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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第19部 I Wish  ―願い― 【10】

 次第に速度を上げながら浮上していく潜水艇に必死に摑まりながら、シェランは何とかハッチを開けようと格闘していた。あたりを包み込む海の色が柔らかな緑色に変わって来た頃、やっと赤いハッチが少し揺らいだ。


「いけるわ!」

 

 力任せに引っ張った拍子にハッチは開いたが、シェランも勢いに負けて流された。何とかハッチの縁に右手の指が引っかかっている。シェランは荒い息を吐きながら、もう片方の手を伸ばした。ハッチから水が舞い込んだ為か潜水艇の浮上と速度が少し緩まったので、何とか内部に体を滑り込ませた。中はほとんど浸水している。だがそれでも潜水艇は止まる様子は無かった。


「こうなる事は予想済みってわけね」


 シェランはあたりをぐるりと見回した。見たところ爆弾らしきものはここには無いようだ。


『教官、聞こえますか、教官!』

「ええ、聞こえるわ、ノース。今潜水艇内に進入した所よ」


 ノースの通信にやっと答える事が出来た。


『教官、急いでください。アルガロン突入まで後10分あるかどうか。ジュードがそちらに向かいました。D.Cの通信回線をジュードのD.Cに合わせて下さい』

「分かったわ」


 シェランはテンキーに“0002”と打ち込んだ。ジュードは0002、シェランのD.Cの通信回線は0001だ。


「後10分・・・」


 シェランは又潜水艇が速度を上げていくのを感じながら、この内部に必ず仕掛けてあるであろう爆弾を探し始めた。






 自分の乗って来たヘリが戻って来るのを見たヘレンは、ヘリポートへ向かった。ヘレンが上がって来ると、丁度要救助者を運んで帰ってきたアレックがヘリから降りて来た所だった。


「大佐!お迎えに上がりました!」


 アレックが自分に駆け寄ってくるのを見て、彼にねぎらいの言葉を掛けようとした時だった。いきなり銃声が聞こえ、アレックの体が目の前で崩れ落ちるのを見た。


「アレック!!」


 へレンは銃を取り出しながら彼の身体を受け止めた。そして彼女は見たのだ。レナに銃を突きつけ、アーロンとジョンを縛り上げた彼が・・・ずっと会いたいと願っていた男が、ヘリポートの一番端で自分を見ているのを・・・。


「ルイス・・・」

「そのままだ、ヘレン。君もここからは出られないよ」

「人質を取るとは随分落ちたものだな。そうでもしないと私には勝てないか?」


 へレンはアレックの側にかがんで、彼の様子を確かめた。意識は完全に途絶えているがまだ息はあるようだ。


「胸のホルダーから銃を取り出す前に、この娘の頭が吹き飛ぶ。トリガーから指をはずせ、ヘレン」


 こいつにごまかしは効かない。ヘレンはゆっくりと胸元に入れた手を取り出した。


「後10分もしない内に全ては終わる。それまでおとなしく待っていてもらおうか」

「それで?お前も一緒に吹っ飛ぶつもりか?それともこのヘリを奪うつもりか。私が黙って見ているとでも?」

「その必要は無い」


 ルイスが答えるとヘリポートの外側から一台のヘリが姿を現した。民間で使うような小型のヘリだ。ヘリの下には縄梯子がついている。


 当然だな。こいつが自分の脱出経路も考えずにこんな所に乗り込んでくるわけが無い、とヘレンは思った。


「フン、そういう事か。道理でおかしいと思った。今まで完全に姿を隠していたお前が、何故NSAに行き先を摑まれたのか・・・。てっきりガセネタだと思ったが、ルイス、お前自分で情報を流したな?」


 彼は何も答えずニヤッと笑った。


「そこまでして私を殺したかったか・・・。それとも自分が裏切った懐かしい昔の仲間に会いたかったか?」


 ルイスは相変わらず何も答えず、ただ冷たい風のうなり声だけがヘレンの耳に流れてきた。


「ルイス・・・何故我々を裏切った?」

「昔話をするつもりは無い」


 フン、相変わらず冷静で付け入る隙が無いな・・・。ヘレンは何とか彼の気をそらしたかった。ヘリに戻れば反撃の方法もあるからだ。だが非常に危険だった。人質の命を失う可能性が高い。


