分と同じ情熱を彼女の中に見出したのである。



「私は要らぬことを申し上げてしまったようだ。未熟な子供達ですが、これからもよろしくお願いします」


 彼は友人からよく表情の分からない、のっぺりした顔と言われるので、できる限りの笑顔をシェランに向けると、立ち上がって会議室を出て行った。そしてシェランは小さく溜息をつくと、力が抜けたように椅子の背にもたれ掛かったのだった。





 職員が車を止めてある駐車場は、男子寮と運動場の間の道を抜けていった場所にある。本館を出て月が明るく照らし出した夜の道をシェランが駐車場の方へ向かって歩いていると、少し離れた寮へ向かう道から甲高い声で話すショーンの声が聞こえ、シェランはふと足を止めた。


 何故かいつもより張り切った調子で話すショーンの会話を、ジュードが静かに笑って聞きながら並んで歩いている。シェランが居る場所から少し離れているのと夢中で話をしている為か、ショーンはシェランに気付かずそのまま歩いて行ったが、ジュードは誰かの視線に気がついて、ふと顔を上げ立ち止まった。


 まさか彼が自分に気付くとは思ってなかったシェランは、少し戸惑ったような顔をした後、ジュードに笑いかけた。優しく微笑み返してくれた彼の瞳がほんの少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか・・・。


 暫く1人でしゃべりながら歩いていたショーンは、ジュードが立ち止まったのに気が付いて戻ってきた。


「どうした?何かあったのか?」

 心配そうに顔を覗きこむ彼にジュードは笑いかけた。


「いや、月が綺麗だなぁと思って・・・」

「ああ、ホントだ。綺麗だなぁ・・・・」


ショーンも一緒に夜空を見上げた。






 まばゆいばかりの月の光で照らされた道を、赤い4駆が走っていく。


 顔を見ただけでホッとできる人って居るんだな・・・。シェランはハンドルを握りながら思った。何も言わなくても、ただその人の笑顔を見るだけで辛い事も忘れられる。シェランにとってのそれはAチーム全員に言える事だろう。そんな中でもジュードの笑顔は特別な気がした。


「大丈夫。きっと次の合同訓練はうまくいくわ」


 何かを思いついたように呟くとシェランはフロントガラスから差し込む月の光の中で微笑んだ。耳の奥にエバとキャシーの3人で聞いた、銀色のオルゴールの曲が静かに流れてくるような気がした。






 あの騒ぎ以来、ブレードの生活は正に針のむしろだった。同室のレクターはまるで暗雲を背負っているような顔をして、同じ部屋にいても一言もしゃべらない。


 エバとキャシーには「あんたって、ほんとバカね」「これ以上騒ぎを大きくしないで。教官に嫌われちゃうじゃない」と軽蔑&泣き顔を向けられるし、Bチームのサミーが「僕ならあんな事を言われたら、リーダー辞めちゃうよ」と恐ろしい事を言っているのを聞いてしまった。



 ジュードと話そうと思っても、いつも周りを機動の1年生が取り囲んでいて、ちょっとでも近付こうものなら、凄い目つきで睨まれる。きっとあの目は“あんたみたいな酷い人間とジュード先輩はしゃべらせないぞ”とでも言っているのだろう。機動の1年生にまで嫌われるなんて最悪だ。おまけにあの憎たらしいテリー&ミルズ・・・・!


 ブレードはこの間廊下で会った彼等の顔を思い出して、ギリギリと歯を噛み締めた。


「これはブレード先輩。この間は大変な騒ぎでしたねぇ」

「3年の先輩も心配しておられましたよ。ブレードのせいでAチームは完全に崩壊だなぁ。これでジュードがリーダーを辞めたらどうなるんだろうって」


 一番気にしている事を彼等に言われたのが一番痛かった。大体もともとの元凶はあいつ等じゃないか。


「クソッ!」

 ブレードはやり場の無い怒りで地面を蹴り上げた。





 合同訓練は週に一度、水曜日の午後から行なわれることになっていた。最低の一週間を送ってきたブレードはとうとうその前日、我慢できなくなって、ずっと口を利かないレクターに一度ちゃんと話し合おうと持ちかけた。


