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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第4部 “私”という名の男

 5月に入ってすぐに行なわれた潜水の再試験は、ケインも含めて皆合格で、これからは滅多な事で一般に落とされる心配はなかったが、最近の訓練生達の授業は益々ヒートアップしていた。機動、潜水、一般の区別なく炎天下の太陽の下、汗だくになりながら、浜辺を駆けずり回らされていた。


 今日の授業は特にハードで、重さ30キロもあるタイヤを腰に縛りつけ、50メートルの距離を行ったり来たりするものだ。砂に足を取られるので、余計体力を消耗する。


「ここ・・・ノースビーチで、良かった・・・。サウスビーチだったら・・・恥ずかしくって、死んじゃうよ」

ショーンは一歩足を踏み出すごとに、言葉が途切れ途切れになっている。


「恥ずかしい前に迷惑だろ?やっぱ・・・」

体力に自信のあるジュードも、さすがに喉がカラカラだった。


 先頭の2人から少し遅れて、同じ機動のネルソンとジェイミーが彼等と同じように揃って汗をかいていた。


「くそーッ、隣のビーチじゃ、トップレスのねーちゃん達がナマズみたいにごろごろ寝転がってるって言うのに、何で俺達こんなことやってるんだよーっ!」

暑さのせいでネルソンの頭はかなり沸騰しているらしい。


「先頭の2人、元気だなぁ。さすが10代・・・・」

「お前だってまだ20歳だろうが。俺なんか23なんだぞ!」


 マックスがジェイミーの後ろから追いついてきて叫んだ。元消防レスキューで鍛え上げている彼にもかなり厳しいようだ。



 彼等の周りには他のチームの機動部隊が居て、更にその後ろから一般や潜水の訓練生たちが続いていた。やはり機動の方が陸では強いようだ。エバとキャシーはその更に後ろから来ていたが、女子だからと言って優遇されることはなく、男子と同じ重さのタイヤを歯を食いしばって引っ張り続けていた。


「おーとーこーなんかにーっ、負けないわぁぁぁーっ!」

「キャシー、その掛け声やめなさいよ。余計疲れるわよ・・・」


 少しでも立ち止まると、ロビーの野太い声が彼等を再び駆り立てた。


「こらーっ!お前等ー!止まるなーっ!」




 砂の中に食い込む重い足を引っ張り上げ前に進みながら、ジュードは射る様な光を彼等に浴びせる太陽を見上げた。ロビーはまだまだ休憩なんかさせてくれないだろう。きっと暑さと疲労に耐えかねて倒れたりしたら、すぐに一般に落とされるんだ。


 カラカラに乾いた口で息を吐きながら、彼は太陽の中に黒い点が現れたのに気付いた。しかもそれは徐々に大きくなって彼等の方に近付いてくる。ジュードは思わず立ち止まった。


 ロビーの「こらっ、ジュード、止まるんじゃない!」という叫び声が響き渡る前に、一瞬で耳を劈くような轟音に、彼の声はかき消された。


 汗まみれの訓練生の頭の上に太陽の光を反射しながら黒いヘリが舞い降り、以前サクセスファリ号から見た時と同じように彼等の頭上で停まっている。


 その見覚えのある姿に、ジュート達Aチーム全員の熱せられた体は一瞬で冷たくなった。ヘリは暫く彼等の目の前で停止した後、ゆっくりとその場に着陸した。



 ヘリのドアから、プロペラの巻き起こす風に真っ赤な髪を振り乱しながら降りて来たのは、Aチームの予想通り、最終試験の日に出会ったレナであった。彼女は呆然と自分を見ているAチームの面々の前に立つと、腰に手を当ててにっこりと笑った。


