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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第11部 マイアミ・デート 【1】

 小高い丘の上に建つミューラー家の屋敷の中・・・。シェランの部屋はジュードの部屋が三つは入るほどの広さがあった。彼女の部屋は南東の端にあるので、朝から午後にかけて温かい日差しの差込む明るい部屋である。


 東側の窓の下にある大きなベッドは、模様替えの時にジュードに動かしてもらったものだ。そして西側の壁には、ずらりと本が並んだ書斎、北側の壁には女の子の部屋らしく、沢山の服を収納できるクローゼットが備えられていた。


 そのクローゼットの前でシェランは両腕を組み、まるでテストの真っ最中のような難しい顔をして立っていた。


「別にデートじゃないんだし、オシャレする必要なんて無いわよね。でも授業じゃないからスーツも堅苦しいし・・・かと言って普段着じゃあちょっと・・・」


 彼女はまるで誰かに言い訳をするように呟きながら、もう1時間以上もその場に立っていた。今日はジュードとマイアミのダウンタウンに、彼の鞄とAチームの訓練生達へ、お礼のプレゼントを買いに行くのだ。


「そうだ!」


 シェランは机の上に置いてある小さな箱を開け、中にあるピアスを取り出した。クリスマスの夜、ジュードに貰ったカサブランカのピアスである。


「これを付けて行くんだから、これに似合う服にしなきゃ。じゃ、やっぱり白がいいかな?」


 シェランは嬉しそうにクローゼットの服を選り分け始めた。





 その日の朝、ジュードは難しい顔をしながらベッドの上にあぐらをかいて座っていた。彼の前には今日でお役御免になるであろう、例の、今にも破れそうなグレーの鞄があったが、実はシカゴから帰ってから一度もそれを開いていなかった。


 一昨日は着の身着のままでボートに乗ったので鞄など必要無かったし、どうせその中には一応マックスの母が洗濯してくれているものの、たいした服は入ってなかったからだ。


 しかし今日シェランと会うのに着ていく服が無いのでその鞄を開けてみると、何故か持って行った服が一枚も無く、どう見てもあの格好付けのマックスかオシャレに小うるさいショーンの服らしき物が入っている。


「カレンが間違えたのかな?」


 しかしマックスの服では大きすぎるし、第一自分の息子の服を間違えるはずが無い。


「・・・とすると、ショーンのか・・・」


 ジュードが困った顔をしてその服を取り出すと、服の間からひらひらと一枚の紙切れが舞い落ちてきた。


「何だろう。メモ?」


 彼はその紙切れを拾い上げて見た途端「あんのヤロー共!」と叫んだ。そこには見慣れたショーンの字が、彼のノートに書かれてあるのと同じように勝手構わずごちゃごちゃと並んでいた。


― やほーっ、ジュード、びっくりした?カレンにジュードの苦労話をしたら“じゃあ、私がジュードのサンタになってあげるわ”と言って買ってくれたんだ。いいママだよなぁ。思わず惚れちまったぜ。これを着て教官と素敵なクリスマスを過ごすように。では又SLSで会おう。ショーン&マックス ―



「な・に・が、惚れちまったぜだ!どうせ選んだのはお前等だろう!人のいいカレンにうまく言って取り入って!もうクリスマスなんかとっくに終わっちゃったよ!それにオレの服は何処へやったんだ!大体お前等の選ぶ服はどれも派手なんだよ!後もう一つ、オレのTシャツとGパン、返せぇぇぇーっ!」


 彼の声は静まり返った寮の中に響き渡ったが、それを聞く者は誰も居なかった。





 その日の朝、クリストファー・エレミスはノースカロライナにある、故郷のプリムスからやっとの事でマイアミに戻ってきた。彼にとっては、もう随分長く住んでいるこの街の方が慣れ親しんでいて、帰ってくるとホッとする。


 それに何と言っても、ここには彼女が住んでいるのだ。大西洋と同じ、碧い瞳のカーナル・オブ・ザ・フィッシュ・・・・。


 本当はクリスマスを彼女と一緒に過ごしたいといつも願っているクリスだったが、クリスマスには親兄弟のみならず、親戚一同が必ず彼の実家に集まり、共に過ごす事がエレミス家の慣例であった。クリスの家は敬虔なクリスチャンの家系なのである。


 本部隊員時代は実家に帰れないことで随分と責められたものだ。だからクリスは教官になってから、クリスマスだけはちゃんと実家へ帰るようにしていた。


 だがやっとその義務も果たして戻って来れた。去年はAチームのキャサリン・リプスがシェランの家にずっと泊まっていて電話も出来なかったが、今年彼女は実家に帰っているはずだ。そう思うとすぐにでもシェランの笑顔や自分の名を呼ぶ声を聞きたくなった。