「話し合うって・・・何を?」

まるで気が抜けたようにベッドの端に座ってレクターは言った。


「だから、その・・・怒ってるんだろ?この間喧嘩した時から」

「別に怒ってなんかいないよ。僕は僕の意見を言って、ブレードはブレードの意見を言っただけだろう?」



 このままでは又先週の喧嘩をぶり返しかねない。ブレードは心を落ち着かせながらゆっくりと話すことにした。


「その意見が噛み合わなかったから、お前は怒ったんじゃないか」

「言っておくけど、ブレード。僕は今でも君の意見は間違っていると思っている。だから僕は君に謝ろうとは思わないし、それに君に謝ってほしいとも思っていない。そんな事はもうどうだっていいんだ」


「どうだっていいって・・・お前・・・」

 人がその事で一週間も悩み続けていたというのに、どうだっていいとはどういう事だ?


「そうだ。そんな事はどうだっていい。大体、1年生の為にどうして僕達が喧嘩をしなきゃならないんだ?そんなくだらない事の為にチームのみんなに心配をかけて、あまつさえ僕を庇ってくれたジュードに、僕は・・・」

「ジュード?」


 さっと顔色の変わったブレードを見てレクターは泣きそうな顔をすると、ベッドの中にもぐりこんでしまった。こうなると潜水の人間は絶対に出てこないのだ。ブレードは蒼白な顔で「うそだろ?」と呟いた。


 俺の言葉であんなに傷ついていたジュードに、お前までが追い討ちをかけたって言うのか?これは1年の奴等に睨まれて当然だ。サミーやミルズの言ったように、本当に彼がリーダーを辞めるなんて事になったら・・・。


 ブレードはふらふらとおぼつかない足取りで自分のベッドに辿り着くと、その上に倒れこんだ。


「もう、最悪だよ・・・」

泣きたいのはブレードの方だった。






「どうして僕達が怒られなきゃならないんだ?」

「全くもって理不尽だ!」


 人気ひとけの無い本館の裏手にある芝生に腰を下ろしてぼやいているのは、テリーとミルズであった。



 この2人・・・。実は同じネバダ州の出身で、テリーの父親は現州知事を務めている。そしてミルズの父は・・・というと、前ネバダ州知事であった。つまり彼等の父親は所属する党がライバルであることに加えて、互いを『ゲジゲジハンセン』『ムカデウォーナー』と呼び合って、いつも激しい戦いを繰り広げているライバル同士でもあるのだ。



 そんな父親を持つテリーとミルズだが、SLSに入学するまで違う学校に通っていたので、互いの存在を知る由も無かった。もし彼等の父親が、大嫌いな男の息子が自分の息子と同じ学校に通い、おまけに一生同じチームメイトとして共に仕事をしていかねばならない境遇になると分かっていたら、どんな手を使っても阻止していただろう。


 しかし幸いな事に彼等の父親は自分の仕事に忙しく、跡取りでは無い息子の行動に、そこまで目を光らせてはいなかった。


 初めて彼等が互いの父親の事を知った時「え?ゲジゲジハンセンの息子?」「げっ、ムカデウォーナーの子供か?」と互いを指して叫んだ後、ぷっと吹き出した。


「あっははははっ。ムカデウォーナーとは良く言ったもんだ。あのイヤミ親父にぴったりだぜ!」

「ムカデの息子と同じチームって分かったら、ゲジゲジ親父、びっくりして倒れるだろうな。ざまあみろだ!」


 どうやら2人とも父親に対しては、色々とわだかまりがあったようで、彼等はその場ですぐに意気投合したのだった。とはいえ長年政治家の息子をやっていると、親の威光を笠に着て ―本人にはそのつもりは無いのだが― 何をやっても許されると思っている所がある。それがこのSLSでは全く通用しないのが彼等にとってある意味カルチャーショックであった。


