第20部 卒業 【5】
しばらくするとシェランが屋上に上がってきた。いつだって彼女の姿を見ると、心がひとりでに走り出してしまいそうになる。そんな気持ちをずっと抑えてきた。でももういい。もう終わらせてしまうんだ。こんなうじうじと考え込んでいるのはもう真っ平だ。シェランに全て打ち明けよう。たとえどんな結果に終わっても・・・。
「どうしたの?クリス。本館の屋上なんて初めて来るわ」
「そう?僕は時々登ってきていたよ。ここからの眺めは最高だろ?」
「ええ、今日は雨上がりだし、マイアミの街も綺麗に見えるわね」
シェランは潮風になびく髪を掻き揚げながら彼に笑いかけた。
「シェラン・・・一つだけ答えてくれないか・・・」
「え?なあに?」
クリスは高鳴る胸を押さえるように少し低い声でゆっくりと話した。
「僕は・・君の伴侶として相応しくないかな・・・」
シェランの顔から笑顔が消えた。
「ずっと君の事が好きだった。たぶん、本部に居る頃から・・・。だけど僕はどうしても言えなくて・・・・それでこんなに時を重ねてしまった。でも僕が愛しているのは君だけだ。今も昔も、その気持ちに変わりは無い。出来れば君と・・・結婚したいと思っている」
シェランは戸惑ったように、ただクリスを見つめた。結婚など考えた事も無かった。クリスがそこまで自分の事を真剣に考えていた事も・・・。
「僕には、君を幸せに出来るだけの力はあると思っている。その自信もある・・・」
だがその自信が今揺らいでいる。ある男の存在によって・・・。だがそれでもここまで言った以上は、自分にその資格があると思いたかった。
「でも・・・君にはずっと言えなかった。君が僕の事を友達以上には見ていないような気がして・・・。でも、考えて欲しい。今、君の側に僕以上に相応しい人間が居るかどうかを・・・。一生君の側に居て、君を守り続ける事が出来るのが誰なのかを。これは、プロポーズだと思ってくれていい」
シェランは困った様に彼から目を離すと、ゆっくりと息を吐いた。
「そうね、私はあなたの事を友達以上には思っていないわ。いいえ、例えあなたの事を好きだったとしても、もっと大切な人が居るのに、あなたの方が条件が良いからって、その人の事を忘れる事なんて出来ない。私には出来ないわ・・・・」
覚悟していた答えだった。その答えを受け止めて理解するのに、そんなに時間は掛からなかった。
「そんなに、あいつの事が好き・・・?」
ハッとした様に顔を上げたシェランの大きな瞳から涙が零れ落ちるのを見て、クリスはもう答えは要らないと思った。
「ジュード・・・は・・・私が一番欲しかったものをくれたの。仲間を失って何処にも行く事の出来なかった私の心に、帰る場所を与えてくれたの。いつか仲間になろうって・・・。それだけで私は・・・例えそれが果たされない約束でも、きっとずっと待ってるわ・・・ずっと、ずっと・・・待っていられるわ・・・」
シェランの涙は悲しみの涙ではなかった。海に潜る時の彼女は、いつも一番安心できる場所に帰っていくような顔をする。そんな表情だった。
「分かったよ・・・。よく、分かった・・・」
クリスは泣いているシェランの肩をそっと抱きしめた。きっともう二度とシェランは僕の前で涙を流す事は無いだろう。僕と友で居るために。だから最後くらい、いいよな・・・。クリスはシェランの甘い髪の匂いをそっと嗅ぎ取った。
そんな様子を誰かが見ていたなんて、彼らは思いもしなかっただろう。その日たまたま屋上に登ってきた、2年Bチームのエネディ・カートラーと彼の親友、マーティン・スチュアートは話の内容までは聞き取れないまでも、しっかりとその様子を見てしまった。そしてその日の内に2年生中に、次の日には1年生と3年生にまで、クリスとシェランがいよいよ結婚するという噂が流れたのだ。
