第2部 試練 【4】
退学という現実が重苦しくのしかかっているジュードの部屋で、7人の男子はただ呆然と座り込んでいた。そして彼等が落ち込んでいる理由がもう一つあった。一緒に喧嘩をしたBチームの訓練生が『全ての責任はAチームにある。僕達は巻き込まれただけだ』と言って、全責任をジュード達に押し付けたのである。
「大体汚いよな、Bチームの奴等・・・・」
「そうだよ、あいつ等だって一緒に喧嘩したのに・・・」
彼等は行き場の無い怒りをBチームにぶつけ始めた。ジュードもそれを知った時寂しかったが、Bチームの言い分も分かる気がした。確かに最初に喧嘩を始めたのは自分達なのである。
「でもBチームが協力してくれなかったら勝てなかった。誰だって自分の身は可愛い。仕方がないよ」
「でもさ・・・・」
ジュードの言葉に反論しようとしたピートにアズが叫んだ。
「あーっ!いつまでもぐちぐちうるさい!男なら腹を括れ、腹を!」
「偉そうに言うな!お前だって内心、いつ退学させられるんだろうってビクビクしてるんだろう!」
「なにぃ?」
「お前等、やめろ!」
ジュードとショーンがつかみ合いになっている2人の間に割って入ろうとした時、ガチャッと音がして部屋のドアが開いたので、彼等はびっくりして動きを止めた。
「何をしているの?あなた達・・・」
真っ白なスーツに身を包み、腰に手を当てて入り口に立っているシェランを見て、彼等はとうとう天の裁きが下ったと思った。
ピクリとも動かずにフリーズしている生徒達の中にシェランはつかつかと入ってくると、ぐるりと彼等を見回した。
「少しは反省しているかと思ったら、何なの?これは・・・」
途端につかみ合っていたアズとピートは手を離し、ベッドに寝転がっていたサムは飛び起きて全員シェランの前の床に座った。
「あなた達は自分がやったことの重大さが分かっていない様ね。訓練所の外での乱闘事件。あなた達はSLSの訓練生として恥ずべき行為をしたのよ」
「でも・・・!」
我慢が出来なくなってサムは立ち上がった。
彼等は事件の当日、ジュードがシェランに事の成り行きを説明している間、何も弁解はしなかった。だがチームの教官であるシェランに『恥ずべき行為』とまで言われたら、何も言わないではいられなかったのである。
「じゃあ、俺達はどうすればよかったんですか?先に手を出したのは向うだ。俺達はぎりぎりまで我慢しました。仲間が捕まって危険だったのに、俺達は他にどうしたらよかったんですか?」
「どうすればよかったか・・・?」
シェランは目を細めてサムを見つめた。
「そうね。まずエバとキャシーが待ち合わせの場所に来なかった時点で、自分達だけで捜さず、SLSに連絡をすべきだったわね。その方がずっと彼女達の身柄は安全に確保できたわ。でも、まずその前に、あなた達は試験が終了した段階で、すぐSLSに戻って来るべきではなかったかしら?」
サムはうつむいて立ちすくんだ。そうなのだ。確かにカフェにエバとキャシーが来なかった時、すぐSLSに連絡をしていれば全ての事件は回避できた。だが彼等には試験の後、みんなで遊んでいたという負い目があった。だから自分達だけで捜すことにしたのである。
「あなた達がマイアミで遊んでいる間、他の仲間達はどうしていたと思う?ちゃんと普段通り授業を受けていたわ。あなた達はそんな他のチームメイトにも迷惑を掛けているのよ」
シェランは顔も上げられずにうつむいている彼等に、畳み掛けるように言った。
「何故私が『恥ずべき行為』と言ったのか分かる?もしあなた達の喧嘩が人通りの少ない場所ではなく、多くの人の目が集まる場所だったら、昨日の騒ぎは今朝の新聞の一面を飾っていたでしょうね。それがどういう事か・・・。あなた達はSLS隊員の名に恥じぬよう自分を律し、必死に努力して卒業していった、先輩達の名に泥を塗ることになる。それだけじゃない。全米で人命救助に命を賭けて挑んでいる、SLS隊員の誇りまで傷付けることになるのよ」