 彼等は次の合同訓練からは1年の潜水課担当である、ディック・パワーが授業を見てくれるものだと思っていた。チームの教官、リー・ヤンセンには、あの女教官の悪口を散々ねじ込んでおいたからだ。


 リーは黙って話を聞いてくれたし「君達の為に最善の結果を出せるように努力しよう」と約束してくれた。それなのに、先程リーから呼び出されて教官室に行くと、彼はニコニコしながら言ったのだ。


「これからも君達の合同訓練は、シェラン教官に任せる事にしたよ」


 テリーとミルズはびっくりして理由を問いただした。


「それが君達の為になると思ったからだ」

「納得できません!」


 2人の反論にリーの顔から一瞬で笑顔が消えた。彼ののっぺりした表情の無い顔で睨まれると、泣いている子供でも黙り込むだろう。例に漏れず、テリーとミルズは黙ってうつむいた。


「テリー、ミルズ。全ての物事には表と裏がある。君達は物事の表面だけを見て、その裏側にある真実から目を背けている。他人の短所ばかりを見て、自分の内にある非から目を逸らしている事に気付くべきじゃないのか?」

  



 結局それ以上何も反論できずに今に至るわけである。


「どうして2年生じゃなくって僕達が怒られなきゃならないんだ!」

「そうだ。理不尽すぎる!」


 テリーとミルズの激憤に、気の弱いアーサーと余り物事に深く干渉しないケビンは、とりあえず黙って傍観していた。ディッキーは彼等がリーの所に合同訓練の教官を変更してくれるように頼みに行くといった時点で「もう勝手にしろ。俺は行かない」と仲間を外れてしまった。テリーとミルズにはそれも気に入らなかった。


「ディッキーもディッキーだ。1人だけいい子ぶりやがって」

「あいつ、2年のピート先輩にも取り入っているしな」


 彼等はだんだん興奮して立ち上がった。こんな時は悪口が止まらなくなってくるものだ。


「それになんだよ、あのリー教官は!相手が女だからってほだされてるんじゃないのか?」

「大体一般の教官なんかに潜水の人間の気持ちなんて分からないんだ。所詮一般なんだから」


 ディッキーではないが、もう勝手にしろと言いたくなる。アーサーは「少し言い過ぎなんじゃ・・・」と小さな声でたしなめようとしたが、興奮している2人には全く聞こえていなかった。


「機動の奴等もすっかり2年に飼いならされちゃって、犬みたいに尻尾を振ってさ!」

「どいつもこいつも軟弱なんだよ」


 アーサーはとうとう耐えられなくなって、いつもは決して張り上げない声を上げた。

「ねえ、2人共もういい加減に・・・」



 だがやっと腹から出した彼の声は途中で途絶えた。シェランが目の前の芝生を、まるで踏み荒らすような勢いでこちらに向かって来たのだ。


 彼女はテリーとミルズの前に立つと、いきなり彼等の頬を平手で叩いた。親にも殴られた事のなかったミルズは「何をするんだ!」と叫んだ後、シェランの目に涙が光っているのを見てぎょっとした。


「どうして、そんな悲しい事ばかり言うの?あなた達は何故ライフセーバーになろうと思ったの?何故SLSに入ろうと思ったの?自分のチームの教官や仲間を卑下するのは、自分自身を辱めるのと同じなのよ。私には分からない。あなた達が何故ライフセーバーになろうと思ったのか。


 例えどんなに深く潜れても、例え潜水士の免許を取ったとしても、このままではあなた達はライフセーバーにはなれないわ」


 シェランは茫然自失で自分の言葉を聞いている、テリーとミルズの胸の上に拳を叩きつけて彼等を見上げた。2人は一瞬息を詰まらせて“うっ”と声を上げそうになったが、踏ん張ってこらえた。ここで後ろに下がったら、負けるような気がしたからだ。



