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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第3部 148F 【3】

キャシーの両親は彼女がまだ幼いころ破綻した。母が自分より2つ下の弟だけを連れて家を出て行った時、キャシーは自分が母に愛されていなかったのだと思い愕然とした。


 加えて父が自分のせいで母が愛想を付かして出て行ったと思いたくない為に、いつも彼女の悪口を言いながら、酒を煽り愚痴をこぼした後、最後に必ずこう言った。


「だから女は駄目なのさ。何をやったって男に勝てやしない。お前も良く覚えておけ。女はどんなに努力したって何も掴めやしない。女は女に生まれてきただけで不幸なんだ」



 酒を煽りながらそんな言葉を吐く父の側に立って、キャシーは幼いながらもその言葉を理解していた。


― だからママは私を見捨てたんだ。私が女だったから・・・ ―




 だが学校に通う頃になると、父の言葉だけでは無いことに気が付いた。友達の女の子達は、皆女だからという負い目など全く背負っていなかったし、女でも努力すれば学校で一番の成績だって取れる。そうすれば皆が尊敬してくれるし、大事にしてもらえると分かった。


 何よりも彼女に自信を持たせたのはその潜水能力だった。彼女は小学校で既に30フィート潜ることが出来た。中学の頃には既にその記録は40フィートを超えていたが、キャシーは潜水士という仕事があることを知らなかったので、その頃はただ、潜るのが楽しいというだけで潜っていたのだ。


 高校生になってすぐに、学校の研修でテキサス州ガルベストンにあるSLSテキサス州支部を訪れたキャシーは、初めてそこで潜水士という職業が存在する事を知った。


 本当に元は白人だったのだろうかと思わせるほど、濃いブロンズ色の肌をした潜水士達は、キャシーが75フィートも潜れることを知ると、身体の中で唯一の白い歯を笑った口から覗かせて教えてくれた。


「じゃあ君は将来、伝説の女潜水士の跡を継げるかもしれないな」

「伝説?」


「ああ。ずっと女人禁制だったSLSの中に、去年初めて女性のライフセーバーが誕生したんだ。何でもイルカのように素早く潜り、水上に吹き上がる泡のように一瞬で浮かび上がる。高気圧障害にも低体温症にもならない。まるで魚みたいな奴だって噂だな。生え抜きの本部の潜水士も歯が立たないんだってさ」


― イルカのようにすばやく潜り、泡のように一瞬で浮かび上がる ―


 その時キャシーの頭の中には女の子らしく人魚姫の姿が思い描かれていた。


「何故入隊して1年なのに伝説なの?」

「そりゃ決まってるさ。彼女は入隊する前から既にマイアミじゃ伝説だったんだ。まだ17歳の若さで970フィートもの深海に潜ったって噂を聞いたことがあるな」


― 970フィート・・・? ―


 その数字はキャシーの体中の皮膚をあわ立たせた。それが本当なら間違いなくその人は世界一の潜水士だ。どんな男の人だって叶わない。世界一の女潜水士。


 キャシーは廊下の向こうで先生が集合の合図をかけているのも聞こえないように、目の前の男に詰め寄った。


「それで、その人の名は?」

「さあ、そういえば知らないなぁ。本部の奴等には“鉄の女”とか“カーナル・オブ・ザ・フィッシュ”と呼ばれているよ」




 このほんの2、3分の会話でキャシーの未来は決まった。彼女の感性から、その女性の潜水士を“鉄の女”とか“魚の大佐”と呼ぶのは嫌だったので、名も知らぬ彼女の事を『伝説の女潜水士』と呼ぶ事にした。


― その人に会いに行こう。SLS隊員になればきっと会える。そして私もその人みたいになるんだ。そうすれば誰もお前は女だから駄目だとは言えなくなるだろう ―



 キャシーはどうすればSLSに入隊できるのか、そこに居た潜水士に教えてもらうと、すぐに立ち上がった。


「おいおい、お嬢さん。本当にSLSの隊員になるつもりなのかい?潜水士はただ潜れればいいって訳じゃないんだぜ」


 白い歯をむき出してニヤニヤ笑っている男達を振り返ると、キャシーもニヤッと笑った。


「なあに?悪魔に魂を差し出せとでも言うの?構わないわよ。その伝説の女潜水士に会う為ならね」



 あっけに取られている屈強な男達を残して、キャシーは入学案内と地方支部で行なわれる予備試験の申し込みをする為に、事務所に向かって一目散に駆けて行った。そして彼女はテキサス州支部で2回に渡って行なわれた適正審査や筆記試験を見事にパスし、最終試験を受験する切符を手に入れたのだ。


