第20部 卒業 【6】
誤字報告ありがとうございました。
― 7月31日 ―
この日は朝早くから、卒業していく先輩のために、1、2年生がSLS専用港で彼らを送り出すための卒業式典の準備を進めていた。SLSや合衆国の旗を揚げたり、大きな垂れ幕用の太いポールを差し込んだり、アンディやミシェルも大好きな先輩のために気合を入れて頑張っていた。
「こらぁっ!お前ら!しっかりやらないか!来年僕達は居ないんだぞ!!」
怒鳴っているのは潜水課のテリーである。ミルズも以前キャシーに怒られていた時とは違い、自らが垂れ幕の担当になって後輩達を指導している。
「ええい、ジュン、ハロルド、サンディ、ハーティ、パトリック!しっかり垂れ幕を持つんだ!地面につけたりしたら、ただじゃおかんぞ!」
問題児のテリーとミルズもすっかりよい先輩になったようだ。
この卒業式典の日は決して雨が降らないとのジンクス通り、素晴らしく晴れ上がった午前10時の夏の日差しの中、青いツナギに身を包んだ卒業生が、ズラッと並んだ1、2年生の間を抜けて入場して来た。昨日卒業式を終えた技術研修館の卒業生と在校生はライフシップと消防艇の上から彼らの式典を見守っている。
Aチームの先頭を歩いてジュードが入場してくるのを見て、アンディはもう既に涙が出そうになった。自分の目標としていた人が、とうとう本当のプロになって卒業していくのだ。
「ジュード先輩。僕も1年後には必ず先輩のような、立派なライフセーバーになります」
誓いを立てているアンディにミシェルは「俺もだ」と答えた。
遠巻きに式典を見守るギャラリーの中に、卒業生の家族の姿も何人かあった。フロリダに近い実家を持つ卒業生の親や兄弟が見に来ているのだ。地元出身のスコットも行進の途中で両親に手を振った。そんな様子を見てジュードは、遠いオレゴンで今日の日を待ち望んでいた母を思い浮かべた。きっとレゼッタも家族の思い出の染み付いたあの家で、息子の卒業を喜んでくれているだろう。
やがて辺りが静まり返る中、ウォルター・エダース校長が階段の上に設けられた演説台に向かった。彼にとっても今日は特別な日である。自分の娘のようなシェランが受け持った生徒であり、息子のように思っているジュードが卒業するのだ。
ウォルターは演説台に手を置いて、ゆっくりと卒業生全員の顔を見回した。
「卒業おめでとう、諸君。3年間の厳しい訓練を乗り越え、今日の日を迎えられたという事は、私にとってもとても喜ばしい限りである。君達には今までの卒業生よりも、より多くの苦難が訪れたのではないだろうか。
前例の無い最終の入学試験。ウェイブ・ボートという特殊な環境下での救助。Aチームのあるものはゲリラの人質となり、旅行先でも事故が起こった。だがその全てを君達は、その努力と互いを信じる力によって乗り越えてきた。入学説明会の日、私が君達に言った言葉を覚えているだろうか・・・」
ジュード達の心の中に3年前のその日がはっきりとよみがえってきた。この喜ばしい日を忘れず、3年間歩みたいと思った。そして今日、誰一人脱落することなくこの日を迎えたのだ。
「私はこう言った。“私の生徒である君達に惜しみない拍手を送る”と・・・。今でもその気持ちに変わりは無い。いや、私の校長としての歩みの中で、諸君等ほどの生徒に出会ったのはきっと初めてであり、それこそが私の人生の中の大きな誇りとなるだろう・・・」
「さすが校長、泣かせるね」
冗談っぽくいいながらも、マックスの目には涙が浮かんでいた。1年の終わりに退学になりかけた彼にとって、この青いツナギを着てここに立てるのは、夢のように嬉しい出来事だった。
「これから君達が歩む道は、決して楽しいものばかりではないだろう。時にはライフセーバーになった事を後悔する日があるかもしれない。だがその時、何よりも君達の力になるのは、共に歩んできたチームの仲間だ。それこそが、SLSが全米で最も優秀な海難救助隊と呼ばれる由縁なのだ。
いかなる事があっても、仲間を信じ、共に助け合い、生涯の友とせよ。その先に、君達が本当の意味でのプロのライフセーバーと呼ばれる道がある。卒業おめでとう、私の子供達。君達の未来が素晴らしい日々であるよう、心から祈っている」
