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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第12部 分裂 【1】

 年が明けると故郷で休暇を過ごした訓練生達が続々と戻って来て、SLS訓練校はいつものにぎやかさを取り戻した。


 ジュードはマックスが戻って来ると、早速ランディの事を尋ねた。彼はマイアミに戻ってからも、ランディの事が頭を離れなかった。たった一人で迎えるクリスマスを彼はどう過ごしたのだろう。去年と同じ暖かな生活を取り戻す事が出来ないのなら、せめてファイヤー・ファイターに復帰してもらいたかった。


 もしそれさえも叶わないなら、マックスと協力して署名運動をやろうとまで考えていたが、ランディはクリスマスが終わると、すぐに消防レスキューに復帰したようだ。彼の功績が効を奏したのもあるが、やはりみんな自分の街の英雄を待っていたのであろう。


 きっと今日もランディは、彼の仲間達と燃え盛る炎の中を駆け抜けているに違いない。






 シェランからのクリスマスプレゼントのお返しは、既に寮の入り口に届けられていた。


『SLS訓練所2年Aチーム』と書かれた大きなダンボールを開けてみると、中から真っ赤な太いリボンの付いた箱と、シェランからのメッセージが入っていた。


― みんなからのクリスマスプレゼント、とっても嬉しかったわ。これはささやかだけどお返しです。好きなのを選んでね ―



 ジュードがシェランに何を送ったのかは知らないが、どうやらナイスなプレゼントを贈ったらしい。Aチームの男子は我先にとお気に入りのTシャツを手にした。





 キャシーとエバのシェランへの土産は、ロイヤルストリートのアンティークショップで見つけたステンドグラスのランプであった。赤や緑・・・色とりどりの美しい光を放つランプを見て、シェランは嬉しそうに2人を抱きしめた。


 このランプはこれからシェランのベッドサイドを明るく照らす事になるだろう。


 そしてシェランはジュードと2人で選んだプレゼントを渡した。エバには黒い水鳥の羽で作られた卒業記念パーティ用のフォーマルなコサージュで、きっとそのパーティで彼女の服を華やかに飾る事になるだろう。


 キャシーには月明かりの中で聞くのがふさわしい『ムーンライト・セレナーデ』というスタンダードジャズの入った銀色のオルゴール。彼女は間違いなくこれを聞きながら眠りに付くだろう。それぞれのプレゼントを手にして、3人はにっこり微笑み合った。



 




 1年生はこの頃から2年の先輩と合同訓練が始まるので、楽しみな反面、緊張しながら授業に臨むことになる。ジュード達も1年の時、同じように感じていたが、今度は先輩として今の3年生に教えてもらった事を伝えていくのだ。



 鉄塔から吊り下げられたロープを腕の力だけでするすると先輩が登っていく姿を、ぽかんと大口を開けて見ている1年生を見て、きっと自分もあんな顔をしていたのだろうと考えると、ジュードはショーンやジェイミーと顔を合わせて笑いそうになった。


 そして潜水や一般の訓練生も1年との合同訓練が始まっていた。


 3月中ごろに行なわれる148フィートの潜水試験に向けて、1年生達も一生懸命だ。もやは深海作業訓練に入っている2年生にとって148フィートはとっくにクリアーしている深さであるが、油断は禁物である。海の中ではちょっとした気の緩みが命取りになるのだ。この1年間、2年生は徹底的にそれをシェランに教えられてきた。


 そのシェランが教官である2年のAチームは伝説の女潜水士が担当している事もあり、1年の間でも注目を集めていた。





 SLSはバディシステムを導入していないが、フォローをしてくれる一般の訓練生が居ない訓練の時は、2年と1年を二人一組で潜らせる事になっている。


 合同訓練の最初の授業でシェランは、1年と2年を同じチームごとに組ませるとAチームからまず船の縁に座らせた。


「さあ、みんな、準備はいい?今日は海底に沈んだスクランブルゲージにウィンチをつけて引き上げる訓練よ。ゲージは浅い所や深い所、色々な場所に落ちているけど、慣れない1年を深みには連れて行かないように。どの組が一番早く確実に引き上げるか競争よ。・・・GO!」