 入学金や授業料は決して安くは無かったが、学校一優秀な彼女は手っ取り早く金を稼ぐ方法も心得ていた。


 今まで無料で見せていた宿題は全て料金制にして、1ページ1ドルという法外な値段をつけた。それでも彼女のノートを借りに来る人間が後を絶たなかったのは、ひとえに全くミスの無い解答のおかげであろう。


 休日は自分の受験勉強にいそしみながらも、学校が終わってからは中学生の家庭教師をし、それでも足りない分は先生に泣きついて、学校中からカンパを集めてもらった。


 そしてキャシーは充分な資金を手に、フロリダへ向かうことになったのだ。



 出発の前日、彼女はいつまで経っても己の非を認めず、愚痴をこぼし続ける父の前に立った。


「パパ。パパは女は駄目だって言うけど、私が決してそうじゃない事を証明してあげる。だから私は行くわ。でもパパ。私は決してパパを見捨てるわけじゃない。パパがちゃんと目を開けて、周りの人達の事を省みることが出来るようになったら、いつでも電話して。私は待っているから。男の人ばかりの世界で、女として彼等に決して負けないように、頑張りながら待っているから・・・」





 そして数々の試験を乗り越えて迎えた入校式で、3年後正式隊員になるまで会えないと思っていた『伝説の女潜水士』に会えた時、キャシーの人生は今までの中で一番輝いていた。何故ならその人は、キャシーが心の中で長い間思い描いていた人魚姫そのものだったからだ。


 ずっと憧れていた人に教えてもらえる。キャシーにとってそれはどれ程の喜びだったろう。


 しかし、何故だろう。今まで味方だった海が、初めて彼女を拒んだ。まるで目に見えない分厚い壁がそこにあるように目の前が真っ暗になって、キャシーは自分を見失ってしまった。必死に水の中でもがいていたが、それは夢だったのだろうか。気が付くとシェランが自分を抱きしめて海上へ向かっている所だった。


― 溺れていた?この私が・・・? ―


 キャシーにとってはその事よりも、溺れていた所をシェランに見られていた方がショックだった。そんなみっともない姿を憧れの人に見られていたなんて・・・。



 キャシーはシェランに愛想を付かされるのが何より怖かった。弟の手を引いて振り返りもせずに家を出て行った母。あの時の母のように、シェランが他の誰かに見込みがあると思って、私を見捨てる日が来るかもしれない。やっぱり女の私は駄目なのだと・・・。


 そんな事になるくらいなら、キャシーは死んだ方がましだと思った。だから彼女は危険を承知でボートを出した。他のどの潜水士候補生にも負けない為に。


― 私は負けない。誰にも負けやしない。ピートにもブレードにも他の誰にも・・・。だって教官の跡を継ぐのは私だけなんだもの・・・! ―






 小さく2度咳き込む音がしたので、ジュードは急いでキャシーの側に行って跪いた。青白かった頬に少しずつ赤みが戻ってくるのを見て、ジュードは深く溜息を付いた。そっとシェランがキャシーの頬に手を添えた時、キャシーがうわ言でシェランの名を呼んだ。


「愛されてるな」


 ジュードが微笑みながらシェランを見上げると、彼女は涙を見られないよう、汗を拭くしぐさでそれを拭い取った。


「すぐに船を戻すわ。ジュードは病院に連絡を」

「分かった」





 キャシーはマイアミ市内の病院に搬送され、適切な処置を受けたおかげで容態がすぐに安定した。


 病院のベッドの上で目を覚ました時、シェランがただじっと黙って自分の手を握り締めているのに気が付いて、キャシーはびっくりしたように起き上がった。


「ごめんなさい!迷惑をかけてしまったんですね。本当にごめ・・・・」


 柔らかな腕に包まれてキャシーは一瞬言葉を失った。それはキャシーが遠い日に失ってしまった母の腕に似て、彼女の全てを包み込み、温かく優しい香りがした。


「良かった。目を開けてくれて、良かった・・・」


 シェランの涙がキャシーの頬に零れ落ち、キャシーの涙もそれに混じってシェランの服にしみこんだ。

 