「今日はこのままシェランに会いに行こう」


 クリスは空港に届いているブルーの愛車に乗り込むと、天井を全て開き、朝の光とまだ少し冷たいさわやかな風を受けながら車を走らせた。





 クローゼットに備え付けられた鏡に全身を映して自分の姿とにらめっこをしていたシェランは、突然鳴り響いたインターホンの音にびっくりして時計を見た。


「やだ!もうこんな時間?」


 彼女は部屋中に散らかった服をよけながら、ベッドの上に置いてあるバッグを持つと、急いで部屋を飛び出した。


「あっ、やだ。靴が違う」


 シェランはもう一度部屋に戻って服の下に埋もれてしまっていた白いサンダルを掘り出すと、慌てふためいて履き替えた。


「ごめんなさい。遅くなって・・・」


 ジュードだと思って開けたドアの向こうに何故かクリスが立っていたので、シェランは驚いたように彼を見上げた。


「クリス?」

「や、やあ、シェラン。今日は又、一段と・・・綺麗だね。びっくりした」


 クリスは本当に驚いたようで、いつもの饒舌もうまく働かなかった。


 どうしたんだろう、今日のシェランは。まるで今からデートに行くみたいにオシャレしているじゃないか。おまけにさっきドアを開けた瞬間の輝くような笑顔はどうだろう。まるでずっと待っていた人に会う時のようじゃないか・・・。


「私の方こそびっくりしたわ。プリムスからもう戻って来たの?」

「ああ。一刻も早く君の顔が見たくってね」


 クリスはやっといつもの調子を取り戻したようだ。びっくりしたという事は僕の為に着飾っているのではないだろうが(一応休暇前にクリスマスが終わったらすぐ戻ると言っておいたが)出かけるところだとしたら好都合だ。このままさらって行ってしまおう。


「クリスったら、相変わらず上手ね」


 笑いながらシェランが髪を掻き揚げて、小さな花のピアスがちゃんと耳に付いているか確かめるようなしぐさをするのをクリスはじっと見つめた。


「そんな事は無いよ。今日の君は本当に魅力的だ。いつも暗い色のスーツばかり着ているけど、シェランは白が一番似合う。それに胸元のピンクのビーズが可愛くってとても素敵だよ」

「ほんと?か・・・かわいいかな・・・」


 頬を赤く染めたシェランがまるで小鳥のように小首をかしげて微笑むのを見てクリスは“今日こそいける!”と確信した。5年もの間、ずっと胸に秘めていた思いを今こそ打ち明けるチャンスだ。



 どうにもシェランはいつまで経っても少女のようで、告白しても友人としか思えないと言われるのは分かっていた。だが今日のシェランは違う。彼女が僕の前で頬を赤く染めてこんなにキュートに笑った事が一度だってあったか?今日はいける。絶対だ・・・!


「どうだい?今からサンライズハーバーまでドライブに行かないか?見る物は余り無い所だけど、海のすぐ側に雰囲気のいいスペイン料理の店があるんだ」


「へえ、スペイン料理。うまそうだなぁ・・・」



 突然後ろから響いてきた聞き覚えのある声・・・(しかも今一番聞きたくない)にクリスはむっとして振り返った。いつもは冴えないTシャツか、SLSの汚いオレンジツナギしか着ていない男が、今日は何故かセンスのいいスーツをパリっと着こなしている。


― 何だこいつ。今からデートでも行くような格好をして・・・。デート?まさかね ―


 クリスは心の中でかぶりを振った。


「やあ、ジュード。こんな所で何をしているんだい?まさか余りにも外に出ないものだから、道に迷ったのかな?」

「まさか、いくらなんでもこんなご近所で迷ったりはしませんよ。今日はオレ達もマイアミのダウンタウンまで出かける予定なんです。ね?シェラン教官」


 クリスは“オレ達”という部分を強調したジュードを目を細めて見た。まさかシェランがこの男と出かける為に着飾っていたとは思いたくない。


「え、ええ、そうなの。2人でAチームのみんなにプレゼントを買いに行くのよ。みんなが帰って来たら驚かせてあげるの」


 まるで言い訳をするように答えたシェランもどうもおかしい。




 クリスはジュードが日曜のバイトの無い日は必ずと言っていい程、シェランの家に行っている事を知っていた。だが最初は気にも留めなかったのだ。生徒達の噂では、彼がシェランに何か嘘を付いたので、その罰に家の用事を手伝わされていると聞いていたからだ。


 しかしウェイブ・ボートの事件で彼はただ一人、潜水課に混ざって彼女に付いて行った。ヘンリーやザックに聞くと、彼は機動にもかかわらず、彼等と同じように600フィート以上の深海に潜っていたそうだ。


 多分機動でそんなことが出来る人間は本部隊員でも殆どいないだろう。第一必要ないのだ。海に潜るのは潜水士の仕事なのだから。ジュードがシェランに気があるのは知っていたが、そこまで懸命に彼女を慕っているとは思わなかった。




 初めて彼と会ったのは最終試験の後、まだ戻ってないAチームに同行したシェランの事が気になって立ち寄った本部だった。まだあどけなさの残ったような青年が、ぐったりとした彼女をだき抱えて走り込んで来た。