― SLS隊員の誇りを傷付ける・・・この俺達が・・・? ―
考えただけでも身の毛がよだつようだった。彼等は今まで自分達の身に降りかかった火の粉をどうしたら払えるかしか考えられなかった。だがそれは、自分がこれから受ける処分よりも、もっと辛いことだった。
「自分が何をしたのか良く分かった?だったら自分の身の処分は自分で決められるでしょう。ジュード?」
ジュードはドキッとしてシェランの顔を見上げた。彼女は自主退学を促しているのだろうか。それがSLSの決定なのだろうか。確かに訓練所側から退学にされるより、自分で辞めた方が聞こえはいいだろう。だが、やっとの思いで掴んだSLS隊員への道を自分から閉ざすなんて・・・。
ゾッとするほど冷たい汗が頬を流れ落ちていくのを感じながら、ジュードは硬く閉じた唇を開いた。
「・・・SLSの訓練生として・・・今回の事件は恥ずべき行為だったと思います。全ての責任を取って僕は・・・」
「そう!全ての責任を取るなら、やっぱり謝るしかないわね!」
「は?」
退学を覚悟していたジュードは、シェランが何を言い出したのか分からない顔で彼女を見た。
「あ、そうそう。クリスとロビーはもう味方に付けたわ。あの2人を味方にしたら、1年生は全員味方のようなものね。後は2年、3年生と彼等の教官ね」
厳しい表情から急に笑顔に変わると、シェランは驚いたような顔をしている生徒を見た。
「大丈夫よ。誠心誠意謝れば、きっとみんな分かってくれるわ。訓練所中のみんなが応援してくれれば、校長先生だって退学しろとは言えないでしょ?」
途端に生徒達は明るい顔になって立ち上がった。
「教官!俺行きます。何度でも頭下げて許してもらいます」
「俺も!」
「僕も行きます!」
シェランは自分の周りに集まった生徒の顔をぐるりと見回すと、にっと笑って頷いた。
意気揚々と部屋を出た所で、丁度廊下の向こうから3年Cチームの教官、ディック・パワーが歩いてくるのが見えた。シェランは「教官は任せて」と呟くと、彼女の姿を見て驚いたディックが、足音を響かせながら走ってくるのを待っていた。
「何をしてるんだ?シェラン。君ともあろう人が男子寮なんかに・・・」
シェランはうって変わったように辛そうな顔をすると、口元に指を添えてうつむいた。
「ごめんなさい、ディック。私、この子達のことが心配で・・・」
シェランは目を潤ませると、ディックをじっと見上げた。
普段“鉄の女”とか“魚の大佐”とか呼ばれ、この訓練校の誰にでも一目置かれている ―ちょっと憎たらしい― 女の、いつもとは全く違う様子にディックはたじろいたように、赤いのか青いのか分からないような顔をした。
「ディック、この子達、凄く悪かったって反省しているの。だから今からみんなに謝りに行こうって決めたのよ。ほら今日は日曜だから、みんな本館の談話室とかで過ごしてるでしょう?だから・・・」
ディックはシェランの後ろにいる生徒達の顔をチラッと見ると、必死に体制を立て直し、胸を張った。
「し、しかし、幾ら謝ったからといって・・・」
「まあ、ディック!まだ世間のことを良く分かっていない生徒を守るのは、私達の務めだわ。なのにあなたは突き放せとおっしゃるの?教官としての経験が深いあなたなら、分かってくださると思っていたのに。ねぇ、みんな?」
シェランが後ろを振り向いたので、皆一斉に頭をさげた。
「本当に申し訳ありませんでした!」
「ねぇ、ディック。私も一緒に謝るわ。本当にごめんなさい。許してくださる?」
ディックは目を潤ませながらシェランが一歩ずつ近付いてくると、彼女から目を逸らしながら一歩ずつ後ずさりした。
「そ・・・それはもう、あなたがそこまでおっしゃるのなら・・・」
「それじゃあ、この子達を退学・・・なんて話になっても、一緒に反対してくださる?」
「も、もちろんです!約束します!では、私は用がありますので!」
