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SLS  特殊海難救助隊  作者: 月城 響
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第19部 I Wish  ―願い― 【4】

 それからジュード達は授業やバイトの合間を縫って、3年前に本部で何が起こったのか調べた。しかし3年も前の事なので、地元の数少ない知り合いに聞いても、核心に触れる情報は得られなかった。


 アルバイト先のプール脇で、水泳教室の生徒達がコーチの合図でプールに飛び込んでいくのをボーっと見ながら、ジュードは「妙だな・・・」と呟いた。フロリダ沖で起こった海難事故でたくさんの人が犠牲になったとすれば、いくら3年前でも地元の人間の記憶に残っている筈だ。だが、サミーやヘンリーが以前からここで店を出しているような人に聞いて回ったが、何の収穫も得られなかった。


「まさか、SLSが不祥事をもみ消したとか?」


 ジュードがふと呟いた時、教室が終了した子供達が彼の足元にわらわらと集まってきた。


「ジュード、遊ぼうよ。もう、バイト終わりだろ?」


 子供達の期待に満ちた顔を見ると、ジュードはいつも断れなくなってしまう。今日は日曜なのでバイトが終わったら、マックスと州立図書館で待ち合わせをして調べようという約束をしていた。


― まっ、ちょっとくらいならいいか・・・ ―


 彼は「よーし、オレについて来れたら遊んでやるぞ!」と叫ぶと、すぐにプールサイドから水の中に飛び込んだ。もちろんジュードに付いて行ける小学生など居る筈も無い。 ― 一応彼らは未来のオリンピック候補生(自称)だが・・・― ジュードは楽々子供達を振り切ると、マックスと待ち合わせをしている州立図書館に自転車を走らせた。




「ごめん、マックス。待った?」


 ふくれっつらで図書館の階段下に座り込んでいるマックスの前に自転車を止めると、ジュードは急いで走り寄った。


「いや、俺もさっき来た所だ」


 なぜかマックスはまだ不服そうな顔をしている。階段を登りながら彼を振り返ってジュードは「どうかしたのか?」と尋ねた。彼は「うーん・・・」と考え込んだように呟いてから、ジュードの横まで上がってきた。


「なぁ。お前は真実を突き止めなきゃならないって言うけど、それは本当に必要なことなのか?俺達が皆、教官の事を信じていたら、それでいいじゃないか」


 マックスはほんの少し怖かった。もし、突き止めた真実がアーリーの言う通りだったら、今までの信頼も何もかもが崩れてしまいそうで、それならばいっそ、何も知らない方がいいと思ったのだ。


 そんなマックスの心を見透かしたようにジュードは微笑んだ。彼はシカゴでもそうだった。ランディが死んだかも知れないと聞かされた時、どうしてもシカゴ警察の階段を一人では上がって行けなかった。


「マックス?シェランを信じてるんだったら、真実を知っても何も恐れることは無いだろう?」

「だけどさ、それが真実だってどうやって分かるんだ?所詮、俺達が知る事の出来る内容なんて、外側部分だけじゃないか」


 マックスが何を恐れているのかは、ジュードにも良く分かっていた。信じている人を調べるのはとても嫌な気分なのだ。


「確かにそうさ。この間、オレが妙な噂を立てられた時、アズが言ったんだ。“真実はいつだって一つしかない。そしてそれはお前の心の中にしか無いものだ”って。だから他人にどれほど理解して欲しくても、それを計り知る事は出来ないだろう。


 だけどオレ達はリーダーなんだ。皆に説明を求められた時、知らないでは誰も納得しない。知り得る限りの事を知って、そこから真実を見極めていく。それがオレ達の役目だと思っている」


 ジュードの真っ直ぐな瞳は、シェランの事を一分も疑っていないと語っているようだった。


「信じてるんだな・・・」


 マックスの呟きに、ジュードは少し照れたような笑いを浮かべた。





 彼らはまず、州立図書館内の全ての文献を閲覧できるコンピューターで調べて、一番信頼性のある新聞を保管している場所を目指した。


 新聞はこの州立図書館が建てられて以来、今日に至るまで、何十年にも渡って保管されているので、その新聞すべてを閲覧できるコンピュータがその部屋の中にも一台設置されていた。


 コンピューターを見ながら調べているジュードの後ろで暫く一緒に画面を見ていたマックスだったが、効率が悪いので直接新聞を取り出してみることにした。


 ここに保管されている新聞はこの図書館内で読むのは構わないが、持ち出しは禁止である。たくさんの本棚にぎっしり詰め込まれた新聞を見た時、そのあまりの量に思わず眉をひそめたマックスだったが、とりあえずシェランが本部を除隊した3年前に限って調べ始めた。



