第1部 A HARD DAY 【1】
―フロリダ州 マイアミビーチ市―
南北に伸びる長いビーチが、世界一とも賞賛できる規模と美しさを誇り、今日も多くの観光客やマリンスポーツを楽しむ若者達が訪れる美しい都市である。すぐ近くにマイアミという大都会があるにもかかわらず、ここの海は深いエメラルドグリーンの輝きを失うことは無かった。
南側にあるサウスビーチはいつも観光客で溢れ返っているが、その北側、ノースビーチはプライベートビーチが点在している為か人の姿はまばらで、サウスビーチよりずっと落ち着いた雰囲気である。そんな中にSLS(Special Life Saving:特殊海難救助隊)の本部は建っていた。
SLSはここマイアミビーチの他にも、アメリカの海難事故の起こりやすい場所に支部を置いているが、この本部には未来のライフセーバーを育てる訓練校も並存していて、3年間の訓練課程を卒業できたものだけが、プロのライフセーバーとして本部ないしは各支部で働くことを許される事になっていた。
そして今日、この訓練校に入学する最終試験に臨む為、難関をくぐり抜けてきた128名の候補者達が、訓練校の本館にある広々とした講堂に集まっていた。
3年前からSLSでは女性のライフセーバーの募集も開始している。米海軍の中で最も過酷な海軍特殊部隊(SEAL)にも女性将校が任官したのを受けてではあるが、今まで3年間の訓練過程を乗り越えられた女性はまだ居ないという噂だった。それでも女性の受験者は数人居るようだ。
― やっぱり女でライフセーバーを目指すような奴は体格がいいなぁ・・・ ―
受験生の一人、ジュード・マクゴナガルは、そんな女性の受験生を見ながら思った。
講堂には3つの椅子が備え付けられた机が縦に並んでおり、それぞれの席に受験生の名前が書かれている。ジュードは真ん中の席に座って、自分より先に来ていた右隣の席に座っている男の名前を見た。
名札には“KEI・AZUMA”と書かれている。中国系・・・いや、日系だろうか。剛毛のせいで、まるでハリネズミのように短い黒髪がとげとげしく見える、アジア人っぽい色黒の青年に興味を引かれて、ジュードは隣人に挨拶をした。
「Hello!、君は日本人?」
だが彼はむっとしたような顔でジュードを見ると、一言「4世だ」と答えた。
「4世。じゃあ、曾じいさんの代からアメリカに住んでいるのか。殆どアメリカ人だな」
しかし彼はジュードの明るい声が感に触るのか、それとも殆どアメリカ人と言われた事が気に食わないのか、更に不快そうな顔をすると彼を睨みつけた。
「お前こそ、そのくせのある黒髪、それにマクゴナガルなんて名前。キューバ辺りからの移民か?ここはアメリカ国籍以外の人間でも、入学できるんだったかな」
敵対心むき出しに答えられ、ジュードもムッとした。
「何だと?」
「おや、さっそく仲良くなったのか?俺はショーン・ウェイン。宜しくな」
ふと後ろを振り返ると、さっきまで空席だった所に、ジュードと同じ17、8歳くらいの青年が立っている。彼はその金色の髪と同じように明るく笑うと、ジュードに手を差し出した。
「ジュード・マクゴナガルだ。宜しく」
握手を交わした2人はさっそく意気投合したようだが、ケイ・アズマの方はシラッとした顔で向うを向いたまま、彼らの会話に入る気も無いようだった。
「今から試験なのに喧嘩はまずいぜ、ジュード」
ショーンが席に着きながら、こそっと囁いた。
「うん、分かってる。ありがとう、ショーン」
もちろん喧嘩なんか出来るはずは無い。SLSは何よりチームワークを重要とする。喧嘩沙汰を起こせば、例えこの最終試験に合格しても即退学なのだ。
「分かってるけど、あんまりあいつが喧嘩腰だからさ」
