第8部 深海のダイヤモンドリング 【8】
ウェイブ・ボートの館内地図を持って、アズは殆ど眠らずにウェイブ・ボートの中をくまなく調べ上げていた。
「あった。やっぱりジュードの言う通りだったな」
各階の天井にある空調ダクトを覗き込んでアズは呟いた。シェランが見つけた物より少し小型だが、同じような黒い箱の左上に赤い点滅を繰り返すエレクトリック・バルブがともる爆弾がダクトの横に静かに横たわっていた。
SEALが一度調べた場所をもう一度調べるようにとジュードは言った。一度調べた所は二度と調べない。当然の盲点を内部の人間なら突いてくるだろうと思ったのだ。アズは勿論爆弾を見つけても触れないようにと言われているので、その場所を地図に×印をつけて記した。その赤いしるしはもう11個目になる。
「一体いくつ取り付けてあるんだ?」
一つ目の爆弾をアズが見つけてすぐにジュードはヘレンを呼び出した。へレンと自分が何よりも信じたくない事実を彼女に告げる為に・・・。
飛行場の片隅でジュードの話を全て聞き終えたヘレンは、その体中の筋肉を震わせて、まるで親の敵を見るようにジュードを見ていた。
― こんな子供に何が分かるというのだ?私達の過ごして来た年月を計り知る事など出来ないくせに・・・・ ─
「シェランはどうした?君の教官だろう」
「彼女は今警備担当者や避難誘導員と共に避難経路の確認をしています。そしてアズは一睡もせずに、たった一人で爆弾を探している。シュレイダー大佐。猶予は無いんです。もう館内に爆弾が仕掛けられている。あなたが立たなければならないんです。一刻も早く」
ヘレンは奥歯を強く噛み締めた。彼の言う事は間違っていないと分かっているが、どうしても納得できない自分が居た。
「ただ一度だけ信じてくれと言ったな。もし、この私の信頼を裏切ったら・・・」
そう言いつつ、ヘレンは彼に一回り大きな顔を近付けた。
「F−15の羽に括り付けて、空をマッハで引きずりまわしてやる」
肩を怒らせながらヘレンが大股で去って行った後、ジュードは思わず冷や汗をぬぐった。
「凄い迫力・・・。小さい頃、お袋にぶん殴られた時より怖かったよ・・・・」
その夜も星の瞬きが止まらない静かで美しい夜だった。飛行場の端や滑走路につけられた赤やオレンジ色のライトが無ければ、もっと星が良く見えるだろうに・・・・。
ルイスは船着場の近くにあるフェンスにもたれながら空を見つめていた。
360度に広がる夜空はまるで宇宙を思わせる。そういえば幼い頃、亡くなった伯父に連れて行ってもらったプラネタリウムで、何時間も夜空を見ながらスペース・パイロット(宇宙飛行士)になるんだと夢を描いていた。
「結局、飛行機乗りにもなれなかったがな・・・・」
彼は足元の船着場を見下ろした。フェンスはここで途切れていて、船着場に下りる為の階段が足元から下に伸びている。潮が満ちているのか、その階段の上の方まで黒い波が打ち寄せていた。
「何を考えているんだ?いつこのウェイブ・ボートを破壊するか・・・か?」
ルイスは彼女が来るのを知っていたようにニヤッと笑いながら唇を舐めた。
「何の事だい?ヘレン・・・・」
彼がゆっくりと振り返った。へレンとその後ろにジュードとアズ、シェランが立っていた。
「しらばっくれても無駄だ。お前が“あの男”と関係があるのは分かっている。周りは全て固めてあるぞ」
「ああ、道理でこの辺りにSEALの小型艇が集まっていると思った」
ルイスが首だけを回して後ろを見ると、船の上から隊員達が銃を構えて立ち上がった。
「このオレが“あの男”と?どうしてそんな話になるんだい?まさかそんなバカバカしい話をジュード、君まで信じているのか?」
ジュードはぎゅっと噛み締めていた唇を解放し、妙に落ち着いているルイスを見上げた。
「信じたいから調べたんです。あなたはあの日、パーティの終わった後、すぐにサンディエゴのSSCに向かった。本来ならそこから民間の飛行機に乗り換えてサンディエゴに向かうはずが、あなたはどの飛行機にも乗っていなかった。
そう・・・。あなたが実際SSCに到着したのは3日目の朝だ。これはシュレイダー大佐に確認を取ってもらったから間違いない。ではあなたは何をしていたのか?実はあの深海用の潜水服はもう既にジャクソンビルの港に着いていたんじゃないですか?あなたはそれを着て、1,200フィートの深海に爆弾を取り付けに行ったんだ」
ルイスはフェンスにもたれながら黙ってジュードの言う事を聞いていたが、やがてフッと笑みを漏らした。
「それを着て深海に?では君達が2日目の夜に見た男は、一体何をしていたんだ?ただ泳いでいただけか?」
からかうような彼の質問にも、ジュードは表情を緩める事はなかった。
「オレがおかしいと思ったのは、その男を見てからだ。彼はオレ達やSEALが着ているのと変わらない潜水服を着ていた。あれでは800フィート潜るのが限界だ。1,200フィートも潜って爆弾を取り付けに行くなんて、どんな天才ダイバーでも出来はしない。では何故あの男は現れたか?