「ジュード、これじゃないか?えー、大西洋のど真ん中で石油タンカーが炎上、逃げ遅れた24人が炎にまかれて死亡」


 マックスがこれと思う記事を読み上げるのはこれでもう16回目であった。机の上には棚から持ってきた新聞が山のように積み上げられている。


「確かに24人は多いけど、審問会を開くほどじゃないなぁ・・・」


 ジュードは記事を見ながら言った後、山積みにされた新聞を指差した。


「どうでもいいけど、片付けながら読まないと後が大変だぞ?」

「ん?ああ、そうだな」


 マックスは新聞が傷付かないようにかぶせられたビニールのカバーを持って日付順に重ねると、両手に抱えて立ち上がった。だが表紙がビニールの為に滑りやすかったらしく,彼の腕の間からするすると何枚もの新聞が滑り落ち、音を立てながら床に散らばった。


「もう、マックスは・・・持ちすぎだよ」


 ジュードは苦笑いをしながら床に散らばった新聞を拾い上げようとして、一つの新聞の見出しにふと目を止めた。


― ドイツの豪華客船、ルードビッヒⅡ世号。アトランティックシーに消える ―



 ジュードが食い入るように記事を読み始めたので、マックスも持っていた新聞を抱えたまましゃがみこんだ。


― 10月27日未明、ドイツが2年前に造船したルードビッヒⅡ世号はマイアミ市から60Km沖の海上で、インドネシア船籍の小型貨物船ウルファン号と衝突した。ルードビッヒⅡ世号は2,800人もの乗員乗客を収容できる世界有数の豪華客船であったが、ウルファン号の船体が、かの船の横腹に致命傷とも言える深い傷を与えた事と、季節外れのハリケーンによる大時化により、衝突からわずか2時間で海の藻屑と消え去った。


 アメリカの誇る『特殊海難救助隊SLS』が現地に到着した時には、もうすでに船の半分が海中に沈み、ほとんどの人々が救助ボートに乗って脱出していた。しかし、海上の天候があまりにも不安定だったため、多くのボートが転覆し、乗客は救助ベストも着用していない状態で海に投げ出されていた。SLSの潜水士達は果敢にも荒れ狂う海に飛び込み、救助を開始したが256名もの人々が波にさらわれ、帰らぬ人となった。(関連記事4ページ)―


― 256名? ―   


 ジュードとマックスは思わず顔を見合わせた。目の前で256名もの人々が死んでいくのをどうする事も出来ずに見ているのはどんな気持ちだろう。2,800人の人間が海の中で、そして沈みゆく船の上から助けを求めている。しかも海は荒れ狂い、視界を塞ぎ、泳いでも泳いでも要救助者から引き離されていく。本部の潜水士はたった15名。機動は天候が悪ければヘリを飛ばす事が出来ない。意識のある人間は死に物狂いでしがみ付いてくる。



「まるで地獄だ・・・」


 マックスが呟いた。彼の頭の中にもジュードが描いた事故の惨状がありありと浮かんでいたに違いない。しばらく記事を見つめて黙っていたジュードだったが、やっと一つだけ結論を出した。


「他に関係していそうな記事も見当たらないし、この事故に間違いないだろう。調べても分からなかったのは、ぶつかった船が両方とも外国船席の船だったからじゃないかな。関連記事を読んでも、乗船していたアメリカ人は全員無事だった、と書いてある。だから亡くなった人の数は多くても、アメリカ国内では注目を集める事は無かったんだ」


「道理で地元の人間に聞いても記憶に残って無かったはずだぜ。実際俺もドイツって文字が最初に見えた段階ではずしていたからなぁ・・・」


 マックスがまた呟くように言った。


「だがSLSでは問題になったんだ。256名もの人間を死なせてしまったから・・・・?妙だな。この記事を見る限り、SLSは懸命に救助をしている。256名の人々を救えなかったとしても、彼らが責められたり、シェラン一人が責任を追及されるような事にはならないと思うけど・・・」


