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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第19部 I Wish  ―願い― 【5】

合同訓練の話し合いの後、訓練校に戻ったクリスはすぐにシェランを呼び止めた。


「シェラン、いったいどうして・・・」

「別に理由なんてないのよ、クリス。そうしないといけないと思ったから、そうしただけ・・・」

「しかし・・・」


 クリスが何かを言おうとしたが、シェランは靴音を響かせながらさっさと廊下を歩き始めた。


「心配はいらないわ、本当よ」

「心配じゃないわけ無いだろう、あいつは・・・」


 2人が追いかけっこをしながら廊下の角を曲がった時、向こうからやって来たジュードと鉢合わせした。


「あ・・・あの・・・」


 廊下の向こうから響いてきていた会話で、今自分はここに居るべきではないとジュードは感じた。


「まあ、ジュード。どうしたの?」


 シェランはクリスの話をそらすきっかけが見つかって、ほっとしたように彼に話しかけた。


「いえ・・ちょっと通りかかっただけで・・・」


 ムッとしたように横を向いたクリスに気を使いながらジュードは答えた。


「そう、じゃあクリス。私、次の授業で着替えなきゃならないから」


 シェランはそう言うと気まずそうなジュードとクリスを残して、さっさと行ってしまった。大きく溜息をついたクリスにジュードは申し訳なさそうに謝った。


「すみません・・・」

「別に謝る必要なんか無い」


 彼は仏頂面で答えると反対方向に歩き出した。


「あの、クリス教官・・・」

「何だ」


 クリスは立ち止まりもせずに答えた。


「教えて頂きたい事があるんです」


― 教えて頂きたい事・・・だと・・・? ―



 クリスはニコラスとの一連のやり取りで、リーダー達が不安を抱いているのに気付いていた。だからといって、その理由を俺の口から言えっていうのか・・・?


「君に話す事は何も無い」


 クリスは低い声で答えると、ものすごい勢いで廊下を抜け、普段はあまり使わないエレベーターに乗り込んだ。




 それからも頻繁にジュード達はリーダーミーティングを持った。相変わらずシェランが本部を辞めた理由は定かでなかったが、この間の合同訓練とミーティングでニコラスの評判は非常に悪かったので、彼が事件を逆手にとってシェランを執拗にいじめたのではないかと誰もが思っていたし、マックスはそんな理由で良かったとさえ思っていた。


 ジュードも少々納得がいかなかったが、それで他のチームのメンバーに波風が立たないのなら、わざわざ暴き立てる事は無いだろうと自分を納得させていた。


「それにしても・・・」


 ミーティングの終わりに、ジュードはふと思いついた事を口にした。


「本部隊員はみんな30代から40代位だろ?Cチームだってそうなのに、クリス教官だけは随分若いんだな」

「何だ、知らなかったのか?ジュード」


 サミーが驚いたように答えた。


「教官は元から今のCチームの人間じゃないんだ。最初はノースカロライナの支部隊員だったんだよ。だけど本部のCチームの一般に欠員が出来てね。それで彼一人がその補充という事で本部隊員になったんだ」

「欠員が出来たって・・・それってもしや・・・」


 ジュードと同じように何も知らなかったマックスがおそるおそる尋ねた。


「いや、救助の最中に亡くなったとかではないんだ。どうしても事情があって辞めなきゃならなかったらしくて、教官と同じく医学知識に長けた非常に優秀な人だったんだって。だから多分教官が呼ばれたんだと思うよ。クリス教官は医者の息子で、本人もSLSに入るまでは医者を目指していたらしいから・・・」



 クリスが医者の息子だとは知らなかった。道理で知識が専門的なはずだ。ジュードは3年目にして初めて知る事実に驚いていた。あまりにもジュードやマックスが何も知らないようなので、サミーが詳しく説明してくれた。