― 誰か、この人を助けてくれ! ―




 あの頃はまだ本当に少年のようだった。ライフセービングが何かも知らないまま、懸命に彼女の命を救おうとしていた。


 そしてクリスは気が付いたのだ。入学した頃は訓練生の中で一番年下で背も低く、何の資格も免許も持っていなかった彼が、シェランを追う事で急速に成長し、変わってきた事を。2年生になってリーダーに選ばれた頃には、もうクリスと肩を並べるほど背も伸びていた。


 七つも年下で、クリスのような大人の男性にとっては、まるっきり少年でしかなかった彼が、やがて自分のライバルになる日が来るなど、今まで年上の同僚としか仕事をした事の無い彼には思いも付かない事だった。




 まさか、付き合ってるんじゃないだろうな、この2人・・・・。しかしシェランは生徒と隠れて付き合えるほど器用な人間では無いはずだ。・・・という事は、ジュードが勝手になついているだけに違いない。


 クリスは自分の心に無理やりそう言い聞かせると、いつものように余裕たっぷりの笑顔をジュードに向けた。


「そうか、君はリーダーだもんなぁ。教官に頼まれると嫌とは言えないよな」


「オレは別にリーダーだからこうしなきゃならないとか思った事は無いですけど、責任は感じています。だから出来る限り教官の側に居て、学べる限りの事は学んで卒業したいと思っているんです。ですから、この休みの残りの期間もずっとシェラン教官に家庭教師をしていただく予定なんですよ」



 ほおっ、そう来たか・・・。どうやら彼はどうせ生徒としか見られないのなら、その立場を思いっ切り利用する事にしたらしい。確かに彼の言う通り、それも卒業するまでの間だけだ。所詮、彼等は皆ここから出て行ってしまうのだから・・・。



「それは生徒として実にいい心がけだなぁ。シェランは君の事をまるで弟のように思っているからね。彼女から色々教わるといい。そうだ。ダウンタウンに行くのなら危ない場所には近寄らないようにしなさい。まあ、シェラン教官が居れば大丈夫だろうがね」


 クリスはにっこり微笑みながら、ジュードに背を向けシェランの方を向き直った。


「チームの為の買い物なら仕方ないね。残念だけどドライブは又今度にしよう」

「ええ。又誘ってね、クリス」

「勿論」


 クリスはシェランの左の頬に軽くキスをすると、ジュードの前をさっと通り過ぎ、車に乗り込んだ。そしてシェランに手を振ってタイヤの音をきしませながら颯爽と走り去った。




 勿論ジュードは内心非常に面白くなかった。シェランの頬にこれみよがしにキスして行ったのも気に食わないが、何より自分の前を通り過ぎる時に“してやったり”という笑いを浮かべて、片目を閉じたのが更に気に食わない。しかもやたらと生徒だの弟だのを強調してくれて・・・。そんな事、改めてあんたに言われなくてもようく分かってるよ。


 ジュードはふくれっ面でクリスの青いスポーツコンバーチブルが小さくなって行くのを見送った。



 そんな男達の気持ちに全く気付いていないシェランは、家のドアを閉めると「じゃあ、行きましょうか」とジュードに笑いかけた。日差しを受けて輝くシェランの笑顔を見ると、さっきまでムカムカしていたジュードの心は急にきゅっと苦しくなってくる。


 彼はシェランの服を可愛いと褒めたかったのに、クリスに全て言われてしまったのも悔しかった。しかもジュードが言うよりずっと上手だった事は間違いない。


「シェラン!」


 ジュードは車のドアを開こうとしているシェランの腕を思わず掴んだ。


「今日一日は生徒も弟も禁句だからね。了解?」

「りょ・・・了解・・・」


 目を丸くして返事をしたシェランに笑い掛けると、ジュードは車の助手席に乗り込んだ。





 マイアミのダウンタウンに行く予定だったが、ショッピングはモールを回るのが一番である。マイアミには有名なショッピングモールが沢山あるからだ。シェランはマイアミから高速に乗ると、北西に向かった。40分くらい走ると、巨大なアウトレットモールが見えてきた。


「なんだ、あれ。凄く大きいな!」


 ジュードが窓から覗いて、思わず叫んだ。駐車場に車を止めたが、ここからでは全景も分からないし、第一帰って来られるか心配になるほど駐車場も広かった。


「ソーグラスミルズよ。大きいでしょう?人によって違うけど、全米一とか世界一とか言われているモールよ。隅から隅まで回ると10時間くらい掛かるかしら・・・」


 冗談だろう?とジュードは思ったが、地元民のシェランは必要の無い店は全て素通りして、スポーツバッグ等を扱っている店に入って行った。


「オレのはこんな高そうな店でなくていいよ。それに先にみんなのを買ったほうがいいんじゃないか?」

「みんなのは凄く時間が掛かると思うわ。何を買うかも決めてないし。それにジュードは物を大切に使うから、そういう人にはいい物を送っても、惜しいとは思わないのよ」


 別にシェランと一緒に居られれば鞄はどうでも良かったが、そんな風に言われると買ってもらう他は無いようだ。実はジュードが鞄を買ってくれと言ったのは、こうやって一緒に出かける為の口実でしかなかった。仕方がないので、とりあえず安くて使い勝手のいい物を選ぼうと辺りを見回した。




