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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第5部 火災 【3】

 マックスが目を覚ますと、ジュートとエバが並んで自分を見下ろしていた。ただ黙って微笑んでくれた2人を見て、思わず泣き出しそうになった彼は、消えるような声で「ごめん・・・」と呟くと布団にもぐりこんだ。


 ジュードは唇をぎゅっと噛み締めると、大きく息を吸い込み立ち上がった。まだシェランは教官室に居るはずだ。




 本館3階にある彼女の教官室のドアをノックしても返事は無かった。


「シェラン?」


 ジュードがそっとドアを開けて中を覗くと、彼女はじっと窓の側に立って外を見ていた。もう外は真っ暗で海も空も何も見えないのに、彼女は何を見ているのだろうか・・・・。


 ジュードが近付くと、窓に彼の姿が映ったのに気が付いてシェランが振り返った。


「マックスは・・・?」

「今、気が付いた。エバが側に付いているよ」

「そう・・・・」


 そのまま彼等の間に沈黙が流れた。きっとシェランはオレがここに何を言いに来たか分かっているだろう。そして、その答えはきっと「NO」なんだ。それでもジュードは言わずには居られなかった。


「あと、2週間。2週間有ればきっと何とかなる。もう少し時間を、オレ達に時間をくれ、シェラン」

「2週間経ったらあなた達は2年になっているわ。彼はもう居ないのよ」


 静かな声でシェランは答えた。


「オレ達の仲間なんだ。頼むよ、シェラン。仲間を失いたくないんだ!」

「私の生徒よ!」


 詰め寄ってきたジュードにシェランも叫んだ。


「私が彼を退学にする事を願っていると思う?私の口から出て行けなんて・・・言いたいと思うの?」


 ジュードはうつむいてシェランから目を逸らした。彼女がどれ程チームの事を思っているか、そんな事はAチームの人間なら誰でも知っている。今回の件で一番悩んでいるのも・・・・。


「SLSの決定なの。私にはどうする事も出来なかったの・・・・」


 涙を押し殺すようにシェランは言った。力の無い自分が悔しかった。初めて受け持った自分の生徒を守れなかったのだ。


 痛々しいほど肩を震わせているシェランを見て、ジュードはもうこれ以上彼女を苦しめる事は出来ないと思った。


― どうすればいい?後2日で、オレ達に何が出来る? ― 


「明日・・・もう一度だけ、チャンスをくれないか。それで駄目なら諦める」

「何をする気なの?」





 この2ヶ月間、ジュードはマックスと色々な話をした。消防レスキューになる前の事。そしてファイヤー・ファイターと呼ばれるようになって、どれ程それを名誉だと思っていたか・・・。


 ジュードはゆっくりとマックスがどんな人間か分かっていった。そして彼の良い処も悪い処も、全て含めて理解したいと思った。ずっと仲間で居たいと思ったから・・・。


「あいつは、消防レスキューをやっている時、ファイヤー・ファイターという名誉の為だけに任務についていた。だけど、ライフセーバーに名誉も栄光も必要ない。ただ人を助ける為、命を救う為だけにオレ達は在るんだ。それをあいつに理解させる。本当の火災現場で」


「危険過ぎる。許可は出来ないわ」


 シェランはジュードの真っ直ぐな瞳に、耐えられなくなったように横を向いた。


「シェラン。ケインの時はあいつが潜水士だったからシェランに任せた。だけどマックスは機動だ。機動には機動のやり方がある」


「あなた達は機動救難士じゃない。プロから見れば、卵から孵ったヒナのようなものよ」

「それでもオレは、あいつと一緒に飛びたいんだ!」




 シェランは「全くあなたは・・・」と呟くと、困ったように彼の瞳を見つめた。いつもそうなのだ。ジュードは自分の為に、こんなに必死になったりしない。いつも彼は他人の為に必死なのだ。だから周りの者も彼に説得されて、つい協力してしまう。


 だがシェランはそれに乗ってはいけないと分かっていた。自分は教官なのだ。いつも冷静に事の善し悪しを判断しなければならない。生徒に危険が及ぶ事を承認は出来ないのだ。


 しかし、今のジュードの瞳を見ていると、とても自分の力では止められそうに無いと思った。きっと彼は仲間の為なら、どんな深い海の底でも熱い炎の中でも飛び込んで行くだろう。


