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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第20部 卒業 【2】

 Aチームの面々は、そのまま大講堂から出てきたBチームのメンバーと出会った。彼らからメーン支部への配属を聞くと、AチームからもBチームと同じ反応が返ってきた。


「メーン?すごく寒そうだな」

「寒い寒い。冬は凍えるぞ。ニューヨークでさえ冬は極寒なのに」

「氷の中の救助って俺たち経験ないよなぁ・・・」


 一通りAチームの反応を見てからサミーがジュードに尋ねた。


「所でAチームは何処なんだ?」

「うーん、それがまだ発表が無くって・・・」


 ジュードもおかしいと思っていた。シェランならすぐに知らせてくれそうなものだ。


「ジュード、お前聞いて来いよ」

「そうだ、リーダーだろ?」


 皆は早く聞きたいのかジュードをせかした。


「まあ、いいじゃないか。多分放課後にでもミーティングを開くつもりじゃないかな。あせらず待っていよう」


 何故シェランがすぐに知らせてくれないのかは分からなかったが、とりあえずジュードはそう言って皆を納得させた。



 シェランにもチームの皆が、早く自分達の配属される支部の事を知りたがっているのは分かっていた。だが、どうしても言葉に出す事が出来ない。その日の昼休みにシェランは校長室を訪れていた。


 ウォルターには黙ってソファーに座ったままのシェランが、何を悩んでここへ来ているか分かっていた。


「どうした?シェラン、さっきから黙ったままで・・・」

「ウォルター、カリフォルニア支部の話・・・どうにもならないのよね」


 想像していた質問にウォルターはテーブルに置かれたコーヒーを一口飲んでから答えた。


「当たり前だろう?これは上層部の決定だ。まさか君は配属先が気に入らないから変更しろとでも言いに来たのかい?」

「いいえ、まさかそんな・・・。ただ・・・少し遠いなぁって思って・・・」

「そう思っているのは君だけだろう?西海岸に実家がある者はそんな風に思ってないんじゃないかな?それとも他の生徒がそう言ったのかい?」


「いいえ・・・その・・・みんなにはまだ話していないの」

「ほう、どうして?彼等は一刻も早く知りたがっていると思うがね」


 シェランはそのまま黙り込んでしまった。そんな事は分かっている。自分がここに来てこんなわがままを言っているのも、ただ父親代わりの彼に甘えているに過ぎないのだという事も・・・。


 ウォルターは小さく溜息を付くと、ソファーから立ち上がって海の見える窓辺に行った。青く澄んだ海はずっと昔、シェランの父や母と共に歩いた時のまま、同じように輝いている。今思えば、ウォルターにとってあの頃が一番の青春時代だった。


「シェラン、君の初恋は誰かな・・・?」

「え?」

 突然聞かれて、シェランはびっくりしたように顔を上げた。


「え・・・と。パパかな・・・?それともウォルターかしら・・・」


 彼は笑いながらシェランを自分の横に呼び寄せた。


「それは光栄だがね、シェラン。きっと君の初恋はあの海だよ。君はずっとあのディープ・ブルーの海に恋焦がれていた。だからきっと君が好きになるのは、あの大西洋のような深く、大きな男だと思う。あの海のように遠くから君を見守ってくれるようなね」

「そんな人・・・居ないわ・・・」


 シェランはうつむいて首を振った。ウォルターは彼女の肩に腕を回すと優しく肩を叩いた。


「いや、きっと現れるよ。セリーがアルと出会ったようにね・・・・」





 結局その日の放課後になっても、シェランはミーティングを開く気配は無かった。あまりにも皆がうるさいのでジュードは仕方なくシェランを探したが、校内では見つからなかった。


