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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第3部 148F 【5】

30分程して、シェランの教官室を後にしたジュードは、早速Aチームの仲間達に2階のミーティングルームに集まってくれるようメールを送り始めた。その後、このスピーディな現代社会で、携帯電話という便利アイテムを持つことを拒んでいるアズを探しに1階へ降りて行った。



 何故アズが携帯電話を持っていないのか一度聞いたことがあるが、彼はただ一言「煩わしいからだ」と答えた。


 レクターの話だと、親兄弟から電話がかかってくるのが嫌いらしい、という事だったが、オレゴンに一人きりの母を残してきているジュードには、遠く離れた家族からの電話が何故そんなに煩わしいのか分からなかった。



 丁度夕食を終えて、寮に戻ろうとしているアズを見つけたジュードは「何で俺がそんな所に行かなければならんのだ」と怒っている彼を説き伏せて、2階まで引っ張って来た。マックスもジェイミーがうまく説得してくれたらしく、久しぶりにAチーム全員が集まった。





 メンバーが揃った所で、ジュードは先程のケインとクリスのやり取りを説明し、何とかケインがもう一度やる気を取り戻せるよう、彼等に協力を求めた。だがマックスは立ち上がると「バカバカしい!」とジュードを一瞥した。


「水が怖くて逃げ出した奴に潜水士が務まるか。大体Bチームの事はBチームに任せておけばいいんだ。そんな弱虫の為に貴重な睡眠時間を削るのはごめんだね」


「ケインは逃げ出したんじゃない。ただほんの少し、自信を失っているだけなんだ。でもこのままじゃ、彼は本当に逃げた事になる。水からじゃない。自分自身からだ。このまま自分から逃げていたら、彼はきっと一般の救難士にもなれないだろう。本当にライフセーバーになりたいなら、彼はもう一度、水と自分自身に立ち向かわなきゃならないんだ。それはオレ達にだって言える事だろう?」



 マックスは“オレ達にだって”というジュードの言葉に一瞬ドキッとした。今、彼が言ったそのままの言葉を以前俺は聞かなかったか?



― マックス、お前は炎から逃げてるんじゃない。お前は自分自身から逃げているんだ。このままだとお前はファイヤーファイターに戻れないばかりか、きっと何も掴む事は出来ないぞ ―



 最後に会った日に、レスキューリーダーのランディ・マクレーンが言った言葉だった。あの時俺はそんな捨て台詞を残して去っていったあいつを、後ろからぶん殴ってやりたいくらい憎んだが、彼も今のジュードと同じように、俺にやり直してもらいたいと思っていたんだろうか・・・・。


― いや、そんな事は無い ―


 マックスは心の中で大きく首を横に振った。俺があいつのことを嫌っていたように、あいつも俺の事を嫌っていたはずだ。マックスはそれ以上何も反論できずに立っていた。今のケインの姿は、ファイヤー・ファイターを辞めた頃の自分と同じだと気付いたのだ。




 ジュードはマックスが黙っているので、協力してくれるのだと判断した。彼はシェランの教官室で彼女と共に考えた作戦を説明し、今夜9時半にSLS専用港に集合してくれるように伝えた。


 ジュードの話が終わって解散した後、ショーンが少し心配そうに言った。


「俺はさ、お前がやるって言うならいくらでも協力してやるけど、他のチームの事まで心配していたら、お前の身が持たないんじゃないのか?」


 ジュードは不思議そうにショーンの顔を見た。


「何で?だってみんな同じ1年生じゃないか。心配するのは当然だろ?それにどうせならみんな一緒に卒業したいし・・・」


 この時、Aチームのメンバーは悟った。彼は天性の世話好きなのだという事を・・・・。







 その手紙は夜の9時半を回った頃、ケインに届けられた。布団にもぐりこんだまま、どうしようもない自己嫌悪に陥っていた彼はいつの間にか眠っていたらしく、気が付いた時にはハリーもキースも部屋の中には居なかった。


 眠っている間に恥ずかしくも泣いていたのか、枕にたっぷりと涙が染み込んだ跡が残っていて、その枕のすぐ側に青い封筒が置かれていた。その中の手紙には封筒に合わせてか青い文字が並べられている。その文章を読んでケインはぎょっとした。



― お前の秘密を知られたくなかったら、今夜10時にSLS専用港まで来い。もし来なかったら、その秘密は明日中にSLS訓練生全員の知る所となるだろう ―


 ケインは全く訳が分からず動揺した。


― 秘密?俺の秘密って何だ? ―


 頭を巡らせて考えてみたが、思いつかなかった。でもきっと何かあるんだ。気付かない内にとんでもない事をしてしまったのかも知れない。これ以上みんなにバカにされるのは死んでも嫌だった。