彼はまるでシェランから逃げるように背中を向けると、再びドタドタと足音を響かせながら来た道を戻って行った。ディックの去った後をニヤッと笑ってみているシェランを見て、サムは隣のピートとダグラスに囁いた。
「もしかしてクリスとロビーもあの手で落としたのか?」
「誠心誠意謝るというより泣き落とし・・・いや、色仕掛けかな?」
「どっちかというと怯えてたぞ。脅しだよ、脅し」
ジュードは、はぁっと溜息を付いて頭を抱えた。
本館の2階には、生徒達がくつろげる談話室がある。ここは3つの学年全員が入室しても余裕があるほど広く、海に面した部分は全て広いバルコニーになっていて、青いパラソルのついた白いテーブルや椅子が並び、持ち出しは禁止だが、レスキューや海洋関係の本が沢山あって、生徒達の憩いの場になっていた。飲み物や軽食なども持ち込んで良いので、日曜の午後や放課後などは特に生徒達で賑わっていた。
「さあ、気合を入れて行くわよ、みんな!」
談話室から少し離れた廊下で、シェランがジュード達の顔を見回すと、彼等は深く頷いた。談話室のドアはガラス張りで開放的な雰囲気だが、大抵いつも開け放してある。シェランの後ろに付いて、その入り口を入ろうとした彼等は、小さく「あっ」と叫んだ後、慌てて中から見えない外側の壁に隠れた。
ジェイミーが居る。彼はネルソンやブレード、ハーディ、ノースと共に一列に並んで、5人でくつろいでいた3年生のグループの前で何度も頭を下げながら、ジュード達が喧嘩をせねばならなかった経緯を説明していた。
「どうか、俺達の仲間を見捨てないで下さい。あいつ等を退学なんかにさせないで下さい。お願いします!」
「お願いします!」
全員で頭を下げた後、差し出された用紙を先輩達は笑いながら受取り、サインをしてノースに返した。
「ありがとうございました!」
揃って頭を下げたジェイミー達を見て、ジュードは目頭が熱くなった。彼等は仲間の為に署名を集めてくれていたのだ。
気のいい3年の先輩が立ち上がって、談話室に居る同輩や後輩達に叫んだ。
「おい、お前等も書いてやれ、俺達だってちょっとは暴れたりしただろ?まっ、俺はばれる様なヘマはしなかったけどな?」
大きな笑いが起こった後、ジェイミー達は他の2年や3年生に署名を貰って回った。
袖口で涙を拭き取っているショーンに「泣くなよ」とジュードが声をかけると彼は「だって、嬉しいんだ。しょうがないだろ?」と照れもせずに答えた。そんな生徒達を微笑んで見ると、シェランは「後は私に任せて。教官達は必ず説得してみせる。あなた達は部屋に戻ってじっとしていること。それが彼等に対する一番の敬意よ」と言って背中を向けた。
「シェラン・・・」
思わずジュードは彼女の背中に向かって呼びかけた。振り返ったシェランは、何故彼がとても心配そうな顔をして自分を見ているのか分からなかったが「大丈夫よ、ジュード」と笑って去って行った。
ジェイミー等と仲たがいして、たった一人部屋に戻ったマックスは、ベッドの上の枕を苦々しい顔で床に投げつけた。
彼はAチームでも兄弟の中でも一番の年長者であり、この訓練校に入る前も何処に居ても目立つ存在だった。友達の中でもリーダーシップを取るのはいつも彼だったし、自分の意見に誰もが耳を傾けてくれ、そしてそれが当たり前だと思っていた。
シカゴという大都会でファイヤー・ファイターという栄誉ある仕事に就いていた彼は、向かう所敵なしといった体で、炎という強大な敵に立ち向かう英雄だった。
だが、ある事故を境に彼の姿は炎の前から消えた。それは消防に携わる人間なら誰にでも起こり得る事故なのだが、彼は立ち直れなかった。
マックスは何よりも誇り高いと思っていた仕事を辞め、心配してくれるレスキューの仲間や友人にも背を向け、たった一人で己の運命を呪った。全てを失くしたと思い込んで自暴自棄になった彼は、死ぬ事を考え始めた。