「あなた達に何かあったら・・・私の方が死んでしまうわ」


 ジュードはくすっと笑うと、うつむいたシェランの顔を覗きこんだ。


「シェランに心配はかけるかも知れないけど、決して泣かせるような事はしない。それに万全の体制は取ってくれるんだろう?」


― 全く、憎たらしいんだから・・・ ―


 そんな顔でシェランはジュードを見上げた。






 次の日の朝早く、マックスは出て行く準備を始めた。退学と決まった以上、一刻も早く去って行くのが潔いだろう。彼はここに来る時に持って来た二つのボストンバッグの内の一つに、机の上のノートや教科書を詰め始めた。


 別にもう必要の無いものだが、置いて行ってもショーンが片付けさせられたら悪いし、仲間に自分の物を捨てられるのは辛かった。


 愛用のペンは、以前レスキューで3人の子供を救った時に送られた、市民栄誉賞に付属で付いてきたものだ。彼は寂しそうに笑ってそれを見つめた後、ショーンの机の上に置いた。これはライフセーバーとして生きて行く彼にこそふさわしいだろう。



 最後に服を詰めようとクローゼットのドアを開けると、真っ先にオーシャンブルーのツナギが目に入った。何かの式典の時に着るツナギだ。もし無事にここを卒業していれば、最後の卒業式の日にもこれを着る。


 左胸にある金色の糸で刺繍されたSLSの文字を、彼はゆっくりと指で辿った。頭の中にAチーム全員がこれを着て、誇らしげにライフシップの前に並んで立っている姿が浮かんだ。みんなと笑顔を交わしながら自分もその中に居る。そしてシェランがこれもまた特別な式典の時に着る真っ白なSLSのスーツを着て、彼等の前に立ち、こう言うのだ。


「みんな、良くやったわ。卒業おめでとう!」


 彼はぎゅっとその服の袖口を握り締めた後、自分の私服をハンガーからはずし始めた。

 



 ドアをノックする音がしてジェイミーが入って来た。後ろからネルソンとショーン、最後にジュードが入って来た。


 彼等はマックスが出て行く支度をしているのを見て、一瞬黙り込んだので、マックスはなるたけ平気そうな顔をして笑った。


「明日だとみんな帰って来てしまうだろうから、その前にと思ってな・・・。見送りはいいぜ。どうせシカゴの実家に帰るだけだから・・・」


 プライドの高いマックスの事だ。こんな不名誉な辞め方をする自分を見送って欲しくはないのだろう。


「なあ、マックス。その前にもう一度俺達と船に乗らないか?大佐が機動だけで行っておいでってボートを貸してくれたんだ。エバが操船してくれるって」


 ジェイミーの言葉にマックスは少し迷っているようだったので、ネルソンが彼の肩を掴んで微笑んだ。


「行こうぜ。まだ時間はあるだろう?さっき見たけど、すっげえプレジャーボートなんだ。きっと乗ったらもっとびっくるするぜ?」

「マックス、行こうよ。な?」


 反対側からショーンも彼の肩を掴んだ。ジュードの顔を見上げると、彼が微笑みながら小さく2度頷いたので、マックスも微笑みながら頷き返した。




 ボートは以前一度、ジュードがシェランと共に乗ったプレジャーボートだ。機動のメンバーはボートに乗った途端、ジュードと同じようにあっけに取られた。


「すげぇ・・・」

「これ、大佐の私物?」


 ブリッジに入るとSLSのライフシップにも積んでいない装置がずらっと並んでいて、ジェイミーもネルソンも嬉しそうに叫んだ。


「わーっ、凄い!最新型の総合ブリッジシステムだ!」

「以前クリスが言ってたデルタス(災害緊急ロジスティックス遠隔治療高度衛星システム)じゃないのか?これ」

「じゃ、このボート、フランス製かな」


 ネルソン達がずらっと並んだ計器の前ではしゃいでいると、エバが大声で怒鳴った。


「ちょっと、あんた達!勝手に触るな!何千ドルもするんだからね!」

「いいじゃないか。ちょっとくらい」

「駄目ったら駄目!」


 そんな仲間達を見て、マックスとジュードは顔を見合わせて笑った。




「さあ、行くわよぉ!」


 元気のいいエバの掛け声と共に、船は見事なスピードで港を離れた。波を切り裂きながら進むボートの縁につかまって、強い潮風に目を細めながら、彼等はボートの進む方向に目を向けた。ジュードはくせのある黒髪が風のせいで頬を打つのを手で防ぎながら、隣のマックスに叫んだ。