 シェランが病院を出ると、外でジュードが待っていた。彼も心配していたのだろう、キャシーが目を開けたことを伝えると、ホッとしたように溜息を付いた。今夜一晩泊まって、明日訓練校に戻ってくる予定だと聞いたジュードは少し暗い顔をした。


「シェラン、今日の事、訓練校に言うのか?」

「私に黙っていろとでも言うの?まずはキャシーにボートを貸した人間をつきとめなければ。信じられないわ。こうなる事を予測できなかったというの?」



 シェランがキャシーやエバの事をどれ程大切に思っているか、ジュードにも良く分かっていた。それは彼女が2人を見る瞳で分かる。ジュードは予想通りのシェランの怒りに、どう対処していいか考えながら小さく首を振った。


「オレはキャシーにボートを貸した人物を知っている。だけど彼は多分・・・騙されたんだ」

「騙された?」



 良く考えれば分かる事だった。あれほど強くジュードに対してボートは貸さないとノイス・ベーカーが言ったのは、ジュードにも今日のキャシーと同じ事が起こるかもしれないと思ったからだ。そんな事になれば、当然彼の責任問題になる。


 もし彼が簡単にキャシーにボートを貸したのだとすれば、理由はただ一つだ。


「おそらく、キャシーはシェランと一緒に訓練をすると言ったんだ。オレも貸してくれって頼んだけど、絶対駄目だって断られた。オレは一人で訓練するって言ったからね。教官が一緒なら安心だと思ったんだろう。良く確かめもせずに貸したのは悪かったかもしれないけど、そこはキャシーがうまく言ったんだと思う。『まさか、女の子一人で沖に出て、潜水の訓練なんか出来ませんわ』なんてね」



 ジュードと並んで歩きながら、シェランは彼の言う通りだと思った。頭のいいキャシーの事だ。何を言われても、うまく切り抜ける術は心得ているだろう。だがそれでは、全てがキャシーの責任になってしまう。シェランは困ったように目を伏せた。


「私にどうしろと言うの?」


「不問に付せとは言わない。だけど叱らないでやって欲しいんだ。あいつはシェランに認められたくて必死だった。オレも同じだ。後がないから・・・。オレは運よくシェランに出会えたから良かったけど、もし一人でやっていたら、不慣れなオレはキャシーと同じ事になっていたかもしれない。みんな正式隊員になるために必死に努力している。キャシーはちょっと行き過ぎただけなんだ」


 シェランは暫くうつむいて考えていたが、顔を上げて微笑んだ。


「校長先生に相談してみるわ。ちゃんと話せば分かってくれる人よ。それでいい?」


 ジュードはシェランに笑い返すと、ホッとしたように空を見上げた。


「所であなたは大丈夫なの?せっかくだから病院で診てもらった方がいいんじゃない?」

「何が?オレは全然平気だけど・・・」


 ジュードは突然シェランが何を言い出したのか分からないように首をかしげた。


「深度計、見なかったの?」


「ああ、あれ?どうやら狂っていたみたいなんだ。127フィートなんて桁が一つ多いよな」


 ジュードは左手首を前後に振りながら答えた。シェランは思わず噴き出しそうになったが、真面目に言っている彼には真面目に答えるべきだと思い、立ち止まった。


「狂ってなんかいないわ。あの時私は確かに127フィートは潜っていたもの。それにジュード。あなたは私の潜る速さに付いて来た。本部隊員でも私に付いて来れるのは一人くらいしか居ないの。やれば出来るのよ。あなたは」