「どうせ死ぬんだ。最後に本当の気持ちぐらい教えてくれてもいいだろう?私がどれ程お前を信じていたか知っていたか?」

「ほう、それはどれ位だ?」

「命を預けるくらいだ!」


 ルイスの銃を持つ手が一瞬揺らいだのをレナは見逃さなかった。彼女は体ごとルイスに体当たりした後、「パパ!先に行くわ!」と叫んでヘリポートの縁から海に向かって飛び込んだ。この高さではどちらにせよ助かる確率はかなり低いと分かっていたが、アーロンも娘の後を追って鉄の大地を蹴った。


 アーロンと共にロープで繋がれていたジョンには全くその気は無かったので、いきなりのアーロンの行動に驚いたように「わあああああっ!!」と叫び声を上げながら落ちていった。


 レナが行動を起こした時、へレンも待ってはいなかった。アレックの体を抱きかかえるとヘリに向かって走りこんだ。だが、ルイスが体制を整えるほうが早かった。ヘレンがアレックの身体をヘリに乗せようとした所で、彼の放った銃弾が鉄のドアに当たってはじかれた音がして、ヘレンは立ち止まった。


「アレックはまだ生きてるんだろう?今度は頭を狙うぞ」


 ― クソッ・・・ ― 


 へレンは胸の中で毒づくと、アレックを抱えたまま振り返った。


「何故だ、ルイス。なぜ我々を裏切った。私は一分たりともお前を疑った事なんて無かった。心の底から信じていたのだ。それがどうしてこうなったんだ?」


 ルイスはただじっとヘレンの顔を見ていた。何をどう言えばいいのか迷っている風でもあった。


「答えろ、ルイス。でなければ私は地獄に行っても、その事だけを思い続けなきゃならない!」


 へレンの叫びに、彼はほんの少し瞳を曇らせた。


「何故・・・?俺は裏切ってなどいない。アメリカを・・・祖国を愛する気持ちに変わりは無い」

「何だと?祖国を愛していて何故、この国を破滅に追い込もうとするんだ」

「破滅に追い込んでいるのは我々ではない。この国は自ら破滅への道を歩んでいるのだ・・・」






 ジュード達を乗せたヘリは、潜水艇の浮かび上がってくる予想地点に到着していた。ジュードはすでにリベリングに手を掛けて降りる体制に入っている。マックスがジュードの隣で合図を出すのを待っていた。


「もうすぐだ。頼むぞ、ハーディ」

 

 ジェイミーがハーディの隣に座って、下を確認しながら指示を出す事になっていた。


「分かってる。とりあえずヘリを停めときゃいいんだな」


 ハーディの頬と額にはすでに汗がにじんでいた。ヘリのホバリング(空中停止)は腕のいいパイロットでも随分技術がいるのだ。


 ジュードはじりじりと時間の過ぎるのを待っていられなかった。


「シェラン!もういい。浮上して来い。間に合わなくなる!」

『待って、もう少し。絶対ここに有る筈なんだから!』


 シェランは潜水艇の前方を探していた。普通ならここに人が乗って窓から海中を眺めている場所だ。だがシートの下を探しても天井部分を探しても、爆弾らしき物は見つからなかった。