「お久しぶり、皆さん。まーっ、耳まで真っ黒。随分とライフセーバーらしくなられましたわね」

そう言いつつ、周りをぐるっと見回したレナは、やっと一番前に居るジュードに気が付いた。


「まあ、ジュード。相変わらず張り切ってるのね。それもシェランねーさまに認めて貰いたいから?」

相変わらず生意気なレナの口ぶりに、ジュードはムッとしながら答えた。


「はぁ?何を言ってるんだ?オレはオレの為に頑張ってるんだ。大体今は授業中だぞ。何しに来た」

「もちろんシェランねーさまに会いに来たに決まってるじゃない。その様子だと、まだねーさまの事を諦めてないのね」


 ジュードはたった一度だけ会った、しかも12歳の子供のレナに何もかも見透かされている様なのが物凄く気に入らなかった。しかも突然現れてみんなの前で何を言い出すんだ。


「冗談も大概にしろよ。大体、オレがいつシェランを好きだって言ったんだ」

「言わなくても分かるわ。頼まれてもいないのにヘリに乗り込んで来ちゃって。心配だったんでしょ?シェランねーさまの事が」



 ぐうの音も出ないとはこの事だ。ジュードが苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んだ時「ちょっと・・・」と言いつつ、キャシーが2人の間に割って入って来た。もちろんタイヤは腰に巻きつけたままだったが、今の彼女にとっては羽の様なものだった。


「さっきからねーさま、ねーさまって、いつシェラン教官があなたのおねーさまになったのかしら?おちびちゃん」


挑戦的な目で自分を見下ろすキャシーを、レナはニヤッと笑って見上げた。


「ああ、あなたね。シェランねーさまを追って潜水士になりに来た人って。ジュードと同じで、あなたも早く諦めた方がいいんじゃない?絶対にねーさまには追いつけないもの」


「やきもちも大概にしないと、あなたの大切なねーさまに嫌われるわよ。言っておくけど、シェラン教官は私の教官なの。年に1,2度しか会えないあなたと違って、毎日手取り足取り教えて貰ってるのよ」


“私達の教官”と言わずに“私の教官”と言う所が凄い。ジュードはタイヤというオモリが無かったら、一目散にこの怖い女達の間から逃げ出したい気分だった。


「まあ、シェランねーさまもかわいそう。手取り足取り教えて貰わなきゃ分からない、出来の悪い生徒に囲まれて」

「何ですってぇ?」


 火花散る女達の争いに終止符を打ったのは、レナの父アーロン・ベネディクトであった。


「こら、レナ!命の恩人に向かって、何て態度だ。お前は!」

パイロットをしていたジョンも彼の後ろから降りて来た。



 アーロンはまずレナとキャシーの言い争いに毒気を抜かれたように立っていたロビーに授業を邪魔した事を謝ると、Aチーム全員に向かって改めて最終試験の日、娘が迷惑をかけたことを詫び、又、アルガロンを救ってくれた礼がこんなにも遅くなってしまった事を謝罪した。


採掘プラットフォームの損傷がかなり酷かったことと、沢山の負傷者が出たこともあって、完全に復興するまでアルガロンを離れられなかったのだ。


 ジョンは久しぶりにジュードと会えた事を喜んでいたが、こんな浜でヘリを泊めたままには出来ないので、ジュードに「後で会おう」と伝えると、SLSのヘリポートに向かった。


 BチームとCチームのメンバーにはサッパリ訳が分からなかったが、彼等の登場のおかげで休憩が出来て、その後の10分間は皆元気に乗り越えられた。





 授業を終えてジュードがシャワールームから出て来た時、校長室に来るように呼び出しがあったとハーディが教えてくれた。ジュードが5階の校長室に行くと、アーロン、レナ、ジョンとシェラン、そして初めて間近に見る校長が彼を待っていた。