「大変だ。あと10分しかない」


 ケインは急いで布団から飛び出ると、慌てふためいて部屋を飛び出した。







 SLS専用港にはずらっと並んだライフシップや消防艇が、いつでも海難事故が発生した時に出動できるよう待機している。昼間と違って夜の港は訪れる人も居らず、防犯の為のオレンジ色のライトだけが辺りを照らし出し、ひっそりと静まり返っていた。


 光を失った海は暗い波を穏やかにライフシップの横腹に打ちつけ、その波に乗って大小様々な形のライフシップがゆらゆらとその鉄の身体を揺らしている。


 その船がおとなしく繋がれた牛のように並んでいる前に、まるでモデルが夜の海をバックに写真を撮っているかのようにすっと背筋を伸ばし、腰の辺りに手を当てたシェランが、ドライスーツに身を包んで立っていた。


「シェラン、本当にあんな呼び出し方で来るのか?」


 ジュードは約束の10時を回ってもケインが現れないので、シェランの側にやって来た。


「来るわよ。人間誰しも人に知られたくない秘密の一つや二つはあるものよ。彼は絶対に来るわ」


 自信満々に答えるシェランを見て、ジュードは彼女も何か他人に知られたくない秘密でもあるのかと思った。


「来たわ。隠れて!」


 自転車の小さな灯りが徐々に近付いて来て、シェランの近くで止まった。


「遅刻よ、ケイン」

「た、大佐?あの手紙、大佐が書いたんですか?」


 ケインは自転車を降りると、面食らったようにシェランを見つめた。


「そうよ。あなた、再試験を受けるのを拒んでいるそうね。どうして?」


 “どうして”と聞かれても、ケインには明確な理由が思い付かなかった。良く考えれば恥ずかしさの余り、ただすねていただけのような気もする。もう二度とみんなの前で恥をかきたくないというのが一番の理由かもしれない。


 海に潜ったら、又同じようになるかもしれないと思うと、とても怖かった。でもそれをいくら教官でも口に出して言うのはもっと嫌だった。


 シェランはケインの心を見透かしたようにフンと鼻で笑うと、彼のうつむいた顔を覗きこんだ。


「何の理由も無しにテストを拒否できると思っているの?そんなの、私は許さないわよ」

「で、でも、クリス教官は無理強いはしないって・・・」


「クリスは潜水士じゃないわ。あなた達の教官は私よ。ケイン、どうしても試験を受けないって言うなら、この私と潜水で勝負しなさい」

「しょ、勝負?」




 ケインは昼間の授業の時より、ずっと迫力のあるシェランの顔をびっくりして見つめた。彼女の授業のハードさは、潜水課の間では有名であった。しっかりとした基礎訓練を繰り返した後は、殆ど一日中水の中での訓練だ。


 あの毎日が地獄の特訓と呼ばれている授業を良く乗り切って来れたものだと自分でも驚くが、少しでも水から上がろうとしたら、シェランに後ろから羽交い絞めにされ、海の中に引きずり込まれるのだから死ぬ気で泳ぐしかない。


 彼女は皆から呼ばれている鬼教官ではなく、バミューダ海域で近付く船を沈没させ、何とか浮かんでいる船員を、悪魔のように恐ろしい形相で海の中に引きずり込むという伝説の人魚ではないかと、ケインはよく思ったものだ。



 それにどう考えても勝負になんかなるはずがない。シェランはSLSの中でも生え抜きの隊員が集まるフロリダ本部の中でトップクラスの人間だった。いわばSLSの潜水士達の頂点に立っているのだ。たった148フィートが潜れない訓練生ごときに、どう太刀打ちしろと言うのだろう。


「む、む、無理です」

「無理?言っておくけど、あなたに拒む権利は無いの」


 シェランは彼から二歩下がると、パチンと指をはじいた。途端に少し離れた暗闇からAチームの潜水課の生徒がぞろぞろと現れて、驚いて抵抗も出来ないケインにダイビングの支度をさせ始めた。


「きょ・・・教官。お前等・・・?」



 オロオロしながら彼等のなすがままになっているケインをシェランはニヤッと笑って見た。


「言っておくけど、Bチームは誰も来ないわよ。この子達は私の仲間のようなものだから、例え何が起こっても口を閉ざしてくれる。例えば海の中でSLSの訓練生が一人行方不明になったとしてもね・・・」