「放っておけばいいさ。実力の無い奴はすぐに落とされる。それより、俺達の2つ後ろの席を見てみろよ。すっげえ美人が座ってるぜ」
「え?」
ジュードは全く気がつかなかったが、周りの男達の視線が全て、今ショーンが指差した女性に集まっていた。いや、男性だけではない。女性の受験生も、であった。
絹糸のような淡く輝くブロンドの髪が、まるで一度も日の光にさらされた事の無いような、薄く透ける白い肌の上に流れ落ちていた。決して体格は良く無いが、きりっと引き締まった顔と同じように、全く無駄の無いしなやかな筋肉が彼女の肢体を作り、それがこの女性の自信となってオーラのように彼女を包み込んでいた。
「どこかのモデルスクールと勘違いしているんじゃないのか?ここは海難救助隊だぜ」
賞賛の声に入り混じってそんな声も聞こえよがしに聞こえてきたが、女性は全く動じることも無く、静かにその深く青い瞳で前を見つめていた。
「ほんと嫌よね、男って。すぐやっかむんだからさ」
女性の左側に座っているエバ・クライストンは、さっきから男共の視線が隣の女性に注がれるついでに、自分と比較されているようで気分が悪かった。エバは自分の顔には自信を持っていたが、まとまりのきかないくせっ毛の黒髪にはほとほと愛想が尽きていた。その髪と同じ黒い瞳にも。
「気にすることは無いわ。男の人って自分達の領域に女が入ってくるのを極端に嫌うのよ。でもここはもう聖域では無くなったのにね」
エバの更に向こう側に座った女性も、ひょいと顔を覗かせて笑いかけた。
「ええ、本当に。私はシェルリーヌ・ミューラーよ」
微笑むと更に美しくなるわ・・・。隣の2人はそう思いながら自己紹介をした。
「エバ・クライストンよ。ここの試験を受ける為にカリフォルニアから出てきたの。6時間もかかっちゃったわ」
「キャサリン・リプスよ。私はルイジアナから。キャシーって呼んで」
「宜しく、エバ、キャシー。私はシェランでいいわ」
エバがシェランに何処から来たの?と尋ねようとした時、前方のステージの真ん中に置かれた教壇に、濃紺のダークスーツの胸に金色のSLSのバッチを付けた50がらみの男が立った。さっきまでざわざわしていた講堂が一瞬にして静まり返った。
「SLSのフロリダ本部にようこそ。私はこのSLS訓練校の校長であります。君達は各支部で行なわれた厳正なる適性検査や筆記試験を見事にくぐり抜けてここに到達したわけだが、もちろんこれで合格という訳ではない。
今日は実地試験を通して、君達の実力を見せてもらいたい。無論、プロのライフセーバーと同じ実力を要求するわけではないが、ある程度の実力が無ければ、この訓練所の3年間の訓練に耐えられないからだと心得てもらおう」
校長の厳しい言葉に、ジュードはショーンと顔を見合わせた。もちろん他の受験生の間にもざわめきが起こった。
「多分、ここに居る半分は落とされるぜ」
ショーンの呟きにジュードはぐっと奥歯を噛み締めた。落とされるわけにはいかない、絶対に。一度落ちたら二度とチャンスは無いのだ。
彼は12歳の時から夢見てきた、今校長が立っている後ろに掲げられたSLSのシンボルである、コバルトブルーの海と白いかもめの上に描かれた金色のSLSの文字を見上げた。
そんな受験生達の様子を一通り見回した後、校長は更に続けた。
「今日、君達にわざわざ名前の書かれた席に着いて貰ったのは他でもない。君達が座っている席と同じ列の人間が、今日テストを共に受けるチームメイトだ。左からAチーム、Bチームとなって全部で8チーム。各16名ずつになる」
校長の言葉を聞きながらジュードは、一番左の列だからAチームか・・・とぼうっと考えていたが、ふと右隣に居るケイ・アズマが、さっきより更に不快な顔で自分を見ているのに気がついた。