校長の祝辞の後は卒業生全員で敬礼をする。演説台を降りたウォルターは、帽子の下で涙を光らせていた。ジュードは彼の言葉を父の言葉と思い、じっと噛み締めた。きっとロバートも生きていたら、同じように言ってくれただろう。
ウォルターは教官達の席に戻ると司会進行役のケーリーからマイクを受け取り、シェランをチラッと見て片目を閉じた。
「それでは入校式と同じように、教官の挨拶はCチームからお願いしよう」
その言葉に、緊張した面持ちのロビーがクリスの横から立ち上がった。
「訓練生諸君、卒業おめでとう。Cチームの諸君は俺にとって3チーム目の卒業生になる。つまり俺は今年で教官生活を9年続けてきた事になるんだが・・・。
9年間、色んな生徒と出会ったが、君達は中でもとても出来のいい生徒だった。入学当初からほとんど全てのものが救命士の資格を持ち、筆記テストも実地テストも、どのチームより抜きん出ていた。だが、あえて俺はそれをほめたり甘やかしたりした事は無かった。なぜなら、お前達に、ただ出来のいいだけの人間になって欲しくなかったからだ。
救助の現場では、ありとあらゆる状況に陥る。普段やっている通りには決していかない。自分の思い通りになど絶対にならない。その時、どう判断し、どう動くかは、支部の責任でもリーダーの責任でもない。お前ら一人一人の判断力と決断に掛かっているんだ。
いいか。最後の最後の瞬間に、誰かに命令されたからこうしました、なんていう言い訳は通用せん。常に己の意志で動け。そして動いた後は最後まで己の責任を持って行動しろ。これがライフセーバーの先輩として、そしてお前らの教官として俺が言ってやれる最後の言葉だ」
ロビーは涙を堪えるようにぐっと息を吸い込むと、もう一度自分のチーム全員を見つめた。
「良くやったな、お前ら。俺はお前らに自分の持てる全てを教えた。後はそれをお前らがどう生かすかだ。立派なライフセーバーになる必要なんて無い。お前らチームの目指すライフセーバーになれ。以上だ」
Cチーム全員が揃って敬礼をするのを見届けた後、ロビーは演説台を下りた。じっと立って唇を噛み締めながら、ジーンは教官席に戻っていくロビーを見送った。
クリスは壇上に立つと、しばらくBチームの生徒達をじっと見つめた。彼のいつもクールな目元が、今日はとても優しげであった。
「諸君・・・卒業おめでとう。君達が1年生として入校して来た時、僕も同じ教官1年生だった。自分ではちゃんと出来ているつもりだったが、きっと未熟な部分も一杯あっただろう。だが君達はそれを一度も責めたりせず、一生懸命僕について来てくれた。それがどれほど僕の励みになったか、君達は知っているだろうか・・・。僕は教官として教えながらも、君達にたくさんの事を教わった・・・」
クリスはそこで一旦言葉を止めた。いつも感情を表に出さないようにしているクリスも、初めて受け持った生徒が卒業していくのはとても嬉しく、それでいて寂しいものだった。胸の奥からこみ上げてくる思いが、彼の言葉を詰まらせたのだ。
「君達はこれからメーン州支部という、かなり北部にある支部に行く。冬には海が氷に覆われる事もあるそうだ。氷上の救助を一度も経験した事のない君達にとって、メーンは又新しい訓練の始まりかも知れない。
だが、君達なら炎の中だろうと氷の上だろうと、決して引けを取る事は無いだろう。君達はそれほど僕の自慢のチームだ。君達15人が揃っていれば、どんな所の救助も必ず成功する。僕はそう信じられる。君達の3年間の努力を全て見てきたから・・・。
君達は努力が決して無駄に終わらない事を知っている。だからどんな人間よりも強くなれる。ライフセーバーの中のライフセーバーに・・・。もう一度言う。卒業おめでとう。そして、3年間僕のチームでいてくれてありがとう。君達の幸運を祈る・・・」
Bチーム全員が敬礼を返す中、クリスは目ににじんだ涙を拭き取った。それを見たシェランは首に下げた金色のネックレスをぎゅっと握り締めた。
― 泣いては駄目。最後まで決して・・・泣かないわ ―
シェランが壇上に立った。大きく息を吸い込んだ後、彼女はAチームを見つめた。
― 私の大切な宝石たち・・・・ ―
「みんな。卒業おめでとう。今日であなた達はここを出て行くわけだけど、これは決して終わりではないわ。あなた達がライフセーバーである限り、試練は続いていくのよ。その為にあなた達は毎日自分を律し、厳しい訓練を続け、己を高めなければならない。それを決して忘れないで」