「来て良かっただろ?マックス!」

「ああ!」




 一時間近く経った頃エバは船を止め、ジュード達は釣りを始めた。


「エバ!大物を釣ったら調理してくれよ!」

「嫌よ!私は食べるの専門なんだから!」


 エバはデッキの中から叫び返した。


「チェッ、やっぱり教官が来てくれた方が良かったなぁ」

「何ですって?ジェイミー、もう一度言ってごらんなさい!」

「わっ、聞こえてた」




 仲間の楽しそうな笑い声を聞いていると、マックスはもうあと少しで彼等と離れなければならない事が信じられなかった。こんな風にもう二度と彼等と仲間として笑い合うことは無いのだ。そう思うと、この一年間、彼等と過ごして来た日々を思い出さずにいられなかった。




 訓練は厳しかったが、それ以上にファイヤー・ファイターを目指していた頃と同じような充実感を得られた。決して負けているとは思わないのに、何故かジュードには勝てなくて、それが悔しくて葛藤した時もあった。いつも仲間に囲まれているジュードを妬むより、何故自分から彼等の中に入って行かなかったんだろう。


 海が太陽の光を反射して眩しく周りを包み込んでいるのに、後悔ばかりが彼の心を締め付けた。ファイヤー・ファイターを辞めた時もそうだった。ランディや沢山の同僚達が心配して何度も訪ねて来てくれたのに、俺は会おうともしなかった。


 あの時彼等の気持ちを、どうしてもっと考えられなかったんだろう。今やっとその事に気付いたのに、こんなにも一緒に居たいと思う仲間を失うのは、その報いなのだろうか・・・。

 



 暫くしてエバが様子を見に来たが、彼等の収穫はネルソンの釣った小魚一匹で、彼女はそれを見ておなかを抱えて笑った。


「おかしいなぁ、オレ、昔よく釣りに行ったのに・・・」


 ジュードが愚痴をこぼした時、ブリッジから何かの電子音が響いてきた。


「船舶電話だわ」


 エバが言うと、ネルソンが「俺が出る」と嬉しそうにブリッジの中に走って行った。他の者も誰からか興味があったので、ネルソンの後を付いて行った。受話器の向こうから響いて来た声にネルソンは「大佐からだ」と仲間に合図した。


「ハロー、こちらネルソンです。こっちは快調ですよ。教官も来れば良かったのに」


 にこやかに話していた彼の顔が急に強張って、受話器を耳から離した。


「聞いてる?ネルソン。要救助船はあなた達のすぐ側に居るけど、本部の救助隊が向かっているから、あなた達は決して手を出しては駄目よ。いいわね!」


 それだけ言うとシェランは電話を切ってしまった。


「え?何?遭難している船でも居るのか?」


 ジェイミーの質問に、ネルソンが受話器を置きながら答えた。


「ああ。ちょっと行けば見えるらしい」

「じゃあ、助けに行かなきゃ。SLSからじゃ1時間は掛かるぜ」


 ショーンの意見にジュードは首を振った。


「駄目だ。教官は待機しろと言ったんだ。それにヘリなら20分も掛からないよ」

「でも俺達はライフセーバーだぜ?こんなに近くに居るのに・・・」


「ライフセーバーじゃない。訓練所の1年生なんてプロから見れば素人同然だ。教官が動くなと言う限りは、オレ達には手に負えない事故なんだ。それにここには・・・・」


 ジュードはふとマックスを見上げた後、目を逸らして言葉を切った。だがマックスにはその先の言葉が手に取るように分かった。


― ここにはもう退学して、仲間じゃない奴も居るんだ ―


 それは彼が今一番認めたくない言葉だった。例えそれが本当の事だったとしても、それを仲間に言われるのは何よりも恐ろしかった。


「俺はまだお前達の仲間だ。だからお前等が行くんなら俺も行く。ジュード。俺はお前の、このAチームの、機動の仲間だよな!」


 ジュードはじっとマックスの顔を見つめながら、自分の後ろに立っているエバに言った。


「エバ、要救助船の位置は分かるか?」

「もちろん。そう言うと思って、とっくに掴んでるわよ」


 エバは片目を閉じて笑った。


「よし。救助に向かおう。ライフプレサーバーは廊下のボードに全て揃っている。それに・・・」


 ジュードはマックスと仲間を見回してニヤッと笑った。


「オレ達5人が揃えば、最強の機動救難士候補生だ!」

「おう!」




 エバの言葉通り、プレジャーボートが船首を翻して向かった先に、要救助船はすぐに見つかった。救助信号を挙げている大きな商船だったが、その船上は既に火の海であった。


「これは・・・本当に俺達の手に負えないんじゃ・・・」


 自信を失くしたようにショーンは呟いた。教官が居るのと居ないのとでは、こんなにも心の持ちようが違うのだと初めて知った。呆然とした表情で船を見つめる仲間達に、ジュードは奥のボードから5人分の防火服を出して来て、彼らに手渡した。