 背中に何かおぞましいものが通り過ぎた様に逆立った。彼は無言のままのAチームに追い立てられて、SLSのボートの一つに乗り込んだ。見張りのつもりだろうか、Aチームの潜水課の訓練生が5人とも乗り込んできたが、一言も言葉を発することもなく、じっと周りを取り囲んでいるのがケインにはとても不気味だった。


 いつも授業を一緒に受けてきた仲間の冷たい仕打ちに、ケインはだんだん腹が立ってきた。


― 何だよ、こいつら。鬼教官にいいように飼い慣らされちゃって・・・。大体試験を受けるも受けないも本人の自由じゃないか。何で俺ばっかりこんな目に遭わなきゃならないんだ? ―


 ケインは心の中で叫んだが、声には出来なかった。それほど重い沈黙が、船とケインの周りを包み込んでいた。

 




 一方港に残ったジュード達は、仲間を乗せたボートが遠ざかって行くのをじっと見送っていた。


「大丈夫かなぁ、ケイン・・・・」


 ジュードの隣でショーンが心配そうに呟いた。


「あいつが俺達の所に戻って来たいなら、行くしかないんだ。でないとあいつは何も掴めない・・・・・」


 マックスが暗い夜と海の境を見つめながら呟いた。それはまるでマックスが自分自身に言い聞かせているようだとジュードは思った。






 操舵室から出てきたシェランは、Aチームのメンバーに取り囲まれているケインの側に行って彼の腕を掴み、強引に船の縁まで引っ張って行った。そして彼の首根っこを押さえつけて海に近付けた。


「いい?私はここに宝石を落としてしまったの。それを拾って来てちょうだい」

「ほ・・・宝石?」


 そんな小さな物、こんな暗闇の、しかも海の中で探せるはずがなかった。


「心配しなくても大丈夫よ。宝石は意外と大きいの。あなたに見つける気があるならきっと見つかるわ」

「む、無理です。僕には出来ません。夜のダイブだってした事ないのに・・・」


「何が無理なの?やってもいないのにどうして分かるの?」


「分かります。自分の実力くらい分かってます。僕には出来ません。無理なものは無理なんです!」


 とうとうたまらなくなってケインは叫んだ。このままでは本当に殺されてしまう。


「じゃあ、お前はもう潜水士と呼ばれなくてもいいのか?」


 この時初めて、周りを取り囲んでいたAチームの潜水課の一人が口を開いた。


「お前は何故潜水士になろうと思ったんだ?潜水士という仕事に誇りを感じたからじゃないのか?」

「お前は本当に潜水士を諦められるのか?」




 矢継ぎ早に浴びせかけられる質問の全ては、ケインがずっと考えないようにしていたものだった。その答えを出したら、彼は恥じも外聞もかなぐり捨てて、海に戻らなければならない。たった一人で深い暗闇の支配する海に、又沈まなければならないのだ。







 ケインが潜水士という仕事を初めて知ったのは、まだ彼が7歳の頃だった。もう題名も覚えていない映画だが、凄まじい嵐の中、潜水士が沈没しようとしている船から乗組員を果敢に救助する映画だった。大自然が猛威を振るう中、命を賭けて荒れ狂う海に挑む彼等は、今まで見たどの映画やゲームの世界の英雄より、彼にとっては実在する英雄だった。


 英雄が実在するのなら会いに行きたくなるのは当然だろう。彼は忙しい父にせがんで、フロリダ本部が年に一度行なっている公開演習に連れて行ってもらった。


 公開演習はSLSだけでなく、他の機関と共同で行なうこともあり、この時はマイアミの消防レスキュー隊との合同演習だったので更に迫力があった。



 轟音を響かせて消防レスキューの赤いヘリと、白と青のSLSのヘリが何台も頭上を横切り、観客達が見守る中、一糸乱れずに着陸してくる。機動救難士やファイヤー・ファイターがヘリの前に整列すると、彼等の任務に付いての説明が流れ、再び彼等はヘリに乗り、一斉に離陸した。


 海上ではSLSの所有する消防艇とライフシップが横なりに並んでおり、そのデッキに潜水士や一般の救難士が並んで立っていた。そして同じように彼等の任務に付いての説明が流れ出すと、彼等も一斉に船の中に姿を消し、船が出港した。


 ライフシップや消防艇が向かっていく先に、一隻の中型の船が浮かんでおり「それでは実際の船舶火災の消火、救出現場を再現いたしましょう」とアナウンスが流れると、その船の後方からいきなり火の手が上がった。


