第6部 リーダー 【1】
9月に入ると、1年生達は全員揃って2年生に進級した。そして9月10日にはいよいよ新1年生が入学してきた。
新しい2年生達は自分達が受けた最終試験のような試験を、新入生がくぐり抜けてくるのかと思って内心ほくそ笑んでいたが、実は今度の1年も進級した3年生も卒業して行った先輩達も、彼等と同じ試験は受けていなかった。
どうやらあの試験はシェランやクリスという若い教官が入ったので、一度こんな試験をやってみたいと思っていた校長が、他の教官の反対を押し切って実行したテストらしく、校長の趣味とわがままから始まった計画であった。
シェランとクリス、ぎりぎりロビー・フロストも受験生として入り込めたが(ロビーは最初の自己紹介の時、37歳の分際で29歳と言ったそうだ。生真面目なくせにとんだ大嘘つきである)他の教官達は皆40歳を超えているので、受験生の中に混じって試験を受けるには無理があった。そこで操船課や他の課の教官まで借り出して、大掛かりな計画を立てた。
何とか試験は生徒の誰にもバレずに成功したわけだが、最終試験とはいえ、時間や経費が掛かりすぎたのと、受験生に危険が及ぶかもしれない事、そして何より生徒を騙すのはやはり気が引けるという事もあり、あの試験はジュード達の代、たった一度きりで終わってしまったのだった。
後から知ったのだが、ライフシップの場所は常に衛星によってSLSの本部に知らされていたし、船の中にも厳正なる試験判定の為に、ビデオカメラがあちこちに備え付けられていたらしい。それを聞いた時、訓練生達は入校式で見た校長の顔を思い浮かべ、何て白々しいタヌキ校長だと思った。
とはいえ、受験して合格したジュード達にとって、あの実地試験はとても思い出に残るものであった。今から入学する学校に騙されていたと知った時はショックだったが、そのおかげでチームの絆が強くなったのも確かだ。彼等にとってあの最終試験は、SLS史上に伝説として残る名試験なのであった。
9月も後半になると、新2年生の間ではリーダーが誰になるのか囁かれるようになる。Cチームは一番年上で成績優秀な潜水課のジーン・ハリスがほぼ決定だと言われていた。
Bチームは以前からしのぎを削っている、潜水課のヘンリー・グラハムかザック・ニコラウスのどちらかが選ばれるだろうとBチームの大半は思っていた。そしてAチームは・・・・。
「別に誰でもいいなぁ。Aチームの仲間なら」
ジュードが呑気そうに言った。
「でもエバがリーダーでキャシーが副リーダーだったら、ちょっと怖くないか?」
ジェイミーがニヤッと笑いながら、声をひそめて言った。
「あはははっ、それ、面白いかも」
「冗談だろ?毎日キーキーッ、キャーキャー、大変だぞ」
ネルソンが青い顔で答えるとみんな大笑いした。どうやらAチームはジュード以外も呑気者のようである。
シェランがいつものように潜水の授業を終えて浜から戻って来ると、クリスが学校につながる階段の上に座っていた。どうやらシェランを待っていたようだ。
「どう?そっちはほぼ決定?」
シェランはクリスがリーダー選定の事を言っているのだとすぐに分かった。
「さあ、どうかしら。私は一応メンバーに確認を取ってみるつもりよ」
「そうか・・・」
シェランの迷いの無い表情に、クリスはうつむきながら答えた。
この時期、一番教官を悩ませるのもリーダー選定であり、それによって良い状態だったチームに亀裂が入ったりするので、実の所、教官達はみな憂鬱であった。シェランはクリスの横に座ると「迷っているの?」と言いながら彼の顔を覗き込んだ。
「ヘンリーもザックもどちらもいい物を持っているんだが、いかんせんライバル心が強過ぎてね。どちらか一方をリーダーにして、一方を副リーダーにすると・・・どうなるか手に取るように分かるだろ?」
「Bチームは分裂する」
クリスは溜息を付きながら頷いた。
「せっかく今、いい雰囲気なんだ。出来れば壊したくない・・・」
ヘンリーとザックはどちらも潜水課なのでシェランは彼等の事を良く知っていた。表面上は全く性格も違うし似ていないのだが、彼等の実力は正に5分と5分であった。実力が似ているからこそ相手を牽制するのだ。
「せっかく2人とも良いものを持っているんだもの。それを生かさない手は無いわ」