「行くんだろ?中に助けを求めている人が居るんだ」

「でも・・・マックスが・・・・」


 マックスは以前の訓練も忘れてしまったように、青ざめた顔で炎の吹き上がる船を見ていた。


「マックス!」


 強く腕をつかまれて、彼はハッとしたように我に返ると、ジュードの顔を見つめた。


「お前はオレ達の仲間だと言った。だったらオレ達に付いて来るよな」


 彼はどうしていいか分からず、唇を震わせた。


「でも、俺・・・又倒れたら・・・」

「倒れたらオレがお前を担いで歩く。どんな事があっても、お前を見捨てたりしない。絶対に側に居る」

「でも・・・俺は・・・」


 マックスはさっき自分が言った言葉も忘れてしまった様に、ジュードから目を逸らした。


「マックス!オレ達は何の為に居るんだ?何の為に人を助ける?名誉の為か?ライフセーバーという名と誇りの為か?」


 ジュードは彼の震える肩を掴み、もう片方の手で燃え盛る船を指差した。


「違うだろう!あそこに助けを求める人が居るから行くんだ!オレ達が毎日必死に訓練し、それに耐えているのは、ライフセーバーとただ呼ばれる為じゃない。助けられる命を救う為に、その為だけにオレ達は存在するんだ!」


 そう叫ぶとジュードは再び船内に戻り、鉄製のライフラインを持って来て、それを二つのライフベルトに繋ぎ、大きな手錠のようなものを作った。そして片方をマックスの腰に取り付け、もう片方を自分の腰に巻きつけた。


「ジュード、一体何を・・・?」


 マックスはおろおろしながらジュードのやる事を見ていた。


「言ったろ?絶対に離れないって。オレが先に行く。マックスはオレに付いてきてくれ。お前の後ろにはこの3人が居る。オレ達がお前の前と後ろに居るからな」


 ジュードはマックスに笑い掛けると、エバに船を商船のタラップに出来るだけ近づけるよう頼んだ。

 


 ゆっくりとボートがタラップに近付き止まるのを、マックスはただ呆然と見ていた。もう炎に対する恐怖は克服したはずなのに足が震えてきそうだ。隣に居るジュードがじっとタラップを見つめながら呟いた。


「マックス。オレが怖くないと思うか・・・?」


 自分の手首を握った彼の手がわずかに震えているのに気付いた時、マックスはジュードが自分より5つも年下なのだという事を思い出した。そうだ。彼もショーンもまだ18歳なのだ。ネルソンも22歳。ジェイミーも20歳。みんな自分より年下で、しかもまだ本当の火災現場など殆ど経験したことも無い、全くの素人なのだ。


 それでも彼等は行くと言う。名誉の為でも誇りの為でもない。ただそこに救うべき命があるから・・・。


 この時初めてマックスは、自分が何を求めて消防レスキューをやっていたのか思い知った。ファイヤー・ファイターと呼ばれる名誉・・・。そんなものの為に俺は走っていた。だからランディは言ったのだ。


― マックス、いずれお前にも分かる。本当のファイヤー・ファイターが何なのかが・・・ ―




「行くぞ!」


 ジュードの声にマックスはタラップに飛び降りた。ジェイミー達も後に続いた。駆け上がった船の上は既に炎の海だった。船内はきっと酸素マスクを付けていなければ5分と持たないだろう。


 こんな状態で生きている人間が居るのだろうか・・・。マックスは思ったが、ジュードは既に走り出していた。彼等の体につけられたライフラインは3メートルほどの長さしかないので、マックスもすぐに後を追った。


 走り出してはみたものの、炎の熱さと力は予想よりずっと強大で凄まじいことにジュードは気が付いた。いや、分かっていたはずだったのだ。こんな所に仲間を連れてくるのがどれ程危険なのか・・・。