 ジュードは目を丸くしてシェランを見た後、信じられないように叫んだ。


「ほんと?オレ127フィートも潜ってたのか?本当に?ィやった!」


 夕刻になるとマイアミ市内の人気のバーに行く人や、スーパーボウルの試合を見に行く人々で、オフィス街の広い通りも人であふれ出す。ジュードはそんな人々の間を「ヒャッホーッ」と叫びながら走り抜けると、自分の身長ほどもある塀の上に軽々と飛び乗ってシェランを振り返った。


「シェラン、ありがとう!」


 ビルの谷間から差し込むオレンジ色の斜光に照らされた彼の笑顔は、今までシェランが見た中で一番輝いているように見えた。自分の胸に一瞬何かが食い込んできた気がして、シェランは思わず胸に手をやった。


「ジュード!ちゃんと試験の日に潜れないと駄目なのよ。26フィート以下なら不合格だからね!」

「分かってるって!」


 まるで曲芸師のように塀の上をぴょんぴょん飛び跳ねながら走っていくジュードを見てシェランは呟いた。


「さすが機動課。高い所は得意みたいね・・・・」






 次の日、SLSに戻ってきたキャシーはAチームの教官であるシェランと、操船課のノイス・ベーカーから、きつく叱りおくという処分を言い渡された。


もちろんシェランはキャシーがもう充分反省していることが分かっていたし、ノイスの方も良く確認せずにボートを貸し出してしまった負い目があったせいか、キャシーに対してそんなにきついお小言を浴びせる事も無かったようである。





 そしてその週の金曜日、1年生の潜水課と機動課が全員、ライフシップのデッキ上に整列して、潜水試験の開始を待っていた。3日前から続く好天気のおかげで、波は穏やか、ダイビングにはもってこいの状況である。


 潜水試験は時間も掛かるので、各チームの一般課は昨日の段階で試験を終えており、全員合格だったので、今日は訓練所に残って授業を受けていた。試験を補佐する為にクリスとロビーも来ているので、 BとCチームには励みになるだろう。クリスは整列している訓練生の前に立つと、いつものさわやかな笑顔で全員の顔を見回した。


「どうだぁ?みんな。自信は有りか?これを乗り越えたら君達は正式隊員に大きく近づけた事になる。余り緊張せずリラックスして臨む様に。あっ、それから言っておくが決して溺れるなよ?俺は基本的にマウス・トゥー・マウスは女性にしか行なわないことにしている」


 そう言って彼はキャシーに片目を閉じた。皆の笑いの中、一人だけの女性候補生も笑いながら手の平を上に向けて両手を挙げた。




 ドライスーツに身を包んだシェランが船の中から姿を現すと、途端に笑いが収まり、全員に緊張が走った。シェランは他の2人の教官と2、3言葉を交わすと、レギュレターを口にくわえ、すぐ海に飛び込んだ。


「よし。まずは機動からだ。二人一組で潜ってもらうぞ。海中のシェラン教官の居る所が26フィートだ。そこまでコントロール潜降で行き、水中で10秒間停止しホバリングする。どうしても駄目だと思ったら無理せず戻って来い」


 クリスが試験の手順を説明している間、ロビーが手際良く生徒達を順番に並べていった。


 Aチームのジェイミーとネルソンは、彼に否応無く一番前に並ばされ、肩を落とした。一番手は一番緊張するからだ。ジュードは二番目で運よくショーンと一緒になった。彼なら気心も知れているし、とっくに26フィートは潜れるので彼に付いていけばいいだけだ。


 マックスは三番目でBチームのチャールズ・グリーンとバディになった。



 クリスがもう一度潜水の際の注意事項をジェイミーとネルソンに与えている間、ジュードの隣に立ってるショーンはとっくにレギュレターを口にくわえていた。随分気合が入っているなと笑いながら彼を見たが、ショーンは口をもごもごさせ、何か様子が変だ。よく見ると彼の手の中にマウスピースが残っていた。