 シェランの合図で、一斉に船の周りから水しぶきが上がる。シェランもレギュレターをくわえると、すぐに潜った。




 1年の潜水課は出来がいいと聞いていたので、2年の潜水課の中で下の方に位置すると自他共に認めているレクターは懸命であった。同じ2年に負けるならともかく、入学してまだ4ヶ月しか経ってない1年生に負けるのだけは嫌だった。


 それは同じチームのブレードにも言えることだ。Aチームには2年の中で1番深く潜れるキャシーとアズがいる。ピートも余り目立たないが、Bチームの副リーダー、ヘンリーやザックと同レベルの力を持っていた。そんな実力派揃いのチームの中で並程度の実力しかないブレードは、自分と同室のレクターよりは上だと思っていたが、やはり肩身が狭かった。



 ピートは同じ21歳のディッキー・コーンとバディを組んでいた。同じ年という事もあって、意気投合した彼等は先輩、後輩の区別無く、協力して順調に作業を進めていた。



 レクターとバディを組んでいるのは、テリー・ハンセン。レクターより2歳年上で今年22歳の彼は、1年の中でも特に実力のある人間だった。彼は潜った瞬間レクターの実力を見抜くと、彼より先に泳ぎ始めた。



 ブレードとバディを組む事になったケビン・アスコットはブレードより一つ下で21歳。彼はとにかく泳ぐのが楽しくてしょうがない様子で、ブレードがこれ以上深く潜るのは危険だと諌めても、大丈夫ですよと合図を送ると更に深みを目指した。



 キャシーとバディを組んだのはミルズ・ウォーナーでキャシーより三つ上の24歳。マックスと同じ年であったが、彼とは比べ物にならない程、硬い頭の持ち主だった。ミルズはこの過酷な男の世界に女が首を突っ込んでくるなど考えられなかった。


 当然女の潜水士など絶対認めてはいなかったし、伝説の女潜水士など英雄を求めたがるアメリカ人気質が生み出した幻想としか思っていなかった。だから目の前を泳いでいる女潜水士候補生など、無論先輩とも思えなかった。



 アズとバディとして泳いでいるのは、アーサー・ミッドウェイ。彼はアズより一つ上の20歳になった所だったが、何故自分が今こんな所に居て、この仏頂面の怖い顔をした先輩の後ろを泳いでいなければならないのか、未だに考えていた。


 確か4ヶ月前入学した時、一般の候補生として希望を出したはずなのに、潜水で100フィート潜れると書いたら、1年の潜水課の教官ディック・パワー(彼はCチームの教官なのだが)に『とりあえず潜水課に行け。駄目なら一般に変更すればいいから』と言われてしまった。


 途中で一般に行くより最初から一般の方がいいです。と言ったのに、どうして僕の意見は無視なんだ?おまけに何だよ、この先輩は。会ってからずっとぶすっとして一言もしゃべりやしない。日系って言うだけで無表情に見えるのに、一度も笑わないって余計怖いじゃないか・・・。



 自分より先に進んで行くテリーを見て、レクターはムッとしたが、確かに泳ぎはうまいと分かったので、彼の後に従う他は無かった。


 ブレードは勝手に深い場所へ潜っていくケビンの態度に腹を立て、自分も1人で訓練する事にした。


 キャシーの“嫌な男感知センサー”(キャシーの身体の中には、生まれつき嫌な男を感知する能力が備わっているとチームメイトとは思っている)はミルズが完全に女を馬鹿にしていると判断した。


― こんな奴にかまう事は無い。私も勝手にさせてもらうわ -


 アズはバディのことなど全く眼中に無かった。アーサーが半分溺れかけながら後ろを必死に付いて行っているのに、お構い無しでスピードを上げた。


 そんな分裂状態の二つのAチームを見て、シェランは半分笑って半分溜息を付いた。


― あらあら、Aチームって問題児が集まる所なのかしら・・・ ―




 シェランは授業の最初に、1年生はバディを組んだ先輩の指示に従うようにと言った。当然2年生は1年生をしっかりフォローするようにという意味である。仲良く作業しているピートとディッキーは別として、他は全員彼女の指示に従っていないという事だ。



