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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第8部 深海のダイヤモンドリング 【9】

 一週間ぶりにSLS訓練校に戻ったジュードとアズは、Aチームの仲間や他のチームの訓練生から歓迎を受けた後、質問攻めにあうことになった。無論アズはいつものように仏頂面で何も語ろうとはしないので、ジュードが全て答える羽目になった。


 彼等はウェイブ・ボートがとうとう爆破されたというニュースを聞いていたので、もうシェランやジュード達が無事に帰って来ないのではないかと気をもんでいたのだ。中でも一番心を痛めていたのはショーンとキャシー、エダース校長だろう。


 キャシーはシェランの携帯に毎日のように連絡を入れていたし、ショーンはウェイブ・ボートから救助の要請を受けて本部のヘリが出動していく際、一緒に行こうとヘリポートの間を仕切る金網を乗り越えようとしてAチームの仲間に引き摺り下ろされた。


 そしてエダース校長は、シェランが無事を報告する為に校長室に訪れてみると、SEALに電話して「うちの娘を帰さんかぁ!」と怒鳴り散らしていたそうだ。


 


 戻ってきたジュード達はそれから普段通りの生活に戻ったわけだが、いよいよクリスマス休暇を一週間後に控えたある日、ヘリの轟音と共にヘレンが再びSLS訓練校を訪れた。


 今回の本部隊員と訓練生の協力の礼を言いに来たのだ。彼女は本部長官とエダース校長の元を訪れた後、授業を終えたシェランをSLS専用港まで呼び出した。



 真っ赤な夕日の中、ヘレンはじっと波の音を聞きながら海に向かって立っていた。ブロンズ色の髪が夕日と同じ色に染まって益々赤く見えた。人の気配に振り返ったヘレンは相変わらずシェランの側に付いて来ているジュードを見て、フンと鼻を鳴らした。


 ある程度新聞やニュースで見ていたが、その後のウェイブ・ボートの事が気になっていたジュードはヘレンから直接詳しい話を聞きたかったのだ。


 ウェイブ・ボートに残っていた爆弾は4つだった。3階、16階、21階、27階で爆発したが、いずれも防災シャッターが働いたのと、主要な研究室ではなかったので人的被害は免れた。骨折などの酷い怪我人が数人と、逃げる時に軽い怪我をした人が30人程度居ただけで済んだ。




「君が行なった事前の訓練が効を奏したとウェイトマン所長が感謝していた」とヘレンは自分が感謝していると言いにくかったのか、ウェイトマンの言葉を借りて礼を述べた。

 


 ウェイブ・ボートから誰も死者が出なかった事にジュードはホッと胸をなでおろした。あの時はSLSのヘリに救助され、彼等はすぐにマイアミまで戻る事になったが、怪我をしなかった所員はウェイブ・ボートの安全が確認されるまでデイダーの支社に身柄を預けられる事になったので、アズはまだ2人の姉と28階で別れたきり連絡を取ってはいなかったのだ。


 アズの姉達の無事が確認されたので、シェランは気になっていた事を尋ねた。


「それで、デイダーの他の支社は?」


「全米にある支社や研究所はおよそ150程あるが、その内の3分の2が被害にあった。やはりウェイブ・ボートに意識が集中しすぎていたのだろうな。デイダーはかなりの痛手だ。規模を縮小せざるを得ないだろうな。“あの男”にしてみれば『完膚なきまでは叩き潰せなかったが、作戦は成功した』と言う所だろう。それでも立ち直れるだけの可能性が残っているだけマシだ。デイダーはこんな事では潰れはせんよ」



 ヘレンはシェランの気持ちを察して何も言わなかったが、沢山の死傷者が出たのは間違いなかった。ヘレンはそれをシェランにはなるべく伝えたくなかったのだ。


 彼女はライフセーバーである事に加えて両親を海で失っている。だから他人の死にとても敏感な事をヘレンは知っていた。


 暗い表情になったシェランの気持ちを察して、ジュードは肩に手を置いて彼女の名を呼んだ。大丈夫だと答える代わりに微笑み返すシェラン。そんな2人を見ていると、ヘレンはルイスの事を思い出さずには居られなかった。