シェランは立ち上がると、いつものクリスからは想像も出来ないほど悩んでいる彼の顔を見つめた。クリスにとっても、初めて担任になったチームは思い入れが深いのだろう。
「名案があるわ。いっその事、2人になってもらったらどうかしら」
「は?そんな事をしたら、とんでもない事になるぞ。救助現場で一方は右、一方は左って言ったら、下の者はどうすればいいんだ?」
シェランは腰をかがめてクリスの瞳を覗き込んだ。
「どうすればいいのかは、あなたが一番良く分かってるんじゃない?決めるのはリーダーだけじゃないのよ」
シェランは彼に笑い掛けると、シャワーを浴びる為、本館の階段を上がって行った。颯爽と去って行くシェランの背中を見送ったあと、彼はもう一度溜息を付いて海を見つめた。
「決めるのはリーダーだけじゃない・・・か。じゃ、やっぱりあいつに犠牲になってもらうしかないんだな・・・」
10月に入ると、ジュード達が待ち望んだ実地訓練が始まる。いよいよ機動ヘリに乗って空を飛んだり、リベリング装置を使っての降下訓練が始まるのだ。
その日、A、B、C三つの2年生チームの機動メンバーは、白と紺のツートンカラーのヘリの前にオレンジ色のツナギを着て集合した。今日は実際にはヘリで飛ばないが、ヘリの中に付属している色々な装置についてロビーから説明を受け、リベリング装置やホイスト装置にも触ったり、心電図伝送装置やヘリテレビ等も実際に動かした。
ヘリの中は思っていたよりずっと広く、救助した人々を寝かせる寝台等もあり、次の授業でいよいよこれに乗って飛べるのかと思うと胸が膨らんだ。
「ああ、早くリベリング降下がしたいなぁ・・・」
「俺、ホイスト降下もしてみたい」
「ヘリテレビって思っていたよりでかいなぁ」
「あれで上空からの映像をSLSに送るんだろ?カッコいいよな」等と、機動の男子の最近の話題はずっとこんな風である。
一方潜水課は深海作業訓練に入っていた。
ライフセーバーの任務は第一に人命救助であるが、第二に私的私有財産の保護という項目が入っている。例えば海洋研究に使われる無人探査機などが事故で海底に沈んだ場合、それを引き上げる為のウィンチの取付けをするのは潜水士の仕事だ。それゆえ、海の中で長時間作業するのに慣れなければならないのである。
彼等の話題はもっぱら今日は何フィート潜れたかや、何時間水中で作業できるかであったが、その話題の中でいつもトップを走っているのはキャシーであった。一時は水圧の壁に阻まれたが、一度それを克服してからは、ぐんぐんと記録を伸ばしていた。
「凄いな、キャシー。もう200フィートを越したんだって?」
「230フィートよ」
男子達がワーッと歓声を上げると、彼女は自分の記録を言うより、もっと自慢げに語った。
「何を驚いているの。シェラン教官なんか、最高で970フィートまで潜った事があるのよ。もちろん深海作業用の潜水服を着てだけど、SEAL(米海軍特殊部隊)のトップダイバーもさじを投げたんですって」
それはもうトップダイバーと言うより化け物の域では・・・と彼等は内心思ったが、そんな事を口に出したらシェランを崇拝しきっているキャシーに、潜っている最中に恐ろしい事をされそうなので、誰も口にはしなかった。
又、一般の訓練生は消防艇での訓練に励んでいた。
「放水用意!」
一般の教官であるクリスの号令で、放水口を目標物に向ける。今はリモートコントロールで行なうが、いざという時の為に手動の訓練もするのだ。
「放水開始!」
凄まじい勢いで、太さ30センチの放水口から横向きに水が吹き出る。これはもちろん角度を変えることが出来るので、上からの消火も可能だ。消防艇は直接海から海水をくみ上げて消火が出来るので、消防ヘリよりも現場に駆けつける速度は遅いが、火災が沈下するまで放水し続ける事が出来るという利点があった。つまり海上の火災は一般の救難士が一番活躍できる現場なのである。
一般と言えば、近頃エバは非常に不機嫌であった。それと言うのも、夏休み前に受けた二級海技士の試験に落ちてしまったからだ。
この試験に合格すれば、一等航海士という称号が与えられるはずだった。そしてその後の一級海技士の資格を取れば、いよいよ狭水道操船や離着岸操船、航路の選定を行なう船舶の総責任者、つまり船長になれるのだ。