 シェランは訓練の後、1年、2年のAチームだけを残してミーティングを始めた。2年生にはシェランが何故自分達だけを残したのか理由が分かっているだけに、内心とても居心地が悪かった。彼女はうつむいている2年生と訳が分からない顔をしている1年生をぐるりと見回すといきなり本題に入った。


「SLSがチーム制を取っているのは何故?ブレード・ウィンタス」


 突然フルネームで呼ばれ、彼は驚いたように立ち上がった。


「互いの得意分野を生かし、相互に協力し合いながら、迅速かつ着実な海難救助を行う為です」

「ふむ。では君達の先程の潜水に、そのSLSの基本精神が生かされていたか?」


 1年生は勿論、2年生も誰一人答える者は無かった。シェランがこんな言い方をする時は決して怒っているわけではなく、怒った振りをしている事が殆どである。しかし、そんな時「でも1年生が言う事を聞かなかったから」などと少しでも言い訳をしようものなら、途端に周りの温度が氷点下に下がってしまう事を2年生の、特にAチームのメンバーは良く知っていた。

 


「たった一人のバディと信頼関係を築けない人が、どうやって14人もの人間と信頼関係を築くのかしら。君達は君達だけで潜っているのでは無い。常に一般や機動のフォローの中で潜っているのではないの?我々は常に人間の死と直面している。だが仲間と常に連携しあう事によって、死にゆく命を救う任務を成し遂げる事が出来るの。


 2年生は1年生とバディを組む時は決して目を離さない事。あなた達が機動や一般をフォローしなければならない時もあるのよ。それから1年生・・・」


 シェランは5人の1年生の前に立つと、特にミルズとテリーに向かって言った。


「先輩や教官に敬意を表せ無い人間は、このSLSに必要ない。それを良く心得ておく様に」


 その後シェランは「以上だ」と述べて姿を消した。





 キャシーとレクターは談話室でやけ酒ならぬ、やけジュースを飲みながら1年生に対する文句を並べ立てていた。


「大体何?あのミルズ・ウォーナーって奴は!あいつは絶対に女を馬鹿にしているわ。私がどんなに諌めても、凄く馬鹿にした態度で、しかも鼻で笑ったのよ。ああ、悔しい!絶対シェラン教官のことも馬鹿にしてるわ!」


「あのテリー・ハンセンって奴も同じだよ。2つ上でちょっと泳げるからってさ。俺の言う事なんか無視なんだぜ」


 2人が鼻息も荒々しく一気にジュースを飲み干した所に、Aチームの機動課がそろってやって来た。


「あれぇ?キャシーとレクターだけ?他の奴等は?」


 相変わらず明るいジュードの声に、レクターがムッとした顔で答えた。


「アズが俺達とジュースなんか飲むわけ無いだろ?ブレードもふてくされて何処かに行っちゃったよ」


 何が何だか分からないが、潜水課はみんな機嫌が悪いらしい。ジュード達が顔を見合わせた時、1年の機動課が談話室に入ってきて大声で叫んだ。


「わあっ、ジュード先輩!マックス先輩!」


 彼等はネルソン、ジェイミー、ショーンの名を順々に呼びながら彼等の周りを取り囲むと、さっきの合同訓練の話をしたり、次の授業の話をしたりし始めた。ジュード達は自分達の分と後輩の分の飲み物を自動販売機で買うと、わいわい騒いでいる後輩に囲まれながら、外にあるサンデッキの席に移動して行った。


 そんな仲の良い機動の様子は、生意気な後輩に悩まされているキャシーやレクターにとっては当然面白くなかった。


「あー、嫌だ、機動って。能天気で」

「潜水の1年生が、あいつ等の半分でも可愛げがあったらなぁ・・・・」





 1週間後に再び合同訓練が行なわれたが、二つのAチームはさらに険悪なムードであった。他のチームメイトに遠慮してか、ディッキーもピートの顔を見て微笑んだものの、側によって行く事も出来ずにうつむいた。