「普通、支部隊員でチームに欠員が出来ても、それを補佐するチームが他にいるから隊員の補充は行われないんだけど、本部はたった3チームしかないだろ?だから人員の補充は絶対なんだ。クリス教官は望まれてノースカロライナの自分のチームを離れたんだよ。きっとすごく悩んだとは思うけど・・・。


 クリス教官が本部に配属されたのは、シェラン教官が本部に入隊したのとほぼ同時期だったらしい。そういう意味では2人は同期だね。そして全く同じ時期に本部を除隊した。だからクリス教官がシェラン教官を追いかけて来たんじゃないかって言われたりしてるんだけど、年上のライフセーバーばかりの中で若い2人が助け合うのは当然だと思うな」



 サミーはジュードの気持ちを考慮しながら説明したが、ジュードは別のところが気になっていた。クリスは望まれて本部隊員になった。だがシェランはどうなんだろう?


 その時、初めてジュードは考えた。シェランの居たBチームには欠員など無かった。ニコラスや他のメンバーにとってシェランの存在は一体何だったのだろうか・・・。望んでもいないのにいきなりやって来た年若い女性隊員。しかもシェランはニコラスと同じ潜水士だ。この辺りにニコラスやパットの陰湿な態度の理由があるかもしれないとジュードは思った。




 


 本館5階にある校長室のすぐ横に、このSLSの事務全般を司る事務室がある。ここは訓練校を運営するための庶務課や経理課などがあり、常時20人程度の職員が働いていた。


 豊かな金色の髪を後ろにきゅっと束ね、いかにも仕事の出来そうな風貌のレイチェル・ブラシェットは、いつも通り朝一番に書類の束を持って隣の校長室に向かった。校長室のドアの前で金縁のメガネのふちをキュッとあげると、彼女はドアをノックし中へ入って行った。



「校長先生、この書類にサインを頂きたいのですが・・・」


 そう言った後、彼女は一瞬言葉を失くしてじっと校長を見た。ウォルターがまるで今にもこの世が終わりそうな暗い表情で、机に肘を突き、頭を抱えていたのだ。


「校長先生?どうかなさいました?」


 レイチェルはウォルターらしからぬ態度に、訝しそうな顔をして彼の顔を覗き込んだが、ウォルターは全く気付く様子も無く、何やらぶつぶつと呟いている。


「ああ、一体どうしたらいいんだ。今更、何をどう言えっていうんだ・・・」

「校長先生?」


 レイチェルは更に眉をひそめた。


「おお・・・!そうだ。全く気付かないふりをして、彼の前で昔の話をしてみるというのはどうだろう!」


 急に手をたたいて嬉しそうに起き上がったかと思うと、再びウォルターは頭を抱えて机に肘を付いた。


「いや、駄目だ。そんな回りくどい方法では・・・・。ジュードはきっと気付かないふりをするだろう。あの子はきっと遠慮して何も言わないに違いないんだ」


「ジュード?3年生のジュード・マクゴナガルがどうかなさったのですか?」



 そう問われてウォルターはやっと彼女が机の横に立っていた事に気付き、びっくりしように「わっ」と声を上げると、すぐに体制を立て直した。


「ミ・・・ミス・ブラシェット・・・今朝は・・・やけに早いね」

「いいえ、いつも通りですわ、校長先生」


 彼女は顔色も変えずに答えると、書類の束をウォルターの机に置いた。彼がいつも通り黙って書類に目を通しサインを始めた時、ふいにレイチェルが話しかけた。


「確か、ジュード・マクゴナガルはオレゴンの出身・・・・でしたわね」


 それを聞いてウォルターは動揺し、サインを間違えそうになった。


「な・・・何の・・・話だね・・・?」

「校長先生は、以前ワシントン州支部にいらしたはず・・・。オレゴンとはお隣同士ですわね」

「そ・・・・」


 ウォルターは心の動揺を部下に見られまいとして、思わず彼女から目をそらした。フロリダで自分の過去を知るのはエルミスだけの筈だ。まさか・・・私がジュードにした仕打ちを知るものが他にいて、SLS中で何てひどい校長だと噂になっているんじゃないだろうな・・・。



