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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第20部 卒業 【4】

近頃訓練生の頭の中は新しい支部へ行く事で一杯だが、もう卒業式を待つばかりのクリスの頭の中もあることで一杯だった。シェランに会うたびに、一体いつ告白しようかそればかりが頭に浮かんで苦しくなる。


 海賊島でシェランに強引に口付けしようとして拒まれて以来、もっと強い自分になってからとずっと思っていた。だが、ジュードが居なくなってから告白するのは、何だか男として卑怯な気がする。心血を注いで育て上げた生徒が卒業して寂しがっている彼女に迫るのは、まるで溺れている人に助けて欲しければ俺に従え、とでも言っている様ではないか。


 そうは思うものの、今の自分ではとても彼女を守れる強い男になったとはいえないような気がして、前にも進めず、後にも引けずでクリスは悩んでいたのだ。


「はぁぁっ・・・一体どうしたらいいんだ?」


 自分の教官室に戻ると、クリスは溜息ばかり付いていた。




 その隣の教官室でも、シェランが大きな溜息を付いていた。昨日はジュードにとんでもない醜態を見せてしまったのではないだろうか。今まで一度も酔っ払った姿など見せた事は無かったのに。あまつさえ家まで送らせて、実は良く覚えていないなんて・・・。


 もうすぐジュードが、今日の訓練の報告書をまとめて持ってくることになっている。本当は朝一番に謝りたかったが、人目があったのでそれも出来なかった。


「ホントにもう、いくらメリーアンに色々言われたからって、あんなに飲むなんて・・・私のバカ・・・」


 頭を抱え込んだ所でドアをノックする音が聞こえ、シェランは急いで体制を取り直した。


「失礼します」


 ジュードはいつものように彼女の机に真っ直ぐ進んでくると、数枚のレポート用紙を彼女の机の上に置いた。


「結構いい出来だと思うんだけど」

「え・・ええ、そうね」


 シェランは気もそぞろにレポート用紙を手にとって目を通すふりをしながら、ジュードをチラッと見上げた。


「あの・・・昨日はごめんなさい。送ってくれたのよね・・・」


 やっぱり良く覚えていないようだな・・・。ジュードはにっこり微笑んだ。


「うん。でもシェランずっと寝ていたし、家に着いた時は自分でちゃんと歩いて家まで入って行ったし、オレには迷惑なんか掛かってないよ。それよりちゃんと部屋までたどり着けた?」


 本当は途中にあるリビングのソファーの上でそのまま寝てしまったのだが、シェランは「ええ、もちろん」と答えた。


 それからしばらく、アーロン達が新しく行った石油採掘場の話をした。彼等が今居るのはアルガロンより少し小さいが、真新しくて綺麗な採掘場だそうだ。アルガロンと同じく、ここにもパームヒル(ヤシの丘)というあだ名が付いていた。石油採掘場にヤシの木などが生えている筈もないのだが、きっと気分だけでも味わいたいのだろう。


 そんな話の後、ジュードはシェランの部屋を出てきた。そこで、隣の教官室から出てきたクリスとばったり出会った。

 少しの間、クリスはムッとしたようにジュードの顔を見ていたが、珍しく彼の方から声を掛けてきた。


「ジュード、ちょっと話があるんだ。教官室に来てくれないか」

「あ・・・はい」


 クリスの教官室に入るのは初めてだった。当然教官の部屋には、そのチームの関係者か教官仲間しか入る事は無い。


 ジュードはクリスの後について彼の教官室に入った。シェランの部屋とほぼ同じつくりだが、ソファーセットが反対の左側の壁につけてある。何より驚いたのは、東側の窓の側にある彼のデスクが、こちら側ではなく海の方を向いている事だった。普通デスクは入り口に向かって置いてあるものだが ―シェランのもロビーのもそうなっている― 彼はやっぱりちょっと変わっているとジュードは思った。