 レクターはテリーが聞こえよがしに「いくら実力が無くても一応先輩だからな。今のところは後ろに従ってやるよ。遅いけどね」とケビンに言っているのを聞いてしまった。レクターはぐっと歯を噛み締めて耐えたが、隣で聞いていたブレードが、テリーに殴りかかって行こうとしてピートとレクターに両腕を掴んで止められた。



 キャシーとミルズは目を合わせた瞬間、互いに一歩も引かずににらみ合った。


― ふん。誰が女の潜水士なんか認めるか -

― あら、そう。そっちがその気ならこっちも手加減はしないわよ。ふふふふ・・・ ―



 アズはシェランに言われた言葉を忠実に実行していて、アーサーに会った時から目を離さないようにしていた。一方、アーサーの方は、何故かアズが異様な目つきで(彼は真剣に見ていただけだが)自分を見つめているのでとても気味が悪かった。


― 僕は何もしていないのに、どうしてあんな目つきで見るんだろう。怖いよぉ・・・ ―


 そんな二つのAチームを見て、シェランは大きく溜息を付いた。


― この子達、先週何を聞いていたのかしら・・・ ―




 シェランは一触即発状態の訓練生につかつかと歩み寄ると、じろっと全員をにらみつけた。


「1年、2年のAチームは、今日は部屋で自習!私はあなた達には教えません!」

「教官!」


 びっくりしてピートが叫んだ。訓練の補佐をする為に来ていたディックも驚いたようにシェランを見つめた。


「あなた達は胸にSLSの文字を付けて泳ぐ資格は無いわ!」


 キャシーが泣きそうな顔をしたが、シェランはそっぽを向いてB、Cチームの方へ行ってしまった。そんなAチームの様子を見て、ヘンリーがザックにこそっと耳打ちした。


「全く、馬鹿だな。あいつらは・・・」

「あれは1年生が悪い」


 ザックが彼等を庇って言うと、Cチームのジーンが口を挟んだ。


「実力を見せてやればいいんだよ。俺のようにな」

しかしシェランはそれを聞いていたようだ。


「それじゃあ実力を見せてもらおうかしら、ジーン。私と一緒に潜ってくれる?」

ジーンは思わず黙り込んだ。


 シェランのご機嫌が非常に悪いので、今日の訓練は何時にも増して過酷なものになるだろうと2年生達は思った。





 今まで教官に何度も怒られた事はあったが、『あなた達は胸にSLSの文字を付けて泳ぐ資格は無い』とまで言われたのは初めてで、2年生にとっては相当なショックだった。


 彼等は何も言えず黙々と海から寮に向かって重い足取りで歩きながら、何故こんな事になったのか考えてみた。しかしどう考えても、あの礼儀知らずの1年生が悪い。自分達に落ち度があるとは思えなかった。



「どうしてくれるのよ!あいつ等のせいで教官に怒られちゃったじゃない。あのミルズ・ウォーナーァァァ。今度一緒に潜ったら海の底に引きずり込んで、ウツボの穴に顔を突っ込んでやるからぁぁ・・・」


 キャシーが目に涙をにじませて恨めしげに言った。


「お前も悪いぞ、アズ。あんな目で見て。あのアーサーって子、ビビッてたじゃないか」

「何を言っているんだ、ピート。俺は教官に言われた通り、目を離さないようにしていただけだ」


 アズは真面目な顔で答えた。


「それは水の中の話だろう。お前のは目を離さないじゃなくって、睨んでるって言うんだよ」


 ピートは溜息混じりに言った後、黙ってうつむいたまま歩いているレクターを見た。きっと今一番悔しいのは彼に違いない。たかだか4ヶ月前に入った新入生にあんな風に言われるなんて・・・。


 確かにテリーって奴は実力がありそうだが、だからって1年以上あの鬼教官に鍛え上げられてきたレクターが負けるはずは無いじゃないか。こいつは自分に自信がないだけなんだ。きっと・・・。