「ショーン?マウスピース、付けてないぞ?」

「・・・え?」


 ジュードに言われて彼は自分の手の平を見つめた。


「そ・・・そうだよな。ははっ、何だか変だと思った」


 ショーンにしては珍しく緊張しているようだ。そんなショーンを見て、ジュードはこの訓練校に来た頃の事を思い出した。





 彼は入校した当時、どの課に入るかまだ決めていないようだった。再圧員や送気員の資格を取っていたのだから、当然潜水士になるのかと思っていたら、ジュードが機動救難士になると言ったその日に、機動課にカリキュラムを変更してくれるよう、シェランに頼みに行った。


― もしかして、オレが言ったからか? ―


 ジュードは幾ら友達だからといって、人に合わせて自分の目標や夢を簡単に変えたり諦めたりするのは嫌いだった。あくまで自分の人生は自分のものだからだ。ジュードはすぐにショーンの部屋へ行って、彼に詰め寄った。


「ショーン!一体どういう事なんだ」


 ショーンはまるで自宅のリビングでくつろいでいるようにゆったりとソファーに腰掛けながら、コーヒーを口に運んでいた。


「ん?何が?」

「何がじゃないよ!どうして機動に変更したんだ?君は潜水士になるんじゃなかったのか?」


 同室のマックスは、ガキの喧嘩に付き合っていられないとばかりに、あきれた表情で部屋を出て行った。


「まあ、ジュード、座れよ。俺はさ、別にライフセーバーになれるんなら、機動でも潜水でも、もしくは一般でもどれでも良かったんだ。アズなんかは潜水士に凄い思い入れがあるみたいだし、ジュードも機動救難士にずっと憧れてた。それはそれで良い事だと思うけど、俺はライフセーバーという仕事なら、例え一般であっても素晴らしい仕事だと思っている。


 俺達は常にチームであり、チーム単位で任務を遂行する。機動も潜水もチームで仕事をする上の一つの部署に過ぎない。だから俺はライフセーバーであれば何でも良かったんだ。でもお前が機動になるんだったら、俺も一緒にやった方が楽しいだろ?」



 ショーンは初めて訓練校の講堂で出会った時と同じように明るい笑顔を向けたが、ジュードは戸惑いながらうつむいた。ショーンはいい奴だと思うが、まだ最終試験の日と合わせて3日しか経っていない。なのに、どうして彼は自分の未来をオレと共有したいと思うんだろう。


「何で・・・オレなんだ?そんなにオレはいい奴に見えるか?」


「見えるんじゃなくて分かるんだよ。初めて会った時『喧嘩はマズイぜ』って注意した俺に、ジュードこう言っただろう?『うん。ありがとう、ショーン』って・・・。初対面の奴にいきなり注意されて、ありがとう何て言える奴はいい奴に決まってる。俺はいい奴とは親友になりたいと思うし、親友になると決めた奴とは、とことん付き合う主義なんだ。駄目か?」


 ジュードは思わず顔をほころばせた。そんな風に言われて駄目だと答える人間はまず居ないだろう。


 あの時の礼は彼がアズと喧嘩になりかけた所にうまく割って入ってくれた事への礼だった。ジュードも、うまく人の気持ちを和らげる事が出来る彼をいい奴だと思っていたのだ。


「ショーンって意外と大物になるかも・・・」

「なるかも?なるに決まってるだろ?俺達はSLSの本部隊員になるんだぜ」






 ショーンはロサンゼルスの裕福な家の育ちで、家族は両親と七つも年下の妹が居て、それはかわいいのだそうだ。家にメイドが5人も居ると聞いただけで、上流階級のお坊ちゃんというイメージが浮かんだが、ショーン自身は屈託の無い快活な青年で、ジュードとはすぐに昔からの親友のように仲良くなれたし、チームのみんなにも好かれている。



 躍起になったりしなくても機動救難士として着実に成長していく彼を見て、才能とはこういう奴に合う言葉だろうと思った。まだ正式隊員になっていないのに、本部に配属になると決めている所は、ジュードと同じ小柄な体型の彼を、たくましく見せている要因であっただろう。



 だが今日のショーンには、いつもの彼らしい余裕が全く感じられない。1番のジェイミーとネルソンが海の中に姿を消した後を、黙ったままじっと見つめている。クリスがジュードとショーンに細かい注意を始めても、まるで上の空のようだった。