 シェランはジュードの趣味に口出しはしないので、彼が選んでいる間は他のバッグを見ながら待っていた。するとジュードは5分もしない内にシェランの所に戻って来て、前と良く似た鞄を差し出した。


「又グレー?」

「グレーがいいんだよ。汚れが目立たないから」

「ふーん?」


 シェランは彼が差し出した鞄を持ってみたが、どうも布地が薄くて弱そうだ。しかも値段を見ると25ドルと表示されている。


― ジュードったら、遠慮して安いのを選んだわね ―


 そう思ったシェランは鞄を返した。


「これは駄目よ」

「何で?」

「だって弱そうじゃない。こんなのすぐに破れちゃうわ。それに前のはもう少し大きかったでしょ?」

「これでいいんだよ。ポケットも一杯付いてて収納力もありそうだし」


 わざとふくれっ面をしている彼の顔を覗きこむように、シェランは下から見上げた。


「ジュード。どうして私がジュードにプレゼントをしたいと思ったか分かる?あなたに貰ったプレゼントが嬉しかったからなのよ」


 この時ジュードは初めて、小首をかしげたシェランの耳に自分が送ったピアスが光っているのに気付いた。思わず赤くなってもう一度彼女に鞄を渡した。


「シェランが選んで。何でもいいから」

「ええ、いいわよ」


 シェランはにっこり笑うと、早速彼の為に鞄を物色し始めた。





 シェランが鞄を選んでいる間ジュードは何もすることがないので、ただぼうっと立っていた。ふと見ると、彼女はわざわざ天井近くに展示してある鞄まで店員に頼んで下ろしてもらっている。そんなに真剣に選ぶほどの物では無いだろうに、彼女は鞄の外だけでなく、中や細部に至るまで真剣な顔で調べているようだ。



 やがてジュードが疲れてその場にしゃがみこんだ頃、やっとシェランはこれと思う物に出会えたようで、売り場の奥からその紺色のキャンパス地の鞄をジュードに見えるように高々と掲げた。ジュードが立ち上がって指でOKサインを出すと、シェランは意気揚々とレジに行き、値札を取ってプレゼント用に包装するように頼んだ。


 その後、まるで自分が貰う時のように嬉しそうな顔で走ってくると、ジュードにそれを渡した。


「ありがとう。大事に使うよ」

「うん。じゃあ、次はみんなへのお返しね。エバとキャシーの分だけダウンタウンの店で買うって決めてるんだけど、他の男の子達は何がいいかしら」


「あいつ等なんか何でもいいんだよ。Tシャツとか・・・ボールペンでもいいんじゃないか?」

「Tシャツ?ボールペン?そんな物、みんな持ってるでしょ?」


 シェランはどうやらピンと来ないようだ。高校時代の女友達以外は殆ど大人の男性に囲まれて育ってきたシェランには、同じ年頃の男の子達が何を欲しがっているかなど想像もつかなかった。


「だって実用的だろ?毎日汗だくになるからシャツの代えはいくらでもいるし、ボールペンは授業で使うし・・・」


 男の子って実用主義なのか・・・。シェランは無言で思った。それは人にもよるだろうが、SLSの男子生徒に関しては特にそう言えるかもしれない。


「じゃあTシャツにしましょう。この先に専門店があったはずだわ」



 この先・・・と言っても鞄を買った店から500メートルは歩いただろうか。広い店内の天井から壁という壁の至る所に、Tシャツがぶら下がっている店に着いた。サイズもSから4Lまでそろっていたが、ジュードがMとL、LLを適当に買っておけば勝手に好きな物を取るだろうと言ったので、色と柄が違うものを12枚買い、重いのでSLSの寮まで郵送してもらう事にした。


「さあ、これで用事は3分の2済んだわ。ダウンタウンに戻ってお昼にしましょうか」

「もうここは見なくてもいいのか?」

「ええ。もう用事は済んだもの。ジュードは何か見たい物がある?」


 見たい物も何も、何処に何があるのかサッパリ分からないので、迷子にならない内に帰った方が懸命だろう。




 彼等は再びシカゴオートショーより車の並んでいる駐車場へ向かって広い店内を歩き始めたが、ジュードが急に立ち止まって叫んだ。


「シェラン、あれは何だ?」


 彼はシェランの腕を引っ張って店内の広い催事場に連れて行った。そこには沢山の木製の台が置いてあり、その上にドラムセットがバラバラになったような物が一つずつ置いてあった。催事場の奥の中央部には見た事もないような巨大なドラムが縦に置いてあり、その両隣にも1メートルくらいのドラムが2つ、同じように並んでいた。