 観客席から「オーッ!」という声や溜息が漏れる。燃えている船の前方には乗組員が助けを求めて手を振っていた。炎を逃れる為、中には海に飛び込んだ人も居た。


 ケインは隣に居る父の手を握って「パパッ、パパッ、大変だよ。人が海に落ちちゃったよ!」と叫んだ。父はにっこり笑ってケインに顔を近付けた。


「大丈夫だよ。よーく見ててごらん。今からお前の大好きなライフセーバーが彼等を助けるから」




 ヘリ隊の中から消防ヘリが一機とSLSのヘリが一機、益々炎が燃え盛る船に一直線に向かって行った。すぐに消防ヘリと消防艇から水が放水され、消火にあたる。機動救難士がヘリから見せ場のリベリング降下を行なって要救助者をホイストで救助する。そしてライフシップの潜水士は、先程海に飛び込んだ人をライフブイ(救命用浮き袋)を使って助け上げた。


 いずれの作業も円滑かつ同時に行なわれ、観客達は要救助者が助け出される度に、歓声と拍手を送った。


 全ての演習が終了すると、希望者はライフシップと消防艇の見学を許される。こういったものを見学したがるのは大抵子供なので、父や母に手を引かれた子供達が船の周りを取り囲んでいたが、ケインはその全く反対方向に飛び出して行き、ヘリの前で仲間同士語り合っているライフセーバー達の群れの中に飛び込んだ。


「ケイン!」


 驚いた父が駆けつけてみると、ケインはさっき海に落ちた人を救助していた潜水士の背中に抱きついていた。


 びっくりしたように潜水士の男が振り返ると、くりくりとした青い瞳を見開いて小さな男の子は彼に笑いかけた。


「あのね。僕、大きくなったらお兄さんみたいな潜水士になるんだよ!」


 父親が平謝りに謝りながらケインを彼から引き離そうとしたが、やっと出会えた英雄をケインが簡単に放すわけがなかった。


「こらっ、ケイン、放しなさい!」

「やだやだやだーっ!」


 周りのライフセーバーが大笑いしている中、ケインの英雄も笑いながら彼を抱き上げた。


「そうか。君は潜水士になるんだな。じゃあ、もう仲間だ。宜しく、ケイン。俺はフレデリック。みんなにはフレディと呼ばれてるんだ」






 14年経った今、フレディはもう陸に上がって、どこかの支部で内勤をしているらしいが、その時彼の肩の上に乗って撮った写真は、今もケインのデスクの上を飾っている。


― “どうして潜水士になりたいか”だって?そんなの決まっている。俺も仲間になりたかったんだ。フレディの・・・そしてBチームの潜水士の・・・・ -



 ケインは星も見えない空を見上げた。いつだって心の支えだったフレディだって、あきれて「お前なんかもう仲間じゃない」と言うだろう。彼は小さく溜息を付くと肩を落としてうつむいた。


「宝石を見つけてきたら、試験を受けなくていいんですね」

シェランが頷くと、彼はピートの差し出したアクアラングを背負った。


「いいこと?ケイン。宝石は全部で6個よ。全部見つけないと船には上げないわ」

シェランは黙ったまま船べりに座っているケインの肩をぎゅっと掴んだ。


「ケイン。あなたは全てを失ったと思っている。でも、あなたが本当に大切だと思うのなら探しに行きなさい。そうすれば宝石の方から輝いて、あなたに居場所を教えてくれるわ」



 シェランは最後の言葉を言い終わると、彼の肩を強く押した。水しぶきの音が聞こえた後、ケインの身体は、まるでコールタールのような真っ黒でまとわりついてくる水の中に沈んだ。


 余りの暗さに自分が最初、上を向いているのか下を向いているのかさえ分からなかったが、彼は頭に付いた水中用の小さな電灯をつけると、ゆっくり足を動かし始めた。




 シェランの言葉を思い出すと、涙が出そうになる。もう探したって見つかりはしないのだ。俺はBチームの皆に迷惑をかけ、あまつさえ一緒に頑張ってきた親友さえも傷付けた。きっともう誰も俺を仲間だなんて思ってくれないだろう。



 あの日、仲間の中に居たフレディはとても幸せそうに笑っていた。もう何年もの間、荒れ狂う海で共に命を賭けて戦ってきた仲間は、彼にとってどれ程大切な心のより所となっていただろう。そして俺もやっと、いつか潜水士として共に生きていく仲間を見つけた。あの時フレディが一生忘れられない言葉を俺に送ってくれたように、彼等にも言って欲しかった。


― もう仲間だ。宜しく、ケイン ―





 潜っても潜っても、何も見えない海の中は自分の心と同じだった。歯を食いしばってあの厳しい訓練を耐えてきたのは何の為だったのだろう。潜水士になれないのなら死んでしまった方がマシだと思うほどの情熱は何処へ行ってしまったんだ?たった一度の失敗で全てを失うのか?


