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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第19部 I Wish  ―願い― 【11】

 ヘレンを乗せた軍用ヘリは、途中Bチームのライフシップに再び降り立った。ジュードがシェランを救出に行ったヘリが帰って来ていたのと、アレックの応急処置をライフシップなら出来るからだ。


 救急室にアレックを連れて行った後、ヘレンはシェランを探していたが、船の細い廊下でニコラスが彼の仲間と話す声が聞こえてきた。


「それであいつらの処分はどうするんだ?」

 パットがニコラスに尋ねた。


「決まっている。二度と命令違反が起きないよう訓練校側に厳重に注意を要請する。もちろんあいつらは責任を取って退学処分だ。ミューラーも決して許さん」

「じゃあ、あいつも退職か。かわいそうに。二度も退職させられるなんてね」


 嘲る様に言ったエドガーは、廊下の向こう側から聞こえてくる誰かの笑い声に、ぎょっとして顔を上げた。ヘレンがひどくバカにした様な目をして彼らの方に歩いてきた。


「そううまくいくかな?ミスター・エマーソン」

「さすがSEALの大佐殿だ。盗み聞きも得意なようだな」

「ああ、我々の得意分野は偵察、破壊、諜報なのでね」


 へレンは、ニコラスの嫌味にも全く悪びれることなく答えた。


「あのバカ共は私にとっては仕える人材でな。卒業後は私の命令下に置くつもりだ」

「は?何をバカな事を。あんたがSEALでどれ程の人間か知らないが、軍の権力がSLSにまで及ぶとは思わん事だ」


「さあ、それはどうかな?君は良く知らんようだから教えてやるが、シェランは今この国にとって無くてはならん人間だ。だがあいつはなかなか私の言う事を聞かん女でな。彼女を動かせるのはAチームのメンバーだけだ。そういう意味では、彼女とAチームは君なんかよりずっと価値がある。SLSもそれは良く分かっている筈だがな」


 シェランや訓練生の方が自分より価値があると言われて、ニコラスは今までに無い憎しみを感じた。たとえどんな事をしても目障りな彼らをSLSから、自分の目の前から追い出してやると彼は心に誓った。


「ハッタリだな。SLSは軍なんかの思い通りにはならない。我々は政府からの出資を受けてはいるが民間の組織だ。決してあんたの思い通りにはならん」


 ヘレンはニヤッと笑って彼に顔を近づけた。


「そうか。それならそれで構わんが、一つ教えておいてやろう。私の海軍でのあだ名は“SEALの重艦鬼神”、又の名を“ゴリ押しヘレン”というんだ」





 怒りに燃えるニコラスと別れたヘレンは、再びシェランを探し始めた。いつも憎まれ口ばかり言っていたのに、なぜか無性に会いたかった。


 男ばかりの海軍で男以上に任務をこなしてきたヘレンには、女友達と呼べるような人間はほとんど居なかった。学生時代もスポーツと言えばホッケーやラグビーで、相手も男性でなければヘレンを止める事など出来なかった為、ほとんど男子の中でやっていた。海軍に入ってからは更に彼女は自分に厳しく、任務と責任を全うしていった。だからこそ今の彼女が存在するのである。


 そんなヘレンは30を軽く越えたこの年まで、恋愛経験など全くもってなかった。だから人を愛するという事がどんな事かも知らないし、ましてや男性から愛しているとささやかれた事も無かった。だからルイスがどんな気持ちで自分にその言葉を言ったのか見当もつかないし、どう言葉を返していいかも分からなかった。しかも初めてその言葉を言ってくれた男を、自分の手で殺さなければならなかったとは・・・・。


 この世は皮肉なものだと知っていたが、ここまでとは思わなかった。だがヘレンはそうしなければならなかったのである。


 ルイスの言葉に面食らったヘレンであったが、本当は彼の言葉がとても嬉しかった。彼は女性としてだけではなく、友として、人間として自分を愛していると言ってくれた。それがどれ程嬉しかったかなんて、きっと誰にも解らないだろう。