「やあ、良く来たね。ジュード」


 校長は親しげに彼の名を呼ぶと、ドアの所に立っていたジュードの背中を押して中に招き入れた。


「ミスター・ベネディクトが、是非君にも礼を言いたいとおっしゃるので来てもらったんだよ」


 校長の言葉にアーロンは立ち上がると、ジュードの手を両手で握り締めた。


「君のおかげでニックはやっと歩けるようになってね。今はまだ入院中なんだが、君に自分の口で礼を言いたいと頑張ってリハビリを続けているんだ」


ジュードは真っ赤になって首を振った。

「あれは、ジョンも居てくれたから・・・。僕一人じゃ絶対無理でした。でも彼が元気になってくれて良かったです」


 自分が助けた相手に礼を言われるのは、こんなに照れくさくて、それでいて嬉しいものなのだとジュードは初めて知った。きっとこれが、ライフセーバー達を危険な任務に駆り立てる原動力になっているのだろう。



 アーロンと共にジュードがソファーに座ると、校長がその後のアルガロンの様子を尋ねた。アーロンが今はもうすっかり爆発の時の傷跡も癒えて、以前と同じように採掘を再開している様子を話している間に、事務員がコーヒーを運んできた。



 客用のカップは全てピンクの花柄の模様だったが、何故か校長のカップだけは白地に紺色の繊細な草花の模様が付いていて、ちょっと落としたらすぐに割れそうな雰囲気であった。


 ブランドの茶器など全く興味の無いジュードは、あんな物を専用のカップにされたら、事務員はさぞかし気を遣うだろうなと思いつつ、校長の手元を見ていると、彼はジュードにその価値が分かると思ったのか、嬉しそうに話しかけた。


「いいだろう、ジュード。このロイヤルコペンハーゲンのブルーフルーテッドフルレース。250ドルもしたんだが、どうしても手に入れたくてね。マイアミには無かったから、わざわざオーランドまで買いに行ったんだ」

「はあ・・・・」


― たかだかコーヒーカップを買うのに、わざわざ何百キロも離れたオーランドに行って、しかも値段が250ドルだって? ―


 ジュードは訳が分からず、心の中で首をかしげた。第一わざわざオーランドに行かなくても、インターネットで買えるだろう。いや、わざわざ買いに行くのがそういう人達のステイタスなんだろうか。シェランといい、校長といい、全く金持ちは(勝手に決め付けている)良く分からないな・・・・。


 ジュードの隣に座っているジョンも同じ事を考えていたらしく、ジュードと目を合わせて軽く首を振った。



「校長先生。彼等は茶器の談義をしに来たんじゃありませんわ」


 これから果てしなく続くであろう、校長の愛する名器に付いての演説を食い止めると、シェランは真剣な顔でアーロンを見つめた。


「それで、その後あの男から接触は?」

「今は無い。だがアルガロンが復興したんだ。又手を出してくるかもしれん。今度は遊びではすまないだろう」


「政府やSEAL(シール)(海軍特殊部隊)は、彼のことを何か掴んでいるの?」

「全くもってNOだ。何も掴んでいないし、正体さえ分からない」




 シェランとアーロンが何の話をしているのか、ジュードにはさっぱり分からなかった。だが、どうやらこの間のアルガロンの火災は事故では無いらしい。


そういえばジョンと2人で負傷者を探している時、彼は全ての通信システムが遮断され、それは“あの男”のせいだと言っていた。政府やSEALでさえ、正体を知る事の出来ないその男が、アルガロンを破壊したのだろうか。もしかしたら、あの荒廃した5TH(フィフス)も・・・・?


 ぎゅっと手を握り締めたまま彼等の話を聞いているレナは、さっきまでの大人を食ったような生意気で元気な彼女とは別人のようだった。やはりその男はこの親子に深く関わっているに違いない。そしてその事件には、きっとシェランも関係があるのだ。


「又あの男が手を出してくるのを承知で、あなたはアルガロンに残る事にしたの?」


 彼はシェランに問われて、じっと押し黙ったまま自分の隣に座っている娘を見つめた。


 もしレナがリリアンのようになったら・・・。そんな事になる位なら、死んだ方がマシだと思う。だが、父と娘は決めたのだ。生涯を通して採掘士という仕事を全うすると。それが己の仕事を愛し、守り抜いた妻への、そして母への彼等の思いだった。