― 本当に大切だと思うのなら探しに行きなさい ―


 探しに行ったら見つかるのか?もう失ってしまったのに・・・・。本当にあの人は最後の最後まで鬼教官だ。見つかりもしないものを探しに行けだなんて。しかも6つも・・・。でもなんで6つなんだろう・・・。


 その中途半端な数字を考えた時、ケインはふと思い出した。Bチームの潜水課の人数は7人、つまり自分を抜いたら6人なのだ。



― そうすれば宝石の方から輝いて、あなたに居場所を教えてくれるわ ―



 その時彼は見たのだ。何も見えない筈の海底に輝く6つの光を・・・。そして、それはまるで居場所を教えてくれるかのようにくるくる回ったり、左右に揺れた後、ゆっくりと彼の側まで上がってきて、周りを取り囲んだ。


― 海の中でも涙は出るんだ・・・ ―


 ケインは潤んだ瞳で周りの仲間達、一人一人を見回した。


 リーダー候補のヘンリーとザックは親指を立てた拳を前に突き出し、片目を閉じた。ハリーとジェイムス、そしてユーリ・キプロスは目を細めて微笑んでいる。親友のキースが彼の側にやって来て、ダイビングコンピューターを手渡した。それを見たケインは思わず苦笑いをして首を振った。水深計の文字が丁度、148フィートを示していたからである。


 海上に戻ってきた7人をAチームが船の上に引き上げた。Bチームのメンバーはドライスーツを脱ぎながら口々に言った。


「ケイン。お前、遅いんだよ。大佐と違って俺達は、あの場所に留まってるのは大変なんだぞ」

「そうそう、寒いしな」


 泣きそうな顔をしながら「ごめん」と謝るケインの濡れた頭をザックが押さえつけて「まっ、仲間の為だからしょうがないな」と笑った。


 ケインの目に再び涙がにじんだ時、シェランが彼等の後ろからやって来たので、Bチームの潜水課はずらっと2列に並び敬礼をした。


「どう?ケイン。探せば見つかるものでしょ?宝石って」

ケインは一歩前に出ると、深々と頭を下げた。


「ありがとうございました。ご心配お掛けして申し訳ありません!」

「その言葉は戻ってから言ってあげなさい。みんな待ってるわ」


 


シェランの言葉通り、SLSの港に戻ると、クリスやBチームの他のメンバーが彼等の帰りを待っていた。もちろん、ケインの為にAチームのメンバーが集めたのである。仲間達に囲まれて幸せそうに笑っているケインを見た後、ジュード達もそれぞれの部屋に引き上げた。

 



 ジュードが暫くショーンやジェイミー等と立ち話をして戻って見ると、アズはいつものように頭から布団をかぶって、こちらに背を向けて寝ていた。ジュードはそんな彼の背中を見ながら珍しいこともあるものだと思った。



 この間彼に教室の変更を伝えたら「それくらい分かってる。おせっかいを焼くな」と怒られた。彼は世話を焼かれるのが煩わしいのだろう。だから今日もきっと「この、おせっかい焼き」と言って協力してくれないのではないかと思っていた。だが彼はミーティングの間、一言も反論しなかったし、船の上でも皆と協力し合っていたそうだ。


「アズが協力してくれるとは思わなかった。ありがとう」


 ジュードは彼の返事を期待していなかったので、そのままベッドの端に座り、靴を脱ぎ始めた。だが、本当に珍しく、アズが半身を起こしたのでびっくりして彼を見つめた。


「お前等機動と違って、俺達は一人でも戦わなければならない。覆いかぶさって来る水圧と、果てしない暗闇。気が狂うほどの孤独感・・・。マックスなんかは何も分かっちゃいないが、お前は分かっていた。だから今回だけ協力してやっただけだ」


 彼はぼそぼそと呟くように言うと、再びベッドに素早く潜り込んでしまった。アズは時々、ここぞという時に嬉しい事を言ってくれる。ジュードは何故か憎めない友の背中をにっこり笑って見つめると、ベッドに潜った。明日の日曜日は久しぶりにゆっくり眠れそうである。






第3部まで読んでくださってありがとうございました。

次はちょっと中休み・・・。


【予告】第4部 “私”という名の男


 第1部でアルガロンを破壊しようとした正体不明の男。名前も分からない彼を人は“私”という名の男と呼んだ。ジュードがSLSに入校する前からこの男とシェランには因縁があった。そしてその因縁にいつかジュードも巻き込まれていく・・・。




 







 


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