第20部 卒業 【1】
7月5日、シェランの誕生日の日に素敵な知らせがあった。レナが退院したのだ。アーロンとジョンはすでに退院していたが、全身打撲のひどかったレナは今日まで掛かったのだった。
アルガロンの最後の話を聞いたレナはひどく落ち込んでいたが、シェランの献身的な看護や見舞いのおかげで、退院時にはすっかり元気を取り戻していた。シェランは授業があり、彼女の退院には間に合わなかったので、朝一番に着くように花を贈った。
「人さえ生きていれば、又いくらでもやり直せるわ」
シェランの言葉と彼女から送られた花束を胸に抱きしめ、レナはアーロンと共に仲間の元に戻っていった。彼らは今、アルガロンに彼らを派遣していた会社が持つ、マイアミの寮に身柄を寄せているのだ。
その次の日の夜は、シェランの誕生日パーティがマイアミのある店で行われた。「今度こそ絶対大丈夫だ」という、ネルソンお勧めの店だ。レナは退院したばかりだというのに、アーロンにわがままを言ってやってきた。
チームの皆からシェランへのプレゼントは、彼女の好きなパールホワイトのイブニングドレスだ。もちろん胸もそんなに開いていないデザインである。シェランに出来る最後のプレゼントになるので、皆で頑張ってお金を出し合った結果、随分集まった。何にするか散々意見が出たが、やはりエバとキャシーの意見が通ってドレスになったのだった。
それでシェランは今夜それを着て、パーティに参加した。店の定員が皆シェランに見とれているのを見て、メンバー達はこぞってシェランの横に行って彼女をエスコートした。そして、マックスがエバを、ショーンがキャシーを、ジェイミーがレナをエスコートする事になった。
初めて出会った頃と違って、とても大人っぽくなったレナは今夜、黒のセクシーなドレスで参加だ。最終試験の日、ライフシップの上で会った彼女は、随分子供っぽくて、おまけに自分のやった事を全く反省もせずジェイミーに食って掛かってきたが、女は3年も経てば随分変わるもんだとジェイミーは驚いていた。
「レナも大人っぽくなったな。3年前とは大違いだ」
「だってもう15歳だもの。その様子じゃジェイミーはまだ彼女もいないみたいね」
レナの鋭い指摘にジェイミーは苦笑いを浮かべた。
「訓練生で恋人をつくろうなんて奴は、かなり不真面目に遊んでいる奴か、よっぽど真面目に恋愛をしている奴だよ」
「ふーん。じゃジュードはまだ、シェランねーさまの事あきらめてないんだ」
「あいつは後者だからな。言っとくけどシェラン教官も少なからずジュードの事を好きみたいだから邪魔すんなよ」
ジェイミーの言葉にレナはプッと頬を膨らませた。大人っぽく見えても、まだ中身は子供のようだ。
「あら、私はシェランねーさまが幸せなら邪魔するつもりなんか無いわよ。ただ、ねーさまを独りぼっちにして、寂しい思いをさせるような男は要らないって言ってるだけ」
それは俺達にとって、随分厳しい要求だなぁ・・・。ジェイミーは思わず頭をかいた。
エバは、シェランの様子を余裕の笑顔で見ているジュードが何だか不思議だった。そういえばリゾート島でも、彼はシェランと仲間が踊っているのを、まるで父親のように見ていなかっただろうか・・・。それでちょっといつものようにからかってみる事にした。
「残念だったわね、ジュード。教官をみんなに取られちゃって・・・。まっ、今日位は“みんなの教官”でいいわよね」
さて、どんな反応が返ってくるかしら・・・。エバはニヤッと笑って彼を見た。
「シェランはずっとみんなの教官だよ」
ジュードは笑って答えてショーンの所に歩いていったので、代わりにキャシーがエバの所にやって来た。
「どうしたの?エバ。何か放心しちゃって・・・」
「ジュードよ・・・」
「え?」
「あいつ、もしかして完全に諦めちゃったんじゃ・・・・」
シェランは自分の誕生日パーティだというのに、ちゃんとピートとノースにも誕生日プレゼントを持ってきていた。彼らにプレゼントの写真立てを渡す時、シェランは何だか心に小さな隙間が出来たように思った。これでもう最後なのだ。彼らからプレゼントを貰うのも、彼らにプレゼントを返すのも・・・。
ジュードが言ってくれたように、次に入学してくる新入生達と、これ程の関係が築けるかどうかシェランには分からなかった。シェランはただ、Aチームと過ごす残り少ない時間を少しでも大切にしたいと思った。そして、ジュードと共に居る時間を・・・。
合同訓練を終えた3年生は本部からの要請があれば、いつでも出動できるだけの知識と経験を積んでいるとみなされる。それゆえ海難救助の任務だけでなく、沿岸警備の仕事などもやらねばならなくなるのだ。
SLSの沿岸警備は、ライフシップに乗って、たくさんの船が航行する航路で待機したり、それ以外はサウスビーチなどの観光客や地元民で溢れている海水浴場の警備も含まれる。だから彼らの授業はほとんどチームごとに外で行動する事が増えるのだ。