 ウォルターは額に冷や汗が流れるのを感じながら、レイチェルの顔を見上げた。このSLSの事務員の中で“一番出来る女”と定評のある女性は、その金縁のメガネの奥から思慮深い瞳でじっと自分を見ている。ウォルターはふっと溜息をつくと、机についた手の上にあごを乗せた。


「君にもし、生き別れの子供が居たとして・・・13歳になった頃、その子が会いに来たとする。でも君は、会うのが怖くて顔も見ずに彼を追い返してしまうんだ。そんな仕打ちをしたのに、その子は君を恨むどころかいつか同じ仕事をしたいとずっと望んでいて、5年経ったある日、とうとう君と同じ場所までやって来てしまった・・・。その時君は、その子供に何と声をかける?」



 ウォルターはそのまま彼女の返事を待ったが、何の言葉も返ってこないのでふと横を見た。レイチェルは困惑したように眉をひそめたまま、無言で立っている。


「あっ、すっすまん。訳の分からない話をしてしまったな。気にしないでくれたまえ」


 ウォルターは再び手元の書類に目を戻した。


 一方、レイチェルはいつもと様子が全く違うウォルターを見ながら、彼女の鋭敏な頭脳を働かせていた。


 SLSに勤めて5年になるが、こんなうろたえた様子のウォルターを見るのは初めてだ。何を悩んでいるのか前後の話を総合して考えると、まるでジュード・マクゴナガルが彼の隠し子だったように聞こえるが、多分それは有り得ないだろう。こんなみえみえの例え話を持ち出すほど、このウォルター・エダースという人物は愚かでは無い筈だ。


 レイチェルは校長からサインの終わった書類の束を受け取りつつ、にっこり微笑んだ。


「私なら・・・“よく5年間頑張った”と言って、その子を抱きしめてあげますわ」


 驚いたように自分を見上げたウォルターにもう一度笑いかけるとレイチェルはドアを出たが、ふと首をかしげた。


「本当に今の答えで良かったのかしら・・・」






 4月8日、この日は曇りで海上は風が強かったが、雨や嵐の予報は無かったので予定通り第2回目の合同訓練が開始された。雨や嵐の日は出動命令が出るかもしれないので、合同訓練は出来ないからだ。


 本部Bチームの噂はリーダー以外の訓練生も周知だったので、ジュードから本部のBチームと組む事を知らされたAチームのメンバーは、皆その決定に激しく抗議した。しかし、本部と教官の決めた事に意義を申し立てる術も無く、今日、本部Bチームと同じライフシップに乗船していたのだった。



 ライフシップに乗船してすぐ、ジュード達はウェイブ・ボートで会った、二度と会いたくなかった男に歓迎の挨拶を受けた。


「いやぁー、これはこれは。懐かしのAチームの諸君じゃないか。あれから一人も脱落せずに3年生になったんだって?さすが君の生徒だなぁ、カーナル・オブ・ザ・フィッシュ」