「俺が出て行っても、又別の主任が入ってくるだけだろう。だったら少しでもあの男の事を知っている俺が、従業員の側に居てやるべきだと思う」





 アーロンは両手を握り締めると、あの男の声を思い出した。粘りつくような、それでいて山の上を吹く風のような軽やかで張りのある強い意志のある声・・・・。


「はっきり言って、あの男には誰も敵わないんじゃないかと思う。彼は一度も組織の名を名乗った事は無い。いつも“私”としか言わない。シェラン。彼の目的は・・・この合衆国アメリカを、滅ぼす事だ。その為に全ての資源を閉ざし、この国を内側から崩そうとしているんだ」


― このアメリカを滅ぼす・・・・? ―


 そんな大それた事を考える人間が本当に居るのだろうか。アーロンの話を聞き入っている人々は、皆一様に息を飲んで黙り込んだ。


「もとよりアメリカは、アジアやヨーロッパ諸国のように、石油以外の資源を見つけ、それに移行する為の努力を怠っている。それが地球の温暖化に拍車をかけているのも確かだ。だが現在のアメリカの状況を考えれば、石油に頼らざるを得ない部分も数多くある。


だが彼はどうやらそれが許せないらしい。あらゆる戦争も地球の温暖化も、全てこのアメリカのせいだと思っているのかどうかは知らないが、彼はたった一人でこの強大な国家と戦おうとしている。もちろん彼を手助けする国家や組織は存在するんだろうが、彼が決して組織の名を語らないのは、戦っているのは“私”だという証なんだ。たった一人でもやり遂げて見せるという・・・」

 



 アーロンが一息置いたので、ジュードはその“私”という男を想像してみた。それはどんな巨大な組織を作り上げた男よりも凄い男かも知れない。たった一人で強大な国家を敵に回して戦うなんて、想像も出来なかった。


 もしその男がアメリカの資源を断とうとしているのなら、一番に狙われるのは、アルガロンのような石油採掘場ではないだろうか。


「アルガロンが復興するのを見ながら、5THであの男から受けた電話を思い出してみた。いつだってあの男は、まるでゲームを楽しむように話すんだ。今回もそう言った。今日のはゲームだと。だが違う。


あの男はいつも自分の目的に対して真摯で確実だ。溢れんばかりの才能を持っていたとしても、全ての作戦が自分の思い通りに運んだとしても、決しておごり高ぶることも無く、いつも冷静で理性的だ。


色々調べてみたが、ここ10年の間に原因不明の事故がアメリカ各地で起こっている。あの男は確実にこの国の息の根を根本から絶やそうとしているようだ。だが不思議なのは、その全ての事件には5THやアルガロンの時のように、彼が直接電話をしてくるような事はなかった。ある日、何の前触れも無く、事が起こっているんだ。


彼はテロリストじゃない。だから犯行声明も何も無い。つまり、あの男の声を直接、しかも二度も聞いたのは、この俺だけ。そして彼の真の目的を知っているのも、この俺だけなんだ」



 全員が沈黙してアーロンの話を聞いていた中、重い空気を破ってシェランが尋ねた。


「それは何か理由があるのかしら。思い当たる事は?」


「全く無いな。だが不思議な事に、俺はあの男がそういう男だと理解する事が出来る。他の誰から見ても人殺しを楽しんでいるかのように見えるあの男を・・・。もし、あいつが、誰も人を殺さずに・・・そして俺のリリアンを殺していなかったら、俺はあの男の生き方に賛辞を送っていたかもしれない。


だが、あの男はこの国を滅ぼすのと同時に、目的を果たす為なら、アメリカ人を皆殺しにしてもいいと思っている。それは例え、どんな崇高な目的があっても、決して許される事では無いんだ」