「国際問題にでもなったんじゃないのか?ドイツが救助に不備があったんじゃないかって文句を言ってきたとか・・・」

「文句を言う相手が違うよ。この場合、ぶつかってきたインドネシア側に言うべきだろ?」

「そう言えばそうだなぁ・・・」


 ここで考え込んでいても仕方が無いので、とりあえず記事を印刷して持って帰り、他のリーダー達に相談する事にした。





 合同訓練の為のリーダーミーティング、と言っておけば、誰も怪しむものは居ないだろう。彼らはリーダーとして妙な噂の元になる事だけは避けなければならなかった。それは3年に入ってからすぐにジュードを中心に彼等が経験した訓練校内での騒ぎによって思い知らされた事だ。


 ジュードは新聞のコピーを決して誰にも見られないよう神経を払ってミーティングの夜まで保管した。その夜、新聞記事に目を通したジーン達は、皆ジュードと同じ様に記事を見る限り、SLS側に落ち度があるようには思えないと言った。


「本当にこの事件なのか?」

「教官が本部を辞めた日から2年前まで遡って調べたんだ。間違いないと思うぜ」


 ジーンの質問にマックスが答えた。


「それで、サミー。クリスの方から何か情報は得られたか?」


 再びジーンが質問をした。


「ダメ。あれからクリス教官も妙に暗いしさ。とても聞ける雰囲気じゃないよ」

「八方塞がりだな」


 ザックが皆の気持ちを代弁して言った。





 そして何の進展も無いまま、3月5日、第一回目の合同訓練の日を迎えた。その日は朝から快晴で波も穏やか、合同訓練には最高の始まりであった。


 多少の不安もあったが、事前の打ち合わせは滞りなく行なわれている。それに今日の訓練はそれぞれのチームごとに分かれてライフシップに乗船し、訓練生の日頃の訓練状況を本部隊員達に見てもらうというのが主な目的だったので、各チームのリーダー達は比較的気分が軽かった。



 A、B、Cそれぞれのチームに分かれてライフシップに乗船し、訓練生達がよく訓練に使う海域に行くことになっていた。船が訓練ポイントに着くまでに本部Aチームのリーダー、レイモンドが自己紹介をやろうと言うので、全員で食堂に集まった。



 最初に訓練生が自己紹介をし、その後本部隊員が自己紹介を始めた。とりあえずレイモンドとビリーも、ジュードとマックス以外の訓練生には初めて会うので ―ウェイブボートに行った訓練生は別として― まず彼等から簡単に自己紹介をした。


 その後ビリー以外の機動、アントニオ・カーター、ソーニー・プレイブス、ラッティ・ベイカー、ハリス・ブリペインが名乗り、次にレイモンド以外の潜水の4人、デイビス・アガード、リュート・ローエン、デヴィット・ホーリー、そして、唯一の日本人、ヒロ・タカギが挨拶すると、ずっと彼に注目していたアズがはっとしたように彼を見つめた。


 

 タカギはアズのようなアメリカ生まれの日系ではなく、元々から日本人だった。彼は日本でプロのライフガードをしていたが、SLSに入りたくてわざわざアメリカ国籍まで取得し、ライフセーバーになったと語った。


 そして最後に一般の5人、アイラック・ウィナー、ラッシー・デナン、ロジー・ウォルナン、エリック・ジャクソン、コニー・リードが名乗った。



 自己紹介が終わると、それぞれの課に分かれて具体的なミーティングに入った。機動と一般はそのまま食堂で、潜水はデッキに出てミーティングをする事になった。副リーダーのビリーは真面目そうなレイモンドと正反対の男らしく、彼らがデッキに登って行ってしまうと、簡単に今日の訓練の説明をした後、仲間の先頭に立って楽しそうに雑談を始めた。


「所で、リーダーのジュードは学年で一番若いんだって?」

「あ、はい。僕とショーンとアズが同じ年で二十歳(はたち)です」


 二十歳と聞いて本部隊員の中から、口笛と共に「若いなー」という声が上がった。確かに良く見るとアントニオやハリスの髪には白いものが混じっている。彼らはチームでも年長者なのだろう。