 ドラムと言っても良く目にするプラスチックや鉄で出来たものではなく、枠は木製で張ってある膜は何か動物の皮をなめした物のようだ。


「凄い!あの一番大きなドラム。150センチ位あるぞ!」

「ドラムじゃないわ。ほら見て」


 シェランは催事場の入り口にある、この催しを知らせる看板を指差した。


― Japanese Taiko Festival(ジャパニーズ・タイコ・フェスティバル) ― と記されている下には、その太鼓を叩く日本の着物らしき物を着た人の姿が描かれていた。


 そろそろフェスティバルの時間なのか、彼等の周りにも興味を引かれて人々がぞろぞろと集まり始めた。


 やがて黒いスーツを着た司会者らしき男性がマイクを持って登場し、その後ろから黒地にカラフルな色の東洋的な絵や文字の入った、丈の短い着物を着た20人余りの人々が走り出て、それぞれの担当の太鼓の前に二本の木の棒を持って立った。



 司会の男性が彼等の日本の出身地と団体名を紹介し、アメリカに和太鼓の振興に訪れていた事、ロサンゼルスやラスベガスの西海岸から東のニューヨーク、そして昨日マイアミで最後の公演を行なった後、岐路に着く前にこのソーグラスミルズに立ち寄ってもらった事などを説明した。


 そして、彼等の着ている着物の名は“ハッピ”、色の違う二本のロープをねじって頭に巻いているのは“ネジリハチマキ”という名前だとも付け加えた。



「演奏が始まると、とても私の声が通る状態では無いので私はこれで黙りますが、本当に大きな音です。心臓の弱い方はご用心を」


 彼の言葉が途絶えた途端、中央の大太鼓の前に居た若い男性が腕を振り上げ、二本の棒で太鼓を打ちつけた。


― ドドオォォォォ・・・ン・・・ -


 まるですぐ側で爆弾が爆発したような激しい音が響き渡った。


 ジュードのすぐ隣に居た若い女性が「キャッ」と声を挙げ耳を塞いだ。大太鼓の前にずらりと陣取った人々が一斉に太鼓を打ち鳴らし始めると、まるで地の底から響いてくるような音と振動が身体に伝わってきた。建物自体も揺れているのだ。


「すご・・・ね!」

「え?」

「凄い音ね!」


 隣同士でも叫ばないと声が届かなかった。


 その場で叩いていた人々は、やがて佳境に入ると、演奏を続けながら場所を素早く移動し、互いの太鼓を交互に叩き始めた。どれ程移動しても一糸乱れないリズムは見事だ。ハッピの袖口から覗く隆々とした腕の筋肉と噴出す汗が走り回るたびに飛び散り、ライトを受けてキラキラと輝いていたのが印象的だった。


 最後に彼等は一斉に「Ha!」と掛け声を上げ、両腕を上に伸ばすと、持っていた木の棒と棒を重ね合わせて演奏を終了した。沸き起こった拍手の中、アズと良く似た東洋系の顔立ちの人々は、にこやかに笑って手を振り頭を下げた。




 演奏を聴いていた人々が「凄い音だったね」「日本にあんな楽器があるって知らなかった」等と感想を言いながら引き揚げていく中、ジュードも興奮気味に感想を語っていた。


「すごい、すごいよ!何て言うか、ハートに沁みるって言うの?いや、体中に沁みたよ!昨日のマイアミ公演見たかったな!」


「本当ね。ジャズやソウルとは全然違うけど、心に響いてきたわ。炎のような激しさの中に、水のような豊かさと哀愁を感じたわ」

「あっ、そうそう、そんな感じ。さすがシェラン。うまく言葉に表すなぁ」


 彼等は無料で良いものを聞けた事に幸福を感じながら、ソーグラスミルズを後にした。






 マイアミのダウンタウンは相変わらず人で賑わっていた。特にこの時期は寒い冬を逃れて新しい年を温暖なこの地で迎える人々がやって来るので、何処もかしこも人で一杯である。


 ジュードとシェランは街の何処にでもあるハンバーガーショップで、ケチャップとマスタードをたっぷり乗せたホットドックを食べると、早速シェランがエバとキャシーのプレゼントを買おうとしている雑貨屋に向かった。



「一応ここで買うって決めてるんだけど、何を買うかはまだ決めてないの」と言うシェランに、これは時間が掛かりそうだなと思ったが、ジュードはおとなしく彼女の後ろに付いて店に入った。


 店内は正に女の子の店という雰囲気だった。可愛いレースやリボンが一杯付いたドレスを着たアンティークドール。ヨーロッパの輸入家具やカーテン。アンティークドールにも負けないほど、レースとリボンに飾られた洋服やライトに輝くアクセサリー。


 余りに自分が場違いな気がして、ジュードは思わず横を向き、咳払いをした。


「可愛いお店でしょ?学生時代、良くみんなで来たの。見ているだけで幸せな気分になるじゃない?」


 嬉しそうに微笑むとシェランは、エバとキャシーのプレゼントを探し始めた。あの楽しそうな顔はどうやら今でもこういう雰囲気が好きなのだろう。そういえば初めてシェランの家に行った時も今日も、決して訓練校では着ないような可愛いワンピースを着ている。どうやらいつも着ている暗い色やシンプルなデザインのスーツは彼女の趣味では無いようだ。