アーロンの強い言葉に、ジュードやジョンは深く頷いた。


「あの男が何故俺にだけ言葉を送ってくるのか分からない。だが、だからこそ、俺は残らなきゃならない。あんな男に立ち向かう術など何も無いが、俺には160人の従業員とその家族を守る義務があるんだ」




 アーロンは長い語りに少し疲れたように一息ついてから、校長の方へ身を乗り出した。


「だから私はあらゆる手段を打っておこうと思うのです。幸いSLSは我々から一番近い距離にある。だが私はSLSの本部長官を存じ上げないので、こうしてシェランから校長先生を紹介して貰ったという訳なのです」





 校長は頷くと、すぐにデスクの上の電話を取り、隣のSLS本部に連絡をした。バーグマン長官はすぐに会おうと言った様だ。校長は立ち上がって「君達はゆっくりしていたまえ。そうそう食堂で夕食を一緒に食べるといい。私のおごりだ」と言うとアーロンと2人で校長室を出ようとした。


「あっ、あの、校長先生!」

急にレナが立ち上がって彼を呼び止めた。


「どうしたんだい?レナ」

校長が穏やかに答えてくれたので、レナはすぐに切り出した。


「SLSが5THを買ったって本当ですか?5THを訓練に使うんですか?」


 アーロンは娘の言葉に眉をひそめたが、彼女を咎めはしなかった。レナはその事をずっと思い続けてきた。ジュード達Aチームを誘拐してまで5THを守りたかったレナの心を納得させるには、直接校長に話を聞くしかないとアーロンは分かっていたのだ。


「レナ、君の5THへの思いはちゃんとシェランから聞いている。そうだね。最初に話しておくべきだった」


 校長はドアから離れてレナの側まで戻って来た。


「SLSでは確かに5THを買い取って訓練に使おうという計画があった。5THをもてあましていた政府からそういう提案があったんだ。好きなだけ使って最後には取り壊してもいいとね。


だが5THを調べてみると老朽化が進み、所々崩れ落ちそうな場所もある事が分かって、訓練に用いるには余りにも危険だという結論が出たんだ。だからSLSは5THを買い取ってはいない。まだ政府の管理下にあるんだよ」


彼の話を聞いてもレナはまだ不安そうだった。


「じゃあ、政府は5THをどうするつもりなんですか?又どこかに売るんですか?」


「レナ、私は政府の人間では無いから、彼等が5THをどうしたいのかまでは分からない。だがSLS以外にあれを訓練に使おうと考える施設はこの辺りには無いし、取り壊すには多大な金が掛かる。


私が思うに、政府は多分見て見ぬふりをするんじゃないかな。まるで最初からそこには無かったかのように忘れてしまう。彼等の得意技だ。だから君は好きな時にお母さん達の墓参りに行けばいい。だがその時は必ずお父さんと行くんだよ。あそこはやはり危険だからね」


 レナはやっと納得したように微笑むと、校長に礼を言った。アーロンも彼に感謝の瞳を向けると、共に校長室を後にした。





「本当にありがとうございました、校長先生。レナもこれで納得したと思います。それから、無理にお時間を取らせてしまって、ご迷惑ではありませんでしたか?」

廊下を歩きながらアーロンは丁寧に礼を述べた。


「いやいや、なあに。私とエルミスは、あいつの長官室にマイ・ロイヤルコペンハーゲンカップを置く程の仲でしてな。気になさる事はありませんよ。ははははは」

「はあ・・・」


 今度は何百ドルのカップが出てくるのか想像しながら、アーロンは見かけよりずっと筋肉の引き締まった彼の背中を見つめた。






 後に残った4人はそれから暫く誰もしゃべらず、じっと座ったままだった。ジュードは今のアーロンの話をにわかに信じられずにいた。まるで自分とは関わりの無い世界の話に思えた。



 アメリカ政府やSEAL等という機関は、普段の友達との会話の中には登場しない、テレビや映画の中だけの存在だった。だが、現実に自分はアルガロンの火災現場に居た。それが政府も軍もFBIも手を出せない、正体不明の人間の仕業だったのだ。