「教官!本当なんですか?クリス教官と結婚するって・・・!!」
「はい?」
噂の矢面に立たされているくせに何も知らないシェランは、息せき切ってやってきたキャシーとエバ、そしてリズの顔を驚いたように見つめた。
「一体何の事?私、結婚なんてしないわよ」
「だって、SLS中にその噂が流れてますよ」
「本当に困った学校ねぇ。まあその内、そんな根も葉もない噂は消えるわよ」
シェランは一向に気に留める様子は無かった。
一方クリスの方は、ふられたというのにBチームのメンバーから「ご成婚おめでとうございます!」などと朝から声を掛けられてうんざりしていた。いくら否定しても、彼らはクリスが照れているものと思って本気にしないのだ。
「全く、何処の誰だ。こんなつまらん噂を流したのは・・・」
クリスがブツブツ言いながら教室を出て来ると、丁度談話室に向かおうと歩いていたジュードと出会った。彼はハッとしたようにクリスの顔を見ると目を伏せて談話室に入っていった。思わずあの噂はウソだぞ、と言ってやろうと思ったがやめた。
「まっ、ちょっと位いいか、悔しがらせておいても。僕の方がもっと悔しいんだからな・・・」
ジュードが談話室に姿を現すと、ショーン他、集まっていたAチームのメンバーはぴたっと話すのを止めた。もちろん、クリスとシェランの結婚の話をしていたからである。しかしそれを見たジュードが、無理に笑顔を浮かべて自分達に話しかけてくるので、ショーンは何だかカチンときてしまった。
「ジュード、ちょっと来い!」
ショーンは、驚き顔の彼の手を掴んで外に連れ出して行った。
「一体何だよ。ショーン」
ジュードの問いを無視して勢い良く海岸まで連れ出して行くショーンを、Aチームの仲間は2階のベランダまで行って見下ろした。
「お前、悔しくないのか?クリスなんかにシェラン教官が奪われても!」
「元々シェランはオレのものでも何でもない。悔しくなんか無いよ」
「ウソつけ!毎晩金のネックレスを見ながらため息を付いているくせに。本当はシェラン教官にあげようとか思っていたんだろう!」
ジュードは思わず絶句した。そんな事を知っているのはアズしか居ない。あいつ、いつの間にそんなおしゃべりになったんだ?
「本当に教官が結婚しちゃってもいいのか?良く考えろよ。お前、教官の事が好きなんだろ?」
「・・・オレは、シェランに何も言う気は無い・・・」
「何で!」
ジュードは大きく溜息を付いて彼に背中を向けた。
「分かってるだろう?オレ達はもうすぐここから居なくなるんだ。そんな無責任なこと言えないよ」
「無責任なんかじゃない。どうして逃げるんだ?」
「逃げてなんかない!」
ジュードは掴んできたショーンの手を振り払った。
「お前こそ人に逃げてるとか言って、それじゃあお前はどうなんだ?人に告白しろって言うならお前もキャシーに言ったらどうなんだ!」
「あれ?何で知ってるの?」
ショーンのとぼけた返答にジュードは体が傾きそうになった。
「分かるよ。お前は女性に対していい加減な事を言ったりする奴じゃない。この間彼女の前で言っただろ?『オレが指輪を送る女性は世界でたった一人だ』って・・・そんな言葉は好きな人の前でしか言わないだろ?」
「ジュード、お前ってさ、本当に人の事は良く分かってるなぁ・・・」
「なに感心してるんだよ!この間も白々しくキャシーをダンスに誘っていたくせに。さっさと申し込んだらいいだろ?」
ショーンは急に落着いた態度になって、両腕を前で組んだ。
「今はその時じゃない。いい?ジュード。俺達はまだプロにもなってないんだ。それにキャシーにはシェラン教官の後を継いで、世界一の潜水士になりたいって夢もある。しかも俺達はお前と違って、これからもずーっと一緒に仕事をしていく同僚なの。告白なんかいつでも出来るだろ?」