Aチームのメンバーが無言で頷くのを見てシェランは微笑んだ。
「時々私は考えるの。もし私がこの訓練校の教官に任官せず、あなた達に会えなかったらどうしていたかしらって・・・。でもいくら考えても思いつかない。あなた達に出会えなかった未来なんて、思いも付かないの。だからきっとそうなんでしょう。私はあなた達に出会う為に教官になったの。そしてあなた達を本当の意味でのライフセーバーにする為にここに来たんだって・・・。
本当の意味でのライフセーバー。それが何なのか、あなた達にはもう言わなくても分かっている筈ね。あなた達は3年間かけてそれを見つけようと努力し、掴み取った。
私はあなた達にいつも言っていたわね。“あなた達なら、全米一のライフセーバーチームになれる・・・”その気持ちは今でも変わりないわ。例え誰が認めなくても、私にとって、あなた達は・・・私の・・・世界一のライフセーバーよ。私のヒーローとヒロインなの・・・」
「教官・・・・」
潜水課の中から呟きと共に啜り泣きが聞こえた。意外にもそれはキャシーではなく、レクターとブレードだった。キャシーはぐっと涙を堪えて、シェランを見上げている。まるで彼女を応援するように・・・。
「本当に・・・卒業おめでとう、みんな・・・。私はいつだってあなた達を見守っているわ。例えどんなに離れても・・・。そしてあなた達は前に進みなさい。本物のライフセーバーになって・・・!」
シェランの敬礼にAチームも全員敬礼を返した。
その後、一番前にいたリーダーはチームの一番後ろに下がり、副リーダーがチームの前方に進み出る。3人の教官たちがバッチの授与をする為に階段を下りてきた。
シェランはもう半泣きになっているマックスに笑いかけると、彼の胸に金色のSLSのバッチを付けた。
「教官、お世話に・・・なりました・・・」
「頑張ってね、マックス。あなたがジュードを支えてくれれば、きっとチームは大丈夫だわ・・・」
「俺なんかまだまだですけど・・・頑張ります」
2人は敬礼し合うと、マックスが列の一番後ろに回り、次にネルソンが出てきた。
「ネルソン、あなたは機動の中で一番落着いていて、皆の心の支えになっているわ。これからもその役目をしっかり認識して頑張ってね」
「はい。教官・・・あの・・」
「何?」
「いえ、今までお世話になりました!」
ネルソンの敬礼にシェランも敬礼を返した。
次はジェイミーだ。
「ジェイミー、あなたはいつも明るくて、皆の心を和ませてくれるわ。そんなあなたの特質は機動の中でもとても大切なものよ。これからもその素直で優しい気持ちを忘れないで」
「はい。ありがとうございました、教官」
ジェイミーも何か言いたげだったが、シェランに敬礼をして後ろに下がって行った。
「ショーン・・・」
シェランは何か言おうとしたが、そのまま黙って彼の顔をじっと見た。
「教官、分かってます。これからもジュードの良い親友でいてやって欲しい、でしょ?」
シェランは困ったように笑った。
「あなたは何も分かっていない振りをして、いつも本当の所をしっかりと見ているのね」
「教官、本当にいいんですか?このままで・・・」
「いいのよ・・・これで・・・」
次は潜水課である。シェランにとって一番身近な生徒達であった。最初に出てきたのはブレードだ。彼はもう涙の止めようが無いのか、シェランの前に出ても声も出ないようだった。今まで経験してきた授業や、色々な仲間との出来事が彼の胸に、頭に渦巻いていた。
「きょ・・・教官・・・」
「ブレード、あなたはとても熱い心を持っている人よ。その心を良いように生かせば、これからもっともっと伸びる事が出来るわ。頑張ってね」
「はい・・・教官・・・あ・・・ありがとうございました!」
彼は頬にボロボロと涙を流したまま敬礼した。
レクターはブレードと違って最初にきちっと敬礼すると「教官、お世話になりました!」と挨拶した。
「レクター、あなたはとても芯の強い人だわ。自分の弱さを知って、それを必死に乗り越えてきた。これからもブレードや潜水の仲間と協力し合って、良いチームになるよう努力してね」
「はい!あの・・・それから、教官・・・」