「ここに在るはずの心は何処にあるの?ライフセーバーの、そして誇りを持った男の心は何処に行ったの?私には見えないわ。ねえ、何処にあるのよ!」


 何処にあるのかと問われても返答が出来なかった。彼等は自分達の不満を上げ連ねながら、確かに言い過ぎていると分かっていた。だがアーサーは気が弱いし、ケビンは何を言ってもいつもニコニコして聞き流しているようだし、少しくらい言い過ぎても構わないだろうと軽く考えていたのだ。


 しかしまさかそれをシェランに聞かれているとは思っていなかった。彼等は今の今、自分が言ったこと全てを後悔せずには居られなかった。


 テリーは自分の悪口はここだけで終わると思っていたし、ミルズは普段は女なんて、と言っているものの、女性を泣かすような男は最低だと言う持論を持っていて、自分が今、その最低な男になっているという事実に愕然としてしまった。


 確かに自分達には男の誇りなど、何処にあるのか分からない。この人は僕達の姿が情けなくて泣いているのだ。



 テリーもミルズも自分が恥ずかしかったが、こんな時どうしていいかも分からなかった。エリート育ちで、自分のする事をいつでも正しいと思って生きてきた彼等は、やっと自分の非に気が付いても、謝罪の言葉を知らなかった。


 シェランはその目にまだ涙を浮かべたまま微笑むと、うつむいたままの彼等の顔を覗きこんだ。


「テリー、ミルズ?先輩達が嫌なら嫌なままでもいいわ。私の事が嫌いなら嫌いでもいいの。でもね、チームの仲間と教官の悪口だけは言っちゃ駄目。リー教官はいつだってあなた達の事を一番に考えているし、あなたの仲間はこれからもずっと共に歩んでいく、そしていざという時は、何より強い命綱(ライフライイン)になるの。いい?仲間は宝石で、教官はそれを輝かせる力を持っている。それを忘れないで」



 テリーとミルズは声も出せずに頷いた。そんな2人の頬にそっと手の平を添えるとシェランは「ごめんね。痛かったでしょう?」と言って去って行った。






 そして胃が痛くなるほどブレードが待ち望んでいなかった、水曜日の午後がやって来た。今から潜るのだからしっかり食べておかなければならなかったが、彼は昼食も殆ど喉を通らず ―多分レクターもそうだろう― コーヒー一杯で済ませた。しかもブレードにとって、もっと最悪な事が起こった。シェランの提案で今日の合同訓練は機動と一般も一緒に行なうことになったのだ。



 それぞれの2年の教官が同じアルファベットの1年チームを担当する。つまり1年、2年のAチームはシェラン、補佐がリー。同じくBチームはクリスで補佐がハンス・デリー。Cチームはロビーで補佐がディックである。


 

 シェランの「本日は実地訓練とする!」という号令で2つのAチームはSLS専用港へ向かった。BチームとCチームは違う訓練を予定しているのだろう、港には居なかった。


 専用港にはライフシップ以外に一般の訓練生用に消防艇が一隻、そして機動の為にヘリが一機、到着していた。ヘリに乗れるのは、まだ随分先になる1年の機動のメンバーがそれを見て歓声を上げた。


「いいだろう。ジュード先輩が俺達もヘリに乗れるよう、ロビー教官に掛け合ってくれたんだぜ」


 嬉しそうに話しかけてきた同じチームのジャスティン・ホークを、アーサーは黙って横目で見た。


「お優しい先輩で宜しい事だね」


 ふくれっ面をしている所を見ると、どうやらテリーやミルズも悔しいらしい。そんな仲間達を見ながらディッキーは内心、くすっと笑った。


 彼等はきっと物凄く期待していたのだ。テリーやミルズの反抗的な態度の中には“先輩、凄い所見せてよ”という、行き過ぎた期待があったのかもしれない。たった1年でそんなプロ級な人間が出来るはずも無いのに、先輩が自分達の理想通りじゃなかったからと言って、子供のようにすねたり反抗したりするなんて・・・。全く、困った奴等だなぁ・・・。


 ディッキーは、まだふくれっ面でシェランの説明を聞いているテリーとミルズを見ながら溜息を付いた。




 実地訓練は一般は消防艇、機動はヘリ、潜水はシェランと共にライフシップに乗って要救助船を救助するというもので、要救助船の詳しい位置は現在の所不明だが、船内では火災が起こっており、数十名の乗客は船の中と海上に取り残されているという設定になっていた。