 だからヘレンは彼を殺さなければならなかった。もう二度と友を失わない為に・・・。“私という名の男”に、彼を返さない為に・・・。




 シェランを探して船内を歩き回っていたヘレンであったが、何処にも彼女の姿を見つけることが出来なかった。救助をされた人達が集められている部屋まで行くと、ジュードや他の訓練生が怪我をした作業員の世話や応急処置を行っているのが目に入った。ジュードにシェランが何処に行ったか聞くと、彼は首をかしげながら答えた。


「シェランは医務室に居ますよ。会いませんでしたか?」

「アレックを連れて行った時には居なかったが・・・」

「じゃあ、行き違いになったんでしょう。彼女は患者のベッドに付き添っていますよ」



 ジュードの言葉が終わらない内にヘレンは背中を向けて歩き出した。それほど早くシェランに会いたかった。彼女に会って声を聞けば、この涙も出せないほど息苦しい心の中の葛藤が少しは治まるかもしれない。ヘレンは急ぎ足で医務室に入ると、左手の奥に引いてあるカーテンを勢いよく開いた。少女が眠るベッドの脇で、彼女の顔を心配そうに見ていたシェランがヘレンを振り返った。


「まあ、ヘレン・・・」

「その娘・・・助かったのか・・・」


 ベッドに横たわっているのは、レナであった。彼女の向こうのベッドには父親のアーロンとジョンも蒼い顔で眠っている。彼らが海に飛び降りたのをこのライフシップの乗組員が見ていたのだ。だが爆発が始まっていたのと、いつ建物が崩れ落ちるか判らない状態で、彼らを救出に向かうのが遅れたのだった。



「彼らが海に落ちた時にはもう気を失っていたから水もあまり飲んでないし、落ちた位置は分かっていたから何とか助ける事は出来たの。でも、相当高い位置から落ちて全身を打っているから、詳しい事は病院でちゃんと検査をしないと分からないって・・・」

「そうか・・・」


 へレンはシェランの隣に置いてある椅子に座った。


「アレックは今、救急処置室で手当てを受けているわ。本部のライフシップで良かったわね。訓練校のライフシップには専門医は乗ってないから」


 ヘレンは「ああ・・・」と答えた後、黙り込んだ。何をどう言っていいのか分からないが、色々な思いがこみ上げてくる。


「どうしたの?ヘレン。何だか様子が変よ」


 シェランがヘレンの手を握り締めた瞬間、ヘレンは溢れてくる思いでのどの奥が熱くなるのを感じた。


「シェラン・・・私は・・・ルイスを殺した・・・。私の手で・・・彼を殺したんだ・・・」

 

 ヘレンはやっと搾り出すように声を出した。

 シェランははっとしたようにヘレンを見つめた後、うなだれたヘレンの肩にもう片方の手を置いた。


「ルイスはヘレンの疑問に答えてくれた?」

「アメリカが・・・滅びの道を自ら進んでいると・・・。祖国を愛するが故に祖国を裏切ったのだと・・・・。そして、私の事も愛していたと・・・。でもそんな事はどうでもいいんだ。もうどうだっていいんだ!私は・・・私が聞きたかったのは・・・そんな言葉じゃない。そんな事はもうどうだっていいんだ・・・」


 シェランは自分の肩に頭を乗せて震えているヘレンを包み込むように、その髪をなでながら彼女の頭を抱きしめた。


「そうね、そんな事はもうどうだっていいのよね。彼がもう戻って来ないのなら、意味の無い事だものね・・・」



 ヘリで飛び立っていくヘレンを見送ってから、シェランは船の艫まで行って、もう小さくなっているアルガロンを見つめた。黒々とした煙を巻き上げ、アルガロンはまだ炎上していた。巨大な鉄の柱が金切り声のような金属音を立てた後、崩れ落ちる音が遠くから響いてくる。シェランにはそれがアルガロンの断末魔の叫び声のように聞こえた。





 3年生たちが訓練校に戻ってきたのは、すでに全ての授業が終わった頃だった。彼らはぺこぺこになったお腹を抱えて、すぐに食堂になだれ込んで行った。ジュードもシェランやチームの仲間達と他のチームのメンバーに続いて食堂に向かっていたが、ふとそのたくさんの生徒の流れに逆らうようにしてじっと立っている一人の影を見つけた。