レクターも何か言いかけたがシェランに敬礼されてしまった。教官の方から敬礼されると、話はそこでおしまいという合図なのだ。彼も仕方なく敬礼して列に戻った。
ピートは何も言わずシェランの前でしっかりと敬礼した。
「ピート、あなたは潜水で一番の要となれる人よ。これからもあなたの仲間を守り、リードしていきなさい。しっかりね」
「はい!それから教官。一つだけ聞いていただきたい事があります」
「何かしら?」
「実は俺が教官の事を好きだったと言ったら、信じてもらえますか?」
シェランは無表情に彼の顔を見上げると真顔で答えた。
「あなたにしては笑えない冗談ね、ピート。もちろん信じないわ」
彼はニヤッと苦笑いをすると敬礼をした。
「告白タイム、終わりであります!」
アズはぐっと奥歯を噛み締めたまま、シェランの前に立った。アズにとってシェランは、キャシーと同じように目標としてきた人間であった。彼女のような天分の才を持っていなかった彼にとって、シェランは遠く手の届かない存在だったが、それでも心の底から尊敬してきた。
「アズ。あなたはいつだって仲間からちょっと離れた位置にいて、みんなを見守ってきたわね。あなたのような人がチームに一人居たら、とても安心だわ」
「俺は・・・何もしてません。何も出来るような人間じゃないです・・・」
「いいえ、あなたはあなたのままで良いの。そのままで充分チームに必要な人なのよ。これからも、みんなを頼んだわね・・・」
「教官・・・!」
アズの目に涙がにじんだ。シェランは彼の肩を握り締めると敬礼をした。
キャシーはシェランの前に出た途端、たまらなくなってボロボロと涙をこぼした。そんなキャシーを優しくシェランは抱きしめた。
「ありがとう、キャシー。あなたが居てくれたから、私は色んな事を乗り越えて来れたわ。あなたと出会えて本当に良かった」
「教官、教官、教官・・・!」
キャシーは何度もシェランを呼びながら泣き続けた。シェランは彼女の顔を両手で包み込むと顔を覗き込んだ。
「キャシー、忘れないで。どんなに離れても、私はずっとあなたを見守っているわ。あなたが世界一の潜水士と呼ばれるようになる日を信じて待っている。待っているわ。私の大事な妹・・・」
シェランに頬の涙を拭い取られて、やっとキャシーはシェランに敬礼をした。あまりにも言いたい事がたくさんありすぎて何も言えなかった。
次は一般課である。まずはダグラスがシェランの前に立って敬礼した。シェランは彼の左胸にバッチを付けるとにっこり笑って彼を見上げた。
「あなたには何も言う事は無いわね、ダグラス。一般の技能試験もあなたはいつもチームでトップだったわ。これからもその技術を磨いて、一般の仲間をリードしていってね」
「はい、教官。ありがとうございます!でも教官、俺の方からは言いたい事があります」
「なあに?」
「俺はこの3年間で、どんなに離れていても心は繋がる事が出来るんだと学びました。だから、諦めないで下さい」
シェランはただにっこり微笑みを返すと、彼に敬礼をした。
サムは少し涙ぐんだ目で登場してシェランに敬礼をした。
「サム、いつも皆を楽しくさせてくれるあなたの明るさは、私にとってもとても救いになったわ。これからもその明るさを忘れずにね」
「俺、いつもふざけてばっかりだったけど、教官の事はとても尊敬していました。ありがとうございました!」
「私こそ。ありがとう、サム」
ハーディは去年技術研修部を卒業したが、まだ、機関長の免許を取っていなかったので、もう一年授業を選択した。だがそれでも目標とする一級海技士の免許は取れず、二級海技士(機関部では一等機関士:ファーストエンジャーと呼ばれ、メインエンジンを担当する)までしか取れなかった。エバと同じく彼の夢もまだ途中なのである。
「ハーディ、志し半ばで卒業なんて思わないでね。二級海技士の試験に合格するだけでも難しいのに、あなたは一般の授業と兼学でここまでやったんですもの。本当に素晴らしい快挙なのよ。卒業しても勉強は続ける?」
「もちろんです。きっとチェンジャー(機関長)になってみせます」
「うん。頑張ってね。あなたならきっと出来るわ」
「はい」
ノースが神妙な面持ちで出てきてシェランに敬礼した。彼もまだ通信の一級海技士試験には受かっていなかった。