「おかしいな。教官室にも居ないし、一体何処に行ったんだろう」


 途中キャシーに会ったのでシェランの事を聞いてみたが、彼女も知らないと答えた。


「キャシー、今日授業で何処の支部に配属になったとか話はあった?」

 ジュードは望みを託して聞いてみた。


「いいえ、私達も聞こうとしたんだけど、教官何となく元気が無くって・・・。というより・・・」


 キャシーがそこで言葉を切ってしまったのでジュードはもう一度聞いた。


「何だ?」

「どうもその話題を避けているみたいで・・・。何だか聞けなかったの」

「そうか・・・」


 どうしてシェランは配属地の話をしたがらないんだろう。とにかく手ぶらで寮に帰る訳にはいかない。仲間がきっと報告を待っている筈だ。


 校内に居ないのなら多分あそこだろう。ジュードはいつも彼女が落ち込んでいる時に行くノースビーチの岩場までやって来たが、そこにもシェランの姿は無かった。


「妙だなぁ。車があるのに本人が居ないなんて」


 最後の望みはSLSの港だ。ジュードは少し薄暗くなり始めた道を港に向かって走り出した。





 シェランは埠頭の先にたたずんで、じっと海を見つめていた。さっきまでホワイトオレンジとばら色に染められていた空が、今はもうほとんど暗い灰色の空に変わってしまっている。海から吹いてくる潮風は、いつもシェランの心を慰めてくれる筈だった。でも今日はそのさわやかな風が何度自分の髪を揺らしても、シェランの心はただ悲しみで一杯になるだけだった。


 ジュードが行ってしまう。それもあんな遠いところへ・・・。カリフォルニアなんかに行ってしまったら、彼とは二度と会えないだろう。彼らが行くのは、カリフォルニアの大都市サンフランシスコだ。このマイアミと良く似た一大観光都市で気候も良く似ている。そんな所に行ったらすぐに馴染んでしまって、このフロリダの小さな訓練校の事なんてすぐに忘れてしまうだろう。


 ジュードの為には、その方がいいのだとずっと思っていた。でもいざそうなってしまったらと思うと、まるで心に穴が開いてしまったように空虚で寂しくなってしまうのだった。


「ジュード・・・」


 シェランの小さな声は、遠くから響いてきた自分の名を呼ぶ声にかき消された。ジュードが広く長い階段の向こうから、大きく手を振りながら走って来る。


「ジュード。どうして・・・?」


 せっかく彼に見つからないようにノースビーチは避けてここまで来たというのに、何故彼はやって来たのだろう。自分に向かって走ってくる彼を見ていると、今までずっと押さえ込んでいた感情が涙となって頬をつたって落ちてきた。この3年間彼と共に経験した色々な出来事が、一気に胸の奥からシェランの目の前に広がった。


“シェランか。オレはジュード・マクゴナガルだ”


“オレ達の教官です。泣かさないで下さい”


“オレも一杯乗り越えなければならない事がある。だから一緒に頑張ろう”


“ほら、もう泣かなくていいから・・・。オレ、もう怒ってないし・・・”


“オレ達は待っているから・・・。このアメリカのどこかで、世界一の潜水士を迎えても恥ずかしくないチームになって、ずっと待っているから・・・・”



 ジュードの走る姿を見ていると、シェランの心にしまってある大切な言葉が溢れ出し、涙がとどめなくこぼれ落ちた。だがシェランは、彼が埠頭の先にたどり着くまでにそれを全て拭い取った。


「どうしたの?ジュード。何か急ぎの用事でも?」


 シェランは心の動揺を悟られないように平静を装った。ジュードは大きく深呼吸すると、笑顔でシェランに尋ねた。


「実はさ、あいつらが何処の支部になったか聞いて来いってあんまりうるさいもんだから、ずっと探してたんだ」

「まあ、そうなの」


 動揺しちゃ駄目・・・。シェランは自分の心に言い聞かせながら彼に笑顔を見せた。


「ごめんなさい。本当はもっと早く私の方から伝えるべきだったわね。貴方達の行く支部はね・・・カリフォルニア州支部よ」

「・・・」


 一瞬、ジュードの顔から笑顔が消えた。カリフォルニア・・・・。そんなに遠く?


 皆の前ではバージニアがいいとか言っていたが、本当はそんなに遠くには行きたくなかった。Cチームがジョージアと聞いた時、ほんの少し期待したのだ。もしかしたら自分達もフロリダの近くの支部になるかもしれない。それなら休みの日には、ここに帰って来れると思っていた。だがカリフォルニアではとても帰ってこられないんじゃないか・・・?


「支部隊員って休み・・・あるのかな・・・」

「さあ、私は本部しか知らないから良く分からないけど。本部は交代制で4日に一度くらいしか休みは取れないわね。それも半日くらいで、夜から出動なんて事もよくあったし・・・」

「そう・・・」


 ジュードは黙り込んでしまったが、シェランは反対に出来るだけ明るい声で話し出した。


「良かったわね、カリフォルニアはとても素晴らしい所よ。ゴールデンステート、黄金の太陽の光が降り注ぐ国。特にサンフランシスコはこのマイアミよりもずっと大都市で魚介類もすごくおいしいんだって。ジュードも楽しみでしょ?」