しかし、そこまでの道のりは非常に厳しく、専門的に操船課の授業を受けている者でさえ、まだ三等航海士の資格しか持っていない者もいる。エバの険しい道のりはまだまだ続きそうだ。
一方、技術装備課の授業を選択しているノースとハーディは、エバと同じく夏休み前に受けた機関の資格試験で、三級海技士の資格を得た。
これは機関部では三等機関士と呼ばれる職務になる。重に機関の運転や補機の担当だが、1/E(一等機関士)の雑用なども含まれる。機関部では操機長(No.1 Oiler)の上くらいだろうか。
いずれにせよ、彼等も機関長と呼ばれる機関部総責任者への道のりはまだまだ遠いようだ。
「チェンジャーかぁ。卒業までになれるかな」
ハーディが機関の教科書を広げながら呟いた。
「俺、機関は3/Eでいいや。それより通信長になりたい」
「通信の一級海技士試験、凄く難しいんだぜ」
「でもやってみる価値はあるだろ?」
そんな夢を語り合っているノースとハーディを見ていると、益々悔しくて腹が立つエバであったが、ふとある事を思い出した。
「そうだ。こういう時はジュードで遊んでやろう」
彼女はニヤッと笑うと、彼が居そうな食堂を見に来た。案の定、食事を終えて楽しそうに機動の仲間と語り合っている。エバは何食わぬ顔をして彼等に近付いた。
「あら、近頃随分仲がいいのね。機動のみんな?」
エバが周りを見回すとAチームだけでなく、BやCチームの機動も居た。
― これは好都合だわ ―
エバは内心ニヤッと笑った。
「エバ。良かったら座れよ」
ショーンが席を勧めてくれたが、彼女はにっこり笑って首を振った。
「ううん。今日はジュードに用事があって・・・」
「え?オレ?」
びっくりしたように自分を見上げた彼に、エバはムッとした。
― すっかり忘れているわね。この少年は・・・ ―
「ええ、ジュード。まさか忘れてないわよね。私との約束」
「え?約束・・・?」
全く身に覚えの無いジュードの顔を見て、エバは更にムッとした。これは談話室の缶ジュースどころでは済ませられない。
「酷いわ。オレの頼みを聞いてくれたら、何でも奢ってやるって言ったじゃない」
「え?な、何でも・・・?」
途端にそこに居た仲間たちは沸き立つと、ジュードを質問攻めにし始めた。
「何だ、お前。2人でそんな約束してたのか?」
ジュードが次の言葉を繰り出す前に、Bチームのロバート・メイヤンが身を乗り出した。
「デートならエスパニョーラ・ストリートのタラーテって店、お薦めだぜ」
「デ、デート?」
訓練の時、年の割には落ち着いているジュードが、真っ赤になってオロオロしているのが男友達には面白くて仕方がなかった。
散々ジュードをからかった後、勝手に次の日曜日に2人でデートする予定まで決められてしまった。これはもちろん、エバの思惑通りの結末である。
寮の部屋に戻ったジュードは、疲れ果てたように長い溜息を付くと、デスクの上に肘を付いて頭を抱え込んだ。確かにエバには、日頃色々世話になっている。断られたが、操船課の教官、ノイス・ベーカーも紹介してもらったし、マックスの件でももちろんそうだ。シェランに借りたプレジャーボートも、にっこり笑って操船してくれた。
だから当然お礼なら、マイアミの高級レストランだろうがなんだろうが、連れて行ってやりたいのは山々だった。山々ではあるが・・・・いかんせん先立つものが無い。ジュードの手元にある貯金は、後2年、この訓練校で過ごすのにギリギリの金額であった。
「はぁぁぁっ、どうすればいいんだろう・・・」
壁に向かって溜息を付いていると、背中から声が聞こえた。
「珍しいな。お前が悩み事なんて・・・」
珍しいのは彼の方だ。アズから話しかけて来たのは初めてではないだろうか。
「色々物入りなんだけど、先立つものが無くってさ。ああ、貧乏って辛いなぁ・・・」
「金がいるなら稼げばいい。教官に許可を貰ってアルバイトでもするんだな」
「え?バイト?してもいいの?」
ジュードは目が覚めたように顔を上げた。
「お前、校規を読まなかったのか?事情がある場合は教官に申し出ろと書いてあっただろう」