 さっきマックスの腕を掴んだ時、震えていたのは炎に対する恐れではなかった。自分の考えが甘かったせいで、もし仲間の誰かを失うことになったら・・・。ただ1人の仲間を引き止めたいが為に、皆の命を危険に晒してもいいのだろうか。そう考えるとタラップに飛び降りる勇気が持てなかったのだ。


 だが彼は走り出した。自分を信じて付いて来てくれると言った仲間の為にも、何が何でも最後の部屋まで行って戻って来なければならないのだ。必ず仲間と一緒に戻ってくると彼女と約束したのだから。8分間で・・・。それが無事に帰れるギリギリの時間だった。



 ジュードは時計にチラッと目をやると、後方の4人の仲間を確認した。


― あと6分・・・ ―




 こんな時ジュードはいつも彼の人生の支えだった父を思い出す。オレゴンの大地のように大きく広い心を持った父。愛する息子を守る為に大西洋に消えていった、彼のような男にジュードはなりたかった。そして少しでも父のように海で命を落とす人を救いたいと・・・・。


 オレは間違っているか?父さん。こんな風に仲間の命を危険に晒してまで、自分の思いを貫こうなんて・・・。でももし、父さんがいつも言っていたように、オレが自分の心に恥じない生き方をしていると思ってくれたら、どうかオレの仲間を守ってくれ。オレがいつだって彼等を守る為に先頭を走るから・・・。だから・・・。

 



 炎を避けながらジュードの後ろに付いて走っていたマックスは、彼がチラッと後ろを振り向いたのに気が付いた。そういえばランディもよく同じ事をしていた。いつも一番前を走っていたから・・・。


 炎に対する恐怖で自分を見失いそうになっていたマックスもやっと気が付いた。そうだ。先頭は一番危ないのだ。ジュードを一番前に行かせていいのか?俺がこの中でただ一人の消防レスキューの経験者なのに・・・・。



 彼等を守れるのは自分しか居ない。そう思った瞬間、前を走るジュードの背中と、いつも炎の中で目の前を走っていたランディの背中がダブって見えた。


 ああ、きっとそうだ。ランディは今の俺と同じ思いでいたんだ。部下を守れるのは自分しか居ない。だから彼はいつも俺達の前を走っていた。どんな事があっても冷静で自分を見失わずに居たのは、俺達を守る為・・・。


「ランディ・・・・」


 マックスがジュードの背中にそう呼びかけた時、彼の頭の上の天井が崩れ落ちるのが見えた。


「ジュード!」


 頭上から鉄や木の塊が降ってくるのを覚悟して、ジュードは思わず目を閉じた。だが、何も起こらない。彼が目を開けると、マックスがまるでトンネルを作るように両手を反対側の壁について、背中で重い天井を支えていた。


「早く通り抜けろ!」


 ジェイミー達が急いでその下をくぐり抜けた後、マックスは身を翻して落ちてくる天井から逃れた。


「マックス!」


 ジュードが彼の側に駆け寄って礼を言おうとしたが、遠くから聞こえてきた泣き声に皆は廊下の奥を見つめた。


「赤ん坊の声だ」

「行こう!」


 彼等は再び走り出した。やっと一番奥の部屋に辿り着いたが、その部屋のドアは既に炎で包み込まれていた。ジュードは臆することなく、そのドアに近付き蹴って開けようとした。だがその時マックスの頭の中に、あの最後の火災現場の記憶が蘇ってきた。


「駄目だ!ジュード!」


 しかし彼の叫び声よりもジュードがドアを蹴り開ける方が早かった。あの時のマックスと同じように、一瞬でジュードの体は炎の中に消えた。


「ジュードッ!」


 皆は蒼白になって叫んだが、彼は一瞬の反射神経でその場に身をかがめ、丸く縮まっていた為に、後ろに投げ飛ばされることを免れた。顔を上げたジュードは思わず何度も息を吐いた。


「び・・・びっくりしたぁ・・・」

「バカ!びっくりしたのはこっちだ。ドアを開ける時は気をつけろ!」


 ジュードは「ごめん。マックス」と笑うと中に入って行った。





 部屋の中央にあるベビーベッドは耐火性なのか、幸いなことに火は移っていなかった。中はがらんとしていて他に人影も無かったので、ジュードは着ぐるみで顔も見えなくなっている赤ん坊を抱き上げ、更にその上から銀色の防火布をかぶせると、マックスに手渡した。