― そうだ。同列がチームって事は、このいけ好かない男とも同じチームって事か。何て事だ。人生で一番重要な試験を、こんな奴と一緒に受けなきゃならないなんて! ―
もちろんケイ・アズマの方も同じ気持ちだったのだろう。彼はわざとらしく“はぁーっ”と溜息を付くと、頬杖を付いて向うを向いた。
― 溜息を付きたいのは、こっちの方だ! ―
そう思いつつ、今度は反対側のショーンを見ると、こちらはやけに楽しそうである。
「良かったな、ジュード。あの美人と同じチームだぜ。おまけに3人も女の子が居るのはここだけだ。ラッキーだな」
― そんな事、どうだっていいよ・・・ ―
今度は、ジュードが肩を落として溜息を付く番だった。
時間は午前10時。少し冷たい海風が受験生の頬をなで、秋口の明るい日差しが波しぶきをきらめく宝石に変えていく。
ノースビーチにあるSLS専用港に並べられた8隻のライフシップ(救助船)に、受験生はチームごとに乗り込んだ。しかし不思議なことに、船を動かす船員以外は、SLSの試験官らしき人物は誰も居なかった。
それぞれの船に乗り込んだ16名の受験生は、不安げな顔で互いに顔を見合わせた。試験官も居ない状態で、何処へ連れて行かれるのか、何をやらされるのか、想像もつかなかったのだ。
彼らが船に乗り込む前に受けていたのは、全ての指示は無線を通して行なわれるという事だけであった。128名分の不安を乗せて、船はそれぞれ全く別の方向を指し、暗緑色の海に向かって出港していった。
「どうやら俺達の船は北東に向かっているみたいだな・・・」
ジュードと同じ船に乗り込んだ、背の高い男が言った。
始めの内、彼等は甲板に集まって離れていく港を見ていたが、とりあえず船の中を見て回ろうという話になり、全員で中に入ってきた。船員は3名居たが、彼等は受験生には何もしゃべるなと言われているのか、挨拶すら返さないので、彼等は勝手に船の使用書を探し出し、全員でそれを見た。
この船はサクセスファリ(“首尾よく”という意味)号といって ―本当に首尾よく合格できればいいのにと誰もが思った― 長さ63メートル、幅16メートル、最大搭載人員は64名で、遠洋にも出られる程の大きさだった。
船舶電話やファックス以外にもインマルサット設備(インマルサット静止衛星を通じて、インマルサット設備と電話、テレックス、データ端末を結ぶサービス。船舶向けと、地上で持ち運びが出来るタイプがある)も搭載している。しかし受験生に外部との通信を行わせない為か、船舶電話以外は全て使用が出来ないようになっていた。
そういえばこの船に乗る前に、携帯電話などの荷物は全てロッカーにしまうように指示されたのをジュードは思い出した。確かに救難信号は使えるようになっているが、もし何かあった時、SLSはオレ達の場所を見つけ出すことが出来るのだろうか。
そんな不安を抱いたのは彼一人ではなかっただろう。彼等は無言のまま、薄暗い船内を見て回った。これだけの船になると、上部にはヘリポートも付いているが、ヘリは乗っていなかった。
一通り見学した後、彼等は再び広いデッキに集まった。
「とりあえず、皆で自己紹介でもしないか?チームメイトになったんだしさ。あ、俺はマックス・アレン。シカゴでファイヤー・ファイター(消防レスキュー隊の愛称)を3年やっていた。だけど炎より水の方が好きみたいだから、こっちに出てきたのさ」
さっき甲板で船の方向を話していた背の高い男だ。ブラウンの髪と同じブラウンの瞳の彼は、既にライフセーバーのように、たくましい腕と体つきをしていた。
「俺はジェイミー・パレス。一応救急救命士の資格は持っているけど、この試験で通用するか不安だな」
さらりとした黒髪を掻き揚げた彼は「不安だな」と言いつつも、さわやかな笑顔が印象的な好青年である。
「俺はネルソン・パーカー。専門学校で公衆衛生学、解剖学、病理学を学んできた。救急救命士の資格も持っている」