校規とは訓練校の規則集の事である。確か入校式の日に紺色の表紙の分厚い冊子を貰ったが、パラパラとめくって中身は殆ど読まないまま、たぶん机のどこかで眠っているはずだ。
「アズ!ありがとう!」
ジュードはいきなりアズに抱きつくと、足音を響かせながら部屋を出て行った。
「だからいちいち抱きつくんじゃない!この熱血感動少年が!」
アズが硬直したように叫んだ時、彼はすでに寮の出口を出て行った後であった。
ジュードはシェランの教官室の前に立つと、待ちきれないようにノックの代わりに叫んだ。
「シェラン、シェラン、シェラーン!」
シェランはムッとしながらドアを開けると「誰がシェランよ!ちゃんと教官と呼びなさい!」と怒った顔で出て来たが、ジュードはお構い無しに彼女の脇をすり抜け、教官室に入るなり嬉しそうに叫んだ。
「シェラン、アルバイトの許可くれよ。バイトするんだ!」
「バイト?何の為に?」
「金が要るからに決まっているじゃないか。大体この学校、経費がかかり過ぎるよ。食堂代もバカにならないし、中学、高校と必死にバイトして稼いだ金、ぜーんぶ入学金と授業料に飛んじゃって、缶ジュース買う金も無いんだぜ」
シェランにはジュードの家庭事情は良く分かっていた。きっと彼の事だ。たった一人の母に苦労をかけないように、本当に入学金も授業料も全て自分で賄ってきたに違いない。
「いいわよ」
「ホント?良かった。駄目って言われたらどうしようかと思った」
駄目と言っても絶対押し切るくせに・・・と思いつつ、シェランは椅子の後ろにある書類ケースから一枚の用紙を取り出した。それはアルバイトの許可申請書で、名前、学年、所属課、アルバイトをしたい理由などを書いてチームの教官に提出する。教官がサインした後、訓練校から許可が下りれば手続きは完了である。
ジュードは申請書に急いで必要事項を書き込むと、彼女の机の上に差し出した。シェランは書類にさっと目を通すと、にっこり笑ってジュードを見上げた。
「但し、ジュード。もし少しでも成績が下がったら・・・どうなるか、分かっているわよね」
「へ・・・・?」
シェランの教官室を出てきたジュードは複雑な顔をして呟いた。
「もし成績が下がったら・・・何をされるんだろう・・・?」
次の日授業を終えたジュードは、すぐにアルバイトを決めてきた。マイアミのスポーツクラブの中にあるプールの監視員だ。SLSの訓練生と言ったらすぐに雇ってもらえたし、授業で疲れ切っている彼には、事が起こらない限り座っていられるので、もってこいのバイトだ。毎日授業が終わってから夜11時までと、日曜の休みの一日中はバイト三昧である。
バイトが決まってすぐジュードはエバの携帯を鳴らした。週末の約束を一ヶ月延期してもらう為だ。一ヶ月も頑張れば、充分エバに満足してもらえる食事を提供できるであろうと思ったからだが、彼女が気にするといけないのでバイトの事は伏せておいた。
ジュードからの電話を「うん、分かった」と言って切ったものの、エバの表情は冴えなかった。キャシーが心配して彼女の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?誰から?」
「ジュードから。日曜の約束を一ヶ月延期して欲しいって・・・」
「ええ?まさかあいつ、約束を反故にするつもりじゃないでしょうねぇ」
キャシーは気のない振りをしながらも、エバがジュードの事を少なからず思っているのに気付いていた。もしそんな事をして女心を踏みにじったら、キャシー流天罰をお見舞いしてやろうと思っている。
「絶対、約束は守るからって・・・言ってたけど・・・」
「なあんだ。じゃ、大丈夫よ。あいつは絶対って言った約束は男として守るわ。良かった。一ヶ月もあれば、充分素敵なドレスを選べるわね」
キャシーの言葉にエバはびっくりしたように叫んだ。
「はあ?何言っているの?デートじゃないんだから、TシャツとGパンで充分よ」
「おお、エバ・・・・」
キャシーは大げさに首を振ると、彼女の両腕を掴んだ。
「あなた、まさかそんな格好で夜のシティーを歩くつもり?そんなのママは許しませんよ」
「あんた、いつからあたしのママになったのよ」
一週間も経つとジュードはバイトに随分慣れてきたが、休日が全く無い事に少々参っていた。