 ヘレンがルイスと出会ったのは彼女がまだ22歳の頃だった。ジュードやシェランのように彼女の方がルイスより2つ年上であったが、それから10年もの間、友として仲間として彼等は共に過ごして来た。

 

 並みの男以上に男らしいヘレンと彼の間には、友情以上の男女の感情などは無かったが、数々の修羅場をくぐりぬける内、ヘレンにとって彼は無くてはならない存在になった。


 彼は部下としても有能な人間であったので、彼女にとっては右腕とも左腕とも言えたし、友として陰日なた無い意見を躊躇うことなく言ってくれるのを、ヘレンは煩わしそうな顔をしつつも感謝していた。



― 何故、一体何が彼にそうさせたのだろう・・・ ―



 軍に入隊した時、国家の為に命を賭して尽くすと誓ったではないか。あの時の気持ちに嘘は無かったはずだ。なのにいつの間に変わったのだろう。どんなに考えてもヘレンには彼の心を計り知る事は出来なかった。


 だから未だに彼が自分や仲間を裏切っていた事が信じられないのだ。ウェイブ・ボートで起こった事件は全て何かの間違いで、彼は“ちょっとした冗談さ”と言いつつ、いつものように自分の斜め後ろに立っているような気が今でもするのだ。



「ヘレン、あれからルイスはどうなったの?」


 丁度彼の事を考えあぐねている時にシェランに問われ、ヘレンは思わずドキッとした。そんな心の動揺を見られたくなくて彼女はずっと海を見ながら答えた。


「全く足跡は掴めない。まるで水泡のように消えてしまった。彼の住処もすぐにFBIの手が入ったが、当然戻った形跡は無かったし、“あの男”に関する物も何も発見出来なかったらしい」



― 水泡のように消えた・・・? ― 



 ヘレンは自分の言葉を心の中で反芻した。いや、違う。彼は本当にあの日、あの時、海の中に水泡のように消し飛ぶはずだった。私の手によって・・・。


 ルイスが海中から姿を現した時、ヘレンの銃は確実に彼の急所を捉えていた。なのに弾は彼の肩をかすめただけだった。あの時肩越しに振り返った彼の瞳はこう言っていたのだ。


― ほら、やっぱり君に俺は撃てないだろう? ―




 シェランは後ろを向いたままじっと海だけを見つめて黙り込んでいるヘレンの背中を見て、その心中を充分察することが出来た。以前SLSの教官室にやって来た彼等の様子からして、彼女がルイスの事をとても信頼していた事は間違いなかった。


「ヘレン、ルイスがあなたや仲間を裏切った事は、とても辛いかもしれないけど、でも・・・」

「辛い?何が辛いのだ?」


 ヘレンはシェランの慰めの言葉を振り払うように叫んだ。


「あいつは我々を裏切った。軍も仲間も国家さえも・・・!今度会った時には必ず私の手で仕留めてやる。決して逃がさん」


「彼の事は他の人に任せるべきだわ。彼はあなたにとって、とても大切な仲間だったんでしょう?」

「仲間?仲間等ではない。いや、そうだったからこそ私の手で決着(ケリ)を付けなければならないのだ」



 ヘレンはシェランとそのすぐ後ろに居るジュードを見つめた。彼等はまるで以前の自分達のように信頼し合っているように見えた。ジュードはシェランを見守るように彼女を見ている。きっと彼はこれから先もこうやって、シェランの側で彼女を守ろうとするのだろう。その力の無さを悔いながらも、精一杯に・・・・。


 ずっと気が付かなかったが、ルイスがいつも斜め後ろに居たのは私の方が上官だからではなく、こんな風に私を見守っていたからなのか?



「何故・・・何がいけなかったのだ?一体何があの男を変えたのだ?」


 互いに信頼し合うジュードとシェランを見て、ヘレンは今まで胸の奥に押し込んできた辛酸な思いを口にせずには居られなくなった。何故彼は私を裏切ったのだろう。彼等のように信頼し合っていると思っていたのは私だけだったのか・・・?