あの日シェランは、昼過ぎに届いた潜水服を着て深海に潜るはずだった。でもオレ達が反対した為に潜るのを中止した。だがあなたはシェランに潜って欲しかったんだ。あの爆弾を見つけさせる為に」
ルイスは黙ったまま首をひねった。それはどうして・・・?と言わんばかりに。
「あの爆弾ではここを支える巨大な柱を全て破壊するのはムリだ。だからと言って建物の中に爆発物を取り付ければ、すぐにSEALやSLSに発見されてしまう。そこであなたは考えた。外部に爆弾があれば、外部犯の仕業だと思うだろう。それに一度調べた内部はもう二度と調べられる事は無い。
あなたの目的は最初からこのウェイブ・ボートの中に爆弾を取り付け、内部からここを破壊する事だったんだ」
ルイスはフッと笑うと、誰にも気付かれないように船着場の波間に目をやった。
「凄いね、ジュード。君はライフセーバーより探偵かFBIにでもなった方がいいんじゃないか?」
アズと同じ事を言われてジュードはむっとして言い返した。
「オレは機動救難士になるんだ!」
「そうだったな・・・」
微笑んだルイスの目は、SLSのシェランの教官室で見た時と同じように穏やかで優しく見えた。
「ルイス、何故だ?何故我々を裏切った?少佐にまでなったのに・・・」
ヘレンはまだ信じられないように呟いた。
「少佐?そうだな。その少佐に飽きたのかもしれないな」
「おとなしく投降しろ、ルイス。お前を撃ちたくは無い」
彼は君に俺が撃てるのか?と言わんばかりにニヤッと笑った。
「いや、まだだね。君達は俺の目的をまだ分かっていない。“彼”はね。このウェイブ・ボートには余り興味が無いんだ。ヘレン、昔良く使わなかったか?オペレーションA。陽動作戦って奴を・・・。つまりここを狙うと見せかけて他を落とすという事だ」
ヘレンは息を呑んだ。ジュードとアズもシェランと顔を見合わせた。
「まさか・・・・・」
「今頃全米にあるデイダーの支社から花火が派手に上がっているだろう。上から見られないのが残念だ」
“あの男”の目的はウェイブ・ボートではなく、地上にあるデイダーの支社だったのか?爆発物を取り付けたのも、全てこのウェイブ・ボートに目を向けさせる為だったのだ。
ヘレンはやがて入って来るそれらの情報が、頭の中でガンガンと鳴り響いてくるような気がした。一体どれだけの人間が犠牲になったのだろう。そこを守っていた軍やFBIの関係者はどうなったのだ・・・?