さて、どういう方法で死のうか・・・。ビルから飛び降りるのは汚いし、それに新聞に『元消防レスキューのマックス・アレン。ビルから飛び降り自殺』何て書かれるのは嫌だ。第一そんな記事は大抵新聞の隅に小さく載るだけだ。どうせなら行方不明と思われている方がいい。
そうだ。遠くの海に行こう。綺麗な海に沈んで綺麗な魚に食べられるなんて、ロマンティックじゃないか。もう炎はこりごりだ。
こういう男は死ぬ時まで格好を付けたがるもので、彼は以前同僚が老後は絶対暮らしたいと話していたフロリダに向かった。
「フロリダといえば、マイアミビーチだ。あそこの海はアメリカ一だぜ」と地元の人間がやたらと自慢するので行ってみたら、人っ子一人いない。さびれたビーチだな、と当時の彼は思ったが、そこは地元民がお薦めのサウスビーチではなく、ノースビーチの方だった。
まあいい。誰も居ない方が死に易い。彼は手に持った荷物をその場に捨てると、海に向かって歩き始めた。
ああ、本当に綺麗な海だな。ミシガン湖とはやっぱり違うぜ。それにしても行けども行けども遠浅で、なかなか沈めそうに無かった。
― 一体何処まで続いてるんだ?まだ腰までしか水が無いぞ ―
むっとしながら立ち止まった彼の頭上を、凄まじい轟音を立てながら、3機のヘリが通って行った。白とブルーの機体の横にあるSLSという紺色の文字が、太陽の光を浴びて眩しく光って見えた。
― SLS・・・特殊海難救助隊・・・? ―
この時のマックスの頭の中には、海難救助、つまり海のレスキュー。何だ、俺の得意分野じゃないか。しかも炎は無い!という単純な図式が浮かび上がった。
彼は「ヒャッホーッ」と叫び声を上げると、波を掻き分け浜に戻り、さっき投げ捨てた荷物を拾い上げた。そして思惑通り、難関を楽々くぐり抜け、あの最終試験に臨んだのだ。
しかしまさかそれが、あんなびっくりカメラ試験だったとは・・・。
サクセスファリ号が動かなくなった時、マックスは内心“チャンスだ”と思ったのだ。このAチームとは合格後もずっと一緒に行動する事になるだろう。だったらこの機を利用して、俺がリーダーだと皆に認めさせればいい。
そして全員の前で指示を出しているジュードを見て“絶対に勝てる”と踏んだ。何故なら彼はマックスよりずっと若く、身体も小さかったからだ。
だが彼は「俺達はお前をチームリーダーに決めた覚えはないぜ」と挑発しているマックスに、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに「オレはリーダーなんかじゃない」とあっさりリーダー争いを降りてしまった。
それからもその言葉通り、決して仲間の前に立つことはなく、皆と協力して行動していたにも関わらず、いつも一歩離れた所で状況を見ながら、全員を導いているように見えた。
そんなジュードを見ていると、マックスは思い出したくない男をどうしても思い出してしまう。ファイヤー・ファイターと呼ばれ、何も恐れるものなど無いと思っていた頃、マックスはいつもレスキュー隊の隊長である、ランディ・マクレーンを煙たいと思っていた。
ランディはマックスが突っかかったり反抗したりしても、声を荒げたりしない穏やかな性格だったが、いざ現場に行くと、誰よりも早く行動し、的確な指示を与え、どんな困難な状況でも決して自分を見失う事はなかった。
それゆえに彼と共に行動する隊員は、彼をファイヤー・ファイターの中のファイヤー・ファイターと呼び、厚い信頼を寄せていたのだ。マックスはそれがどうにも我慢がならなかった。彼はいつだって自分が一番でないと気が済まない性格なのだ。
俺はランディが大嫌いだ。あいつがあの時俺を助けたりしなければ、俺はずっとあいつなんか大嫌いだと公言できたのに・・・。
マックスはもう一度「くそっ」と呟くと、ベッドの上に寝転がり、両腕を枕にして天井を見上げた。
やっとあの嫌味なランディと離れて、俺に似合いの場所に来れたっていうのに、何でなんだ?