「ウォル・・・校長先生・・・!」


 シェランが駆け寄っていくと彼はとても心配していたのか、少し蒼い顔でシェランに声をかけた。


「ああ、シェラン。無事でよかった」

「はい。私も生徒もみんな無事ですわ」


 そう答えた後、ウォルターがじっとジュードを見ているので、シェランは気を利かせて、他の生徒達と共に食堂の中に入っていった。


「校長先生。多分この後、本部の方から色々言ってくると思いますが・・・あの・・・」

「ああ、構わん。ニコラスのBチームとやると聞いた時から何かあるだろうと思っていたからな。それよりジュード・・・」

「はい」


 ウォルターはにっこり笑って自分を見上げたジュードを、戸惑ったような目で見つめた。それは父親が息子に対して素直になれないようなそんな顔でもあった。



 たった一度、嵐の中で助けただけの少年・・・。互いに顔も覚えていないまま再会し、ずっと息子のように思っている事も隠し続けてきた。アルガロンに爆弾が向かっている事を本部から知らされた時、真っ先に浮かんだのはシェランとジュードの顔だった。又、彼らが巻き込まれる・・・・。地上でどうしようもない思いを抱えたまま、海上で戦い続けている彼らの事を思うと居ても立っても居られなかった。


 どうしてもっと早く言ってやらなかったのだろう。あの時君を助けた機動救難士は私だったのだと。君がずっと目標にしてくれていた事をとても嬉しく思っているのだと・・・。アルとセリーのように何も伝えられないまま逝かせてしまう事だって有り得るのに・・・・。


 でももう君は全てを知っている。そんな君に今更何をどう伝えたらいいんだろう・・・・。そうしてウォルターはずっと待っていたのだ。ジュードが戻って来るのを・・・。


「校長・・・先生?」


 ウォルターが黙って自分を見つめているので、ジュードが不思議そうな顔をして彼の顔を覗き込んだ。


「ジュード・・・。私にとってここの生徒はみんな息子のような存在だが、君は中でも昔の私に良く似ていて、時々本当の息子のように思えてしまう事があるんだ。いや、君は昔の私ほど頑固で偏屈者じゃないんだが・・・。それは君にとって、迷惑な話しかね?」


 ジュードは一瞬、胸の奥がキュッと詰まるような感覚を覚えた。


「校長先生。オレの父さんは、ずっと昔海で亡くなりました。それからずっとオレの父さんは、あの時助けてくれた機動救難士だと思っています。あの時あの人に会えたから、オレは色んな辛い現実にも立ち向かってこれた。彼の言葉がオレを本当の意味で救ってくれた。そしてあの人の存在が・・・今のオレの目標なんです」


 ジュードの言葉に、ウォルターは人前で初めてその瞳に涙を光らせた。


「ありがとうジュード。私を救ってくれたのは君だ。そしてずっとシェランを守り続けてくれてありがとう。よく・・・こんなに長い間、頑張ったな。君はもう立派な・・・機動救難士だ」

「校長先生・・・」



 



 明るい日差しが差し込む部屋の一室で、彼は目を覚ました。地獄にしては随分と明るい所だな・・・。彼はぼうっとした目であたりをゆっくり見回した。白で統一された広い部屋だ。閑散としているようで、必要なものは全て揃っているようにも見えた。


「気が付いたかね」


 よく通る聞き覚えのある声が耳に届いて、彼はまぶしそうに光の差し込む窓辺を見た。日差しの中で黒い影だけが動いているように見える。それほど彼の頭は、はっきりしていなかった。


「その顔はもう自分が死んでしまったと思っているのかな?ルイス」


 影はゆっくりと窓辺を離れて、彼の側にやって来た。


「サン・・・・ジュスト・・・・」


 ルイスは弱々しくかすれた声でその名前を呟いた。胸の辺りに重い石でも乗せられている様で、まだ息をするのも苦しかった。


「君は一週間以上も眠っていたんだ。すぐには良くならないよ。何しろ胸に完全に風穴が開いていたからね」

「あなたが・・・?」


 助けたのですか?と言おうとしたが声にならなかった。


「以前君が私の所に来た時、君の顔はもう決意していたからね。君は昔の仲間に殺されに行ったのだろう?」


 サン・ジュストがベッドの足元を回って反対側に回ったので、やっとルイスは彼の姿をはっきりと見ることが出来た。


「君は仲間を裏切り続けているのが本当は苦しかった。たとえ理想と現実を受け止め軍を嫌っていても、仲間だけは憎めなかった。だからウェイブ・ボートで正体がばれて仲間の元を去らねばならなかった時、本当は嬉しかったのだ。“もうこれで彼らを偽り続けなくて済む”そう考えてね・・・」