 そんな事を考えつつ、ピートは周りを見回してふと気が付いた。ブレードの姿が無いのだ。キャシー達に尋ねると、彼等も今気付いたようでハッとして顔を上げた。考えられるのはただ一つ、1年生の所だ。彼等は青い顔で互いを見た後、急いでブレードを探し始めた。





 1年生は2年と一緒に寮に戻るのが嫌だったので、本館の裏手で時間を潰しながら不平不満を吐き出していた。


「何だよ、あの教官は。軍隊じゃあるまいし、何が教えませんだ。僕達はちゃんと授業料を払っているし、僕の家は寄付までしてるんだぞ!」


 いかにも自分は特別だと言わんばかりにミルズは叫んだ。


「大体、実力も無いのに先輩面されてもなぁ。ブレードやレクターなんてすぐに追い抜かしてしまうぜ」


 ニヤニヤしながらテリーがケビンに話しかけると、お調子者の彼も「その通り!」と答えた。


 そんな自信に溢れたチームメイトを横目で見ながら、アーサーはぼそぼそと呟いた。


「機動はいいよな、楽しそうで。アンディやミシェルなんて『あの大きなマックス先輩がやっと15秒切って登る鉄塔をジュード先輩はたった8秒で登るんだぜ。まるで羽が生えてるみたいだ。おまけにみんな優しくて、何かあったらすぐに駆けつけてくれるんだ』って先輩の自慢ばっかり。僕もそんな先輩が良かったな。アズ先輩ずっと睨んでいて怖いんだ」


「何言ってるんだ。ケイ・アズマなんてお前より一つ下のまだ19歳じゃないか。先輩なんて思えないぜ!」

ミルズが又叫んだ。


「大体女が2人も居るチームなんて駄目に決まってるさ。おまけに教官まで女だし」


 テリーも言いたい放題である。ディッキーはそんなチームメイトに眉をひそめたが、何も言えなかった。


「どうして合同訓練はディック教官が教えてくれないんだろうな」

「伝説の女潜水士なんて言われて、いい気になってるんだよ、あの女教官は」


 そうやって話を締めくくると、彼等は寮の方へ戻り始めた。






 ピート達がやっとブレードを見つけた時、彼は本館裏の建物の影でじっとたたずんでいた。てっきり1年生と喧嘩になっているのではと思っていたピート達はホッとしたが、ブレードの表情は暗く沈んでいて、彼等の胸は悪い予感に駆られたのだった。





 騒ぎが起こったのは、その日の夕食の後だった。訓練生は寮に戻っている時間だったが、リーダーと副リーダーは月に一度のリーダーミーティングを行なっていた。そこでチームの在り方や、事故が起こった時の対処などを他のチームのリーダー達と話し合ったり意見を交換したりするのだ。


 司会のサミーが以前起こった事故の資料を元に意見を求めている所に、ピートと同室のネルソンが飛び込むように入ってきた。


「ジュード!ちょっと来てくれ!」


 いきなりピートに腕をつかまれてジュードは立ち上がらされた。


「え?でも、今・・・」

「いいから。マックスも来い!」


 ネルソンも「悪いな。急用なんだ」と断ると、マックスの腕を掴んで出て行った。


「こりゃ、事件だな。Aチームに」


 ヘンリーがニヤッと笑いながらそこに居る全員の顔を見回すと、皆は一斉に立ち上がった。





 本館から寮に向かう道すがら、ジュードはピートに事情を確認した。彼の話によると、つい今しがたピートとネルソンが部屋に戻った時、隣の部屋から激しく言い争う声が聞こえたらしい。行ってみるとブレードとレクターが喧嘩をしていたので止めに入ったのだが、2人とも全く引く様子が無かった。