 目の細い背のひょろ高い男は、相変わらずシェランを上から見下したように笑った。


「ええ、もちろんよ、エドガー。私の生徒は優秀だもの」


 以前彼に再会した時のシェランは少し引き気味だったが、今日の彼女はかなり強気である。そんなシェランをジュードは心配そうに見つめた。


「ほうっ、優秀ねぇ。そりゃいい。この合同訓練が終わるまでに何人残っているか楽しみだな」

「どういう意味かしら?」


 エドガーの挑発的な態度に、シェランは身体が熱くなってくるのを感じた。


「いい気になっているのも今の内だ。第一お前は・・・」



「エドガー・・・」


 彼が細い目を更に細めて何かを言おうとした時、彼のすぐ後ろから低くうなるような声が聞こえた。


「お前に命じたのは、訓練生を食堂に引率する事だった筈だが?」

「す、すまん。いやなに、ちょっと昔の仲間に挨拶をしていただけさ」


 ニコラスの登場にうろたえたように答えると、エドガーは急いで甲板を降りた。


「君もだ、ミューラー。3年前とちっとも変わってないようだな」


 エドガーに対してかなり熱くなっていたシェランは、思わず頬がカッと赤くなった。


「ミーティングを始める。君の生徒を連れて降りて来たまえ」


 まるで軽蔑するようにAチームの訓練生を見回すと、ニコラスはデッキを降りて行った。



 早速、食堂に集められた訓練生達は、噂に聞くBチームのリーダーの顔を緊張気味に見つめた。


「お早う、Aチームの諸君。初めて会う訓練生も居るので自己紹介をしておこう。私がBチームリーダーのニコラス・エマーソンだ。早速だが、本日の合同訓練の内容を伝える。本日君たちは、機動、潜水、一般全員でこのライフシップの清掃を行う」


 一瞬、何を言われたのか分からないような顔で、Aチームの訓練生達は彼の顔を見た。


「そ・・・そんなの合同訓練じゃないじゃないですか!」


 びっくりしたようにレクターが叫んで立ち上がった。


「座りたまえ。潜水課のレクター・シーバス君。君たち訓練生には、合同訓練の内容について意見を述べる権利は無い。言われた通りにしていればいい」


 彼の威圧的な物言いに、体が熱くなるのを感じたシェランだったが、ぐっと堪えた。


「分かったわ、ニコラス。どの課が何処を清掃するかは私が指導していいかしら」

「場所はもう決めてある。言っておくが、訓練校の教官も彼等と一緒に清掃してもらうので指導の必要はない」


 このセリフに訓練生はあっけにとられたように彼を見た。いくらなんでも訓練校と教官をバカにしすぎではないのか?そんな生徒の様子を気にしてシェランは明るく答えた。


「いいわ。では私は潜水と一緒に清掃をしましょう」


 その時、ニコラスの目が冷たく微笑んだのをジュードは見たような気がした。


「ではそれぞれの分担を発表する。機動は甲板清掃、一般はこの食堂だ。それから潜水課は、この船内にある全てのトイレの清掃を行ってもらう」


 もう我慢がならなかったのか、ブレードとマックスが机をはさんだ両側から椅子の音を響かせて立ち上がった。それを彼らの隣に居たピートとジュードがすぐに肩を押さえつけて座らせたが、二人とも机の上で握り締めたこぶしが怒りで震えていた。


「以上だ。では早速本部隊員の指導の下、清掃作業を行ってもらおうか、訓練生諸君」




 清掃をしている間、訓練生の周りにはそれぞれ本部隊員たちが付いて、「しっかれやれ」だの「サボるんじゃないぞ」などと野次にも似た号令を掛けられ、その間訓練生達はぐっと唇を噛み締めて、無言のまま掃除をし続けた。特にシェランの居る潜水課はエドガーやパット等がひっきりなしにかけてくる下品な野次と嫌味にシェランは必死で耐えていた。


 そんな訓練ともいえない合同訓練から開放されたのは、やっと昼休みの終了する10分前だった。彼らはほとんどろくに食事を取る事も出来ず、午後からの授業に臨んだのだった。




 その日の夜は誰からともなく談話室に集まって、Aチーム全員で話し合いが持たれた。話し合いと言っても、ほとんどが本部Bチームの今日の仕打ちに対する不平不満を言う会になった。