ネルソンは背の高い、がっしりとした体格の青年だ。専門学校を卒業してから来ているので、他の受験生より年上に見えた。
「俺はピート・マコーウェル。臨床救急医学を学んできたけど、それだけだな。でも、気持ちじゃ誰にも負けないぜ。何たって潜水士を目指しているからな」
明るい水色の瞳を輝かせてピートは言った。潜水士というのは海難救助の中で、最も過酷なパートだと言われている。
話を聞いていると、皆それぞれある程度の勉強をしており、免許も持っているようだ。
チームメイトの話に耳を傾けている内に、ジュードはだんだん不安になってきた。さっき校長が言った“ある程度の実力”とはこういう事だったのか?順々に自己紹介をしていく仲間の中で、彼はだんだん自分の番が回ってくるのが憂鬱になってきた。自慢ではないが、ジュードは何の資格も持っていなかったのである。
救急救命士の資格。そんなものは学校に入ってから、勉強するものだと思っていた。頼みのショーンまでがさっきの軽いノリで「俺は救急再圧員と送気員の資格があるぜ。それとレジデントの研修も受けてる。高気圧障害になったら任せてくれ」などと言ったものだから、ジュードはもう開き直るしかなかった。
「オレはジュード・マクゴナガル。自慢じゃないが、免許も資格も何も無い。だけどみんなの足を引っ張るようなマネはしないから安心してくれ」
あっけに取られたように自分を見ている2人の女性の後ろで、シェランがくすっと笑ったのをジュードは見逃さなかった。
― 何だよ。ちょっと美人だからって、うぬぼれているんじゃないのか?それともあんたは何か特別な免許でも持っているって言うのかよ -
しかしジュードのおかげで、同じように何も資格を持っていない受験生は紹介し易くなったようだ。特にケイ・アズマなどは仏頂面で「ケイ・アズマだ」の一言で終わってしまったので、ジュードはホッとした。
こんな風に一人一人自己紹介をしていくものだから、13人の男性全員が話し終えるのに随分時間が掛かってしまった。そしてエバが待ち侘びた様に話し始めた。
「あたしはエバ・クライストン。三級海技士の免許を持っているわ。あたしはライフシップの船長になろうと思っているの」
「キャプテンだって?だったら操船課の方に行くべきじゃないのか?」
ブレード・ウィンタスが驚いたように尋ねた。
「いいえ。あたしは救助も出来る船長になりたいの。人手が足りなくなったら、応援できるじゃない」
エバの言葉に男達はあっけに取られた。海難救助に出る時の海は、穏やかな時など滅多に無いのだ。
波長150メートル、高さ50メートルにも達する波が襲い掛かり、船首は波に潜る。それは操舵室にまで達し、視界は30メートルにも満たない海だからこそ、船が沈没し、救助が必要になる。そんな救助する方も危険な嵐の中で、船長が船をほっちらかして救助にあたれる訳が無かった。
そして、次のキャサリン・リプスは他の2人に比べて地味な女性で、おっとりとしたしゃべり方をしつつも、更に男性陣を驚かせた。
「私・・・キャサリン・リプスは、潜水士になる為にここに来ました」
「せ、潜水士?分かっているのか?君。潜水士ってのは、最低でも148フィートまで潜れなきゃならないんだぞ」
同じく潜水士を目指しているレクター・シーバスがあきれたように叫んだ。
「しかも私は女だし?でもSLSに伝説の女性潜水士が居ることを知っている?その人はSLSに初めて誕生した女性の潜水士で、とうとう女性のライフセーバーを認可させた人なのよ。残念ながら名前は知らないけど、確かにその人はSLSに存在しているの」
どうやらキャシーはその女性ライフセーバーに憧れて来たようだが、本当にそんな人間が存在するのか、他の者達には半信半疑だった。