 サン・ジュストは彼の枕元に飾ってある、白いバラの花を愛でる様に香りをかぐしぐさをした。


「だから君は殺されに行ったのだ。アルガロンへ・・・。本当に彼らを皆殺しにするつもりなら、君なら人質など取らず、すぐに全員を殺せていたはずだ。だが君はしなかった。しかも仲間が脱出できるようにヘリまで残してやっていた。どうやら君はどうあっても彼女を殺せないらしいね」


 やっとの事で大きく息を吐き切ると、ルイスは自分の体がベッドに沈んで行くような感じがした。


「俺を処分するつもりなら、何故助けたんです?俺はあなたの正体を知る唯一の人間だ。あなたは他の誰にもその本当の姿を見せることは無い。何故、俺にだけ見せたんです?そして、何故アーロンにだけ声を聞かせたんですか?最初にアルガロンに爆弾を仕掛けた時、あなたなら簡単に彼等を殺せたはずだ。何故助けたんです?彼等を・・・そしてこの俺を・・・」


「処分・・・ね。君はそう簡単に死ねるとでも思っていたのかい?私にとって海の藻屑のように沈んだ、ほとんど死にかけの人間を回収して生き返らせることなど、このバラを潰すより簡単に出来る事だよ。だから、君はそう簡単に死ぬ事など出来ない。


 いいかい?ルイス・・・。裏切り者は一生裏切り続けなければならない。一度裏切ったら最後まで・・・それが私や君の宿命だ。君は生き続け、仲間の元に戻る事も許されない。ただ、裏切り続けるだけだ。それが裏切り者の宿命なんだよ・・・・それにね、ルイス・・・」


 サン・ジュストは手に持っていた白いバラの花を一本引き抜くと、ルイスの胸の上に置き、ドアまでゆっくりと歩いて行った。


「完全すぎるのは罪な事だ。私はね、内にも外にも一つ位、不安な材料を残しておいた方がいいんだよ。君達が常に銃の砲口を背中に感じているように・・・・。それが私を強くする。この世界の誰よりも・・・」


 サン・ジュストが出て行った後、ルイスは力の戻らない手で彼が置いて行ったバラの花を握り締めた。


―君の命を奪う事など、このバラを潰すより簡単だ・・・― 


 そういう意味だろうとルイスは思った。


「裏切り者に死ぬ事は許されない・・・か・・・」





 本部に戻ったニコラスは早速、訓練校側に今回のAチームの命令違反と、シェランについて、厳重に処分をするようにと申し入れた。だが訓練校からは、厳重に叱りおくという返事が返って来ただけで、シェランもAチームも、一向に訓練校から姿を消す気配が無い。こうなったらバーグマン長官にもう一度直談判すべきかどうか考えている間に、最後の合同訓練の話し合いが本部で行われる事になった。


「よくもまあ、平気でここに顔を出せたものだな。ミューラー、それにAチームのリーダーも。お前達には厳重なる処分を言い渡してある筈だが?」

「これは、ミスター・エマーソン」


 ジュードはわざと彼をミスター付けで呼んだ。もう彼をリーダーとは認めないとも言わんばかりだった。


「ええ、もちろん。校長先生から厳重注意を受けましたよ。それが何か?」

「何か?だと?お前は退学!この女は退職に決まっているだろう!」


 ニコラスはいつもの冷静さも忘れて叫んだ。ジュードの自分を見下すような目が我慢ならなかったのだ。


「おや?そんな話を校長先生は一向になさいませんでしたが・・・。そうですね、ミスター・エマーソン。そんなに僕たちを追い出したいのなら、貴方のお好きな査問委員会でも招集なさったらいかがですか?ただし、今回の件に関しては、貴方のお得意な物事を捻じ曲げて、もしくは全く反対の証言をする等は、一切通用しませんよ。たくさんの人間が証人ですからね」