「一体何処?」


 シェランは次に床を叩いて内部に空洞があるか確認した。空洞があれば、そこに埋め込まれている可能性が高い。だが床の何処にも何かを埋め込んだような後は無かった。


「一体何処?何処にあるのよ・・・!」




 ヘリの上から目を凝らして下を見ていたマックスは、海の中からうっすらと白い船体が上がってくるのを発見した。


「出て来たぞ!」


 マックスの声にジュードは下を見降ろした。ジェイミーがハーディに指示を出す。


「ハーディ、もっと右だ。右に寄せろ!」


 ハーディが操縦桿を右に切った。


「違う、行き過ぎだ。左に3メートル!」


 マックスは浮上してきた潜水艇を見たが、シェランの姿は見えなかった。


「ジュード、教官はまだ中だ。呼び戻せ!」


 ジュードはヘリの前方を見た。もう既にアルガロンが迫ってきている。


「シェラン!出て来い!アルガロンの人たちは皆脱出している。もういいんだ!」


 だがシェランはハッチから顔も見せない。完全に潜水艇は海上に浮上し、益々速度を上げてアルガロンに向かっていた。


「シェラン!!」


 ジュードは叫びつつマックスに確認を取った。


「後は頼む、マックス!」

「よし、行け。降下!」



 ジュードが一瞬で海上2mの位置まで滑り降りた。


「ハーディ!もう少し前だ!ジュードが後ろに下がってる!」


 やっとシェランがハッチから顔を覗かせ、被っていたヘルメットを脱ぎ捨てた。


「シェラン!」


 ジュードの叫び声に彼女はグローブも脱ぎ捨て、ハッチから手を伸ばした。激しいダウンウォッシュに船体が揺れる。ジュードも片手でリベリングに摑まり、もう片方の手を下に伸ばした。


「ハーディ、もっとスピードを落とせ!」

 ジェイミーが叫んだ。



 ヘリが潜水艇の後ろから追い越すと、その下に摑まっていたジュードが潜水艇の真上にやって来たが、シェランの手と彼の手は1メートル以上も離れていた。


「駄目だ!止めろ!教官を追い越した!」

「くそっ!」

 ハーディが眉間にしわを寄せた。


「もう少し下だ!」

 ショーンも叫んだ。


 ジュードは向かい風の中、シェランを振り返った。彼女はハッチの縁に捕まりながらジュードを見上げている。


― ハーディ、頼む・・・ ―


 ジュードは祈るようにロープを握り締めた。



 ジュードがぶら下がっている位置に、少しずつシェランの乗った潜水艇が近付いてきた。


「ハーディ、これが最後だ。頼むぞ!」


 ジェイミーの言葉にハーディはぎゅっと操縦桿を握った。もし失敗したらシェランは海に飛び込むしかない。そうなれば、アルガロンの爆発に巻き込まれて無事では済まないだろう。


 ジュードの伸ばした手が近付いて来る。シェランが手を差し上げた。


「シェラン!捕まれ・・・!!」


 マックス、ジェイミー、ネルソン、ショーンの見守る中、ジュードはその手でやっとシェランの手首を捉えることが出来た。シェランも彼の手首をしっかりと握り締め、シェランの体が潜水艇のハッチから抜け出した。


「やったぞ!!」


 ネルソンとジェイミーが抱き合っている後ろからショーンが叫んだ。


「ハーディ、ユーターンだ。早くしろ!アルガロンの爆風に巻き込まれる!」


 ヘリはジュードとシェランを吊り下げたまま大きく旋回した。





 激しい爆音と共にアルガロンの屋台骨が揺らいだのは、それからすぐであった。潜水艇はアルガロンのガイドパイプに突っ込み爆発炎上し、それに誘発されて、採掘、採油プラットフォームから爆音と真っ黒な煙が上がった。


 激しい揺れが伝わってきても、ヘリポートに居る彼らはじっと互いを見詰め合っていた。


「この国が自ら破滅するだと?“私”という男はくだらん宗教でもお前に教え込んだか?」

「ヘレン、この国が如何に道を踏み誤っているか、君は気付いていないのか?何の罪も無い人々を戦争に巻き込み、その犠牲の上に己の国の豊かさを築こうとしているんだ」


「だから何だ?それがお前のやっている事と何処が違う?何の罪も無い一般人を殺しているのはお前達も同じだろう」

「そうでもしなければ、この国は己の過ちには気付かない」

「笑止だな。お前は自分のやっている事を正当化しようとしているだけだ」


「本当にそう思うか?この国が如何に周辺諸国から憎まれ、蔑まれているか・・・己の利権を求めるあまりに、強さを求めるあまりにこの国が今までやって来た事は・・・・それが本当に正しい事か?正義を行うべき立場の国家が行うべき事か。世界に問うてみれば、どんな答えが返ってくるかな」



 ルイスの言葉を聞いて、ヘレンは以前似た事を言っていた男を思い出した。カルディス・エネルカナ・ガロッディ・シス。あの男が捕まった時に言った言葉を、ヘレンは今も良く覚えている。


― お前ら白人に我が祖国を荒らさせはしない。お前達の思い上がりは己の首を絞めるだろう。これ以上の傲慢を、世界も、そして天も決して許しはしない・・・ ―



 彼の兄カルディーノは祖国を守るために、己の地位も名誉もかなぐり捨てて尽くす覚悟をしていた。そんな兄と祖国の未来を憂いて、カルディスも彼なりに戦った。だが、彼らはアメリカ人ではない。彼らが勝手に自分の国の為にアメリカを憎むのは構わない。しかし、同じアメリカ人の、しかも軍人の彼が祖国を裏切ったのは何故だ?