潜水士はただ潜れれば良いというわけではない。まるで海軍特殊部隊(SEAL)並みの訓練が要求されるのだ。まさにそれこそが、ライフセーバーの潜水士を最も過酷で最も誇らしい男達と呼ぶ由縁であった。
その男でさえ乗り越えるのが困難な訓練を、女性が乗り越えたとなれば、男のプライドが揺さぶられてにわかに信じられないのも当然だろう。
「すごいわ、キャシー。ちゃんと自分の進む道を決めているのね」
にっこりと微笑んだシェランに、再び全員の目が注がれた。そう最後の一人、一番目立つ彼女の名前をまだ聞いていないのだ。
「シェラン、みんながあなたの自己紹介を待っているわよ」
エバに促されてシェランは周りを見回した。好奇心一杯に自分を見つめている瞳に、ちょっと照れたように彼女が頷くと、周りの者達の方が赤面してしまった。
「私は・・・・」
― ガガーンッッ! ―
シェランが口を開いた時だった。この大きな船全体が揺らぐような激しい揺れが起こり、全員が前に倒れそうになった。
「何だ?」
「座礁でもしたのか?」
彼等は急いで船内に駆け込んだ。途端、船の全ての電気が停電した。昼間なので真っ暗になるような事はなかったが、それでも窓の少ない船内が急に薄暗くなり、皆は一瞬足を止めた。
船の動力が完全に切れている事に気付いたのは、それから数秒後だった。
彼等はとにかく乗組員の所へ行こうと再び歩き出し、ブリッジへ入ったが、更にびっくりして立ち止まることになった。SLSの乗務員が3人共床に倒れていたのだ。
何がなにやら分からない顔をして、呆然と立っているものも居たが、救急救命士の資格を持っている者達は、すぐに彼等の側に行って脈を取ったり、顔色を診ていた。
「大丈夫なのか?」
ジュードが彼等の顔を覗いて訪ねた。
「ああ、みんな気絶しているだけだ。外傷もないし・・・」
「さっき見たとき医務室があったから、動かして大丈夫ならそこに運んでおいた方がいいんじゃないか?」
「ああ、そうしよう」
救命士の資格を持っている者達が手分けして、乗組員を医務室に運んでいくのを見ながらジュードは“何か、変だぞ”と思った。彼はそこにある船舶電話や計器類を確かめるように調べた後「やっぱり・・・」と呟いた。
「何が、やっぱりなの?」
気が付くと、シェランが彼のすぐ側に来て立っていた。
「妙だと思わないか?SLSは通信システムを通して全ての指示を出すと言っていた。だがあれからもう2時間は経っている。外洋に出てしまっているのに何の指示も無いなんて。そして原因不明の事故。おまけに通信システムは全てドロップアウトだ。救難信号さえ使えない。
唯一頼りになるSLSの乗組員は、外傷も無いのに気を失っている。つまりオレ達・・・救命士のヒヨコとズブの素人集団は、だだっ広い海のど真ん中の小さな船の中で、缶詰になったまま迷子になったようなもんだ。SLSはオレ達に何を期待しているんだろうな」
「まさか、この事故がSLSの仕組んだものとでも?そんな事、有り得ないわ」
「どうかな?オレ達みたいなヒヨッ子を、教官も付けずに海に放り出したんだぜ?」
ジュードはそう言うと、船の窓から外を見た。やはり船は止まったままのようだ。
「エバ、さっき航海士の免許を持ってるって言ってたよな。船を動かせるか?」
「どうするの?」
シェランが再び質問してきたので、ジュードは面倒くさそうに答えた。
「決まってる。陸に戻るんだ。こんな状態で試験も何もあったもんじゃないだろ?オレ達は遭難しかけているんだぜ」
しかし、ジュードの答えにエバが暗い表情で首を振った。
「駄目だわ。システムが全部やられてる」
「やられてるって、どうゆう事だ?」
彼等のやり取りを見ていた受験生達が、驚いたようにエバの周りに集まった。
「多分自動操縦で動いていたと思うんだけど、オートシステムも手動も一切利かないわ」