 ジュードは心配そうにレナの手を握り締めているシェランの顔を見た。きっと彼女は全てを知っているに違いない。昔、5THで何が起こったのか。だがそれを今ここで聞いてはいけないような気がした。いつか、それをシェランに聞けるだろうか・・・。


「それじゃあ、みんなで夕食を食べに行く?お腹空いたでしょう?」

シェランに促されて彼等は立ち上がった。

 




 アルガロンの食事はボリュームもあって味もいいらしいのだが、SLSの食堂のように欲しいものが食べられるバイキング形式では無いので、どんなに嫌いなものが出ても文句を言わずに食べなければならない。


 食堂に沢山並んだ、ステンレスの大きなバッドに盛り上げられた料理を見て、レナとジョンは嬉しそうにトレイの上の皿に好みの料理を盛り上げた。





 一方本部長官に会いに行ったアーロンは、毎日アルガロンから本部に定時連絡を入れる事や、緊急時のホットラインを設ける事などを話し合った。彼は2時間程で戻って来ると、ジョンやレナと共に古巣に帰って行った。





 シェランとジュードは彼等をヘリポートで見送った。ヘリの轟音が遠ざかっても、シェランはずっと暗い夜空を見上げていた。彼女は不安なのだろうか。又、アルガロンで何かが起きるという予感でもするのだろうか・・・。


「ホットラインの整備やなんかで2ヶ月くらいは掛かるかもしれないけど、それが終わったら少しは安心できるんじゃないか?SLSもアルガロン周辺の警備をする事になったし・・・」


 ジュードはシェランを安心させようと言葉をかけたが、彼女は暗い表情のまま空から目を下ろすと、今度は遠い海を見つめた。


「いいえ、ジュード。それでも“彼”はやって来る。例え24時間SEALがアルガロンの周りを見張ったとしても、“彼”を止める事は出来ない。そして又私は、大切な人が目の前で死んでいくのを、何も出来ずに見ているだけなのよ。リリアンが死んだ時のように・・・」



 ジュードはシェランの瞳が見ているのは暗い鉛色の海ではなく、そのリリアンが死んだ時を見ているのだと分かった。目の前で愛するものを失う辛さをジュードは知っていた。己の力の無さをどれ程嘆いても、彼等は戻っては来ないのだ。


 だがシェランは胸にあるSLSのバッジをぎゅっと握り締めると、再びきりっとした目で空を見上げた。


「違うわ・・・。あの時の私と今は違う。あの時私はまだライフセーバーじゃなかった。でも今はライフセーバーなんだもの。きっと守ってみせる。“あの男”の思い通りになど、絶対にさせないわ」



 シェランの決意をジュードはただじっと聞いていた。“私”という名の男がどれ程恐ろしい人物か分かっていて、彼女は彼と対峙しようとしている。その男を止める事が出来ないように、きっとシェランも止められないのだとジュードは分かっていた。


 その時、オレはライフセーバーとして彼女の側に居るのだろうか・・・。それとも今の何の力も無い訓練生のままなのだろうか。だとしたら、きっと側に居る事さえ叶わないだろう・・・。



 ジュードはぎゅっと手を握り締めると、彼女から目をそらした。そうしないとシェランに行くなと叫んでしまいそうだった。そして彼等はじっと、深い海の底のように先の見えぬ、暗闇と静寂に包まれた夜の海を見つめていた。






読んでくださってどうもありがとうー!

もし宜しかったらご感想などをお願いいたします。

 


【予告】 第5部 火災


 フロリダに暑い夏がやって来た。益々厳しくなる日差しの中、真っ黒になりながら訓練を続ける訓練生の為に、シェラン達1年生の教官は、2年にならないと乗れないライフシップに彼等を乗せて遠足に行こうと決めた。ジュード達はもちろん喜んで出かけるが、しかしそこで彼等を待っていたのは・・・。

 

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