「話って何ですか?」

 ジュードは椅子に座りもせず、じっと部屋の中央で立っている彼の側まで歩いていった。


「分かってるんだろう」

「え?」

「シェランの事だ」


 まさかクリスの方からそんな話を、それもこの教官室でしてくるなんて思いもしなかったジュードは、戸惑ったように彼を見つめた。


「シェラン教官が、どうなさったんですか?」

「しらばっくれるな。お前はシェランが好きなんだろう?はっきり言ってみろ」


 ジュードはムッとしたように横を向いた。


「そんな話はここでするべきじゃないと思うし、あなたに言う筋合いもありません」

「筋合いが無いだと?」


 クリスは思わずジュードの肩を掴んでこちらを向かせた。こんな感情的な自分は自分らしくないと思うのだが、どうしても抑えられなかった。


「もうすぐ卒業なんだぞ?お前だって俺に言いたい事があるだろう。何でそうやってシラッとしていられる?はっきり言ったらどうなんだ。シェランが好きだと!」


 何がシラッとだよ。人の気も知らないで・・・。ジュードもだんだん感情が高ぶってくるのを覚えた。


「オレは別にあなたに言いたい事も、シェラン教官に言うべき事もありません」


 クリスはとうとう切れたように彼の胸倉を掴んだ。


「いいか、ジュード。俺は今教官として話をしているんじゃない。男として、男のお前と話をしているんだ!それでも俺の前でシラを切り続けるつもりか?」


 ジュードはギリっと奥歯を噛みながら彼を睨みつけると、ゆっくりと彼の手を押し戻した。


「だったら言わせてもらうけど、オレやあんたの気持ちなんてどうだっていい。そんな物はどうだっていいんだ」

「どうだっていいだって?人がこんなに悩んでシェランの事を思い続けているのに、その気持ちをどうだっていいって言うのか?」


「ああ、そうだ。あんたやオレがどれほど強くシェランの事を思っていようが、そんな事はどうだっていい。シェランが・・・シェラン自身がいつも幸せじゃなかったら、そんな気持ちは何の役にも立たないんだ!」


 クリスは思わず黙り込んだ。そうだ。僕はいつだって自分の気持ちばかり考えていなかったか?シェランの事をどれ程思っているかとか、こんなにも思っているのは僕だけだとか・・・。


「あんたがシェランを、シェランの笑顔をずっと守ってくれるんなら、あんたがシェランの側にいればいい。どんな事があっても守れるか?決して泣かせないか?あの人をいつだって幸せに出来るか?そして・・・」


 今度はジュードがクリスに詰め寄った。


「あの“私という名の男”から守り続けるんだ。決して彼女を行かせてはならない。もう二度と関わらせるな。どんな事をしても守り抜け。あの男から、そして・・・ルイス・アーヴェンから」

「ルイス・アーヴェン?彼はこの間、アルガロンと一緒に海に沈んだんじゃ・・・」


「でも死体は上がってない。あの後海軍が探したが、とうとう見つからなかった。海軍はアルガロンの崩れ落ちた鉄骨と一緒に海に沈んだんだろうという見解を示したけど、そんなものは当てにならない。死体が見つかるまで安心なんか出来ない。


 もし生きていたら、必ず又シェランに挑戦してくる。たとえ死んでいても、あの“わたし”という男が生きている限り、海軍は又シェランを頼りにするだろう。だけど行かせては駄目だ。あまりにあの男は危険すぎる。シュレイダー大佐だって、今回は危なかった。彼女だってシェランを守り切れるとは限らないんだ!」


 ジュードは興奮して、肩で息を繰り返しながらクリスの両腕を掴んだ。


「あんたが彼女の側に居るんだな?そう決めたんだな?だったら彼女を守り抜け。決して行かせるな。たとえ海軍が何と言ってこようとも、シェランが絶対行くって言い張っても、どんな事をしても止めろ。それが彼女を愛する男の役目だ。どんな事をしても止めてくれ。頼むよ・・・頼む・・・」


 

 自分の両腕を強く掴みながら肩を震わせているジュードを、声を出す事も出来ずにクリスは見つめた。彼の中にある思いの深さをクリスは初めて悟った。決して自分に劣る事の無い情熱を・・・。


 そして彼は自分にそれを託すといっている。ここに残る事が出来ないから、側に居る事が出来ないから・・・。


 シェランの側に居る事・・・。それはとても重い責任を背負い込む事なのだ。ただ愛しているというだけでは駄目なのだ。彼女を守り切れる人間でなければ・・・。




 ジュードが部屋を出て行った後、クリスは一人デスクの椅子に座って海を見ていた。本当に守り切れるのか?俺は一般なのに、潜水士としての彼女を止める事など出来るのか?クリスは額に手を当てると、まぶしく輝く海から目を逸らした。


「それでも愛しているんだ・・・。シェラン・・・」





 その日は朝から雨だったが、こんな日こそ海難事故が増えるので、A,B,C三つのチームはそれぞれライフシップに乗って海に出た。Aチームは途中、エンジントラブルで沖に流されてしまった一隻の漁船を発見し救助した。幸いな事に救助が早かった為、乗組員5名は全員無事で、エンジンが止まっている漁船を牽引しながら先に港に帰ってきた。