シェランはわなわなと震える手を握り締めて、ルイスを睨んだ。
「何でも“あの男”の思い通りになると思っているの?命を守るべきライフセーバーの前で誰かを殺すなんて赦さない。絶対に赦さないわ」
「では守って見せるか?そうだな、ジュード。君が本当のライフセーバーかどうか、まだ見ていなかったな」
ジュードはハッとしたようにシェランの腕を掴んで引き寄せた。ルイスの瞳から温度が消えたその瞬間、足元からうなるような地響きと共に、飛行場が激しく揺れ動いた。
「ジュード!」
シェランは腕の中から彼を見上げた。アズは既にエレベーターに向かって走り出している。シェランとジュードもすぐに後を追った。
走りながらジュードはルイスを振り返ってみたが、もう既に彼の姿は無かった。ルイスは船着場に泊めてあった水中ボートに飛び乗ると、SEAL隊員が放つ銃弾の中、あっという間に水の中に潜り込んだ。
ヘレンは飛行場の端まで走りながら、胸のホルダーからリボルバーを引き抜きいた。付き合いの長いヘレンには彼の息がどの位続くかも分かっていた。
― 出て来るとしたら、あの辺り・・・・ ー
ヘレンは瞳を細め、トリガーに指を掛けた。ルイスが水中から姿を現した場所は正にヘレンが狙っていた場所だった。彼女は迷うことなく引き金を弾いた。
弾が撃ち出される衝撃が腕に伝わるのとほぼ同時に、彼女の放った銃弾が彼の左肩を貫いた。ルイスの乗った水中バイクは反動で左右に大きく揺れ動いたが倒れる事は無く、そのまま走り去って行った。
悔しげに唇を噛み締めたヘレンを肩越しに振り返ると、ルイスは彼女を見てその瞳をわずかに細めて笑った。それはいつも彼が仲間としてヘレンに向けて笑い掛ける時と同じようにヘレンには見えた。
彼女はただ波間に見え隠れしながら小さくなっていく彼の姿を見送ると、さっき彼にした質問を繰り返した。
「ルイス・・・なぜ・・・・・」
エレベーターで30階まで下りたアズは、走りながら姉達の姿を探していた。
「くそっ、まだ爆弾があったなんて!」
ジュードがヘレンを説得した後、SEALの隊員達はルイスに気付かれないよう館内をもう一度調べた。それによってアズが見つけた11個の爆弾以外に、20個近くも仕掛けられていた事が分かった。それ以上何処からも発見されなかったのでヘレンはルイスを追い詰める事にしたのだ。
人々の叫び声があちこちから聞こえて来る。きっと姉達はパニックに陥った人達を必死に誘導しているに違いない。8本のエレベーターは外へ逃れる人々ですぐに一杯になるはずだ。もう下りる為にエレベーターは使えない。アズは階段を探し始めた。
一方ジュードとシェランは、アズより一歩遅れて違うエレベーターで下りる事になった。彼等は一気に最下層まで下りた。そこが一番危険な場所だからだ。エレベーターのドアが開くと、我先にと人々が飛び込んで来て、彼等は押し戻されてしまった。
「すみません!降ろしてください!」
人々の波を押しのけ外に飛び出すと、彼等は別々の方向に走り出した。
「慌てないで!エレベーターは無事です!」
「出来るだけ階段で上がって!」
いざと言う時は脱出口よりもエレベーターの方が使えるので、特に念入りにその周辺は調べ上げられていた。だがそれも3つの配電室が無事ならばの話だ。それが全て停止したら、彼等は密室に閉じ込められる事になる。それでも今は無事なエレベーターを使うのが一番の早道であった。
外に居たジュード達には被害の状況は全く把握できなかった。しかし4,5回の揺れが襲ってきたので、同じ数の爆発があったと思われる。
人々を誘導しながら1階は無事だと分かったジュードは階段へ向かった。シェランも同じ事を考えたのだろう。後ろから登ってきた。
「私は2階へ向かうわ。ジュードは3階を!」
「分かった!」
だが3階の階段室のドアを開けると、向こう側にシャッターが下りてしまって、そこからは入れなくなっていた。シャッターの向こう側は海水が満ちているのだろうか。
「くそっ」
ジュードは後ろを振り向くと4階へ向かって階段を駆け上がり始めた。
アズは叫び声を上げながら逃げ惑う人々の中に、やっと2人の姉の姿を見つけた。彼女達は必死に所員を誘導している。28階は主要な研究施設が集まっていて、まだ多くの所員達が残っていた。
「落ち着いて!エレベーターは無事よ!」
「女性はEAST1に。男性はむこうのEAST2に行って!」
「何で女は近くなんだ!俺達だってここに居るのに!」
食って掛かってくる男性職員の頬をユーコはいきなり平手で叩いた。