― あの黒いヘリに奇襲をかけよう ―
ジュードが船のブリッジでそう言った時、みんなびっくりして返事も出来なかったじゃないか。
― 相手が武装していたらどうするんだ?殺されてしまうぞ? ―
誰もがそう思ったに違いない。だが、あいつは・・・。
「あのヘリの搭乗人員は5名だ。16対5。3人で1人を相手にすればいいんだ。必ず勝てる。このままここでおとなしくしていても、助かる見込みなんか無い。だとしたらみんなでやれる事をやろう。あのヘリを奪ってSLSに連絡を付けるんだ。シージャックした奴等をハイジャックしてやろうぜ!」
彼の呼びかけに全員が立ち上がった時、マックスはいつも自分の目の前を力強く走っていたランディを思い出した。炎の燃え盛る死と隣り合わせの現場で、いつだって冷静で皆の心の支えになっていた男・・・。
彼こそがマックスの理想だった。正に彼こそがマックスの英雄だったのだ。
実はマックスは、同室のショーンから事件の全容を聞いていた。だからジェイミーから『脅されても殴られても決して手を挙げず、冷静に話をし続けるなんて俺達が18の時に出来たか?』と問われて、彼は心の中で迷わず『NO』と答えた。
そんな事できるわけ無い。俺なら、エバとキャシーが見知らぬ男達に捕まっているのを見た段階で飛び出して行ってたね。
ジュードにはあのランディと同じものを感じる。あの2人に有って自分には無いもの。それが何なのか、マックスには分からなかった。だからこそ余計彼等に憧れ、彼等を憎むのだ。
マックスは大きな溜息を付くと起き上がり、外の空気を吸おうと部屋を出て行った。
シェランに言われた通り、ジュード達は本館を出ると真っ直ぐ寮に戻って来た。自分達の為に何度も頭を下げてくれていた仲間のことを思うと、胸が熱くなるのと同時に、例えどんな処分が下っても甘んじて受けようと思えた。
さっきよりもずっと心が軽くなった彼等が寮の入り口を入った時、丁度出かけようとしていたマックスと鉢合わせした。
― 退学になりそうなくせに、何でそんなに明るい顔をしているんだ? ―
そんな表情でじっと立っているマックスを見て、ジュード達は彼が自分達のしたことを怒っているのだと思った。彼がジェイミー達と居ないのはその証拠だろう。彼等は声を出すことも出来ずにその場で立ち止まっていた。
マックスは仲間達の真ん中にいるジュードを見て“相変わらず仲間に取り囲まれやがって”と思うと、今の今までずっと考えていた彼の顔をじっと見た。ショーンから聞いた事件の様子が頭の中に浮かんできた。
― あいつの目はずっと“オレはいいから、絶対に手を出すな”と言っていた。多分あいつは何度殴られても手を上げなかっただろう。それはきっと何より、後ろにいる俺達を守る為だったんだ ―
ランディもそうだった。あいつは部下の俺がどんなに反抗して偉そうな口を利いても、いつも穏やかに笑っていた。
「マックス・・・。いずれお前にも分かる。本当のファイヤー・ファイターが何なのかが・・・」
どういう意味だ?俺はファイヤー・ファイターじゃなかったってのか・・・?