 一方、デッキに上がった潜水は、本部との初めての訓練で緊張気味のシェランと共に真面目にミーティングをしていた。


「いい?みんな。今日は日頃の訓練の成果を本部隊員に評価してもらうのだから、しっかり頑張るのよ。とはいえ、無理は禁物。いいわね?」

「はい!!」


 腕を振り上げて生徒達を激励するシェランを見て、笑いながらレイモンドが言った。


「シェラン、そんな風に言うと彼らが緊張するだろう?大丈夫だよ。今日は隊員と訓練生、一対一でバディを組んで潜るからね」


― 本部隊員とバディ? ―


 シェランの言葉よりレイモンドのその言葉のほうが彼らを緊張させたらしい。訓練生達は一体誰と組む事になるのだろうと本部隊員の顔を見つめた。


 レイモンドは結構にぶい男らしく、そんな訓練生の蒼白な顔に気づきもせず、バディを発表し始めた。


「それじゃあ今からバディを組む同士を呼ぶから、この後はその2人でミーティングをしてくれ。まず、ピート」「はいっ!」


 ピートは張り詰めたように返事をした。


「デイビスとバディだ。ブレード、君はリュートとペアだ。レクター、君はデヴィットと。それからケイ・アズマ。君はヒロとバディを組んでくれ」


 アズは自分の名を呼ばれて又、はっとしたように顔を上げた。ヒロ・タカギが黒い目を細めてにっこり笑いながら自分を見ている。彼はどうしたら良いか分からないような赤い顔をして再びうつむいた。


「最後のキャシーは僕とバディを組む。宜しくキャシー」


 キャシーはウェイブ・ボートでレイモンドの実力を見ていただけに、彼と組めるのがとても嬉しいようだ。


「リーダー、ずるいぜ。唯一の女の子を独り占めか?俺に回せよ」


 デヴィットが冗談を言いつつ笑いかけると、レイモンドもニヤッと笑って言い返した。


「いいのか?キャシーはウェイブ・ボートで675フィート潜っていた内の一人だぞ?お前より潜れるかもしれないなぁ」


 デヴィットはヒューと口笛を吹くと「さすが、鉄の女の愛弟子だな」とシェランに笑いかけた。





 そんな和気あいあいとしたAチームのライフシップと全く正反対だったのがBチームの船だった。Aチームと同じく本部Bチームのリーダー、ニコラス・エマーソンは全員を食堂に集めると、暗く冷たい瞳で訓練生達を見回し、自己紹介も無しにいきなり本題に入った。


「訓練生諸君。承知の事とは思うが、我々本部隊員は大変忙しい中を君達の訓練の為に時間を割いている。君達もすでに卒業を5ヵ月後に控え、もうプロとしての自覚も生まれているだろう。よって今回の訓練は訓練とは思わず、常に実戦として行うように」


 仲間の訓練生が張り詰めた表情でニコラスを見つめる中、サミーは初めて聞いたニコラスの重くのしかかる様な声に、有無を言わさぬ威圧感を覚えた。いつも自信に溢れたヘンリーとザックも奥歯を噛み締め、緊張を隠せない様だ。その後、ニコラスは今日の訓練について詳しい説明に入った。


「機動は本部隊員と2人1組になってまずヘリの装備品の点検を行う。その後ヘリで離陸。訓練生全員がリベリングでライフシップに降り、要救助者に見立てた人形をホイストによって救出する事。潜水も同じく本部隊員と1組になって150フィート下にあるスクランブルゲージから要救助者に見立てた人形を救助。ライフシップに連れ帰り一般に渡す。


 一般も隊員と一組になってCPR技能を競ってもらう。それぞれ全てタイムを計る。機動、潜水、一般でそれぞれ最後になった訓練生は、3人でライフシップ中を掃除してもらうことになる。以上だ」



 驚いている訓練生達に有無も言わさず、すぐ様それぞれの課に分かれて細かい打ち合わせに入る事になった。本部隊員と初めての合同訓練というだけでも緊張をしている訓練生達はただ黙りこみ、指示されるままにそれぞれの課に分かれて打ち合わせを始めた。




 やがてそれぞれのチームの訓練生達を乗せたライフシップが訓練海域に入り、ゆっくりと停船した。


 他の訓練生がバディと共に船べりに集まっている中、ヒロはまだノートに何かを懸命に書いているアズに呼びかけた。


「ケイ、ほらポイントに着いたよ」


 アズははっとしたように顔を上げると彼の側まで走って行き、横に立って海を見つめた。それぞれの船の距離は1マイルほど離れているので、隣のチームのライフシップが小さな点に見える。