 仕方なく同じように反対側の部屋から来ていたダグラスとノースに任せて、ジュードとマックスを呼びに来たと言うのだ。


「まだお互い手は出してないんだな?」

「今はな。だがその内ブレードがやりかねん。あいつ近頃溜まってたから」




 ジュードが彼等の部屋のドアを開けて飛び込んだ時、丁度レクターがブレードの頬に一発目をお見舞いした所であった。手を出すなら絶対気の短いブレードの方が先だと思っていたジュード達は、普段はおとなしいレクターの行為に驚いてその場に立ち竦んだ。


「お前はバカだよ!1年に勝ったからって何が自慢なんだ?」


 レクターに殴られたブレードは一瞬びっくりして呆然としたが、彼の叫び声で我に返ったのか、すぐさまレクターを殴り返した。


「うるせー!あいつ等は力で示さなきゃ分からねーんだよ!」


 身体の大きなブレードに殴られたレクターは、後ろのベッドに投げ飛ばされた。


「バカ!やめろ、ブレード!」


 ベッドの上に倒れこんだレクターの襟首を掴んだブレードを、マックスが後ろから両腕で掴んで止めた。



 ジュードはドアの前でびっくりしたように立っているネルソンに「ドアを閉めろ!」と叫んだ。SLS内で訓練生同士が喧嘩をしている事が教官に知れたら大変な事になる。ジュードはまだレクターの襟首を掴んでいるブレードの手を振り払い、鼻血を出してベッドに倒れたままのレクターの様子を確認した。


 彼は息を荒げているが、うっすらと目を開けているので意識はあるようだ。ブレードはマックスに後ろから羽交い絞めにされてもまだ「起きろ、レクター。お前の弱虫根性を叩き直してやる!」と叫んでいる。ジュードはムッとした様に振り返ると、ブレードの腕をぎゅっと掴んだ。


「レクターは弱虫なんかじゃない。それにこれ以上仲間を殴るのは許さない」

「ああ?先に手を出したのはこいつだぞ。大体お前は機動だろう。機動が潜水の事に口を出すな!」


 ブレードはマックスの腕とジュードの手を振り払うと、今度はジュードに食って掛かった。


「今は機動も潜水も関係ないだろう。何かあった時は必ず仲間同士で相談しようって決めたじゃないか」

「うるさい!お前なんかに何が分かるんだ。ウェイブ・ボートで675フィート潜れたからって潜水の事まで分かったつもりでいるのか?1年にちょっと人気があるからって、いい気になるな!」

「ブレード?」


 ジュードは一番信頼する仲間のショッキングな言葉に、返す言葉を失ってただ彼を見つめた。


「お前、言い過ぎだぞ!」


 マックスの叫び声に我に返ったブレードだったが、ジュードの悲しそうな瞳をそれ以上見ることが出来なかったのか、そのまま部屋を出て行った。


 ドアの外で騒ぎを聞きつけてやって来た他のチームのリーダーやAチームの仲間を見て、ブレードは一瞬青ざめた後、黙って走り去った。ジーンやサミーはそれぞれのチームの副リーダーと顔を見合わせた。



 レクターはダグラスに助け起こされると、ノースから渡されたタオルで鼻血をぬぐった。ショックでそのまま立ちすくんでいるジュードを心配してマックスが彼の顔を覗きこんだが、ジュードは何をどうしていいのか分からなかった。


 どうしてオレはブレードをあんなに怒らせてしまったんだろう・・・。


「ごめん、レクター」


 ジュードはただレクターに謝るしかできなかった。だがそれが余計レクターの感に障ったのか、彼は怒ったように叫んだ。


「何でジュードが謝るんだよ。お前は悪くないんだから謝る必要なんてないだろ?」


 ジュードはもういたたまれなくなったのか、黙って部屋を出て行った。沢山の訓練生の間からショーンが呼び止めたが、ジュードは聞こえてもいないようだった。何が何だか分からなかったが、ショーンはとりあえずジュードの後を追って行った。


 そこに居合わせた全員が気まずい空気を感じている中、ジーンは心の中で他人事のように呟いた。

 

― あーあ、これは完全に分裂だな・・・ ―





 すぐに頭に血が上るブレードだったが意外に冷めやすくもあり、彼はすでに冷静さを取り戻していた。ブレードはいつも泳いでいる海には向かわずに、潜水課は殆ど使う事のない運動場に向かって、ただひたすら歩いていた。


 落ち着きを取り戻していくに従って、脳裏にはジュードの悲しそうな顔が浮かんできた。どうしてあんな事を言ってしまったのか、その後悔だけが胸を締め付けてくる。


 大体、レクターの奴が俺の事をバカなんて言うからいけないんだ。俺はそんなにバカな事を言ったのか?