ジュードは何故かマックスが自分だけを凝視しているので、謝れと言っているのだと解釈した。彼は仲間達の前に歩み出ると、ぺこりと頭を下げた。
「ごめん、マックス。オレ達のせいで何もやっていない君達にまで迷惑をかけてしまった。本当にすまないと思ってる」
マックスは別に彼等に対して怒っているわけではなかった。本当は『良くやったぜ、お前等!』と褒めてやりたいくらいだ。相手がジュードでなければ・・・。
「男が簡単に頭なんか下げるんじゃねぇ」
ムッとした顔のまま、マックスは彼等の横を通り過ぎて行った。
仲間の為に一大奮起したジェイミー以下4名は凄かった。彼等はその日の内に全訓練生の3分の2の署名を集め、(何故かBチームとCチームはクリスとロビーが全員の分の署名を集めてくれていた)校長に提出したのである。それを受け取った校長は、その場では決断を下さなかったが「本部長官とも相談しなければならない。だが決して悪いようにはしないから」と言ってくれた。
それから3日間、彼等はとにかく謹慎とだけ言われていたので、食事以外は一歩も寮から出ずに過ごした。
3日目の夕方、食事が終わった頃シェランから呼び出しがあったので、彼等は本館3階にある彼女の教官室にやって来た。今日はエバとキャシーも一緒だ。ジュードはシェランの教官室に入るのは初めてだった。
綺麗に片付けられた部屋は意外に広く、どこかの会社の社長室にあるような木製の大きなデスクがドアから入って一番目に付く奥の方にあり、その前でシェランが今日は真っ赤なスーツを着て立っていた。
とうとう処分が決まったのだろう。シェランは校長から全員で来るように指示があったと伝えた。
「とにかくやるだけの事はやったわ。後はガッツと気合と燃える闘志で、押して押して押しまくるのよ!」
今更押してもどうにもならないのでは・・・と思ったが、シェランの真っ赤なスーツはその闘志の表れなのだろう。ジュード達は「はい!」と答えると、彼女と共に本館の5階にある校長室へ向かった。
シェランが緊張した面持ちで校長室のドアを叩くと、生徒達の間にも緊張が走った。だがいつまで経っても返事が無い。シェランは妙だと思いつつ、静かにドアのノブを回した。
「校長先生?」
ゆっくりとドアを開けて足を踏み込んだシェランに続いて、ジュード達も中を覗き込むようにしながら入った。彼等にとっては初めて入る校長室だ。
SLSのマークが入った大きなタペストリーが、入り口を入ってすぐ右手にあるデスクの後ろの壁に掛けられている。校長室は本館の5階の北側部分を全て独占しているだけあって、東西と北の3方向に窓があり、とても明るい雰囲気だったが、部屋の中に主の姿は無かった。
― 人を呼び出しておいて、居ないってどういう事? ―
シェランがムッとしつつ彼の机の上を見てみると、SLSの青い封筒が置いてあった。書面だけ置いてあるなんて、余程言いにくい内容なのだろうか・・・。ジュード達は思わず顔を見合わせた。
― 卑怯だわ、ウォルター。私から逃げるなんて・・・ ―
シェランはぎゅっと唇を噛み締めると、生徒が緊張した顔で見つめる中、封筒から一枚の紙を取り出し、それを読んだ後、がっくりと肩を落とした。
「大佐?なんて書いてあるんです?僕達の処分は?」
レクターが思わず叫んだ。
「・・・3日間の謹慎を命ずる・・・だそうよ」
「え?それだけですか?」
3日間の謹慎はもう終わったが、更に3日間謹慎するのだろうか・・・。
「そう、それだけよ。つまり明日から授業に出てもいいんですって」
サムとダグラスは顔を見合わせると「やったーっ!」と叫びながら部屋の中を走り回った。レクターとピートもそれに続いた。
エバとキャシーは泣きながら抱き合い、ジュードとショーンも互いに肩を叩き合った。アズは信じられないような顔で呆然と立っていたが、やがて力が抜けたように側のソファーに座り込んだ。
喜びを分かち合う生徒達をホッとした様に見つめると、シェランは「やってくれたわね、校長先生?」と呟いた。