 ジュードがそんな事を考えながらぼうっと立っていると、シェランが何枚か洋服を持って来て、ジュードの前で広げて見せた。


「どう?これキャシーに。可愛いでしょ?」


 どう?と問われても、肩紐だけのレースが沢山付いたワンピースは、ジュードにとって下着以外の何物でもなかった。


「う・・・ちょっとキャシーには可愛すぎるんじゃないかな。彼女もう21歳だし・・・」


 ジュードは服から目を逸らしながら答えた。


「そう?そうねぇ。じゃ、もう少し大人っぽいものにするわ」


 再び店の奥に戻っていくシェランの背中を見ながら、ジュードは右手で頭を抱え込んだ。


― どうでもいいけど、そんな事をオレに聞かないでくれ・・・ ―


 先程の下着みたいな服を、キャシーが着ているのを想像するだけでジュードは怖かった。SLSは男ばかりなのだから、そんな物をキャシーに送らない方がいいと忠告すべきだろうか。


 ジュードが苦悩していると、店員の女性が疲れていると思ったのだろうか、椅子を持って来てくれた。


「ジュード、ジュード!これどう?エバに」


 シェランが次に差し出したのはピンクの豹柄が文字盤になった腕時計で、その周りにはキラキラ光るピンクのラインストーンが付いていた。


「う・・・ん、いいと思うけど、ちょっと派手かな?あいつ結構シンプルな方が好きだと思うけど」

「シンプルね。やっぱりジュードが来てくれて良かったわ。エバの事はジュードの方が良く知っているものね」


 シェランは何気なく言ったが、その言葉はジュードの心に突き刺さった。


 オレの方が良く知ってるって、どういう意味だ?もしかしてエバとオレの事、妙に誤解してるんじゃないだろうな。あのデートはチームの奴等に仕組まれたんだって何度も言ったのに・・・・。



 ジュードは椅子に座って背もたれにもたれ掛かると、むくれた顔で考え始めた。


 大体なんだよ、シェランてば。クリスに「又誘ってね」なんて言うし、オレの目の前で頬にキスされても平気な顔してるし。そりゃまあ、あんなもの普通の挨拶なんだろうけど、同じ事をオレがしたら大問題だろう。


 確かにオレは誰から見てもシェランの弟にしか見えない頼りない存在だけどさ。でも今日だって凄く嬉しかったんだぞ。例えチームの用事であっても2人で出かけられるって・・・。


 ジュードが口を尖らせていると、再びシェランがやって来て、今度は銀色の小さなオルゴールを差し出した。


「ジュード、見て。これ珍しいの。中の音楽がジャズなのよ。キャシー、ニューオリンズの出身でしょ?喜んでくれないかしら」


 ジュードはチラッとシェランを見た。


― 全くもう、全然分かってないんだから・・・・ ―


「いいんじゃないか?きっと喜ぶよ」

「うん」


 好きな女の子の嬉しそうな顔を見ると、冷たい態度も取れないのが悲しい男の(さが)である。ジュードはレジに行って包装を頼んでいるシェランを見ながら溜息を付いた。



「可愛い彼女ですね」

「え?」


 さっき椅子を持って来てくれた店員が、いつの間にか側にやって来て話しかけた。


「あなた、本当はこんな場所、凄く苦手なんでしょ?優しい彼氏が居るから、彼女あんなに幸せそうなのかしら」

「いや、あの・・・え・・と・・・」


 ジュードが照れて頭をかいている間に、店員はレジの方に戻って行った。


「彼氏・・・か」


 見知らぬ他人の言葉にすっかり気を良くしたジュードは椅子から立ち上がると、今度はエバのプレゼントを懸命に選んでいるシェランの側に歩いて行った。




 それから1時間後、シェランはエバのプレゼントもいい物が見つかってすっかりご機嫌であった。


「ねえ、ジュード。みんな喜んでくれるかしら」

「そりゃもう。キャシーなんかあのオルゴール、抱いて寝るんじゃない?」


 ジュードの言葉にシェランは嬉しそうに笑った。


「私の買い物に付き合ってくれたんだから、今度はジュードに付き合うわ。どこか行きたい所はない?」

「そうだなあ・・・・」


 考えながら頭を上げると、道の向こうから5人の女性が凄い勢いでこちらに向かって歩いてくるのが見え、ジュードは一瞬ぎょっとして立ち止まった。彼女達はあっという間にジュードとシェランの前にやって来た。真ん中に居るスタイルの良い女性が「見つけちゃったわよ、シェラン」と言いつつ、ニヤッと笑った。


「メ・・・メリーアン・・・」

シェランは少し青い顔でその女性を見上げた。


 メリーアンはその見事なプロポーションを見せびらかすように腰に手をやると、やわらかくカールした明るいブラウンの髪を掻き揚げ、シェランの耳元で囁いた。


「そーお。彼がクリスマスの人ね。もしかして年下?やるじゃない。紹介しなさいよ」

「え・・・あの・・・」


 確かにジュードはクリスマスに会う約束をしていた人物ではあるが、彼をステディだと誤解している彼女達に彼の前でそんな事を言われたら、教官としての立場がなくなってしまう。ここは何が何でも誤解を解かなければならなかった。