「ふん、そんな事言ってると、横から誰かにかっさらわれるからな。キャシーの方がオレ達より2つも年上なんだぞ」
「さらわれそうになったら取り返せばいい。そうだろ?」
「たいした自信だな」
「お前こそいつもの自信はどうしたんだよ。いいか?シェラン教官はな。お前の事が好きなんだぞ!」
ジュードは目を見開いたまま、絶句したように言葉を止めるとうつむいた。
「そんな事あるはずない。そんな事・・・」
「そんな事になったら最悪だ・・・か?お前本当は全部分かっているんだろう。全部分かっていて知らないフリをしているんだろう!教官が自分の事を好きになったりしたら、きっと泣く事になるから、だから知らないフリをして全部無かった事にしてしまおうとしてるんだ!」
「分かったような事を言うな!」
ジュードはカーッときてショーンの胸倉を掴んだ。
「オレにどうしろって言うんだ?どうしようもないじゃないか!オレ達はもうすぐここから出て行くんだ。それは誰にも変えられない!」
「だからクリスに任せていくのか?本当にそれでいいのか?教官が本当に誰を好きなのか、それが分かっていて言ってるんなら、お前は唯の腰抜けだぞ!」
「オレが腰抜けだって!?」
ショーンの言葉にジュードはいきなり彼を殴りつけると、メッシュのベストを投げ捨てた。
「ああ、腰抜けだ!!」
ショーンも殴り返した。
2階で見ているAチームの後ろからサミーが心配そうに言った。
「お前ら、止めなくていいのか?」
「ん?ああ、大丈夫。あれはケンカじゃなくってじゃれ合いって言うんだよ」
「でも、ここからだと本部にもまる見えだし・・・」
「気にするな。ガキには時々ああいうじゃれ合いが必要なのさ」
Aチームのメンバーは、他のチームの心配もよそに一向に気にしていないようだ。
「腰抜けじゃないって言うんなら、本部隊員になって戻ってくるって、どうして教官に言えないんだ!」
「そんな何の保証も無い、いい加減な事が言えるか!」
「いい加減な事じゃない!!」
ショーンは最後の一発をジュードにお見舞いすると、ふらふらと砂の上に座り込んだ。
「ほら、ショーンがもう燃料切れを起こしたぞ。殴り合いに飽きたんだ」
ピートがニヤッと笑って下を指差した。
「ところで、ハーディ。お前、遠距離恋愛の彼女はどうした?」
「え?ああ、とっくに別れたよ。やっぱ遠くに居るのって難しいんだよな」
「そうか。じゃ、俺達の中で続いてるのって、ダグラスの所だけかぁ・・・」
ノースが寂しそうに呟いた。
「あそこは長いからな。プロになって生活が安定したら、彼女を呼んで一緒に暮らすんだって」
ダグラスと仲のいいサムが答えた。
「ジュードもやっぱりそんな事を考えると躊躇するんだろうなぁ・・・。いくらなんでもいきなり結婚とはねぇ。クリスも思い切ったな」
レクターがピートの後ろから口を出した。
「さぁ、どうかな。ショーンの一喝が効くかもしれないぜ。一応親友だからな、あの2人」
ショーンはもうジュードを殴る気力も無いのか砂の上に座りこんだまま、唇の血をぬぐっているジュードに叫んだ。
「どうして言えない?リーダーのお前が俺達を信じられなくて、どうして夢が叶うんだ?本部に戻ってくるのが奇跡だって言うんなら、その奇跡を起こしてみろよ!お前はそうやって今まで勝ち取ってきたんじゃないか!なのにどうして一番大切な人に対してだけ、そんなに臆病になるんだ!?」
「大切だから・・・臆病になるんだ・・・」
ジュードも最後の言葉を親友に吐くと、ベストを拾って本館へ歩き出した。
「ジュードのバカヤロー!どうして言ってくれないんだよ!教官みたいに、俺達なら全米一のライフセーバーになれるって、どうして言わないんだよ!」