「頼むぞ、マックス。お前が倒れたら、その子も死ぬからな」

「わ・・・分かってる」


 マックスはぎゅっと赤ん坊を抱きしめると「戻るぞ!」と叫んで走り出したジュードの後を追った。


― あと3分・・・ ―


 ドアの隙間から漏れる炎を避け、天井が落ちてきた瓦礫の山を乗り越えて出口に向かって走る。


― あと1分・・・ ―


「もうすぐ出口だ!みんな、頑張れ!」


 


 彼等が船内から飛び出た瞬間、凄まじい勢いの水が四方から一斉に降りかかった。頭からびしょ濡れになり、前も良く見えないまま彼等は何とか乗ってきたプレジャーボートに辿り着いた。


「こら!赤ん坊が居るんだからもう少し手加減しろよ!」


 消防艇の放水口から噴き出される水の勢いに、マックスは怒りながら叫んだ後、妙な顔をして周りを見回した。


 頭上にSLSのヘリが1台飛んでいるのは分かる。だがどうして周りから放水している消防艇に、Aチームの他のメンバーが乗っているのだろう?しかもプレジャーボートに何故かシェランが乗っていて、エバと2人でにんまり笑いながらこちらを見ていた。


― まさか・・・・ ―

 

 マックスが抱きかかえていた赤ん坊 ―まだ泣き続けている― の着ぐるみを取ってみると、赤ん坊の泣き声が聞こえる小さなプレーヤーを持った赤ちゃん型の人形が中から顔を出した。不審に思っていたジェイミー達も、それを覗き込んで急に叫び声を上げた。



 考えてみれば、おかしな事は一杯あったのだ。何故、商船の中にも外にも乗組員が居なかったのか。普通なら炎を逃れて海に飛び込んでいる人間が何人か居てもいいはずだ。それに商船に赤ん坊が乗っているというのも変な話だ。おまけにシェランのボートに防火服まで用意してあったのも出来過ぎである。


「ジュード!全部お前のたくらみだな!って事はエバもグルか!」


 ネルソンが叫んだ。


「ごめん。エバには要救助船の位置を把握していてもらわないといけないから話してたんだ」

「何で親友の俺にまで隠すんだよ!」

「そーだ。そーだ」


「だから悪かったって。さすがに2回目だとマックスも騙されちゃくれないと思ってさ。敵を欺くには味方からって言うだろ?」


 すっかり騙されていた仲間達は腹を立てていたが、マックスは何故かおかしくて笑いながら頭を抱えた。


― 俺なんかの為にこんな事までするなんて・・・。ジュード、お前って、ホントに・・・・ ―


 笑いながらも思わず涙ぐんだ彼は、指で目をこすると、エバの隣で微笑んでいるシェランの前に立って敬礼した。


「どう?マックス。嘘は真になった?」

「はい。今度は俺があいつ等を守りたいから。だからあいつ等と一緒に居る限り、俺は大丈夫です。ありがとうございました、教官」


「お礼なら・・・・」


 シェランは船尾でジェイミー達に取り囲まれてはしゃいでいるジュードを指差した。


「あそこで仲間とじゃれあっている少年に言いなさい。あいつったら絶対駄目って言ったのに『許可してくれないなら勝手にやるぞ』って顔してるんだから。OKを出さざるを得ないでしょ?」


 マックスはたまらないような笑顔を浮かべると、ジュード達の所へ走って行った。




 シェランは側で微笑んでいるエバに「そろそろ帰りましょうか。午後からはゆっくりしたいわね」と言うと船内に戻りかけて、もう一度機動のメンバーを振り返った。


「そうそう、あなた達。あの商船、中古と言えど結構高かったの。それからSLSのヘリ1機と消防艇2隻の出動費。その他もろもろ掛かった経費は、将来あなた達が正式隊員になったら給料から差し引きになるからね。益々頑張って」



 楽しそうに騒いでいた機動のメンバーは、突然のその発言にびっくりして、思わず仲間同士顔を見合わせた。



「オニーッッ!!」


 こうしてシェランの鬼教官ぶりは、広く長くSLS訓練校に伝わることになった。



 

 読んでくださってどうもありがとう!




【予告】第6部 リーダー


 9月に入り、2年に進級したジュード達。もちろんマックスも一緒だ。いよいよ始まる実地訓練を前に、各チームではチームを代表するリーダーと副リーダーが決められる事になっている。呑気者ぞろいのAチームとは対照的に、Bチームは行動力のあるヘンリーと頭脳派のザックのどちらがリーダーになるかでもめていた。そんな中、クリスが選んだリーダーは・・・。



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