「違うのよ。彼はSLSの・・・」


 そこまで言いかけてシェランはハッとしたようにジュードを見た。今朝彼に“生徒と弟は禁句”だと言われていたのを思い出したのだ。


 どうしよう。生徒って言えなきゃ何て言えばいいの?このままでは彼女達は間違いなく“ステディ”という言葉を使うだろう。友人にそんな風に言っていると誤解されたら、恥ずかしくて彼ともう顔を合わせられなかった。


 青い顔をしてうつむいているシェランを見かねて、ジュードがシェランの前に出て来た。


「初めまして。シェランの友人でジュード・マクゴナガルです」



 友人・・・。そう。その手があったのだ。シェランはホッとしたように、ジュードの背中を見上げた。


「本当なの?シェラン」

メリーアンの隣に居たジェーンが顔を覗きこんだ。


「う、うん。ホントよ」

「ふーん?それって“まだ”それとも“ずっと”?」

「え?」


 少し意地悪そうな顔をした友人の質問に、シェランは戸惑ったようにジュードを見つめた。“まだ友人”というのは、いつかは恋人になるかも知れないという事だ。“ずっと友人”は一生友達以外には無いと言う意味である。


「あの・・・それは・・・」


 シェランは何故か口ごもった。どうしたんだろう。“ずっと”と答えるのが正しい答えのはずなのに・・・。


「もちろん。ずっと友人ですよ」


 ジュードはシェランの代わりにさらりと答えると、先に行っているからと合図してその場を離れた。



 シェランは胸の奥から何かがこみ上げてくるような気がして、ぐっと唇を噛み締めた。そうだ。それが正しい答えだ。私と彼はずっと教官と生徒でしかない。例え彼が卒業しても、それは変わらないのだ。



「シェラン、シェラン。大丈夫?」

「・・・え?」


 シェランは友人の声にハッとして顔を上げた。


「ごめんね。私がつまらない事を言ったばかりに・・・」


 サラが申し訳なさそうに謝った。


「そんな事ないわ。ジュードの言った事は本当だもの。じゃ、私もう行くわ。又ね、みんな・・・」


 シェランは小走りにその場を立ち去って行った。



「ちょっと、シェランの顔見た?泣きそうだったわよ。あんな顔、初めて見たわ」


「全く、気がきかない男よね。ああいう場合は『今は“ずっと”ですけど、その内“まだ”になる事を願っています』とか言うべきじゃないの?それをあんなにはっきりと!」


「ほんと!だから年下って嫌いよ!」


 どうやらジュードはシェランの友人達に、気のきかない男というレッテルを貼られてしまったようである。





 人々で溢れかえった通りをジュードの姿を探しながら歩いたが、彼の姿は何処にも見当たらなかった。どんなに辺りを見回しても、見知らぬ人々が通り過ぎていくだけだ。広い大通りの中でまるで迷子のように立ちすくんでいると、何故かとても心細くなってきた。


― もちろん。ずっと友人ですよ ―


 彼の言葉を思い出すたび、胸に何かが突き刺さってくるような気がする。どうして泣きたいほど悲しかったんだろう。シェランは目を伏せると、小さな声で呟いた。


「ジュード・・・何処・・・?」




「シェラン、ごめん。探した?」


 後ろから響いて来た声に、シェランは顔を上げた。ジュードが山盛りにフルーツが入った透明のカップを両手に持って、息を切らしながら立っていた。


「久しぶりに会った友達だから話が長引くんじゃないかと思って、これを買いに行ってたんだ」


 ジュードはそのフルーツのカップをシェランに一つ渡すと、自分の分のカップから一番上に乗ったぶどうを取って口に放り込んだ。


「やっぱりフロリダのフルーツって最高だよね。特にこのぶどう。皮ごと食べられるなんて初めて食べた時びっくりしたよ」


 シェランはぼうっとジュードの顔を見た後、手元のフルーツに目をやった。


「オレゴンには無いの?」

「あるけど、こっちの方が好きだな。あっちでうまいのはキングサーモンかな。何たって寒いから」

「そう・・・」



 ジュードは何となくシェランの元気が無いような気がして、彼女の顔を覗きこんだ。あの女友達と会うまでは、随分ハイテンションだったはずだ。


「何かあったのか?さっきの人達と・・・」

「え?いえ、そんな・・・」


 シェランは慌てて取り繕った。


「あの、ほら、さっき真ん中に居た女の子。メリーアンって言うんだけど、とても美人でしょ?高校の時、ミス・マイアミ高校に選ばれたのよ。つまりクイーンね」

「クイーン?彼女が?」


 確かにダイナミックな美人だったが・・・。ジュードはちょっと妙な顔をすると「シェランは?」と尋ねた。


「わ、私?私は・・・ノミネートはされるけど、毎回辞退していて・・・」

「辞退?何で?」


 シェランは急に顔を赤くした。


「だって・・・は、恥ずかしいじゃない。普通の服で出るんならまだしも、あんなハイレグの水着を着て、沢山の人々が見ている前を15センチもあるヒールを履いて歩き回らなきゃならないのよ。私、舞台中央に行く前に絶対こけちゃうわ。ええ。間違いなくこけますとも」