ショーンは疲れ果てたように砂浜に座り込んだまま、去っていくジュードに叫んだ。
卒業式を一週間後に控えた頃には、シェランとクリスの噂は間違いだったらしいという噂に変わっていて、クリスとジュードは別の意味でホッと胸をなでおろした。
それでもジュードはまだ自分に自信が無かった。
― ショーンの言う通りだな・・・ ―
ジュードは母から貰ったネックレスを見ながら苦笑いをした。ショーンの言う事にあんなにも腹が立ったのは、彼の言葉が全部そのまま当たっていたからだ。
― どうして言ってくれないんだ?俺達なら全米一のライフセーバーになれるって・・・! ―
ショーンの言葉が耳に響いた。
「そんな事・・・言えるわけない・・・」
いくら努力しても、SLSがそうと認めてくれなければ本部隊員になる事なんて出来ない。自分自身の力ではどうにもならないのだ。そんな何の保証も無い自分を待っていてくれなんて、どうして言えるだろう・・・。
ドアを軽くノックする音が聞こえて、ダグラスが顔を出した。彼が一人でジュードに会いに来るなんて珍しい事だ。
「アズは?」
ダグラスは部屋の中を見回して聞いた。
「まだプールじゃないかな。ひと泳ぎして来るって、さっき出て行ったから・・・」
それを聞いて彼は部屋の中に入ってきた。
「どうしたんだ?珍しいな」
ジュードは微笑んで彼に椅子を勧めた。
「うん。お前、俺に会いたいんじゃないかと思ってさ」
彼の言葉にジュードは思わず吹き出しそうになった。
「みんな・・・心配してくれているんだな・・・」
ショーンもそうだ。皆自分の事よりオレの事を心配してくれる。それはとてもありがたくて申し訳ない気がした。
「ダグラスは、15の時から今の彼女と付き合っているんだろ?」
「ああ、今年でもう8年になるかな・・・」
「3年間も会えなくて・・・心配じゃなかった?」
「うん、まあ・・・。やっぱり色々あったよ。寂しいって泣きながら電話が掛かってきたり・・・もう別れようかって話も何度か出た。でも、やっぱさ。腐れ縁って言うのかな。俺にはやっぱりあいつしか居ないし、あいつもそう思ってくれているみたいで、何とか乗り越えてきた」
「そうか・・・」
ジュードは握り締めた手をそっと開いて、手の平の上で輝いているネックレスを見つめた。
「ダグラスはどうして看護師を辞めたんだ?彼女だって同じ病院で働いていたんだろ?」
ジュードの質問にダグラスは苦笑いをした。入学当時サムにも同じ質問をされたし、故郷を出る時にも看護師の恋人に同じ事を聞かれたのだ。
「実はさ、俺が勤めていた病院は、親父が院長なんだ。俺は小さな頃から当然のように医者になる事を義務付けられてきた。勿論人を救う仕事は誇らしいと知っていたけど、どうしても医者という仕事に魅力を感じなくてさ。迷いながら受験したら見事に医大に落ちた。
それで看護師の資格を取って親父の病院に入ったんだが、やっぱり居所が無いっていうか、何かと周りの目がうるさくってさ。そんな時、友人の口からSLSの名前が出たんだ。人を救うのは医者ばかりじゃないんだぞって・・・。俺は何だか棒切れで頭を殴られたみたいに、その言葉が響いて・・・。それからはもう、ライフセーバーになる事しか考えられなかったな・・・」
ジュードは初めてダグラスの経歴を聞いて納得した。彼は一般の中でも上位の成績を常に確保している。それは医者でなくても人を救うことが出来るという彼の証明なのだ。
「なぁ、ジュード。この先どうなるかなんて、俺達には分かりはしないさ。すごく悲しませて、泣かせてしまう事だってあるかも知れない。それでも一緒にいたいから、みんな頑張って乗り越えていくんだ。シェラン教官は弱い所もあるけど、一杯強い所も持っている。それはお前が一番良く知ってるんじゃないのか?