 ブレードはジュードの顔を思い出すのが嫌で、無理やり考えを別の方へ持っていった。彼は夕食の後、ずっと考えていた事をレクターに話したのだ。



「1年生と勝負して俺達が勝ったら、二度と逆らわないと誓わせるんだ」


 だが、レクターはそんな事は何の意味も無い、と首を振ったのだった。


「どうして何の意味も無いんだ?実力が全てだと思っている奴等には力で見せるしかないだろう」


「それは違うよ。力で押さえつけても反発を生むだけだ。なんで機動の1年はジュード達を慕っているか分かるか?あいつ等は実力だけの人間じゃないって知っているからだ。言葉や力だけじゃない。彼等の心を慕っているんだ」



― 心って何だ?俺には心が無いとでも言うのか? ―



 シェランに自習を言い渡され、寮へ帰る時、ブレードは1年生達が本館の裏側へ回っていくのを見た。寮へも戻らずサボるつもりなら注意してやろうと後をつけたが、彼等が不平不満を言い始めたので、物陰に隠れてずっと聞いていたのだ。


 テリーという生意気な1年生がブレードとレクターの名前を出して、すぐに追い抜けると豪語した時には、そこから飛び出して行ってぶん殴ってやろうと足が動いた。しかし彼等が自分達だけでなくシェランの事まで侮辱しているのを聞いた時、余りの怒りに足が動かなくなってしまった。



― 俺達の教官が、どれ程の潜水士か知りもしないで・・・! ―


 そう思うと彼等をただ殴るだけでは済まされなくなった。ぐうの音もでないほど徹底的に叩きのめしてやる。きっとレクターも賛成してくれると思ったのに、あいつは自分が負けるかもしれないから反対したんだ。だが、ジュードは俺の手を掴んで言った。


― レクターは弱虫なんかじゃない ―



 何だよ。俺の方が同じ潜水課で同室で、ずっとあいつとの付き合いは深いはずなのに、どうしてお前にそんな事が分かるんだ?それがレクターの言う、彼等だけが持っている心なのか?



 ブレードが1年生に殴りかかって行けなかったのには、他にも理由があった。彼は悔しいと言うより情けなかったのだ。


 ブレードが1年の時、初めての合同訓練をとても楽しみにしていた。2年の先輩達が苦も無く深みを目指していくのを見て、自分も早くあんな風に潜れるようになりたいと思った。潜水課の先輩はシャイな人ばかりで余り多くを語る人は居なかったが、彼等にはそんな必要は無かった。潜水士は水の中で会話するからである。


 ところがやっと自分にも後輩が出来たと思っていたら、あの1年生共は先輩を敬うどころか邪魔者のように思っている。ブレードは楽しみにしていた後輩との合同訓練で、彼等に先輩として認められなかった事が何よりも辛かったのだ。


 



 考え事をして歩いていた彼は、いつの間にか校庭の端まで来ていた。目の前の金網の向こうには、いつも機動の訓練生が登ったり降りたりを繰り返している赤い鉄塔が、光を吸い込まれるように暗い夜空に向かって聳え立っていた。


 校庭を照らすライトの方が低い為か、高い鉄塔の先は暗くぼやけていて、それがどれ程の高さがあるのか見当も付かなかった。機動課が授業でこの鉄塔を使っている時、潜水課は大抵海の中に居るので、彼等がどんな風にこれを登っているのか見た事は無かったが、その頂上から垂れているロープは何の変哲も無いただの太いロープで、これを登るのにどれ程の力や技術が要るのかはブレードにも想像できた。


「あいつはこれを8秒で登るんだ・・・・」






 



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