いくら座っていてもいいと言っても、人の命が掛かっているので監視員は気が抜けないし、もし誰かが溺れたら『走る』『泳ぐ』『助ける』という疲れる作業が待っている。会員の中にはお年寄りも多いので、時々足がつったりする人も居るのだ。おまけに成績を少しでも下げると、シェランからどんなお咎めがあるか分からないので授業も気が抜けない。
もちろんヘリでの実地訓練も始まっていて、降下訓練などは一瞬の油断が命取りになりかねない。慣れない彼等は常に神経を尖らせていなければならなかった。
近頃日曜日も朝早くから出かけるし、夜も食事が終わったらどこかへ行ってしまって、益々付き合いの悪くなったジュードに我慢が出来なくなったショーンは、事情を問いただす為、バイトから帰って来た彼を寮の入り口で捕まえた。
実の所ジュードは、親友のショーンにも他の誰にも、貯金が殆ど無い事を言ってなかった。付き合いが悪いと思われても仲間から同情を買うのは嫌だったし、気のいい彼等はカンパしようとするかもしれない。だがジュードはそれだけは絶対に嫌だった。仲間とはいつだって対等で居たかったからだ。
ショーンは訳の分からない顔で「何を怒ってるんだよ」と聞いてくるジュードを無視して、無言のまま自分の部屋に引っ張ってきた。中にはAチームの男子が全員揃っていて、しかもみんな顔が一様に怒っているので、ジュードは何かやってしまったのかと思い、ぎょっとした。
「単刀直入に聞くぞ、ジュード」
情報通のネルソンは、いつもさわやかな笑顔と声で相手からうまく情報を収集する。今日も彼はにっこり笑ってジュードに顔を近付けた。
「お前、女が出来たのか?」
「は?」
ジュードは一瞬彼が、何の事を言っているのか分からなかった。
「酷いよ、ジュード。親友の俺にも秘密なんて。シェラン教官の事はもういいのか?」
ショーンは真剣な眼差しだ。
「ジュード。エバの事はどうするんだ」
マックスも身を乗り出してきた。
「ちょ、ちょっと待て。お前等、何訳の分からないことを言っているんだ?」
どうやらジュードが毎晩出かけているのは、恋人に会っているからだと思ったらしい。遊びを知らない彼がいきなりそんな行動をするようになったのは、それ以外に無いと彼等は決め付けていた。ジュードはしょうがないなあ、という顔をして大きく溜息を付くと、ショーンの隣に座って事情を話し始めた。
12歳で父親を亡くしてから、生活がとても苦しかった事。だがどうしてもSLSに入隊したかったので、13歳の頃からずっとアルバイトをして、その金でここに入学した事。そして最後に彼は、信頼する仲間にこう付け加えた。
「ずっと話さなくてごめん。でもみんなに心配は掛けたくなかったんだ。それに正式隊員になったら今まで我慢した分、みんなと付き合えると思って・・・」
ジュードの話を聞いたショーンは、何不自由なく生まれ育った自分を恥ずかしく思った。彼にはクリスマスや誕生日には必ず両親から豪華なプレゼントが贈られるし、毎月有り余るほどの仕送りも貰っている。だが親友は13歳の時から働いていたのだ。
時々俺達が「遊びに行かないか?」と誘うのを色々理由を付けて断るたび、彼はどんな思いでいたのだろう。日曜ごとに仲間と楽しそうに出かける俺を、どんな気持ちで見ていたんだろうか。遊びたくないはず無いじゃないか。まだ10代なのに・・・。
「ごめん、ジュード。俺、親友なんて言って、お前の気持ち、何にも気付いてなかった。ホントにごめんな」
「謝るなよ、ショーン。えーと、来月にはさ、バイト代が入ってくるから、そしたらみんなで飯でも食いに行こう。割りカンでな?」
ここは親友同士にしておこうと、マックス達は部屋を出てきた。
「道理で年より老けているはずだぜ。あいつは・・・」
ネルソンが呟くと、サムが「俺なんか実家に電話する時は、金送ってくれしか言わないぜ」と笑った。
しばしの沈黙の後、ジェイミーが前に走り出て振り返った。
「・・・という事で、来月のエバとのデートは絶対に成功させよう」
「そうだな。出来れば大佐とデートさせてやりたかったが・・・」
「それ絶対無理。それに一緒に居ても、姉と弟にしか見えない」
「だよなぁ・・・」
どうやらジュードのおせっかい菌は、Aチーム全員に感染しているようである。