 ジュードはショーンに何か声をかけなければと思って口を開いたが、クリスが「じゃあ、2人共用意!」と言った方が早く、ジュードは仕方なく彼から3メートルほど離れた船べりに座った。


「GO!」


 クリスの合図と共に彼等は冷たい海水の中にその身を沈めた。ジュードはすぐに身体を伸ばすと、いつも練習している通り下へ向かって泳ぎ始めた。だが、何かが変だ。いつもなら自分より先に潜っている筈のショーンの姿が、下にも周りにも見当たらなかった。


 まさか・・・と思いつつ上を見上げると、ショーンの足にはめられたフィンが、ゆらゆらと揺れ動いているのが見えた。


― 何をやっているんだ?あいつ。上に向かって泳ぐなんて・・・・ ―


 ジュードは慌ててUターンした。ショーンは溺れてはいなかったが、海上に顔を出してレギュレターを口からはずすと、浅い息を繰り返した。


「何だか、だめだぁ・・・・」


 情けない声で呟いた彼の頭にガツンと衝撃が走った。


「痛い!何するんだ、ジュード!」

「何するじゃない。なんで上に戻って来るんだよ。タイムアウトになっちまうぞ!」


 ジュードのけんまくに、ショーンは冷静に答えた。


「ああ、そうなんだけど、やっぱ俺、一般にするよ。どうも駄目みたいだ」

「はあ?」


― こいつは試験の緊張でおかしくなっているのか? ―


 今度は前から殴ってやろうかとジュードは思った。


「何言ってるんだ。お前、オレと一緒に機動救難士になりたいって言ったじゃないか!」

「うん。あの時はそう思ったんだけど、いざ試験となると緊張しちゃって。俺、どうやら実技は駄目みたいだ」


― このお坊ちゃんはぁぁぁっ! ―


 ジュードは頭にカーッと血が上った。


「バカ!何が駄目なんだよ。お前はな、オレと一緒に機動救難士になるんだ。でもって一緒にヘリに乗って一緒にリベリング降下して、一緒に人を助けて。で、帰ってきたら一緒にメシを食うんだよ。オレはもう決めてるんだからな。出来ないなんて言わせないぞ!」


 真っ赤になって怒っているジュードの顔をショーンはただ見つめた。


「ジュード、本当に俺と一緒に機動救難士になりたい?」

「当ったり前だろ!約束したじゃないか。オレはお前と一緒にやりたいから頑張っているのに、お前の方から降りるって言うなら親友やめるからな!」


 海上で首だけ出して大喧嘩をしている2人 ―大声で叫んでいるのはジュードだけなのだが・・・― に船の上からクリスが呼びかけた。


「おーい、ジュード。口説くんなら試験が終わってからにしろ。タイムアウトになるぞ」


 船上から大声で笑う仲間の声が聞こえてきて、ジュードは真っ赤になって叫んだ。


「誰が口説いてるんだよ!このバカを連れに来ただけだ!」


 ジュードはもう一度握りこぶしで軽くショーンの頭を叩くと「行くぞ」と言って海に顔をつけた。


「親友をやめられたら困るから頑張ろうかな」


 照れたように呟くと、ショーンはジュードの後を追った。




 海の中ではシェランが不安に駆られながら待っていたらしく、2人の姿を見ると、両手を何度も振って手招きした。彼等はホバリングしながら、ダイビング・コンピューターの水深計が26フィートを示しているのをシェランに確認して貰うと、反転して海上に向かった。


「ギリギリだぞ、2人共」


 ロビーがそう言いながら彼等を船へ引き上げてくれた。2人はアクアラングを下ろしに、まだ試験を受けていない生徒の後ろへ回った。先に戻っていたジェイミーとネルソンがくすくす笑いながら試験の結果を聞いてきた。


「全く、このバカのおかげで落ちる所だったよ」


 ジュードがぶつぶつ言いながらB・C(水中で着るベスト)を脱いだ。


「いいか、ショーン。今度弱音を吐いたら問答無用でぶん殴るからな。さっき言った事、忘れるなよ!」


 ショーンも重いアクアラングを足元に置きながら、飛び切りの笑顔で答えた。


「うん、ジュード!」





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