「私が・・・いけなかったのか?私が先に大佐になってしまったから?10年もの間、友として生きてきたのに・・・。誰よりも・・・私にとっては軍の規律よりも、彼の言葉を信じていたのに・・・」


「ヘレン!」


 シェランは思わず彼女の背中を抱きしめた。とても抱えきれない程の身長と広さのある背であったが、シェランにはその背中がまるで小さな少女が悔しそうに泣いているように見えたのだ。


「人はみんな、自分の思うようにしか生きられない。彼は自分の心が命じるままに生きようと決めただけなのよ。誰のせいでもない。あなたのせいだなんて、決して違うわ!」


 ヘレンは一瞬、シェランのその腕の中に崩れ落ちていきそうになった自分をぐっと押さえ込んだ。この私が誰かに抱きしめられて泣くというのか?そんなみっともないマネをする位なら、自分の銃で頭をぶち抜いて死んだ方がマシだ。


「ええい、放せ!私が泣いているように見えたか?冗談じゃない。私は怒っているんだ。ルイスは必ずこの手で葬ってやる。軍人の誇りも何もかも捨てた奴に同情など必要ない!」


「まあ、本当に強がり屋さんね。心の中では子供みたいにワーワー泣いているくせに」


「軍人が泣くか!お前なんかより私はずっと鉄の女だぞ」

「あらそう。じゃ、その名前、喜んであなたに献上するわ」



 ジュードは2人のやり取りを聞いていて思わず笑ってしまった。もしかするとルイスが以前言っていたように結構仲がいいのかも知れない。


「何がおかしい!」


 シェランの後ろでくすくす笑っているジュードを見てヘレンはむっとして叫んだ。


「あなたが使っているあの銃・・・マグナムですよね。38・・・いや、44かな?」

「44口径だ。それがどうした」


 又この少年は訳の分からない話を始めた。ヘレンは更にムッとしながら答えた。


「珍しい銃をお使いだなと思って。マグナムは発射時の反動が余りに大きくて、普通の人間では扱いにくい。今軍では実用性のあるS&Wスミスアンドウェッソンハローポイントかベレッタが主流ですよね」


「ふん。時代遅れとでも言いたいか。9ミリなんか撃った気にならないだろう」


 ヘレンはむくれた顔で答えた。シェランは訳が分からない顔をしながらも彼等の話を黙って聞いている。


「いいえ、とてもあなたに似合っているなと思って。重さとか威力が有り過ぎる処もそうだけど、一度信じた人に裏切られても憎みきれない、そんな所が・・・」


 ヘレンはドキッとして振り返った。




 ジュードはルイスが爆弾を爆発させた時、エレベーターのドアが閉まる直前までヘレンとルイスを見ていた。彼女がその大きなリボルバーを海に向けて構えた時、彼女はルイスの現れる場所を確実に捉えていた。


 へレンがトリガーを弾いたその瞬間ドアが閉まったが、ジュードは彼女が間違いなく彼を殺したと思った。それ程の銃を扱う人間が、狙いを定めた場所を外すはずは無いと思ったからだ。だが、予想は外れてルイスは生きているという。それは取りも直さず、ヘレンが彼を撃てなかったという事だ。




「こんな事を言ってはいけないのかも知れないけど、オレはあの人が生きていると聞いて何となくホッとしているんです。それはきっと俺もあなたと同じように時代遅れだからでしょうね」


 ヘレンはそのムッとした表情は崩さなかったが、ジュードに反論はしなかった。



 そうだ。私は彼に生きていた欲しかったのだ。例え敵としてでも・・・。



 ジュードは黙って海を見ているヘレンに頭を下げると、アズにウェイブ・ボートのことを報告する為に戻ると言った。しかしへレンはそんな彼を呼び止めた。


 ヘレンはどうしても彼にある質問をしたかった。それはヘレンが自分にするべき問いであったが、その答えを彼に求めたのだ。



「君は彼が生きているのが嬉しいと言ったが、5THの爆弾を取り付けたのはルイスだ。970フィートの深さまで潜ってそんな事が出来るのは彼しか考えられない。そんな昔から彼はシェランと因縁があった。世界一の女潜水士。彼は又それに挑んでくるに違いないだろう。その時君はどうするんだ?彼が生きていたのを喜んだ事を後悔するんじゃないか?」