「なんてこった・・・」
彼等の間から溜息にも似たつぶやきが漏れた。さっきジュードが言った、『遭難』という2文字が、まさに現実となって彼等に襲い掛かっていたのだ。
先ほど乗組員達を運んでいった救急救命士の資格を持っている者達が戻って来て何事かと訪ねたので、ジュードが船の操縦が一切出来ないことを説明すると、皆同じように顔色を失くして黙り込んだ。
「とにかく、オレ達でやれる事をやろう。誰か機関に詳しい人間はいるか?」
ジュードが重苦しい沈黙を押し破るように口を開いた。
「俺、少しわかるよ」
「俺も・・・」
彼の問いに2人の青年が手を挙げた。さっき自己紹介の時、ジュードと同じく何も資格を持っていないと答えていたサム・コールディングと看護師の資格を持つダグラス・ホーマーであった。
「じゃあ、サム、ダグラス、機関が動かなくなった原因を調べてくれないか?エバは海図室に行って、今どのあたりにいるか調べてくれ。通信システムが回復した時、応援を呼べる。それから・・・」
「ちょっと待てよ」
救急救命士の資格を持っている男達の前方に居たマックスが前に出てきた。
「随分と命令するんだな。俺達はお前をチームのリーダーに決めた覚えはないぜ」
ジュードは小さく溜息を付くと、自分のふた周りも大きな体格をしたマックスを見上げた。
「マックス、オレはリーダーなんかじゃない。仲間として自分の思った事を言っているだけだ。君も何か良いアイディアがあったら言ってくれ。どんな手でも使ってみんなで協力しなきゃ、オレ達は試験どころか命も落としかねない。分かっているだろう?オレ達は遭難したんだ」
ジュードの決定的な言葉に、マックスは黙り込むしか出来なかった。
「あの、俺、ちょっと通信の方を見てもいいかな?昔ハムとかやっていたんだ」
色白で小柄なノース・セインが言った。
「俺は電気系統の方を見てみる」
「俺も手伝うよ」
ハーディ・エアーとレクター・シーバスが連れ立ってブリッジを出て行った。それぞれ出来る事をやろうと心は決まったようだ。マックスも仕方がないという風に頭を振ると、ハーディの後を追ってブリッジを後にした。
後に残ったのはジュード、ショーン、キャシー、シェラン、そして・・・・。
「アズマ・・・」
ジュードはふてくされたようにブリッジの端に座り込んでいるケイ・アズマの前に立った。
「協力してくれないか?」
彼はジュードの方を見ようともせずに答えた。
「誰がお前なんかに・・・」
「さっきみんなが倒れるほどの衝撃だっただろう?座礁でもしたのかと思ったけど、周りには何も見えないんだ。だから潜って船の下を調べたい。君、潜水士候補だろう?」
「そんな自己紹介をした覚えは無い」
「言わなくても分かるさ。君は常にトップを目指すタイプだ。そうだろう?」
アズマは相変わらず仏頂面をしていたが、それ以上何も反論してこなかったので、ジュードはショーンに向かって言った。
「ショーン、オレ達に何かあったら頼めるんだな?」
「酸素キッドを用意して待っていてやる。ついでに救命士も一人呼んでおくよ」
彼等の会話に潜水士を目指しているキャシーが割り込んだ。
「私も行くわ」
「キャシー、君はいい。上に居てくれ」
「私が女だから差別するの?」
ジュードは笑いながら首を振って、彼女の肩を軽く叩いた。
「違うよ。オレ達が冷え切って上がってきたら、君に毛布を掛けてもらいたいんだ。他の奴等は手が一杯だし。頼めるかな?」
うつむいて考えた後、納得したように頷いたキャシーの後ろで、シェランが又微笑みながら自分を見ているのにジュードは気が付いた。何故か急に胸がむずがゆくなったような気がして彼女から目をそらすと、彼はいやいや立ち上がったアズマとショーンを連れてブリッジを出て行った。