 いや、彼は裏切ったのではないと言った。実際そうなのだろう。ルイスは祖国を愛するが故に裏切ったのだ。この国の暴走を止める為に・・・。カルディスが兄を愛するが故にカルディーノを追い詰めたように・・・・・。



「所詮、どんな栄華を極めた帝国もいつかは必ず崩壊する。何もお前が手を下す事はあるまい」

「いや、この国は強いよ。そう簡単には滅びない。第一この国が滅びたら世界の均衡が狂う。ただ、強すぎるのは問題だ。己のやっている事が全ての正義だと思い込み、誰をどう踏みにじっても、どんなに憎まれてもそれが世界の頂点に君臨する事だと信じている。ヘレン、君もそう思っているだろう?」


「ああ・・・」


 へレンは忌憚無く答えた。


「そう信じている。でなければ軍人など出来ない」

「そう。だから俺は軍人には向かなかったんだ。でも・・・ヘレン・・・もし俺が、君を愛していたと言ったら、君は信じるかい?」


 ヘレンは一瞬面食らったように黙り込んだ。


「はぁ?お前は私がそんな寝言に耳を貸す人間だと思っていたのか?そんな言葉で私を懐柔できると思ったら大きな間違いだぞ」


 ルイスはにっこり笑いながらゆっくりと後ろに下がっていった。


「ああ、分かっている。だから君には言えなかったんだ。でも俺は君を愛していた。友としても、人間としても、女性としても・・・・。全てにおいて君を愛していた。この気持ちを裏切った事は一度も無い」


 彼はそう言い切ると、ヘリの縄梯子を掴んだ。それまで後方で待機していたヘリは急にスピードを上げて、空へ舞い上がった。


「ルイス!!」


 へレンは思わず立ち上がって彼を追いかけた。


「愛しているなら戻って来い!私のところに・・・!!」

「無理だよ。俺が何人の人間を殺したと思っている?」

「人殺しなら私も一緒だ!私もお前と・・・」

「君は違う・・・」


― もう全ては遅い・・・・ ― 


 彼の目がそう言っていた。


 ルイスの体がすうっと何も無い空を切って離れていく。ヘレンは胸のリボルバーを引き抜いて彼に銃口を向けた。


「戻って来い、ルイス!今からでも遅くは無いんだ。でなければ・・・・」


 へレンはトリガーにかけた指に力を入れた。


 彼は以前、ウェイブ・ボートから逃げた時と同じようにヘレンに向かって笑った。


― 君に俺が撃てるのか・・・? ―


 

 撃てる・・・・・。ヘレンはしっかりと目を見開いた。その瞬間、ルイスの体を鈍く光る金色の銃弾が真っ直ぐに貫き、彼の手が掴んでいた梯子を手放した。


「ルイスーッッッ!!」



 ヘレンの叫び声は、垂直に落下して行く彼と共に、はるか彼方の海に吸い込まれた。彼を乗せて逃げる筈のヘリは慌てたように速度を上げて、飛び去って行った。


 しばらく彼を飲み込んだ濃紺の海と、鉄の柱が立てる白い波を見つめていたヘレンは、後方から自分を呼ぶ声に気が付いた。


「シュレイダー大佐!」


 振り向くと、アレックがヘリの操縦士に肩を支えられ、自分に向かってやってくるところだった。彼女達の帰りがあまりにも遅いので、心配したヘリの操縦士が中から降りてきて、丁度意識を取り戻したアレックに手を貸したのだ。


 胸を押さえながらも必死に自分に向かって歩いてくる部下を見て、ヘレンは自分が上官だった事を思い出した。彼女は頬に流れた涙をぬぐって立ち上がると、アレックに駆け寄り反対側から彼を支え、ヘリのパイロットにすぐさま離陸するように命じた。 


 アレックをヘリにのせ、その後から乗り込もうとしたヘレンはふと、先ほどまでルイスがいた場所を振り返った。次第に傾いていく冷たい鉄の大地の上には、ただきつく冷たい風が吹き付けているだけであった。






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