「こ・・・の・・・!」



 ニコラスはジュードが何の事を言っているのか分かっていた。周りに居る他の訓練生までが、まるで非難するような目で自分を見ているのにも憤りを覚えた。一瞬、カーッと頭に血が上ってジュードの襟首を締め上げた。


「いいだろう。そんなに望みなら審問会を開いてやる。いいか、お前のような思い上がったガキは・・・」

「いい加減にしないか、ニコラス」


 廊下に響き渡った声に、ニコラスは思わず目を見開き、ジュードの襟首を持っていた手から力が抜けた。背の高いニコラスをも凌ぐ大きな影が彼の前に立ちはだかった。


「これ以上のつまらん争いごとをこのSLSの本部で行うというのなら、私にも考えがある」

「バーグマン長官、しかし・・・」


「ニコラス。3年前、査問委員会があの問題を不問にしたのは、シェランを助けたわけではない。我々は君を助けたのだ。分かるか?今度審問会を開くような事態になったら、私は過去の事件と共に決して君を許さない。よく覚えておくんだ。いいな」


 ニコラスは目と口を大きく開いたまま、バーグマン長官の背中をただ見送っていた。





 そんなこともあって、7月の1日に行われる最後の合同訓練は、最初のやり方に戻ってそれぞれ同じアルファベットのチーム同士で行える事となった。みんなその事をとても喜んだが ―Bチームだけは、少し空気が重苦しくなっていたが・・・― 中でも一番喜んでいたのはアズだろう。彼はどうしても、もう一度ヒロ・タカギに会いたかったのだ。


 ライフシップの上で休憩を取っている時、アズはヒロの側に以前と同じように立って彼と共に海を見つめた。


「あの・・・ミスター・タカギ・・・」

「前にも言おうと思っていたけど、ヒロでいいよ。ケイ。でも君はみんなにアズって呼ばれてるんだね」

「あ・・はい。あの・・・それで・・・」

「ん?何だい?」


 ヒロの穏やかな瞳を見てアズはやっと決心をした。


「あの・・・あの・・・日本って、どんな国ですか?」


 まさかそんな質問が来るとは思ってなかったので、彼は目を丸くした。


「ああ、君はここで生まれたけど、ご両親は2人とも日本人なんだね」

「はい。俺・・その、一応国籍はアメリカなんですけど、俺の中に流れているのは日本の血なんです。俺の家はこんなに長い間アメリカに住んでいるのに、ずっと日本人同士で結婚してきましたから・・・。でも、俺は日本の事をほとんど知りません。だから・・・」


 ヒロはにこっと笑って空を見上げた。


「こっちに来て驚いたのは、本当にアメリカ人って日本の事を尋ねると、まず帰ってくるのが“フジヤマ”“ゲイシャ”なんだよね。でもね、アズ。日本はとても小さな国だけど、どんな国かと聞かれて一言で答えられる国じゃない。それは他のどの国についても一緒だろ?


 だから俺の中の小さな知識を頼りにするよりも、いつか君自身が日本に行きたまえ。そして自分自身の目で君の本当の故郷を知るんだ。それが一番いい。この国しか知らない君は、きっとびっくりすると思うけどね」


 結局ヒロは教えてくれる気は無いようだ。だが彼はこうも言ってくれた。


「もし日本に行く事があったら、俺の実家に泊まるといいよ。俺の実家は愛知の名古屋なんだが、そこからなら東京にも大阪にも行きやすい。きっと楽しい旅になるぞ」

「その時、もし休みが取れたらヒロさんも一緒に行ってくれますか?」

「俺は本部隊員だから難しいがなぁ・・まぁ2,3日くらいは休めるだろう。約束するよ。一緒に行こう」


 アズはこの約束が何よりも嬉しかった。そして幼い頃、曽祖父から聞いていた日本に思いを馳せた。


― アイチ州って、どんな所だろう・・・ ―


 アズは日本も州で区切られていると思っていた。


 そして3年生にとって卒業を控えた最後の合同訓練が終わった。これを終えれば、後は7月31日の卒業式を待つばかりである。





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