「あ・・あの、ミスター・タカギ・・・」

「ん?何だい?」


 アズがヒロに何かを尋ねようとした時、集合の合図がかかった。




「只今から、SLS本部、訓練校の合同訓練に入る!」


 身が引き締まるような良く通るレイモンドの声に、全員がそれぞれの持ち場にすばやく移動する。いつものように機動はジュードを中心にヘリの装備品の点検を始めた。


「消化バケット1,000リットルOK!」

「ドロップタンク1,300リットルOK!」

「ホイスト装置OK!」

「救急処置用担架装置一式、担架装置6架OK!」

「カーゴスリング及びスリングネットOK!」



 潜水も装備やエアー残量を確認すると、それぞれのバディと共にすぐに水中へ、一般はCPRに入る準備に入った。




 3年生にとって、今日の訓練は2年生の頃からの復習のようなものだった。それゆえに終わった後、リーダー達の気分は比較的軽かった。


 マックスもほっとしたようにジュードに「何も無くてよかったな」と言い、ジュードが返事を返す前に後ろからやって来ていたジーンが「次は4月だな」と明るく答えた。自信家の彼も気を張っていたのだろう。


「それにしてもBチームの姿が見えないけど、どうしたんだ?」


 ジュードが尋ねると、ジーンも首をかしげた。


「さあ、そういえば誰も降りて来ないな」




 その日は昼食にもBチームの訓練生は姿を現さなかった。午後からの授業でやっと機動のジャンやスコットに出会ったので理由を尋ねてみると、彼らは唇を尖らせて「夕食の時にじっくり話す」と言った。よほど長々と聞いて欲しい話があるらしい。


 その日の夕食は、ジュードやマックス、そしてジーンやアーリーも参加してBチームの話を聞く事になった。



「何がどうって、あのニコラス・エマーソンって奴、サイテーだぜ!!」


 まずはヘンリーが口火を切った。彼は元より父親の親の威光を笠にきた(サミーの父親の話を聞いてから、今はそんな風に思っていないが)態度にずっと腹を立ててきたので、ニコラスの威圧的な態度が無性に嫌だったらしい。


「それで一体何があったんだ?昼飯も間に合わなかったんだろう?」

 ジーンが尋ねた。


「いや、ぎりぎり昼休みの終わる10分前には帰ってきたから、何とか腹に詰め込んだけど、余計気分が悪くなったぜ」


 機動のチャールズが長い鼻にしわを寄せて苦々しそうに語った。


「事の起こりはだな・・・」


 ザックがみんなの感情を抑えるようにゆっくりと経緯を話し始めた。



「Bチームのリーダー、ミスター・エマーソンが言うにはだ。我々は忙しい中、わざわざ君達の為に時間を割いている。だからいつまでも訓練生気分で臨んでもらっては困る。あくまでプロのつもりでやれ。それぞれの課でタイムを計って、一番ビリになった奴らには、船の清掃を罰として受けてもらう・・・ということだ」


「何だ?それ・・・」



 みんなあっけに取られたように、むくれているBチームの仲間を見回した。


「当然みんな必死にやったさ。だけどこの法則じゃ、タイムがいかに早かろうと必ず最後の人間は出てくる。だけどたった3人だけで、あのでかい船の清掃なんか出来ると思うか?昼休み中かかったって、甲板掃除がいい所だ。なのにあいつは食堂の清掃とライフプレサーバーの点検まで全部やれって言いつけたんだぜ」


「それで、全員で手分けしてやっていたのか・・・」


 ジュードがうつむいたままのサミーの顔を覗き込んだ。


「クリス教官は何も言わなかったのか?」


「もちろん全員のタイムが出た段階で『これだけの結果を出せたんだからいいでしょう』って抗議してくれたよ。でもあいつは・・・ニコラスは、最後は最後だって・・・。合同訓練は本部に一任されている。訓練校の教官はいらぬ口を出さない事だ、なんて言ったんだ。だからクリス教官も僕達を手伝ってくれて・・・」



 悔しそうにサミーは唇を噛んだが、きっとそれ以上にプライドの高いクリスは悔しい思いをしただろうと皆が思った。元は同じ本部隊員だったのに、訓練校の教官になったというだけで、口出しも出来なくなったのだ。


「これから先が思いやられるな・・・」


 ジーンが口に手を当てて考え込むように言った。





 当然、その話を知ったシェランは憤慨して、本部に抗議してやるとまで言ったが、彼女の身を心配したクリスとロビーに止められた。


「確かにニコラスには独善的な面はあるが、今までそんな事をした事は一度もないんだがなぁ・・・」


 ロビーが溜息混じりに呟いた。その言葉に、シェランとクリスは言葉には出さなかったが、それは自分達に対するニコラスの嫌がらせなのだろうかという思いがよぎった。





「絶対そうだわ」


 授業を終えて自宅に向かう車の中でシェランは呟いた。冗談じゃない。嫌がらせをしてやりたいのはこっちの方なのに・・・。


 あの男の事を考えると、シェランはむかむかと吐き気がもよおしてくるのを抑えきれない。だからもう何年も考えないようにしていたのに・・・。


 それでもシェランは自分に嫌がらせをしてくるならまだ良かったのだ。だがクリスや彼のBチームに嫌がらせをするなんてどうしても許せなかった。しかしクリスやロビーに止められたように、訓練校の教官が本部隊員に対して文句や抗議など出来るはずも無い。シェランは苦々しい思いを抱いたまま帰路に着くしかなかったのだった。