「さっきハーディにも聞いたけど、無線部の勉強は続けるの?」
「はい。あいつより先にラジオオフィサー(通信長)になってみせますよ。この3年間でいろいろ学んだけど、僕、結構役に立ってましたでしょ?」
「ええ。あなたがいなかったら、私たち巡洋艦で殺されていたかもしれないもの。あなたならきっと素晴らしい通信長になれるわ。頑張ってね、ノース」
「はい。それから教官。僕、もう一つ学んだ事があるんです。世界の通信は今どんどん躍進しています。どんなに離れても、それによって繋がり合う事が出来るんです。だから、諦めないで下さい。あいつは・・・離れたからって、心を変えるような奴じゃない・・・」
シェランは困ったような顔をして笑った。
「どうしてみんな同じような事を言うのかしら・・・」
「みんな教官の事を心配しているからですよ」
シェランは少し泣き出しそうな顔をした後、彼に敬礼をした。
待ちかねたようにエバが出てきた。シェランがキャシーの時と同じ様に彼女を抱きしめると、エバも感極まったように泣き始めた。
「ありがとう、エバ。あなたの強さのおかげでどれだけ私が救われてきたか・・・。あなたとキャシーが居てくれたおかげで、本当に幸せだったわ。ありがとう・・・」
「教官、私こそ・・・本当に色々な事を教えてもらいました。ありがとうございます」
エバは彼女から離れる時、そっと耳打ちした。
「教官。例え首に縄をつけても、あいつをここに連れて帰ってきますから。だから待っていて下さいね」
「エバ。あなたもキャシーもホントになんて良い子なのかしら・・・。あなた達と親友になれなかったのだけが残念だわ・・・」
「大丈夫ですよ。これからは・・・・」
エバはニッと笑うと、敬礼をして列の後ろに帰っていった。
そして最後に歩み出るのは、チームのリーダーである。ジュードはゆっくりと顎を上げて前を見つめながら歩き出した。シェランの後ろに見える、遠く、かすんだ空を見上げた。
― 父さん・・・とうとうここまで来たよ・・・・ ―
初めての訓練で砂の上に裸足で立った時、その暑さに足の裏を火傷したかと思った。
うだるような暑さの中、うさぎ跳びで砂浜を何度も往復させられた時、熱い砂がのどに飛んで入って来て、思わず咳き込んだ。
初めてヘリに乗ってリベリング装置で降下する時、あまりの高さに目が回りそうになった。
大西洋の海は、ただひたすら青く美しく、そして脅威で満ちていた。
― 父さん、見ている・・・・? ―
ジュードは青い空からシェランに目を移すと、彼女の前で敬礼をした。
これで最後・・・。本当に最後なのだ・・・。
シェランもジュードも同じ事を思った。シェランはかごの中に残った最後のバッチを取り出すと、彼の左胸に付け始めた。だがどうしたのだろう。うまくつけられない。手が震えているのか、それとも涙でよく見えないからなのか、シェランは首をかしげながら言った。
「どうしてかしら。ピンがうまくはまらないわ・・・」
「シェラン・・・オレがやるよ・・・」
「いいえ。これは・・・これだけは、最後まで私の手で・・・」
やっとバッチをつけ終わって、シェランはジュードの顔を見上げた。
出会った頃よりずっと背が伸びて、男らしくなった。いつの間にか、好きで好きでたまらなくなってしまった人・・・・。そして今日、私の側から離れて行ってしまう人・・・。
彼の為に私は教官で居ようと決めた。最後まで・・・。これが教官として、最後に私があなたにしてあげられる事・・・。
シェランはぐっと背筋を伸ばすと、きりっとした厳しい目でジュードを見つめた。
「ジュード。チームリーダーとして歩む事が、どれだけ辛くて厳しい道のりか分かっているわね?」
「Yes, Trainer!(はい、教官)」
「では行きなさい。ただひたすら前だけを見つめて、決して過去を振り返らず、ライフセーバーとしての己を信じて、歩き続けなさい。あなたはもう、助けられない罪を知っている。悔恨の日々も、大切な誰かを失う辛さも・・・。だからこそ、その全てを糧にあなたは前に進み続けるの。決して立ち止まらないで。これが、教官として最後にあなたに言ってあげられる言葉よ。歩き続けなさい。チームのリーダーとして・・・!」