 このような本格的な実地訓練は1年生にとっては初めてで、訓練と分かっていても彼等の間には緊張が走った。こんな時、頼りになるのは教官と2年の先輩であるが、潜水課の1年生は2年と顔を合わせようともしなかった。本当はテリーもミルズの頭の中にもシェランに言われた言葉がぐるぐる駆け巡っていたが、それでも彼等は顔を上げられなかった。



「要救助船を発見したら、一般は手動にて放水開始。2年は放水に関しては全て1年に任せてフォローに回る事。機動の2年はヘリから要救助船にリベリング降下及びホイスト降下を行い、要救助者の搬送手順を1年に教える事。ヘリは消防艇とライフシップとの時間差を埋める為に30分遅れで離陸するように。潜水課は要救助船を発見後、海上の要救助者の救出にあたる。消防艇にはリー教官が乗るが、ヘリには教官は居ない。機動の2年生、気をしっかり引き締めていくように!」


「はい!」



 全員の返事の後、エバは一般の訓練生を集めた。


「本日一般は私がリーダーになる。現地に付くまでに全員で散水装置の確認をすること。手動の指導はハーディが行なう。あとの2年は潜水のフォローに回る事」

「了解!」


 先輩達の声に続けて1年生も「了解!」と叫んだ。一般は機動のようにリーダーや副リーダーが居ないので、一般課だけの訓練の時は2年の間でリーダーを交代してやっているのだ。


「よっしゃっ、行くよ、ヤロー共!ちゃっちゃと炎を消して、とっととずらかるからね!」

「オー!」


 いつの間にか海賊の女親分になったエバと2年の後を追いかけながら1年生達も消防艇に向かって駆け出した。


 皆がポカンと口を開けて、女親分にせかされて消防艇に乗り込む一般課を見ていると、今度はジュードが2年のチームメイトとヘリの前に立って叫んだ。


「1年生、集合だ!」


 その時、さっきまで仲間同士でへらへらと笑い合っていた1年の機動課の顔が急に変わった。彼等は鋭く「はい!」と答えると、すぐさまヘリの前に走って行き、一列に並んだ。


「先週ヘリを借りられた場合の注意を言っておいたが、覚えているか?アンディ」

「はい!ヘリ内部の心電図伝送措置、ヘリテレビ等の機材には一切触らない事です!」


「うん。それと機外のリベリング装置などもそうだ。今日はリベリング降下をマックス、ホイスト降下をジェイミーにやってもらうが、ホイストで要救助者を機内に収容した際も、1年生は一切手を出してはならない。あくまで見学に徹して今後の参考にして欲しい」

「はい」


「声が小さいぞ!」

「はいい!」


 ジュードはにこりともせずに1年生の返事を聞くと、機体の前方に手を差し出した。


「よし。では本日のパイロットを紹介する。航空機課の2年でレミー・ルービック先輩だ。挨拶を」

「宜しくお願いしまーす!」


 機動は30分後に出発なので、ジュードはその後、救助ヘリの装備について説明を始めた。ジュードのいきなりの鬼教官ぶりにあっけに取られている潜水課に「何をしているの。私達も行くわよ!」と叫ぶとシェランもライフシップに乗り込んだ。



 この合同訓練の話をロビーに持ちかけた時「君のところの機動は教官要らずだから楽だぜ」と苦笑いをしていたが、こういう事だったのか。2年の機動も立派だが、やはりロビーの教育が良いのであろう。彼はシェランより7年も先輩である。つまりもう2回もここから卒業生を送り出しているのだ。