 ジュードはじっと立ったまま背中で彼女の言葉を聞いていたが、やがてゆっくりと振り向いた。


「その時はオレが彼と対峙する。二度とシェランには挑戦させない」


 そのまま去って行ったジュードの背中を苦々しい顔で見ながらヘレンは“全く生意気なガキだ”と思った。しかしそれが強がりやはったりで言ったのでは無い事は良く分かっていた。


 実際彼が居なければ、ウェイブ・ボートは今頃3,000フィートの海底に沈んでいただろう。たった1人の裏切り者を残して・・・。


 彼がルイスを疑わなければ、ルイスを信じ切っていたヘレンは大きな過ちを犯すところだった。信じたいからこそ調べたと彼は言ったが、ルイスを信じきっていたヘレンには疑惑の片鱗さえも彼から感じ取る事は出来なかったのだ。


 ジュードの姿が見えなくなった後、シェランが口を尖らせて言った。


「ジュードったら、守るのは教官である私の務めだといつも言っているのに。ホントに困った子だわ。ねぇ、ヘレンもそう思わない?」


 ねぇ、と問われても、ヘレンには答えようが無かった。


「本気で言っているのか?」


「勿論よ。彼は私の生徒なのよ。生徒を守るのは教官の務めじゃない。ああ、私が心配性な彼の教官になってしまったのがいけないのよね。ジュードは仲間と同じように私の事を考えているんだから・・・」



 ヘレンはびっくりしたような顔でシェランを見た後、思わず口を押さえて目を逸らした。男が全身全霊を懸けて女を守ろうとするのは、たった一つの理由の為だ。それを彼女は自分が彼の教官だからだと思っているのだ。


― 何と報われない男だな、ミスター・マクゴナガル・・・・ ―


 ヘレンは小さく溜息を付くと手に持った紙袋をシェランに手渡した。


「なに?これ」

「軍からのプレゼントだ。今回頑張ってくれたからね」


 袋の中には見覚えのある黒い箱が2つ入っていた。


「キャア!ハリソン社のダイビング・コンピューター!本当に貰っていいの?」

「欲しがっていたと部下から聞いたのでな」


 それはアレック・ハワードとデニス・アスレー中尉の事らしい。


「2つとも貰えるなんて。1つはキャシーにあげようかしら」

「キャシー?誰だ、それは」


「あら、ウェイブ・ボートにも来ていたでしょう?潜水課一の女性ダイバーなのよ。私の跡を継いでくれるの」

「しかし、もう1つはあの少年にやるべきじゃないのか?」


 少年とはジュードの事だ。ヘレンにとっては、19歳のジュード等まだ少年のようなものだった。


「どうして?だってジュードは潜水課じゃないし・・・」



 本当に報われない男だったのだ、彼は・・・。ヘレンは哀れに思いつつも彼等の今後に期待が持てない事も無いと思った。


 ジュード・マクゴナガルはヘレンの見た所、今時の若者には珍しく古い時代の男で実直である。そしていざという時には自分を犠牲にしても誰かを助けたいと願っている。そんな彼の思いが、まるで深海に落とされた宝石のように、強固なほど鈍いこの女ダイバーに届く日が来ないとは限らないだろう。


「シェラン。もう1つ、今度は私からプレゼントがあるんだ・・・」


 そう言うと、ヘレンは港の端に沿ってゆっくりと歩き始めた。これを彼女に渡すのはヘレンにとってとても勇気がいるものだった。だが彼はあの日、初めてこのSLS訓練校を訪れた日に言ったのだ。


― 軍の機密も大事だ。だけどせめて墓参りくらいはさせてやりたいね・・・・ ―


「サウザン・シー・リージャン(1,000の海域計画)・・・。これが君の両親が生前関わっていたプロジェクトの名前だ・・・・・」






【予 告】 第9部 夏の国に降る雪 【1】


 もうすぐクリスマスを迎えるSLSの訓練生達は浮き足状態だ。キャシーはエバと共に実家のニューオリンズへ、マックスはジュードとショーンと共にシカゴへ。そしてシェランはたった一人でクリスマスを迎える。


 クリスマスには必ず戻って来ると、シェランに約束したジュードだったが・・・?

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