「何なんだ!あのニコラス・エマーソンって奴は!あれでもチームのリーダーなのか?」

「他のチームの奴らに聞いたけど、あんな合同訓練をやらされたのは俺達のチームだけなんだぜ!」

「全くバカにしてるよな。あんなの只のいじめじゃないか!」


 だがこんな時に一番悔しがる筈のキャシーは、何も言わずに何処からか針と糸を持ってきて何かを縫っている。


「おい、キャシー。お前も何とか言えよ。教官がバカにされたんだぜ」


 レクターの言葉に、キャシーは手を止めずに答えた。


「だから縫ってるんじゃない。針を通す一本一本に呪いを込めてね」

「の・・・呪い?」


「そうよ。呪いの人形。名前はもちろんニコラス・エマーソン。この人形に毎晩ろうそく垂らしたり、五寸釘を打ち付けてやるの。くっくっくっく・・・・」


 どうやら怒りのあまりキャシーは本物の魔女に変身してしまったようだ。一通り思いをぶちまけても、まだ釈然としない彼らは、最後にリーダーであるジュードに食って掛かった。


「お前、何で黙ってんだよ!」

「そうだぞ!悔しくないのか?あいつら教官にトイレ掃除をさせたんだぜ!」

「今度こんな事しやがったら絶対抗議してやる!」


 いきり立って詰め寄ってくる仲間に、ジュードは低い声で答えた。


「バカな事を言うんじゃない。それこそがあいつの目的だって分からないのか?」

「何だよ、目的って・・・」


「ライフシップに上がった時、あのエドガーが言っていただろう?“この合同訓練が終わるまでに何人残っているか楽しみだ”って。つまりあいつらはオレ達を怒らせて、暴動でも起こさせたいんだろう。


 誰か一人でも切れて、あのニコラスに食って掛かっていったとする。たとえ手を出して無くても本部隊員も飛び出してくれば、頭に来ているオレ達と乱闘になるのは見えているじゃないか。そうしたらオレ達は全員退学。もちろん、それを止められなかった教官も一緒に退職だ。それがあいつの目的なんだ。


 彼は訓練生が最も辛いのは、訓練を受けさせない事だと知っている。そして教官にとっても指導者としての立場を取り上げる事が、一番の苦痛だと分かっているんだ」


「で・・・でもさ。何で本部のリーダーがそこまで俺達にしてこなきゃならないんだ?何の得もないじゃないか」


 ダグラスの意見にマックスは思わずジュードの顔を見た。その答えは多分リーダー達だけが知る、シェランが本部隊員だった頃の事件と何か関係があるのだろう。しかし、今それを彼等に説明するべきでは無いとジュードは思った。


「とにかく、腹に据えかねる事も多々あるだろうが、問題は起こすな。何を言われても、何をされても笑って受け流せ。今日、教官がそうしたようにな」


 それだけ言うと、ジュードはマックスを伴って寮へ戻っていった。




 彼らが出て行くと、それでもやはり腹の虫の納まらない連中は、人形をひたすら作っているキャシーの周りに集まった。


「キャシー、俺にもその人形作ってくれ。名前はエドガー・フォールだ」


 やっとエドガーのセカンドネームが分かったブレードが叫んだ。


「俺のはパット・ネイブルスだ!」

「俺のはロッド・レグナーだ!今日あいつに便器の磨き方まで文句付けられたんだぜ!」



 談話室を出た後、ジュードは隣のマックスにそっと呟いた。


「色々言いたい事もあるだろうけど、今はまだあいつらには何も言わないでくれ」

「ああ、分かってる。お前がそう判断したんなら俺はそれに従うよ」


 落着いて話してはいるが、今日一番悔しい思いをしたのは教官とジュードだろう。彼等が一番守りたいのはチームのメンバーだ。だが今は、どうにもならない力でそれが出来なくなっている。きっと心の中では、歯がゆくて仕方がないに違いない。そんなジュードの気持ちを察して、マックスは出来るだけの笑顔で彼に笑いかけた。






 ジュードやマックスの気遣いも空しく、Aチームにとっては苦々しい日々が続いた。BやCチームのメンバーと話をすると、必ず合同訓練の話が出てくる。彼等はその中で、より実践的な救助活動を本部隊員から学び、充実した訓練を行なっていた。