・・・といっても、ビーチに居る観光客は肌を焼きながら海岸で寝そべっている人がほとんどなので、ビーチ上はあまり気合を入れて見回る必要はない。(ピートやサムは見回りと称して、しっかりと水着美人を観察していたが・・・)
怖いのは、あまり慣れていないサーファーや、少し沖に出てウインドサーフィンをしている人々、あと、もう少し沖に出て、水上ボートなどスピードの出るボートに乗って遊んでいる人達だ。マイアミビーチは世界有数の観光地なので、水上の事故は後を立たない。そういった事故を未然に防ぐのもライフセーバーの仕事で、リゾート気分で浮かれている人々に注意を促して回るのも一苦労であった。
3年生はそんな風にして外に出る事が多くなるので、ほとんど1年生や2年生との接触は無くなってしまう。だから校内の色々な行事や1年生の面倒を見るのは、自然と2年生の仕事になる。彼等も後2ヶ月もすれば3年生。SLSの最高学年としての義務と責任が待っているのだ。
7月も半ばになると、そろそろどのチームがどこの支部に配属されるかが決定する。それは3年の担当教官が直接校長室に集められて発表されるので、3年生達はその日が来るのを今か今かと待っていた。
数ある支部の中で一番人気なのが、リゾート地で有名なカリフォルニア支部だ。それからニュージャージー、サウスカロライナなども人気があるが、できれば自分の出身地に近い支部を皆は希望する。支部隊員になると、引退するまでその地に留まらなければならないからだ。
「オレはバージニアがいいなぁ。ノーフォーク海軍基地があるんだ。毎日空母や駆逐艦が間近で見られるぞ」
軍事兵器好きのジュードが言った。
「お前、観光で行くんじゃないんだからさ」
「そういうマックスは何処がいいんだ?」
ジェイミーが笑いながら尋ねた。
「ニュージャージー辺りかな。シカゴに帰りやすいし・・・」
ジュード達がそんな話をしながら遅まきの夕食を取っていると、アンディとミシェルが揃ってやって来た。
「先輩!今3年の教官が校長室に集められていますよ!」
「何だって?」
そこにいた全員が、思わず立ち上がった。
「今日はもう遅いから、明日にでも発表があるんじゃないですか?楽しみですよねぇ!」
ミシェルが声を高くして言った。
「今日集まってもらったのは他でもない。いよいよ3年生の各チームが配属される支部が決定した。明日にでも彼らに知らせてやってくれたまえ」
ウォルターはにっこり笑って緊張した表情のシェランとクリスを見つめた。彼等にとって、これも初めての経験である。自らの手で育て上げた訓練生が、いよいよプロになってSLSの支部に配属されるのだ。クリスは感無量だな、と心の中で思っていたが、シェランは出来れば聞きたくないと思った。それは確実に別れが近づいている証拠だからだ。
「まずロビー。君のCチームはジョージア州支部だ。自然災害の多い所だ。頑張るように訓練生に伝えてくれ」
「はい」
シェランは一瞬唇を噛み締めた。ジョージアはサバナにある支部で、フロリダから一番近い支部だ。自分のチームがそこならいいとずっと願っていた。シェランは小さく息を吸い込んだ。そうだ。まだアラバマ州支部ある。あそこなら、ジョージアとそんなに距離は変わらない・・・。
「クリス、君のBチームはメーンだ。ちょっと寒いがいい所だぞ。支部もまだ出来て間が無いからとても綺麗だしな。それからシェラン、君のAチームは・・・・・」
お願い・・・・。シェランは祈るように両手を組んだ。
「カリフォルニア州支部だ。皆、それぞれ頑張るように生徒に伝えてやって欲しい。以上だ」
カリフォルニア・・・・。フロリダからすれば合衆国の真反対に位置する州だ。シェランはがっくりと肩を落とすと、自分の教官室に戻って来た。全ての力が抜けてしまったようにソファーに腰を下ろすと、シェランは呆然と呟いた。
「カリフォルニアなんて・・・・」
次の日の午前中にはCチームは全員、自分達がジョージア州支部に配属される事を知っていた。クリスも早く知らせてやった方がいいと思ったのか、昼には全員を集めて、メーン支部への配属が決まった事を告げた。
「ええ?メーンですか?」
「メーンの何処だっけ、支部があるの」
「田舎じゃないのか?」
「ボストンやニューヨークが近いんだからそんな事無いって」
「近いったって随分離れてるぞ」
生徒の様々な反応を楽しそうに見回してからクリスは言った。
「どんな場所でもやる事は一緒だ。お前達はとうとう本物のライフセーバーになるんだ。しっかり頼んだぞ!」
生徒達の「はい!!」という大きな返事を聞きながら、クリスはやっと肩の荷が下りたような気がした。後は卒業式だけなのだ。
― いや、その前に・・・・ ―
生徒と別れて食堂に向かったクリスは丁度そこから出てきたAチームのメンバーと鉢合わせした。ジュードがチラッと自分を見た後、仲間達と去って行った。
「お前との決着をつけないとな・・・・」