 改めてシェランは自分の経験の浅さと、ロビーやリーとの違いを思い知らされた。そしてそれはブレード達、潜水課の2年生も考えさせられている事であった。


 あれが今の機動と潜水の違いなのだ。




 レクターは一週間前、ジュードが1年生に「ヘリを借りられるよう、今ロビー教官に交渉中なんだ。もし借りられたら一緒に空を飛ぼうぜ」と夢のような話をしているのを聞いた。そんな事はムリに決まっている。機動がヘリに乗れるのは2年になってからと決まっていたからだ。まだ4ヶ月も経っていない1年生を乗せるなんて、あの堅物のロビー・フロストが許すはずが無い。


 だがジュードは諦めなかった。毎日ロビーに引っ付いて回って、あの手この手で攻めまくり、とうとうヘリの装備に一切触らせないならいという条件付きで彼を口説き落とした。


 ジュードのしつこさにうんざりしていたのもあるが、彼の「1年生に一度、本格的な救助を体験させてやりたいんです。きっと彼等の今後の成長に役立ちます!」という一言(実際ジュードはこの言葉をロビーに何十回と言い続けたのだが)が利いたのであろう。



 そんなジュードの様子を当然他の潜水課の者達も見ていた。キャシーは「ええい、うるさい!俺は今から会議があるんだ!」と怒鳴られながらも「じゃ、会議室まで話を聞いて下さい、教官!」と逃げるロビーを追いかけるジュードを見て、溜息混じりに「よくやるわねぇ、あいつ・・・」と呟いた。


 ピートは心配してネルソンやジェイミーに「手助けしてやれば?」と言ったが、彼等は笑って答えた。


「助けが欲しければ、あいつはちゃんと言ってくる。それまでは任せておけばいいんだよ」

「なんだかんだ言ってもロビーはジュードを気に入ってる。見てろ?あと3日以内に必ず落ちるぞ」


 それは信頼の言葉だった。そしてジェイミーの予言どおり、ロビーはその3日後に白旗を揚げたのだった。




「俺達に足りないのは実力じゃなくて、互いを信頼する事かもしれないな・・・」


 ピートが呟くのを聞いてブレードはハッとした。確かに潜水は個人プレーだ。水の中はいつだって1人。そう思ってきたし、そう思う事が自分を強くすると思っていた。だがシェランは言わなかったか?あなた達は1人で潜っているのではない。いつだって同じ潜水や一般や機動の仲間があなた達を見守っているのだと・・・。


 ブレードは隣に立っているピートを見た後、さらにその隣に居るレクターを見た。うつむいていた彼も顔を上げてブレードを見つめた。


「俺達は諦めるのが早かったんだよ、ブレード。ちょっと1年に生意気な態度を取られたくらいで、すぐに彼等を見捨ててしまった。だけどもし、機動の1年生がテリーやミルズのような態度をあいつ等にとったとしたら、ジュード達ならどうすると思う?」


 そう問われてブレードは想像してみたが、すぐに彼等の顔が浮かんできた。その中でジュードやマックスは他のメンバーと顔を合わせて微笑みながらこう言っていた。


“しょうがないなぁ、1年生だから”

“まあ、後ろからそっと見守ってやろうぜ”



 そしてその言葉通り、彼等は1年に何かあったらすぐに手を差し伸べてやるのだろう。いや、実際にそうしてきたからこそ、機動の1年生は彼等を信頼し、慕っているのだという事がやっと分かった。


 仲間の努力に敬意を払う事も忘れ、嫉妬心から友を傷付けた。そんな自分に1年生がついてくるはずは無かったのだ。


「ちぇっ、このままじゃ機動と一般に負けっぱなしじゃないか、俺達・・・」

ぼやくように言ったブレードの肩に手を置いてピートは笑った。


「まだ始まったばかりじゃないか。俺達も頑張ろうぜ、な?」

「そうよ。教官を悲しませてばかりじゃいけないわ」


 いつの間にかキャシーとアズも側に来ていた。


 ああ、その通りだ。俺達が駄目だと、教官まで駄目だと言われる。ブレードは仲間達に向かって頷いた。



「2年生!何をしているの。要救助船を発見したわよ!」


 シェランの声にピートは片目を閉じて「鬼教官のお呼びだぜ。行くぞ!」と言って駆け出した。勿論他の4人も彼に続いた。





 

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