 他のチームのメンバーが本部隊員の名を親しげに呼んだり、新しい機材を触らせてもらった経験を話したりする度に、Aチームのメンバーは言い表しようのない焦りと嫉妬感を抱いてしまう。それを彼等に向けるのはお門違いだと分かっていても、何故自分達だけがこんな目に遭わなければならないのかと悔しくなるのだった。





 5月の合同訓練を1週間後に控えたある日、早々と到着したハリケーンによる時化で、大型タンカーが波に飲まれ救難信号がSLS本部に入った。海が荒れだした頃から、訓練校にも救助の要請が来るかもしれないと連絡があったので、3年生達は初めての実戦に心を躍らせながら準備をした。


 本部からはA、B、C、全てのチームが救助に向かうことになり、訓練校の方にも共に救助に行く許可が与えられた。訓練生達が飛び上がるほど嬉しい心を抑えつつ、SLS港に停泊しているライフシップに乗り込んだ時、シェランの持っている無線に連絡が入った。彼女は暗い顔でそれを受けていたが、最後に「了解しました」と言って無線を切った。



「全員ライフシップから降りなさい。訓練校に戻るわよ」


 びっくりして皆は言葉を失った。


「どういう事ですか?他のチームはみんな出港しています!」


 レクターがBとCチームを乗せたライフシップが去っていくのを指差した。


「いいから戻りなさい。これは命令よ」


 吹きすさぶ風雨の中、彼等は信じられないような顔をして互いを見詰め合った。





 救助活動の許可が下りたのは、BとCチームだけだった。訓練校のロッカーで服を着替えながら、誰も言葉を発するものは居なかった。何故自分達だけがここに取り残されなければならなかったのか、それを考えると悔しくて悔しくて、いつものように文句を並べ立てる事も出来なかった。


 ジュードもやり場の無い怒りを噛み締めながら、自分に何が出来るのかを考えた。いつもならリーダーの自分に文句を言ってくるメンバーが、何も言えない位に悔しい思いをしている。それは間違いなく、あのニコラス・エマーソンのせいだと分かっていた。 



 ジュードは黙ってロッカー室を出ると、本館の3階に向かった。怒りに任せて駆け上がってきた3階の廊下から、教官室のドアが開いているのが見えて、ジュードは思わず立ち止まった。


 シェランに言ってどうなる?悔しい思いをしているのは彼女だって同じだ。それとも昔、本部でニコラスとどんな確執があったのか、はっきりしてくれとでも言うのか?


 立ち去ろうとした彼の耳に教官室の中からシェランの怒鳴り声が聞こえてきた。


「冗談じゃないわ!私の口から生徒にそんな事を言えというの!?」


 その後、乱暴に電話の受話器を置く音が聞こえてシェランが部屋を飛び出してきた。彼女はジュードがそこに立っていた事に驚いて立ち止まった後、彼から眼を逸らした。


「B、Cチームが帰ってきたら・・・ライフシップの清掃も含めて、彼等の装備等の片付けはAチームがやるように・・・」


「そんなのは、自分達でやるものじゃないのか?」


「・・・彼等は・・・今日、本部隊員とプロのライフセーバーとしての任務を遂行した。本部にはそれ専門の人員が居るけど、訓練校には居ないからって・・・」


 シェランと同じように、ジュードも心の中で叫んだ。


― そんな事をオレの口からあいつらに言えっていうのか・・・? ―



 黙って背中を向けたジュードにシェランが言った。


「いいのよ。あなたは何も言わなくて。私が行くわ」

「いい。シェランはここに居てくれ。これはオレ達が与えられた任務だろ?訓練生の仕事だ。オレ達だけでいい」


 その日、彼等は冷たい雨の降りしきる中、終始無言で作業を行なった。








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