「やかましい!女を犠牲にして助かったって一生言われたいの?行っておくけど、私達誘導員は一番最後なのよ!ごちゃごちゃ言う暇があったら早く走れ!」
これはいかん。完全に切れているぞ。多分側に行ったら「何しに来た!」とぶん殴られるのは目に見えている。アズは少し離れた場所で見守りながら誘導の手伝いをする事に決めた。
暫く飛行場で立っていたヘレンが海上を見ると、ルイスを追っていた船が戻って来ていた。部下の報告は予想通り、ルイスを見失ったというものだった。
あいつの事だ。そう簡単に捕まるようなヘマはしない。いつどんな事が起こっても、脱出する手段は用意しているだろう。ヘレンは溜息をつくと、戻って来た部下達に飛行場に次々と上がって来ている人々を海上の船に誘導するよう指示を出した後、やっとシェランと2人の訓練生の姿が見えなくなっている事に気が付いた。
「あのバカ者共。下へ行ったのか?」
10階にある超微生物研究室はデイダー社が今一番力を注いでいる研究だけあって、他の研究室の何倍もある広い部屋や最新の機材が備えられ、今夜も多くの所員が夜遅くまで研究に励んでいた。
だが、一回目の爆破で海に面した窓に衝撃が走った為、まだ割れていないのにセンサーが働いて、全ての入り口のシャッターが下りてしまった。そこに居た30人あまりの研究員は、その後に起こった2回目、3回目の爆発音に恐怖を感じながら、そのまま密室に閉じ込められてしまったのだ。
1階から順々に上がってきたジュードは、助けを求める人々の声を聞いてそのシャッターの前にやって来た。
「中は大丈夫なんですか?水は?」
「入ってない。振動でセンサーが誤作動したらしい。早く開けてくれ!中にはたくさん人が居るんだ!」
しかし何トンもの水圧に耐えるシャッターは、ジュードが拳で叩いた位ではびくともしなかった。
「何かこのシャッターを破れるものが近くに無いですか?」
ジュードの質問に中の人々はあれこれ話し合っていたようだ。暫くして返事が返って来た。
「11階の警備室に行けば、何かあるかもしれない!」
ジュードはすぐに戻ると叫び返すと、ポケットの中からウェイブ・ボートの地図を取り出して階段へ走った。
辿り着いた11階は閑散としていて人の姿は無かった。警備員室は11階の一番南側にあった。慌てて出たのか、入り口のドアは開きっぱなしになっていて、今の今まで何人かの人がコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいたのであろう、テーブルの上にはまだ湯気の立っているコーヒーと沢山の雑誌があり、その内の何冊かが床に散らばっていた。
ふと見ると壁にレスキュー工具と書いてある扉があった。開けてみるとバールやジャッキと共に柄の長いハンマーが入っていた。
「これだ!」
ジュードはそれを掴んだ後、ぐるりと辺りを見回した。
テーブルの向こう側に通信設備を兼ね備えた警備システムがあり、前面の大きなスクリーンにこのウェイブ・ボートの内部地図が各階ごとに表示され、赤や黄色のライトが繰り返し点滅している。
「ラッキー、これで何処で何が起こっているか把握できるぞ」
ジュードは手に持っていた地図に素早く印を入れると、そのスクリーンの更に向こう側に目をやった。そこには何台ものモニターが並んでおり、廊下やあらゆる場所に取り付けられた監視カメラの映像がリアルタイムに映し出されていた。
廊下を逃げ惑う人々、エレベーターが一杯なのにまだ入ろうとして押し合いになっている、そんな人々を必死になだめようとする警備員の姿もあった。
ジュードはじっと立ち止まってそれを見つめた後、警備員室を後にした。
10階の超微生物研究室に戻ると、中の人々が相変わらずシャッターを叩いて助けを求めていた。
「ハンマーを持って来ました。危ないから下がっていてください!」
ジュードが叫ぶとシャッターを内側から叩く音が消えたので、彼はハンマーを振り上げ、思い切りシャッターの上に振り下ろした。凄まじい音が辺りに響き渡った。
ハンマーを持つ手がジンジンとしびれたが、シャッターには小さなかすり傷が付いただけで殆ど変化は無かった。
「嘘だろ?」
ジュードは何度もハンマーを振り上げ挑戦してみたが、壁と同じ白く無機質なシャッターは何の変化もはく、彼の前に立ち塞がっていた。
ジュードは疲れたようにハンマーを下ろして溜息を付いた。
「苦戦しているようだな。ミスター・マクゴナガル」
彼の後ろからやって来たヘレンはニヤリと笑うと、手に持っていたコードをシャッターの縁に取り付け始めた。