 ジュードは頭の中で、ハイレグ水着姿のシェランが舞台の上でひっくり返る姿を思い浮かべたが、すぐに打ち消した。


 成績に関係のない学校行事は全てすっぽかしてバイトに行っていたジュードは(正にSLS命の男である)ミス・コンがどんな物か良くは知らなかったが、ノミネートされる事が女性にとって大変な栄誉である事は知っていた。この時期が近付くと普段仲のいい女の子同士が、まるで戦いの火蓋が切られたように殺気立っていたものだ。


 女性にとってミス~高校とかクイーンと呼ばれる事は、卒業しても結婚しても一生自慢できる、お金では買えない宝なのである。


 それをハイレグの水着を着るのが恥ずかしいとか、15センチのヒールを履くのが嫌だという理由で断る人間が居たとは驚きであった。


 サムやピートの話だとハイレグどころかもっと凄い姿の(とても言葉には出来ないが・・・)女性達がうじゃうじゃいるこの街で、どうやったらこんな古風な女性が育つのだろう。オレゴンの田舎にも居ないだろうなぁとジュードが思っている間も、シェランは語り続けていた。


「大体、クイーンなんかになったら大変なのよ。学校新聞は取材でいつもくっついてくるし、水着の写真は載せられるし。メリーアンなんか毎日男の子から誘われて、断るのに一苦労。そんな事になったら潜る時間が無くなっちゃうじゃない!」



 どうやらそれが一番の理由らしいが、ジュードはシェランの周りの人間に染まらない、そんな所がとても良い所だと思えた。水の中に自分の居場所を持つ彼女には、地上での栄誉など何の価値も無いのかも知れない。


「確かにどうして出ないのか、散々聞かれたわよ。もしかして足に酷い火傷の痕があるんじゃないかとか、妙な噂を立てられたり。おかげで高校でも鉄の女よ。でも嫌なものは嫌なんだもの」


 まるで高校生のようにふくれっ面をしているシェランを見て、ジュードは心の中でくすっと微笑んだ。


「いいんじゃないか?シェランはシェランなんだし。高校なんかのクイーンにならなくたって、シェランはいつだってオレ達Aチームのアフロディテ(水の女神)なんだからさ」

「え?そんな・・・。私そんないいものじゃないわ」


 真っ赤になってうつむいたシェランの横顔を見た後、ジュードもちょっと照れくさそうに彼女から目を逸らした。


「あのさ。オレはクリスみたいにカッコ良くもないし、気のきいた事も言えないし(実際アフロディテと言ったのもSEALの受け売りである)シェランみたいな大人の女性には役不足かも知れないけど・・・この後、今日一日、シェランをエスコートさせてもらえないかな・・・」


 シェランはまだ、顔を上げることも出来ないで返事を待つ彼を見上げた。


― どうしよう、すごく嬉しい・・・ ―


 まるで朝を待つ海から聞こえてくるさざなみのようにシェランの心はざわめいた。


「じゃあ、これから何処に連れて行ってくれるの?」


 自分の腕に手を回したシェランが輝くような笑顔で微笑むと、一瞬で体中の筋肉が硬直してしまったように固まった。ジュードは「とにかく・・・歩こう」とだけ言うと、まるでロボットのようにギクシャクと手足を前に出した。






 高校時代、シェランがよく友人達と訪れた雑貨屋はもうメリーアン達の趣味では無いので、彼女達はそこを素通りして、そのテナントの入っているビルのエレベーターを上がって行った。そこから道路の向こう側にあるデパートの入り口に繋がる大きな歩道橋が付いているのだ。


 まださっきのジュードの態度が気に入らない彼女達は散々彼を批判した後、理想の男性像について盛り上がっていた。


「あっ、ねえ、見て!」


 突然サリーが下のスクランブル交差点を指差した。丁度信号が全て青に変わった所で、四方八方から一気に人々が交差点の中に流れ込んで行った。そんな中をシェランがジュードと腕を組んで楽しそうに歩いているのが見えた。シェランが色白なので目立つのだ。


 昔の彼女を良く知る友人達には彼女の笑顔が今までで一番輝いているように見えた。そしてジュードの方も、さっきの冷めた態度は実は作っていたのだろうと分かるほど、優しそうな目でシェランを見ていた。


「なーんだ。シェランったら、うまくやってるじゃない」

「ほんと、幸せそうな顔しちゃって」

「・・・にしても、シェランって、ああいうのがタイプだったのねぇ」


 サリーの横から下を覗いたメリーアンもニヤッと笑って呟いた。


「さあ、タイプかどうかは分からないけど、きっと“ずっと”が“まだ”に変わったんでしょうね・・・」









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