 午後からはいつものようにそれぞれの課に分かれて授業があった。3時限目の授業を終えてシェランが本館に戻ってきた時だった。ノースがやっと彼女を見つけたように走ってきた。


「教官!去年卒業してルイジアナに配属された通信士の友達から連絡があったんですけど、あの近所の石油採掘場で事故があったそうなんです!」

「え?」


 真っ先に浮かんだのがレナの顔だった。


「その施設の名は?」

「確か、パームヒルとか・・・」


 シェランは真っ青になって、すぐに本館の階段を駆け上がった。


 すぐに行かなければ。アーロンが生きていた事を知って、あの男がやったのかもしれない。


 シェランは自分の教官室に向かった。次の授業の代わりをディックに頼んで、飛行機の手配。それから・・・・。あまりに慌てていたので、3階の廊下で教官室から出てきたクリスとぶつかりそうになった。


「シェラン?」

「クリス!大変なの。レナたちの居る石油採掘場で何かあったらしいの。すぐに行かなきゃ・・・」

「シェラン、落着いて。軍から連絡があったのかい?」

「いいえ。そうだわ。ヘレンに迎えに来てもらうわ。そのほうがずっと早くパームヒルに着けるもの」


 今にも駆け出していこうとするシェランの手をクリスは捕まえた。 


― 彼女を行かせてはならない ― 


 ジュードの言葉が頭の中で響いていた。


「シェラン、待つんだ。君が行く必要なんか無いだろ?もうレナはルイジアナに行ったんだ。そちらの支部に任せればいい」

「いいえ、クリス。あの男が絡んでいるのだとしたら、私が行かなくてはならないの」

「シェラン、駄目だ!あまりにも危険だろ?やめるんだ!」


 クリスがなぜか必死に自分の手を握り締めて離そうとはしないので、シェランは逆に冷静になったようだ。彼女は彼の手にそっと手を重ねると笑い掛けた。


「クリス、ねえ、良く考えて。あなたも自分の大切な人に何かあったら、すぐに飛んで行くでしょう?たとえ自分がそんなに役に立たないと分かっていても、じっとしている事なんて出来ないでしょう?」

「それは・・・そうだけど・・・」

「わたしは大丈夫よ。さあ、手を離して。ヘレンに連絡を付けなければ」


 シェランは優しく彼の手を押し戻した。その時、反対側の階段をジュードが登ってきて教官室に入ろうとしたシェランを呼び止めた。だがシェランはそれも無視して教官室に入っていった。


「シェラン!」


 ジュードは開け放たれた教官室に入ると、電話を手に持っている彼女から受話器を取り上げた。


「パームヒルの火災は事故だ。さっきジョンに連絡を取って確かめた」

「うそ。本当に?」

「うん。まだ機械に不慣れな行員が起こした事故だ。それが小さな火災になったけど、作業員が避難するほどじゃないらしい。アーロンともちゃんと話をして確認を取ったよ。だからシェランが行く必要は無い。もうルイジアナの消防ヘリが向かっている頃だ」


 シェランはホッとしたのか急に大粒の涙を浮かべた。


「本当に?本当に大丈夫なのね?レナもアーロンもみんな無事なのね?」

「ああ、大丈夫だよ。あの男は来ていない」

「良かった・・・」


 ホッとして泣きだしたシェランの肩に手を置き、ジュードは優しく彼女を見つめていた。そんな2人の様子をクリスは扉の向こうから見た後、キュッと唇を噛み締めた。



 シェランを止める事が出来なかったと思うと、たまらない悔しさがこみ上げてくる。だがジュードは止める事が出来た。あいつはこのニュースを聞いてシェランがどういう行動を取るか分かっていた。だからすぐに手を回して調べたのだ。彼女を止める為に・・・。


 いや、違う。あいつがシェランを止める事が出来たのは、僕より先に情報を知っていたからだ。だが、たとえ自分の方が先にパームヒルの事を知っていたとしても、シェランといつも一緒に居て、事件の関係者と知り合いになっていなければ何の対処も出来なかっただろう。


「くそっ・・・」


 クリスは悔しさに頭を抱え込んだ。どうしてなんだ?あいつより僕の方がはるかに優位に立っているはずじゃないか。シェランと知り合ったのも僕の方が先だった。唯の訓練生と違って、僕にはシェランといつ結婚しても暮らしていけるだけの充分な基盤もある。卒業して出て行くと分かっている奴より、ずっと側に居る事の出来る僕の方がはるかに有利な筈なのに・・・・。


 心の中が無茶苦茶になってしまうのを振り払うように、彼は携帯を取り出した。


「シェラン、まだ学校に居る?本館の屋上で待っているから、来てくれないか?」








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