「この防災シャッターは2,000トンの水圧と1,500度の熱に耐えられるように出来ている。そんなもので叩いた位じゃびくともしないよ」
ヘレンは胸ポケットからライターを取り出すと、内側の人々にシャッターから離れるように叫んだ。
― ドン! ―
重々しい音と共にシャッターの周囲から煙が上がった。へレンが足で軽くけると、それはいとも簡単に向こう側へ倒れた。
「次は君の出番だ。ミスター」
目を丸くして立っていたジュードは、ヘレンの言葉にハッとしたように研究室から飛び出してきた人々の誘導を始めた。
28階に止まったエレベーターは、とうとう最後の誘導員達を乗せて上がっていこうとしていた。ケイコとユーコは最後になった自分の弟を振り返った。なぜかアズはエレベータのドアの外に立ったまま、じっと2人を見ていたからだ。
「何をしているの?早く乗りなさい、ケイ」
「俺はダメだ。教官とジュードがまだ下に居る。後で行くよ」
「馬鹿なことを言わないで!」
ユーコはアズの腕を掴むと無理やり彼を中へ引き込んだが、急に警告音が鳴り響いた。
「ほら、やっぱり定員オーバーだ。俺は下りる」
「ダメよ。だったら私が・・・」
代わりに出ようとしたケイコの腕を掴み彼女を引き戻した後、アズはエレベーターの“0”と“クローズ”のボタンを素早く押して閉まりかけたドアから外へ飛び出した。
「ケイ!」
扉の向こうで自分の名を呼び続ける2人の姉に、にっこり笑って手を振った。
「あいつと教官を連れて必ず戻る。後で会おう」
エレベーターの表示ランプが徐々に変化していくのを確認した後、彼はいつものように余裕たっぷりに呟いた。
「さて、そろそろ下も片付いている頃だな」
ジュードは息を切らしながら階段の表示を見上げた。壁に書いてある数字は18階を示していた。さっき10階で会ったヘレンとは、警備員室で見た被害の状況を伝えた後、別々に行動していた。
18階は被害も少なく人々は無事に逃げたようだ。ジュードが更に上へ行こうと階段室のドアを開けようとした時、後ろから誰かが声をかけてきた。
「君、SLSの訓練生かい?」
振り返ったジュードは驚いた。ウェイトマンがよれよれになったジャージ姿で立っていたからだ。
「ウェイトマン所長?他の人と一緒に逃げたんじゃなかったんですか?」
「私は所長だからね。船で言えば船長と同じだ。船と運命を共にするのが任務だろ?まあ、幸いな事に今回は沈まずに済みそうだがね」
彼は血色のいい顔で冗談っぽく笑った。
「もうこの階に人は居ないようだよ。僕もエレベーターに向かおう。君も・・・」
彼が一緒に行こうと言いかけた時、館内の天井につけられたスピーカーから聞きなれた(偉そうな)声が流れてきた。
『おい、ジュード。まだ手間取ってるんじゃないだろうな。さっさと教官を連れて30階の脱出口に来い。まだ残っている人間も来い。一気に海上に出るぞ』
ジュードは内心、彼の不遜な態度に苦笑いをしながら隣に居るウェイトマンを振り返った。
「・・・という事で、一緒に行きませんか?救助ボールに乗られるのは初めてでしょう?」
30階の脱出口の前でジュードが待っていると、シェランとヘレンが一緒にやって来た。ヘレンは男性所員を背中に担いでいる。爆音に驚いて寝台から飛び出した拍子に足をくじいてしまったという少しドジな男であったが、80キロ以上もある男性を担いで息一つ乱れていないのはさすがだとジュードは思った。
アズや最後まで残っていた警備員数人が既に救助ボールの中で彼等を待っていた。彼等が乗り込むと、すぐにジュードとアズが身体を固定するベルトを怪我人と「ちょっと、私は最後でいいわよ!」と叫んでいるシェランに巻きつけた。
全員の準備が整うと、ヘレンが救助ボールを外に排出するボタンの横で叫んだ。
「行くぞ!」
心の準備が出来るか出来ない内に物凄い勢いでボールは海の中へ吐き出され、一気に海上へ向かって上昇した。
「わぁぁぁぁぁっ!」
全員の叫び声がこだまする。
遠くから見たら海の中からバスケットボールが浮かんできたように見えるだろう。オレンジ色の球体がはねるように海上に現れたかと思うと、上部を覆っていたテントが勢い良く開き、半円形のボートに変わった。
頭の上を轟音をたててSEALやSLSのヘリが飛び交っているのを見て、救助ボートに乗っていた人々は大きく手を振り上げた。
ジュードの隣に座っていたウェイトマン所長が大きく溜息を付いて呟いた。
「初めて乗ったけど、もう二度とこれには乗りたくないなぁ・・・」
「オレもです」
ジュードも苦笑いを返した。