まあ、俺も偉そうな事は言えないけど・・・。自分を信じて、相手を信じて時を重ねていく。そうやって人は生きていくものだと、俺は最近思うんだ」
ダグラスが出て行った後、ジュードはネックレスを持った手をぎゅっと握り締めながら立ち上がった。ドアを開けて出ていこうとした時、丁度アズが帰ってきて鉢合わせになった。
「アズ、ちょっと出てくるから、何かあったら連絡くれ!」
走り去っていくジュードを見ながらアズは呟いた。
「やっと新緑の季節を迎えたか・・・」
初めての卒業式を目前に控えて、シェランはその日が来るのが恐ろしくて、悲しくて、時々自分の心が壊れてしまったんじゃないかと思うほど涙が出てくる事もあった。
卒業式は別れの儀式なのだが、自分の育て上げた訓練生が晴れてプロになって卒業していく姿は、教官にとって感無量なものになる筈だった。それなのに、それがただ悲しくて寂しくて仕方が無い。まるで、世界の中にたった一人で取り残されるような気がするのだ。
授業中は何とか我慢しているが、帰ってからのシェランはずっと涙を止める事が出来なかった。
「いいのよ。今のうちに一杯泣いておくんだから。卒業式には笑顔で彼らを送り出すのよ・・・」
そんな独り言を言いつつ、彼女は今夜も暗い一人ぼっちの部屋で、Aチームの仲間達と取った写真を見ながら、頬に涙を光らせた。
突然、携帯が鳴り響いたので、シェランはびくっとして涙を拭き取った。
「Hello、シェラン。今少し時間ある?」
ジュードの声が響いて来た時、シェランはびっくりして涙も止まってしまった。今一番会いたい人・・・。そして一番会いたくない人・・・。
「時間は・・・あるけど・・・。ジュード、今どこにいるの?」
「シェランの家の前のビーチ。不法侵入してるよ。今出て来れない?」
「すぐ行くわ」
シェランはリビングまで走ると、ガラスのドアを開けて外に飛び出した。
波打ち際でジュードがこちらに背を向けて、水平線の彼方にぽっかりと浮かんでいる月を見つめている。それ以外は雲も星の光さえも見えなかった。
「ジュード?どうかしたの?こんな夜分に・・・」
シェランが声を掛けると彼はゆっくりと振り返った。さわやかな海風がさあっと彼とシェランの髪を巻き上げる。暗い波が月の明るい光に照らされて、輝いて見えた。
「うん。ちょっとね・・・。シェラン、目を閉じてくれる?」
「え?」
一体なんだろうと思ったが、シェランは素直に目を閉じた。ジュードはポケットに忍ばせてきたネックレスを取り出すと、それをじっと見つめた後、その小さなバラの花の付いたトップにそっと口づけをした。シェランの右手を取ってそれを握らせると「もう目を開けていいよ」と言った。
「これ・・・?」
「オレがここに来る時、母さんが渡してくれたものなんだ。父さんが以前、母さんに送ったものなんだって。この間、帰った時に母さんからシェランに渡せって言われてたのを思い出して・・・・」
「レゼッタママが?でも、これって、レゼッタママにとっても、ジュードにとってもとても大切なものでしょう?」
「うん。でも、母さんはオレが持っていてもしょうがないから、シェランに持っていて欲しかったんだと思う。貰ってくれるかな」
シェランは戸惑ったように手の平のネックレスを見つめた。月の光に反射して金色にキラキラと輝いている。
「それは・・・とても嬉しいけど・・・」
「良かった。これで母さんに叱られずに済むよ。じゃ、用事はそれだけだから・・・」
「ジュード?」
「お休み!」
ジュードは訳の分からない顔をしているシェランを残して、さっさと引き上げてしまった。
「ジュード・・・レゼッタママ・・・」
シェランはネックレスを持った手をぎゅっと握り締め、胸に押し当てた。
ショーンの言う通り、こんな事をしている自分は本当にバカだと思う。好きだという言葉も言えないくせに、それでも自分の事を覚えていて欲しいと思うなんて・・・。
ジュードは訓練校の建物が見える辺りまで走って帰ってくると、息を切らしながら立ち止まった。薄明るい月の光に照らされている建物を見上げて、ジュードは3年前を思い出していた。
初めてシェランに会ったのはこの訓練校だった。ここから全てが始まった。そしてもうすぐここでの全てが終わろうとしている。
ここを出てカリフォルニアに行って、プロになって・・・。そしたら何かが変わるんだろうか。こんなちっぽけで、大好きな人の事も守る自信の無い自分が、本当のライフセーバーとして生きる事が出来るんだろうか。リーダーとして本当に自分の仲間を守っていけるのだろうか・・・。
君はもう居ないのに・・・。どんな男になればいいんだろう・・・。ライフセーバーとして、リーダーとして、人間として・・・。
シェランはきっとオレなんかがいなくったってやっていけるんだ。だけどオレは?シェランを失って、二度と会えなくて、本当にやっていけるのか・・・?
旅立つ前は誰でも不安になるものだとジーンが言った。サミーもメーンなんかでうまくやっていけるかなとこぼしていた。皆不安なんだ。オレだけじゃない。だけど・・・・。
「シェラン・・・・」
ジュードは、暗い夜の闇を照らし出す青い月を見上げた。
本当は、側に居て欲しいのは他の誰でもない。オレ自身なんだ。シェランを必要としているのはオレなんだ。
ジュードは小さく頭を振ると、寮に向かって歩き始めた。