「う、うん、そうだね。カリフォルニア出身のショーンやエバは喜びそうだ。それからピートとサムも遊べそうだから、喜ぶだろうな」

「そうよ、なんてったってSLSでは一番人気のある支部なんだから。良かったわね。ジュード」

「うん・・・。じゃ、オレ、みんなに知らせてやらないと・・・」


 普段なら一緒にSLSまで帰ってくる道を、ジュードは一人で駆け出した。そしてシェランも、そこから動く事も出来ずに彼の背中を見送った。






 マイアミのはずれにあるマンションの一室でアーロンは、ジョンや自分の部下の中でも主に責任者と呼ばれる人間を集めてミーティングを開いていた。


「実は今日、本社の方から連絡があってな。今度メキシコ湾に出来る新しい海底油田の方に行ってみないかという話しが出ているんだ」

「それはいい話じゃないか。いつまでも休んでられないしな」


 皆、同じように頷いた。


「ふむ、だがレナもそうなんだが、ティム、君の所にもまだ学校に行っているミックが居るだろう?あとメアリーとジミーもそうだな。メアリーはもう大学生だから独り立ちしてもいいと思うが、他の子達はどうするか、彼らの親に確認を取って欲しい」

「分かった」


 ティムがメモを取りながら答えた。


「出発は5日後だ。かなり慌しくなるが、宜しく頼む」



 レナはそのミーティングがある前にアーロンから話を聞いていた。今までずっと通っていたマイアミの学校から離れるのは寂しかったが、彼女はやはりアーロンと共に行く道を選んだ。レナの夢は父親と同じ仕事に就くことだったからだ。だがシェランと離れるのはとても辛かった。そんな遠くに行ってしまったら、彼女とはほとんど会えなくなるだろう。


 レナはその夜、父親がミーティングをしている間にシェランに電話をした。きっと泣いてしまうだろうから、それを父親には見られたくなかったのだ。


 泣きながら事情を話して、本当は行きたくないとダダをこねるレナにシェランは言った。


「レナ、あなたの夢は何?」

「・・・パパと同じ石油採掘士になること・・・」

「本当はもう決めてるんでしょ?」

「うん・・・・」


 レナとの電話を切った後、泣きそうな顔をしているのはシェランの方だった。


「レナも・・・行ってしまう・・・」





 その3日後、シェランはジュードと共に旅立つアーロンとレナを空港まで見送りに来ていた。いつもアーロンの側に居るジョンも一緒だ。他の従業員は5日後だったのだが、アーロンは責任者の為、彼らより先に到着していなければならなかったのだ。


「場所はどの辺りなの?アーロン」

 シェランの問いにアーロンも首をかしげた。


「急な話だったから、場所とか採掘場の規模とかはまだ聞いてないんだ。ボーモントで会社の人間と落ち合う事になっているから、その時に聞けるだろう」


 彼らはここから一旦ニューオーリンズの空港まで行き、そこから小型機に乗り換えてボーモントへ。それから50Km先のポートアーサーの港から船に乗って現地まで行くらしい。


「随分と長旅になりそうですね。気を付けて行って下さい」


 ジュードはアーロンと握手を交わした。


「なーに、たいした事はないですよ。それよりバタバタしていて、SLSの校長先生に挨拶に行けなかったので宜しく伝えて下さい」

 シェランが笑顔で頷いた。


「ジュードも元気でな。いいライフセーバーになれよ」

 ジョンが明るく言った。


「うん。ジョンもいい石油採掘士になってくれ」

 2人は硬く握手を交わした。レナはシェランに抱きついてずっと泣いていた。


「大丈夫よ、レナ。フロリダの西側はすぐメキシコ湾ですもの。もし何かあったら軍用ヘリでひとっ飛びよ」

「何も無くても遊びに来て。夏休みとか冬休みとか。私迎えに行くから・・・」

「レナ・・・」


 アーロンはレナに「こら、わがままを言うんじゃない」と一喝すると、足元に置いてある荷物を持ち上げた。


「ではお2人ともお元気で。お世話になりました」

「じゃあな。ジュード!」

 

 アーロンとジョンは、慰めるようにレナの頭と肩に手を置いて、彼女と共に去っていった。


「レナはきっと大丈夫だよ。強い子だから」

 寂しそうな顔で彼らを見送っているシェランにジュードが言った。


「そうね。レナにはアーロンとジョンが居るもの・・・」


 でも私には誰も居ない・・・。シェランはにじんだ涙を拭き取るとジュードに笑顔を向けた。





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