 そんなシェランやクリスの気持ちなど関係なく、再び合同訓練の話し合いが3月の半ばに行われた。各チームのリーダー達も以前、シェランが本部を辞めるきっかけとなった事件の真相もはっきりしないし、本部Bチームのリーダーの険悪な態度に対処する方法も見つからず、不安な思いを感じながらのミーティングとなった。


 ミーティングが、初めてここに来た時と同じ5階の会議室で行われただけでもジュードは救いだと思った。もう聴講室に向かった時のようなシェランの表情は見たくなかったのだ。



 ミーティングは以前と同じように淡々と進んだ。次の日程は4月8日と決定し、訓練の内容もほぼ決まりかけた時だった。急にニコラスが手を上げて「提案があるんだが」と言いつつニヤッと笑った。それは訓練生達が、彼が笑うのを初めて見た瞬間だった。何て冷たい目で笑う男だろうとその時サミーは思った。


「何か意見でもあるのかい?ニコラス」


 司会のレイモンドが尋ねると、彼はすうっと立ち上がった。


「ああ。いつも訓練校との合同訓練は、同じアルファベットのチーム同士と決まっているだろう?たまには変えてみるのはどうかと思ってね」

「変える?とはどういう・・・」


「つまり、たまにはAとB、BとCなど、違うチームでやってみるのもおもしろいじゃないかな」


 皆はざわついた。確かにいろいろなチームと組んでやるほうが訓練にはなるかも知れない。


「しかしSLSの考え方では、いつも同じチームの方が気心も知れて事故も起こりにくい。救助の際にもそれが大切だから、大抵同じチームで組ませる事が多いんじゃないか?」


「それは確かにそうかも知れないが、訓練生にしてみればいろいろな本部隊員チームと組めるほうが勉強になるんじゃないか?それとも何か他に不都合な事でもあるのかい?」


 レイモンドはチラッとシェランの方を見た。彼女はぐっと唇を噛み締めたまま、机の上に置いた自分の手を見つめている。


「あ…あ、そうだな。だが訓練校側の意向も聞いてみないと・・・」

「訓練校側に反論などあろう筈も無い。そうだろう?ミューラー」


 名前を呼ばれたシェランは、はっとしたように顔を上げ彼を見つめた。そうだ。この男が話しをしたいのは他の誰でも無い。この私なのだ。シェランは彼の挑戦を受けるように顎を上げた。


「どうだ?ミューラー。以前君とは同じチームだった。私のBチームと一緒にやるのは・・・。もちろんクリスも以前の仲間だったCチームとやればいい。それこそ、気心も知れているって奴じゃないのかい?」


 額に青筋を浮かび上がらせて立ち上がろうとするクリスの手を、シェランはぎゅっと押さえつけた。これが彼の目的だったのだ。クリスのBチームに嫌がらせをしたのは、彼に迷惑をかけるくらいなら私が挑戦を受けてくるだろうと踏んだのだ。



 シェランはゆっくりと立ち上がると、ジュードとマックスの顔を見た。マックスは何をどうしていいか分からない顔で呆然とニコラスを見ている。彼女の視線に気付いたジュードが唇を噛み締めて小さく首を振った。


― 止めるんだ、シェラン。あんな奴の挑発になんか乗ったら駄目だ ―


 彼の目がそう言っているのは分かっていた。だが、ここで受けなければニコラスはクリスのBチームに対して、もっと何かを仕掛けてくるだろう。あの男はそういう男なのだ。シェランは自分を不安そうに見つめているジュードににっこり笑いかけた。


― 大丈夫。私はAチームを信じているわ・・・ ―


 シェランは冷たい目で自分を見つめたままのニコラスを睨み付けると、唇の端を歪めてニヤッと笑った。


「そうね、気心が知れているかどうかは分からないけど、やってみるのもおもしろそうじゃない。いいわ。次の合同訓練からは、あなたのチームと組みましょう」


 ジュードやクリスが青い顔をしてシェランを見つめる中、シェランとニコラスはそのまま互いをじっと見据えていた。






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