シェランの敬礼にジュードも敬礼を返した。すぐさま彼に背中を見せたシェランは、ぎゅっと唇を噛み締めると目の前に連なる長い階段を見上げた。
― さようなら、ジュード・・・ ―
教官たちが卒業生全員にバッチを授与し終わり、3人の教官が階段の上に戻ってくると、大きな垂れ幕の前で校長や教官達が一斉に敬礼をする。それに合わせて、そこに居る訓練生と卒業生全員も敬礼を返す。すると全てのライフシップから汽笛の音が鳴り響き、消防艇は虹を作った。
終わった・・・・。
まるで肩の荷が全て下りたように、ジュードは溜息をついた。サミーとジーンが側にやってきて、ジュードの肩を叩きながら彼に笑いかけた。リズも今日ばかりは、エバとキャシーの所に走り寄って泣いている。
やがてジュードの周りに仲間達が全員集まってくると、彼らは皆じっとジュードを見つめた。
「ジュード、とうとう卒業したんだぞ。俺たち・・・」
マックスが目の涙を拭き取りながら言った。
「行って来い、ジュード」
「もうみんな知っているから、遠慮はいらないぞ」
ハーディとノースが笑った。ジュードは戸惑ったように仲間達を見回した。
「連れて来てちょうだい。私たちの未来の仲間なんでしょう?」
エバが言うとキャシーも頷いた。
「ジュード先輩!行って下さい!」
「みんな待ってるんでしょう?」
アンディとミシェルが遠巻きに叫んだ。
「お前ら・・・・」
ジュードは呟きながら隣に居るショーンを見た。彼がにっこり微笑んで頷くのを見た後、ジュードは仲間達の輪の中からゆっくりと出て、長い階段の下に立った。
「シェルリーヌ・ミューラー教官!」
ウォルターやクリスと話をしていたシェランは、びくっと肩を震わせたあと振り返り、階段の上に腰に手を当てて立った。
「何かしら?ジュード・マクゴナガル君」
ジュードはシェランを見上げながらゆっくりと階段を登って、彼女の前に立った。
「約束、覚えているか?いつか仲間になろうって・・・」
「約束なんて・・・した覚えはないわよ・・・」
シェランはどうしていいか分からないような顔をしてうつむいた。ジュードはそんなシェランをじっと見つめながら、その胸に自分が渡したネックレスが下がっているのを見つけた。
「待っていて・・・くれるんだろ・・・?」
シェランは涙を堪えるように唇を噛み締めた。その後ろで、クリスがじっとシェランを見つめているのにジュードは気が付いた。そして彼もジュードが自分を見ているのに気が付いて顔を上げた。
一瞬クリスが目を逸らして悔しそうに笑った後、もう一度ジュードを見て小さく手を動かした。
― 連れて行け・・・ ―
ジュードはにこっと笑うと、いきなりシェランを抱き上げた。
「きゃっ、な、何するの?ジュード!」
シェランを抱きかかえたまま階段を下りてくるジュードを見て、下に居る訓練生達は口笛を鳴り響かせた。
「連れて行くのさ、君を。未来の仲間の所へ・・。みんなが待っている・・・」
「みんな・・・・」
ジュードの名と共に自分の名も呼んでいるAチームのメンバーを見て、シェランは微笑んだ。ジュードがシェランを彼らの輪の中に降ろすと、全員が彼女を取り囲んだ。チームの一人一人の名を呼んでいった後、最後にシェランは仲間の輪の外からじっと自分を見ているジュードを呼んだ。
そして彼女は気付いたのだ。ずっと愛し続けてきた大西洋と同じ、大きく深い瞳で、ジュードが静かに自分を見つめているのを・・・・。
長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました。
このSLSで一番苦労した事は、登場人物が大変多く、名前を考えるのに苦労した事です。
正確に数えたわけでは無いですが、大体150人くらいは登場しているので、途中で読み返した時、全く同じ名前を別の人物につけていたりして、慌てて書き直したりという事が何度かありました。
カリフォルニア支部でプロのライフセーバーとして活躍するジュードとフロリダに残って教官として2期目の生徒を教え始めるシェランのその後の事は、何かの機会に書きたいと思っておりますが、今はまだ他にたくさん書きたいものがあるので、再びお会いできるのがいつの日になるかは分かりません。
それでも今まで応援してくださった方々に心から感謝したいと思います。
本当にありがとうございました。